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厚労省の年金試算のモデル世帯 100年安心年金プランは夢物語


◆失笑を誘う「モデル」や「標準」のデータいじり

もはや失笑するしかない。2009年5月26日に公表された厚生労働省による年金試算の「標準モデル世帯」のことである。我が現場のアルバイトスタッフの間でも「20歳にもどって、すぐに結婚しなくちゃ」「共稼ぎもダメなんだ」など、笑い話のネタになった程度で、まじめに受けとめたのは誰ひとりいない。

これまでも、実際に「標準的な年金額(参照:厚生年金の標準的な年金額(夫婦二人の基礎年金額を含む)の見通し 2007年厚労省)」としたうえ、わざわざ「夫が平均収入で40年間就業し、妻がその期間全て専業主婦であった世帯(標準世帯)」としている。まさに「標準」の連続である。

ただ「標準」というと「それが普通」と思われると指摘があったとかで、「モデル」といいかえられるようになったらしく、報道された資料では「標準」という表記は目立たない。それでも「平成21年財政検証関連資料」の「生年度別に見た年金受給後の年金額の見通し」では「厚生年金の標準的な年金額」とある。

やはり「20歳就職、20歳結婚、妻同年齢、40年間サラリーマン、40年間離婚せず共稼ぎせず」が、「標準」か「モデル」か別として、年金試算の基礎条件になっているらしい。

どうしても笑えてしまうのは、この基礎条件が悪い冗談のように思えるからである。そもそも「生涯とおして企業戦士、結婚した時から専業主婦の妻とは仲むつまじく」は、かなり旧態依然とした世帯観である。そのうえ「20歳就職、20歳結婚、妻同年齢」までくると、なんとなく「無理すぎない」という哀れさえ感じてしまう。

とはいっても、「そんな世帯あるわけない」となったわけではない。失笑した大きな理由は「50%以上死守」とばかり、データをいじくりまわす滑稽さのためであって、その結果が基礎条件に集約されているだけのことである。

だから、テレビのニュースショーの多くが、その基礎条件を「現実離れ」と批判し、どこの番組でも「いまや共稼ぎが過半数以上」と報じていたのには、どこか焦点がズレているような気がしてならない(参照:年金「生きてる内にもらえない?」 みの「そんなバカな」 5月27日 JCAST)。なかには「こんな世帯を知ってますか」と街頭インタビューしたニュースショーもあったらしいが、そこまでいくと苦笑いになってしまう。

それだけでは「資料のどこに現実の世帯と書いてあります?」と、お役人にヒラキなおられては議論にもならない。いわば「モデル」や「標準」は、そんなものなのである。

◆年金試算のモデル世帯や100年安心年金プランは夢物語

お気づきかもしれないが、「モデル」や「標準」は年金だけの考え方ではない。たとえば「モデルルーム」や「モデルハウス」はよく聞く。しかし、それらの広さや豪華なインテリアに対し、「現実離れ」とクレームをつける人は、ほとんどいない。そこでの「モデル」は、平均や一般的とはかけ離れた「こうだったらイイね」的な「夢物語」と、提案する側も見聞きする側も共通して了解しているからだろう。

もっとも「標準」というと厄介なところはある。Web屋やシステム屋が好んで(?)用いる「標準仕様」とか「標準的なシステム要件」には「夢物語」的な要素はない。たしかに「こうすればイイよ」という意味はあるとしても、その前提となっているのは現実のデータである。

かといって、それが平均とか一般的とかいうと、それも違う。現実のデータを機械的に計算あるいは分析して、そこから導きだした結論だけを「標準」とするのことは「ありえない」(「ない」と断言はできませんが)。Web屋やシステム屋が「標準」とする結論には、程度の差はあるにしても「おすすめ」という意図も含まれている。

したがって、担当者が「標準」というだけで「わかりました発注内定です」となることは絶対に(!)ない。ほとんどが費用対効果の視点から「もっと安く」であり、結局「じゃあB案」と軟着陸というのが多くのパターンである。

ところが、その結論の前提となっているデータや、その計算や分析が鋭く検証されることは少ない。提案するWeb屋やシステム屋が「クラウドコンピューティング」などど雲をつかむような話(?)をすることもあるが、やはり発注企業の社風や担当者の個性にもよるだろう。

だからといって、大きなトラブルにならないのは、データや計算や分析という基礎条件の前提にある。もちろん「おすすめ」という意図も反映するにしても、それは要求を満足させる範囲内という限りであって、そこから逸脱した基礎条件は想定しないし、ましてデータや計算や分析を大きくメーク(=書きかえる)することもない。

そう考えると、年金の「20歳就職、20歳結婚、妻同年齢、40年間サラリーマン、40年間離婚せず共稼ぎせず」は「夢物語」の部類だろう。要するに「100年安心年金プラン」と謳ってきたが、それは「モデルルーム」のように「こうだったらイイね」でしかなくなってしまっているのだ。それを「平成21年財政検証関連資料」は自己暴露している。

もしかすると、厚生労働省のお役人も、そのことに気づいているのかもしれない。公開された資料の冒頭では、「世帯類型別の所得代替率」をもってきて50%以下の場合も載せている。もちろん、増税や年金徴収額の値上げを狙ってと推測できるが、さすがのお役人も「夢物語」のような「モデル(標準)世帯」に気恥ずかしさを覚えたのか。

◆年金試算の基礎データと実データを比べてみると

結局のところ「年収の50%は保証」という年金プランは破綻している。きわめてレアケースだが、そこに到達することは試算で確認できるだけだ。そのレアケースを「どこにいるの?」としてみても、なにもはじまらない。お役人の肩をもつわけではないが「モデルケース」なのだから、いわゆる「50%に到達する試算上のモデル」とでも、笑って受けとめれば終わりだろう。

それよりも見逃してならないのは、その試算やデータが恣意的でないかに尽きる。テレビのニュースショーなどは、それこそ「気鋭のコメンテーター陣による検証」が必要なところだろう。

年金に関係するのは、経済状況と出生率のデータらしい。前出の「平成21年財政検証関連資料」によれば、「長期的な経済前提は次の通り。賃金上昇率2.5%、物価上昇率1.0%、運用利回り4.1%」とある。財政検証なので出生率は記載がないようだが、2007年の「人口の変化等を踏まえた年金財政への影響(暫定試算) 厚生労働省年金局」には、2055年の出生率として「低位1.06、中位1.26、高位1.55」としてある。それらを、実際のデータと比較してみたい(左が今回の資料の数値、右が実際の数値)。

平成21年財政検証関連資料.gif

※1:08年出生率、3年連続上昇 1.35-1.37、少子化傾向は続く/6月1日 NIKKEI NET
※2:実質賃金上昇率及び実質金利の見通しについて/厚労省社会保障審議会年金部会
※3:厚生年金・国民年金情報通
※4:実質賃金上昇率及び実質金利の見通しについて/厚労省社会保障審議会年金部会

古いデータもあり議論はあるかもしれないが、どうも「出生率」以外は「大胆」というか「冒険」的な数値のように思える。「50%に到達するモデル」の試算を成立させるために、恣意的とかメークしたとまではしないにせよ、データを読む限り、マジックのように数値を編みだしたといっても、あながち見当はずれではないだろう。

◆細かい数字をいじるのではなく基本理念から再スタートを

しかし、そこまでして「50%」にこだわるのか──冷静になって考えてみると、いまひとつ納得できないものが残る。もちろん、政党の公約だとか政治家のメンツ(?)など想像がつかないわけではない。しかし、公約だとかメンツと、お年寄りの暮らしに、どんな関係があるというのだろう。

極端にいえば、たとえ45%や40%の所得代替率だとしても、衣食住が満ち足り医療費や介護費の負担が少なければ、それはそれで「豊かな老後」を過ごすことも可能だろう。たとえ所得代替率が低くても、その多くを温泉旅行や観劇ときには孫へのプレゼントに自由につかえるとしたら、それは「寂しい老後」ではない。

だとすれば、「平成21年財政検証関連資料」の「生年度別に見た年金受給後の年金額の見通し」にも疑問が残る。「現役男子の平均賃金(手取り)との比率」が、「受給開始時点(65歳時点)」では「62.3%」でも、「受給開始20年後(85歳時点)」では「43.2%」になっては、とても安心して年齢を重ねることなどできない。

さらに物価上昇率もある。いまの65歳以上70歳未満の医療費は、年間で64万5千600円だという(参照:年齢別の医療費 全日本病院協会)。仮に、物価上昇率がそのまま反映したとしたら、10年後には約80万円、20年後には約105万円になってしまう。にもかかわらず、いまの試算では「長生きすると受給額の比率は低く」なっていく。

介護保険にしても、要介護度の軽い人への給付削減と、いまの「10%自己負担」から「20%自己負担」への増額が検討されているという(参照:財務省、介護保険の給付抑制で3種類の試算提示 5月13日 いきいき健康)。これでは、所得代替率が50%でも、老後は不安ばかりになりかねない。

たしかに、所得代替率は高いほうがいいし、年金の受給額も多いほうがいいと思いがちである。しかし、もしかすると、それは数字に惑わされた錯覚かもしれない。衣食住に加えて医療費や介護費の負担が重ければ、それは意味のない数字である。ただ「50%に満たない」とか「専業主婦は半分以下」と騒いでいては、そこを見失う。

年金にしても、医療や介護にしても、豊かな老後を(金銭的な意味ではありせん)という要求を満足させる要素である。それぞれの制度を議論することは必要だが、あまりにも具体的な数字に目を奪われ、それだけで要求に応えられるという発想は、あまりにも一面的すぎるだろう。

そうならないためにも、首相も厚労相も「100年安心プランは間違いでした」と、すぐにゴメンナサイをしたほうがラクになる。そして、細かい数字をアレコレいじるのではなく、「日本人の老後」について、基本理念から考え直し、年金から医療、介護などの制度設計をやり直すべきだろう。

そこから再スタートしなければ、「50%だ」「いや40%で」と不毛な数字論議に終始してしまう。そこで取り残されるのは、急速に増えているお年寄りなのだ。

(出典:日経BP NET)


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