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2010.01.06
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そう言えば常に私の中にはそうやって真逆な双方向への気持ちが行き来していた。


もちろん釣り合いが取れている訳ではなく、真中では無く、極端から極端へと走っていく。
それはどんな場面にも現われていて。

それはそれで「貴方はおかしい」と言うようなことを言われ続けていたな。
ある時思い切って
「じゃあ、どうしたらいいの?」
と聞いたことがある。

そしたらヒステリーを起こされて

と言われ、突き放されたな。

いや、幼い頭で考えて分からないから聞いたんだが。
多分親も分からなかったんだろうね。
そしてそれを認められなかったから、逆に子供が考えるべきもの、という風に逆切れして逃げたんだな。
今はそうやって分かるが当時はそれはそれで傷ついた。
そして自分なりに試行錯誤はやってみるがやはりそれは限られた知識や知覚の範囲内だから限界があって。

そう言えば小学3・4年生のころ一時期アレルギーだか何かで蕁麻疹が全身に出来て大変だったことがある。
寝ても覚めて痒くて。
あまりのまだら模様に「みっともないから」と母親が学校を休ませたくらいだった。
アレルギー元が分からずに、ほぼ毎日病院へ行って血液検査しまくったな。
もしかしたら自分の中の親への気持ちが折り合いつかなくなって出た症状だったか?


そしてこのころ父親が中国に単身赴任し始めたな。
逆にその時の方が役割、というのかがあって関係が安定していたような気がする。
もっとも母親との関係はあくまで小康状態ってやつだったが。

そしてその二律背信な不安定な状態のまま中学に行ったのもあって、集団いじめの対象になったな。
クラス全員が敵だった。

でも学校は休まなかった。
休んだら負けだと思った。
死ぬ気もなかった。
奴らを喜ばせることだけはするものかと思った。
死ぬくらいなら奴らを殺してから死ぬんだと思った。

このころはいじめの走りだったから、学校の先生たちも真摯に対応してくれた。
母もやはりそれはそれで一生懸命にはやってくれたが、逆にこれがきっかけで色々起きたが。
その努力もあったと思う。

そしてクラスの一見不良グループと見える子たちが、その状態から救ってもくれた。
彼女たちはクラスから離れている事が多かったから、クラスでおきている事を知らなかったというのもある。
彼女たちのグループに入れてもらったら、いじめる子たちは怖いのか手を出さなくなった。
周りで避けていた奴、いじめを加速させた奴も手のひらを返した。
笑っていた奴らは見世物がなくなったからと、私やそのグループを非難した。

後で知った話だが、私のいじめの直接加担した奴も誰かにそそのかされていたようだった。
いじめるとヒーローだみたいな扱いが、見世物よろしく見ていた人達からあったようだ。
それのよっていじめをしていたらしい。

でもいじめが終わったからと言って、私の中の二律背信はなくなるはずがなく、やはりそれを気に入らないと手を出そうとした奴はいる。
気持ち悪いと言って変なうわさを流した奴もいる。

それが怖くて仕方がないこともあった。
だから逆に強くて他人を攻撃し見下す自分が出来た。

裏では常に怖がって、傷つけられるのを恐れて泣いている自分。
泣いていると余計にいじめられるから泣くな、と言った人がいるな。
傷ついても泣いちゃいけない。
でもそう簡単に泣くことを止めることはできなかった。

人によって違うと思うが、私の場合感情が昂ぶるとどうしても泣いて言葉がでなくなった。
それを見ると人は泣かせた自分が悪者に見えるのが嫌だったらしい。

この辺りからだな、本心を言ったり、他の人と違うことを言ったら阻害されていじめられるというのが、インプットされ他人を信じてはいけないと思うようになったのは。

もっとも私が本心を言うことによって相手が傷つくと考えなかったあたり、私も子供だが。
そしてそれを教えてくれる人もいなかったな。
親はヒステリックに怒って詰るだけだったし、同じように私も自分の価値観と違うことを言われると拒否していたから。
友達も精神的に成熟して居る人などおらず、居ても母と同じような反応しかしない私から離れて行ったからな。

そして私はその思うに任せない現実にどう対処して良いかわからず被害者意識を募らせていた。
そうするしか私は私のを救う術を知らなかったのかもしれないが。

ちなみにイジメで発生した人間不信はハッキリいって30代前半まで引きずってました。
20代半ばまでは、死ぬときはいじめた人間を探しだして殺してから死ぬんだって強く思っていたし。
改善に取り組んで目立った症状がなくなったのは20代後半だが、潜在的にはなかなか大変だったな。
認めたくなくて見ないふりもしていたいし。
かなり人間関係に影響を及ぼしていたんだと思う。

そう考えると全然普通に他人とハグ出来るくらいまでになった自分はすごいな。
昔は他人や友人が直ぐ近くに来るだけで、ビクッとしていたり、緊張していたりしたしな。
でも人込みは平気でぶつかっていくんだから本当に矛盾していたな、私。

ちなみにいじめに関しては父は口だけ一人前で講釈をし、自ら動くことはしなかった。
仕事で忙しいのに子供のことまでなんで面倒を見ないといけないんだ。
みたいな態度だったな。
だから余計に関係は冷え切っていたが。


あ、これ自分の整理用ですので意見とかアドバイスは必要ありませんから。
取りあえず自分の闇をほじくり返して、冷静に見返すためのプロセスですから。
とは言ってもやっぱりイジメ云々では未だ感情が色々残っているね。
悔しい気持ちとか、恨む気持ちとか、憎む気持ちとか、殺したい気持ちとか。
鉈か何かで奴ら全員を滅多刺しにしたい感情とか。
逆恨み的なのも残っているな。
メインのいじめは半年間毎日、その後中学卒業するまで何かと受けたものだからなかなか難しいのかね、やっぱり。





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Last updated  2010.01.06 19:31:57
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