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2012.01.26
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カテゴリ: カテゴリ未分類
忠昌が初めて将軍に拝謁するにあたり家臣・重役はとても心配し作法言葉使いを教え将軍
との模擬応対を練習したがのみこみ覚えが早く一同感心しきりだったという。
しかし本番では練習以外のお尋ねが将軍よりあり、傅役や重臣一同手に汗する思いで
やりとりを聞いていたがすらすらと応じた。指南係りの山崎信興は涙を流してその敏才を
讃嘆したという
8歳の折には(元和2年3月)駿府に傅役桑名主米勝成を従え病床の曽祖父家康を見舞った。
このときも謁見の儀礼を1日に3回練習を重ね想定問答の練習を数日行った。
忠昌の見舞いに家康は大いに喜び寝所に招きいれ対面した。
謁見の儀礼も首尾よく終わり、雑談に入った時想定外の質問にも臆することなく堂々と

そして、その利発さに感動し枕箱より印籠を取り出し自ら授けた
さらに葵の御紋入りの鞍と源為朝がもちいていたといわれる白鳥鞘の槍をも授けられ
これにより奥平家の徳川親藩としての地位はいよいよ磐石となっていった。
(白鳥の槍は織田信長より家康が拝領し奥平家の家宝としていたもので現在鳥居強右門の
磔の絵図とともに現在大分県中津城に展示公開されている。





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Last updated  2012.01.26 09:24:52
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