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「勉強」と言う大きなくくりがあるとします。
その時、何をすることが勉強なのか人によって価値観は相当違ってきます。
それは塾においても同じで、処理重視型と理解重視型とにある程度わかれてきます。
たくさんの処理をすることにより理解を得る方法と、
理解をしたと仮定したうえで、処理によりその理解を深める方法です。
どちらが正解なのかなんてことは、私自身特段気にしていません。
こんなことで悩んでいたら、この仕事ではらちが明かなくなってしまいます。
ですから、教育に携わる人それぞれに、何かしらのルールをもって指導なり、
論を唱えていきます。
非常に抽象的な言い方かもしれませんが、
私は、「理解」という大きな塊の下に、いくつもの小さな「処理=努力」の土台達が支えているようなイメージを持っています。
「理解」という塊が柔らかく脆いものならば、小さな土台と土台の間をすり抜けていってしまいますし、
土台が少なかったり、軟なものであるのならば、崩壊して理解が外に転げ落ちてしまいます。
この「理解」も「処理」もともに、「意図・意味」の存在により、意義あるものなのかそうでないのかが決まってきます。
その「意味・意図」の受け取り方により人の「理解」「処理」にかける心持が変わってくるのです。
そういう意味では、何かしらのお題に対して「意味・意図」だけではなく、時間的なスパンや、危機管理能力というものが密接にかかわってくるのです。
その点でいうと、今日の小5の授業は何かしら本人たちの心に留まるものがあってほしいと思います。
久々の平常授業とはいえかなり無様な結果でした。
ここからこちらの「意図」をどれだけ感じ、行動に移せるのか楽しみなところです。
それと、中3選抜が今日与えられた課題に、どれだけの色付けをしてくるのかも楽しみなところです。
夏前に基本事項を抑えた、二次関数・相似・三平方の定理をさっそく応用した形で今日は学びました。
それに対する類題トレーニングにどれだけ「意図・意味」そして「つながり」を持ってきてくれるか、楽しみに待ってみましょう。
くれぐれも甘く見ないように。