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ガース政権オワコンです。皇室も揺れまくってますし、ニッポンの未来はこれから楽しみで、ワクワクしちゃいますねー(笑ということで、タイムリーな動画をご紹介しちゃいます。下級国民の皆さん、アメリカも含めてこの先、ガンガン揺れまくる気配がしますので、期待しましょう。 第258回 【緊急】菅総理辞意表明を解説!https://www.youtube.com/watch?v=iwYeFeY7Nzk 菅総理退陣へ、総裁選への不出馬を表明!【西田昌司ビデオレター令和3年9月3日】https://www.youtube.com/watch?v=kJm1a_UxM00 **オマケです。これ面白かったからご紹介します(笑菅総理「続投しない」総裁選不出馬を表明し一気にカオス、野党「無責任だー!」お前ら辞めろ辞めろ言ってただろ20210903https://www.youtube.com/watch?v=067ZRfljF8E
2021年09月03日
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アメリカ大統領選ばかりに気を取られて、ニッポンの政治・経済をおろそかにしてはいけません(笑ということで、久しぶりに三橋センセーと藤井センセーのお話をご視聴下さい。ちなみに、私、たまたま『朝まで生テレビ』を見ていまして、あの竹中屁ぇ蔵がとんでもないこと言い出したので『なんじゃこりゃ?』と思ったのですが、早速このお二人がビシッと解説してくれましたので是非ご覧ください。とにかく、このお二人、マジで熱いです!→ まずは要点をまとめた動画から(本編はこの次に貼ってあります)【三橋貴明×藤井聡】竹中平蔵に騙されるな!悪人が急に正しい事を言い出すには必ず理由がある。手のひら返し、驚愕の理由。https://www.youtube.com/watch?v=ZFQWkfwUywU→ こちらが本編です。36分あたりから一度CMが入りますが、42分から後半に入ります。【Front Japan 桜】竹中平蔵はなぜ「反・緊縮」に転じたのか?/ 「感染列島」を強靭化せよ~感染症対策とインフラ政策[桜R2/12/2]https://www.youtube.com/watch?v=V8nDjVBpxj8→ 藤井節炸裂動画はこちらです。【TV政治家たちの「コロナ便乗商法」と日本没落のカラクリ(藤井聡)】https://www.youtube.com/watch?v=gXgAmS-BcdE→ オマケです。自民党西田議員がギリ言えるとこまで語ってくれています(笑【「朝生の竹中「MMTが正しい」発言は信用できる?」週刊西田一問一答おまけ】https://www.youtube.com/watch?v=-hFPywx1u98
2020年12月07日
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なぜか日本では全く報道されていませんが、米国本土ではトランプ支持派の運動や活動が広範囲に渡って展開されています。米国本土の日系人の方々や、個人で突撃取材に向かっている有志の方々などがガンガンYoutube動画をUPしています。同じくガンガン投稿されている動画には、こうしたリアル情報をネタにした薄っぺらい解説を加えただけの似非評論家みたいな、銭儲けのために利用しているユーチューバーも沢山出て来ていますのでご注意下さい。くれぐれもサムネのタイトルに騙されないように情報を収集して下さい。ということで今日も貴重な最新情報をご紹介します。→ カナダ人ニュース 12/07/2020【米大統領選挙】軍事裁判の日程が突如白紙に 意外と知らないグアンタナモ基地https://www.youtube.com/watch?v=B5fKEOzqkD8→ Harano Times 12/06/2020【最強軍団を目指して、中共が生物増強型戦士を開発中?情報長官は中国はアメリカの最大の脅威と認定、それとアメリカ大統領選挙との関係性は?ホワイトハウスがこれからとる可能性がある一つの戦略:PR電撃戦】https://www.youtube.com/watch?v=XiM-Z1EVZXY→ 香港大紀元新唐人共同ニュース 12/06/2020【CNNの朝会議の中身を暴露した|トランプ氏を強制退陣させる方法を議論| 脅威として9/11を使用】https://www.youtube.com/watch?v=u-DETy5AM1Y→ 及川幸久−BREAKING− 12/05/2020【大統領選継続中】大統領選の深い闇ジョージア州と中国の関係!!【及川幸久−BREAKING−】https://www.youtube.com/watch?v=1XTCR6NJbOU→ 及川幸久−BREAKING− 12/06/2020【大統領選継続中】米国と米大統領選を背後で操作‼️中共の計画的戦略【及川幸久−BREAKING−】https://www.youtube.com/watch?v=l_XjS7ixHaI
2020年12月07日
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不正、腐敗の情報公開が日々加速していく中で、そろそろ国民にもその全貌が見え始めて来たのではないでしょうか。ここまで酷いとは誰も思わなかったんじゃないですかね。米国内の内戦が終われば、次は中共戦争ということになるのでしょうが、C国の闇のネットワーク(笑)は日本も含め、世界中に張り巡らされていますから、ある意味、これが本当の第三次世界大戦になるのではないでしょうか。ということで、今日も新情報がUPされていますので、早速ご紹介していきましょう。→ NTDTVジャパン 12/05/2020【ペンシルベニアの弁護士が公聴会で証言「10日間で重大な不正行為を目撃」】https://www.youtube.com/watch?v=N_2e5x4ydig→ 大紀元 エポックタイムズ・ジャパン【新聞看点】アリゾナ州の狂気じみた不正 民主党と左派メディアが共謀https://www.youtube.com/watch?v=XEeVoGaRWOY→ Harano Times 12/05/2020【ジョージア州の証拠が公開された後の進展、トランプ陣営がドミニオンの機械を入手して分析した、戒厳令をだすタイミングはいつ?】https://www.youtube.com/watch?v=4VE7Rtt86jI * オマケです。中共の方にも目を向けていかねばなりません。→ テレ東NEWSポンペオ米国務長官 中国共産党組織にビザ制限(2020年12月5日)https://www.youtube.com/watch?v=tMKaV7Ro_qA→ NTDTVジャパン 12/06/2020Facebookが人権団体のアカウントを停止https://www.youtube.com/watch?v=wSsGgZS6U4c
2020年12月06日
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まるで映画のように勧善懲悪のストーリーが日々展開されていますが、いよいよトランプ陣営の戦略も見えてきて、その最終決戦の争点も明らかになってきました。それでもマスメディアはこうした事実を報道していません。もちろん日本の大手メディアもまったく無視しているように思えます。無視だけならまだ良いのですが、未だにバイデン氏を次期大統領として報道しているその裏側にも関心が高まってきています。一方で、ネット上の情報も、これまでの情報発信者の概要だけを取り上げたような便乗動画も増えてきています。情けないというか、セコイというか、こうした輩がマスメディアを批判しているのが非常に滑稽です。『おまえらの便乗動画が増えたおかげで、核心に触れる真の情報がクソ動画にまみれて本来の目的がないがしろにされてるじゃねーか!』再生回数だけを目的とした、スポーツ新聞の見出しみたいな“サムネ”が氾濫しすぎて疲れてしまいます。ということで、皆様も情報の渦でお腹いっぱいかもしれませんが(笑)、今日は、この問題を当初から取り上げてきた情報提供者の動画を絞り込んでご紹介します。 → 新聞看点【トランプ氏に対するクーデターを計画していた中国共産党 アリゾナ州公聴会、ドミニオンに注目 ジョージア州の出来事の紆余曲折】https://www.youtube.com/watch?v=SAkU3CmiZXg&list=PLJzbROxYbWl5sIa_hWWs3VZr1s0ZUocUT→ カナダ人ニュース 12/04/2020【米大統領選挙】GA州のカメラが伝える真実 トラさんはバー司法長官を信頼しているのか?https://www.youtube.com/watch?v=w3eLFLQZQVM→ Harano Times 12/05/2020【最高裁まで行けた一件目!ジョージア州、ネバダ州、ミシガン州の公聴会で出た話について、ペンシルバニア州の一つの進展、証拠がない!証拠がない!証拠がない!】https://www.youtube.com/watch?v=Uvy-n6ZQihM→ NTDTVジャパン【リン・ウッド弁護士がジョージア州で集会「偽情報を伝えるメディアを見ないで」】https://www.youtube.com/watch?v=Nfb-FMuVozE→ 及川幸久−BREAKING− 2020.12.04【大統領選継続中】ジョージア州公聴会でまさかの展開‼️トランプ陣営の戦いは一歩前進https://www.youtube.com/watch?v=APccd3T0gUA
2020年12月05日
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道楽ファンの皆様3年もの長きにわたり「非生産活動推進委員会」をご愛読下さいましてありがとうございました。2008年1月1日に世間一般の生産活動に終止符を打ち、一般人のふりをしていた当会委員長のロニージイは、ついにその着ぐるみを脱ぎ捨て、究極の道楽を極めるため、人生最後の戦いに突入いたしました。今後は糸の切れた凧、あるいは蛸壺から這い出したタコとなって、余生を道楽だらけにして遊びたいと思います。つきましては、このブログも一旦ここで終了し、新たなステージへと飛躍いたしますので、ご興味のある方は以下のサイトをご訪問下さい。今後は昔話にこだわらず、世の中なめきった一人のジジイが道楽の限界にチャレンジする姿をアピールして参りたいと思います。もちろん、この新たなチャレンジは、人生のツケを追って悪戦苦闘する同胞道楽者の皆様に送るエールです。昨年は道楽の代表選手のような先輩友人が数名昇天されましたが、残された私たちは、彼らの分までとことん人生を楽しまなくてはいけません。そうです、私たちのテーマは、死ぬまでに、あとどのくらいの道楽ができるか?なのです。ということで、道楽者の新しいステージは以下のURLから始まります。待ってるぜ!http://wiki.livedoor.jp/gentlebrookcafe/d/FrontPage
2008年05月30日
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またまた長らくのご無沙汰でした。道楽に明け暮れる毎日に没頭しすぎて、つい自分を見失ってしまう今日この頃です(笑)ということで、サイパンで起業した道楽本舗ですが、いよいよウェブサイトの統合が終わりましたのでご紹介させて頂きます。http://saipanagupa.com「サイパンあぐっぱ!」の名前でサイパンの時事ニュースを乗せていたブログをヴァージョンアップさせました。ちなみにアグッパとはサイパンの地元民、チャモロ語で「明日」という意味です。「今日は何して遊ぼうか?」みたいな道楽まみれの毎日ですが(笑)、けっして霞を食って生きてるわけでも、金のなる木を持ってるわけでもありませんから、あいかわらずビンボーは続けております(爆!ビンボーも趣味だから(笑)とにかく毎日毎日、次から次へと新しい遊びがどんどん飛び出してきて、目が回りそうです。借金でクビも回らなくなってきてるけど(笑)まあ、なんにせよ、道楽ジジイは健在です(BOMB!みなさんも道楽に励んで下さい。遠い南洋諸島から皆様のご健闘をお祈り申し上げます。
2008年04月15日
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いいなぁ~、日本は~。これからが最高の季節ですよね。一年中暑いトコに住んでると季節感疎くなってダメです。さくら。。。。。やっぱきれいですよね。もう20年以上も昔のことになりますが、明け方に近い真夜中、赤坂から新宿まで歩いたことがありました。ちょうど冬も終わり始め、春を迎える今頃の時期だったと思います。青山通りから神宮外苑に抜ける桜並木のそりゃぁ綺麗だったこと。。。。夜桜満開で、しかも歩いているのは私一人。すごかったなぁ~。今でもあの感動は忘れられませんね。まさに花吹雪って感じで、限りなく白に近いピンク色に花びらがサラサラと歩道に散って、まるで雪の中を歩いているような幻想的な世界でした。ちょうど、青春の節目(笑)みたいな時期で、落ち込んだ心には最高の慰めというか、今で言う「癒し」でした。歩道の真ん中でしばし、ぼーっとしていたことを覚えています。一緒に住んでいたおねーちゃんに愛想つかされて、ディスコのお仕事も段々と息苦しくなってきて、年齢もそろそろ気になりだし、まともな職にも就けず、だらだらと業界にぶら下がっているだけの自分がとても不安だった、そんな時代でしたね。道楽の限りを尽くしてさんざん遊びまくったあげくの、ゲームオーバーみたいな感じでしたね。ディスコ業界最後のお店となった赤坂シンデレラが午前2時に閉店して、お金もないし、おとなしく始発を待つのもいやで、とにかく歩こうってなことで青山通りをひとり、ぽつぽつと歩いていました。当時流行りのウォークマンなんぞを聞きながら、吟遊詩人を気取って夜の散歩を楽しみました。何聴いてたのかなぁ~、あの頃。。。。。。なんか暗い曲ばっか聴いてたような気がする(笑)人間て落ち込むと結構暗い曲聴きますよね。もっともっと悲しくなって、暗くなって、とことん落ち込んでみたいな(笑)でも、これって今にして思えば、悲しみの中にどっぷり浸って、心の涙を流すことでゆっくりと癒されていくのかもしれませんね。ってことは、やっぱ演歌系も癒しになるのかなぁ。まあ、ニッポンのブルースってことで言えば、やっぱ演歌かなぁ~(笑)てなことで、ちょっと感傷的になったジジイの独り言でした。でも、あの頃の青山通りで情緒があったような気がするなぁ~。東京の中でもちょっと雰囲気がある街でしたよね。あっ、思い出した。ボズ・スキャッグスとかブッカー・T.とかマイケル・フランクスとか、当時フュージョン系とかアダルト・コンテンポラリーとか呼ばれてたような楽曲を好んで聴いてましたっけ。矢沢とか柳ジョージとかダウンタウン・ブギウギバンドとか、そんなんも聞いていたような気がする。でもって、神宮外苑の夜桜に遭遇したとき聴いていたのは、KASAI KIMIKOでした。東京スペシャルってやつだったと思う。「夏の初めのフィーリング」って曲が肌で感じた風とぴったり合って「快感」でした。だから未だに印象が深いんでしょうね。それにしても、矢沢のえーちゃんはいつごろから聴かなくなっちゃったのかなぁ。憧れて夢中になった時代もあったのにね。いまどき聴く気にもならんのはなんでだろ?え~、では皆様も楽しいお花見をどうぞお楽しみ下さい。ニッポンはいいよなぁ~。。。。。
2008年04月01日
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全国のどーらくファンの皆様こんにちは。何の役にも立たない道楽親爺のくだらないブログで、今日も厳しい現実からしばしの逃避をお楽しみ下さい(笑)しかし、このところ、ニッポンの危ない事件乱発には驚かされますね。今更言っても仕方のないことですが、かなりおかしいですね、今のニッポンは。ってか、おかしくなっちゃってるのは日本人に限らないと思いますが、もうフツーの考え方とか、一般的なものさしが合わなくなってきていることは事実のようです。頭のネジが2、3本外れたっつーか、ヒューズ2、3発飛んだっつーか(笑)、まともには考えられないことが多過ぎです。そのせいかどうかわかりませんが、最近は、レトロっつーか、「昔は良かった」みたいな流れがまた始まった感じがしますけど、いつの時代だって人は振り返りながら進んでいるんですから、これもひとつの現実逃避に近い気がします。だから、今でこそ昔が良く思えるだけで、その時代の中に居るときはそんなに居心地が良かったとは思えません。誰がどー言おうと、私ぁ、今の時代の方が良いです(笑)たいていの必要なものは簡単に手に入るし、贅沢さえ言わなければ、毎日テキトーに馬鹿なことも言いつつ生きてゆけます。トイレだって、どこ行っても水洗だし、停電もないし、水だって神経質にさえならなければ水道水も飲めるし、だいいち、路上生活者とかだって餓死したなんて話は聞いたことありませんもんね。逆に、そーゆー人たちを襲って金盗っちゃう奴なんかもいたりして、よくわかりませんね。ホントに。ただ、やはり一番心配なのは、人が人を殺すって行為があまりにも安直に行われてるってことでしょうか。そんなことで簡単に命を奪われちゃった人はかなわないですよね。本当に気の毒だし、メーワクな話です。でもね、これだって考えてみれば、今まで人間は同胞も含めてあらゆる生き物を簡単に殺してきたんですから、都合の良いときだけ「命の尊さ」を叫んでみたところで、やっぱり根本的矛盾は解消されないでしょうね。人間の食を満たすために鳥や豚や牛を、飼っちゃ殺し、飼っちゃ殺し、してきたんですし、信じる神が違うからとか、神なんていないとか言っちゃぁ、集団で大量に殺戮を繰り返している人間が、それは一部の人たちだけで私らは別です、ってなわけにもいきませんよね。まあ、そこまで話を飛躍させちゃうと全てが完了してしまうので(笑)、とりあえず、今のニッポン人に限って言わせてもらえば、あまりにも大きな妄想というか、洗脳にどっぷり沈み込んでしまっているような気がします。昔から人は、国や組織から洗脳され続けてきたわけですが、最近の洗脳は多種多様だし、裾野が広過ぎてとてつもなく複雑ですね。そういう意味から言っても、ひとつの大きな流れで洗脳されていた昔を懐かしむ、ってのもわかるような気がします。私らの前後の時代の人なら、たいてい「野球」=「男のロマン」みたいなものだったし、流行りにしても、ひとつの時代にひとつのテーマでしたから、ある程度みんな同じジャンルで意識を共有できた解り易い時代だったのかもしれませんね。それに比べると、現在の意識共有システムはあまりにも細分化しすぎてしまい、ともすれば「主体性」と「烏合の衆(笑)」が共存しているような矛盾構造でもありますね。たとえば、自分の趣向とかにはそれぞれのこだわりがあるようでいて、実は少数のグループの色に染まるというだけの「主体性」を持ちつつ、もうひとつ大きな世間という枠の中での存在感は単なる「烏合の衆」といったところでしょうか(笑)これを具体的状況で説明すると、たとえば「自己主張をするいくつかの少グループが同じ電車の車両に乗り合わせた」とします。秋葉系だったり、スポーツ系だったり、セレブ系(笑)だったり、おやじ系だったりと、それなりに自己主張をするいくつかのグループがひとつの箱の中にいます。さらにそこに、ジャンル別け不可能な異種格闘技選手みたいな奴(笑)が入り込んできたとしましょう。彼はいきなり、近くにいたひ弱な秋葉系グループに向かって暴れだしました。さて、この状況で、周りの人々はどのような行動に出るか?たぶん、その場でボーっとその光景を見ている、という状況が想像されます。仮に、ちょっと根性と正義感のあるスポーツ系みたいな奴が居て、間に入ったとしましょう。その場に居合わせた人々の頭の中にあるどのカテゴリーにも当てはまらない「危ない奴」と、自分の趣向とは異なるが、ある意味「大衆」としての同類であるこの正義漢に対し、この人々は次にどのような行動をとるのでしょうか?たぶん、何も変わらず、ただボーっとしてみているだけのような気がします。いわゆる「烏合の衆」ですね。これは「良い」とか「悪い」とかいう判断で測りきれる問題でもありません。だって、それぞれが自分の趣向を主張している(と思い込んでいる)のですから、この危ない奴だって、同様に自分の趣向を主張しているに過ぎません。そこで、彼の行動をどのような基準、ものさしで測るか?ということと、その場に居合わせた人々を測るものさしとは、果たしてどれほどの違いがあるのでしょうか?わかりませんねー(笑)弱いものいじめをしちゃいけません!とか暴力を振るってはいけません!とかゆーような道理は果たして通用するのかということですよね。だって、地べたに座り込んでパン食ってる奴がいたり、シルバーシートの前で立っている爺婆を前に座り込んで化粧に熱中しているねーちゃんがいたり、みんなそれぞれに立派な主体性だと思い込んでいる「ものさし」を持っておられます(笑)もはや、国や学校、はたまた町内やご近所でも、このものさしの使い方を教えてはくれません。いや、ひょっとしたら、ものさし自体がもう作れなくなっちゃったのかもしれません。ほんじゃぁ、どーすりゃ良いんだ?って言われても困ります。私ぁ、たんなるジジイですから(笑)まあ、敢えて言わしてもらえるならば、自分の「ものさし」を持つことでしょうね。そのためにはまず、色々な「ものさし」を見て、ものの測り方を知ることではないでしょうか。偉そうですか? でも当たり前のことを言ってるだけです。だって、自分の「ものさし」を信じないで、一体何を測ろうっていうのでしょう?すべては自分で始まって自分で終わるんですから、その尺度は自分からしか生まれませんね。ってか、今日はちょっとノーガキがカタかったかなぁ・・・・・。
2008年03月29日
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え~、またまた長らくのご無沙汰でした。このところ本当に毎日が忙しくてゆっくりモノを考えてる時間がないもんで、ブログも休みがちになってしまいました。とにかく思いついたこと、口走ったことはすべて「やる!」って決めたもので、とにかく毎日が「実行」の連続といった道楽ジジイの今日この頃です(笑)このブログも、悩める中高年(笑)の皆様や、ビンボーに埋没されている道楽者の皆様に元気を出してもらうために、一生懸命「バカ」なことをせっせと書いていたのですが、書いてるだけじゃ物足りなくなって遂に自分がバカを実際にやり出してしまった、というか、ホンモノのバカになってしまったようで、結構収拾がつかなくなってます(爆)まあ、なんにせよホンモノになれることに越したことはないわけで、どうせいい加減なヤツなら、いい加減のホンモノになるしかないってなもんです。(ってかぜんぜん意味わかんねーぞ)ということで、今日は道楽者が思いついた今年、2008年度の展望についてぶちかましてみたいと思います。苦節53年、ようやくと、長い長い資本主義によるマインド・コントロールの呪縛から解き放たれた道楽親爺ですが、こうして実際に自由の身になってみると、束縛されていた人生もそれなりに愛おしく思う今日この頃です(ばかやろー!)さて、「好きなことをしてメシを喰う」という道楽者の夢の実現に向かって踏み出したジジイですが、これが思っていた以上の冥府魔道の世界であるとつくづく悟ったのも事実です。しかし、この道楽本舗開業と同時に次から次へと「事件」の連続で、さすがの野次馬野郎もちょっと息切れしています。「なんでもかんでも首突っ込むからだろう」とお思いでしょうが、そのとおりです(笑)なんか、毎日ジェットコースターに乗っているうような気分です。今は言えませんが、とにかく色んなことに関わってしまって、寝る時間も無いくらいです。でもって、これが好きなことをするってことなんですよね。でも、これって、生きていくための費用は一体どうなるのかなぁ~?と素朴な疑問が湧き上がってきます(笑)おかげさまで、毎日、楽しく充実した道楽の日々を送っていますが、果たして、このままの状態でメシは喰っていけるのかどうか、ちょっと不安です(こらこら)え~、相変わらずジジイのノーガキは前置きが長過ぎるようですが、ジジイがこれからのめりこんで行く道楽の展望を挙げてみたいと思います。まず、道楽本舗が関わっている事件を書籍化することが今年の主要道楽です(笑)なぜか、今サイパンには「冤罪事件」関連が2本あります。ひとつは皆様ご存知の三浦和義さんの事件ですね。今、構想を練っていますが、現地通訳の目を通して見た、この事件の裏側を書こうと思っています。当然、守秘義務があるので、三浦さん個人のことには触れずに、もう少し大きなところからこの事件を検証して見たいと思っています。(生意気ですか?)もうひとつの事件は、未だ公表できませんが、そのうちにメディアにも公開されると思いますので、サイパンが舞台になった冤罪事件報道があったら、「おっ、これだなジジイが関わっている道楽は・・・」という具合に、楽しんで頂ければ幸甚と存じます(笑)次に、今月開業したレストラン「ジェントル・ブルック・カフェ」から「絵本」を出版してみたいと思っています。道楽愛好家の皆様からネタも色々と届いておりますので、ウェッブサイト系になるのか、紙媒体系になるのかはわかりませんが、年内には実行したいです。更に、このレストランのビルに空きスペースがあるので、「物販」もやってみようかと思っています。(簡単に言うなよ~)もちろん、資金をどこかから調達してこなければなりませんが、パートナーのアメリカ人と古着・骨董を取り扱ってみようと考えています。「LAのガレッジから拾い集めてきたタダ同然のアイテムを観光客に売る」っつー企画です。このアイテムの選別がね、道楽っぽいでしょ(笑)実は、この相棒が以前に持ち込んだガラクタがあったんですけど、これが結構面白かったんですね。こいつも結構、道楽入ってますから、「おまえ何考えてんだ、こんな屑集めてきて」とか「売れるわけねーだろ、こんなもん」とか仲間に散々こき下ろされたようですが、私らのような道楽者が見たら、たぶん「面白い」と思うモノが多かったんですね。てなことで、これらガラクタ・アイテムは現在、レストランのディスプレーになっています(笑) 値札付けておいて売ろうかとか考えましたが、それならいっそのこと、専門店を作っちゃえば良いじゃん、みたいなことになったのです。相変わらずイージー・マインドでしょ(笑)(そんなにうまくいくかなぁ~・・・・・・)ということで、この他にサイパンのニュースブログ「サイパンあぐっぱ」も現在進行中で毎日書いてますし、通訳兼コンサル業の傍ら、レストランのお手伝いなどもこなし、とにかく道楽まみれ、借金まみれのジジイです。こんだけ遊んでんだから、そのうちにこの中の道楽のどれかが花咲くことでしょう(笑)え~、厳しい現実、辛い毎日をお過ごしの道楽者同胞の皆様も、もし、私の道楽で何か遊びを思いついたらご一報下さい。一緒に遊びましょう。非生産活動もいよいよ佳境に入って参りました。
2008年03月26日
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毎度お騒がせのサイパンから、道楽親爺の相変わらずくだらないブログでお楽しみ下さい。さて、もうご存知でしょうが、サイパンの三浦和義さんは5月28日まで延泊(笑)されることになりました。てなわけで、ひとまず、取材陣、メディアの皆様も撤収とあいなりました。本日の拘置所前の「テント村(笑)」は、なんだか花見の後みたいで閑散としておりました。テントだけがむなしく残っていて、がら~んとしてましたね。なんなんだよ、この潔さ(笑)は?ってな感じです。昨日の公判には、傍聴席がほぼ満席(といっても50人くらいかな)になるほど騒がしく、裁判所の内外はカメラマンが塀のように並び、ギャラリー総勢100名ほどで盛り上がりましたが、一夜明けた今日は、一気にいつものサイパンに戻っていました。なんか、この割り切りというか、手のひらを返したような状況というか、「こんなもんなんかなぁ~」って感じでした。ということで、日刊スポーツの○沢さん、お疲れ様でした。今日はゆっくりお休み下さい。そんなわけで、一旦落着のこの事件、今日はこの騒ぎに踊らされた人たちのお話をしたいと思います。(やったー!久々の馬鹿話)まず、この騒動に巻き込まれた最優秀大馬鹿大賞からの発表でぇ~す。それは某レストランの松○き○し氏です。この人は三浦さんが裁判所に行くとき着せられた囚人服(ってか未だ囚人じゃないんで、拘置服とでも言うのか?)と同じ色、オレンジの「一事不再理」って書いたTシャツを作って売ろうと試みました。この「一時不再理」というのは、三浦さんが裁判で争っている、いわゆるダブル・ジョバティーってやつを日本語で表現したものです。簡単に言うと、一度結審した刑事事件は二度と同じ犯罪で裁判にかけることはできないっつー法律のことですね。確か、そんなタイトルの映画もあったような気がしますが、要するに、三浦さんは日本の最高裁ですでに無罪となっているので、同じ犯罪容疑では裁判にかけることはできないってことです。まあ、そんなこたぁ~、どーでも良いのですが、このおっちゃんは、これをネタに一儲け見込んだわけです。そして、このアイディアを取り合った石○さんというおっちゃんがもうひとり居ました。当然、このおっちゃんが大馬鹿大賞準優勝になります(笑このTシャツの発注が一足遅れたために、彼がネタを取られて地団太踏んだのは言うまでもありません。(あ~あ、って、我慢してもう少し先まで読んでね)さて、つい3日ほど前の夕方、この松○氏が意気揚々とこのTシャツを持って、取材人の居る繁華街へと向かったのでした。数名の無責任な取材関係者はやたらとこのおっちゃんにエールを送ります。「おおっ~、こりゃ面白いぜ~」(完全にアホやなこいつ)「これなら観光客が絶対飛びつくよ~」(やっぱこの手のアホしかできないよなこんなこと)注)カッコ内は良心の声です(爆ますます図に乗る「松○き○し氏」。「売れますよね~、これは絶対!」とそこへ、クールな大手ホテルのマネージャーK氏が登場。「あんたね、この事件の意味わかってんの?」「はあ、意味ですか?そんなもん知りません」(ニコニコ)「あのね、これは殺人事件なんだよ、元々の話が」「そうらしいですね」(ニコニコ)「だったら、これは冗談じゃすまないよ」「えっ!?」(ちょっとビビる)「少なくとも遺族の方の気持ちを逆撫ですることになるんだよ」「・・・・・・」(かなりビビる)「金儲けになれば何でもありってことじゃないだろ」「・・・・」(しょげる)記者A(困ったねぇ~余計なこと言うやつが出てきちゃったよ)記者B(馬鹿なんだからほっときゃいいじゃん)記者C(なんだよ、単なる馬鹿だったんかよ)ってなことで、おおかたの非常識、無礼が許されるサイパンの有名人でしたが、さすがに今回はちょっとまともなお叱りを受けて意気消沈してしまいました。記事の隙間を埋める面白ネタを期待していた報道陣も、すっかり興醒めした様子でその場はお開きとなりました。翌朝、記者の有志たちが集まり、この大馬鹿大将を励ましに行きました。記者A「なんだよ、やってくれると思ったのに、話が違うじゃん」記者B「あいつならやれると思ったんだけどなぁ」記者C「その抜けのアホじゃなかったってことなんじゃない」記者A「ってか、それじゃ単なる馬鹿で面白くもなんともないじゃん」そして、この記者団を待ち構えていたものは・・・・・・、「本日休業」の看板でした。記者A「ありゃっ、店まで休んじゃってるよ、どーする?」記者B「お~い、松○さ~ん、居る?俺たちだよ~」その日はとうとう顔を出さずじまいで、翌日、いつもの元気はどこへやら、別人のような大馬鹿大将がオレンジのTシャツを持って記者団の前に現れたのでした。「昨日、大至急プリントを変えたんで、これ記事にして下さい」彼の手には「夢」と書かれたオレンジのシャツが・・・・・。なんだよ、夢って? 意味わかんねーぞ。どーゆー発想でそうなったか?一部の新聞にそのいきさつが載ってますので、ご興味のある方はお読み下さい。ってか、あまりにも馬鹿馬鹿しいので、オチにもなりません。さて、準優勝の栄冠を勝ち取ったもう一人のおっちゃんはというと、この人はかなりの力技に出まして、なんと、裁判所の資料として提出された、88年にロス警察で撮られた三浦和義さんの顔写真をプリントしてしまいました。(あ~~~、頭痛くなる?)これを見た記者団、さすがに、これには絶句でした。「あのぉ、申し訳ないけど、これ訴えられた、絶対負けますよ」「三浦さん、過去の訴訟でことごとく勝訴して賠償金勝ち取ってますから・・」ということで、このTシャツ、たぶんサンプルで作った数枚が幻のシャツとしてネットオークションに登場するのはいつの日になるのでしょうか?しかし、サイパンって、本当に面白いトコですよね。(ってか、それって島が面白いんじゃなくて、人が馬鹿ばっかりってことだろ)私なんぞはまだまだ序の口ですね。大関、横綱、さらには理事長まで居そうで怖いです。
2008年03月20日
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ということで、お騒がせサイパンの「三浦さん」事件も、少し落ち着きましたが、道楽ジジイは別の事件に自ら関わってしまい、またまた動きが取れなくなりました。日本のメディアはまだ、東京スポーツしか書いてませんが、昨年の8月に起きた事件の続編が、三浦さんと同時期の2月末に起きて、私はこの当事者の身元引受人になってしまいました。(やれやれ)現地新聞には私の名前がしっかり載ってしまい、おかげで、こちらも言動を慎まねばならない立場に追い込まれてしまったのです。つらいなぁ~、好きなことが言えないってのは。(実感です)三浦さんの方も、相棒が通訳として関わっちゃったもんで、うっかりしたことも喋れなくて、結構ストレスが溜まります。守秘義務っつーのがあるもんで。しかし、50歳過ぎての無謀な挑戦で、レストランを開業したその日が、三浦さんの初公判ってのもねー、なんだろうね、この妙な取り合わせは。。。。。。事件そのものには関係がないことなので、そのいきさつを今日はお話ししましょうか。まず、三浦さん逮捕のニュースが流れた2月22日の金曜日、私は開業前のレストランの資金繰りで眠れぬ夜を過ごしておりました。前にも言いましたけど、サイパン自治政府は今、アメリカからその管理を引き渡すように追い込まれているので、労働法や移民法などが、かなり揺れているんですね。そんな中、新たな事業を起こす私らには、それなりの「官」の壁が立ちふさがるのです。そんな悩みを抱えつつ、道楽親父はNHKの9時のニュースを見ていたら、いきなり「サイパンで三浦さん逮捕」のスクープですから、驚きました。でもって、まず、頭に浮かんだのが、「おお、デッカイ仕事が来るぞ~」でした。道楽本舗は「翻訳・通訳」の仕事もしておりますので、こりゃ、まず間違いなくこの仕事はウチにくるだろう、ってなことで、少なからず期待の夜を明かしたのでした。翌日、オフィスで運転資金で頭を抱えながら、真っ赤な帳簿(笑)を眺めつつ、相棒と「早く三浦さんの仕事来ないかなぁ~」などとぼやいておりました。ところが、事務所の電話も鳴らなければ、携帯電話もなりません。時々かかってくるのは借金取りからの催促くらいで(笑)、なんだよ~、サイパンでこんなでかいヤマの通訳なんてウチ以外にできるとこなんてねーはずだぞ、とブツブツ言いながら、週末を迎えたのでした。さて、開けて日曜日、お昼も済んで、ボーっとしているところに相棒からの電話が来ました。「メディアがいっぱい入ってきてるよ。コーディネーター、1日$300出してるトコもあるらしいよ」な、なんだとぉ~、なんで俺たちのトコには来ないんだよ~。この、相棒のジム・ディビスは撮影の仕事のコーディネーターとしても有名なんですが、今回はニュース、事件記者系なので、まずは日本人会関係から話が飛び込んできたようで、このところの不景気でウダウダしていたビーチ関係者が一気にリクルートされたとのことでした。(笑)穏やかな日曜日の夕方、拘置所の前にはしっかりと報道陣のテントが張られていました。偶然にも私のお店と事務所のある「マリアナ・ビジネス・プラザ・ビル」は拘置所と目の鼻の先です。仕事帰りに拘置所の前を走ってきたら、おなじみの地元の有志たちが(笑)、生き生きとして取材班のお手伝いをしておりました。「みんな稼ぎまくってるんだよ、おいしい仕事だよなー。タクシー、1日借り切って$700とか、馬鹿なお金の使い方してるんだよー。俺だったら$200で良いのにさー」相棒がぼやきます。「あのさ、これは殺人事件なんだからさ、下手に関わらない方が良いんだよ」となだめるジジイ。と、そこへ、領事館から電話が来て、「通訳を探してる」とのことでした。早速、相棒が電話して、明朝にでも会いたいとのことでした。「ほら、来たじゃない、じゃあしっかり稼げよ」と言ってるところへ、弁護士からの電話です。「どうしよう、三浦さんの通訳頼まれちゃったよ~」あせる相棒。電話してきたのは、三浦さんの現地弁護団の主任弁護士ブルース・バーライン氏でした。「さっき引き受けた通訳・・・・どうしようか?」暗黙のうちにこれは私に振られた仕事となったわけです。ということで、このお仕事の依頼主が「日刊スポーツ」社だったのです。そんな関係で、相棒のジム・ディビスの独占取材が日刊スポーツに載りました。もちろん、インタビューの内容は事件、裁判とは関係のないもので、我社のレストラン「ジェントル・ブルック・カフェ」がしっかり報道されました。棚からぼた餅みたいな(笑)ツイているのか、ツイてないのか、更にワケの解らなくなる日々の、これが始まりでした。
2008年03月16日
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え~、毎日がお祭りのようなサイパンからお送りする、生活にはまったく役に立たないブログでお楽しみ下さい(笑)さて、かれこれ18日以上サイパンに拘留されている三浦和義さんですが、いよいよ、本日、カリフォルニアのシュワルツネッガー知事より、三浦さんの移送要請書簡が届いたようです。この要請書にサイパンの知事が同意すれば、三浦さんの身柄はロサンゼルス警察に引き渡されることになります。今朝方、カリフォルニアではまだ月曜日ですが、三浦さんの弁護を担当するゲラゴス弁護士が逮捕状の無効を求める申し立てを行ったようです。このへんのからくりがちょっと面白いですね。サイパンの地方裁判所では、三浦さんの不当逮捕の申し立てをしたのですが、これは却下され、また、即時釈放請求も否定され、結局はロスからの身柄引き渡し要請を待つ形になってしまったのが先週、3月5日の公判結果でした。このとき、弁護団が申し立てた不当逮捕は、1988年にロス警察が発効した逮捕状についてだったのですが、実は、この逮捕状はロス警察によって取り消されており、なんと2月25日付けで新たな逮捕状がカリフォルニアの裁判所から発効されていたのです。このニュースは昨日、サイパン側にもたらされ、この事件の今後の行方を更に解らなくさせてしまいました。現地弁護団いわく、「俺たちは失効した逮捕状について争っていたのか?」ってなことになって、「じゃあ、判事もこれを知らなかったということか?」など、不思議な状況に戸惑っているというのが実際のところです。つまり、弁護側は88年の逮捕状発効時、いわゆるダブル・ジョバティ(一審不再理)が認められていいうのが主張で、移送は無効というのが言い分でした。ところが、先週に取り直した逮捕状では、法改正後のものとなるので、二国間にまたがった再審理は可能ということになります。(ちょっと専門的でごめんね)てなことで、いよいよ大詰めのサイパン、明日が楽しみです。
2008年03月11日
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一昨日、長い沈黙を破って、再びこのブログに書き込みましたが、とにかく、今、サイパンが凄いことになっています。「三浦さん特需」なんつって騒いでいますが、基本的には殺人事件に関する騒動ですから、あまり軽くは語れないことなんですけどね。拘置所の前にはテントが張られ、メディアの皆様が一日中カメラを構えて待機しています。弁護士が三浦さんと接見するという情報が入ると、更にリポーター達が加わり、ドバァーっと人だかりができます。こんな田舎の、しかものんびりとした南の島ではまったく異常な光景です。ということで、昨日少しお話しましたが、この「三浦さん」フィーバーが一体どのようなことになっているか、道楽爺的にお話したいと思います。非生産活動推進委員会の代表を務める私としましては、新聞やテレビなど普通のメディアの方々が書く内容とは一線を画すものでなければ、委員長としての面子が丸つぶれになりますので、そこはそれ、面白おかしく書こうと試みているわけではございますが、どっこい、これが、そのまんまでも十分に面白いから大変なのです(笑)まあ、現状から言うと、この事件に多少なりともお仕事関係で関わってしまったものですから、いくら個人のブログと言えども、公表できない内容もあるので、この辺のさじ加減が非常に難しいわけです。とまあ、そんな事情を踏まえて、今回の騒動をとりまくお話をしましょう。まず、今回、なんと言っても注目を集めたのは、シュワツネッガー知事からの「三浦さんの身柄引き渡し要請書」だと思います。サイパンから三浦さんをロスに移送する手続きの一番初めがこの要請書です。カリフォルニア知事からサイパン知事に送られる(すでに送られました)要請書に、サイパンの知事が合意して署名すれば、移送手続きに入ります。でもって、この要請書、シュワ知事が署名したというニュースが日本で流れるとすぐに、サイパンでは取材陣がサイパン知事めがけて突入(笑)ということになりました。「シュワ知事からの要請書を受け取ったらどうされますか?」このスクープを取ったのはテレビ朝日でした。そんでもって、サイパン知事、何をトチ狂ったのか「受け取ったらすぐにサインする」とか言っちゃったんですねー。しょうもない奴です。少なくとも北マリアナの最高責任者ですから、いくらなんでも、そんなに簡単に自分で決めてはいけません。この情報が島中に流れ出た頃には、たぶん、これはあくまでも推測ですが、この知事のコメントに司法局からクレームが上がったのでしょう、すぐに記者会見の通知が取材陣に流されました。明日の午後10時半に知事室で正式に記者会見を行います、ってなことで、苦しい展開となりました。さて、翌日の記者会見、ご期待通りサイパン・タイムで会場が開けられたのが午後11時を回った頃でした。知事からは、メディアの皆様のハードワークを労う言葉に始まり、北マリアナ・サイパンの宣伝に貢献して頂いて感謝しますとのお話。あとは一方的に、シュワ知事から送られたという要請書のFAXコピーを受け取ったことに始まり、回答は司法局と相談の上決めるということで、ようやくお役人らしい発言に、記者からの質問攻めが始まりました。なぜか答えたのは、知事の隣に座っていた司法局の局長代理、今回の三浦さん担当の主席検事でした。さすがにプロです。ソツない答えで、いわゆる記者会見は粛々と進んでいきました。なんだ、つまんねーなぁ~とジジイは少々落胆しましたが、ここで、またまた知事ちゃんのファンキーなコメントが飛び出したのでした。「皆様のハードなお仕事に対する慰労を兼ねて、皆様をビーチ・バーベキューにご招待いたします」一同から、おお~っと声が上がり、更に知事は「皆さんはこちらに来ても毎日、日本食ばかりを食べているのでしょう。私が地元の料理をご馳走しましょう」とニコニコ顔でアピールしました。おいおい、これは殺人事件の犯人移送の記者会見だろ?とブツブツ独り言をたれるジジイの前で、調子に乗った知事は記念撮影よろしく、同席した副知事や観光局長たちとしっかりカメラの前に納まったのでした。サイパンでしょう?ちなみに今日の地元紙にもこの会見の模様が発表されました。ちょっとしてお祭り気分です。果たしてこんなことで良いのでしょうか。といったところで、本日は更に衝撃的なニュースが飛び込んで来たのです。日本のニュースには出るかなぁ~。三浦さんとは別に、またしてもサイパンを舞台にした事件が起こりました。これはまた次の機会に。。。。。。。。
2008年03月10日
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長らくご無沙汰いたしました。道楽親爺のくだらないブログ、久々のCOME BACKです(笑)昨年、一大決心をして冥府魔道の「どーらく道」を歩み始めたジジイですが、ようやく道楽の第一弾、サイパンで「レストラン」をやっちゃおう道楽が成就しました。(ヤッターっ!)ちなみにオープンは3月3日だったんですけど、なんとこの日、レストランの目と鼻の先、サイパン拘置所には三浦和義さんがいたのです。そんでもって、もうひとつの道楽「道楽本舗~万屋」のお仕事第一弾が、三浦さんの通訳でした。(マジです)といっても、これは私自身ではなくて、私の道楽稼業の相棒なんですけど、しっかり日刊スポーツの一面に載ったりして、さすがに道楽親爺が選んだだけの道楽野郎でした。しかも3月3日のオープン日は、三浦さんの初公判の日で、この道楽野郎は弁護士の記者会見を開業前の店でさせてしまったのでした。いや~、中々あっぱれな道楽野郎です。おかげで、店はあちこちのメディアに載って、とても良い宣伝になりました。ということで、皆様に画像をお届けしたかったのですが、このブログの機能ではファイルの大きさが合わないの、残念ながら一部しか載せられませんでした。これは店の看板です。店名は「ジェントル・ブルック・カフェ」です。意味は、山の谷間に流れる小川の近くに佇むカフェ・・・みたいなとこですか。名前の割には店はバカデカイです。ちなみに約6千スクエア・フィートあります。坪で言うと・・・・・150坪くらいですか。とまあ、そんな感じでオープンはしましたが、相変わらずの不景気で、そうそう気楽にも構えてはいられません。といっても所詮はどーらく野郎ですから、マイペースで突き進んでいます。昨年の9月から始めた「道楽本舗」ですが、いろいろとご支援ご協力を頂きました皆様には大変感謝しております。この場をお借りして改めて御礼申し上げます。特に千葉ZOOMつながりの皆様には大変お世話になりました。また、「たまさん」から可愛いキャラクターも頂き、ますます道楽の幅も広がっています。本当は2月のバレンタインデーに開業したかったんですけどね、そこはそれ、やっぱサイパン・タイムっつーのがありまして、結局3月に雪崩れ込んでしまったわけです。まあ、そのおかげで三浦和義さん事件に便乗させてもらったりして、なんか、ツイているのかいないのか、よーわからん状態です。そこらへんがまさに道楽者らしいってことになるんですかねー。三浦さん騒動もいろいろと関わりができて、ブログに書きたいことが沢山あるんですけど、とにかく今は時間がないのです。ちなみに、今、私が関わっている日刊スポーツの記者と、結構気が合ったりして、二人でよく「あ~、書きてぇなぁ~、このネタ~」とか言い合ってます(笑)でもね、三浦さん本人の通訳を私の会社が請け負っている以上は、やはり守秘義務がありますんで、リークはできないんですよね。でもね、面白いネタがざくざくなんですよね。一応、この記者とのお仕事のお取引もあるので、なんとか妥協しつつ、ちょっとだけ情報流したりして、それなりに楽しんではいるんですけどねー。根が野次馬根性丸出しですから(笑)でも、絶対に漏らしちゃいけないってとこはね、ぞりゃ駄目ですね、絶対に。それやっちゃったら、この小さな島で信用無くして、二度と仕事こなくなっちゃいますからね。裁判所の中もケータイ持って入っちゃったりしてね(笑)メディアの人たちは、入廷前にみんな任意提出で取り上げられちゃうんですけど、私は地元民ですから、ノーチェックだったりしてね。でもって、法廷で公判中の三浦さんを撮っちゃおうかな、なんて欲望に負けそうになりましたけどね、ぐっと抑えて我慢しましたよ(笑これが仕事抜きの単なる野次馬だったら、ぜったい撮って、売ってたね、1枚10万円とかで(笑とまあ、そんなことで、良い年コイて相変わらずくだらねーことやってる頼もしいジジイでしょ? 私、個人的には、三浦さん見てて、やっぱこの人もすごい人だなぁ~、って思いましたね。60歳でこんな目に遭ってんだから、よほど業の深い人なんでしょうね。ということで、ようやく週末に入って、明日は息抜きできそうです。次はいつ書けるかわかんないけど、三浦さんネタも書いてみたいですねー。まあ、それは後のお楽しみってことで、まだ寒いニッポンでお暮らしになっている道楽者の皆様、どうぞお体にはくれぐれもお気をつけ下さい。
2008年03月08日
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効果を期待する以上は価格の高いものから選ぶのが道理であります。俗に言われる「安かろう悪かろう」というのは、概ね「効果」が期待される商品はほぼ含まれていない。そして、「効果」と「価格」が商品価値を作る典型的な商品が「くすり」です。安い薬は、まず効果がないものと思うし、高い薬だから効かないはずがないと思う。薬の成分はともかくとして、商品価格が判断基準となります。価格ありき、です。また、薬のパッケージには必ず、効能書きと呼ばれる「成分」や具体的「適応状況」などが書かれていますが、素人が読んだところで理解できるはずもなく、どちらかと言えば表紙のキャッチ・コピーと値段が、普通の人々の選別方法となります。このくらいの風邪だったら、このくらいの値段で大丈夫だろう、とか、ちょっと熱が上がりそうだから高い方を買っておこう、とか、あるいは同じ値段だったら、パッケージの表紙に載っているコピーの字の配列や大きさで選んでしまいがちです。発熱、せき、のどの痛み、鼻水、鼻づまり・・・・・といった具合に、配列がその効果の順位だと思っているし、その字列の頭文字の「発熱」だけが、ひときわ大文字だったりすると、数多く並んでいる薬棚の中から迷わず手にとってしまうものです。似たような商品がぶつかると、次は値段比較になります。これは、パッケージのコピーにも同じことが言えますが、まず間違いなく製薬会社はきちんと商品群別に「談合」していると思われるふしがあります(笑)薬事法とかに定められているのかもしれませんが、瓶の大きさと錠剤の数、価格は、均衡が保たれています。私は専門家ではありませんので、信憑性はありません。500円で25錠入りという商品があれば、隣には550円で30錠入りとかが並んでいたりして、時たま480円で25錠とかがまぎれこんでいたりすると、手に取った瞬間、思わず得した気分になってレジで支払いを済ます頃には、すっかり「効果」なんぞは頭の中から吹き飛んでいるから不思議です。ところがそれは、1回5錠づつ呑む薬だったりして、次に500円の方を買ってみたら1回3錠でこっちの方が得だったみたいなことになって、呑む数が少ない方が効きそうだとかいう具合に、それでも懲りずにまだ「効果」を期待している悲しきビンボー人が私です。(爆)いっそのこと、1錠300円とか言うような薬が出てきたら面白いのにとも思ったりしますが、これじゃまるで危ない薬みたいで(笑)、商品価値は下がるのでしょうか?そういえばバイアグラは1錠単位で売ってますね。しかも効果は期待通りです(笑)そうしてみると、やっぱり「効果」は「値段」なのですかね?その昔は不老不死の薬を求めて、世界を彷徨った人もあるとか。まあ、しかし、薬に限らず「効果」と「価格」は人間の心理なのかもしれませんね。これがまた新手の商品を生み出す道理なのでしょう。そういえば、最近、霊能者だかなんだか知りませんが、法外な金を取って霊視するとかいいう奴が週刊誌で騒がれておりますが、無責任なギャラリーとしては、楽しい話題です(笑)霊視した父親が実は生きていたとか。楽しいですねー。下調べが足りなかったのでしょうか(笑)効果を期待しすぎるあまり、なんでもかんでもこじつけてしまうその習性は、ワレワレ貧乏人が見習うべき生き方かもしれません(爆
2008年01月26日
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明けましておめでとうございます。道楽者の皆様にとって今年1年が素晴らしい年となるよう、遠い南の島サイパンよりお祈り申し上げます。人生のすべてを吹っ切った道楽親爺は今年、究極の道楽に突入いたします。ケジメをつけない人生を生きるため、過去のすべてにケジメをつけた道楽親爺(笑)、1年の抱負とか、年の初めとか、今までそういった「ケジメ」を否定してきた私ですが、今年はそうしたこだわりさえも捨てて、この2008年の第一日目にノーガキをこかさせていただきます(笑)。とにかく今年は色々なことがありました。その中でも特に今年は、私の人生観を変えたいくつもの出会いがありました。過去の自分の人生を振り返ってみても、これほど多くの貴重な出会いをした年はなかったと思います。決して大げさな言い方ではなく、これから先の私の人生は過去の集大成として、また、過去の全てを総括し、それらの全てを振り切った結果として体現されていくでしょう。もともとへそ曲がりな私は、1年の抱負とか、1年のケジメとかいうものが大嫌いで、今までやってきたことを、自分で言い訳するような生き方は絶対にしたくないと思っていました。もちろん今でもそう思っていますが、今日だけはどうしても、ここに書き記したいことがあります。それは、過去の全てを吹っ切れた今の自分の、すべての始まりがこのブログであったからです。そのきっかけは、数十年ぶりにネットで再会した戦友テリーでした。彼とは1974年頃の新宿のディスコでほんの数ヶ月間、職を共にしたという軽いつながりでした。それでも、お互いに若さの全てを注ぎ込んで遊んだ時代を、今も背負い込んで歩いているという、一種の同族、同種族とでも言ったような精神性から成り立っています。それこそが敢えて「戦友」と呼びたい精神構造でもあります。70年代後期に日本中、いや世界中を駆け巡ったSOUL=DISCOブームは、言葉では決して言い表すことのできないインパクトを私たちに与えてくれました。そして、敢えて戦友と呼ぶその根拠は、その時代の流れに手放しで飛び込んで行った者だけが共有する「誇り」と「後悔」、あるいは、ある意味人生を投げてしまった自分のアイデンティティを未だに探している「共感」に似たものかもしれません。僕らに限らず、当時、ディスコという世界に生活の全てを投入した者ならば、この感覚はたぶん皆同じものだったのではないかと思います。強いてカッコつけて言うならば、それは打算のない生き方であったと思うし、それはまさしく純粋な気持ちで生きることのできたほんの短い時代でした。いつの時代も「若さ」の発露はまた、時代を超えて同じ結果を生むようです。それは「人はひとつの時代しか生きることができない」ということと「若さと引き換えにした栄光は自分の中にしかない」ということではないでしょうか。ひとつの時代が終わったことを知らされたとき、残ったものは何だったのか?それが、先に言った「誇り」と「後悔」です。このふたつは相反する感情でありながら、同一性のもので、限られた人しか体験できなかった「誇り」は、反社会的な結果としてしか現れてはこないということです。そして、哀しいかな、この素晴らしい栄光の体験こそが、後半の人生の足かせとなって、更に人生を迷わせてしまうのです。迷っている仲間、そんな奴らこそが、やはり戦友と呼びたくなる同種族なのです。あいかわらず私の言葉は抽象的でわかりづらいと思いますが、たぶん、駆け引きなしで人生を遊んでしまった人には、この気持ちがわかってもらえると思います。そして、今年、ようやく最後の自分の道を見つけることのできた私は、命のあるかぎり、この愛しき戦友たちを見守って生きていこうと決意しました。その決意を年の初めの元旦に記したかったのです。戦友のみなさん、「俺たちの戦いはまだ終わっちゃいません」あなたの選んだ道は間違っちゃいないし、最後までカッコつけていきましょう。私はそんな貴方の生き方をカッコ良いと思うし、好きです。だって、現にみなさんは誰にも真似のできない生き方をしてるじゃないですか。私はそういうみなさんの戦友の一人であることを、心から誇りに思っています。みんな私のかけがえのない人たちです。人生の折り返し点に立った今、最後の勝負をかけましょう。もちろん、僕らの勝負は「道楽」です。2008年元旦
2007年12月31日
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いや~、忙しかったなぁ~、今日は。とにかく朝から晩まで走り回っていた感じです。それにしても、毎年思うことなんですけど、このイブの慌しさっていうのが、まるでニッポンの大晦日のようで、私にとってはこの町の喧騒が心地良かったりして、なんか不思議な感じがします。どこのスーパーも追い込みセールでごった返してますから、駐車場は満杯、道路にも車がはみ出してるし、レジは長蛇の列、子供はハイテンションで駆けずり回るし(笑)、大人は目が血走ってるし(笑)、なんか「生きてるんだ!」って実感が湧いてきます(笑)食料品売場も、もうメチャクチャです。サイパンは多国籍人種の島ですから、その食材もかなりバラエティに富んでます。しかし、中国人までクリスマスで御祝いってのも、なんかようわからんですね。午後5時にはすでにターキーは売り切れ。サイパンではBBQが定番ですから、スペアリブやショートリブもほぼ売り切れ。みんな明日に備えてドッカリ買い漁って行きます。今、現地時間の午後9時30分なんですけど、すでに教会周辺は出店やら警察の交通整理やら、ネズミ捕りやら、そりゃ盛り上がっています(笑)え~、我家は別にキリスト教でもなんでもないので、いわゆる節操の無い典型的日本人丸出しで、クリスマスは単なるイベントのひとつとして楽しみます。(こらこら!)まあ、子供たちはミッション系スクールなので、ってか、当地の私立校はほとんど宗教がらみなので、信者でなくとも、クリスマスについての教義(?)は小さい頃から受けていますので、親ほど無知ではありません(笑)中学生までは、この日のために「劇」のお稽古なんぞさせられますので、少なくともバイブルはひと通り読まされています。ちゃんと学科にもあるし、試験もあります。そんなこんなで、島中が盛り上がる今夜、道楽親爺は未だお仕事中です。今年は新しいスタッフのプレゼントも買いに行って、財布もすっからかんになりました。来年から始まるジジイの道楽のために働いてくれるスタッフですから、できるだけのことはしてやろうと思い、ちょっとカッコつけました。元々私の人生、ポリシーは徹底的な身内びいきですから、身内と他人の区別は思い切りはっきりしています。今回は特に、スタッフの奥様たちにプレゼントを用意しました。これからジジイの道楽につきあって苦労させるかも知れないので、先手必勝ということで(笑)チョイ根回し入ってマス(爆てなことで、まだ仕事が終わりませんが、この後はオウチに帰って子供たちとドンちゃん騒ぎをしたいと思います。なんせ、今年の我家はサンタが来ませんからね、ホントに気が楽です。え~、いちおう今夜の演目は、息子とフリチャチャを踊り、娘とハイスクール・ミュージックのゲームで歌を歌います。知ってますか?ハイスクール・ミュージックって?全米で大ヒットしたディズニーのTVドラマなんですけど、歌って踊るミュージカルなんですよね。さすが、血筋ですよね。ウチの末娘はドップリとハマってしまいました。こうして、ダンダンと道楽者の血が色濃く出てくるのでしょうか(笑)では、皆様も思い出に残るクリスマスをお楽しみ下さい。
2007年12月24日
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さすが年末は忙しいです。大手旅行会社は年度末で人事異動などがありますから、送別会やら忘年会など、通常のクリスマス・パーティにかぶってきて、毎日お祭り状態です。実際にはそんなに浮かれてるバアイじゃないんですけどね、サイパンは(笑)てなことで、今夜も近畿日本ツーリストの現地支社長の送別会があります(ヤレヤレ)話はぶっ飛びますが、昨日久しぶりにノートパソコンのメールを開けて手が震えました。IN COMING MAILに「yu-ji」の名が・・・・・。一瞬、目を疑いました。おいおい、霊界通信かよ(汗)みたいな(笑)よ~く見たら、8月に日本で会った後のメールでした。今、私は移動が多いので複数のパソコンからメールを開くようにしているので、これは開封せずにそのままにしておいたメールでした。たぶん、後でゆっくり読もうと思って開けずにいて、そのままになっていたものでしょう。クリスマス前にyu-jiが来ました。ちょっと涙が出ました。(最近妙に涙もろくなってます)12月に入って、サイパンにも海上自衛隊の船が入ってきたりして、町で自衛官をチラホラ見かけます。そのたびにyu-jiのことを思い出します。8月、最初で最後の出会いの会話が甦ってきました。会えて良かった。本当にそう思います。あのとき、無理してまでも彼に会いたかったのは、「よく頑張ったな。おまえはよくやったよ」という一言をどうしてもかけてやりたかったからです。そんな偉そうなことではありませんが、彼の生きた人生を認めてやりたかったんです。戦友の一人として。「よく頑張ったな」・・・ただその一言を伝えたかったんですね。あの時の会話を思い出しました。「誰も教えてくれなかったから、こういう生き方しかできなかったんだよね。オレ達は」「いつだって闘っているんだよ、オレ達は。じゃあ、何を相手に戦っているんだ?って言われても答えはないんだけどね」今になって開けたメールは「病院はエアコンが効き過ぎてて、とても寒くて、スカジャンが役に立ってます」でした。涙がボロボロとこぼれてきました。(ジジイになると涙もろくなるってのはホントですね)クリスマスを前にyu-jiがメッセージをくれました。「まだ戦いは終わっちゃいねーぞ」そうだよね、yu-jiさん、YUKIさん、まだ終わっちゃいないし、まだ負けてないよね。ってことで、ごめんね今日はちょっと湿っぽかったね。。。。。。
2007年12月22日
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いや~、随分とご無沙汰しました。今回は長かったね。更新ストップしてから半月以上ですか?なんか年末は忙しいんですよね、色々と。特に今年は「道楽本舗」のせいで、ずーっと動き回ってるもんで、落ち着いてパソコンも見ていませんでした。この時期は、とにかくクリスマス・パーティがほぼ毎日敢行されてるような状態で、とにかく大忙しです。おかげさまで子供も大きくなったので、学校のパーティで学芸会(笑)の準備をするのが無くなった分、少しは楽になりましたが、それでも一晩にパーティ3つ掛け持ちとか、結構疲れます。まあ、仕事柄、お付き合いってのもあるんで、仕方ないんですけど、心の中では「良い年こきやがって、バカ騒ぎしてる場合じゃねーだろ」とか思いつつも、しっかり笑顔でお答えします。(少しは大人になったね・笑)ということで、昨年は我家のサンタさんは世界的異常気象で、サイパンにはON TIMEで来れませんでしたが(笑)、おかげで、今年は「おとーさん、今年はサンタ、遅れないでね」と長女に言われてしまいました。やっぱ、去年の失敗でバレてしまったのかぁ~、と悔恨のジジイは、「これで父親の役目は終わったのか」(笑)とほっと溜息をついて窓から海を眺めました。(バカヤロウ!)しかし、ウチの娘、今年19歳になりましたが、間違いなく17歳までは完璧に信じてましたね、サンタクロース(笑)まあ、後半はサンタが居ようが居まいが、プレゼントをもらえるかどうかが、一番の感心ごとだったようですけどね。うちの子らしいです。まあ、しかし、このクリスマスってのは良いですよね、ホント。欲張りさえしなければ、いちおうはどんな家庭にもプレゼントが届きます。裕福の差は万国共通ですが、子供たちの嬉しそうな顔が町中に溢れるってのは、とても心が和みます。特に私のようグチャグチャな人生を生きてきた真っ黒な心は、この1日ですべてが洗い流されるようで、1年に一度の懺悔の日のようです(笑)え~、最後に道楽親爺の「道楽本舗」も着実に進化を続けております。たぶんレストランの開業は来年になりそうですが、日本でも道楽の根を生やし始めたし、サイパンでも臭いをかぎつけて、面白そうな面々が集り始めています。今年は忙しくて、戦友のみなさんにクリスマス・プレゼントが送れませんでしたが、そのうち、ジジイの道楽もグレードアップして、皆様にお裾分けしたいと思います。来年からは道楽者のオフィスがオープンしますから、そしたら、元気の出る道楽者のブログも再スタートをはかりたいと思います。てなことで、今日はこれにて終了です。
2007年12月21日
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あっという間に1週間が過ぎ、ふと気が着けばもう12月じゃないですか。本当に月日の経つのは早いものです。Time is runaway fast.そういえば去年はSAIPANのサンタクロースは消防車に乗ってくるって話をして、随分と盛り上がりましたっけ。苦労して画像も載せました。今年もThanks Givingが終わると同時に、RadioからはChristmas songsが流れはじめ、あちこちで電飾が始まりました。それでも今年はオイルの値上がりと、破綻した北マリアナ政府のおかげで電気だが高騰したため、イマイチ貧祖なDisplayとなっています。(哀)How’s your Christmas in Japan?皆さんのところはどうですか?日本は寒くなってきて、否が応でも気分はクリスマス!ってことで盛り上がっていますか?サイパンは年中暑いので、特別な感覚ってのはないんですけど、島のどこに行ってもジングルベルみたいな(笑)感じで、1日1日それなりに盛り上がっていきます。そういえば、Christmas Cakeって日本人が考案した商売だったってご存知でしたか?昨日、相棒のアメリカ人と一緒にレストラン・メニューについて話していたら、「アメリカにはクリスマスケーキなんてないぞぉ~」と言って憤慨していました。その代わりに「まずいFruits Cakeが届く」と言ってました(笑)私もこのFruits Cakeってのは、あまり好きじゃないんですけど、大方のアメリカ人がもらって迷惑なモノの第一位を上げるとすればこのFruits Cakeだそうです。本当かどうかはわかりませんが、彼いわく、もらったらすぐ隣の家にそのままもって行くそうで、私が「そんなまずいものなら皆でやめれば良いじゃないか」って言ったら、だからこれが日本のクリスマス・ケーキと同じなんだよ、ってよく意味の解らないこと言ってました(笑)ってなことで、今日は何故か英語なんぞを散りばめて書いてみましたが、ビンボーな南国にも、1年で最も子供たちが楽しみにしているクリスマスがいよいよやってきます。今年も道楽親爺はビンボーながら、子供たちへのプレゼントをそろそろ買い集めてきては、偽善的サンタクロース(笑)の真似事をしたいと思います。毎年のことなんですけど、この行為は1年に1回の道楽者の懺悔みたいなトコですね。ってか、1年に1度だけ、煩わしい屁理屈を抜きにして、単なる一人のジジイとして正直な心になれる日なんですよね。プレゼントをもらったときの嬉しそうな子供の表情ってのは偽りがありませんよね。たとえたった1ドルのオモチャだって、その子供にとってのプレゼントの価値とはまったく異なっていますよね。そんな「喜び」みたいなもので島が埋まっていくってのがね、ひとつジジイの真っ黒な心を洗い流してくれるのです(笑)もういくつ寝ると~。。。。。。
2007年12月03日
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今日はディスコのお話ではありません。(えっ?)クインシー・ジョーンズの80年代ディスコヒットだと思った人には残念ですが(笑)、そのタイトルテーマとなった映画のお話です。ということで、今日はちょっと下品な話になるかもしれませんので、その手の話がお嫌いな方はすぐにサイトをジャンプして下さい。(笑)当時、相当な話題になったこの映画、主演は藤竜也、松田英子で、昭和の猟奇犯罪として有名な「阿部定事件」を描いた作品です。先日、サイパンのショップでこのDVDを見つけたジジイは、乏しい小遣いを叩いて衝動買いしてしまいました。だって、見たかったんだもん(笑)この映画は「本番映画」として話題になりましたが、当然日本ではノーカット上映されませんでした。そういえば、この映画を見るためにわざわざ外国まで行くっ、てなツアーが当時はありましたっけ。でもって、このタイトル、日本人にはどうも如何わしい連想を促すようで、当時の事情を知る人なら誰もが「えっ?愛のコリーダ?ああ、本番映画ね」とか、「ああ、和製ポ○ノだろ、本番やってる」みたいな捉え方しかされていませんね。まあ、そんな当時あちこちに波紋を投げかけた問題作が、30年近くを経て、ジジイの手に入ったのです。そりゃ、否が応でも気分は盛り上がってしまいます。とはいえ、一応は成人映画(笑)ですから、ウチでおおっぴらに見るわけにもいきませんので、子供たちが寝静まった深夜、こっそり起きてテレビのスイッチを入れるジジイ。う~ん、この背徳感のような、罪悪感のような、ワクワクした気持ちは久しぶりです。(笑)その昔、年をごまかしてはピンク映画を見に行ったときのような興奮が・・(ばかやろう!)いやいや、これは芸術作品なんだから、そんな卑猥な先入観を持ってはいけません。などと心の中で葛藤しながら(笑)ディスクを差し込んだジジイでした。まあ、実際の話、こっちはこの手の映画は別に珍しくもなんともないし、無修正は当たり前ですから、ポ○ノっていう意味で言えば非日常的というほどの閉ざされた世界ではないので、さほどの興奮はないんだよね。でも、なんか昔に封印された箱を開けるみたいなワクワク感はありました。で、見終わった感想は?藤竜也がやたらと若かった。(笑)人間の性に対する本能的な妄想を映像化した作品。劇中で本番を敢えてする意味がどこにあるのか、よくわからない。事件の本質にあまり触れていない。エロティックなシーンの描写はかなり刺激的だった。とまあ、そんな感じですか。私は個人的にもこの「阿部定」事件に興味がありまして、割と多数の出版物や、過去この事件を題材にした映画やドラマも髄分と見ているのですが、そういう意味からいうと、ちょっとがっかりでした。元々、私は大島渚監督の作品って好みじゃないので、映画としての評価で言えば、エロティックな映像が男の性欲をそそるには申し分なかったってことくらいですかね。(なんじゃそりゃ)なんつーか、開けっぴろげのアメリカン・ポ○ノが当たり前になってしまっているジジイにとっては、この淫靡で暗い性描写がなんとも言えずゾクっと来ました。(笑)そんなことかなぁ~。しかし、本当に疑問に思ったのは、いわゆる「本番」を映像にする意味がどこにあったのかなってことですね。わからん(笑)当時だったら、藤竜也ファンが彼の「なまもの」を見て興奮したとかいうのもあるのでしょうが(笑)、それにしてもハードコアっていうほどのポ○ノでもないし、じゃあ、内容が濃いのかっつーと、それもよくわかりません。この事件は阿部定という女性が自分の愛人の性器を切り取ったことで、昭和の猟奇事件として語り継がれていますが、その本質は一体どこにあるのか?っていうのがこの映画のテーマだとばかり思っていました。ってか、本質なんて所詮わかりはしないものですけど、いわゆる芸術作品というのは、こうした人間の根底に存在する欲望についてを表現するもんだと思っていたのは、私の錯覚だったのでしょうか。(笑)私の読んだ文献や資料によると、この男根ちょん切られてしまった旦那は、ちょっと異色体質であったというような記録があります。いわゆる「絶倫」ってヤツですか(笑)そう、全ての男性が思い描く妄想、絶対に萎まないオチ○チ○。(笑)なんつーか、絶倫というか、すぐに立ち上がてくる特異体質であったのではないか、というのが通説のようです。それで、その欲望の中にドップリ浸かってしまった「定」という女性の妄想が、遂には殺人~切断に至ったというような解釈がされています。ということで、このゲージツ作品を見て思ったのは、この定という女性は本当に「愛」にのめりこんでいって事件に及んだのか、それとも快楽に溺れて狂気の妄想にとらわれたのか、というあたりがテーマだったのではないかということでしょうかね。それにしても、男は勃ってナンボって言われてるみたいで、この年になるとちょっと考えてしまいますね。(爆)バイアグラが出てきたときも、そう思ったんですけど、やっぱ究極的にはココが男の原点になるのですかね?(笑)なんか面と向かって「男なら立たんかい!」て言われたみたいで(笑)、結局は男も女もそこが本質なんかなぁ~とシミジミ思ったジジイでした。えっ?私? ご心配なく、まだもう少しは男でいれそうです。(ばかやろう!)
2007年11月29日
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あいかわらず歯痛に苦しむ道楽親爺です。今日も歯医者さん行って来ました。入歯の調整で、抜歯跡をぐりぐりやられて「VERY GOOD」ですから(笑)今日のはちょっと痛かった。涙ちょっと出た(爆ということで、寒いニッポンにお住まいの道楽者の皆様、どうぞお体ご自愛下さい。ジジイは南国の島で、パンツ一丁のまま頑張っています(笑)それでも最近は異常気象のせいか、サイパンは雨が多いですね。この時期は本来乾季で、雨なんか降らないんだけどね、1日2、3回はスコールがあります。そういえばフィリピンあたりで台風23号とか24号とか言ってましたよね。これも変ですよね。もう12月になるってのに、台風はおかしいだろ、やっぱり。このところ日記も途切れがちなんですけど、違う道楽が忙しくて、ゆっくりパソコンの前に座ってらんないんですよね。今日は企画書やら、報告書やら作ったので、ついでにタイプ打ってます。(ついでかよ~)そういえば、ニッポンに行ったときに古い映画のDVDを何本か買いました。なんせ1枚500円だったもんで、つい衝動買いしてしまいました。サイパンで$5って言ったら、中国製の海賊版だからねー。それに比べたら、ホンモノのDVDが500円ってのはちょっと驚きです。(ってか、そんなに驚いてるのはおまえだけだろって?)買ったのは私が生まれる前にヒットした映画です。もちろんモノクロです。「欲望と言う名の電車」マーロン・ブランドとビビアン・リーですね。これって今でもブロードウェイとかで上演されているらしいじゃないですか。古典的名作ってな感じでしょうか。ジジイの感想?なんか期待したほどでもなかったけど、こうした精神的な暗の部分を描く映画ってのが当時の流行だったんですかね。あまりビビっとは来ませんでした。「市民ケーン」御馴染みオーソン・ウェルズの名作中の名作で、映画史上、最も手本とされた技術のルーツがここにある(ってか、これ帯コピーのウケウリです)ジジイの感想?ごめん、疲れてて、途中で居眠りこいちゃった(笑)今回はこれらの名作に加えて、スコセッシ監督の「カジノ」も廉価版で買ってきました。私はスコセッシ監督の感性が好きで、殆どの作品を見ていますが、その中でもこのカジノは印象深い作品です。私の中ではコッポラ監督のゴッドファーザーと並んで、アウトローの核心を描いた作品として高ランキングされてます(笑)この映画は「グッド・フェーローズ」と結構かぶるんですけど、カジノという特殊な世界での出来事が、たとえ映画の中だけでも味わえて興奮します。特に、シャーロン・ストーン演じる、カジノの吹き溜まりに生きる、ジンジャーという名の女の狂気がたまらなく好きです(笑)ジョー・ペシ演じるイタリア系ギャングは、その昔、新宿で働いていた頃に出会った狂気のアウトローたちを思い出させてくれて、あのころの異常な世界にワープできます(爆そしてデ・ニーロ演じるギャンブルに人生を費やした狂気の生き様は、現代の狂気とオーバーラップして、頭の中がカオスで埋め尽くされるような感じです。ってことは、この映画、キチガイの映画ですか(笑)スコセッシ監督って、昔から、この常軌と狂気の境目みたいなものを映像化してきていますよね。そこらあたりが私の感性とあっているのかもしれません。これで敬虔なキリスト教信者ってのも面白いですよね。彼の作品で「最後の誘惑」ってのがあって、張りつけにされたジーザスが立ち向かう最後の誘惑を描いて、各界で論争を生み出したんですけど、これもこの人らしいと言えばこの人らしいんでしょうか。最近ではメル・ギブソンが「パッション」で同じような非難を受けましたっけ。え~、話が飛びましたが、実は私はシャローン・ストーンが結構好きでして、「氷の微笑」と、この「カジノ」は彼女の最高作だと思っています。私が映画で彼女を初めて見たのが「ABOVE THE LAW」っていう、スティーブン・シーガルのデビュー作でした。主役のシーガルさんの奥さん役で、チョイ役だったんですけど、その風貌に惹かれましたね、ジジイは(笑)それでいきないり「氷の微笑」でしょ。ちょっと驚いたというか、女優としての魅力にチョイはまりました(笑)そして「カジノ」では演技派として感心させられ、とどめは「氷の微笑2」で一気にブルーになりました(笑)ヌードも意味がないし、内容も薄っぺらかったし、妖艶さというよりは中年(っていうかもう老年に入ってる?)のいやらしさみたいなのが出ていて、まあ、それはそれで良かった(笑)ケド、やっぱね、なんでこんなにこのドラマにこだわったのか、ちょっと疑問でした。美人女優の年の取り方って難しいんだね、って思いました。同じ美人系でもキャサリン・ターナーみたいな壊れ方でもすれば、それはそれで面白いんだけど、トチ狂うってのはいただけません(おおきなお世話だろ)日本でも、古いところでは田中絹代なんて人は素晴らしい年の取り方をした女優だったし、吉永小百合なんて人も上手く年を重ねていますよね。男の場合は結構「地」でいけるから、女優に比べれば楽かもしれませんね。ニコラス・ケイジなんて、特に美男でもないし単なるハゲオヤジだけど、ケッコー良い味出してますよね。若い頃、コッポラ・ファミリーの七光りで出てた頃より、今の方が生き生きしてます。デ・ニーロもそうだし、ジジイのままでいける俳優はけっこういますね。ってか私もそんな自然なジジイになりたいんだけど、どうだろ?でも、どだい南国じゃ無理だね。何故かって?だって、ぼーっとしちゃってるから、自然は自然だけど、どっちかというと天然ボケに近いよね。
2007年11月28日
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歯医者騒動後編~ってことで、抜歯して部分入れ歯を作り直すことになったジジイは、早起きして若い女医さんの居るデンタル・クリニックに出かけていきました。受付でアポ確認を済ませると、待ってましたとばかりに看護婦が案内してくれて、おなじみの診療椅子に座らせられました。Good morning, how are you today?と満面の笑みを浮かべて現れた女医さん、英語の教科書のような(笑)ご挨拶を済ませると、「今日は長い1日になるから、頑張りましょうね」などと声をかけつつ、てきぱきと手術の準備を看護婦に指示しました。さて、先生はあんぐりと口をあけたジジイの顔を覗き込んで「まずは麻酔を打ちますから、痛かったら手で合図してね」とやさしく言いながら、手で胸を軽くたたく仕草をしました。ここでジジイは昔見た歯医者と患者のコントを思い出したのです。<コント>歯医者「あのぉ、痛くないようにやりますけど、もし痛かったらエッチなこと考えて下さい」患者「えっ?エッチなことですか?」歯医者「そう、痛くなったらエッチなこと想像して下さい」う~ん、そんな手もありかなぁ~、などとジジイは試してみようと思いました。と、そんなくだらねーことを考えているうちにも、センセーは着々と準備を進めて、早速抜歯するあたりの歯茎に注射針を立て始めました。「ゆっくり打つからね、大丈夫よ、そうっとピンを刺すからねぇ~」と、あいかわらずやさしい口調で話しかけながら麻酔針がブスっと歯茎に入る感触を感じました。痛っ!「大丈夫、ゆっくりやるから、OK? Very good」何がベリーグッドなんじゃい、わしは痛いがな!ちょっと汗が出たジジイ。そうか、ここでエッチなことを考えて意識を飛ばせばよいのだなぁ~、よおし、エッチなこと考えるぞ・・・・痛っ!・・・ちょっと痛いよぉ、センセー。「OK,もうすぐ終わるわよ~、Very good」ベリーグッドじゃねーだろ、痛いよ。センセーは言葉とは裏腹にブスブスと注射針を打ち込んでいきます。そろそろ痺れが始まり、あとは針が入る感触だけがあって痛みは薄れていきました。「どお?痺れてきた? Very good」やたらベリーグッドを連発するセンセーです。「さあ、じゃあ今度は反対側にも打ちましょうね、Very good」えっ?まだ打つんかい?というわけで、今度は反対側の歯茎にブスっと打ち込むセンセー。痛っ!、おい、痛いじゃねーかよ!と心の中で叫ぶジジイの顔を覗き込むセンセー。「痛かった?でもすぐに痺れるから大丈夫よ、Very good」チクチョー、おとなしい顔してめちゃくちゃやりやがって、とか頭はやや混乱しつつ、そのうち麻酔が効いてきて、下あご全般が痺れてきて、唇が浮き上がりました(笑)結局エッチなことなんて考える間もなく、麻酔が完了しました。ここでしばし休憩。しかしまあ、こういう状況でエッチな想像はやっぱできんね。などと、相変わらずくだらねー思いを馳せる道楽親爺のつかの間の休息も、再び冷酷な女医さんの声で緊張が再び走りました。「どう?全部痺れてきた?」返事をしようにも下あご全体が痺れていて言葉がでません。「そう、大丈夫ね、Very good。じゃあ始めるわよ」全然ベリーグッドじゃねーぞ、と心で叫ぶジジイ。センセーはガチャガチャと器具をそろえ、さっさと抜歯の準備をすると、いきなり前歯を引き抜きに入りました。「大丈夫、ゆっくりやりますからね、どう?痛くない、ここ?」ウグ、ウグと返事をするジジイをまるで無視したように歯を引っこ抜きました。ぐりぐりってな感じで、抜ける瞬間はちょっと気持ち悪かったです。「Very good、もう1本いくわよ」薄目を開けてみると、目の前にマスクとゴーグルをかけたセンセーの顔が目の前に。う~ん、これはなんか妙な感じです。口の中にペンチのような器具を突っ込まれて、その中を若い女性に覗き込まれているこの状態。なんかちょっとヤバイ感じかなぁ~、なんて思ってると、ギリギリと音を立てて歯を引き抜こうとしているセンセーの顔がいきなり魔女に見えました。この2本目がなかなか根性のあるヤツで、中々引き抜けません。センセーは相変わらずベリーグッドを連発していますが、その口調がダンダン力強くなっていきます。おい、どこがベリーグッドやねん。リキんどるやんけ。グリッ!、ガリっ!ガツン!ペンチがすっぱ抜けてあちこちにぶつかったりしてるのに、このセンセー、相変わらずベリーグッドの連発です。奮闘約30分。おかげさまで抜歯3本が終了。しばらくすると別のセンセーが現れて、部分入れ歯を抜いたばかりの歯の上にかぶせました。麻酔が効いているので痛みはありませんが、なんか妙な感じです。おっと、いきなりかよ、みたいな。しかし、強引ですよね。今抜いたばかりのところに入れ歯を乗っけちゃうんですよ。まあ、歯抜けよりはましかなぁ~とも思いつつそのままの状態で約30分。再び女医さん登場。「どう?パーシャル(入歯)は痛くない?」ってか、痛いも痛くないも麻酔が効いてるからわからんだろー。ってなことで、こくっとうなずくと、またもベリーグッドの連発です。未だ出血している歯茎の上に入歯を乗せられて、即退院です。「痛くなったらタイラノールでも飲んでね」だって。ということで、今もその入れ歯が入ってるんですけど、麻酔が切れて結構痛いです。そりゃそーだよね、傷口にセラミックが触れているんだから。おかげでこの数日、ろくなものを食べていません。月曜日の8時に検診があるのですが、こんなことならいっそのこと総入歯にしちゃおうか、などと考えが浮かんでます。なんかこういう作戦で、総入歯かインプラントにしちゃうのかね?そういえばフロントデスクにはローンの申込書も置いてあったなぁ~。こうして、長い時をかけて患者から収入を得るのでしょうか?結構良い商売だよね、などと思いつつ、未だ痛みの残る歯を憂いながらも、南国の日々は過ぎていきます(なんのこっちゃねん)最後に、一言。痛みを和らげるためにエッチなことを考える方法は、はっきり言って使えません!
2007年11月25日
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日本でしっかりと風邪を引いて帰ってきたジジイですが、帰国日の成田はかなり寒くて、しかも名古屋経由だったもんで、鼻はずーっと詰まりっぱなしで、まずい機内食の味もわからないほど酷かったんですけど、なぜかサイパン上空に入ったとたんにピタっと鼻づまりが止まったのには驚きました。もう体質が完全に南方系になってしまっていたんですね(笑)でもって、家に着いた途端に気が緩んだのか、パンツ一丁になって寝転んでテレビ見てたらそのまま寝てしまいました。当然、翌朝、目が覚めると寒気と頭痛でしっかり発熱しました。これって、日本でひいた風邪なんだか、サイパンでひいた風邪なんだか、よくわかりませんね。それで日本で買って持ち帰った子供用のシロップ風邪クスリを3本ほど一気に飲んで良い気持ちになりました。(ばかやろう!)とまあ、そんな按配で2日間ほど南国的にボーっとして寛いだわけですが、その後、ジジイの大嫌いな歯医者のアポがあったのでした。実は、先月、スカジャン兄弟のゆーじさんが亡くなった日、時差はあるんですけど、その晩に義歯がボロっと折れたんですね。義歯っていってもいわゆるセラミックの部分入れ歯ですから、そんな簡単には欠けることなんてないんですけどね、虫の知らせとでも言うんですかね。だから翌日知らせが来たときも、ああやっぱりってな感じだったんですね。まあ、その話はさておき、入歯とはいえ歯が欠けちゃ按配が悪いので、しぶしぶ歯医者に出かけて行きました。1年に1回くらいのペースで診てはもらっているんですけど、元々私は歯が弱くて、いずれは総入歯になる覚悟も出来てるんですけど、取り敢えずは、応急処置でお願いします、みたいなことで先生にお願いしました。この先生というのが女医で、そうですね、歳の頃なら30歳になるかどうかってくらいの未だ若いアメリカ人でして、ちょっと痩せ型でジジイ的にはタイプじゃないんですが、まあ、なんというかインテリ系の中美人ってなとこですか(笑)でもって、やっぱり医者ですから、それとなく冷たい感じはするものの、物静かな口調で、時々笑顔を交えながら、ジジイの歯の状態を説明します。まあ、なんつーか、やさしい口調で結構恐ろしいことを言うのです、このセンセーは(笑)「こことここの歯骨はもうだいぶ痛んでいるので抜きましょう。それで、この上の歯と噛み合う部分も、このままにしておくと後々総入歯にしたとき、歯茎にダメージが残るかもしれないから抜きましょう。それで、上下にパーシャル(部分入歯のことです)を入れて、様子を見ながらインプラントにしていきましょう」ってな具合で、さっさと自分の言いたいことをベラベラ一方的に話しておいて、「どうですか?これで完璧だと思うんだけど」完璧とか言われたって、金掛かりそうだなぁ~と思いつつ「まず、見積をくれますか?」と尋ねると、「オーケー、じゃあ、フロントで計算してもらって下さい。でも今の割れたパーシャルは取替えなきゃならないから、ついでにこの前歯2本は抜いておきましょうね」と、すでに強引な態勢に引き込まれてしまいました。「センセー、私、髪の毛と一緒で、歯もだいぶ寂しくなってきているので、抜くのはどうも・・・なんとかならないですかね」このジジイのコメント、この女医さんにはやたらとウケてしまい、終始ニコニコ笑いながら、「でもね、この歯は残しておくと隣の歯にも影響を与えるし、歯茎の専門医のサジェスションも同意見なのよ」と譲りません。仕方なくジジイはこの提案を受け入れ、アポを確認すると、「じゃあ明日8時でどう?」ときました。どお?っていきなりかよ、みたいな、デートとかの約束じゃないんだから、もうちょっと威厳ある態度で決めて欲しかったなぁ~と思いましたが、どうせ抜くならさっさと済ませたいという江戸っ子のせっかち気質丸出しで、「オッケー、明日8時に来ます」と良いお返事をしたジジイでした。「明日抜けば、あさってはサンクスギビングでお休みだから、1日リラックスできるでしょ?」と言われたものの、「やっぱ日本人だったらサンクスギビングよりも勤労感謝だろ~」とかひとり突っ込みを入れながらフロントデスクに向かったジジイは、そこで壮絶な見積書を見ることになりました。いち、じゅう、ひゃく、せん、まん・・・・・と桁を勘定してみると、なんと施術費用の合計は2万5千ドルでした。このような状況に置かれたジジイの場合は、緊張と言うより笑いが出てしまうというか、洒落になんねーだろ、これじゃあ、ってな感じで、即このプロジェクションはお断りして、「あのねー、日本人だってビンボー人はこんな大金払えないの。だから明日の分だけで良いからもう一回見積もりし直してチョーダイ」と見積書をそのままフロントに突っ返したジジイでした。しばらくして出てきた見積は、いち、じゅう、ひゃく・・・・ヨカッタ、3百ドルなら払えるぜ。ということで、歯を3本抜いて(てか、さっきは2本って言ってたのに、もう1本増えてます)新しい入歯を作って、合計600ドルだそうで、高いことは高いけど、50代で歯抜けのジジイになるわけにもいかないので、まあ、このあたりで妥協しておくしかないかなってなとこでした。しかし、日本もそうだけど、歯医者って金掛かるんだね。ということで前金の300ドルを払って翌日の手術に臨むジジイでした。つづきはまた明日ね(笑)
2007年11月24日
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実は私、11月11日から18日までニッポンに行っておりました。今回はお仕事の関係で、ビッチリと営業をこなしてまいりました。っていうか、そのオシゴトってのも、要は道楽なんですけど、サイパンで展開中の道楽本舗の第一弾「レストランをやっちゃおう」計画のため、ニッポンで色々とお仕事をしてきたのでした。これでも、やるときゃやるぜ!みたいな(笑)まあ、その合間を縫って代々木から小田急線の参宮橋へ向かう道すがら、踊る庭師Mさんに電話を入れたら「ニックさんが死んじゃったよ~」との声に、しばし驚いたジジイでした。勝本さんに続いて、またも逝っちゃいましたね大御所のお一人が。残念です。でもって、その時頭に閃いたことがそのまま言葉になって口から出てました。「もう、後を継ぐのはM先輩しか残ってないんですから、体、大事にして下さいよ」私ゃ、本気でそう思いました。あの栄光の踊り場の「粋」を継承するのはこの人しかいませんね。あとは皆いわゆる後付ステッパーとか呼ばれる人たちでしょ。ってことで、M先輩、あんまし無理をせずに、もうちょっとみんなと遊んでやって下さい(笑)今回はM先輩のご自宅の近くから電話しましたが、次は御宅にお邪魔して、お茶の一杯でもご馳走になりたいと思います。ついでに、サイパンのレストランの植木レイアウトもお願いしたいです(爆)まあ、しかし、ニッポンは寒かったですねー。着いた日は雨に振られてチョイ風邪ひいたみたいで、鼻づまりでかなり辛かったです。大体、冬場は島から出ないので、着るもんだって夏物ですから、薄っぺらくて寒いのなんのって、そりゃあ大変でした(笑)それでもなんとか営業活動に励んだおかげで、今後のビジネスビジョンが少し開けてきました。11月に夏物のスーツ、しかも10年前のいわゆるソフトスーツってやつで、年甲斐もなくエンジの派手な遊び着みたいななりして営業に回ったんですから、一体どんな営業なんだって、自分でもちょっと笑っちゃいましたね。それにしても、ニッポンは携帯がない人間はもう、人間じゃないみたいなトコがありますよね。今回は現地の友人に「レンタルよりプリペイド買った方が良いぞ」って言われたのを真に受けて、成田から新宿のビックカメラへ直行。「すいません、プリペイドのセルラーってありますか?」「プリペイドはショップでしか取り扱ってないんですよ」と言われても、そのショップってのが何だかわからない。まさかギフトショップじゃないよね。ってなことで、ようやく世田谷近辺でショップを見つけて飛び込んだものの「あのお、プリペイドはAUの機種で渋谷の方に1台あるだけなんですけど」と言われ、ここまで来て手ぶらで帰れるかって感じで、「良いよ、渋谷、取りに行くから」と潔いお返事をすると、ショップのおねーちゃんは「では、こちらで手続きだけ済ませておきますので、身分証明書をお願いします」と当然のようにジジイに尋ねたのです。「えっ?身分証明書?んなもの持ってきてネェよ。今年失効したばかりの免許証ならあるけど、それじゃダメ?」(失効したら証明にならねーだろ!)まさか携帯電話を買うのに身分証明書が居るとは思いませんでした。外国から来た人に冷たいんですねニッポンは(笑)ということで、しかたなく今回もレンタルにしたんですけど、返すことを考えたら都内より成田空港だろってことで、成田に戻ることになりました。ここでまたまた不安になり、成田のレンタルショップに電話を入れて、「あのお、レンタルの場合は身分証明書とかは要りませんよね、クレジット・カードの決済だから」と尋ねると、「はあ、レンタルには必要ないと思うんですが、成田空港のカウンターに行くのに、パスポートが必要かもしれません」と言われて、またもガ~ン!というようなショックを受け、なんのこたあない、結局パスポートを取りに実家に戻りました。これで約半日潰れました。もちろん帰りはついでだから千葉のZOOMへ寄って、YUKI姐さん、俊兄さんにご挨拶してまいりました。ってか、今回のレストラン計画では色々とお手伝い頂きまして、そこんとこはきちんと御礼をしてまいりました。そこで、偶然にもオカジュウの姐御とその妹分に会って、再会をお約して再び世田谷に戻りました。忙しかったね、ホント。ということで、今回の日本出張は色々とベンキョーになりました。次回からは必ずSUICAを買うことにします。もうひとつ。せっかく重い思いをして持って行ったノートパソコン。無線LANが有料だったなんて、日本はやっぱサイパンより世知辛い。モバイル・ポイントとかいうのを、漫画喫茶のパソコンでさんざん調べてみると、ファミリー・マートでIDナンバーを買えることが判明。早速近所のファミリー・マートのマシンで購入。やったぜ!これで明日からマクドナルドからメールを送れるなぁ~、とその晩はぐっすりと眠りました。さて翌朝、勢い込んでマックに出かけ、早速ノートパソコンを開いてIDナンバーを打ち込むと、「プロバイダーのレジストレーション・パスを入力して下さい」との表示。なんじゃこりゃ?結局ここで無駄な1時間を費やし、その足でビックカメラのパソコン・コーナーのあんちゃんを捉まえて色々と聞いてみると、どうやら日本のプロバイダーに登録しなければ、このIDも使えないとのこと。またもや近所の漫画喫茶に飛び込んで、プロバイダー登録をすると今度は「このクレジット・カードは使用できません」の表示。外国で発効されたカードで日本のプロバイダー登録は出来ないと知り、さすがの温和な道楽親爺もコメカミのあたりがブチッと音を立てて血管切れました(笑)「ってことはなにかい、外国から来た余所者にはパソコンも使わせねぇってことか?」と漫画喫茶のにーちゃんに八つ当たりしたジジイでした。今回のナリがちょっと強面系だったせいか、結構、若いあんちゃんはビビってました。ゴメンね、そうでもしないと収まらなかったんだよねー。(反省)いやいや、電脳都市ニッポンはもう南国の道楽親爺のキャパを越えていました。サイパンじゃ、どこでも無線はタダなんだけどね。ニッポンはしっかりしてるね、その辺は。(笑)ということで、サイパンに戻って来て、疲れと風邪で二日ほどダウンしたジジイでした。ちなみに、最後の晩に戦友テリーと行った居酒屋風の店、日本は今あんなのが流行っているんだね。若いおねーちゃんたちがジョッキで焼酎を飲んでる姿は、ジジイにはちょっと悲しいものがありました。若者ならもうちょっとおしゃれな遊びして欲しいな~。それに比べて、戦友の姐御たちはいくつになっても不良娘現役って感じで、頼もしかったね。オカジュウの姐御とのくだらないツッパリ談義も楽しかったです。ちなみに私はニカイドウの制服に憧れてました(笑)てなことで、今日はサイパンに帰国したばかりのジジイのひとりごとでした。戦友の皆様の御健闘を祈ります(ってか、なんのこっちゃねん)
2007年11月22日
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またまた、しばらくのご無沙汰でした。悩み続ける中高年の皆様、どうぞ、今日も道楽親爺のくだらないブログを読んで、しばし辛い現実からの逃避をお楽しみ下さい(笑)しかしまあ、毎日毎日、ニッポンのニュースには驚かされるばかりです。特に昨日の誤射殺人は本当に酷い話ですね。ご遺族の方には慎んでお悔やみ申し上げます。あまりにも悲惨な事件なのでコメントすらできません。そういえば、池袋パルコでも飛び降り自殺の巻き添えになった男性も、本当に、災難と言うにはあまりにも軽すぎますよね。まあ、こう言ってはなんですが、こうした事故を目の当たりにする度に思うのは「足るを知る」ってことではないでしょうかね。人間の生命には「お約束」というのがありませんよね。明日、コロっと逝っちゃうかもしれないし、末永く頑張っちゃうかもしれません(笑)賞味期限はあっても心臓停止日は決められていないのです。そんなふうに考えると、自分が後生大事に抱えているモノのいくつかが、結構色褪せてくるから不思議です。「そうなんだよなぁ~、結局、こうして楽しく生きてるってコト意外に大切なことなんて、あんまりないんだよなぁ~」などと、わりと殊勝なことを思ったりします。特に大病もしてないし、すこしばかり頭は悪いけど人に迷惑をかけるほどのバカでもないし、家族もそれなりだし、これで良しとしとかなきゃだめだよねー、などと思ったりするのです。そして、そんなことをヘラヘラと考えている自分が、やはり、かなりなハッピーな野郎だと気付いたりするのです。う~ん、そうしてみると、この「それなり」ってのは大事なことなんだね、などとぶつくさ言いながら、それなりについて思いを馳せます(笑)ということで自分なりの「それなり」の定義を作ってみました(笑)金は欲しいけどムキになってまで稼ぐ気はない=金を稼ぐ為だけに遮二無二働くのは嫌だ(笑)家族は賑やかな方が良いが、うるさくまとわりつかれるのは嫌だ。できれば若々しい体力を保ちたいが金や時間を使ってまで頑張りたくない(笑)若いおねーちゃんに「若いですねぇ」と言われたいが、外見だけで中年の渋味を判断されるのは嫌だ。もう少し髪の毛があったらと思うが、カツラまでかぶってまで変身しようとは思わない(笑)病気は心配だが、毎月毎月きちんと定期健診とか受けてまで神経質にはなりたくない。たまにはおしゃれでもして出かけてみようとか思ったりするが、良い年してカッコばかりにこだわる軽薄なジジイだと思われるのも嫌なので、結局フツーのまま、いつものテリトリーを徘徊してしまう(爆)自分ではまだまだ若いと思っているのに、あるとき体力の衰えを実感したとき、それでも自分の年齢に納得したくない(笑)え~、ざっと思いついただけでもこれだけありますが、要するにこれらをひっくるめて、今の自分をふりかえった場合、これがいわゆる「それなり」なんですね(なんのこっちゃねん)まあ、言うなれば、時代の流れのまま、自分が置かれた環境にあまり抵抗することなく(笑)、なんとなく、やりたいこともやりつつ、妥協もしつつ、年齢を受け入れつつも若さを保ちつつ(笑)、出来れば大病はせずに楽に逝きたい、というような道楽者的ポリシーを代表する表現が「それなり」なんですね。というわけで、相変わらず日々盛り上がるジジイですが、これだって「それなり」で、別に無理して頑張ってるわけでもないし、楽しいことをしようと決意した日から、それなりに自分のまわりが勝手に動き出したというような感じなのです。なんか、時代の方からこっちに擦り寄ってきたみたいな感じですね。まあ、あんまり自分のことばっかり言うのも好きじゃないので、今、悩みの中に埋没されている道楽者の皆様がいらっしゃいましたら、一言だけ、「それなり」に生きることをお薦め致します。辛いときに無理して暴れるとドツボにはまることもありますし、あきらめて放り出すと、事態は更に悪化したりします。そんならどーすんだ?というと、「それなり」に進むのです(爆まあ、落ち込んでるときは、とにかく日々をコツコツといつもどおりに過ごすしかありませんね(そのまんまじゃねーか)そうです、そのまんまなのです、人生は(笑)まあ、せめて心の中に「それなりの青春」を思い描いてコツコツと時が過ぎるのを耐えて下さい(笑)ジジイの経験から言わせてもらえば、下手なことして凶を大凶にしてしまうよりは、できるだけ凶を少なく受け入れる心で立ち向かうしかないのです。来るものは誰がなんと言おうと、また、どんなに抵抗しようと結局は来ちゃうんですから、せめて「ちょっとだけ(笑)」にしてもらうことです(爆これもセオリーですが、悪いことばかりじゃないよ、人生は(笑)ってことで、皆様の今日1日が「それなり」に過ぎていくようお祈り申し上げて、私のお別れの言葉と代えさせて頂きます。ではまた。。。。。
2007年11月09日
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悩める中高年の皆様こんにちは。貧乏に奉仕して50年、貧乏人のプロ、道楽親爺がお送りするブログです。今日も厳しい現実を生きる皆様の憩いのひととき、ジジイのくだらない話でおくつろぎ下さい(笑)さて、今日はまた、道楽親爺の青春華やかしころのお話です。今から約30年ほど前の東京では、虚栄心と好奇心に溢れるアホな青少年たちを魅了したプレイング・スポットがいくつかありました。こうしたバカの代表選手のような不良少年少女たちが徘徊していた都内のメインスポットは、大きく分けて新宿派と六本木派に別れ、その合間を縫って(笑)渋谷、青山、赤坂などが穴場のように存在し、ちょっとグレードが落ちて(笑)吉祥寺とか池袋とかいうような分布図となっていました。(そうなの?)70年代当時の原宿なんて、まだ、閑静な代々木公園近くの小さな商店街でしかなかったし、青山通りだって、名前こそ通ってはいましたけど、少年少女が入り浸るような町では決してありませんでした。まあ言ってみれば、山の手の霊園、青山墓地が名所だったような土地柄でした(笑)さて、そんな時代の先走り少年少女たちが、ある意味そのステイタスを賭けて入り浸っていたのが「ゴーゴーハウス」で、その後「踊り場」などと呼ばれるようになり、後年はディスコとして定義付けされるようになった、踊れる酒場(笑)でした。まあ、当時の日本はまだまだ「文化的」な若者が遊べる夜の社交場は少なかったので、みなそれなりに趣向を凝らしてお店を構えたもんでした。ってか、私もそれほど深くは知りませんが、とりあえず、そんな遊び場に出入りすることが、最先端の文化を享受する証だったような時代です(ってか、意味よくわかりませんが・爆)それで、今日は何が言いたいのかっつーとですね、その頃の東京には、不良少年たちが胸をときめかせて憧れたお店が何軒かあったということをお伝えしたかったのです。それは、誰もがプライドを持って通った店という存在があったのです。そんないくつかのお店が未だに伝説(笑)として語られていますが、そりゃあ、当時のプライオリティの高さを表現するのはそれほど簡単なことではありません。まあ、私の時代で言えば、新宿の「ジ・アザー」と「ゲット」は老舗で、六本木では「アフロレイキ」と「エンバシー」が格式高いソウル・ディスコでした。では、何がそのバロメーターだったかというと、それは、働きたいお店としての人気度だったような気がします。そりゃあ、今だってファッション業界やデザイン業界、理容業界などでは、カリスマ性を持った人もいたりして、そんなパターンも見受けられますが、果たして水商売でもそんなお店って今でも存在するのでしょうかね?ニッポンを離れて早20数年のジジイには、昨今の夜の繁華街は想像が付きませんが、当時の「ディスコ」は、そのお店で働きたいがために上京してきた地方の若者も随分といたのです。当時は別にそんなこと、当たり前くらいに思っていましたが、今考えると、凄いことですよね。なんか今の時代に喩えて表現できるような言葉が見当たりませんが、とにかく、夜の繁華街にある、いわゆる「飲み屋」で働くために、日夜努力していた夢見る若者がいたという事実、これだけはどうしても書いておかねばなりません(笑)例えばアフロレイキなんてお店は、アルバイトでさえ空がでるのを待っているという具合で、そんなアフロ小僧はゴマンといたりして、そうまでして働きたかった理由は何だったのか?と今考えても、明確な回答は出てきません(爆ただ、そこで働く自分がカッコ良いと思えたし、少なくとも時代の頂点に立つ職業だと思い込んでいたというところかもしれません。早い話、おねーちゃんにモテるからってのは一番の理由だったんでしょうけどね(笑)それでも、そんな風に考えていた若者が沢山居たってことが、やっぱり凄いことだったような気がします。まあ、当時の流行といったら、それはもう空前絶後、筆舌に尽くしがたいブームの渦でしたから、夜の盛り場に行けば、あちらこちらにアフロ頭した野郎がウロウロしていました。そんな恰好だけの勝負から「ホンモノ」に成り切って勝負をするためには、その道のプロが集うお店で働くということが「登竜門」のような感じだったのです。(バカの登竜門?)今にして思えば、そんな憧れの眼差しを持って見ていた先輩方だって、先駆者には違いありませんでしたが、果たしてプロとして、どれほどの実力があったのかは定かではありません。ただ、自分がその世界を知る以前に、その世界に居た、あるいはその世界を知っていたというような経験値に基ずくモノサシでしかありませんでした。まあ、そんな話はさておき、この憧れのお店、憧れの職業だったディスコの従業員ってのは、一体どのようなものだったのか?これこそ、時代を振り返るには最適なテーマではないでしょうか?(ふ~ん)私なんぞもご多分に漏れず、六本木のエンバシーで働くことこそ、ソウルマンへの道だと信じて疑わなかった一人でもありました。じゃあ、なんで働かなかったの?と聞かれると、エンバシにたどり着く前に、新宿のディスコでアホが炸裂してしまったからです(なんだかなぁ~)ひとつには世田谷出身者として、六本木という土地が身近じゃなかったこともありました。なんせ新宿は自分の庭場、テリトリーの中でしたから違和感なく溶け込めたみたいなところがありました。早い話、自分の周りでウダウダしてる奴等が、どう見ても自分より各下に思えたからかもしれません。あとは、最大の目的であるターゲットのおねーちゃんたちが身近だったってのもありますね(どうせそんなトコだろ)別に卑下していたわけではありませんが、やっぱ新宿者が六本木あたりで遊ぶには、もうちょっとお金が必要でしたし、世田谷の貧しい不良少年にとっては、やはり新宿の裏通りあたりで燻っているゴミの方が似合っていると思い込んでいました。晩年、六本木の実態を知って、新宿より田舎者が多かったってのも、自分にとってはかなりショックな出来事でもありました(大袈裟なやっちゃのう・爆)またも話がぶっ飛びましたが、こうした青少年の心を揺さぶった興奮の「お店」ってのが、実は私らの時代の最高の「宝」だったのではないか、と最近思えるようになったのです。それは、財力も学もなく、ビンボーの中でイジケタ少年少女が見出した「輝く星」がそこにあったからなのです(笑)それは自分だけの価値観、自分だけ輝くことのできる空間、世間と対等に競える自分だけの世界がそこにあったからに他ならないのです。そして、それこそが、自分が時代に選ばれた特別な人間であるかのような錯覚(笑)と、時代の最先端を走っているという思い込みの自負心(笑)、更にそんな自分を演じている自分に思い切り酔っていた素晴らしい時間と空間だったのです。今時の子供たちって、こうした自分勝手な妄想にも似た世界、いうなればワクワクする、めくるめく興奮の空間って存在するんでしょうかね。たとえ他人がバカだのアホだの言っても、くだらねー商売だの、つまらん職業だと言われても、どうしてもそこで働きたいというような、一途な思いってあるんでしょうかね?何が言いたいのかっつーと、銭金抜きで好きなことのできる時代、そんな年齢の時に、夢中になって飛び込む世界が果たして、今のニッポンの、いや東京の若者にはあるのか?ってことです。大きなお世話だ?そうです、大きなお世話なんですけど、こうしたバカバカしさを否定した世界が逆に、人間の精神を壊しちゃったんじゃないかなと思えるんですよね。だって人間の価値観なんてものは、そうした心、つまり何かにワクワクしながら興奮することで育まれていくわけですよね。だったら、何を見ても人と同じ感情を持たなければ苛められたり、人と違うことが自己顕示欲の発露ではなく、逆にそれを押さえ込むことで自分を生かそうとする、いわば精神の呪縛にとらわれているのが今の世の中のような気がしてならないのです。え~、ちょっと小難しい屁理屈になりましたので、この辺で止めておきますが(笑)、人生の半分をちゃらんぽらんに乗り切ってきた道楽親爺としては、このちゃらんぽらんさと、生きる為のワクワク感を、なんとか今の世代に見せてやりたいというお世話な欲求があるのです。要するに道楽者を育てたいってか、道楽者の遺伝子を次世代にも残したいのです。そのためには、ジジイの残り少ない人生をどれだけバカなことをして楽しめるかという、究極の課題を追求することこそが、最適な手段だと思ったのです。いい年こいたおっちゃんが、果たして、どこまで面白いことをやって世間の注目を集められるか?そんな野望に私自身の心が弾むのです。何故?と聞かれたら、「だって、おもしろいから」・・・・・・そう答える自分をどうしてもやってみたいのです(笑)ということで、「人生はおもしろくなくっちゃ」というポリシーを掲げ、道楽親爺はとにかく明日に向かって突っ走ります。道楽者の皆様、力を持て余している中高年の皆様、みんなで楽しく盛り上がろうではありませんか(爆!
2007年11月05日
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全国の道楽ファンの皆様お元気ですか?生まれついてのビンボーを乗り越え、ようやくここまでたどり着いた道楽者のブログです。今日も道楽愛好家の皆様、特に中高年の皆様に元気を出してもらうために道楽親爺のノーガキをばコカせて頂きます(爆)さて、サイパンの道楽本舗も一歩一歩、確実にどーらくの世界を切り開いておりますが、今日は久しぶりにジジイの屁理屈をお届けしたいと思います(笑)以前、「点と線」というテーマでノーガキこかせて頂いたことがありました。(過去ログ参照) http://plaza.rakuten.co.jp/unproductivedoer/diary/200701010000/この時は、人との出会いは全て「点」で、その点を繋ぐ「線」で人と人との関係が結ばれていくというお話をさせて頂きましたが、今回はその続きです。人との出会いは点としてバラバラに、ランダムに存在するのではなく、それらの点は自分を中心として必ず線で結ばれていく、といったような生意気なノーガキだったと思います。言うなれば、それが今回ジジイの提案した「道楽本舗」構想ですね(笑)そして、ジジイはここでハタと気が付いたのです。「点と点を線で結んでいったら面になるじゃねーか」(おお~っ!)う~ん、その昔どっかの誰かがそんなこと言ってたような気がする。ビジネス書か哲学書にも似た本で読んだのかも知れません。そうなんですよね。人との関係は点と線、そして面になるんですよね。それは本人も気付かぬうちに、自分を取り囲む人間関係が自然に面になっていったという表現がピッタリかもしれません。道の上で踊っていた(笑)30年前、南の島に流れ着いて試行錯誤していた20年前、すっかり足を洗って堅気になったつもりの10年前、突然のバブル崩壊の後遺症、そして、人生の後半戦、開き直って素の自分に戻りつつある今、その時代その時代、それぞれで関わってきた人たちが線で結ばれていって面になって来ています。不思議ですよね~。私の中ではこの大きく分けた3つの時代で関わった人たちはそれぞれバラバラに存在し、その時代の中での関係でしかないと思っていたのに、結果的には縁のあった人たちはみ~んな線で繋がっていたんですね。そして今、それが小さいなりにも「面」となり始めてきているのです。抽象的で言ってる意味が解らない?良いんです、わからなくても(笑)たぶん、皆さんもいつかはこの意味がわかる日が来ると思いますんで(笑)まあ、そんな素晴らしい感覚をこの年になって体験した私は、やはり道楽者としては果報者かもしれません。ということで、今までこの道楽親爺に関わって頂きました皆様に、慎んで御礼申し上げる次第でございます。(笑)いやいや冗談ではありません、本心からです。この御礼は、ジジイの道楽をなんとか花咲かせて、しっかりと皆様にも道楽のお裾分けとして還元することだと信じて疑わぬシヤワセな道楽ジジイです。そんな道楽親爺の残りの人生は、いよいよ究極の道楽「遊びと仕事がゴチャマゼ」を極めるに至りました。このブログのテーマである非生産活動の推進も、もとを正せば「遊びと仕事を一緒にする」という究極のテーマを追求することから始まったワケですし、非生産活動をすれば自然に生産活動になるというパラドックスの出口が、ついに見え始めて来たのです。ってなことでみなさん、ワクワクすることをみんなでやりましょう!道楽親爺のポリシーは「ケジメのなさ」です(爆)仕事だか遊びだかわかんない。そんな究極の道楽を目指しているのです(なんじゃそりゃ)仕事は仕事、遊びは遊び、そんな風に割り切れない人間だったからこそ、私はディスコで遊んでるうちにDJとかになっちゃって、へらへらと道の上で踊ったりしているうちに、そのまんまズルズルと毎日遊んで暮らすような道楽野郎になってしまったわけです。(笑)そんな楽しい生活は長続きしませんでしたが、さすがに年喰って、世の中のことも少しは解るようになった今日この頃(笑)、何を躊躇することがあるのでしょう。道楽親爺はしっかり遊びますよ~!道楽者の皆様のところにもピンポイントで「遊びましょ」の声をかけていきますから、決して「あ~と~でぇ~」とか言わずに一緒に遊んで下さい(笑)そして、道楽親爺の次の目標は「道楽の3D」です(爆!点と点を線で結んで面になった「道楽」の進む次のビジョンは、この人間関係を立方体にすることです。つまり道楽の3Dってことですね。道楽で繋がった人間関係。始まりは一次元でした。そしてこれが二次元の世界を築き、これから三次元へと突入していくのです。人間一人が一生のうちに出会える人間なんて限りがありますし、だからといって数多く出逢ったら良いのかといえば、それも答えではありません。だったら一つ一つの出会いを大事にして、その出会いを「道楽」へと昇華させていくことが「答え」を見つける手がかりになると思えるようになったのです。だからみんなでワクワクすること、そんな面白い遊びを一緒に楽しみましょう。で、具体的にどーすんだって?それを考えるのが楽しいんじゃないですか(ドッカーン!)
2007年11月03日
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本日午後1時30分、サイパンの某ホテルでご同業の方々とお茶を飲んでおりましたら、なにやらクラクラとめまいにも似た揺れが。。。。。おっと、危ねぇ、更年期障害か、脳溢血か、くも膜下か?つい最近、このお茶を飲んでいたホテルの総支配人が脳溢血で倒れたばかりなもんで、一瞬ジジイの脳裏には「もしかして」という不吉な予感が走りました。(えっ?)「おおっ~、デッカイぞぉ~」「Oh my goodness!」「TSUNAMI,TSUNAMI, Dangerous!」「Get out overhere!」周りの人々がなにやら叫んで皆立ち上がりました。なあんだ、地震かよ、脅かすなよ~ってな感じでヘラヘラするジジイでしたが、今日の地震はかなり大きくて長かったです。後になって、ちょっと怖くなってきたりして(笑)、津波の心配も出てきて、落ち着いてお茶なんぞ飲んでる場合じゃないってんで、そそくさと自分とこのホテルに帰りました。戻ってきてからEMO(緊急情報センター)に問い合わせてみたら、マグニチュード7だったそうで、これはサイパンでは最大級の地震だったようです。震源地はサイパンの北北西約138マイルあたりだったようで、津波の心配はないとのこどでした。まずはヨカッタ、ヨカッタってことで一安心ですが、元々、北マリアナ諸島は地震がほとんど無いことで有名なのですが、今年はすでに数回ヒットしており、これも異常気象のせいなのでしょうかね。まあ、津波なんか来たら島全体がなくなっちゃうような小さなトコですから、ビビってる間に死んじゃうかもしれません(笑)でも、このところの地球規模で起こっている自然災害は、地球という生命体の自浄作用かもしれません。自分で傷を癒す為に地球というひとつの生命体が治癒処理を開始したみたいな感じでしょうか?たまにはそんなことを考えてみるのも良いかもしれません。もうひとつ、ちなみにサイパンは、本来はすでに乾季になっているはずなんですけど、未だに雨が多く、突然かんかん照りになったり、急に大雨が降ったりと、妙な具合です。自然に近い環境で生活をしていると、なんとなく人間と自然の係わり合いについて、疑問に思うことが沢山あります。でも、人間の創った世界はもう取り返しのつかないトコまで来てると思うし、やり直しもできませんから、せめて、もう少し自然について考える余裕も必要かな、なんて思う今日この頃です(笑) ジジイにはあんまり似合いませんけどね(爆
2007年10月31日
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フリチャチャ・バリエーション~7つ目まで来ましたよー。やっぱりバリエーションの名前は全然覚えてな~い(笑)ってか覚える気ないみたいデス。踊れるんだから別に良いだろ名前なんかどーでも、みたいな感じですか。相変わらずいい加減なヤツですみません(爆!ということで、「踊り場」から「ディスコ」へと変身して行った頃のヒットソングをちょっと思い出してみました。時は1974年~1975年頃のお話ですね。大きな流れでいくと、小箱と大箱でヒットメドレーが違ってました。ひとつには、大箱はたいていバンドが入っていましたから、ヒットチャート上位曲がステージごとに演奏されるようなパターンが多かったので、どっちかというと、御馴染み定番フルコースみたいな感じでした。片や小箱はレコードのみに頼ってましたから、定番メドレーじゃすぐに燃え尽きてしまうので(笑)、アルバムの中から次のシングル・カット候補、あるいは踊り易くてノリの良い曲をDJがチョイスして流していました。まあ、言うなれば、このあたりがDJの目利きとしてのプライドを張り合うベースだったと思います。これに加えて、新しい踊りをいち早く仕入れるってのが、当時のDJやソウルマンと呼ばれた人々の突っ張り合いでした。そういう意味では、いわゆる「その道の通(ツウ)」と呼ばれる人や、成りきり人間は小箱に通っていましたね。特にブラザーの居るお店がやっぱプライオリティが高かったですね。どっちにしろ、この「流行」はすべてベース(米軍基地)経由でしか入って来ませんでしたから、どうしてもブラザーが集るお店が流行の先端を行くということになるのは仕方なかったですね。現在のようにインターネットみたいな便利なものはないし、当時はFAXだってまだ登場してませんからね。テレックスとかいうテープで情報が送られて来るのが、スゲーことだったですもんね。今考えれば結構笑えます。だから私のようなヤツでも、ノーガキ垂れて「プロ」顔していられたのでしょう(笑)ってことで、やはり当時の名門というか、最先端のお店と言えば、アフロレイキとエンバシですか。その流れでいくと赤坂ムゲンはちょっと毛色が違っていたかな。なんせブラザーがウヨウヨ(本当にそんな表現がぴったりでした)してるってだけで、もうとにかくそれだけでスゲー事だったし、なんせアフロだってホンモノでしたから(当たり前だろ・笑)、そんなところに出入りしている自分もスゲー奴なんだって、暗示にかかっちゃうみたいな(笑)そんな感じでした。(ってか言ってることよくわかりませんが・笑)とまあ、そんな古き良き時代を思い出して、当時の定番ヒット曲を挙げてみましょうか。レコード・ヒットの方は、もう既に散々語り尽くされているので、私は生バンド編で取り上げてみますね。しかしこの生バンドっていう表現も凄いですよね。今どき「生」なんて表現するとちょっと危ない感じがします(笑)さっきも言いましたが、箱の違いで定番も多少異なりますが、バンドが演奏する曲が当時の定番ヒットというパターンが多かったですね。ってことは、バンドが演奏しやすい曲ってことにもなるんでしょう。当時のバンドは殆どが4リズム+ヴォーカルでしたから、管楽器(ブラス)が入ってるバンドが出ているお店はチョイ格上でした(笑)といってもサックスが1本とかね、たまにヴォーカルがトランペットを吹くとかね、所詮そんなもんなんですけどね、それでもスゲーって感じで、音に厚みが出ましたっけ。ちなみに4リズムといっても、当然今のようにシンセやデジタル音源なんてありませんでしたから、ギター、ベース、ドラムの3リズムにエレクトーンがくっ付いてようやく4リズム、これにヴォーカルでなんとかカタチにしていたようなもんです。都下のパブ・ディスコ(当時はそんな呼ばれ方してました)にいくと、3人ってバンドがやたら多かったですね。ギター兼ヴォーカルで、ベースが時たまコーラスとか入れたりして、ビンボーくさかったですね。それに3人だから、レパートリーだって制限されちゃうんで、結局ロックとR&Bが適当に混ざった感じで、時々キャロルなんか歌ったりして(笑)、今にして思えば、結構デタラメでしたよね、当時のお店って(笑)楽器編成がレパの基本となりますから、当時の定番はどこ行っても定番でした。当然と言えば当然で、演奏可能な中でヒットチャート(所謂ビルボード誌ですね)から選ぶんですから、誰もがムツカシー曲はやりたがりません。まあ強いて言えば、ダンスミュージックってことで、踊れれば良いってなトコがありますから、いわゆるコンサート系のロックバンドに比べたら、多少は雑でも仕事になったってことではないでしょうか(笑)そんなところが、バンドが当時のディスコ・ヒットを作ったとも言えるんじゃないですかね。だって、すぐに頭に浮かぶ当時のヒットっていうと、やっぱサンタナですよね(笑)「ブラックマジックウーマン」と邦題「僕のリズムを聞いとくれ(オイェコモバ)」の2曲はチャチャの課題曲みたいなもんでした。みんな「オメコボバ~」とか歌ってましたよね(ばかやろう・爆)ちなみに当時のシングル盤はこの2曲がカップリングされてて、ステップ入門者にとっては嬉しいシングルでした。BLACK MGIC WOMANのオリジナルは確かフリートウッドマックでしたよね。私個人的にはこっちの方が好きだったなぁ~。それにしてもサンタナの曲は随分と重宝されたんじゃないですかね。サンタナも当時はアフロっぽい髪型してたし(笑)そういえば、当時はこうしたカバーも結構ディスコヒットになってました。どこのバンドも必ずと言って良いほど演ってたのがエリック・クラプトンの「アイ・ショット・ザ・シェリフ」。当時はまだボブ・マーレィーなんて殆ど知られていなかったんじゃないかな。もちろんレゲエ自体の知名度もありませんでしたね。ジミー・クリフなんてのが注目されるのはまだまだ後のことです。あとブラザー・ルイとか、プラウド・メアリーはCCRとアイク&ティナ両ヴァージョン、キープミー・ハンギングオンは、バンドがバニラファッジ・ヴァージョンでレコードはオリジナルのシュープリームスという具合に使い分けてたかな。ゲットレディもレア・アース・ヴァージョンのコピーでした。テンプスみたいにコーラスなんてできなかったもんね(笑)そして永遠の定番ヒットがドゥビー・ブラザースの「ロング・トレイン・ランニング」。ギターのリフがカッコ良かったし、これって白人のロックバンドがやってるとは思ってなかったですね。ヴォーカル(トム・ジョンストン)の声も渋くてソウルっぽかったし。あと、「ヴィーグル」ってのも良くみんなやってました。たぶんこれはゴーゴーの流れからなんでしょうが、「踊り場」は別として当時のディスコって、ロックとR&Bの境目ってあんまり無かったような気がします。マンドリルの「フェンスウォーク」、カーティス・メイフィールドの「フレディの死」、スライ・ストーンの「サンキュー」「テイクユーハイヤー」なんてのもメドレーっぽくやってましたっけ。それと案外知られていないのがウォーですね。当時は「ゲットダウン」とか「世界はゲットーだ」「暗闇を突っ走れ」「シスコキッド」などなど佳作も多かったです。R&Bの方でも定番はサム&ディブの「ホールドオン」「ソウルマン」の2曲は不滅のヒットでした。当時は意味も解らず歌ってましたが、「HOLD ON I’M COMING」ってちょっとエッチですよね(ばかやろう)ルーファス・トーマスのナンバーも結構入ってましたっけ。ブレイクダウンとかファンキーチキンとか。JBはセックス・マシーンくらいかなぁ~、ってかこれは歌がね、付いていけませんよねやっぱ。ということで、大雑把な回想ですが(笑)、それでも当時のバンドマンって、それなりに頑張ってたんですよね。それでも75年後期からはすっかりDJにその栄光の座を奪われてしまいました。あの頃のバンドマンってその後どんな人生を歩んで行ったんでしょうかね。ちょっと興味ありますね。
2007年10月27日
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男手ひとつで三人の子供を育てている道楽親爺です(笑)全然気にしてなかったんですけど、フィリピンのマニラは厳戒態勢らしいじゃないですか。しかも道楽親爺のヨメさんが滞在しているマカティのホテルのすぐ近くで爆弾事件があったそうで、厳重警戒とかニュースで言っていました。大丈夫なんでしょうか?ってか、それもかれこれ1週間前の話らしいんで、何かあったとしても、もう手遅れですね(汗;まあ、なんの連絡もないところを見ると無事なんでしょう。私ゃ元々そーゆー気楽な性格ですから、どのみち気を揉んだところでしょうがありませんね。ということで、家事に勤しむおとーさんもさすがに疲れが出てきたせいか、昨夜は手を抜いて外食してしまいました。たまの外食だからいつも行かないトコにしようってなことになりまして、地元民はめったに行かない「ハードロックカフェ」なんぞに家族で行ってしまいました。ポークチョップ・バーガーだのベーコンチーズ・バーガーだの、パスタだ、ナッチョだ、ハナだチョーチンだと結構盛り上がった道楽者一家でした。でも味はかなりまずかった(笑)なんだよ、値段の割には中身のない味だね、とかブツブツ言いながらも、結局は頼んだメニューはひと通り平らげてしまった一家です。(そんなら文句ゆーなよ)しかしまあ、チーズがたっぷり脂っこさギンギンで、お腹はパンパンに膨れてしまって、家に帰ったらみんなでそのまんま倒れ込んで寝てしまいました。ということで、昨晩はフリチャチャのレッスンを休んでしまいました(汗;;;;仕方ないので今朝はホテルのトイレで今までのおさらいをしました(笑)私の勤めているホテルのロビーにあるトイレは鏡が大きいので、たまにこうして踊る姿を映してみたりします。特に今日は念入りに足裁きのレッスンをしました。なんかこんなシーンどっかでみたことあるなぁ~。そうです、シャルウィダンスって映画のワンシーンにありました。竹中直人さんが役所広司さんとトイレで踊りの練習をしているところに、同僚が入ってきて、すかさず竹中さんが貧血のフリして役所さんにもたれかかってごまかすってシーンでしたね。さすがにフリチャチャは一人ダンスですから、他人に見られたとしても、ちょっとした照れ隠しでごまかせます(笑)そんなことを考えていたら、マジでドアがバーンと開いてオバちゃんが入って来ました。ドキっ! ってかなんでおばちゃんなんだよ?????え~彼女はハウスキーパーのオバちゃんでした。Oh,I’m sorryと言って、すぐにドアを閉めました。でもしっかりと見られてしまいました、フリチャチャ(笑)彼女の目には私の姿は同映ったのでしょうか?(笑)「なんじゃ、ここのマネージャーはダンス好きかい」みたいな感じでしょうか(笑)でもね、鏡見ながら踊るってのもね、なんか久しぶりでちょっと楽しかったですね。調子くれて、ロボットとか、ポップロックとかもやっちゃいました。全体の体型というか姿のバランスは悪くないんですけど、まあ、それなりに中年のおっちゃんにしては「やるやんけ、われ~(笑)」みたいな感じです。でもね、目線を上に上げると、やっぱ、頭がちょっと淋しい(汗;そういえばハロウィンのカツラがあったっけ。。。(こらこら、まさかかぶろうってんじゃねーだろーな)まさかね、それじゃ単なるお調子者のジジイだよ、そのまんまの(笑)でも一度コスチューム・プレーってのにチャレンジしてみたいですね。リーゼントのかつらに玉虫のコンポラとか着て踊ってみたい気もしないでもありません。やっぱフリチャチャはスーツ系だよね。。。。。。う~ん、なんかこのノリ、浪曲子守唄のディスコ・ステップ版みたいな感じ?逃ィ~げたぁ~女房にゃ~未練はないがぁ~・・・・・・(爆!
2007年10月26日
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え~、連日フリチャチャに勤しむ道楽親爺です(笑)ようやく4つほどバリエーション・パターンを覚えましたけど、名前がね、覚えられないというか覚える気がないというか(笑)、どうも根が大雑把な正確なもんで「めんどくせー」みたいな感じです(爆)でもまあ、このバリエーションって、いわゆるモダンのステップですよね。それをフリチャチャのパターンにはめ込んでいるんですよね。まあ、それにしてもこんだけのバリエーションを作った人も大したもんですけど、メモライズして踊ってる人も大したもんです。尊敬しますねホント。ゆーじさんがはまったのもわかる気がします。ってことで、我が息子のステップも日々進化して、最近は「おとーさん、そこは違うんじゃない?」とか言ってオヤジを叱咤したりします。そんなこんなで、微笑ましい親子ダンスの家庭レッスンは続いています(笑)でもね、私、個人的に足を上げて手でパシパシって打つパターン、あんまり好きじゃないです。なんかね、インディアン・ダンスみたいでちょっと好きになれませんねー。あと、昔ゲットで山本リンダの「狙い撃ち」をこんな感じで踊ってたのを思い出すんで、ジジイ的にはちょっとパスしたいステップ・バリエーションです(爆)ところで、私がサイパンに来たばかりの頃、15~6年前でしょうか、その頃はまだこじんまりしたディスコが何件かあったんですが、当時でも土日は地元民も大勢繰り出してきて、それなりに盛り上がりも見せておりました。私も、元々はディスコ野郎ですから、当時のスタッフなんぞを引き連れてはよく出張って行ったもんです。スタッフのほとんどはフィリピン人ですから、当然ノリは良くて、まずみんな踊り好きです。そんな中で、私が踊るとみんなビックリするんですね。えっ?ジジイのダンスが上手すぎて?残念でした(笑)実は殆どのフィリピン人が口をそろえて「日本人は踊らないと思ってた」って言うんです。もっと突っ込むと「日本人は踊れないんだと思ってた」って言います。どうです、これがアジアでのニッポン人の実際の印象なんです。更に「日本人はただスケベなだけかと思ってた(爆)」とか言われるとね、ヒジョーに気分がブルーになりますね。まあ、そうは言っても、いくら踊れるからってタコ踊りなんかされるよりは、だまって座っててくれた方がマシかもしれませんが、どうも日本人ってのは金持ってることだけが取り得のしょーもない民族に見られているようで、ジジイ的にはちょっと情け無いです。他の分野では憧れてくれるんですけどね、それさえもちょっと虚像に近くて、電子機器とかハイテクな文化を持つスケベで金持ってる人種(笑)みたいな分類をされがちです。「スケベは万国共通だろ!」っていっつも言ってますが、どうも金でなんでも推し量ろうとする民族と、そのお金の部分だけで繋がろうとする利害の一致が生み出した結果ともいえなくもありません(なんじゃそりゃ)でも勘違いしてるのは彼らばかりではなく、ニッポン人も相当な勘違いをしてる場合がよくあります。ちょっと若くてピチピチしたフィリッピーナ嬢におねだりされて、デジカメやMP3プレーヤーなんぞを買ってあげちゃう優しい日本人も後を絶ちません。もらったねーちゃんたちは、その時は異常な盛り上がりを見せますが、それもすぐに現実的な問題で夢から醒めます。まあ必ずと言って良いのが、デジカメの再生手段とMP3の録音手段で行き詰ってしまいます。だって、彼女たち、自分のPCなんて持ってませんからね。撮った画像をどうすんだ?ってことですぐに落ち込みます。更に、MP3にどうやって音楽を録音するんだ?って落ち込みます。どうせなら、パソコンも買ってやれよ。ジジイはそう言いたいのですが、そこまで入れ込むにはまだ根性が座りません。これもやはり等価交換の規則が働きますから、それなりの価格のものを差し上げる場合は、同等の価値のあるものを頂かねばなりません。ということで、このギャップは未だ埋まることなく、アジアの各地でこうした不幸が繰り返されているのです。電気機器量販店だけが喜んでいるといった具合でしょうか(爆!
2007年10月25日
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このところ危険なニュースばかりで本当に閉口しますね。カリフォルニアの山火事、大丈夫でしょうか?戦友のキティちゃん、シュガーさん、大丈夫かなぁ~。今朝のテレビではサンディエゴ辺りがかなり危険とのことだったので、シスタ・シュガーのファミリーがちょっと心配です。しかし、連日、よくもまあこんだけ次から次へと事件が起きますよね。これもやはり太陽黒点のせいなのでしょうか。(えっ?)政局のスキャンダルは別としても、人間の機能障害が酷くなって来ているように思えてなりません。簡単に人を殺してしまったりすることにも、あまり反応しなくなってきているってのも本当に怖いことです。こうなってくるともう、変質者とか異常者とか言ってごまかすワケにはいきませんよね。みんながもう、ひっくるめて異常なんだから、逆に正常の方が見分けるのが困難になってたりして、よくわかんないです。ちなみにジジイは、個人的に「赤福」事件がショックでしたね(笑)何がショックかって、そりゃ、赤福がしばらく食べられなくなるからです(爆)私ゃ、好きなんです、「こしあん」が。ってか、このところ事件頻発の食品業界ですが、なんかね、今更って気もしないではありません。世間の言うところの「倫理」ってヤツで、果たしてこれらの事件を裁くことが出来るんですかね?ヒジョーに疑問です。だって、これは消費者のニーズに合わせて金儲けをしようとした結果なわけでしょ。結局のところ、便利=>浪費=>無駄が出る=>ごまかす(笑)みたいなことですよね。伊勢の赤福をいつでもどこでも食べたい、しかも安価で、という消費者のニーズを満たした結果がこういうことになるわけで、今更文句言うなよ、みたいな気持ちもあるんじゃないですかね、赤福の社長にしてみれば。(笑)実際に、そんな赤福を喰って死んだ奴も居ないし、倒れて入院したなんてのも聞いたことありません。たまに腹壊したくらいのヤツはいたのでしょうが、そんなんは、別に何食ったって当たるときは当たりますから、大騒ぎするほどのもんでもありません(笑)ってか、喰ってる本人が気が付いてないんだから、大したことはないんでしょ。逆に、こんだけ周りが騒いだから具合が悪くなるヤツなんてのが出てきそうです。まあ、それで商売して金もらってる以上は、当然管理責任ってのがあるのでしょうが、消費者側の一方的な倫理観で片付けてよいものかどうか疑問は残ります。だって、この事件を消費者の一方的な言い分で言えば、「期限は明確にしてきちんと守れ。でも値段は高くするな。どこでもお手軽に買えるようにしろ。余ったからといって捨てるようなもったいないことをするな」という素晴らしき道徳観念に基づく理屈でございます(笑)こうした生産者側へ倫理道徳を押し付ける庶民の皆様も、もう一度自分たちのスタンスに立って倫理を見直す時期に来ているのではないでしょうかね。都合の良いときだけ「庶民」とか言って謙っていますが、そんなら、見栄張らないで庶民らしい暮らしで満足しろってことですよね。大体、伊勢の赤福は伊勢に行ったときにしか手に入らないから価値があるんで、そんなもの東京駅とかで買おうとすること自体がすでに庶民の発想なんですね。だってそうでしょ、赤福喰いたいから伊勢まで行っちゃったよ、っていうのがいわゆるセレブで、でなけりゃ誰かに汽車賃払ってでも買いに行かせるっつーのが当たり前の姿なんで、そんな贅沢は高価なものと決まっているんです。それをお手軽に手に入れようっつーんですから、そりゃ逆に生産者に感謝しなくちゃいけないことですよね、本来ならば。「あ~、伊勢の赤福が東京で買って食べられるなんて、シヤワセだなぁ~」たぶん、事の始めはこんな感じだったと思うんですけどね。それがいつの間にか当たり前になっちゃって、しまいにゃ「そこまでしてゼニ儲けしたいのか」とか罵られたりして、それを果たして倫理道徳でさばけるのかってことです。やはり自然なカタチを超えて便利なものを作るってことは、絶対にどこかにシワ寄せが来るもんです。その一番自然な形は「値段」だと思うんですけどね。通常の倍の値段になるとか、ある意味プレミアみたいな感じですか(笑)それを、どこぞのお世話な奴が、「庶民にもこの贅沢を」とかなんとか言って、目ざといことするから、段々みんなでエスカレートしていっちゃったんでしょうね。そんでもって、何でもかんでも簡単に手に入っちゃって、季節だって越えちゃって、もう何でも出来るんだ、みたいなことになっちゃったから、いつの間にか庶民が居なくなっちゃった(笑)冗談ではありません。日本人の8割は自分たちは「中流」だと思ってますからね。満員電車に乗っかって、狭いコンクリートの部屋に押し込められてる奴のどこが中流なんだよってことです。前にも書きましたけど、自由席とかグリーン車とかごまかすからいけないんで、特別指定席、1等席、2等席ってな具合に正直に表現すれば良いんですよね。「そうかオレ達は2等なんだ」って自分がわかれば、無理なこともしなくなります(笑)そう考えると、案外昔の封建制度なんてのも、それなりに社会システムには必要な装置だったのかもしれません。アジアの貧しい国へ行くと、一目瞭然、このシステムはしっかりと生きています。そーゆー国じゃ、「赤福」問題なんて「あたりまえ?」と思う前に、自分たちは「赤福」を食べられる身分ではない、ということをよ~く理解しているから問題にもなりませんね(爆)コンビニ弁当の賞味期限が切れたといっては、無益にしかも無造作に食べ物を捨てている民族が、世界の飢餓を救えなんて言っちゃあ「金出せ!」って言ってんですから、結局、「金社会」を否定している民族が一番「金」に依存してるってことですよね。あの捨てられる弁当を無くすだけで、世界のシステムの何かがポジティブに作用すると思うし、それは間接的に世界の飢餓を多少なりとも防ぐことになると思うんですけどね。そうした倫理道徳は誰も教えませんね。ってことで、今日はちょっと愚痴っぽいジジイのノーガキでした。
2007年10月24日
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「じゃあねー、行って来ま~す!」とルンルン気分で土曜日にマニラへと旅立って行った道楽者のヨメですが、おかけで道楽親爺は家事に追われる毎日です。かーちゃんに逃げられた旦那ってのはこんな感じなのかなぁ~、などとワケの解らないことをブツブツ言いながらも、立派に炊事洗濯をこなす道楽親爺です(笑)昨日はビーフ・カレーが食べたいと言う娘のリクエストで、早速オヤジは買出しに出かけました。偶然にもアンガス・ビーフのシチュー用ってのがバーゲンで安かったので、「おお、こりゃツイてるぜ!」てなことで、りんごとハチミツでおなじみのバーモントカレー12人前、(我家はエンゲル係数が高いので・笑)野菜その他を買い込んで家に帰りました。元々料理は嫌いじゃないので、それなりジジイは凝ったカレーを作ります。ビーフは日本酒にちょっと浸してから、ブラックペッパーとガーリックソルトで下味を付けて、オーブンであぶります。その間に野菜を刻みます。まずはタマねぎを二つに切って・・・・・・・と、ここで怪しい臭いが・・・・・・。「おいおい、マジかよ、腐ってんじゃんかよー」え~、大方の食材を輸入に頼っているサイパン島ではこのようなことがよくあります。タマねぎは皮ごとのまんま売られているし、外側はしっかりしているので見た目ではちょっとわからないのです。真っ二つに割れたタマねぎの中心部から立ちあがる異臭にすっかり意気消沈したジジイですが、気を取り直して、ニンジン、ジャガイモを切り刻んでいきます。ここでオーブンからビーフを取り出してフライパンで軽く炒めて焦げ目をつけます。タマねぎの不幸を癒してくれる香ばしい焼肉のにおいが、ジュウジュウと音を立てて家中を漂います。腹を空かせたハイエナのごとく、育ち盛りの子供たちが近づいてきてキッチンを覗き込みます。「おとーさん、おいしそうなにおいだね」「あたりめーだろ、オヤジが作るカレーはいつものお手軽カレーとはワケが違うんだよ」「ふ~ん、じゃあ、おかーさんのカレーはお手軽なの?」「そりゃ、そうだろ、いつも仕事から帰ってきてチャッ、チャッ、チャッって作っちゃうんだから、こうしておとーさんのように手間隙かけて作ったカレーとは、そりゃ格が違うっつーもんだ」「カクってなあに?」「カクっつーのはだなぁ、そのなんだ、ランキングってやつだ」「なんでも良いけど早く食べたい」「ばかやろ!美味いもんはなぁ、そんなお手軽に食えねぇんだよ」ってなことで、偉そうなノーガキを垂れつつ、ジジイの料理も佳境へと入って行きました。と、突然電気がバチーンと切れて「停電」です。「なんだよ、マジかよ、ふざけんなよ」とちょっとキレかかったジジイ。え~、以前にも申し上げましたが、サイパンは最近停電が頻発しているのです。と言っても我家のアパートは発電機がありますから、5分もしないうちに電力復旧、炊飯器だけがちょっと心配でしたが、煮込み料理はこういうときには有利です。「へっ、ざまあ見やがれ、今日はカレーだから問題ないもんね。ノープロブレム・・・」誰に対して「ざまあみろ」なのか全然意味がわかりませんが(笑)、無事に料理は完了して、子供たちからはその美味に対する称賛を受け、久しぶりに父親としての威厳が保てたのでした。(ってか、父親の威厳がカレーなのかよ?)まあ、なんにせよ、子供たちに褒められて悪い気はしません。作った甲斐があるってもんです。「しかしまあ、人生なんてモノは、こんな感じで山あり谷あり小川あり(笑)ってことで、一喜一憂してちゃいけないんだね」などとひとりごとのように心の中でつぶやくジジイでした。でもね、本当に生きてるってことは、こんなことなんですよね。それに、よ~く考えたら、こんな穏やかな夕食のひとときだって、ビンボー一家だからこそ実現できたわけで、これが下手に金なんか持ってたら、家族がバラバラだったかもしれません。なんか負け惜しみみたいに聞こえるかも知れませんが、自分の性格を知っているだけに、もしこの道楽ジジイがちょっとした小金持ちだったりしたら、そりゃもう、家になんか帰って来ないで遊び歩いてるだろうし、子供たちだって、贅沢してもっとワガママになってるのは目に見えます。いや、子供のことまでは解りませんが、もし私がちょっとした金持ってたら、まず100%、どっかで悪い遊びしてると断言できます(そんなことで威張ってどうする)お金なんてのはいくらあったって迷惑にはならないけど、間違いなく、使う人の心を変えてしまうという力も持っていますよね。言わば「諸刃の剣」ってトコですかね。だから、簡単にビンボーを治す方法として「お金」という特効薬がありますが、使い方ひとつで、新たな重病を発症させてしまうなんてことにもなりかねません。では、どうするか?これまた月並みなことですが、やっぱり生きることの楽しみ、楽しむための生き方というのを探すことなんでしょうね。どっちにしたって「シヤワセ」ってヤツを実感するのは、その一瞬のことですもんね。夕食後、娘があらたまってオヤジのところにやってきました。「おとうーさん、あのね・・・・」ドキっとするオヤジ「な、なんだ?(金かなぁ~?嫌だなぁ~)」「あのね、ハワイに行くときにもらったお小遣いがね、余ってたのね。だから、これ返す」そう言って娘はオヤジに$150くれました。「そ、そうか。じゃあ$100だけ返してもらっとくワ。また、金の要るときもあるだろ」「本当?嬉しい、良かった。あたしお小遣いなかったんだ。今日はゴハンも美味しかったしラッキー!」(この娘は食べることが事の他好きです・笑)「ウム(偉そうに)、大事に使えよ、ウチはボンビーなんだから(笑)」ということで、道楽親爺は突然の$100に胸が高鳴りました(笑)ヤッホーってな感じです。娘もオヤジに感謝しつつハッピーな夜でした。でも待てよ、この金は元々オレの金じゃねーか。ってことは、オレは自分で出した金が返ってきてこんなにシヤワセなのか、しかも$50は損したことになるじゃねーか。それでもこのシヤワセ感はどこから来るものなのでしょうか?しかしまあ、$100でシヤワセになれる道楽親爺の人間的スケールってのも見上げたもんですけどね(爆)
2007年10月22日
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え~、今日は久しぶりにジジイのノーガキです(爆!幾度と無く、このブログで私の恥ずかしい過去を述懐してまいりましたが、本日はそんな道楽親爺の総括的なメッセージをお伝えしたいと思います。これは、私自身も一度はハマリ込んでしまった人生の落とし穴(笑)についてのお話です。ことわざにもあるように「豚もおだてりゃ木に登る(笑)」というようなことが昔からよく言われておりますが、実はおだてられてお調子コクのは人間の得意技なんですね(笑)人間なんて本当に都合の良い生物ですから、なんだかんだ言っても自分勝手な理屈を付けちゃあ、人生はあーでもない、こーでもない、生活がどーしたこーしたと、騒がずにはいられないものなのでございます。え~、前置きが長くなりましたが、皆様ご存知のように私は高校を何とか卒業はしたものの、18歳で人生を捨て(笑)、ディスコ業界にどっぷりとはまり込んだ折り紙付のお祭り野郎でした。でもって、世の中のいわゆる常識ひとつ知らぬまま30歳を迎える頃、このまんまじゃちょっとまずいんじゃないの、みたいなことで、ニッポンを捨て(ってか捨てられたっつーか)南の島に移り住んだのでございます。これはまあ、言ってみればヤクザが足を洗うみたいなものに良く似ておりまして、30歳にして一般社会への復帰を目指したのでした。ということで、この南の島で自己再生に向けてリハビリに励んだ私ですが、だからといって、別段そんな自分の過去を隠すつもりもなかったし(笑)、そんな過去を恥と思ったこともありませんでした。まあ強いて言うならば、一般社会ではあまり縁のない話というか世界のことなので、この島流しを契機に自分の中ではすっぱりと断ち切ることにしたのでした。ってかそんな偉そうなことじゃないけど、いつまでもそんなことにこだわるのも変だと思っていました。さあ、そんなことで月日は流れ、元々要領の良さは抜群の道楽野郎ですから、小さい島とはいえ、それなりに地元の中でも頭角を現し、世間一般で言うところのフツーのサラリーマンの中間管理職みたいなポジションが板に付いてきました。ああ、おいらもこれでいわゆる世間一般の中で暮らしていけるような人間になったのだなぁ、などと呑気垂れておりましたら、日本経済に依存するサイパン島はバブル崩壊というとんでもない事態となり、島全体の経済が揺れ始め、会社も大揺れ、結局、この波は道楽親爺のところにもきちんと押し寄せてきたのでした。まあ、なんにせよツケは回ってくるもんです(笑)詳しいことを書くと長くなりますので、思い切り端折っちゃうと(笑)、会社の中で内紛が起こってしまい、組織が真っ二つに割れてしまったのでした。とは言っても所詮小さな島の小さな会社のことですから、そりゃ、ニッポンの企業のお家騒動とは規模が違います。それでも、生来の負けん気の強さとちょっとした義侠心から、この道楽親爺は、自分をディスコ野郎からそれなりの堅気の仕事人に引き上げてくれた前社長側について会社を飛び出し、新体制側と真っ向勝負を挑んだのでした。(おおーっ、かっちょいいー、ってかこれはマジなお話です・笑)でもって今日はその自慢話じゃなくて(笑)、実はその時初めて感じた「世間」というシロモノのお話です。沖縄あたりもそうらしいのですが、だいたい南の島に流れ着くようなヤツは、みんな本土で言うに言われぬ事情のある人が多いようで(笑)、旅行会社の転勤族とかは別として、現地で小さな商いなどをしてる人はよっぽどの南洋好きか、あるいは本土で食い詰めたみたいな人が殆どなわけです。カード破産とか禁治産者とかね(笑) そりゃ、おまえのことだろっておっしゃるかも知れませんが、はい、その通りです(爆!ですから、島の暮らしの中ではみんなそれなりに一般人の顔をしておりますが、一皮むけばロクでもない奴らも大勢いたりして、この騒動はこーゆー人たちにとっては恰好の酒の肴になります(笑)まあ、人間なんてモノはたいがい「人の不幸は蜜の味」ってなもんですから、心配するフリをして近寄ってきては、事の顛末を根掘り葉掘り聞いたあげく、翌日にはあちらこちらに触れ回るというようなプロセスを踏襲するわけです(笑)そして、この流れは必ず勢力の強い方を贔屓するというのが世の常です(そーなの?)当時の私のボスもやはり、本土で食い詰めて流れてきた胡散臭い奴の一人でして、まあ、時代の運に恵まれたのか一攫千金、ヒトヤマ当てて、現在のゴルフリゾートの社長に収まったという、まあ、サイパン近代史(笑)の中では立身出世組の先駆けだったわけです。そんな彼が苦境に陥ったとき、それまでおとなしかった「世間」が一気に頭をもたげてきたのです。「やっぱり成り上がり者は日本のきちんとした企業の組織にはついて行けないのさ」とか「会社の金、相当使い込んで不動産投資に入れ込んでたって話だよ」とか「元々、ビーチでアイスクリーム売ってた奴にリゾート経営なんてどだい無理なんだよ」とか、そりゃあもういいっつーくらい色々なことで誹謗中傷されました。今だったら2チャンネルあたりにギッシリ書かれるのでしょうね(笑)それまでは、「いやー、やっぱり何かやる人だと思ってた」とか「長い苦労が報われましたね」なんて褒め讃えていた人が、コロっと手のひら返したのですから、さすがの道楽者もこの時ばかりは閉口しました。それが「世間」の実体なんですね。その時つくづく理解しました。それで、その「世間」はきっちりと私のところにも攻め込んで来たのです。「あの人、昔はビデオ屋さんだったんでしょ。やはり組織とかの仕事は無理なんでしょうね」とか、ビデオ屋さんからリゾートのマネジャーに成り上がった私は、成り上がれなかったその他大勢の人々(笑)の恰好の餌食となったのですね。さすがに、ディスコで踊ってたヤツとは言われませんでしたけどね(笑)まあ、早い話、ざまあ見ろってなとこです。さっきも言いましたが、在住者の多くが食い詰め者の集まりですから、人の不幸は、とっても楽しいイベントのひとつになります。それでも、そんな中にも本当に苦労を舐めて流れ着いて来た人も少なからず居て、そういう人たちは、事の善悪とか、事の賛否はさておき、親身になって心配してくれたりしました。人生のセオリーどおり、人間は土壇場で本性が出るものです。さあ、そんなギリギリの土壇場でこの道楽親爺が悟ったこと。それが今日のメッセージです。それは「開き直り」こそが、ビンボー人にとっての必殺技だったということです(えっ?)つまり、この時、私はこういった悪意の噂にひどく腹が立って、そんな噂の出処をたどっていって、きっちり落とし前をつけたろか、と思ったのでした。「本当の内情を知りもしないで、テキトーな事言ってんじゃねーぞ」とか思ったんですね。元々私は人一倍義侠心が強いようで、「オレのことをトヤカク言うのはかまわねーが、社長のことを悪く言うのは許せねー」みたいなね、まだ青かったんですね(笑)そんな時、この社長はポツリと言ったのです。「自分をしっかり持ってさえいればそれで良いんだよ」私は、何を悟りきったこと言ってんですか、と食い下がりましたが、この社長は全然動じませんでした。まあ、そんな風に言われちゃ、それ以上お世話なこともしたくないし、黙ったんですけど、その時思ったのは、ひょっとして俺自身が血迷っていたのかなってことなんです。小さいながらもリゾートホテルの管理職が板についてきて、多少なりとも周りから一目置かれるようになって、そんな自分を当たり前だと思っていたことこそ、思い上がりだったのではないかと気が付いたんですね。世間様は、嘘は言っちゃいません。ビデオ屋やってたあんちゃんが、たまたまリゾートのマネージャーで上手く行った。その通りです。しかもその元をたどれば、高卒のディスコ野郎です(笑)「いつからオレはそんな偉そうな人間になったんだ?」そう自問自答したんですね。そうだよ、つい10数年前は道路で踊ってたくせに、何突っ張ってんだよ、オレは?マネージャーで人を使ってるから偉いの?周りの人より良い給料をもらってるから偉いの?それとも、ディスコから転職して一般の職業に就けたから偉いの?そんな風に素直な気持ちで自分を見つめたら、あっさり開き直れたんです。それは、その時会社で揉めていた本質そのものより、自分のポジションにこだわっていただけの自分が見えたからなんですね。所詮オレは高卒のディスコ野郎じゃん。今更何を守ろうとしてんだよ?何つまらないプライドで意地張ってんだよ? そんな言葉が心の中に湧いてきたんです。すべては偶然から始まったことだし、世間一般の枠なんて元々自分は持っていなかったのに、なぜ、今はその世間一般の枠で自分を生かそうとしているのか、とても情けなくなりました。それは、何をしていたって、どこで暮らしていたって、自分自身が変わろうはずもなく、それは今まで生きてきた道の上にしか自分は立つことができないということです。悲しいかな、今の時代、今の世の中は「お金」が価値基準になってしまっていますから、お金のある人は世間では価値ある人で、お金を持たない人は価値の無い人という具合に分類されてしまいます。でもね、一家を持って、子供を育て、家族の将来を憂う、そんなあたりまえの生活をしている人を価値の無い人なんて言えるわけありませんよね。ということで、私は、一生懸命生きている人をトヤカク言う人ってのが一番価値のない人間だと思っています。だから評論家が嫌いなんですねよね(笑)今日のノーガキは長かったね(笑)さて、結論です。ビンボー人の必殺技。それは「開き直り」です(爆)どんなに頑張ったって一升枡には一升しか入りません(ちょっと表現が古かった?)自分の器を知るってことこそが、人生の必殺技なのです。でもね、敢えて言うならば、この一升枡も、頑張れば二升にもなるし三升にだってなるんです。まあ10倍になることはあまりないだろうけど(笑)だから、道楽者の皆さん、あまり自分を卑下しないで、好きなことを思い切りやって下さい。楽しいことやワクワクすることを始めれば、必ず明るい日が来ます。私は宗教家じゃないので、お約束はできませんが、とりあえず、自分はそーゆー生き方をしてきて、多少は心が楽になりましたから、どうぞ皆様もチャレンジして下さい。最後にもうひとつ、どんなことでも、やらなければ始まりません。頭の中で描いた計画は、実際にやってみると必ず違う答えが出てきます。だから先ずはやってみることです。おつきあいありがとうございました(笑)
2007年10月20日
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え~、昨晩より「フリチャチャ」の習得に励んでいる道楽親爺です。ハゲむのは頭だけにしてくれ、とかくだらねーこと言ってる場合ではありません。髪の毛はともかく、堅くなってしまった頭にこれだけの数のステップ・バリエーションを詰め込むのは中々に難儀なことです(笑)ステップそのものはさほど難しいものでもないので、覚えるのに大した時間はかかりませんが、果たしてこのひとつひとつのステップの名前と動きをきちんとリンクさせて記憶できるかどうか・・・・。不安ですねー(笑)ということで、往年のディスコ野郎はディスコ野郎らしく、自分なりの解釈でこのレッスンを進めていくことにしました。一応、ステップの原型はチャチャで8ビートの8小節が1フレーズですから、16小節2フレーズずつに区切って、順番にステップをつなげていくことにしました。ってか、これっていわゆる振り付けを覚えるのと一緒だよね(笑)しかしまあ、なんだか知らないけど、このステップひとつひとつに名前が付いてるってのも凄いですよね。この名前言ったら、さっと、そのステップを踏むんですかね?まあ、これも大勢で踊ったら迫力があるでしょうね。ってなことで、ワンツースリー・・・という具合にリビングでステップ踏んでるジジイを目ざとく見つけた我家のKGBこと末娘は、早速、おにーちゃん、おねーちゃんにご報告です。「おとーさん、変なことしてるよ」なんだなんだ、ってことで、オヤジの踊りを見物する子供たち。長女「なんかちょっと良くない?」次女「いつもの踊りとちょっと違うみたいよ」セガレ「・・・・・(無言で見ている)」ジジイ「どーだ、これがフリチャチャっつーステップなんだぞ。お父さんはあんまりこーゆー踊りは好きじゃないんだけど、ちょっと事情があって覚えているんだ」一同、ふ~んという感じで、解ったようなワカラナイような顔をしてました。と、突然セガレが「・・・やってみようかな」とぼそっと一言。ちなみに最近セガレはマドンナにハマって、妙な踊りをしています。その踊りを見るたびにお世話なジジイは「おまえなぁ、踊りたいんだったら、俺がちゃんと教えてやっから、もうちょっと真面目に踊れよ」ってなことを言い続けていたのです。次女「でも、これマドンナの曲にはちょっと合わないんじゃない」ジジイ「そうか、そんなら、マドンナにも合うステップ教えてやるからみんなそこに並べ」やだよあたしゃ~ってことで、娘二人は棄権しました(笑)残ったセガレはちょっと興味のある年頃のようです(爆)でもって、オヤジが初めて息子に伝授したステップ。ソウル・シーシー(でたぁ~!)ということで、息子16歳が生まれて初めてニッポンのディスコステップを踏みました。なんかぎこちないけど、まあこんなもんでしょ。でも、サイパンって悲しいかな、こういう踊りをご披露する場所がないんですよね。昔は小さなディスコもどきみたいなのがいくつかあったんですけど、今や衰退の一途をたどり、かろうじて残っている唯一のディスコも、トランスとかレゲエ、ヒップホップみたいなのが主流で、こうしたオーソドックスなスタイルは行き場がありません。ジジイ「よおし、おまえ中々良い感じジャン。じゃあ明日はボックスってステップでもやるか」(こらこら、フリチャチャはどうなったんだよ)遠めで見ていた長女も少し関心がありそうです。いよいよ、ジジイのペースに入りつつある道楽者一家。それにしても、なんでウチの息子は今頃マドンナなんでしょうか?不思議ですねー。「おまえさぁ、マドンナっておかあさんより年上だって知ってた?」「うん、知ってるよ。でも、なんかさ、良いんだよね」「オヤジはデビューの頃のマドンナが好きだったな。後年はマッチョになっちゃったからな。ちょっとオヤジ的には合わないんだよな」「でも、今歌ってるの、アバとかの曲でしょ?」「おう、何でアバなんて知ってんだ?」「聞いたことは無いんだけど、バイオグラフィー読んだら書いてあった」ってか、息子はこういう評論家みたいなことが好きで、映画でもゲームでも、こうしたバックグラウンドとかバイオとか読んで、ベンキョーするのが得意です。この才能をもう少し別の方向に向けたら、親をシヤワセにする子供になるんですけどね(笑)まあ、なんにせよ、道楽親爺の息子もやっと踊りに目覚めてくれてほっとしましたね。ってか、フリチャチャはどーなっちゃったの?しつこいようだけど(笑)もちろん、今夜もやりますよフリチャチャ&ソウル・シーシー(爆!
2007年10月19日
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今からちょうど33年前、近所の床屋で「アフロ調(まだ当時はアフロヘアという言葉自体が定義されてませんでした)の頭にして下さい」と言って、短めのリーゼントをほどいて細いロットでパーマを巻き、奈良の大仏さんみたいな頭(笑)になってからというもの、それまで「踊り場」で張り切って踏んでたステップに封印をしました。それまでは、さんざっぱら「踊り場」でデカイ顔してこれ見よがしにステップ踏んでた単なるバカが、本格的なバカになるための儀式を行ったような出来事でした。そうですね、言うなれば、近所の鼻ツマミ者が刺青なんぞを身体に彫り込んで、もう後戻りは出来ない、みたいな「覚悟」にも似た行為だったと思います(笑)ってか、「どうだ、おまえらにはここまでやる根性はねーだろ?」みたいな優越感が先走っていたと言えば、それが正直なところかもしれません。それでも不思議なもので、いったん自分を型にはめてしまうと、知らず知らずのうちに出来上がっていってしまうもので、町のチンピラが刺青入れて代紋背負って1年もすると本職になってしまう、というような感じでしょうか?どうも喩えがこんなんばっかですんません(笑)まあ、そんな具合で、私は20歳でそれなりのソウルマンとなり(笑)、以後約4年間というもの、2ヵ月ごとにパーマをかけ直して、デカイ頭にデカイ顔して(笑)新宿辺りを徘徊しておりました。その後30歳になるまで、多少は縮れ方が違うものの、パーマをかけ続けた頭は、その後寂しい晩年を迎えるに至っております(笑) ホント、パーマは禿げます。間違いなく(爆)気をつけましょう!え~話が逸れましたが、そんなこんなで、黒人の真似事を始めた日以来、私はいわゆるステップ・ダンスというのが嫌いになりました。まあ、そう口で言うほど嫌ってたわけではありませんが、色々な理由や周りの環境などにも影響を受けて、昔から続く不良のステップ・ダンスというのをバカにしたりしました。さんざん自分だって踊ってたくせに、自分の都合で今度は見下したりしていい加減なもんです(笑)(今じゃ、懐かしがって踊ったりしてるんですからね、テキトーな野郎です・爆)ということでここまでが前書きです。昨夜、私はひとつの決意をしました。それは、先週私の元に届いた1枚のDVDがきっかけでした。そのDVDには、素人が撮った昔ながらのステップダンスが収録されていました。フリチャチャ昔、踊り場で遊んでた人ならまず一度は耳にしたことのある「ステップ名」でしょう。この画像にはステップのバリエーションが「文字」でも紹介されています。踊っているのは、たぶん横浜あたりのダンス教室の先生でしょうか? 昔はきっと「踊り場」で脚光を浴びたダンサーの一人?そんな風貌、雰囲気のある方です。そしてこのDVDを送ってくれた人は、この踊り、ステップに魅了され続け、完璧な習得を目指していたようです。残念ながらこの人は、「志」半ばで病に倒れてしまいました。彼の形見分け~ハマチャチャ・ビデオこの志を引き継いでやることが私に出来る唯一の供養かな、そんな風に思いました。大袈裟ではなく33年ぶりに踏むステップ。しかも、これからひとつずつ覚えていくのです。生きていたって音信普通なら「生」の証なんてありゃしません。遠く離れて暮らしていれば、生きてるって「概念」だけが存在を示す唯一の証です。所詮、生きてる証なんてそんなもんです。だからこの「志」が私の中でいき続ける限り、彼も踊り続けるんです、この私の身体を使って。早速、昨晩からステップ踏み始めました。来年くらいには完全マスターできるかな?いつか、同じ時代を生きた戦友のみなさんと一緒に踊ることを楽しみに、フリチャチャ、マスターします。曲はもちろん、彼の最も愛したBTエキスプレスのEXPRESS!
2007年10月18日
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ということで、昨日に引き続いて、道楽親爺の家庭のお話続編です。今まではあまり登場して来ませんでしたが、私の奥さん、道楽親爺のヨメさんは、やっぱりちょっと危ないヤツです(えっ?)まあ、こんなしょーもないジジイとかれこれ20年以上も一緒にいて、飽きないというか、懲りないというか、未だに一緒に住んでるくらいですから、やっぱりどこかネジが緩んでるのか、ヒューズの2~3本切れているのでしょう(笑)え~、ちなみに彼女は千葉県は銚子市の出身です。。。。。。と、今、急に思い出したんですけど、実は私が23歳くらいの時に、東京は高円寺で同棲していた彼女と「海にでも行ってみっか?」ということで、銚子に行ったことがありまして、このとき、もういいっつーくらいの田舎の銚子駅前にあった、地元の高校生が屯する喫茶店に入ったんですが、なんとこの時、そこで今の奥さんがウィトレスのアルバイトをしていたんですね。おぼろげながらカワイイねーちゃんのウェイトレスが居たのを覚えていました(笑)まさかね、後年、このねーちゃんと結婚することになるとは夢にも思いませんでしたね、当時は。だってそのころ、彼女は現役の高校生でしたからね、どうみたって子供だったし、自分とはまったく違う世界の、ただただ、通りすがりの人だとしか思ってませんでしたね。おお、田舎にしてはちょっとカワイイじゃん、みたいな(笑)ということで、くだらない因縁話でしたが、その後彼女は、東横学園女子短期大学に進学しまして、遂に花の都、東京に出て来たのです(笑)。後はもう田舎のねーちゃんがドツボにはまる定番の道を進みまして、新宿のクレージーホースでDJなんぞをしていたしょーもないあんちゃんにひっかっかってしまったというようなワケです(笑)まあ、実際には、新宿での最初の出会いから数えると、かれこれ5年後にしてようやくお付き合いが始まったみたいな感じでしょうか。言ってみりゃ、落ち目のディスコ野郎が、昔、ちょっと色目を使ったねーちゃんをだまくらかしたみたいな感じでしょうかね(笑)まあ、そんなこたぁどーでも良いのですが、ニッポンを脱出してこの離島に住み着いて、早20年が過ぎましたが、このおばちゃんも中々の根性者です(笑)最近は、ジジイの道楽を横取りして、自分がすっかり道楽にはまり込んでしまいまして、今週末からフィリピンに行ってくる、なんぞと抜かしております。「だいたいフィリピンなんてのはなぁ、男の行くところで、おまえみたいな女の行くところじゃねーぞ」とジジイのアドバイス(笑)もあっさりとかわし、なんとマニラ8日間の旅に出かけることになりました。実は、今週からノースウェスト航空のキャンペーンで、サイパン-マニラがなんと$375で買えるんですね。安いでしょ? まあ、こっちじゃパッケージ・ツアーなんてもんはありませんから、ホテル代と食事代は実費になるんですけど、それでもね、日本円で約4万円なら、お得ですね。でもって、何しに行くのか?っていうとですね、これも、今日初めてお話するんですけど、例の「道楽本舗」のテナント、オフィスビルの1階のスペース、あそこで、なんとレストランを始めるのですよ、このおばちゃんは。そんでもって、その内装やら食器やらの買い付けに行くと言うのです。根が勝気な「女」ですから、もう、こうと決めたら絶対に譲りません。このジジイにしてこのババアありみたいな(笑)ということで、もうお解りですね。例の「道楽本舗」はこのレストラン用地のオマケのスペースなんです。だから、どっちみち家賃は払わなきゃなんないので、皆で遊べたら面白いかな、なんて考え付いたんことなんですね、元々は。もちろん「ディスコ!」ってアイディアはすぐに出ましたよ、この道楽親爺から(笑)当然ですよね、元々ディスコ野郎なんだから。「そりゃね、好きなことすんのは良いけど、この島にディスコなんかで遊ぶ客、いる?」ごもっともでございます(笑)ちなみにこのオバサン、ひょんなことから5年ほど前からエステサロンを任されまして、ちょっとした実績を作っております。この時もインドへ行きまして、インドのアーユルヴェーダにどっぷりはまり込んでしまいました。(やっぱ道楽者には違いないでしょう)元々カネボウ化粧品で働いていたくらいですから、化粧品とか自然薬品とか、そういったものが好きなんですね。じゃあなんでレストランなんだよ?ってお思いでしょう。良い質問です(笑)前から言っておりますように、サイパンはJAL撤退以降、観光産業は壊滅的なダメージを蒙っておりまして、そりゃもう、エステだのゴルフだの、ビーチだリゾートだ、花だ提灯だと呑気に構えてはいられなくなってしまったのです。そこで、起死回生のビジネスとして思いついたのが、米軍沖縄基地のグアム移転に伴う、アメリカ人の流入に目を付けた飲食業だったわけです。そんなアイディアで私が金策に動いているうちに、なぜかこのおばちゃんがしゃしゃり出てきて、あっという間にすっかりジジイの牙城を我が物にしてしまったのです(爆てなことで、ジジイは裏方に回り、あとは道楽おばちゃんにお任せといったことになってしまったのでした。(やれやれ) まあ、髪結い床の亭主なんてのも悪くないね、みたいな(笑)とは言うものの、育ちざかりの子供3人を残して、ルール無用のマニラに乗り込もうってんですから、大したタマですこの女も。そして、残されたジジイは天然ボケの子供3人の面倒を見なければなりません(爆!さあて、この道楽一家の一世一代の大博打、一体いかなることになりますやら、乞うご期待!ってなところでしょうか?ちなみに、道楽本舗CD計画もボチボチと作戦を練ってますよー。チョイ時間がかかるかも知れませんが、これも絶対にやりますよー。楽しみにしていて下さいねー。
2007年10月17日
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このところ究極の道楽にはまりまくってしまった道楽親爺ですが、そんなデタラメなジジイの家庭はどうかというと、これが結構まともなのです(笑)こんなしょーもないオヤジのウチのこったから、どうせ家族はろくでもないに違いないとお思いの方も少なくないと思いますが(笑)、なんですかね、案外まともすぎるくらいフツーなんですよね、これが。まあ、住んでるところが思いっきり田舎ってこともあるのでしょうが、なんかね、道楽親爺としてはちょっと物足りないくらいにフツウなんです。長女は今年高校を卒業したんですが、根がのんびりしてるというかボーっとしてるというか、結局、クラスメートが皆進学して、米国本土やらハワイやらに行ったというのに、本人は相変わらずサイパンでウダウダしてます(笑) まあ、道楽モンの娘ってことで言えば、こーゆー行動も道楽者の血を引いてるのかもしれませんね。でもって、オヤジとしては、毎日家でウダウダされるのも困るので、「働いて、親に楽をっせろ!」と言ったところ、「おとーさん、仕事、見つけてきたよー」とノーテンキなお返事。「ほお、そいつぁ~、良かった。で、どんな仕事なんだ?」「うん、デイケアのヘルプ」「なんじゃそりゃ?」「あのね、お父さんもお母さんも働いているウチの子供達を面倒みるシゴト」「なあんだ、保育園のことかぁ」「ホイクエンって言うの?」「まあ、日本で言えばそんなとこだろ。で、時給はいくらなんだ?」「えっ?ジキュウってなあに?」「ウェッジだよウェッジ。給料はいくらかって聞いてんだよ」「うん、給料はね、無いの。ボランティアだから」え~、すでに19歳の娘なんですが、こんなんで良いのでしょうか?(笑)ところが働き始めて2週間ほどしたころ、このボランティア活動を主宰しているパブリック・スクール・システムがハワイのエデュケーション・コンベンションへの参加者を募ってきまして、なんとこの道楽娘が抜擢されたのです。抜擢なんていうと、よっぽど働きが良いように思われるでしょが、実は、サイパンの教育システムに従事している先生とか補助員とかの殆どがフィリピン人で、彼らは米国本土にはビザなしでは入れないのです。そこで、米国籍の娘がたまたま割り当て人員数の頭数に入ったという、ヒジョーに「棚からぼた餅」的要領の良さでこの切符を手にしたのでした。まあ、この調子の良さこそ血統かもしれません(爆!ということで先週、5日間のハワイ旅行を国のお金でしてきた娘です。本当に良いのでしょうか?こんなんで。なんか、ディスコで遊んでるうちにDJになっちゃったオヤジを髣髴とさせるような、たいへんいい加減な出来事でもありました(笑)しかも、帰ってきてから「どうしよう、レポート書いて委員会で報告しなきゃいけないんだって。めんどくさいなぁ」とか言う始末です。「良いかぁ、人生はなぁ、タダより高いモノは無いっつーんだよ、よく覚えとけ」「え~、でもアタシだって行きたくて行ったんじゃないよー」とまあ、こんな感じですが、とりあえず保母さんの真似事なんぞをしておりますが、それなりに人のお役に立つ仕事をしているってことだけが救いかもしれません。さて、こんな娘ですが、先月の末に、ジジイの倅である彼女の弟16歳と二人、運転免許を取りに行きました。これがまた、超ド田舎の警察ですから、随分と笑わせてくれました。まずは筆記試験。弟の方はさすが男の子ですから、なんなくパス。おねーちゃんの方はというと、これがペケだらけでどうやら落ちたようで、うな垂れて試験場から出てきました。そこへ、偶然にも道楽親爺の知り合いの韓国人のオッちゃんが通りかかって、「おう、どうした?ドライビング・テストか?」と声をかけてきました。「ああ、娘と息子なんだけど、どうも娘が落ちたみたいなんだ」ジジイがそう言った途端、このオッちゃんは有無を言わさず娘を連れて試験場に入って行きました。10分ほどして、娘が仮免と実技テストの用紙を持って出てきたのです。その後からオッちゃんが出てきて「はい、終わったよ」と一言。こんなんで良いのでしょうか?ここで仮免をもらった姉弟は、運転の練習をして2週間後に実技テストです。道楽に忙しい親父はあまり、面倒をみてやることもできすに試験の日はやって来てしまいました。さて、弟の方は学校を休んで、気合をいれて試験場に向かいましたが、現れた教官の姿を見て、その推定体重量に我家のトヨタ・マトリックスが壊れないかと心配になりました。ちなみにこちらでは、試験には本人の車を持っていかねばなりません。練習不足で緊張の面持ちの二人でしたが、姉の方はルンルン気分で出かけて行って、ルンルン気分で帰って来ました。「なんかさ、途中まで行ったらさ、君の運転だと帰るのが明日になっちゃうから、私が代わろうって言って、結局たいして乗らなかった」そうで、愛想の良さが幸いしたのか、日本人の娘だったのが気に入られたのか、なぜか合格。こんなんで良いのでしょうか?かたや、弟の方はというと、運転中に突然街中が停電してしまい、信号が止まったそうで(ってか、サイパンは未だに停電は日常茶飯事です)、どうしていいかわからず停車したら、「なんで停まるんだ?」と怒られたそうで、不合格。(カワイそうに・・・)しょぼくれて戻って来た弟が事の顛末を姉と父に説明しているところに、バングラデッシュ人のタクシー・ドライバーが通りかかり、これまた道楽親爺の知り合いで、「どうした?ドライビングテストか?」と聞くもので、「ああ、どうも息子が落ちたらしいんだ」と答えると、「ちょっと待ってろ」と言って、息子を連れて試験場に入って行きました。数十分後、姉弟の名前が呼ばれ、めでたく免許証を手にしたのです。こんなんで良いのでしょうか?え~、冒頭でフツーと表現しましたが、人間的、子供的にはフツーなんですけど、彼らが置かれた環境というのはやはりかなり変です。決してフツーではありません(笑)こんな変な環境に居て、フツーに育ってくれた子供たちにちょっと感謝してます。ちなみにこの子供たちの母親は・・・・・やっぱちょっと危ないかもしれません(爆!このお話はまた今度・・・・・(笑)
2007年10月16日
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全国のどーらく者の皆様、長らくのご無沙汰でした。いやいや、本当に長いこと留守にしまして失礼致しました(笑)まさに「光陰矢のごとし」、道楽に熱中してしまうと月日の経つのが本当に早いこと、早いこと・・・・。8月の末に「資金繰り」に日本に帰り、ちょっと千葉でブレイクして(笑)、9月の初めにサイパンに戻って来てからというもの、とにかくテンションの高い日々を送っている道楽親爺52歳です。まあ、この道楽もそれなりに順調に進んではおりますが、当面は「真面目な生産活動」に勤しまなければなりません(汗そんな激動の日々を生きる道楽親爺ですが、ありがたいことに、あちらこちらのブラザー&シスターから「ご声援」を頂きまして、道楽冥利に尽きると申しますか、シヤワセ者と申しますか、この場をお借りして御礼申し上げます。しかしまあ、バカバカしいこと、くだらないことでも長く続ければそれなりに人生の肥しくらいにはなるのだなぁ~などとシミジミ思ったりする今日この頃です(笑)ということで、久しぶりにパソコンの前に座って、こうしてタイプを打っているわけですが、今日はひとつ、この日本での「資金繰り」の顛末で思ったことなんぞを書いてみたいと思います。久しぶりのジジイのノーガキです(笑)「資金繰り」なんぞとカッコつけて言っておりますが、早い話、「金を借りに行った」だけのことなんですけど(笑)、この、金を借りるということが、中々に難しいのです。当たり前だろってお思いでしょうが、そもそも、借金なんてものは圧倒的に貸す方が強い立場にあって、借りる方は平身低頭、その場しのぎ(笑)のハッタリまみれの屁理屈コイて、なんとか苦境を乗り切る、っつーのがいわゆる世間一般でいうところの借金です(ばかやろう!)私の場合も多少の違いこそあれ、生活苦を脱出する為に大バクチを打つ元手を借りに行っただけのことで、決して偉そうに「資金繰り」などといったタイソウなものではありません(笑) まあ、お金とお水は高いところから低いところに流れるという、世の中の仕組みがありまして、所詮、道楽なんぞを生業にしてるようなしょーも無いヤツらは、決して世の中の川上には立っていないわけでして、簡単に言ってしまうと、川上に立つお金持ちが川下に立つちょっとした目利きとか、大穴ねらいのバクチ打ちに金を回す、といったようなものです。つまり、金を借りる方がバクチなら、金を貸す方だってバクチなわけで、こいつならオレのタマを増やしてくれるだろう、ってなところが実際のところですね。結局、資本社会のセオリーなんてものは、このようにバクチで回っているわけでして、「投資」とか言う言葉でカッコつけたりしてますが、何のこたぁない、「人生はバクチだ」ってなもんです(ふ~ん)最近はやたらと如何わしい「バクチ打ち」がニュースに登場しては世間を騒がせておりますが、しょうもないハッタリかまされて、なけなしの財産突っ込んじゃって、今更「金返せ!」もありませんよね。「減らないお金」ですか?どうしてこんなアホらしいバクチに張っちゃうんですかね。こりゃもう「イカサマ」というにはあまりにもお粗末で、縁日のデンスケ賭博だってこんなに単純じゃないですよね。騙すんならもうちょっと手の込んだことくらいしろよって言いたいですね(笑) あまりにも、手口が「そのまんま詐欺」で、これじゃ騙されたやつは浮かばれないじゃねーか、みたいなね(笑) オレオレ詐欺だってもうちょっと汗かいてるぞみたいなね(笑)なんか、こうしてみても世の中「金」だけが一人歩きしてるみたいで、この先がちょっと恐ろしいですね(笑)ただ、ひとつだけ、これだけは言っておきたいことがあるのですが、金貸すほうが博打なら、借りる方だってこれもバクチなわけです。業界では「ゲソを付ける」ってな言い方をしますが、要するに借りる方だってどこに草鞋を脱ぐかで、その博打人生のコマ繰りが変わってしまうってことですね。下手な「金」に手を出して、結局は金儲けの博打だけじゃなくて人生の博打で丸裸とかにされたんじゃ、これはもう洒落になりません。私の経験で言わせてもらえば、十数年前のバブル時代にそんな人が溢れかえっていました。本当にあぶくゼニで成り上がった「親方」にゲソをつけたおかげで、一生を台無しにした情けないヤツらが随分とおりました。メシや酒だって奢ってもらえばそこで縁が出来てしまうわけで、羽振りの良いとき、金回りの良いとき、そんな楽しいひととき(笑)が永遠に続くと思って、草鞋を脱いだおかげで、時代の藻屑と消えて行った若者が何人いたことでしょう(笑)自慢ではありませんが、この道楽親爺も若い頃はそんな苦い経験も随分と積みました。若さという勢いだけで突っ込めた時代は、その場の気分にほだされて、1杯のメシ、1杯の酒(ってか私ゃ元々酒が飲めないんで、酒ではあまり義理を作ったことはありませんが)、あるいはおねーちゃんを世話してもらったとかの義理で、痛い目に遭ったことも数知れません。(ってかそんなに沢山は無いケド・笑)まあ、普通はこういった小さな規模の火傷で、ゲソをつける難しさとか、義理の重みなんぞを学んで、大難に備えるっていうのが一般的なんですけど(そーなの?)、あまりにも世間知らずというか、無菌状態、純粋培養で育った方々は、ハタで見ていてバカバカしくなるような手口でコロっと逝っちゃったりするんですよね。ってことは、やっぱり、ある程度はくだらねーこととか、馬鹿なことも、若いうちには体験しておくべきなんでしょうね。ってか、そんなくだらねーことに関わらないってことが、一番なんですけど、そこはそれ、人間の欲っつーやつは都合の良いように機能してますから、落とし穴みたいなものもあるんですよね。ということで、世の中そんなに上手い話はないし、そんな上手い話はまず、フツーの人々には回って来ないってのも、人生のルールのひとつですから(笑)、皆様もチープな博打には努々手を出さないようにして下さいね。特に歳喰ったら、地味ィ~な生き方こそ「道楽者」の真髄ですから、決してムチャをしてはいけません。身体だって衰えているんですからね、としなりの道楽で渋味を出しましょう。
2007年10月15日
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いやいや、昨日はケッコー自分的にも盛り上がっちゃいましたけど、私はマジですよー。ちょっと時間をかけて戦略を練りますね(笑)ということで、またしても突然で恐縮ですが(笑)、先日の道楽者同志のくだらない会話を思い出したので御紹介させて下さい。ほぼ身内受けのネタですが、どうしても皆様とこのアホさ加減を共有したくて、書いちゃいました。これは私の古い戦友であり盟友の一人でもありますブラザー・テリーとの、深夜の千葉駅前通りでの会話の模様です。「いやぁ、ちょっと危ないおっさんが居てさぁ、やべぇなぁと思ったらさ、こっちに来るわけよ。踊ってて足でも踏んだら絡まれそうでさー、ちょっとビビッたわけ」「えっ?そんな危ない人居たの?Mさんじゃなくて(笑)」「確かにMさんもちょっとアブナ系だけど(笑)、もっとマジで強面だったのよ。でさぁ、こりゃヤバイかなって思って、ロニー呼ぼうと思ったのね」「えっ?」「いや、ロニーだったらさ、謝ってくれるかなと思ってさ(爆笑)・・なんか謝るのうまそうじゃん(爆笑)」「ぎゃははー、そうだよ、クレーム処理15年のキャリアがあるからねー」「そうだろ?」「オレ呼んで揉まそうとしたのかと思っちゃったよ」「いや、この歳でさすがに喧嘩はないだろって思ったけど、ロニーは結構期待を裏切るから(笑)」「テメー、オレを怒らせるなよ!とか言っちゃったりして(笑)・・・オレを怒らせたら・・・DJやっちゃうぞー!とかね」(爆笑)「オレが怒ったらステップ踏んじゃうぞー!とか(笑)」失礼致しました。いくつになってもくだらねーヤツですんません。ちなみに二人とも50歳をすでに越えてます(爆!でも、このノリこそが、昔懐かしき70年代のディスコ野郎の乗りなのです。解っていただけたでしょうか?ってか解りたくもないと思いますが、まあ、このノリをもうちょっと続けたいなぁと思っている道楽親爺です。ということで、道楽本舗は道楽の集大成、究極の道楽に向けて着々と進んでいます。お店の方も来月には正式に改装工事に入れると思います。夢のCD制作は、アチコチのツテを頼って実現のための計画を練り始めています。道楽者の皆様も是非一緒に遊んで下さい。
2007年09月21日
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なんか古い話で盛り上がっちゃったりしている今日この頃ですが(笑)、せっかく盛り上がったんだから、もうちょっと道楽者の風呂敷広げてみましょうか。昨日のメッセージ、インディアナのシスタ・チェリーからもらったメッセージで、ジジイはビビっときてしまいました。70年代のディスコ野郎が集ってCD作るってのも面白いかなぁ~なんて思ったんですよね。もちろんオリジナルの楽曲使って、みんなの個性を結集した「道楽」をブチかましてみるのも面白いかなぁなんてね。今時の録音システムはデジタルだから、昔ほど金も掛からないと思うし、たとえ自主制作盤だって、面白けりゃそれで良いってことだから、まんざらふざけた与太話でもないよね。こんだけ道楽者のネットワークが出来たんだから、結構常識はずれな企画が出てくるんじゃないですかね。みんな歳の割には頭ン中は若いから(笑)ベーシックなプロセスをざっと描いてみたんだけど、たとえば、1. 楽曲作成~まあ、これはそーゆーことの好きな道楽者が自分で曲作って、自前で録音して「原曲」をデジタル音源にすることからはじまりますよね。次にこの音源を作詞の好きな道楽者に送ります。こんなんは今時ネットじゃ当たり前だから全然問題ありませんよね。2. 詩と曲がかみ合ったら「ラフ・デモ」を作って、名前は言えませんが潜在的に沢山いそうな歌いたがり道楽者(笑)に配布して、歌入りのデモを作ってもらい、全員に返信。3. 皆でどの道楽者の歌がしっくり来るか決めてもらって、楽曲と歌手が決めます。次は本番用のアレンジですが、これはちょっとプロの領域なんで、どこぞのツテで格安で引き受けてくれる人を探します。4. 同時にアルバム・コンセプトを皆でノーガキ垂れて作っていきますが、この段階でCDのジャケデザインをデザイン好き道楽者の手に委ねます(笑)5. 編曲の譜面が出来上がったら、次はミュージシャンの確保ですね。基本的には費用的時間的にみてもプロを使った方が安いのですが、元々道楽者の企画ですから、演奏好き道楽者とプロの混成で行きます(笑)ここらが一番金も時間もかかる作業ですが、いざとなったらデジタル処理でごまかすってことで、プログラミング好き道楽者に、カラオケを作ってもらい、おいしい部分だけ目立ちたがり道楽者に演奏させるってことで妥協する(笑)6. 歌入れは、デジタル音源のカラオケに自宅録音で頑張ってもらって、できるだけエコー効果の高いコンクリ製のガレージとかデパートのトイレとかで、恥も外聞もかなぐり捨ててSOULFULに熱唱してもらう(笑)7. ということで、可能かどうかわかりませんが、これらの出来上がってきた原音をトラックに分けてMIXING好き道楽者にきちんとエフェクトしてもらい、ここでマスターの完成です。当然これだけじゃ道楽者として面白みがないので、更なる道楽者的スパイスを入れ込みます。ってかそこまではまだ考えてないけど、DJを入れちゃうとか、踊りを入れちゃうとか(えっ?)、なんかもうひとつふざけてみたいですねー。8. さて、このマスターをどこぞのインディーズ制作会社に持ち込んで、プレスしてもらうわけですが、まあ、このくらいの費用だったら、みんなで割っても高々知れてるでしょう。何枚くらい作るのかしらんけど、いざとなったらフィリピンって手もあるし(笑)いやー、またまたくだらねーこと考えましたね、このジジイは。でもね、こうして考えてるだけでも人生が楽しくなるでしょ?それにね、モノを創り出すってことは、本当に楽しいことですからね。昔からどーしても越えられなかったジジイのこだわりがひとつありまして、それは、DJにしてもダンサーにしても、結局は人の曲の上で遊んでるってことだったんですよね。つまり、どこまで行っても人のふんどしで相撲を取ってるみたいな(笑)、そんなコンプレックスがあって、それがまあ、あの「新宿ディスコナイト」に繋がったんですけど、あん時ゃまだ若かったし、時代もまだアナログだったからね。せいぜいガあんなものしか作れなかった。でも、今の時代、なんでもアリでしょ?(笑)だったらジジイのFUNKもアリかな、なんて思い始めてる今日この頃なんです。(ってか昨日急に閃いたんですけど・爆)ALL STARS of 70’s SOUL DISCO GANGS(仮称・笑)こんな流れでどうです?もし道楽親爺がヒトヤマあてたら資金援助して、メージャーデビューまで目指しますよ!
2007年09月20日
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9月1日の千葉ZOOM以来、すっかり懐古的になってしまった道楽親爺です。そんな、しょうもないジジイがどうしてももう一度聞いてみたい音楽というのが、いくつか甦ってきましたので、道楽者の皆様にワガママ言ってお尋ね致します(笑)もしこれらの音源をお持ちでしたら、ひとつコピーを頂けると嬉しいです。かなりマニアックな分野ですので(笑)、昔話のネタにでもして頂ければそれはそれで本望です(笑)1.ラベル(パティ・ラベル独立前ね)のphoenix(フェニックス)確かアルバムタイトルだったと思います。2.クール&ザ・ギャングのMother Earth(マザー・アース)アルバム「スピリット・オブ・ザ・ブギー」のB面トップ(何故かこのアルバムはUSでCD化されてません)3.メシオ・パーカーのThe Soul of a Black manアルバム「US」のB面で延々と続くバラッド。今は無きJBの語り入り。このアルバムも何故かUSではCD化されてません。大昔のテープはあるのですが、もう一度キレイな音源で聞いてみたいのです(笑)4.ファットバックバンドのI feel real goodアルバムタイトルは忘れましたが、1974年頃のヒットだったと思います。当時は吉岡氏から買ったシングル盤を磨り減るほどかけた記憶があるのですが、LP(古っ!)ではロングヴァージョンだったような。。。。5.誰の曲だったかどうしても思い出せない「Sexy Dynamite」(ルーファス・トーマスだったかなぁ)サビは「You’re right on, you’re dynamite!」ってトコだけしっかり覚えてます。6.ウィリー・ハッチのGet ready for this当時、ジョイ吉野がやたら気に入って踊っていたダンスナンバーでした。アルバムタイトル。7.ジミー・キャスター・バンチの「E-MANブギー」アルバム・タイトルは思い出せないのですが、たぶんバーサ・バット・ブギーが流行った頃の佳作だったと思います。あまりの古さに自分でも書いてて笑ってしまいましたが、言ってるほどどうしても欲しいってほどのもんでもありませんので、あまりマジで受け取らないで下さいねー。もし、古いものを集めるご趣味の方とかがいらっしゃって、たまたまこれらの原音をお持ちでしたら、ひとつコピーを恵んで下さい(爆しかし、なんでこんなに懐古的爺になっちゃたんだろうねー。やっぱZOOMで弾けちゃったせいかなぁ~(笑
2007年09月19日
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古い話で恐縮ですが(笑)、先日「細木数子先生」の暴露本を読みました。ことの真意はともかくとして、少なくとも私らの先輩であることは間違いのない事実のようです(笑)戦後の渋谷、百軒店(ひゃっけんだな)で育ったという彼女も生粋の不良ですね。しかも後年は赤坂マンハッタンのオーナーだったってところも、微妙に親近感の沸く汚れのお一人であります(爆)ということで、別に今日は、この本のことや細木大先生のことをとやかく言いたいわけではありません。実はこの本に登場する町や人々の名称が妙に懐かしかったもので、今日はその辺りのことを書いてみたいと思います。まず、第二次大戦後の復興と共に成長した盛り場繁華街、そしてそこから生まれてきた私ら道楽者のルーツである不良少年少女の生態などを振り返って見たいと思います。(ってか、そんなたいそうなもんじゃないケド)まず、都内盛り場、数々の不良伝説が生まれたプレイング・スポットの名称・呼称についてノーガキこいてみましょう(笑)なんといっても盛り場のルーツ3大名勝といえば、銀座、渋谷、新宿でしょう。でもって、当時の粋なあんちゃん、ねーちゃんたちは、これを「ザギン」「ブヤ」「ジュク」と呼んでカッコつけたものです。銀座の呼び名「ザギン」はたぶん、当時JAZZ喫茶(っていうかバーっていうかカフェっていうか、色々です)が流行っていたこともあって、バンドマン用語にならって、言葉を逆さまに言うところから来たものでしょう。今の業界はどーだか知りませんが、私の現役当時でもよくこのような用語が使われておりました。たとえば、メシ=シーメ、酒=ケーサ、とか言うように、逆さになると音が伸びるといったような特殊活用もありました(笑)でもってバンドマンは酒と女に意地汚いとか言われておりまして(笑)、ちょっとした不始末なんぞをしでかすと「ドンバ根性出し丸だなぁ」とか言ったりしたものでした。「あのターギ野郎、こーまんに釣られてスーホのヤサに行ったのは良いんだけどよ、ヒモがスジ咬んでることも知らねーでよ、まったくドンバ根性出し丸だよなぁ~」などというように使われます。(註釈)あのギターを弾いている男性は、夜の床に釣られてホステスの家に行ったのは宜しいのですが、彼女の内縁の夫が暴力団の構成員だということも知らずに呑気なものでバンド根性まるだしですねぇ」(笑)ちなみに数字の符牒も、音階表現でC万G千(ツェー万ゲー千)などと言ったりもしていました。Cはドレミのドですから「1」、Gはソで「5」ってことで1万5千円ってことですね。話が脱線しましたが、いわゆる銀座の呼称はこんな感じで一般に普及していったのではないでしょうか。え~、正確な資料はありませんのであくまでもジジイの推測です(笑)さて、次はブヤとジュクですが、これはもう完全に不良少年少女たちから発生した呼び名ではないかと思われます。今でも、生意気コイてるにーちゃん、ねーちゃんたちは言葉を短縮するクセがあるようですが、こうして振り返ってみると、不良の血統のようなある意味遺伝子のように連綿と続くバカの血を垣間見るような気がします(笑)(え~年取ってもこのような癖が抜けない人もいるようです。えっ?)私も祖父祖母が戦後渋谷で焼き鳥屋なんぞをやっていたということもあってか、当時の渋谷のアイドル「安藤組」には少なからず因縁があります。(ってかどーでも良いことなんですが)更に新宿といえば、後年ディスコ野郎としてバカの限りを尽くした思い出の地でもあり、未だにこの二つの盛り場は道楽親爺の心の奥底で哀愁を漂わせております。特にどちらの地も、ガード下にいわゆるフェチと呼ばれるようなもの凄い哀愁とノスタルジーを感じてしまうのは、単なるジジイの感性なのでしょうか?(爆)渋谷の安藤組、新宿の万年一家、このふたつは不良少年が憧れた伝説の愚連隊です(笑)更に冒頭の暴露本に登場している小金井一家なんてのも、不良の自慢話には必ず一度は登場する必須アイテムでしょう(爆)この流れで池袋はブクロと呼ばれ、23区をはみ出した流れ者がたどり着く場所と言われた吉祥寺はジョウジと呼ばれてました。そういえば「ジョウジのシロ」ってのが通り名のように、吉祥寺の代表的不良の溜まり場でしたっけ。あとは自由が丘の「オカジュウ」が有名ですね。ここらもバンドマン分布図で言うところの占有率が高かったのでしょうか?そのような比較分析をしてみると、なぜか赤坂とか六本木はこうした呼び名がありませんね。サカアカ(笑)とも言わないし、ポンロク(笑)とかもあまり聞いたことがありません。ポンギとかでも言うのでしょうかね。青山もヤマアオとか言わないし、このあたりはやっぱ上品なんですかね(笑)それにしても当時の不良って、垢抜けてるようでどこか野暮ったくて、なんか親しみのある感じがしますよね。現場は死ぬほど怖かったけど(笑)
2007年09月17日
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え~先日、千葉県でブレイクしてしまった道楽親爺ですが、サイパンに戻ってきてからも脳髄のあたりが刺激されっぱなしで、益々調子付く今日この頃です(なんじゃそりゃ)ってことで、実は千葉ZOOMで薄い頭に汗を流しつつ(笑)、踊りまくった数時間、ちょっと閃いたことがありました。それは、このディスコに集った中高年の殆どが、当時の流れのまんまでいるってことと、更にこの中高年に紛れて数名の若者がいることに気がついたのです。ってか、日本在住の皆様はその年代ごとに時代背景が変わっていく様を見ていますから、別段不思議でも何でもないのでしょうが、ジジイにしてみれば数十年の空白の後に垣間見た現実なのです。え~、話が回りくどくなりましたが、一番面白かったのは、もう私とは二回りも違う子供たちが一緒になってステップ踏んでる姿でした。これってどう理解したら良いのか、ジジイにはちょっとしたカルチャー・ショックのようなものでした。これは私ら世代がその昔、50年代のファッションを真似たり、リーゼントしてR&Rを聞いたりしてたのと同じことなんでしょうかね?でも、だとしたら、なんでアフロは出てこないのでしょうか?(ばかやろう!)しかもステップ課題曲がきちんとあって、それを従順に追う若人たちの群れ(笑)なんだかなぁ~。不思議な気持ちでした。当然、同年代のジジ&ババは昔を偲んで、それなりに楽しんでいるのですが(笑)、踊りを踊ることが楽しいことだって思うのは、別に年齢制限はないし、パターンもあまり関係ありませんよね。ってことで、ひとつ思ったのは、これはひょっとしてオレ達はスゲー時代に生きたディスコ野郎だったんじゃないかってことですね(意味わかんねーぞ)昨夜、ウチの息子17歳がマドンナを聞いてヘラヘラ踊っていたもんで、「おまえなぁ、踊るんなら、もうちょっときちんと踊れよ。なんならオヤジが教えてやろうか」ってなことで、いつものしょーもないオヤジと息子の会話があったのですが、息子のヘッドフォンから漏れ出した音は「ディスコ・インフェルノ」ではありませんか。「おろっ?おまえトランプスなんか聴いてんのか?」「えっ?ナニ、トランクス?」「違うよ、トランプスだよ。これ、ディスコ・インフェルノだろ?」「マドンナだよ」ふ~ん、ってなもんで、それで会話は終了しましたが(笑)、確かに70年代~80年代がマーケティングの対象になっていることは認めますが、最近やたらと耳に付くこの70~80年代のディスコカバーは、今時の子供らにはどんな風に映っているのかとても興味があります。確かにリメイクとかカバーってのはいつの時代もあるんだけど、私らの時代の音楽の焼き直しってことで言えば、当時、これらの音楽で青春(笑)していた私らこそ、旬な存在ではありませんか。それに、踊りだって日本独自の発展をしたものですよね。今でこそジャニーズだってディスコ系の踊りを踊ってるけど、当時はやっぱり色物だったし、まさかこんなに普及するとは思ってもいませんでした。でもよく考えてみたら、当時の自分たちが「やってみよう」とか「なりたい」って思ったことは、今の世代には当たり前になってきてるんですよね。歌って踊るアーティストなんて、今更当たり前だし、バイリンガルも当然みたいな感じだし、ダンスミュージック系も歌謡曲には付きものになってますよね。ってことは、やっぱオレたちの時代は凄かったってことでしょう?今でこそ当たり前の「歌って踊る」カタチを作ったのは、オレ達ディスコ野郎だったんじゃないですか。当時、バカにされたり、踊る宗教とか呼ばれたディスコが、こんなカタチで現在に生き残っているなんて、なんか不思議な気分ですよね。ということで結論ですが、我々ディスコ野郎は永遠に新しいのです。(えっ?)我々往年のディスコ野郎たちは、決してノスタルジーに溺れ死ぬことなくSOUL MUSICを引きずりながら、新たな境地を開拓していくのです(おおっ~、シブイ!)人生80歳までは軽く生きちゃう時代を生きてるんですから、あと20年くらいはみんなで楽しく遊びましょう!古くなった体は多少ガタも来てるでしょうが、精神性だけは常に新しい「遊び」を創出していきたいものですねー。
2007年09月15日
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道楽道を貫くと決めたその日からあまりの忙しさに、さすがにちょっと疲れが見えてきた道楽親爺です。ブログも休みがちなもので、道楽者の皆様からは「オレよりバカな奴が居なくなると不安になるからブログを続けてくれ」とか「もっとバカなことを書いてくれないと困る」とか「もっとアホなブログを読んで安心したい」とかのお叱りを頂きました(笑)私よりは多少マシな道楽者の皆様には慎んでお詫び申し上げます。ということで、サイパンの道楽親爺がブチ上げた道楽者救済プロジェクト「道楽者本舗」は、いよいよ店内リノベーションに入りました。カーペットを剥がして床を清掃、壁を洗浄して塗り替え、などの作業に入っております。未だ何をするのかも決まっていませんが、そんなのんびりした道楽親爺を周りは放っておいてはくれずにどんどんを作業が進んでいきます。まあ、当面は「事務所」ってことで使うかぁ~、みたいなところですが、「何の事務所?」と突っ込まれると答えに窮してしまいます。(相変わらずいーかげんなやっちゃなぁ~)ところで、この「事務所」という語感ですが、どうも私の頭の中では、事務所=暴力団というリンクが結ばれておりまして、「事務所に連れて来い」とか「事務所で話しよう」とか言われると、この歳になっても未だキンチョーが走るしょうもないジジイです。(ホントにしょーもねージジイだ)そこで私は、年甲斐もなく、事務所のことを「オフィス」と呼んでおります(そうなの?)でもって、このオフィスで何をするか?引き続き皆様からの「ネタ」をお待ちしておりますので、思いついたらメールでも掲示板でも適当に書き込んで下さい。先のことはどーなるかわかりませんが、世の中やったもん勝ちみたいなトコもありますから、あまり深く考えずにどんどんお寄せ下さい。採用させて頂いたアイディアで一攫千金、ブレイクしてお金持ちになったら、サイパンにご招待して株主になってもらうっつー、夢のプレゼントも継続していますよー。今日のサイパンは雨です。どうやら沖縄のあたりに大きな低気圧があって、雲を巻き込んでいるようです。台風にならなければ良いけど。南国で1日中雨に降られるってのは、満場のディスコで誰も踊ってくれないDJの立場(笑)みたいなもんで、ケッコーいたいです。(なんのこっちゃねん)ちなみにサイパンでは10年ぶりくらいのスキャンダルで「細川ふみえの旦那事件」ってのがありまして(笑)、私が別に書いてるニュース・ブログでこれを流したら、スポーツ紙とかがそのまんまコピーして掲載してしまったようで、各方面に波乱を招いてしまいました。しかし、記者ってのも、いい加減なもんですね。きちんとニュース・ソースくらい自分で確認してから書けって言いたいです。ネットのニュースで検索したら、自分の書いた文章がそのまんま載ってたりして、あきれてしまいました。コピー&ペーストってことで、簡単に転載できちゃうから、こうなってくると新聞ももうほとんど信用できませんね。この事件は未だに地元では色々なもの引きずっていまして、今後の展開が楽しみでもあります。そのうち道楽者的ネタにして書いちゃおうかななんて思ってます。
2007年09月13日
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いや~っ、あっという間に1週間が過ぎてしまいましたが、道楽親爺はもう完全に舞い上がってしまい、毎日ご多忙な日々を送っております。ということで、さんざん前置きで盛り上がった千葉ZOOMのイベント乱入は、想像通りの凄まじい一夜となりました。それでも、もう1週間前のことになっちゃったんだよねー。月日が経つのは早いものです(シミジミ・・・・・)せっかくですから、この盛大な1日を道楽者的実況レポート風に書いてみました。題して「みんなで踊ろう、良い歳コイて・イン・千葉」(爆)え~元々のイベントは千葉唯一のディスコZOOMの姐さん兄さんお二人のアニバーサリー(って誕生日だよ)、二人合わせてONE HUNDRED ONEってな催しでございました。道楽親爺もサイパンから初めて千葉に上陸する為、一人じゃ心細いってことで、往年のディスコ野郎たちに呼びかけて、一気に盛り上がろうと企んだ次第です(笑)まずは、当ブログでもすっかり御馴染み、音楽評論家兼DJ、MC、何でも屋のマイク越谷さんをご招待致しました。胡散臭い仕事では業界第一位のおっさんですが(笑)、それでも再会は、かれこれ10年ぶりになるのでしょうか、心持ちやつれた感じがしてました。しかし、日本広しと言えども、ここまでローリング・ストーンズにハマって、これほど深く関わったおっさんはいないんじゃないかと思いますね、マジで。今回もライナーノート付CD持参で現れました。「いや~、悪かったすね、こんな遠くまで付き合わせちゃって」(マイクさんのご自宅は埼玉県所沢です)「ヤダって言ってもどうせ無理矢理連れ出すんだろ?(笑)」「なんだ、わかってんじゃん」「いや、カミさんがさ、ロニーからの呼び出しじゃ行かないわけにはいかないだろって言うからさ、散髪までしてきちゃったよ。ロニーは奥方に信用あるから」(この日マイクさんは青山の理容室で散髪してきました)ってことで少々干からびた(笑)オヤジ二名は待ち合わせの渋谷ハチ公前(こらこら、カワイイところで待ち合わせするなよ)で落ち合い、マイク氏の携帯サイトで最短路線を割り出し地下鉄で東京駅に向かいました。東京駅からは総武線のグリーン車に乗りました(おおっ!)「なんかさぁ、昔の営業思い出すね」「あれ、ロニーとは営業行ったことあったっけ?」「何言ってんの、北海道も行ったし、金沢だって行ったじゃん」「ああ、金沢ねぇ、懐かしいね。あそこはさ、元々克也さん(小林克也)の紹介だったのよ。本当は克也さんが行くはずだったんだけど、いけなくなってボクんとこに回ってきたんだよね」「金沢って言えば、寿観光、未だあるの?」「潰れたよ。結局オレも4~50万やられたかなぁ。まあ、ギャラだから実質的な損害はなかったけどね」「そういえば、金沢には花見キョンが行って、ラジオ番組とか持ったんじゃなかったっけ?」「花見君ねぇ~。彼、居なくなっちゃったよ」「居なくなったって、蒸発かなんかしちゃったの?」「昔からそんな感じだったじゃない」とまあ、こんなくだらないジジイの昔話が花咲くうちに総武線グリーン車は千葉駅に到着。ここで二人はもうひとりのおっさんを呼び出しました。池袋のアダムズアップルとか林檎屋、新宿ハローホリデーとかでサラ回してたチェングです。こいつのおかげでサイパンで路頭に迷ってしまった私ですが、昔のことは水に流して、10年ぶりの再会です。そういえば、このチェング、20年前は千葉テレビのビデオ・ジョッキーとして電波にまで乗ったバイリンガルDJの草分け的存在だったんですね。それがいつしか老いぼれて(笑)、あやうく塀の中へ落ちそうになったところを、なんとか更生したという、文字通りしょーもないおっさんの一人です(笑)千葉の駅前をウロウロしつつ、ようやくZOOMにたどり着いたマイク&ロニーはすでに盛り上がりつつある店内でMIXIのお友達に初めてお会いしました。アチコチのサイトでもすっかり御馴染み「おーさん」は、もう会った途端に全てがおーさんでした(なんじゃそりゃ)そして、もうひとりSupercops2さんにもお目どおり叶いました。偶然にもこのCops2さんとマイク越谷さんとは昔馴染みとのことで、これまた妙なご縁です。そして、我等が兄貴の登場です。(ばぁあ~ん!)元「金髪の庭師(笑)」こと庭師Mさん。そのまんまの方でした(爆)先輩「大入袋」ありがとうございました。カッコのつけ方がいかにも新宿系です。頂いたお守りはしっかり財布に収めてあります。続いて、戦友テリー登場。その後ろには、な、なんと約30年ぶりの再会、シュガー・パイ・ガイことEさんの姿が。。。。懐かしかった。お互いに老けたけど、フィーリングは昔のまんまです。嬉しかった。当時の狭いサークルですから、このEさんはエンバシー時代のイサムちゃんと仲良しだったので、新宿時代に中の良かったチェングとは、あのガラ悪イサムを通じて昔話に花咲きました。更にチェングの仲間だった、池袋アダムスのDJジョニーこと平将門の写真を店内で見つけ、異常な盛り上がりを見せるおっさんたち。更に千葉のぴゅんぴゅん丸氏も現れて、往年のディスコDJ同窓会さながらでした。「当時こんだけのメンバーが集ったら凄いことになってたよなぁ~。今でこそ単なるジジイの集りだけど(笑)」ここでJBのスーパー・バッドが掛かりました。当然M兄貴がフロアに飛び出し、道楽親爺も後を追いました。ポップコーンセブン踊っちゃいましたねー。良い歳コイて(笑)M先輩、今度はパルスのチャチャ伝授して下さい。それにしても、昔の踊り場、思い出しました。懐かしかったぁ~。どんどんヒートアップしていくお店は第一回ショーケースの始まりです。YUKI姐さんとSHUN兄さんの夫婦ダンス(笑)マジでSHUNさんカッコ良かった。SHUNさんの生活はやっぱここにあるんですね(なんじゃそりゃ)ディスコ野郎現役です。うらやましいくらい、生き生きとしてましたよー。その他、ファンクラッシュのAKIちゃん、ハンバーグ屋のヨッシー、サチちゃん、パチちゃん、DJ・AMAYAさん、みなさん、本当に楽しい夜をありがとうございました。帰りはマイクさん、シュガーさんと3人でファミレス行ってらーめん食べました。しかも始発で朝帰り。うっつらうっつらしながら、「始発帰りなんで何年ぶりだろ?」とマイク越谷氏。「そうだねー、昔はこうして毎晩セコセコ遊んでたんだよねー」「でもさ、昔は携帯も無かったし、コンビニも無かったし、淋しかったよね」「そうだね、でもそれなりにみんな生き生きしてたよね。本当に楽しんでたよね、毎日を」さすがに50歳を超えると、身体がキツイってことを悟るのは翌朝の目覚めのときでした。
2007年09月08日
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トンネル抜ければ~ 海が見えるから~ そのままドン突きの~ 三笠公園で~三笠公園にはたどり着けなかった。汐入駅からドブ板に抜けたら、そこはおしゃれな街だった。せせこましい道幅だけが、かろうじて昔の面影を残しているだけで、30数年前のあの胡散臭さはどこにもない。せめて昔ながらの店の一軒でもあったらと、通りを進んで行くと、涙が出るほど懐かしかった。昔はこんな店があちこちにあって、兵隊さんがオンリーさんと並んで微笑む額縁入りの似顔絵が飾ってあった。隣には刺繍屋が一軒、この店と同じくぽつんと、そして細々と生きていた。嬉しくなって通りを更に進むと、ダサいスカジャン着て~、おまえ待ってるから~。昔のまんま、そのまんま。約30年前にここで買ったスカジャン。どうしてもこのスカジャンを着せたい奴が居た。店に入ると耳の遠いオヤジが出てきて愛想笑いをした。その笑顔がそのまんまオレの青春とかぶった。「オレ30年前にここでスカジャン買ったんだよね」「ああそう」「値段も倍になったんだね」「この刺繍は全部手仕事だから」「妹と弟に買ってってやりたかったんだけど、これじゃちょっと無理だね」「大きさは、どのくらい?」「そうだね、オレより一回りくらい大きいかなぁ」「大きいのはねぇ、やっぱり高いんだよ」「いや、良いよ高くても。ひとつもらうから」「デザインは?」「そうだなぁ~、やっぱ、虎かなぁ、これから戦わなくちゃならないから」「えっ?」「30年前にね、ここに居た奴でね、海自で船に乗ってたんだよ。オレより二つ下なんだけどね、ちょっと患っちゃっててさ・・・・・、たぶんオレより先に行きそうなんだ」「じゃ、端数は負けときましょう」「ありがとう。これも想い出になるよ」オレの話を聞けぇ~、5分だけでも良い三笠公園で、ダサいスカジャン着て会う約束はとうとう果たせなかったけど、30年前の店で虎のスカジャンを買ったオレは、横須賀から終点の久里浜まで出た。ここも昔の面影はほとんど残っちゃいなかったけど、少しだけ潮の香りがして、古い創りの駅が心もち優しかった。横須賀・・・・・次に来るときは奴の歩いた道を、今度はゆっくりとなぞってみたいと思った。完
2007年09月07日
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ということで、漫画喫茶で3日目のPC利用中です(汗昨日はアドレス帳をLOSTしてしまったのですが、結局このアドレス帳は業務用だったので、個人用道楽者リストが載っていませんでした。ナニやってんだろオレは~。。。。ってことで、やっぱ緊張してますねー。それと歩き疲れて体の節々が痛いです(笑)いや~、よく歩いてますよ、毎日。日本人が健康な理由がよ~くわかった。やっぱ基礎体力が違うんだね。南方系がどんだけ怠け者か身にしみました(笑)ってことで、今日は前世の兄弟に会いに行ってきます。ってか意味わからないと思いますが、とりあえず今日はちょっと一息ついてプライベートな1日を過ごしたいと思います。漫画喫茶の常連になっていく自分がちょっとコワイ(爆!
2007年08月28日
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