その思い込みの、真ん中でした( ≧ω≦ )

ゲットで、ニックさんの踊り真似したり・・・エンバシー・ハーレムでは、ブラザー成りきり君・・・

もちろん頭は、デカアフロ!特注の、ソウルスーツに身を固め!

あはは!でも、楽しかったですよ!あの時代( *`艸´) (2006年06月08日 22時14分43秒)

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2006年06月08日
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74年~75年にかけて流行った踊りで一番忘れられないのはやはりレゲエ~ポイントでしょう。
4拍子のブンチャカ、ブンチャカという独自のレゲエ・ビートがディスコに入りこんでくると同時に、おどりも4ステップで踊るレゲエとかいうのが出回りました。
はじめの内は男女で向かい合って左右に動いていたのですが、これが自然なバリエーションの中で前後にも動くようになり、両手をおサルのように動かしていたのが、相手を指すような仕草に変わり、誰ともなくポイントと呼ぶようになっていました。

これは誰かが仕掛けたとか誰かが作ったとかではなくて、本当に自然の流れで生まれてきた踊りです。
ただ、今までの踊りと違って男女ペアで踊るというパターンが画期的でした。
これはバンプ以来のペアダンス・パターンでしたが、ニッポンでは一番浸透しにくいカタチの踊りでもありました。
これも私の推測ですが、当時ペアで踊るってパターンは出来合いのカップル、いわゆる彼女と彼氏にのみ許される行為で(笑)、その場で顔合わせただけの見知らぬ他人と踊るということがマダマダ一般普及していなかった時代で、結局パートナーのいない奴らは一人で踊るしかないわけで、結局ステップに頼っていったのではないでしょうか。

だからこの時代のディスコは、なんとなくバランスに欠けたチグハグな感じでもありました。ただ時代の勢いはまさにSOULブームでしたから、妙なステップもそれほど目立たずに棲息していたということでしょうか。(笑)
ほとんどのステップはGET経由だったような気がします。

たぶん、ステップ=ゲットという神話が形骸化して低年齢層に引き継がれていったというようなトコではなかったかと思います。

私自身もSOUL=DISCOとしては、やはりこの時代が最高だったと思います。
とにかく毎日楽しくてしょうがないっていうか、毎日ドキドキ、ワクワクの連続でした。
横田基地発信のニュースソースと横須賀発信のニュースソースは、アフロ小僧達の夢を膨らませる生のアメリカ便りでした。
ミッドウェイが入ったと聞くや否や、みんなでエンバシやハレムに出かけて行って最新のヒットと踊りに狂乱し、そこで屯するヨーパンのねーちゃんや暗やみに目ばかりがギョロギョロしたブラザー達の中にもぐりこんでは、束の間の異国、アメリカを味わったものでした。アフロしてソウルファッションしているということで、自分たちもすっかり成りきっていたのですね。

とにかくブラザーの仕草を真似することが時代の最先端みたいなことで、皆でこぞってKOOLを吸ってみたり、ゲンコツぶっつけあって「WHAT’S HAPPENING?」とか気分出してみたりと、どこまで黒人になりきることができるかということが、ひとつのスティタスでもありました。

頭にデカイ櫛を刺してみたり、スーパーフライと呼ばれる帽子をかぶってみたり、とにかく派手なこと目立つことが快感のようなものでした。
更に、そーゆー自分たちが特別扱いされることに無常の喜びを感じたりしてましたから、いつの時代も目立ちたがり屋というか自己顕示欲発散タイプの人間にとっては人生最高の青春だったと思います。
たとえ俄仕込のSOULブラザースでも、羨望の眼差しで持ち上げてくれる一般大衆ばかりでしたから、否が応でも成り切るには時間のかからぬことでした。

当時は今ほど情報源やニュースソースがふんだんにあるわけじゃありませんから、言ってる本人だってどこかの聞きかじりとか、本人の勝手な解釈で無知な素人にノーガキ垂れたりしてたわけですね。

六本木アフロレイキのロゴだった、赤黒緑の3色ソウルカラーでできたアフロ専用の櫛が結構な人気で、アフロ小僧たちはこぞってこのレイキの争奪戦に乗り出しました。


それにしても、ブラザーたちは「アフロレイキ」などとは呼んでいませんでしたね。
普通にコームと言ってました。だから、買ってきてもらうときに「アフロレイキ」って言っても中々通じなくて苦労した覚えがあります。

こんな感じで英語から日本語っていう流れの中では、みんな結構間抜けなこと言ってましたよね。

ゲンコツぶっつけあう独自の挨拶で「CHECK IT OUT」とか意味のあるような無いようなセリフを聞きかじって、この挨拶を「チェッカー」とか言ったりね。
ブラザーは「ダッチ」とか呼んでましたね。ダブル・ダッチ・バスとかに使われているダッチです。まあ簡単に言えばダチってことですか。(笑)


まあ極めつけは「RIGHT ON」ですけど、これなんかも気分の良いとき、カッコよい時、特別意味のない感嘆詞なんですけど、やたらうれしくて「ライノン、ライノン」とか言ってました。何がライノンなのかよーわかりませんが、とにかく踊っててライノンの連発。

あとはよくブラザー同士が言っている「Same man, what’s going on?」とか、セイメーンって聞こえるもんだから、SAY MANとか言って見たりして、「What?」とか逆に突っ込まれてオドオドしたりして、それでもなんか黒人と話してる自分が好きみたいな、自己陶酔でした。

私の記憶で一番新しいのはパブロックって踊りでしたね。
もうディスコ引退間際でしたからあまり気にもしてなかったんですけど、POP ROCK(パップロック)がパブロックになっちゃったみたいなね。
こんなことが良くありましたから、その手の歴史書(笑)なんて案外いい加減なもんです。





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最終更新日  2006年06月08日 10時37分03秒
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まさに!!  
しげしげ。 さん

私も間抜けでしたぁぁ  
cherrie さん
ロニーさんの文章ってとっても不思議
30年近く経った今でもまるでタイムマシンにでも乗ったようにあの頃に戻ったような錯覚に陥ります
’Bring back memory...’
ありがとう ロニーさん
ヨーパンのねーちゃんって私のことですか?(爆) (2006年06月09日 05時58分09秒)

ああ憧れのヨーパン嬢(^^  
RONNYジイ  さん
当時のアフロ小僧にとっては「ヨーパン」って結構憧れでしたよね。
私の記憶じゃ、エンバシによく顔出してたエマっていうおねーちゃんに結構シビれてましたね(BOMB!
しかし、このヨーパンって表現、もちょっとどうにかならんかったんですかね。
当時の雰囲気で言えば、決して蔑んだ表現ではなく、ブラザー好きなおねーちゃんって感じですか?(なんのこっちゃねん)
でも、野郎でシスタと付き合ってるヤツなんていなかったから、やっぱ情報網としてはベース発ヨーパン経由踊り場行きみたいなことだったでしょうか(笑 (2006年06月09日 07時00分44秒)

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