2026
2025
2024
2023
2022
2021
2020
全30件 (30件中 1-30件目)
1
27日に夫から連絡があり 親族写真を印刷するから 急遽買うとのこと。 今は便利にデジカメから 印刷可能で しかも携帯で撮影した画像は プリンターへ赤外線通信できるから 便利じゃなぁ。 持ち運びできる所が素敵♪ 病院で大活躍だわさ! o(^-^)o
2007.07.31
深夜2時から不機嫌な息子。 朝5時くらいまで続き お互い寝不足で クロラールという眠り薬を 6:30頃使用。 やっと寝たと思ったけど 2時間後起床。 今日から普通ミルクと 栄養満点のラコールを交互に 4時間毎に入れる事となり 普通ミルクを入れたら 眠りはじめました。 ふぅ。 おいらも寝る。 かなり眠い。
2007.07.30
久しぶり聞きました。 そしてそれは心に 効きました。 ・ ・ ・ ・ ・ ・ ♪Raining ♪それはとても晴れた日で 未来なんていらないと 想ってた 私は無力で 言葉を選べずに 帰り道のにおいだけ 優しかった 生きていける そんな気がしていた
2007.07.29
再び息子が呼吸困難に。 当分、家に帰るのは 困難のようです。 ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ この日は天神&大名に行ってきました。 暑かったよ。ふぅ。
2007.07.28
この日はへとへとで 爆睡。 3日間の移動で疲れが来たみたい。 張りっぱなしの緊張感から 開放された感じ。
2007.07.27
人間はいつか別れが来る でもそれは借りていた肉体との 別れであって 魂はまた来世で活躍する ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ 頭ではわかっているけど 切り替えはとても難しい。 まだ夫の母が生きている 感覚が 抜けないでいる。 ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ 結局、夫の二番目兄は 火葬にも葬儀にも 来なかった。 夫の父はそれを鼻からわかっていて 最初からあいつは来ないと 宣言していたけど その通りだった。 夫の一番上の兄は 親の死に目に来ないとは 常識から外れていると カンカンに怒っていたけど 夫は父と同じ考えで来ないと 手に取るようにわかっていた。 何故来ないのかという理由は 本当の所、本人しかわからないけれど 最愛の人が亡くなったからこそ 誰よりも悲しく その姿を誰にも見られたくない そんな気がすると 夫は呟いていた。 一般常識から考えると 葬儀に参列が当たり前だけど 当たり前でない考えを 理解してくれる家族がいて 兄は幸せ者だなと。 多分、母も兄の気持ちは 空から眺めてわかっていると思う。 兄が最後に母に会ったのは 昨年の春。 まだ母が元気な頃の 記憶を抱えたままの方が 兄はショックを受けなくていいと思う。 亡くなった母の姿は 壮絶な闘病生活を物語っており 段階を経て見て来た私達でさえ ショックは大きい。 元気な頃の母の記憶のまま 兄は母とお別れだけど 死に目に逢っておけばよかったと 後から後悔が来ないかと 皆が心配してる。
2007.07.26
24日、15:30 夫の母は 息を引き取りました。 心拍が停止した後に 最後にされた深呼吸が とても印象的でした。 意識は一昨日からなく 目は開けたまま涙を溜め 黄疸の症状が身体全体に 出ていました。 呼吸がまだある時に 手を握ったら冷たく 心拍停止後に再び握ったら 更に冷たくなっていました。 しばらくしてから 様々な所に連絡をして 病室内にある荷物を片付け 夫の父が葬儀やさんに 連絡を入れ 夫の実家に行き フラダンスの先生だった母の 衣装を取りに帰り 病院に舞い戻り 衣装を看護師さんに 手渡した後 母はメイクを施して頂き 衣装を纏い 抗がん剤で髪の毛が抜けて 坊主頭だったので 生前に購入したカツラをつけて 霊安室に行きました。 沢山の看護師さんと 担当医に見守られながら 搬送車に乗せられて 病院を後にしました。 14時前に病院に着きましたが 気がつけばあっという間に 時間が経過していました。 ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ 肉体は滅びても 魂は永遠。 あの世に 持っていけるものは この世で感じた感動と 経験。 母の人生の旅の 終わりが来ました。 明後日は人生の卒業式。 ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ お母さん ありがとう。 不器用な嫁を受け入れてくれて ありがとう。 ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ 来月の誕生日まで 生きていてくれていたら 62歳。 逝くにはまだ若すぎる。 大腸ガンを発病してから 約3年。 転移してしまった癌に 打ち勝つ事ができなくて 皆が無念な気持ちだけど 病に対する意識の高さと 健康であることの大切さ ありがたさを学びました。 癌は恐ろしい病です。 ここまで人間の身体を 食い尽くすのかと。 昨日の母の生前の姿は 小学生の姪にとっては 死を間近にする人間の姿 を 現実を突き付けてしまった のではないかと ちょっと心配。 かなり辛い姿でしたから。 ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ 健康第一。 なにがなんでも 我が家のスローガン。
2007.07.24
時を戻せたらいいのに優しい微笑みが心を離れないあなたは きっと永遠に私の宝物だから二人で過ごした記憶を大切にしてずっと忘れない逢いたくて逢えない季節だけが過ぎるあなたは ねぇどんな道をあれから歩いてるのでしょう・・・・・・・・・・・【きっと永遠に】-Crystal Kay-・・・・・・・・・・・歌詞を一部省略しておりますが今日のあいのりで宮ねぇの告白後にかかってて映画「僕は妹に恋をする」を思い出しました。見に行ってないけどね。・・・・・・・・・あなたには宝物の存在の人がいますか?
2007.07.23
2007年 7月23日 「とくダネ!」を見ていたら 布草履が欲しくなりました。 自分で編めるなら編もうかなぁ。
2007.07.23
にゃんにゃん。 22日かぁ。早いなぁ。 約1ヶ月明太子王国にて経過。 ほぼ監禁に近いなぁ。 付き添い入院って。 毎日、時間の経過が早いし。 まぁとりあえず昨日は 天神で買い物できたので 満足満足。 妹が昨夜泊まって 今日の夕方までいてくれたせいか おんしゃまも楽しそうだったし。 o(^-^)o 妹は今日も天神で お買い物が目当てでしたけど♪ (^^) おかげで靴をゲットできたらしい。 今日も一日が早いなぁ。
2007.07.22
この日は母と妹が病院に来ました。 妹とは1年ぶり? もっとそれ以上逢ってないかなぁ。 忘れた。 ユタはかなり暑いらしく かなり焼けてた。 乾燥地域で保湿命状態に陥ったって。 気候が変わったせいか かなり痩せたらしく 毎日デカイカップの ハーゲンダッツを食べても 太らなかったらしい 乾燥地帯に住むと私も痩せるかも?! とりあえず夫に息子を任せて 天神へお買い物三昧でした。 おんしゃまの服も買ってもらったし。 ほくほく。
2007.07.21
この日は 私の機嫌が物凄く悪すぎて 自分で自分を コントロールできなくて 凹む。
2007.07.20
もつ鍋食べに行きたいと 非常に思った一日。
2007.07.19
この日は ビジダームを購入。 切り傷に最適。 570えん也。
2007.07.18
17日。 本日、生まれて初めて セキューラを購入。 肌の弱い赤ちゃんの為の石鹸液です。 普通の石鹸は汚れを落とすだけですが これは皮膚を保護する役目があるので 医療で使用されている一品なんだそうです。 ひとつ知恵つきました。
2007.07.17
16日。 息子のおんしゃまの唇が 荒れているときは オリブ油を使用。 オリーヴ、オリーブ じゃない。 名称はなぜかオリブ。 「ー」←のばさないのが正しいのか? 一応、医薬品です。 あとはプロペトかな。 治りがこの2つは早いです。 プロペトは薬局で売ってるかどうかは まだ確認してないけどね。
2007.07.16
15日。 本日、夕方に夫から携帯へ TVコールがありました。 TVコールは要はテレビ電話です。 夫の母と私の息子のおんしゃまと TVコールで対面させるのが 日課となっているのですが なんか夫の母の様子がおかしい。 最短通話で対面終了。 どうしたんだろうと思ったら 夫の母は尿毒症、尿血症に かかってしまったそうです。 この病気になると 尿が出にくくなり それが血液内に残り 血液内の尿素の値が高くなり その影響が能に来て 記憶が曖昧になり 言動も意味不明な発言をするらしい。 身体にとって尿は毒なので この病気にかかったとなると命も 残り少ないと宣告されたとのこと。 早速、記憶が曖昧になっているらしく 私の息子おんしゃまが 夫の母の中で死んでいることに なっていました。 夢と現実が ごちゃまぜになっている事に 本人も混乱しているようです。 私も次回に会った時に どんな話をしていいのか 混乱してます。 記憶がなくなるのも悲しいですが 忘れ去られるというのも 寂しい。 今日も複雑な夜を迎えています。
2007.07.15
14日。 この日は おんしゃまが再び死の崖っぷちに。 気管の一部がまだ柔らかい部分があって そこが彼にとっての爆弾を抱えている。 顔色変色、唇が紫、目が虚ろ。 呼吸困難に陥り最大の危機再来。 たまたま麻酔科の先生がいてくださったので 処置が手早くて助かりました。 とりあえず人工呼吸器をつける為 管を喉に入れます と、先生が発言した途端に おんしゃま、人工呼吸器をつけると 辛い事がわかっているかのように 泣くのをやめておとなしくなり 寝ちゃいました。 おとなしく呼吸が落ち着いたので 人工呼吸器は見送り。 しかしながらやはり個室でして 危機的状況になる前に一度 部屋を移ったのですが またまた移動で個室。 先生と看護師さんが飛んで行ける位置に。 集中治療室にいた期間も長かったのもあり 術後の様子も気になるせいか 様々な先生が様子を見においでになります。 この日は焦りました。 ふぅ。
2007.07.14
13日。 この日は抜糸。 そして点滴が1つだけになった! 部屋も移動。
2007.07.13
この日も先生のスパルタ! おすわりの練習! あと、人工肛門の傷が完全に ふさがってないから 縫ってもらいました。 そしてこの日は 大雨で Yahoo!ドームが全く見えなくて びっくりしました。
2007.07.12
この日はつけていたドレーンが抜ける。 ラコールがスタート。 2時 バンコマイシン 10時 イントラリボス 11時 ザンタック 18時 バンコマイシン 21時 マルタミン 22時 エレメンミック 23時 ザンタック
2007.07.11
妹が帰国。
2007.07.10
特に変化なしかな。
2007.07.09
火の国では 1日で1ヶ月分の雨が 降ったって。 おんしゃまは 痛み止めの点滴を外されたけど 痛みがまだ残っていたらしく ギャンギャン泣いてました。 座薬でとりあえずごまかす。
2007.07.08
開通! 人工肛門手術から3日後 おしりの穴からうんち出ました! 約4ヶ月ちょいぶりに おしりの穴からうんち。 かなり感激! \(^_^)/
2007.07.07
福岡の天神に CROCSがオープン! 行ってきましたが 行列。 諦めて別の用事の買い物をしました。
2007.07.06
久しぶりに帰宅したら部屋が散らかっていて、、縁起担ぎできてねぇ(ノ-_-)ノ ~┻━┻ 今日一番に切れかけた出来事です。PS3でゲームを購入している暇があるなら掃除してくれ。己の息子は気管が弱いんじゃ。ぼけ。、、、と思った深夜1時30分の出来事ですわ。夫は暢気に寝てますわ。私の怒りなんか知らずに。怒りを通り越して呆れながら掃除するしかないわい。
2007.07.05
手術は無事に成功しました。
2007.07.04
絶食始まる。 お腹空いたなぁって 泣かないでと 心配してたけど 意外と点滴で 乗り越えました!
2007.07.03
新しく入院してきたお子さんのママが あやや似でめちゃめちゃかわいくて ずっと眺めていても 飽きなくて かなりかわいくてよかった。 本当にかわいかった。 おいらが男だったら 絶対にほっとかない。
2007.07.02
全30件 (30件中 1-30件目)
1