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SF「恐竜境に果てぬ」 序章 第1節 1・2
恐竜境に果てぬ(仮題)
序章 第1節
富士恐竜パーク建設計画その1
富士宮バイパスをひたすら北上すると、やがて山梨県との県境にさしかかり、この行程では最初の富士五湖・本栖湖(もとすこ)に到着する。
途中、他県の人などにはやや珍しがられる白糸の滝もあるが、私たち地元民には、つまらぬ観光地である。
なお、この白糸の滝は、日本各地の多くの滝と異なる落水の形を取る点では、確かに一見の価値はあると言えるのかも知れない。
もはや周知のことと察するが、多くの滝は、渓谷などの標高の高いところに存在し、渓谷を流れる川が平坦な流路を失って、断崖絶壁をその勢いで落下する形が普通だ。
白糸の滝
ところが、白糸の滝は、川が断崖に落水するのではなく、言い換えれば、何条もの水の筋が流れ落ちるその上には、河川は全く存在しない。
白糸の滝は、地下水が、ある場所からいきなり地上に出現して、そこに崖があり、滝の体裁を見せる特異なものである。
もっとも、この説明は滝の表現として劇的に傾いた感がないでもない。ほどなく登場する一人の若き教授によると、もう少し『川』のイメージが出て来る。
つまり、富士川(ふじかわ)の支流に芝川(しばかわ)という川がある。この川は富士山麓を流れる上流あたりで、富士山の雪解け水、山の西側に降った雨水と共に、溶岩のすきまを通って一旦地中にしみ込み、集塊石とのあいだを傾斜に沿って流れ下る。それが滝となって途中に噴き出したものが、『白糸の滝』である。
ところで、富士山に降った雨などが以上の過程を経て白糸の滝となって落水するまでにおよそ百年かかる。たとえば今5,60歳の人が見る白糸の滝は、この世に生まれ出るよりもう数十年前に富士山の傾斜を出発したことになる。
さて、本題はここからだ。
実は生活苦に困り果てたあげく、私は、富士山の麓、朝霧高原で自給自足の半ば仙人のような隠遁生活を送っている数少ない知人を訪ねて、彼のひそかな研究の成果を私に提供してくれないかと頼んだ。
案の定「お前、正気か ? 」ととがめられた。
このいわばかなり風変わりな科学者は、私のブログ物語に一度だけ登場させたことがある。
ピンボケ写真をすべて鮮明画像に修整する技術を持ちながら、世渡りベタというのか、無欲というのか、これを特許申請する意志がなく、私の前でその驚異のワザを見せて、少しく悦に入る顔をしたと思うと、もう次には無愛想な顔つきに戻って、「スイッチを入れたら、一定範囲が暗くなる蛍光灯は作れないものか・・」と、ブツブツつぶやいて、己れの研究世界に没頭するから、会話を続けるのも至難の業である。
彼の驚異の発明を挙げたらきりがないほど、途方もない数の信じがたい科学理論と実用化の技術を秘蔵している。
未発表で生涯を終えるのが彼の本懐・本望というのだから、これは私にも理解しがたい、・・そう――言ってみればマッド・サイエンティストである。
既に企業などが製品化したものなら、ブログに書いてもいいと、これは無欲な彼らしい許可を得ているので、ここでは彼の発明のほんの一つをつづっておく。
たとえば、デジタル・カメラは、もうずいぶん以前に見せてもらい、実際に手にとって、撮影させてもらったことがある。
当時の私の目には、酒をほんの少したしなむ彼が、珍しく机の上に板チョコのカケラを散らばせているとしか見えないものが置いてあった。
彼は「巻き取りに失敗して、撮影した何枚かの風景を台無しにするのはバカらしいし、首尾よく数十枚撮影しても、いちいち現像に出すのはイライラするだろう」と言って、板チョコのカケラの一つを見せた。
今で言うメモリー・カードあるいはピクチャー・カードだった。
一部始終を目の当たりにした私は、「おい、これはとんでもない大発明だぞ ! お前、これの特許を取って、アメリカのメーカーに売り込めよ」と勧めたが、彼は実にあっさりと「ナニ、既に大手メーカーが開発しているよ。フィルムの要らないカメラの市販は時間の問題だ」と涼しい顔で打ち消した。
昭和50年代半ば、確かにカード一枚がフィルム写真にとって代わる時代が訪れるウワサは私も耳にしていた。
彼はあらゆる研究を一人でこなすから、発明競争に乗り遅れることはずいぶんあった。
話を戻す。
「お前、正気か ! ? 」と、明らかに怒気を含んだ言葉を投げつけられた私は、あっさりとは引き下がらなかった。
「順序よく話を進めるつもりだから、お前もぜひ聞くだけ聞いてくれ」と私はきり出した。
「ただし、初めにお前の性格を尊重して、最も受け入れてもらえない場合の結論から俺の頼みを言うよ」と私はややこしい言い方で言葉を継いだ。
彼もさすがに「ほお・・珍しいきり出しかただ」とでも言いたげな顔をチラと見せたが、その瞬間かどうか、私は腹の底を見事に読まれた。
「青木湖のことなら、ダメだぞ。・・・フン、どうだ、図星と顔に出ていると見たが・・・」と、これまた読心術そのままと言えるほど、話はこれからという出鼻をくじかれ、キッパリ断わられた。私はそれでも食い下がった。
私「おい、身もふたもないとはこのことだ。話がいきなり終りじゃないか」
彼「これ以上のことはブログに書くなよ。万一書いたら、今度こそ絶交、敷居は二度とまたがせないぞ」
私「そのセリフは訪問のたびごと聞かされた。いわば恒例行事だ。もう何十回も絶交しては敷居をまたがせたことになるぜ。どうだ、ホラ吹き同士の世迷言とでも取られるくらいだから、心配するな」
私は話を続けた。
私「富士山伏流水を操作して、自在に青木ヶ原のある一帯に、湖を出現させる発明・・・、これも水不足の解決に役立つ画期的発明だったが、お前はその時、偶然、次元に裂け目を生ぜしめる副次的発見をして、さらにその原理を全く短時日に解明した」
これは何年か前、河口湖(かわぐちこ)周辺が異常に増水して、周辺おびただしい範囲が冠水した年のことだ。この増水そのものは報道で広く知らされたから、覚えている人もあるかも知れない。
青木ヶ原樹海のある一角に、広大な水面地帯を作り上げる発明は、ただ一人眼前に見届けた私を、長い時間呆然とさせた。
これが「青木湖(あおきこ)」であり、これは私の命名である。
しかも伏流水なのでかなりの流れがあり、この奇妙なにわか湖は、流れの源が見えないのに轟々と流れ、そして、流れの終りの地帯は、再び伏流水として、地下深くへと大量の流れを吸い込ませてゆく。
普段の河原。湖でも池でもなく、おびただしい岩が転がる一帯に過ぎない。
この光景だけでも凄絶なのに、まだ幻を見ているような顔つきの私に、彼はさらに驚愕の事実を告げることとなる。その前にひとこと軽口をたたいた。
「河口湖の水はあっというまに引かせることが出来るけど、もちろん俺はやらんよ。そんなことをしたら、ここをかぎつけられるおそれがある」
この時私は次に彼の口から出る言葉を想像出来るはずもなかった。もっとも、増水で困っている河口湖周辺を助けてやれとは私も言わなかったし、助けるべきだとも思わなかった。
彼「おい、流れをよおく見ていろ」
何のことか、もちろんわからなかったが、言われずとも私は依然、放心のていで、青く澄んだ水面の流れに見とれていた。その時 !
流木が流れの中から浮き上がり、その流木が、縦になって水面高く躍り出た。と、見るまもなく、流木は再び沈み、また浮き上がるという、奇怪な動きをして見せた。
私「ええッ ! あれは動いているぞ、おい、あれは生物だッ ! 」
既に何度も見慣れたせいか、彼はまたも涼しげな顔で告げた。
彼「あれは太古の水棲竜だ。つまりあそこだけ恐竜の時代だよ」
私「あれは、そうか・・・プ、プレシオサウルスだ ! ええーッ ! 俺は正気か ! ? 」
彼「どうだ、実に傑作な取り合わせだろ。富士山の伏流水の中を、中生代の海竜が泳いでいる。海の生物が淡水中を泳ぐように見えるだろ」
私「そうか、富士山の形成は・・・」
彼「はは、無理するな。知らないんだろ」
私「だけど・・」
彼「わかってるよ。お前をバカにしたんじゃないよ。時代が合わないと気づいたよな」
私「じゃあ・・・」
彼がまたも私の心を読んだかのように言葉を継いだ。
彼「そうだよ、タイム・スリップが起きていると見るしかない」
富士の裾野の恐竜パーク建設を思い立ったのは、まだこの時ではなかった。
気が遠くなる思いの中で、ようやく聞いた彼の言葉だけを覚えている。
「俺の目下の研究はタイムマシンだ。タイム・スリップ現象の存在が実証出来た以上、理論的に時間旅行機の発明も夢ではない」
―つづく―
―以下、不定期連載―
富士恐竜パーク建設計画その2
ここで唐突だが、前回登場した若き科学者の名は田所修一(たどころ・しゅういち)という。若きとは言え、単純に年齢数字を見ると、平成初年に30代半ばをやや過ぎているのは、いわゆる青年ではないが、この年齢で博士号を取り大学教授になり、学者としての地位を確立するには、かなりの才能を要する。天才物理学者・田所は、ある国立大学でスピード出世の道をばく進して、誰もが前途を有望視し、学界もおおいに期待を寄せていたが、量子(りょうし)力学のある分野の研究予測で、当時としては大胆な仮説を唱えたことが原因で、周囲の評価は一変し、手の裏返して彼を「異端の科学者」と敵視するようになった。
自ら大学を去った彼は、その後渡米し、彼の才能と仮説に既に興味を示していた現地の大学研究室のフェロー(大学の特別研究員)として、様々な研究・実験に没頭する何年かを過ごした。帰国ののち、富士山の麓に広がる朝霧高原という一帯を選んでその一角にログハウスの居を構え、また、彼の仮説に興味と理解を示したある私立大学に請われて、ここの教授となり、教鞭をとる生活の安定を得た。
平成初年、バイク趣味の私は、本栖湖に向かう途上で、偶然彼と再会した。御殿場市に住んだ頃からの幼なじみだった。
田所は、富士山北方の広大な青木ヶ原樹海の一角で、秘密の実験をやっていた。必ず他言しないとの条件で、私はその実験を見せてもらうことになった。
大小さまざまな岩、あるいは石ころが散らばる場所に案内された私は、そこで目を疑う光景に出くわすこととなった。
乾ききって岩塊の群ばかりだった樹海の地面から初め少しずつ、やがて勢いを増して、富士山伏流水が湧き出て来たと見るまもなく、あたりは満々と水をたたえた池そのものと化していた。
まともに口もきけぬ様子の私には頓着なく、彼はさらに驚異の光景を現出させた。
伏流水が白波を立ててうねりながら流れ始めた。
次の瞬間、私はネス湖の怪獣を見る錯覚に襲われたかと思った。
間違いなく、穏やかな流れの中に、前世紀の海棲竜・プレシオサウルスが四枚のヒレをばたつかせながら、泳いでいた。
繰り返しになるが、時に同い年の二人とも、30代半ばをやや過ぎただけの、気力・体力ともに充実した壮年時代にあった。
彼・田所は過去の屈辱、私は年来変わらず友の如き者一人も出来ぬ孤独・退屈の明け暮れに身をゆだねる境遇に、お互いどことなく共通点、親近感を認め、ここに20余年ぶりの変わり者同士の交際復活となった。
私は田所に驚異の実験の目的を問うたが、大学の仕事以外は、高原にひっそり暮らす隠遁者さながらの彼に、もとより野望のあるはずもなく、ただ、己れの知的好奇心と、信念の赴くところを目指し、その何十年かの生涯を全うすれば、ほかに欲するものなしと、彼は全くと言えるほど無欲にしてかつ貪欲な科学研究への情熱だけを、打ち明けてくれた。
ところが私・村松はまだまだ煩悩と欲望を幾つか残した俗物に過ぎなかった。
とりあえず帰宅した私の脳裏に、あの信じがたき人工湖と、その流れを泳ぐ巨大生物の姿が幾度も去来し、やがては夢の中か、はたまた起きてはうつつの白昼夢の中か、ただ一度見たプレシオサウルスの姿は、いつのまにか暴竜・ティラノサウルスへと、さらには翼竜プテラノドンへとスライドのコマが次々変わるようにその形を変え、遂に、様々な古代生物パノラマ世界が頭の中いっぱいに広がっていた。
・・・・・
ここで時が流れる。歳月が私のたつきを変えていた。
星移って世界は21世紀に突入し、私は急激に経営悪化して遂に廃業同然となった塾をほとんど畳んで、わずかな教授業で、細々と暮らしていた。だがその間も、あの平成初年に見た驚異の光景を忘れられずにいた。田所との交流は自然消滅していた。
「富士の裾野に、太古の恐竜を集めて、一大恐竜テーマパークを再現出来れば、しがない家庭教師なんぞに憂き身をやつすような生活とも、おさらば出来る。他言無用と一度は承知したが、ナニ、こんな革命的科学成果を、一隠居科学者の頭にしまい込んだまま、彼の生の終焉と共に、永遠に葬り去るなどということこそ、おおいなる無駄というものだ」
欲に目がくらむと、理屈もかなりまとまりのないものとなるが、このころようやく50代に達し、生活に何の張り合いも感じなくなっていた私は、しばらくぶりで、田所の住まいを訪ねた。
彼の淡々とした表情は10年余り経っても変わらなかった。これがきのうの今日のことでも同じだったろう。
お互い、いささか老醜が容姿・容貌を変えたなどと、軽く茶化しあったあと、私は、思い切って胸の内に秘めた「恐竜パーク」計画のことを切り出した。
「断わる ! 」
転瞬に却下されたが承知のうえだった。
田所は頭脳は抜群だが、研究成果について、こちらが強い興味を寄せると、すこぶる上機嫌になり、ついつい誘いに乗るお人よしのところがあった。
だが誘いに乗るとは言っても、心の奥底まではわからない。
「とりあえず、ほかの恐竜も見せてくれ。お前の信念は痛いほどわかったから、もう約束をたがえるようなことはしないし、言わない」
このひとことで、彼は自宅ログハウスをだいぶ離れた広大な場所に私を招くと、これまでにない迫力ある光景を見せてくれた。
目の前に一頭、遠くに二頭の竜脚類恐竜が、凄まじい巨体をゆらせながら、ゆっくり歩く姿が現われた。眼前に余りにも巨大な恐竜がノッシノッシと歩く姿は、富士山を背景にますますパノラマのような迫力を与えた。
それは確かだが、私にはあっさり太古の恐竜を見せてくれた田所の気が知れなかった。それでも体高10mに余る首の長い四足の動物の姿に、私はしばし圧倒され見つめ続けていた。
―
序章第1節その3
へつづく―
田所「村松、お前、昔の夏服がよく着られたな」
私「そうイジメルなよ。何しろ突貫工事同然の造型だから、1/24フィギュアの夏服バージョンを作る余裕がなかったんだよ」
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