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2006年04月13日
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ということで4日連続ノーガキ・シリーズ第四弾です。
まあ、なんだかんだ言っても踊りをパターンに閉じ込めていってしまったら、衰退が加速されるのは目に見えていますネ。
更にこれらを支えた常連の存在も見過ごせません。
一概に常連と言ってもそのグループもひとつではなかったし、従業員に気に入られる者、DJや趣向に惹かれる者、常連同士で群れを成していった者、しつこく出入りして従業員に煙たがられた者(笑)などなど、「常連さん」と一口に言ってもピンからキリまで多種多様なグループが散在していました。

だからお店によっちゃステップ主流だったトコもあったし、ステップ組を排除していたような店もあったし、そんなこんなしてるうちに流行のサイクルというか時代の流れも加速して、オカマだ、テクノだ、パンクにヘビメタだ、ハナだチョーチンだと次から次へと目まぐるしく転がって行きました。(まあ当然の成り行きですね。自分たちでそうしちゃったんだから)

とまあ、当時のおおまかな業界の裏側はこんな感じだったわけですが、いくら私が業界にいたからって全てを知ってるわけでもないし、言ってることが全て正しいというわけでもありませんから、全体像としてのイメージとして捉えてもらえば幸いです。(なんちゃって)
そりゃいくらなんでもあれだけの数があったディスコの全てを知ってたりしたら、それこそ大ぼら野郎です。(私ゃハッタリ爺じゃないし、ディスコ王でもありません・笑)
それはその時代、その時代、その店、その店での出来事、シキタリがあったはずですから、その現場にいた人の話こそが事実ではないでしょうか。

しかも時代の流れで、足の動かし方、手の動かし方が一つや二つは変わっていっても仕方のないことだと思います。


なにはともあれ、自分が青春を賭して遊んだディスコとダンスが今も世代を超えて生き続けているということは道楽親爺にとっては大変嬉しいことです。
どんな形にせよ、黒人音楽と踊りの魅力は時代を超えて楽しめるものだと思いますし、昔のようにつまらないカタにはめ込まないで、もっともっと皆で自由に楽しめば良いと思います。私たちのようなディスコ全盛期を生きた人間が不本意ながら残してしまった負の遺産ですが、つまらぬカタにはめ込むことで個人の感性を殺して欲しくはありません。

ディスコ(今はクラブですか?)は自由に踊るところです。
タコでもイカでも良い、お気に入りの音楽を聴いて踊る、それ以外に何もありません。
以前にも書きましたが、私は現在ゴルフ場に勤務しているんですが、実は勤め始めて十年以上ゴルフをやったことがなかったんですね。
それはまだ私の心の中にはSOUL魂というかROCK魂があって、ROCKERとゴルフは無縁だと思っていたからです。
ところが十年ほど前にジョー山中氏が訪れ、ゴルフをされることを知って「そんじゃオレもゴルフやってみようかなぁ」なぞと思い立ったのです。
(って、これがディスコ・ステップとカンケーあんのかよ)
まあ、最後まで聞いて下さい。

いくらリゾート地とはいえ、それまで一度もゴルフクラブなど持ったことすらない人間が、いきなりコースに出たのですから大体の想像はつくでしょう。
もともと根がファンキーなお調子者野郎ですから、コースに出る前にはもちろん緒先輩方から色々とご指導を頂きました。


更に、コースに出る前には練習場に行けとか、良いコーチを紹介してやるから基本とマナーを習って来いとか言われました。

Tシャツ、短パン、スニーカー姿でいきなりゴルフコースに登場した道楽者親爺40歳、華のデビュー姿がそこにありました。(うるせぇなぁ~ってもんでしたね。好きにさせろよ、みたいな)

「オレは此処で10年以上仕事しているけど、おめぇらの言うような紳士には一度もお目にかかったこともないし、コースでのイザコザに巻き込まれて往生したことも一度や二度じゃネェぞ。それに、前のグループに球打ち込んで怪我させたとか、マナーが悪いとか言って怒鳴りあってるジジイも何人も見てきたぞ(怒!)」(あいかわらず完全に世の中舐めきってますね)

正直言ってこの時の私は、その昔、向こう意気だけでディスコ業界に立ち向かっていった頃の精神状態とほぼ同じでした。
「ステップ」だの「しきたり」だのハナだチョウチンだと、自分と似たような奴らにノーガキこかれて「はいそうですか」と頷くようなお行儀の良い紳士ではありません。


とまあ、こんな具合でゴルフもかなりデタラメなやり方で飛び込んだのですが、結局はディスコ同様、体当たりで身を持って体験しながらルールを悟っていったようなわけです。結局誰にメーワクかけたわけでもなく、今もそれなりに楽しんでます。(下手くそだけどね)
とは言っても、やはりどんな遊びでもルールはあるわけで、いくらカタにはめられるのが嫌だからって、ルールを無視したのではそれこそ無法者になってしまいます。どんな世界でも、その枠の中には秩序というものもちゃんと存在しますから、人としてのマナーも当然生まれてきますし、基本的なルールはこうした秩序の中から生まれ出たものであることも理解しています。でもほとんどの「カタ」は権威を保つためと、序列を意識した威嚇にすぎないということを若造の頃から学んできた親爺には、どうしても底の浅い人間関係の上に成り立つシキタリにしか見えなかったのです。

こんな体験を通して、年齢も重ね、そしてようやく私の心の中で長いこと燻っていた「核心」にぶち当たったのでした。
なんで黒人音楽に惹かれたのか、あるいは黒人文化に見せられたのか、という本質的な部分です。

「なんでお前等の決めたシキタリに従わなきゃなんねぇんだよ」

ってことと、もうひとつ、

「こんなことしてみたらもっと面白いんじゃねぇか」

っていう好奇心、突き詰めていえば自由な精神の解放だったんです。

私は黒人じゃありませんから、ホントのことはわかりませんが、私の解釈として言わせてもらうと、「白人の作った世界のシキタリになんでオレ達が合わせなきゃなんないんだ=オレ達の精神を蹂躙しようとするルールを壊さなければいつまでたっても奴隷じゃないか」という心の叫びこそがSOULではないかと思うわけです。

人種差別の法的縛りは時代と共に瓦解していってますが、根本的な精神的な束縛、あるいは呪縛、洗脳は、外側からではなく自らの精神を解放しなければ成就されないということです。
これはよく考えてみれば黒人だけの問題ではありませんね。
ニッポン人だって国家という既成の概念に精神が洗脳されているわけで、子供の頃から教え込まれてきた「常識」というのは「全体」にとって非常に都合の良いシステムなわけです。
でも、だからといってこのルールを真っ向から否定していったら単なる反逆者、ならず者になってしまいます。極端に言えばテロですよね(爆!)
ですから、まずはルールに従ったやり方で、その精神性をひとつずつ解放していくしかないのです。

ここで、私がバスストップと出会ったときのお話を思い出して下さい。
私が驚いたのは、黒人が「やってみようよ」と誘ってきたことだったのです。
これは「一緒にシキタリをぶっ壊してみないか?」って問いかけですよね。
新しい踊りが出来たから教えてあげる、じゃないんですよ。
わかってもらえますかこの違い。
「この音楽はこの踊り」って洗脳がある限り、いつまで経っても音楽の受け手に過ぎないんです。体制に取り込まれた中の主体性の無い個でしかない。
その主体性のない個の集まりの中で、オレはお前より上を行ってるから教えてやるんだ、って考えこそが問題なのです。(同じ世界で背比べしてるだけですね)
でも、「この音楽をコレで踊ってみようよ」っていうのは、あきらかにそこに個の意思があるんです。全体に対する個の主張、主体性があるんです。

またちょっと脱線しますが、DJのテクニックにスクラッチというのがあります。これは1980年代頃から始まった「遊び」のひとつなんですが、これを初めて耳にしたときは本当に驚きでした。ぶっ飛びましたね。こんなんアリかよって。
だって当時はまだターンテーブルとかレコード針とか相当に高価なものだったし、それこそ音楽職人のような方々や技術屋さん(当時のヤマギワ電気とかね・笑)が見たら頭から湯気噴いて怒鳴りちらすか、有無も言わさずぶん殴られるかってなもんでした。

これだって、たぶん始まりはちょっとしたきっかけからだったと思います。
いくらなんでもいきなりそんな発想が生まれてくるわけありませんから、DJが見つけたちょっとした感性の発露だったと思うんですね。
要はこの遊びを面白がって始めたとき、この遊びをどう捉えたかってことが根本的な問題なわけです。
たぶん良い子の間では決して流行ることのない遊びだったでしょうね(笑)
実際に私の現役時代も、業界関係者のほとんどが「ムチャクチャだ」と言って蔑んでました。私自身も、レコードは贅沢品、ステレオ機材は高価品として育って来てますから、空いた口が塞がらないというか、いくらなんでもこりゃ無理だろと思ってました。
あれから十数年、現在は当たり前の「音」として認識されてます。

ここで、あらためて話を黒人=FUNKに戻しますと、自分達の精神を支配下においている白人社会の常識を「遊び」で覆していく、これこそがFUNKの真骨頂ではないかと思うのです。
そして、これは黒人だけの得意技ではなく、世界の人々、精神を束縛されている人々が唯一その抵抗を試みることのできる平和的な叫びだと思うのです。
「遊び」で抵抗するみたいな精神は、江戸っ子の「粋」とか「洒落」にも合い通じるものがありますね。落語の世界なんてのもまったくFUNKYそのものです。(また脱線してるぞ)

それと最後にこれだけはどうしても言いたいことなのですが、「差別」の一番奥深い部分として皆さんに投げかけたい問題があります。
それは、「差別が一番酷いのは、差別されている者同志の中で起こる差別である」ということです。(ステッパーを一番差別しているのはステッパーだった、みたいなね)
このブログでも以前ご紹介したことがありますが、アレックス・ヘイリー原作の「ルーツ」の舞台となっているアフリカの旧ダホメ王国で奴隷売買をしていたのは、なんと同じ人種の同族であったという事実です。
ご興味のある方は栗本慎一郎著「経済人類学」関連の書をご参照下さい。
更に日本では部落問題の中にも同様の問題提起がされておりますので、ご興味のある方はこちらもご参照下さい。宮崎学著「近代の奈落」

いや~、一気に書き殴ってしまいましたが、ディスコのステップがまさか差別問題まで飛躍するとは自分でも思いもよりませんでした。
でも、この何十年か、ずっとずっと心の中でくすぶっていたモヤモヤがこれで一気に晴れた感じです。あーすっきりした(笑)
やっと自分が言いたかったこと、心の叫びが遂に解放されました。
道楽親爺の回想完結編これにて終了です。(じゃ~ん!)





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最終更新日  2006年04月13日 07時54分46秒
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