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恐竜境に果てぬ序章第3節その1
恐竜境に果てぬ序章第3節・試運転その1「戦闘型タイムマシン」
私は既に一度、天才物理学者にして発明家の田所修一開発のタイムマシン原型とも言うべき時間旅行試作機械を目の当たり見ている。陽炎のようにゆがんだ形が次第にはっきり輪郭を見せる独特の光景だった。
その鉄の塊は、砲塔と砲身を取り除いた旧式戦車そのものであり、試験運転に足る最低機能を備えた構造と形状だった。
戦車ほどの貫禄がなかったのは、母体とした戦車を相似形に縮小してあったからだろう。
その後、田所は乗用車並にコンパクトにした旧式戦車を拡大して、実寸に戻す作業に余念がなかった。
ただしこのかんも、瞬時に空間移動出来るテレポーテーションを活用して、かなりひんぱんに私の自宅を訪れた。一度は原寸大に戻して建造中のタイムマシンをテレポートして見せてくれたが、この時はさすがにギョッとした。
父が現役時代、休日でも自衛隊は顔パスだったので、当時の主力61式中戦車を眼の前で見てその巨大な車体に驚嘆したものだが、自衛隊の広大な敷地内で見るせいか、ものの何分も経たないうちに見慣れてしまう。
だがこれが一般住宅という自宅のまん前に現われると、度肝を抜かれる思いだった。
富士学校にて昭和42年ごろの写真。車体に対して砲身が後ろ向きになっていると思われる。
さて、彼の難解な講義は、時空理論で一段落していたが、工場もなく、ましてアルバイトの工員一人雇うでない彼が、あの富士山の麓の朝霧高原のログハウスの、これまたさほど広くもない仕事場で、どうやって戦車を母体としたタイムマシンを建造しているのか、不思議でならなかった。
この疑問は、図らずも、田所が来意を語るあいまあいまの雑談交じりの説明で氷解した。ただしその奇跡とも呼べる理論のすべてを私如き浅学菲才の者に理解出来たわけがないのは当然のことである。
一体田所は、私が奇跡的と形容する理論とそれに基づく発明を幾つ現実のものとしたか。
本来これほどの発明の才能を持つ者なら、金銭欲が起こって当然だし、その欲望をほとんど労せずして満たせるほど、彼の造る機器はイギリス産業革命以来の一大機械革命を起こして世界中を驚嘆させ、なお余韻を与えるはずのものだが、考えてみると、これらの発明は逆に田所の身体生命を危機にさらすものばかりでもあった。
もっとも、コンピューターウイルスを完璧に阻止するパソコン、静止写真の撮影場所の音声まで再現する光学音声機、その普及より十年以上前に完成させていたデジカメなどは、比較的安全な発明だが、彼の存在が知れたら、必ず何らかの組織が動いて、彼のさらなる研究資料と発明品をさぐろうとするのは必至である。
ゆえに、いかなる盗聴器も使い物にならなくする量子通信機、テレポーテーション技術、そして今完成をみたばかりのタイムマシンといった数々の発明品ともなると、これは世の中に便利をもたらす画期的発明とばかりは呼べぬであろう。
まず地球上の覇権を握ろうと日夜企み続ける超大国、軍事政権の国家が秘密組織の諜報員などを暗躍させて、田所は短時日のうちに、行方不明となるに違いない。
それでも現実は彼は一介の大学教授の地位におさまって、あまつさえ自ら耕した畑に何種類もの野菜を育てて、高原地域の廉価なログハウスにほとんど隠遁生活を送り続けて大過ない。彼の存在とその才能が知られていない証左かも知れないが、その手の組織の動きが完璧で、気づかれぬよう既に隠密行動に出ているおそれも否定出来まい。
もしかすると田所という男も、肩書きだけ大学教授であり、その正体は熟練の特殊部隊兵士をも圧倒する並外れた頭脳と体力と戦闘力を持つ未知の組織の一員かも知れない。
だが今は、何を問うても無意味であり時期尚早であるような感じがした。
ともかく田所のタイムマシン建造理論を彼の言葉で簡単に書いておく。
田所「実はこれは現状では罪にならないある種の窃盗行為で実現している。タイムマシンの車体などの主な材料は『鉄』だ。だが例えばある大きさと材質の鉄板の必要量を、車、鉄塔などから直接取ることは法律に触れる。第一これらを盗んだとしても、溶鉱炉のような大規模な設備がなければ何の意味もない。
まず、俺の自製コンピューターを使って、タイムマシン立体画像を作り、各部構造、材質を外装は戦車など、内装は今の車などを参考に次々決めて記憶させ、プログラミングしてゆく。もちろん、タイムマシンの心臓部である時空移動装置は、材料以外は、俺独自のプログラムを使うことは言うまでもない。
例えばマシン装甲部分を作る場合、必要な鉄の量を分子あるいは原子レベルまで解析して求める。
さて村松、今言ったこととダブるが、鉄に限らずあらゆる物質は、その構成要素の行き着くところは『分子』または『原子』とみていいわけだよな」
田所の説明に私はいちいち相づちを打っているが、書くに足らぬことなので省いて彼の話を進める。
田所「鉄は金属だから『Fe』の原子のまま分子一個として存在出来る。酸素のように気体として存在するために少なくも『O』原子が二つ集まるという面倒な結合は不要なわけだ。
ただ鉄の場合は今言った『単原子分子』の構造とは言っても、車や戦車の鋼鉄部分でも、純粋な鉄を使っているとは限らない、つまり合金ということも多くある。この場合は解析により決定、選択していく。合金がすこぶる便利な場合もある。ここでは純粋な鉄ということにする。
材料を盗む恰好の場所が自衛隊、武器展示場、博物館、そして車の中古車屋だ。
それぞれの所在地を突き止め、さらに窃盗品の正確な配置場所、つまり座標を求めておく。窃盗目標が移動しても追尾可能にしておく。
次にいよいよ『盗み取る』わけだが、方法自体は物質電送のちょっとした応用で割合簡単に出来る。
だが例えば自衛隊のかつての主力戦車の61式中戦車の装甲部分をそっくりまるごといただくのでは、戦車の一部がごっそり抜き取られることになり、これではまずい。
そこで各地の何台もの戦車の位置つまり座標をストックしておく。
さて、村松も高校生に化学の基礎などで指導して既に熟知しているように、物質には『モル』という物質量の概念がある。
鉄の場合はその単位モルと言うべき鉄1モル(1mol)の質量数値は原子量の概数であるところの質量数55.8でもいいし、四捨五入して56でもいい。
鉄1モルは質量56gなわけだが、この中には鉄の原子がアボガドロ数個、およそ6.024×[10の23乗]個存在している。ところで村松、今の高校ではアボガドロ数はいくつで教えているんだ、ああ、10の累乗を除いた部分でいいよ。俺たちの頃は6.02だったがな」
ここで突然に私が言葉をしゃべる機会がごくわずか訪れた。
私「ああ、それなら今は6.0でやってるよ」
田所「ほお、随分簡単だな。まあいい。俺が鉄を盗む時、この『アボガドロ数』個の鉄成分を、つまり56gぶんの鉄をいただくのでは、さっき言った通りまずいことになる。だから、1モルあたり、1パーセントの鉄をしかも鉄の疎密の構成を均質に保ちながら失敬することにした。つまり鉄原子アボガドロ数個の百分の一の、6.024×[10の21乗]個の鉄を盗む。もし自衛隊の行事で武器展示などがあって、子供が戦車の上に乗ったり中に入ったりしても、鉄製部分の強度が元の99パーセントに低下する程度だから、支障ないはずだ。
この鉄原子をコンピューターに連動させた装置で、プログラミング箇所のパーツ、材質情報に合わせて、組み立てて行く。これがごく大ざっぱな造り方だ。
そこでこの部分の装甲を完成させるにはざっと100台の戦車を要することになるが、もちろんこれは理屈の上の話だ。実際今の自衛隊は最新鋭の重戦車を各地に所有している。
だがな村松、俺はやはり日本人ということになるのかな。我が国の自衛隊の戦車、自走砲、装甲車などから盗むに忍びなかったよ。
ゆえにとは言えぬかも知れぬがな、盗む順位をつけたよ。
俺たち日本人が対外的戦争というものを一切実行しなくなって久しいのに、我が敗戦は、他国には何んの役にも立っていない。
俺はまずターゲットを、独裁政治国家、 国際規模のテロリズムを実行し続けている組織、複数次に及ぶ紛争を続ける国家などの順に絞って、マシン材料を盗み続けたよ。実際電送処理を行なってみると、あれよあれよというまに、みるみる材料がそろって行くではないか。このかんの独特の思いは、いっそ快感だったよ。ふふふ村松。俺は先ほど盗むのは車両一台、さらにその材料の鉄1モルにつき、1パーセントと言ったがな、ある紛争地域からは、まるごと100パーセントあるいは50パーセント失敬したよ。
戦争や紛争で犠牲となる非戦闘員は可哀想だが、戦闘員どもは装甲が妙にスカスカに薄くなった戦車で被弾して戦傷、戦死してもかまわぬだろう。
それともこれは俺の独り善がりかな。そうだとしたら村松の意見を聞いて、考え直すことにしてもいい。どうだ ? 」
私「俺はお前よりもっと過激だぞ。あの、宗教を大義に掲げたテロリストのほとんどは宗教者ではなく、彼らの教義に便乗した国際テロリスト共だ。つまり戦争、戦闘行為、人殺しが好きでたまらねえ奴らだ。
コイツラの命は虫けら以下だ。何千人殺しても痛(つう)ようを感じる神経は要らねえぞ」
田所「そうか。まあ、直接俺がこの者たちを殺したわけではないから・・というのも卑怯には違いあるまいが・・・。ともかく、今ざっと話したような理論に基づいて、言い換えれば俺の研究室に居ながらにして、コンピューター処理だけで重量何トンもあるタイムマシンを建造してゆくのだ。しかも既に承知の通り、このマシンはスタイルから言うとちょっとした戦車だ。つまり武器を装備している。太古の巨獣境に単に時空移動機能だけを持つタイムマシンで出かけるのは無謀だと判断したからだ」
・・・・・・・・・・
タイムマシン建造技術をごく簡単に説明してくれた田所が、それとは別の目的でしばしば私のもとを訪れるうち、遂にある時試運転決行を告げた。
考えてみると、私はテーマパークへの未練を断ち切ったわけでもなかったし、田所には間違いなく本来の目的があるはずだが、それを明らかにはしないままタイムマシン建造を進めて来たから、二人の意志は一致していなかった。
わずかに共通していたのは、時間旅行出発への興味と決心だった。
私たちが胸襟を開いて時間旅行出発決意を新たにするのはまだしばらくあとになるが、当然の順序としてタイムマシンの完成と太古への旅行は必至の実行課題であった。これが私たちのややズレた目的意識を何となく結び付けていた。
ともあれ、戦闘力を有する重装備と装甲でかためられた前代未聞のタイムマシンが完成し、試運転の日が来た。
田所はまず自家用車のホンダ・インテグラに乗って来た。いっそ私をテレポートして、彼の自宅の仕事場に格納してあるタイムマシンに乗れば簡単だと思った。なぜこんな面倒なことをするかというと、朝霧高原の彼の自宅ログハウスから、いきなりある程度の大きさの所有物、特に車を出すところを見られないほうが、試運転に都合が良いということだった。
私「俺はてっきりお前の自宅からスタートするものだとばかり思ってたぞ」
田所「うん、それも考えたが、ちょっとしたアリバイ工作をしておいてもあとが楽だと思ってな。フフフ、実際このあと、そんな姑息なやり方が無意味に思えるほど、前代未聞の暴挙に出るのだがな」
私「暴挙 ! ? 試運転ってのは、ちょっとした未来か過去への時間旅行のことじゃなかったのかよ ? それになあ田所、試運転に同行する俺は、とりあえず何んにもすることがねえよな」
田所「お邪魔するなり、勝手なことばかり並べ立てて済まぬが、許してくれ。だが例えばお前が今言ったちょっとした時間旅行は実行するし、銃火器以外の試験は全部やるつもりだ。それからお前のすることはないと言ったがな、そうでもないぞ。確かに操縦操作は俺がやるのが当然の義務だがな、村松には、試運転でマシンがどんな動きをするかということを、その目でじっくり見て印象に残しておいてもらいたい。これは操縦などの実作業より、ある意味でずっと重要なことだ」
いざ試運転という時になって初めて、私は何から何まで全くわかっていないことに気づいた。
私は彼の仕事場にしまってあるタイムマシンにどれだけ関わっているかというと、内部が丸見えの出来かけのマシンの操縦席に坐っている田所とあれこれ話したり、せいぜい分厚い装甲の車体のどこかに触れてみたり、内部が全く見えないフロントガラスをのぞいてみたりしたぐらいだ。
多分同道する私は、田所の横の助手席というのか発射桿席というのか、とにかく坐ってただおとなしくしているに過ぎないと思えた。
それにしても田所は私の自宅に来てから、タイムマシン建造理論の説明以外は、特に意味のある話をせず、ほとんど雑談ばかりで時間を過ごした。
既に二時間近く経つ。
それまで雑談に興ずるような表情を見せていた田所がにわかにいくらか緊張した顔つきになり、腕時計をにらんだ。
田所「村松、待たせたな、これから試運転に出かけるぞ。本日俺はお前の家を訪れて、二時間ほど過ごした。これがまず第一のアリバイだ。申し訳ないが俺のインテグラは試運転中、お前の自宅前にとめさせてもらうがいいか ? 」
私「ああ、断わる理由もねえ」
田所「きょうの試運転の予定を簡単に話しておく。状況次第だが試運転はきょう一日では終わるまい。
その時は、一旦ここへ帰って来る。もちろんマシンは俺の仕事場へしまってからな。試運転を切り上げて、俺のログハウスの仕事場に戻る時、試運転出発時刻のやや前になるよう調整する。そして再びテレポートして村松の自宅に帰る時、その時刻をこれから行なうテレポーテーション開始の時刻に戻す。ここで試運転のうちの、最重要課題の一つである、時間旅行に挑むことになる。
首尾よく行ったら俺はインテグラで自宅に帰る。
俺とお前はここで二時間ほど雑談して過ごしたあと、タイムマシン試運転に何時間か費やすと共に、再びここへ戻って、俺はお前と雑談したあと車で帰る。雑談は試運転に費やす時間と同じでなくとも良い。
つまり、俺たちは試運転を行なうと共に、村松の家でずっと雑談していたことになる。
なお、過去に戻ることによる波束の収縮現象で、並行世界、つまりパラレル・ワールドに移動してしまわぬよう、この世界に正確に到着するメカニズムは、既にマシンに組み込んである。
詳しい説明は済まぬが改めてということにしてくれ。
さて村松、今回の試運転のもう一つの目的は、警察権力への挑戦だ」
私「ええッ ! ? 警察・・・・ ! 」
田所「済まぬ、冗談が過ぎた。だが、田舎の警察をからかってやることは本当だ」
私「へたすると、いや、間違いなくつかまるぞ。何んで警察相手に・・ ? 」
田所「これも詳しいことはのちほどということで許してくれ。だが地元警察を相手にすることは、この冒険旅行のきっかけ作りにどうしても必要だ。
村松、お前、願って甲斐ないことが、たとえ何であっても、思い通りにいったら、人生少しは、生まれた甲斐があるけどって、よく言ったよな。それを実現させることも、試運転の目的の一つだ」
私「意味がよくわからねえ」
田所「お前、警察が大嫌いだと、口ぐせのように言っていたな。お前は決して無謀なライディングをしないのに、たまに加速してせいぜい時速7,80キロも出した時に限って一斉に引っかかる、運が悪いんだと。今度の試運転では道路交通法から始まって幾つかの法規に違反して、見事に警察をけむにまく」
私「ホントかよ。おもしれえ ! 一度でいいから、絶対つかまらねえ交通違反をしてみたかったぜ」
田所「まず、些細なことだが、俺のタイムマシンにはナンバーがない。なくて当たり前だがな。秘密の発明品なのだから、ナンバー、車検証など一切ない」
私「田所、具体的には何をやるつもりなんだ ? 」
田所「今言った通り、まず田舎警察のパトカーをからかってやる。そのためにも無論一般道路へ出る。さて村松、やっかいで悪いが、俺の家へテレポートしたら着替えてくれないか。もちろんこれも万一の時のアリバイ工作の一つだが、それほど重要でない」
私が着替えを用意すると、田所はコンパクトなテレポート機を操作し、私たちは一瞬後、田所の自宅仕事場に着いた。テキトーな場所に荷物を置こうとすると、田所が「あ、済まないが、ちょっとそのあたりをあけておいてくれ」と言い、またテレポート機を操作すると、私の自宅前にとめてあったインテグラが現われた。
田所「俺たちが車で外食にでも出かけたように見せかけるためだ。ま、これもたいした効果はないかも知れぬがな」
たいしたことではないとは言ったが、田所は細かいところまで周到な準備をするつもりだと思えた。
田所「さあ村松、マシンに乗り込んでくれ。出発だ」
タイムマシンは、その奇跡的機能、性能とは裏腹に、一べつしたところでは実にシンプルな車内装備であった。田所は操縦桿の左にあるスイッチ類のいくつかをカチッと音を立てて操作した。とたんに、軽い金属音が車内を覆った。
田所「村松、キャタピラ車両だから車のような乗り心地とはゆかぬが、これも次第に慣れてくれ」
そう言うと彼はタイムマシン走行運動の一切を処理してのける操縦桿をゆっくり動かした。足元から独特の震動が伝わって来たが、耐え難いほどではなかった。
田所「これでも精一杯サスペンションを工夫した。起伏の激しいところでのゆれはかなりになるだろうがな。さて、警察車両を見つけなければ・・・」
タイムマシン――というより特製の戦車と呼んでも通るようないかつい車両が国道139号線へ出た。
田所「警察無線のうち、最も近くで反応するパトカーのものを捕えたら、そいつの走っているほうへと目立つように接近して行く」
私たちはどちらかというと『捕えられる』側なのだが、田所の『捕えたら』という言葉がなぜか痛快だった。
―その1了、
序章第3節その2
へつづく―
ストーリー・アドバイザー / インファント・レディ。 作者 / rainbowmask。
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