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(・・・・・・・・・・・・・・・・・。)

耳がキン、と痛みを感じるほどの静寂の部屋。
観音開きの大きな窓と真っ白い寝台。
窓から逃げられないようにとの意図を込められたこの塔の天辺の石畳の部屋の中にはその二つしか置かれてはいなかった。
(・・・・・・・・・。・・・・・・・白い。)
日没前の弱い溶けた岩紅色の陽射しが窓から差し込む中に、ふ、とたった一つだけ異色のものが空から舞い込んで来たのが見えて、寝台に左手を鎖で繋がれていた幼な子は健気にもたどたどしくその身を起こした。
(・・・・・・・白い・・・・・・・、白い、花・・・・・?)
動きが鎖のせいでままならぬ身体で開け放っていた窓の縁に手を掛け、身を乗り出すようにして繋がれていない片手を空に向かって差し出す。

空から舞い落ちるその白がまるで自分の小さい手のひらにキスをするように堕ちて来たのを捕まえて、幼な子はそのくっきりした瞳を大きく見開いた。
そして再びその手のひらを開き、驚いたようにその白を見つめる。
「あ・・・・・・・・・・・。」
舞い降りて来てなお、逃げていかない白に、幼な子は初めてはにかむように頬を綻ばせた。
その雪のように窓から舞い降りた白は、桜の花弁だった。
けれど幼な子は、それが桜だとは知らない。
ただ、その綺麗なモノに純粋に惹かれただけだ。
そして幼な子はその桜の花びらを宝物みたいにそっと寝台の上に置いて、壊れ物のように大事に扱い、飽きぬように眺める。
五歳の時から外に出ることを許されていなかった“彼”にとって、桜は始めて見るに近いものだったから。
だがその静寂は唐突に破られた。
「やあ。待っていたよ。」

“彼”の後ろには窓しかないというのに。
鷹揚とした、けれど何もかもに関心がないような大人の悪艶のやどった男性の声。
さっきの白が降って来たのと同じような驚きに、幼な子は振り返る。
「・・・・・・・・・・・。あなた、誰・・・・・・・?」
少し険しくなった瞳を突然の闖入者に向ける。

全てを受け入れるように、もしくは全てを諦めたように。
否、幼な子というよりはもう少年と呼ぶに近い歳かもしれない。
「ほぉ・・・・・。いやはや、今回の君はずいぶんとちびっこだね。」
“彼”が振り返った先には窓にゆるく身体を凭せ掛け、軽く傾けた背に腕組みをした変わった洋装の男が佇んでいた。
その整った容貌に鷹のように鋭いけれど不思議と甘い金色の瞳が“彼”に、有り得ないほど高い塔の窓から現れたという事実も相まって『逢魔が時』という言葉を思い出させる。
整いすぎた容貌に謀ったように幻想的に降りかかる夕闇とその有り得ない登場の仕方が男を妖魔のように見せていた。
「・・・・・・誰。」
愉快犯的な笑みを愉しげに浮かべている男に、今度は幼な子は強い口調になる。
「君は?君はどうなのかな。・・・・・・・君は君自身の記憶を持っていると、そう言い得るのかい?」
「・・・・・・・・何・・・・?」
いぶかしみながらも今自分が抱えている問題を男に指されているようで、幼な子は胸元の服を両腕でぎゅっ、と握り締める。
「君の名を教えてくれないか。」
「・・・・・・・・・・・・。」
「答えられたら君の聞きたいことを何でも教えてあげよう。」
再度促される。
訳が分からないながらも、人の名を聞くのならまずは自分が名乗るべきではないのか、と思ったことを見透かしたのだろう男は、交換条件でそれに返してきた。
答えるべきだ、とは思わなかったが幼な子は律儀に答える。
何故かこの男には嘘偽りなく相対しなければいけないような気がしたのだ。
「小鳥遊【タカナシ】だ。」
「他は?」
「・・・・・・・・・・・・・・・。」
すかさず返してきた男に幼な子は怪訝とした視線と名とは一つしかないものだろう、という憮然とした視線を返した。
それを受け、男は大げさに肩をすくめる。
大仰な格好に大仰なそのしぐさは妙にその男に似合っていた。
「・・・・・・・まさか本当に記憶が失くしているとは思わなかったよ。・・・・・・・・・・・本当に厭な事をしてくれる。」
「・・・・・・・・俺の記憶がない事を知っているのか。」
少し目を見開いて返す幼な子に、男は嘆くように白い絹手袋を着けた手で額を押さえる。
そのときにビロードのような柔らかな黒に近い茶色の髪が男の伏せた瞳にかかり、幼な子はふと触ってみたい衝動に駆られた。
さっき、桜の花びらに初めて触れたときのように。
「・・・・・・・・・うん?何かな。」
その幼な子の視線に気づいた男は石壁に凭れていた背を離し、幼な子と視線が合うように床に膝をついた。
そうする男にまるで警戒心を抱かない自然なしぐさで幼な子はその小さな手で男の髪に触れる。
男は少し驚いたように身じろぎしたが、身体を離しはしなかった。
幼な子の好きなようにさせている。
そうして男の髪を梳いていた手を満足したように止め、幼な子はキツく閉じられていた口元を緩めた。
その表情をすると幼な子の雰囲気は柔らかくなり、まるで微笑んでいるように見える。
「・・・・・柔らかいな。」
「・・・例え髪の毛一本でも君のお気に召したのなら、光栄だ。・・・・・・・以前は君に会いに行けば君に弓矢で射掛けられたからな。」
妙にしみじみと言う男の言葉に、幼な子は微かに首を傾げる。
「記憶がなくなる以前の俺のことを知っているの?」
「うん?・・・・・いや?今生で会うのはこれが初めまして、だね。生憎と。」
「・・・・・・?でも、記憶がなくなったことを知ってる。」
「そりゃあ、君が私のことが分からないなんて記憶喪失でないと有り得ない。」
事態の把握ができないように幼な子は少し難しげに眉を寄せ、問いかけようにも何を問いかけたらいいのか分からないように唇を悔しげに噛み締めた。
それを安心させるように穏やかに男は幼な子に話しかける。
「大丈夫だよ。すぐに戻る。・・・・・いつから記憶がないんだい?」
「・・・・・・・此処に来てから。」
「蒐【シュウ】家の屋敷に来てから?・・・・・・・なら、二日前ぐらいからだ。大丈夫。あと一ヶ月もすれば戻ってるさ。君のコレはいつもの年中行事だ。」
「年中・・・・・・・・・?」
一体どういう意味なのだ、それは。
「そうだよ。いつものことだ。・・・・・・・次に私が分かるようになる頃には、今までの君の記憶と共に前世の記憶も戻る。・・・・・・・・・・・君が使命を違えないように。」
「・・・・・・使、命・・・・・・・?」
たどたどしく言葉を辿る幼な子を見、男は自嘲の笑みを浮かべる。
「そう。・・・・・・・・それにしても、君は此処に来てから小鳥遊としか呼ばれていなようだ。それは君の名じゃないんだがね。・・・・まったく、不愉快なことをしてくれる。」
「・・・・・・・・・・。」
「君の今の名は、氷翠王【シャナオウ】。・・・・・・・・・全てが凍てつき死んでいく世界の雪の名だ。・・・・・・君の御父上は“分かって”おられたようだね。」
「・・・・・・・・しゃ、な・・・・・・おう・・・・?」
まるで慣れない、刺々しいものを舌の上で転がすようにたどたどしく自分の名を繰り返す幼な子に視線を向け、男はその小さい手元に瞳を下ろす。
その手には先ほどからまるで本当に大切な宝物のように乗せられている小さな白い花びらがあった。
それを見、男は自嘲の笑みを唇に佩き、何よりも危うげな自分の片翼が歩んできた今までの長い転生の日々のことを思い出した。
そして幼な子には聞こえない声で低く呟く。
「・・・・・桜、ね。狂い咲きもいいところだな。たしかに綺麗だ。君の好きな花だものな、コレは。・・・・・・・・・・・本当に酷い約束をさせたものだ、君は。・・・・・・君はこんな幼い君までも殺させようと云うのだから・・・・・・・・・。」
男のその言葉は、夕闇と共に吹き込んできた風に、千切れて飛ばされていった。





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最終更新日  2006年07月24日 18時17分56秒
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