2005/08/07
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●日本のてっぺんでラブを叫ぶ!!~富士登頂ものがたり【後編】~

とても静かな夜でした。
その夜、富士山にはどれだけの人数が登山にチャレンジしていたでしょう。
でも、大声を上げるような人はありません。
みんな夜を徹して上っているため、余計な体力は余っていないのです。
山肌を滑るように降りてくる冷たい風に、からだを冷やさないように注意しながら、
私たちは何度も山小屋の近くで休憩を取りました。
みんな元気でピンピンとは言えませんが、気持ちを奮い立たせるように冗談なども言い合います。
でもホトケは口数が少なく、持ってきた非常食もほとんど口にしません。

「高山病か…」
リーダーがそう言って、いたわるようにホトケに視線をやりました。
高山病!
話には聞いていたけど、本当にそんな症状になるとは私もホトケも予想してはいませんでした。

高山病になってしまうと、いったん下山するしか回復の方法はないそうです。
空気の薄さに慣れてくると楽になるのかと思っていた私は、
とんだ思い違いをしていたことになります。
ホトケは高度が上がるにつれ、顔色が悪くなり、口を利くこともできない状態に。
私もレイキを当てることはするのですが、登っている間は自分のことでいっぱいです。
こんなとき自分がしてやれることは何にもないのだと痛感しました。

私が責任を持てるのは、自分のことだけ。

ご来光を見たいとか、てっぺんではこんなことがしたいとか、
そんな楽しい計画を反芻する余裕もなく、ただ無事でいられることを願うだけの自分になっていました。

いつもホトケが笑っていてくれるから、
私は余裕を持って楽しいことを考えることができるのです。
彼がつらい状態では、小さな幸せを楽しむことすらできなくなってしまう。

でも、道はまだ続いている。
山頂は見えているけれど、九合目からの道は登山者で大渋滞となっていて、ほとんど前に進みません。
そうこうしている間に空は白み、ついに太陽が昇ったことを示す強烈な光が届きました。
あわよくばご来光を見たいと思っていた私たちですが、
ちょっとだけ間に合わなかったのです。

登りで一番ハードだったのは、9合目から10合目の間でした。
少しでも無理をすると呼吸が乱れ、
心臓が打ちつける鼓動の早さに目が回りそうになります。
吸って吸って、吐いて吐いて。
呼吸のリズムに合わせて足を出し、なんとか登頂を果たしたとき、
私には予想していたような大きな感動や喜びといったものはほとんどありませんでした。
ホトケの様子は見るのもつらいほどになり、吐き始めたからでした。
後で聞くと、山頂で撮影した写真にまったく記憶がないとのこと。
そんな状態でもてっぺんへの登頂を果たした彼は、本当に精神力だけで登っていたのでしょう。
一向に治まらないホトケの様子にリーダーも予定を変更し、あっさり下山を決定。
私たちは、あれだけの思いをして登ってきた道を、
いともあっさりと引き返すことになったのでした。

私にとって、下山は上りよりも数段苦しいものでした。
富士のてっぺんでいろんなことをしてみたいと思っていたけれど何一つできず、
ごほうびのないまま帰り道を歩んでいるようなものだったからです。
私は悲しくて、歩く気力がなくなりそうでした。
でも雲ひとつない天上から降り注ぐ太陽は、体力をどんどん奪っていく一方。
歩き通しの足はすでに筋肉痛を起こしていて、どこが痛いという感覚ではもうありません。
あきれるほどすがすがしく晴れた青空の下を、ひたすら下っていく行程。
これこそ私にとっては苦行と言ってもいいものでした。

幸いなのは、下るにつれてホトケが元気になってきたことです。
怪我さえせずに帰ることができればいいと思いました。
暑さと土ぼこりに巻かれて下る登山道は、夜とはまったく違う趣でした。
初めての道を歩くように、
踏み外さないように、転倒しないように、
やっとの思いで五合目まで下山したときは、もうお昼をまわっていました。
駅まで送ってくれたタクシーの中ではひたすら寝ていて、何も覚えていません。
高速バスを待つ間、ふたりでこのくやしかった富士チャレンジについて話しました。
私は涙が出て仕方がなかったのですが、
今はもうなぜそんなに泣いたのかもわからないくらい。
チームでの登山でしたし、ホトケの体調も優れなかったので、
がまんしていたものが一気に噴き出したのでしょう。

こうして富士登山は、てっぺんにはのぼったものの、
ラブを叫んだり、瞑想をしたり、お茶をしたりはできないまま幕を閉じました。
生きている間に、もしかするとまた登山のチャンスがあるかも知れません。
でも当分はいいかな(笑)。
登山よりもトレッキングやハイキングのほうが性に合っているとわかった、
長い長い2日間でした。





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最終更新日  2005/08/22 09:12:49 PM
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