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「並河家住宅」は、願泉寺の門前通りである「御坊前通り」に面して建つ、歴史的価値の高い建造物である。主屋と土蔵が国の登録有形文化財に登録されている。
歴史的背景として、並河家は代々、願泉寺の住職であり貝塚の領主を務めた卜半家(ぼくはんけ)の重臣(家来衆)をつとめた家柄である。江戸時代を通じて卜半家を支える重要な役割を担い、明治時代以降も貝塚町や泉南郡役所の役人を務めるなど、地域行政の中枢で長く活躍した。
古民家カフェ「SOSO(琥珀珈琲抽出処)」の建物は、重要文化財である願泉寺の表門前(街路)に面して建つ歴史的な町家建築である。
歴史的背景として、この建物はもともと商家の主屋として明治35年(1902年)に建築されたものである。江戸時代の伝統的な町家の趣を色濃く残す最後の時期の建築様式をとっており、長年の時を経て、令和7年(2025年)3月に国の登録有形文化財(名称:貝塚寺内町まちや館/旧田中家住宅主屋)に登録された。
このエリアはかつて願泉寺を中心とした自治都市・貝塚寺内町の北側の要衝にあたる。周辺には、織田信長の兵乱のころにこの地へ移住したと伝わる旧家や、代々地域を支えてきた有力な町人の屋敷が軒を連ねる
貝塚寺内町(北町)にある「山田家住宅」は、願泉寺の北側を走る堀之町筋に南面して建つ、国の登録有形文化財の歴史的建造物である。
歴史的背景として、山田家はかつて願泉寺の住職であり、貝塚寺内町を統治していた卜半家(ぼくはんけ)の家来をつとめた由緒ある家柄である。建物は木造平屋建て(つし二階)の伝統的な町家形式で、間口から奥行きにかけて敷地一杯に建てられている。かつての2階壁面は本瓦葺や漆喰塗りであったが、現在は銅板張りに改められており、時代の変遷を経ながらも寺内町の優れた歴史的景観を今に伝えている
利齋家(りさいけ)住宅。利齋家は、伝承によると織田信長の兵乱の時期(天正年間など)のあとに貝塚へ移り住んできたとされる、歴史ある旧家。江戸時代には薬種問屋を営み、寺内町を治めたト半役所の北側角地を占めるなど、地域を代表する有力町人として栄えた。
主屋は江戸時代中期(17世紀頃)の建築とされており、歴史ある寺内町の町並みルーツを今に伝える古い構造を持ってい。
写真の通り、道路との境界には「駒寄せ(こまよせ)」と呼ばれる木製の格子状の柵が設けられており、かつての武家風・商家風の町並みや往時の防犯・景観の面影を色濃く残す。
その貴重な歴史的景観や伝統建築から、国の登録有形文化財に登録されている
「御下筋(おしたすじ)」の路地風景。
写真の右側に見えている大きな板壁の建物が利齋家の土蔵(江戸時代後期の建築とされる桁行10間の袖蔵)で、左側には格子窓や白壁が美しい伝統的な町家が続いている。
この「御下筋」という道は、かつて寺内町を自治した卜半役所や願泉寺が建つ段丘の下に位置していることからその名が付けられており、今なお江戸時代からの歴史的な区画や落ち着いた町並みが美しく保たれているエリア。
御下筋の古民家。利齋家住宅の土蔵と道を挟んだ向かい側(貝塚市北町)に佇む、非常に趣のある伝統的な町家建築。
2階(つし2階)の壁面にある土塗りの格子窓「虫籠窓」が最大の特徴です。木瓜(もっこう)形・雲形に縁取られた装飾性の高い優美な虫籠窓となっている。
通気や採光という実用性だけでなく、施主のこだわりや職人の高い技術が伺える非常に美しい意匠となっている。
