cocoa 88

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2019年08月10日
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日本で初めてパン酵母(イースト)による製パン技術を開発した田辺弦平氏を始祖とする全日本丸十商工業組合が制定しました。

田辺弦平氏は1874年(明治7)山梨県塩山市(現 甲州市)で出生。
1901年(明治34)渡米、1910年(明治43)帰国。
当時、日本には冷蔵庫がなく生イーストの管理がほぼ不可能だったため私財を投げてドライイーストの研究に励んで1913年(大正2)に東京・下谷黒門町に食パン製造工場を創設。
*下谷黒門町(したやくろもんちょう)は現在の上野1丁目~3丁目の一部*
2年後、玄平種を完成させる。
玄平種はそれまで自家培養種法に依存していたパン業界に影響を与える事に。
玄平種を使用することによりパン種作りの職人がいなくても誰でも製パン業が営めるようになりました。
1918年(大正7)の米騒動の時には代用食として東京市市長に玄平パンの奨励を。

田辺玄平は玄平パンを普及することによって脚気予防に一役買い、しいてはパン食を普及しようとするものでした。
田辺玄平の弟子によって丸十互助会が発足。
ここで製パン技術を学ぼうと全国から人が集まり、その門弟が田辺家の家紋(〇の中に十)を商標に掲げ全国に広めて行ったのが始まりとされています。
現在は商標登録制になっていて、組合員だけが使える商標に。

コッペパンは1918年(大正7)に玄平パンの奨励を東京市市長に薦めた話を翌年、陸軍が耳にして軍に納入をするために開発したのが始まりです。
戦争中は配給品にもなり、戦後は学校給食にも採用されて1980年代まで主食の一つでした。

近年は各地にコッペパン専門店が増えてきていますね。

コッペパンの名前の由来はフランスパンの表面に切り込みを入れるクープから転じたようです。




自分の実家は隣りの区の谷中(やなか)にあり、最寄りのJRの駅は日暮里(にっぽり)駅で日暮里駅西口から徒歩3分のところにサンゴダールマルジューがあります。



昭和50年代までは丸十パンと言っていました。
1932年(昭和7)開業で、現在は二代目ご主人さんの奥様が営んでいます。



画像はネットから借用しました。





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最終更新日  2019年08月10日 07時07分43秒
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