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久しぶりの更新です。一年半以上が経ってしまいました。母の三回忌の時、叔母さんの似顔絵を描こうと思い写真を撮り、一度は描き始めたが、母の顔に似てしまい、途中で止めていました。七回忌(1年前)の時に会えれば、再度写真を撮って今の顔を描こうと思っていたが、息子さんが来て会えずでした。 叔母さん 2019年12月 A3厚紙油彩数年放置していたのを一週間ほど前から描き始め、口を閉じた顔と開け顔の2枚を同時進行で3日間かけてのんびり描いて、口を開けたちょっと笑顔の方がいくらか似たのが出来ました。もう少し筆を入れて完成です。叔母さんは90歳を超していて、元気な内に届けようと思いです。亡き母とは姉妹なのでちょっと似ていますが、描きながら亡き母を思い出しでした。2021年2月20日に94歳で永眠されました。葬儀に出席、この絵が横に飾れていました。ご冥福をお祈り申し上げます。
2019.12.30
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一年ぶりに更新です。 絵を描いてないので、一度紹介した古い油絵をひとつ・・ たまに更新しないとパスワードなどを忘れですね。 横浜赤レンガ倉庫 1980年 F12号 土日には横浜のイチョウ並木や運河などを良く描きに行っていて、燃えていた頃の作品です。 昔が廃墟となっていて、石原軍団の映画のロケ地になったりしていましたが、2000年頃に 綺麗に整備されて、今は観光のスポットになっている様ですね。
2018.04.27
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厚紙に油彩で描いた少女の似顔絵をひとつ紹介です。 少女(途中段階)2010年4月8日 私流の描き方・・ ・紙はペンティングオイルを吸うので、描く前に下塗りをしていたのを使う方が良いですね。 ・まずは、茶系の絵具を使い、オイルで薄めたので簡単にデッサンして・・ ・形が決まったらオイルを少なくした絵具で・・全体に色を置いて行きです。 最初は出来るだけ明るい色を使い、段々暗くしていきです。 再度、明るいのを置いたり、暗くしたり・・ 印象派風の絵がほぼ完成です。 少女 A4サイズ 似顔絵なので、2日ほどしてから(絵具がちょっと乾いたら)仕上げに取り掛かりです。 暗くしたり、明るくしたり、暗くしたり、ハイライトを入れたり・・ 髪の毛に黒を使うので、混じらない様に注意して・・・ トータル4時間ほどで完成しました。
2017.03.15
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絵に対して意欲がわかず、ここ一年近く絵を描いていません。 月日の経つのは早いもので、今回市美展に出すつもりでいたが、いつの間にか 過ぎてしまいでした。前に出品した人にはハガキなどで連絡が来ると良いのにです。 ちょっと古い絵ですが、似顔絵を4枚紹介します。婦人M 2009年2月 A3男性M 2009年2月 A3婦人M 2009年4月 A3 男性Y 2009年4月 A3 写真を見て描いた作品です。 似せるコツの一つは、逆さしたりして描いてみると違う所が判ったりしますね。 それなりの年を取った女の人を婦人と良く使いますが、反対の男を何と言ったら 良いのでしょう?とちょっと悩みでした。 調べたら男性というのが良いようなでした。
2017.03.14
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大分市美術展に出品した絵と写真の紹介です。麦秋&八面山_2012_F15宇佐平野の田んぼには小麦が沢山植えられていて、5月末には黄色くなった麦秋が見れて綺麗ですね。いろんな小麦があり、中には白いのも植わっていますね。中津、宇佐の母なる山の八面山を入れて描きでした。仲良しメジロ2またも、庭で写した仲良しメジロを出品しました。可愛いですね。去年の市美展にも仲良しメジロをだしましたが、どちらを出品しようか迷って、出さなかった方です。四つ切印刷をしていたので・・市美展が近づいているのを、すっかり忘れていて、あわてて準備して出品しました。絵や写真、彫刻、書など、芸術が好きな方は行って見てください。●第50回大分市美展の案内《会期》平成28年3月4日(金)~3月27日(日)《開館時間》午前10時~午後6時(入館は午後5時30分まで) ただし、最終日3月27日は午前10時~正午《観覧料》 無料(会期中は、コレクション展も無料です)《休館日》 3月14日(月)、3月22日(火)《会場》 大分市美術館 ★入場は無料です。
2016.02.29
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ここ3年ほど絵は描いていません。そろそろ絵を描き始めようと思うも、なかなか気持が乗らず、日々が過ぎていきです。昔々、川崎、横浜に住んで居た頃に描いたイチョウ並木絵の紹介です。写真を大きめにしたので、再度乗せることにしました。銀杏並木(横浜日本大道り)1981_F151981年、イチョウ並木を初めて描いた一枚です。郵便局の所から、綺麗に黄葉しているイチョウを、勢いに任せて、筆を走らせでしたね。銀杏並木(横浜日本大道り)1983_F15サインは81年と後に書いたが、82・3年の頃と思う。この絵も郵便局横からで、大きな木だったので珍しく縦に描きでした。絵仲間と毎年通って描いていましたね。銀杏並木(横浜日本大道り)1989_F15郵便局、裁判所前から眺めるのが一番好きで、そこから描くことが多くでした。このころは黄葉情報も少なく、行ってみてのお楽しみでしたね。まだ数本しか黄葉してない時もあって、再度描きに行ったこともありましたね。銀杏並木(横浜日本大道り)1991_F10子供が3歳の頃、家族4人、自家用車で行き・・・私は絵を描きでした。黄葉は今一でしたが、色づきかけた黄緑のイチョウの葉も綺麗でしたね。この絵を見るたび、裁判所に大きな椎の木があり、椎の実を拾って帰り、炒って食べたことを思い出しです。
2016.02.29
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大分市美展に出品した油絵と写真の紹介です。向日葵(大雪山) F15(53.5x63.5cm) 2002年最近、絵は描いてなく、一昔前に描いた向日葵の油絵を出品することにしました。久しぶりに絵具箱を開けて、ちょっと手直ししました・・出来るだけ忠実に描いて、綺麗な絵になったので良しとしましょう。明日(日曜日)が絵の搬入日なので、持っていきます。仲良し1 四つ切(25.3x30.5cm)仲良し2 四つ切(25.3x30.5cm) 庭で撮った仲良しメジロを出品することにしたが、どちらにしようか悩み・・上のメジロの色がもう少し緑色だと悩まずに済んだのだが、ちょっと黄色過ぎてです。下の方はメジロの色がうまく出ているが、光で白く飛んでしまったところが多く、いまひとつの様に思えてきて・・結局;上の仲良しメジロ1を今日出品しました。●第49回大分市美展の案内 《会期》平成27年3月6日(金)~3月29日(日) 《開館時間》午前10時~午後6時(入館は午後5時30分まで) ただし、3月29日は午前10時~正午 《観覧料》 無料(会期中は、コレクション展も無料です) 《休館日》 3月9日(月)、3月16日(月)、3月23日(月) 《会場》 大分市美術館●大分市美術館 電話:(097)554-5800☆来週末から3週間近くやっているので、暇を見つけて観に行ってみてください。
2015.02.28
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早いもので麦秋の季節になり、絵を描かねばと思っていて・・今日、宇佐平野へ一人で行き、麦畑(麦秋)を描いて来ました。恥ずかしながら、絵を描くのは一年ぶりになりました。絵を描いた麦秋風景・・新しいのに描こうと思ったが・・その前に、去年描いた絵をちょっと手直ししようと描き始めて・・・新たな気持ちで、上から全部を塗りたくってしまい・・・4時間近く掛けて描いても、上手く決まらず・・時間切れでやめました。F12号(50.0x60.6cm)ともかく暑かったですね。後は、部屋で仕上がればよいが・・・
2014.05.25
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大分市美展に出品した油絵と写真の紹介です。油絵は、F20号の人物画を出品しました。今回もまた懐かしい絵を出品しました。片肘をつくポーズのY嬢 F20(72.7x60.6cm)久しぶりに絵をじっくり眺め、半年振りに筆を持ちです。そのまま出そうと眺めていたら、あちこちが気になり、ちょっと手直しをしました。油絵は、中々これで良しとは行かず・・眺めれば眺めるほど気になるところばかりで・・見ていると落ち着かずです。絵を描く大変さを改めて感じました。写真は、去年の4月、川沿いの散歩で偶然写した風を浴びるホオジロ♂の写真です。鳥がちょっと明るくなり過ぎですが、ポーズが良いので、こちらを出品しました。ナニコレ!!と皆さんが気にして見て頂ければ良しです。南風 四つ切(25.3x30.5cm)もう二度と撮れない写真と思います。多分、川で水浴びのした後に、ガードレールに留まり、春風を受けて羽根を乾かしているところと思う。直ぐ逃げなかったので5枚ほど写すことができました。下の写真と2枚を印刷して、どちらにしようかと・・・こちらは鳥を綺麗に写せたが、ちょっと正面を向き過ぎなので・・最初の写真にしました。●第48回大分市美展の案内《会期》平成26年2月28日(金)~3月23日(日)《開館時間》午前10時~午後6時(入館は午後5時30分まで) ただし、3月23日は午前10時~正午《観覧料》 無料(会期中は、コレクション展も無料です)《休館日》 3月10日(月)、3月17日(月)《会場》 大分市美術館 企画展示室ほか●大分市美術館 電話:(097)554-5800
2014.02.24
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昔昔に描いた横浜の風景画が出てきたので紹介します。キャンバスに描いた油絵は場所を取るので、木枠に3・4枚重ね張りして保管していて・・2階の廊下に展示していた絵を替えようとして、3枚重ね張りの絵だったので、下の絵を確認すると、懐かしい探していた絵が出てきました。横浜石川町駅前 F10(45.5x53.0cm) 1982年石川町駅前の川に、絵仲間がだるま船を改造してアトリエをやっていて・・休みの日は絵を描きに良く通っていました。その川の橋とだるま船を描いた作品です。アトリエのだるま船は橋の向こうにありました。横浜球場、高速道路、護岸工事で・・今は無くなってしまった風景です。横浜関税前 F10(45.5x53.0cm) 1982年こちらの絵は、完全に忘れていました、描いてから30年近く桜の絵の下に埋もれていました。久しぶりに見て、とても懐かしく、こんな絵も描いていたのだと感動を覚えました。横浜税関の前?の運河に浮かぶだるま船を描いた絵です。絵を描くのが楽しく燃えて居た頃です。この場所も、だるま船が無くなり、綺麗に整備されて、風景は一変していましたね。
2014.02.23
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芸術の秋なのに、絵を描かず、昆虫採取を楽しんでいる金太郎です。昔描いた風景画を再度紹介です。芦ノ湖(箱根山)1先生が教えていた某会社絵画部のスケッチ旅行に参加した時に描いた作品で、多分仙石原側の道沿いから、芦ノ湖と箱根山?を描きました。箱根山が日陰となっているので、午前中の作品と思う・・箱根山1 F12(50.0x60.5cm) 1980年頃 箱根山2 この頃のスケッチ旅行では、勢いがあったので一日に2枚を描いていましたね。 前の絵とは違い、遠近感を出すのに、手前に枯れススキを描きました。 山にも日が当たり、午後の作品と思う。 箱根山2 F12(50.0x60.5cm) 1980年頃大観山からの富士山巨匠横山大観が富士山を描くのに来た場所、大観山から富士山を描きました。富士山は、色んな画家が描いているし、綺麗過ぎて、描くときに気持ちが乗りませんね。記録として描きました。もっと清々しいのでしょうが、暗くなりです。大観山からの富士山 F15(53.5x63.5cm) 1980年頃 城ヶ島 休みには、川崎の絵仲間と良くスケッチに三浦半島や城ヶ島に描きに行きました。 若者5人ほどで行った時に描いた城ヶ島風景です。 毎年3人で展覧会をやっていてたので、休みには良くスケッチに出かけました・・ 城ヶ島 F10(45.5x53.0cm) 1980年頃赤岳(八ヶ岳)秋横浜ダルマ船の絵のグループに参加して、八ヶ岳の紅葉を描きに行った時の作品です。天気も良く、赤岳と木々の紅葉、ススキがとても綺麗だったので、今までに無く明るい描けました。八ヶ岳の秋 F15(63.5x53.5cm) 1982年
2013.10.11
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最近絵を描いてないので、一度載せた子供の似顔絵を4点、再度紹介します。長男5歳の頃金太郎が横浜で生活していて、日曜画家として真剣に絵を描いて時期です。店先には100円でおもちゃが出るガチャポンがあり、兄弟揃って100円欲しさにモデルを務めてくれました。 長男5歳 A4(29.7x21.0cm) 厚紙 1993年頃 次男4歳の頃 次男は、泣き虫だけどゲームなどを覚えるのが早く、 一緒に遊んでいて長男を怒らせる次男でした。 そのためか、長男は短気になりです。 次男4歳 F4(33.3x24.2cm) キャンバス 1993年頃 Oちゃん4歳の頃姪っ子が嫁いだ先の姉さんの子、Oちゃんです。ちょっと似顔絵を頼まれ、写真を見ながら描きました。実際会ったことが何度かあるも似ているのか良く判らず、子供らしく描けたので良しです。 Oちゃん4歳 A4(29.7x21.0cm) 厚紙 2010年 Sちゃん4歳の頃 姪っ子の長女Sちゃんが4歳の頃で、 夏に写した写真を見ながら描いた絵です。 Sちゃん A4(29.7x21.0cm) 厚紙 2004年額縁を決めるのに苦労する。今まで載せた額縁の中から加工してみるも・・木だけの厚め仮縁にするもイメージ悪く・・前に載せた人物画の額も今一で・・結局、今回のデッサン用などの縁が一番スッキリでした。
2013.09.21
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絵を描いてないので、ちょっと古い似顔絵を再度紹介です。絵を描いてから、もう10年も経ってしまいましたね。長女のナッちゃん4歳の頃 ナッちゃん F4サイズ 2003年9月作次女のフウちゃん2歳の頃 フウちゃん A4サイズ 2003年12月作三女のユズちゃん2歳の頃 ユズちゃん A4サイズ 2008年3月作 写真を見ながら描きました。動かないし、平面だし、写真を見ながら描くのは楽ですね。A4サイズの2枚はキャンパスではなく厚紙に油絵の具で描きました。厚塗りは難しいが、安上がりだし、額も薄くてすみ手ごろです。自分では、次女の絵が一番好きです。筆の勢いを感じる・・・
2013.09.20
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風景の油彩画を紹介前にも載せたが、画面左隅のカテゴリー/風景画をクリックしても古く登録した絵が出てこないので再度載せることにしました。絵に燃えていた頃を懐かしみながら・・・毘沙門の海(三浦半島) P30(65.0x91.0cm) 1980年頃毎年、絵仲間と三浦半島へ海のスケッチに行ったことを思い出す一枚です。毘沙門の海・・小さな波を酒の勢いで描く。90年ごろには伊豆沖地震での護岸対策で防波堤が出来て風景は変わってしまいました。太海(房総半島) F15(53.5x63.5cm) 1983年暮のスケッチ旅行で、アトリエの仲間や先生と一緒に行ったことを思い出す絵です。房総半島の太海は、東京湾とは違い外房なので太平洋の波が大きく、絵になる所でした。能登金剛2 F20(60.6x72.7cm) 1991年暮の寒い時に、アトリエの仲間5人ほどで、絵仲間の故郷でもある能登へ、スケッチ旅行へ行き描いた作品です。更に寒い能登、いきなり能登金剛の荒海を眺め、初めて波の花を見て・・寒くて絵の具が凍るほどでした。パレットに絵の具を出し溶いて塗るのが面倒になり、絵の具チューブで直接描いたことを思い出します。次の日は晴れて穏やか海になりでした。剣崎灯台(三浦半島) F12(50.0x60.5) 2001年作三浦半島の剣崎は、絵仲間と良くスケッチに行きましたね。全体を入れるため左右を縮めて描いて見ました。睡蓮(川崎大師) P40(73.0x100.0cm) 1982年風景画が得意な友人と2人で絵を描きに来て描いたことを思い出す絵です。昔、川崎の大師公園の池に睡蓮が育っていて綺麗な花を咲かせていましたが、90年には綺麗に整備されて睡蓮は無くなっていました。沢山鯉が居たがどこに行ったのでしょう。浅間山の秋 F20号(60.6x72.7cm) 1980年横浜の絵仲間と紅葉を描くために浅間山まで行って描いた絵です。木々の紅葉や山、ススキ、上手く描けた一枚です、一日2枚ゴッホの様に一気に描けた時代ですね。八ヶ岳 F8(38.0x45.5cm) 1990年アトリエの仲間と、暮のスケッチ旅行で駒ヶ根に行った帰りに、清里に寄り、上の広場から八ヶ岳を描いたものです。雪、山、木々・・上手く描けた一枚です。前の職場の人に譲ったが、写真を送ってもらいました。駒ヶ根2 F20(60.6x72.7cm) 1990年元旦1989年暮の長野県の駒ヶ根スケッチ旅行は、10人ほど(金太郎家族4人参加)が車3台で行き、雪景色に感動しながら描いこと思い出します。雪景色に感動するも雪の白は難しく・・・・千石原秋(伊豆) F20(60.6x72.7cm) 1980年先生が教えていた某会社のス伊豆のケッチ旅行に参加して、千石原のススキを描きました。風になびくススキが白く輝き綺麗だったことを思い出す絵で、まあ上手く描けましたね。昔、都会に居た時は、田舎の風景を懐かしみ、絵仲間と良く風景画を描きに行ったのもですが、オオイタの田舎に生活すると、周りは自然だらけで今一絵を描く気になれずにいました。絵に燃えてた頃の古い絵を眺めながら、定年した事だし、これからオオイタの風景を描いて行こうと思うのでした・・・
2013.06.02
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昔描いた鳥のスケッチを4点紹介です。ムーちゃん1 B4(35.0x24.7cm) 2002年1月(鉛筆)ムーちゃん2 B4(35.0x24.7cm) 2002年1月9日 (鉛筆)絵の先生が可愛がっていたオオムのムーちゃんを鉛筆でスケッチした絵です。アトリエに行き描くのがない時は良くスケッチしました。じっとしていてよ!と言いながら適当に描きました。顔、足、毛並み・・・上手く描けず・・・同年の1月12日、先生は入院中肺炎になりで永眠されました、96歳の長寿です。絵仲間がムーちゃんを引き取り可愛がっていたが、半年後に死んだと聞きました。先生、絵仲間と野毛山動物園に行って描いた鳥のスケッチです。コンドル F6(40.9x31.8cm) 1979年頃(鉛筆)はげた頭、顔が気に入って描いてみたが・・・カンムリズル B4(35.0x24.7cm) 1979年頃(鉛筆)上の絵とは描き方が違いすぎるので別の日と思う?このときは鉛筆が良く走りです・・
2013.05.31
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久しぶりに絵を描きました。早いもので、いつの間にか麦秋の時期となり、何だか落ち着かない日々・・来週は天候が悪い日が続く様なので、今日宇佐平野へ麦を描きに行きました。毎年描くと決めた麦秋、今年も描きました。9時過ぎに宇佐平野に着き、一時間ほど写真を写しながら描く場所を探して・・色んな種類の小麦が植わている中、色が良い麦畑を選び描くことにしました。12:40風が強く、キャンバスが飛ばされ無い様に、石の重りを付けて・・風にもマケズ15時までのんびり4時間近く描きました。途中、山の数が一つ合わないのにで気づき、小さい山にも確り名前があるしなど考え・・描き直しました。左の隅に電車を入れるのを悩みながら・・電車を描かずに止めました。F12(50.0x60.5cm)絵と同じ風景を写してみました。12:34やはり、宇佐平野の麦秋は八面山を入れるべきと思いながら・・12:44もう一つの日々のブログに載せたが、絵専用のブログなので再度載せました。
2013.05.26
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1979年に描いた水彩画を紹介。何でこんな絵を描いたのか?先生の奥さんが亡くなったのはまだ後の気がするし、身近な人が亡くなった話もない。ただ、見たものを描くのに飽きて、ちょっとした記憶(夢)を遊んで描いた気がします。記憶1(最愛の人の死) F6(31.8x40.9cm)1979/11/20 水彩記憶2(最愛の人の死) F6(40.9x31.8cm)1979/12/11 水彩夢(雲) F6(31.8x40.9cm)1979/11/20 水彩色んな絵を描いて楽しんでいた頃です。
2013.05.25
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今、オオイタは桜が見ごろとなっています。絵を描くべきところを、写真の簡単さに負けて絵を描かずにいます。絵を描くには、気持ちが入らないと描けず・・今は色んな理由で難しい状況です。絵は特に自己満足的なところが強いので、今まで描いた桜の油絵で好きな絵3点を紹介します。前に載せた絵ですが・・・最初は宿河原の桜並木 F10(45.5x53.0cm) 2002年単身赴任の時に、南武線宿河原駅の桜を見て、ひとりで描きに行き描いた作品です。久しぶりに桜を描いたが、満開と花吹雪が上手く表現できた気がして、今見直しても一番好きな絵となっています。2番目は柏尾川の桜並木 F10(53.0x45.5cm) 1993年頃柏尾川の桜は数枚描いたが、その中でも一番素直に桜を表現出来た気がします。花が淡いピンクで白いっぽいだけに色んな色が見えて苦労していたが、淡い桜を上手く描けた気がします。3番目は津田山の桜 F10(45.5x53.0cm) 1988年川崎、津田山墓地の桜も何枚か描いたが、メインの並木ではなく、墓地の隅あった一本の桜の木です。若い木でとても勢いを感じたし、今までになく白い桜を描いた最初の作品です。3点とも、2011/03/10のブログに載せていましたね。
2013.03.27
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今、菜の花の油絵を2枚描いています。金太郎流、菜の花の描き方ちょっと前に、最初に描いた方を手直しして、ほとんど完成したが、花瓶を置いている台をどうにかしようと思い・・・そのまま放置状態となる。桜が咲いた事もあり、他方のブログの写真、更新に忙しくです。12:33菜の花のみを写す菜の花は先端まで花が咲き、途中で折れたりして・・花瓶に触れれば花びら全部散りそうな状態です。水も凄い臭いがするのでは??12:33そんな訳で、2枚目は手付かずです。明日の昼、長かった市美展も終わます。搬出に行かねばです。
2013.03.23
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最初の菜の花は、そのままにして、絵具がパレットに残ったし、手ごろな厚紙があったので、2枚目を描き始めました。30年も画箱の中でほとんど使われず有った紫色の絵具は、伸びがなく粉っぽくなっていたので、白とパレット上で混ぜて使うことにして・・紫色は、菜の花の黄色の補色でもあるので、バックの色にしてみました。2枚目だったし、形は上手く決まるも、紙に描くので相変わらず絵具は伸びず・・点描的に絵具を載せて行き・・・途中、紫色がいやになり、ブルーを入れるも落ち着かず・・紫色に戻したりして・・・花瓶に生けた茎と花瓶の境目を確り描いて・・花瓶も・・油絵 厚紙(約A3 54.5x38.0cm)この時点で、絵具が少し固まるまで、一時描くのを止めます。また、パレットに絵具が残ったので、最初に描いた絵の手直しに入ろうと考えています。
2013.03.16
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川沿いの散歩で、絵を描くため菜の花を摘んで来ました。花瓶に生けるのはちょっと楽しいかったが・・描き始めたものの、細かい花の菜の花など描くのではなかったと思いながら・・2日目となり、ほぼ描き込むことが出来たので、一時描くのを止めます。紙(50.5x39.0cm大衣) 油絵白い紙に描いたので、全部を塗るつぶすのに苦労したし、花の形を描くのにも・・・いつものことでですが、いい加減いやになるも頑張りました。ここまで描けば、もうつぶすことは無いでしょう。菜の花はいつも苦労しますが、もっと楽しく描きたいものですね。紙サイズを調べも大きさが合うのがなく、額縁の中にあった紙を使用したようです。四切と半切の間の大衣でした。絵にした菜の花の写真
2013.03.13
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大分市美術展に出品した作品の紹介です。宇佐平野麦秋 F15(53.5x63.5cm) 2010年 昔、埼玉県羽生で見た描いた麦は、オレンジ色に黄葉する背の高い大麦でしたが、宇佐平野で育てている麦は、オレンジ色は少なく、茶色や白など、色んな種類の背の低い小麦が育てられていて・・一面の麦畑に戸惑うも・・ホワイトソニックを入れて描きました。展覧会に出すのだったら最低F30号を出すべきですが、今回はこれにしました。余談;この場所は宇佐駅のちょと先で、昔飛行場だった広い宇佐平野とは違っていました。幸せなひととき 四つ切(25.3x30.5cm) 2013/2/11庭で写したメジロのカップルの写真です。工学x50倍のコンパクトカメラなので、絞りやシャッター速度など適当です。メジロは大分県の鳥だし、見ていて幸せな気分になれるし・・・写真の出品は初めてですが、無審査で展示してくれるので出品することにしました。★2/28追記 入賞のお知らせ絵ではなく、初めて出した写真が「大分合同新聞社賞」を頂きました。写真は適当に写したのに、ナニコレ的なニュース性があったが良かったのだ思います。☆3/2追記 メジロのカップル、他の写真を紹介大分金太郎の花鳥蝶月/メジロのカップル★第47回 大分市美術展《会期》 平成25年3月1日(金)~3月24日(日)《開館時間》午前10時~午後6時(入館は午後5時30分まで) ただし、3月24日は午前10時~正午《観覧料》 無料(会期中は、コレクション展も無料です)《休館日》 3月11日(月)、3月18日(月)《会場》 大分市美術館 企画展示室ほか 大作も沢山出品さてれいます。是非、現物を見に来てください。おまけ4年ほど前から、毎年、宇佐平野の麦秋を描きに行っています。その絵を2点紹介します。宇佐平野麦秋2 F15(53.5x63.5cm) 2011年 2010年に麦秋を描いたら、ここは戦争中は飛行場だったところで、遠くの八面山は戦没慰霊の山と教えてくれました。八面山のことは知らなかったが、飛行場だったのは知っていました。2011年の宇佐平野麦秋は、そんな訳で八面山を入れて描きました。宇佐平野麦秋3 F10(45.5x53.0cm) 2012年去年は麦が不作の年で、背の低い小麦が更に小さく・・元気に育っている場所を探すのに、ちょっと苦労しました。久しぶりに描いたので、苦労するも・・どうにか絵にすることが出来ました。
2013.02.26
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絵仲間のG氏の顔を描いた水彩画です。G氏1 B4(36.4x25.7cm) 1979年頃(水彩)絵を描いている所を横から描きました。メガネの耳側を入れるか、悩んで止めたのを思い出します。水彩を描き始めたころは、透明水彩のみで描いていました。G氏2 B4(36.4x25.7cm) 1980年頃(水彩)80年になると不透明水彩を使う様になり、明るい部分を塗り残さずに、白や明るい色で描き込む様になり、自由に描ける様になりました。G氏3 B4(36.4x25.7cm) 1980年2月12日(水彩)ちょっと自由に描き過ぎました。ピカソ展を見た後で・・この絵を描いた後、G氏の顔をモデルに泣く男を描いたと思う。M氏の顔を3点紹介です。M氏1 F6(40.9x31.8cm) 1980年8月28日(水彩)肌の色など、丁寧に表現したM氏の絵も有りました。男には、似合わない絵となりですね。M氏2 F6(40.9x31.8cm) 1980年9月6日(水彩)明かりの当たらない部分を赤くして、顔に描いて見ました。不透明で描く様になり、ちょっと油絵的になりですね。M氏3 B4(36.4x25.7cm) 1980年4月21日(水彩)デフォルメし過ぎ、漫画的になってしましたM氏の顔です。でも、この絵が一番似ていると思う。
2013.02.25
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今日、今年最初の桜の開花予報がでました。オオイタは3月21日だそうで、いつもより一週間は早いそうです。まず、1991~93年頃に描いた桜並木の絵を紹介します。柏尾川の桜並木1 F12(50.0x60.5cm) 1992年頃 昔住んでいた公団の近くの柏尾川沿いには沢山の桜が植わっていて・・家族で花見に来て、妻と子供は近くの公園で遊んで、私は絵を描いていました。桜を何度も描くが、桜の花の色を出すのにいつも苦労します・・淡いピンクの花に色んな色が写り、色を重ね過ぎてしいましたね。柏尾川の桜並木2 F12(50.0x60.5cm) 1992年頃上手く行けば、一日に2枚は描いていて・・休みを取って花見もしましたし、毎年桜の季節を待ちわびて・・同じ場所から何枚も描きましたね。柏尾川の桜並木3 F12(50.0x60.5cm) 1993年頃同じ場所を逆から描いた絵で、翌年オオイタ転勤となり柏尾川の桜、最後の絵です。何度も描く中、花を細かく見るのが面倒になり、花ビラをまとめて表現した絵です。宿河原の桜並木 F10(45.5x53.0cm) 2002年頃絵のブログを始めたときに一度紹介した桜ですが、桜を描いた最後の作品なので再度載せることにしました。単身赴任の時に、南武線宿河原駅の桜を見て、ひとりで描きに行き描いた作品です。久しぶり桜を描いたが、花吹雪の中、一気に描きどうにか上手く表現できましたね。赤いのはベニカナメですが、ちょっと変ですね・・・
2013.02.07
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水彩画で描いた男の顔を6点紹介します。古い絵、1977年、79年に描いた絵です。G氏 F6(40.9x31.8cm) 1977年頃(水彩)G氏が珍しくアトリエに絵描きらしいベレー帽をかぶり現れた時に、かぶってもらい描いた絵です。今まで描いた中で一番似ているかも?G氏 B4(36.4x25.7cm) 1977年(水彩)水彩を描き始め、勢いを出すのに線を残すことを意識して描いた絵・・動きと言うか、生きている感じが出た気がしました?M氏 F6(40.9x31.8cm) 1979年頃(水彩)デッサン的に打ち消し合う線で描いてみたら、ちょっとロートレック風になってしまいましたね。鉛筆などで下書きをせず、直接水彩絵具で描いた絵です。下書きをした様にも見えますね。M氏 F6(40.9x31.8cm) 1979年頃(水彩)M氏を違う描き方で描いた絵も有りました。線を出さず軟らかく、暖かさ、優しさを表現したのでしょう?S氏 B4(36.4x25.7cm) 1977年頃(水彩)先生が教えていた某会社の絵画サークルの人です。サークル?アトリエ?で絵を描いているところを横から描いた絵の様です。福ちゃん F6(40.9x31.8cm) 1979年頃(水彩)絵仲間の福ちゃんの顔で、アトリエに勉強に来ていた頃に描いた絵です。好男子だったので、描き易く彼の雰囲気が出た絵が出来ました。
2013.02.05
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古い絵、1980年に油彩で描いた川崎市、津田山の桜を3点紹介します。桜は、まだちょっと早いが・・・津田山桜1 F20(60.6x72.7cm) 1980年頃(油絵)桜の花が綺麗過ぎて上手く表現出来ずですが、花の色の感じ、花見の雰囲気は上手く描けた気がします。都会の花見はともかく人が沢山でしたね。津田山墓地の一番上の広場で描いた作品です。津田山桜2 F25(65.2x80.3cm) 1980年頃(油絵)津田山墓地、途中の上り坂の桜並木の風景です。風が吹くと花吹雪となりました。ちょっと花吹雪が多過ぎた様なです。今思うと、歩行者優先の標識は必要だったのでしょうか?津田山桜3 F25(65.2x80.3cm) 1980年頃(油絵)1枚目と同じ登りつめた広場、出店が出ていて、青空の下、テーブルに座って花見をしていて・・桜と人を頑張って描いた絵です。テーブルに座っているオレンジの服の男性は自分を描きました。
2013.01.29
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川崎の無羅多アトリエで絵を勉強した時に、一緒に習っていた絵仲間の女性の顔を水彩で描いた絵です。人物画の基本の顔を上手く描ける様になるため、皆が静物画や石こうデッサンをしている所を後ろ向きで顔を描いていました。1977年ごろに描いた女性の顔の水彩画(水彩画らしい絵)を7点紹介です。山形娘 F6(40.9x31.8cm) 1977年頃(水彩)最初の頃は確り形を水彩絵具でデッサンして、形を壊さない様に薄い色を付けていました。X嬢 F6(40.9x31.8cm) 1977年頃(水彩)光が当たるところを色を置かず白く残すところを・・黄色を置いてしまう。Y嬢 F6(40.9x31.8cm) 1977年頃(水彩)良くモデルなってくれたY嬢です。同じポーズのスケッチもありましたね。私は水彩用のスケッチが出来ず、水彩画も水彩絵具でスケッチ・・鉛筆などで下書きをすると、書き込み過ぎてしまい、そのまま仕上げてしてしまいです。猪苗代 F6(40.9x31.8cm) 1977年頃(水彩)田舎育ちなのに、メガネの性?なのか、都会育ちに見えた猪苗代のお嬢さんです。お似合いのメガネが上手く描けましたね。X嬢 F6(40.9x31.8cm) 1977年頃(水彩画)モデルが誰か思い出せませんが、綺麗な人だったので薄い鉛筆で丁寧に形(下書き)をとり、形を壊さない様に水彩絵具を載せて仕上げたのでしょう。X嬢 F6(40.9x31.8cm) 1977年頃(水彩画)この絵もモデルが誰か思い出せません。絵にイーゼルなどがあり、絵を勉強しているところを描いた絵ので載せました。Tさん F6(40.9x31.8cm) 1977年頃(水彩&パステル、色鉛筆)ちょっと先輩のTさんの顔で、水彩で描いた後、白いパステル、色鉛筆などで描いた絵です。明るいところは白いパステルで上から描いて、輪郭などに色鉛筆も使って描いた絵です。皆オバサンになっていて判らないと思うで、載せる許可は取って居ません。御免!
2013.01.28
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昔々描いた油絵の風景画3点を紹介します。波浮の海 F15(53.5x63.5cm) 1977年頃 伊豆大島には会社の保養所があり、初めて大島に行った時に描いた波浮の海の絵です。この頃はプルシャンブルーを良く使っていて、暗い中の明るさ(光)見たいな絵が描ければと思いながら、描いていて様なです。結局は暗い絵となりです。多摩川落日 F10(45.5x53.0cm) 1979年頃 多摩川の大田区、六郷土手側にはススキや葦などがある場所があり、田舎で見られる様な夕日が見れる場所がありました。先生は夕日を描くのが得意で、2度ほど一緒に落日を描きに行行きました。その時の思い出の作品です。まだ高いビルはなく、故郷を思い出す様なところでしたね津田山の桜 F20(60.6x72.7cm) 1979年頃川崎、南武線津田山駅の直ぐ近くに桜の名所があり、背の高い大木の桜が墓地に行く道の両脇に沢山あります。毎年花見を兼ねて絵を描きに行きましたね。油彩で桜の木を直接描いて見ました。一般的には春の景色の中にピンクの桜を小さく描くのが普通というか、多い様ですが、あえて直接桜を描いて見ましたが・・・色は桃の花になりです・・・次は桜の花になる様に頑張ってみよう。桜を直接は、やはり難しいですね。
2013.01.27
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昔々、水彩で描いた女性の顔5点を紹介します。油絵をメインに勉強していたが、意外と難しく、直ぐ描ける水彩もやって居ました。殿町 F6(40.9x31.8cm) 1979年(水彩)川崎生まれの川崎育ち、田舎人には憧れのお姉さんでした。美人に描いてあげようと努力するも田舎娘になりです。珍しく人物を小さめに描いた絵で、全体の雰囲気は良いですね。山猫ちゃん B4(36.4x25.7cm) 1980年頃(水彩)居酒屋で一緒に酒を呑んだ時に、ホッケの開きを骨まで食べたのでついたアダナです。目を大きく、美人に描いて上げました。泰さん1 F6(40.9x31.8cm) 1979年10月16日(水彩)何を言っても微動だにせず、絵仲間、呑み仲間の泰さんでした。人物画で一番好きな画家は、モジリアーニで、油絵で真似ごとをしていましたが、水彩でも描いて居ました。首を長く、不自然に顔を傾けて・・ちょっとモジリアーニ風の水彩画が出来ました。泰さん2 F6(40.9x31.8cm) 1980年1月(水彩)ピカソ展を見てからは、自分はどんな絵を描こうかと・・・ちょっとは色んな絵をチャレンジ、描いてみましたね。そんな中、纏まらない泰さんの顔の絵となりましたが、真剣に絵を描いている雰囲気は出ている様なです。おまけ耳飾 B4(36.4x25.7cm) 1980年4月12日(水彩)ピカソ展を見て、ピカソの真似事で数枚描いた中の一枚です。モデルなしで女性の顔を描いてみたら・・真珠の首飾りにぶどうのイヤリングを着けた、こんな女性の顔のになりです。
2013.01.26
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昔々、川崎のアトリエで一緒の絵を描いていた仲間の顔です。F氏1 F6(40.9x31.8cm) 1977年頃(水彩)社会人となり、寮で東北生まれの彼に会ったことで、同じところで油絵を習い始め・・現在に至っています。彼にはとても感謝しています。彼に会わなかったら別の人生だったのかもです。このときは、そんなことは考えず、彼より良い絵を描くことに頑張っていた気がします。ちょっと点描技法を入れて描いた水彩絵です。F氏2 B4(36.4x25.7cm) 1977年(水彩)この頃は油絵も絵具チューブを筆代わりに描いていました。水彩で仕上げにチューブ描きをした唯一の作品です。油絵と勘違いする絵が出来た気がします。国士舘 F6(40.9x31.8cm) 1979年(水彩)彼はルネッサンス的な絵を描く素晴らしい画家でした。デッサンの基本を教わりましたね。今は星になりて私達を見守っています。セザンヌタッチを少し入れて描いた絵です。福ちゃん F6(40.9x31.8cm) 1979年6月15日(水彩)油絵の様に描くには、水を余り使わず、チューブから出た絵の具をそのまま画用紙に塗れば油絵の様になりますね。絵具が沢山要りますが。点描を織り交ぜて油絵風にした絵です。多分G氏 F6(40.9x31.8cm) 1979年12月29日(水彩)デフォルメし過ぎて誰かわから無くなりましたが、多分G氏です。一番、一緒に行動した絵仲間です。彼はデッサン力(正確に写し撮る)は無いが、色彩感覚に優れていて、彼の色彩感覚が私に欲しいと思いましたね。一緒に酒を呑み、酔った勢いで描いた絵かもです。M氏1 B4(36.4x25.7cm) 1980年4月28日(水彩)ピカソ展に行き、ブルーの時代の絵の影響でしょう。いつもは黄色めに表現する顔も思い切り白く描いて見ました。水を余り使わず描いて油絵の様になりましたね。M氏2 B4(36.4x25.7cm) 1980年4月25日(水彩)M氏赤い顔。やはり黄色人種なので赤い顔の方が良いですね。油絵で描いた様に見えませんか?水彩は油絵絵具とは違い、絵具の伸びが良いと言うか、字を書く様に筆が走る気がします。
2013.01.26
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絵を習い始め5年ほどの1977年に描いた手や人形、ストーブなどのスケッチです。手(指)B5(18.2x25.7cm) 1977年11月11日(鉛筆)人物画を描くのに指の表現が難しく、皆がやる様に手(指)を描きましたね。光の当たり方や反射の光を意識して境を暗く・・鉛筆の運びも立体的に・・ゴッホのデッサンを意識して描いた記憶があります。人形 B5(25.7x18.2cm) 1977年7月7日(鉛筆)自分の手や人形、静物は動かないので、のんびりスケッチが出来ますね。上と同じような描き方で、人形を描いたものです。人形 B4(36.4x25.7cm) 1977年4月(木炭)形の捉え方や光の表現を勉強するのに、石膏デッサンを勉強していましたね。石膏デッサンに使う木炭でストーブを描いて見ました。満月 B5(18.2x25.7cm) 1977年7月31日(鉛筆)絵仲間の故郷の釜石に行った時に描いた釜石湾に出る満月の絵がありました。出来が悪いので載せるのは止めようと思ったが・・思い出の作品なので載せました。風景を鉛筆で描くのは難しいことを知りましたね。裏の高台にある公園の桜の木に登り描いた絵が、もう一枚あるが、出来が悪く載せるのは止めました。 絵を描き始めて8年ほどが経って、適当に描ける様になり・・杵築土塀 F6(31.8x40.9cm) 1982年8月2日(鉛筆)夏休みに実家に帰ってきた時、町まで出て、昔の風景が残るところを描いて見ました。やはり、風景の鉛筆画は難しい・・・でも雰囲気は良しです。桜木町前運河 B4(35.0x24.7cm) 1979年12月21日(鉛筆)横浜の桜木町、関内、石川町は銀杏や運河、教会、建物なを描きに良く行きました。桜木町前の運河のスケッチが出てきました。この頃は当たり前に消しゴムを使い描いていましたね。間違いを消すこともありましたが、ぼかすためだった様なです。F8号ぐらいに油で描いた石川町の運河を探しているが見当たらずです・・・譲った記憶は無いし、その内見つかるでしょう。玉ねぎ B4(35.0x24.7cm) 1982年12月9日(黒コンテ)アトリエの静物台の上には、中々腐らない玉ねぎとニンニクがいつまでも置かれていて、新芽の青いねぎが伸びて綺麗でしたね。そんな玉ねぎとオールドパーをデッサンした絵です。1/25更新写真館に一度登録した写真を貼り付けで使うと玉にピンボケとなり・・旧の場所に登録・使用で更新しました。
2013.01.24
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昔々、1977年に描いた顔のデッサン3点の紹介です。本人に許可なく載せますが、皆還暦が近く判らないと思う。山形嬢 B4(36.4x25.7cm) 1977年4月28日(木炭)この頃は、アトリエには絵の勉強のために10数人ほど来ていて、私は反対を向いて絵を勉強いている人の顔を描いていました。木炭を使って・・自分で言うのは変ですが、動く人物も形を確りコピーすることが出来るようになりましたね。川崎嬢 B4(36.4x25.7cm) 1977年5月(木炭)上と同じ様に、木炭で描いた川崎育ちのお嬢さんの顔です。彼女は沢山モデルになってもらいましたね。改めてありがとうございました。静岡嬢 B5(25.7x18.2cm) 1977年6月30日(鉛筆)一年ほど後に入社して来た静岡のお嬢さんです。会社の昼休みにも、玉に絵を描いていて、ちょっとお願いして描いた絵と思う。この頃は似顔絵というか、上手く似ること願って描いていました。1980、82年に描いた顔の絵です。誰でしょう? F6(40.9x31.8cm) 1980年10月4日(鉛筆)写真の調整に失敗した様で、色がブルーぽくなりましたが、えいぴつ画です。アトリエで絵を勉強しているところを描いた顔ですが、誰でしょう?同じ絵が3枚あり、余程気に入った人と思うが、誰だか思い出せません。福ちゃん、B4(36.4x25.7cm) 1982年9月(黒コンテ)絵仲間、山口生まれの福ちゃんです。アトリエ中では一番の勉強家でした。本も沢山読み、フランスにも一年ほど留学して・・・髭が濃いのがうらやましく、ピンの毛を上手く描いて上げました。2002年に描いた顔の絵。オオイタ転勤して止めていた絵を7年ぶりに復活して描き始め・・M氏 B4(36.4x25.7cm) 2002年2月(鉛筆)鉛筆に慣れるために、M氏をモデルに描いて見ました。形ばかり気にして・・77年頃の絵に戻りですね。同じことを繰り返し、上手く描ける様になれば良しです・・・やはり、いつも描いて無いと筆が運ばずダメなのが判りました。
2013.01.23
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01年に1年間川崎に単身赴任をした時、前に勉強していた日曜クロッキーにも行き、裸婦クロッキーをやりました。鉛筆でのクロッキーをひとつの作品とするにどうしよう的に頑張って・・今回紹介のクロッキーは20分ポーズです。裸婦クロッキー12 B4(36.4x25.7cm) 2002年(鉛筆)鉛筆の細い線を沢山描き込み、陰影を付け、20分でどうにか作品が出来ました。裸婦クロッキー13 B4(36.4x25.7cm) 2002年(鉛筆)体に包帯を巻きつける雰囲気で鉛筆を動かし、強弱を付けて丸みを出して・・座った裸婦を描く。裸婦クロッキー14 B4(36.4x25.7cm) 2002年(鉛筆)同じように、包帯ぐるぐる・・座った裸婦を描く。裸婦クロッキー15 B4(36.4x25.7cm) 2002年(鉛筆)絵になるポーズをしてくれたので、鉛筆の運びも変わり・・くるくると軟らかい表現にして、横たわる裸婦を描くも、黒髪の表現が昔の描き方となり、ちょっとミスりました。裸婦クロッキー16 B4(36.4x25.7cm) 2002年(鉛筆)これも02年にあみ出した包帯巻き手法で裸婦立像を一気に描きました。意外と確りとした一枚の絵になっていると思います。
2013.01.22
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1977年ごろに描いた裸婦クロッキーの紹介です。昔々、川崎のアトリエで日曜日に裸婦のクロッキーと固定をやっていて、クロッキーは10分4回と20分4回をやり、その時に描いた絵を紹介します。10分クロッキー_6 B4(36.4x25.7cm) 1977年頃(鉛筆)10分の短い時間にやっと形がとれるようになり、椅子を描くまで出来なかった絵です。コンテと水彩で描いている先生や先輩達の絵を描く速さに驚かされました。でも、私はしつこく形を捉えるのを学ぶため、鉛筆でのクロッキーを頑張りました。ちょっと直線が多く、軟らかさに欠けましたね。10分クロッキー_7 B4(36.4x25.7cm) 1977年頃(鉛筆)このクロッキーも10分ポーズの様で、女性の軟らかさを意識したのでしょうか?曲線で表現する様になった絵となりました。20分クロッキー_8 B4(36.4x25.7cm) 1977年頃(鉛筆)20分ポーズになると、全体の形をとらえた後時間があるので、影を付けて立体表現を上手く描ける様に努めていました。10分クロッキー_10 B4(36.4x25.7cm) 1977年頃(鉛筆)10分ポーズは、形を写すのがやっとでした。間違った線を消す暇もなく、その線があるお陰で、生きている、動きが出て面白い感じです・・クロッキー9は似たポーズなので載せるのを止めました。20分クロッキー_11 B4(36.4x25.7cm) 1977年頃(鉛筆)裸婦も描ける様になり、自分なりのデフォルメが出来る様になりです。鉛筆で描くのはB4、F6サイズまでがやっとでしたね。沢山裸婦をクロッキーで描きましたが、勉強のひとつで、絵として見れるのは3・4割もありませんね。残り6・7割はごみとなりです。
2013.01.22
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裸婦坐像1 F25(80.3x65.2cm)1980年頃 油絵1980年ごろになると裸婦の油絵も失敗が少なく描ける様になり、その中でも出来の良い裸婦です。バックにマーガレット(フランス菊)の花を適当にあしらって、描いて見ました。裸婦寝像1 F40(81.0x100.0cm)1982年頃 油絵形を写すのに苦労しなかったので、すんなり描けた絵です。このころは、迷うことなく一気描けてましたね。平筆のセザンヌタッチで・・・裸婦座像2 F25(80.3x65.2cm)1982年頃 油絵失敗した古いキャンバスの上に描いたので、ちょっと雰囲気が違いますが・・・油絵は白い新しいキャンバスに描くより、地塗りしたキャンバスの方が油絵らしくなるし、一気に描けますね。多分一気に仕上げた絵と思う。裸婦寝像2 P20(53.0x72.7cm)1993年頃 油絵1993年ごろの作品です。確り形が写せて肌の色を出すのに苦労したが、面白さが無いというか、ポーズの形からなのか、ちょっとつまらない絵となりですね。裸婦座像3 F25(80.3x65.2cm) 1993年頃 油絵裸婦の美しさは大きな乳房のように描いているが、実際大きな人でした。肌の色も今までなく上手く描けた様に思う。でも裸婦は裸婦、デッサン力を見せている絵でしかありませんね。2/4更新登録の絵がちょっとボケていたので、サイズを少し替えて再登録しました。
2013.01.21
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先生が96歳で亡くなってから11年が経ちました。2001年に再度川崎に単身赴任して、7年ぶりに元気な先生に会えて・・仕事帰りにアトリエに寄り、絵の勉強を再開しました。介護の関係で、暮から年明けを病院に入れたら、そこで肺炎をこじらせ翌年の1月12日に亡くなりました。偶然にも川崎に単身赴任していた時で、見取ることが出来・・絵仲間で一晩中先生のデスマスクを描いたとこを思い出します。先生の顔1 B4(35.0x24.7cm) 1982年(黒コンテ)30年ほど前に描いた先生の顔です。アトリエで描くものが無い時は、良く先生の顔をスケッチしました。先生の顔2 B4(35.0x24.7cm) 1982年(黒コンテ)漫画的似顔絵に表現して見た絵もありました。先生の顔3 B4(35.0x24.7cm) 2001年暮(鉛筆)単身赴任して、絵を再開したときに描いた先生の顔です。顔は皺もなくバターの様につやつやの96歳でしたが、沢山の線で描いてみたら、やつれた顔になりましたね。でも、沢山の線がかもし出す雰囲気は良いですね。先生の顔4 B4(35.0x24.7cm) 2001年暮(鉛筆)同じ時に横から描いた絵もありました。
2013.01.21
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1979年、80年に描いた花の水彩画を4点紹介します。最初は透明水彩絵具のみで描いたいたが、不透明水彩絵具も使うようになり、中には油絵のように思える絵もあります。バラ1 F6(40.9x31.8cm) 1979年(透明水彩)バラ2 F6(40.9x31.8cm) 1980年(水彩)ダリア F6(40.9x31.8cm) 1980年(水彩)ケイトウ F6(40.9x31.8cm) 1979年(透明水彩)一言は後で・・
2013.01.20
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1979年に水彩で描いた枯れた花の紹介です。勉強に通っていた川崎のアトリエには、生けたばかりの花が、日が経つにつれ枯れ行き、直ぐ仕上がらない人も居たので、枯れてもそのまま放置されていることが多くでした。萎れた薔薇1 F6(40.9x31.8cm) 1979年頃(透明水彩)萎れた感じなど、上手く描けたと思ったが、絵の中心付近に花が無く、ちょっとつまらない絵に思えて来たので、下の2枚目を描きました。 萎れた薔薇2 F6(40.9x31.8cm) 1979年頃(透明水彩) 中心付近に花が来るように描くも、ちょっと中心過ぎましたね。 昔は勢いがあり、直ぐもう一枚の絵が描けました。萎れた花 F6(40.9x31.8cm) 1979年頃(透明水彩)今、見直して、花瓶の底が入る構図にした方が良かった気がします。構図を決めてから描かなかった(下書きなし)ので、こんな絵になった気がしますが、勢いは感じてです・・・ 萎れかけた向日葵 F6(40.9x31.8cm) 1979年頃(透明水彩) まあ、細かい花ビラなど、沢山筆を動かし良く描いたものだと、 我ながら関心しています。 バックは花が描けた後、ちょいのちょいと色を付けのようです。
2013.01.19
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1978年か、79年頃に描いた鳥や動物の絵です。猛獣がいる野毛山動物園へ先生、絵仲間と動物のスケッチに行った時に、木炭で描いた作品を紹介します。木炭は石膏デッサンなどで使いますが、木炭で描いた場合はフキサチーフで固定しないと、擦れた時に汚れてダメになります。でも、木炭はすべてが鉛筆の芯のようなので、筆数が少なく一気に描けますね。ミミズク F6(40.9x31.8cm) 1979年頃(木炭)ミミズクは木の枝にじっと留まっていたので、意外と描き易いかった様なです。 ヒョウ F6(40.9x31.8cm) 1979年頃(木炭) 他の動物は動き回るのに、このヒョウはポーズしてくれました。 いつ動き出すか判らないので、急いで描く。トラ F6(40.9x31.8cm) 1979年頃(木炭)オリの中を唸りながら動き回るトラで、こちらを向いた時を適当に表現してみたら、蚊取り線香を入れる動物陶器のようになりましたね。 クロヒョウ F6(40.9x31.8cm) 1979年頃(木炭) 動物園のクロヒョウはメタボでしたね。 のんびり左右に動く中、一気に描きました。先生 F6(40.9x31.8cm) 1979年頃(木炭)先生は大地を踏みしめながらのんびり歩くが、絵の描くのはメチャ早く、ちょっとデフォルメが強いが、デッサン力には驚かされましたね。(デッサン力の無い有名な画家が多い中・・・)昔思った事、画家はカメラを持ってはいけない、スケッチブックと鉛筆を持ち歩きましょう。独り言、今は当たり前に写真を見ながら描いている人が多いが、目に見えない所までも写しとろうとして・・完璧な美、写真のような絵を求め過ぎ、不完全だからこそ美しい、動きのあると言うか、ドラマチックな絵を忘れている気がします。
2013.01.18
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昔々、ピカソ展を見て、ピカソの真似事をしてみました。ピカソは知っていたが、実物を見て感動したと言うか、なるべく忠実に描くことが、何だか詰まらなく思えて・・ちょっと遊んで見ました。ちょっと慣れた水彩だから色々と思い切った事が出来た様なです。自画像 F6(40.9x31.8cm) 1980年(水彩画)これぞ芸術?具象、キュビズム的に描いてみました。カメラ的な一点透視図法ではなく、色んな角度から見たら的なです。今見ると、意外と飽きない絵に思えますね。 お嬢 F6(40.9x31.8cm) 1980年(水彩画) 顔だけ、キュビズム的表現で描いて見ました・・ こんな時期があったのだ。モデルなしだったので、片思いの彼女になって しまった様で、赤い口紅・口が印象的な顔になりましたね。 泣く男 F6(40.9x31.8cm) 1980年(水彩画)ピカソの「泣く女」を真似て、絵仲間のG氏をモデルに「泣く男」を描きましたが、泣いてるというより、笑った顔に見えますね。不透明水彩を使う様になり、上から重ね塗りをしても色が出るので、ちょっと油絵になりました。 ふたり F6(40.9x31.8cm) 1980年(水彩画) セータにふたりが入りと言うか? 赤と緑で人の二面性を表現してみた絵です。少女 F6(40.9x31.8cm) 1980年(水彩画)ゴッホの赤いバックの「少年」の絵が好きで・・ピカソとゴッホが合体して、赤い服の少女が出来ました。 裸婦 F6(40.9x31.8cm) 1980年(水彩画) 忠実に描いた裸婦より、面白い飽きない絵が出来た気がします。 この様な絵を真剣に描いて行けは、芸術家になれたかもです。
2013.01.17
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水彩で描いた静物画を紹介します。昔、川崎の無羅多アトリエに通い絵の勉強をしていたころの作品です。部屋の片付けをと思って物置の箱を開いたら、古い絵が出てきて・・片付けを止め、一日絵の写真撮影となりました。林檎とランプ(透明水彩) B4?(35.0x24.7cm) 1979年透明水彩は小中学校で使っていたので、描くのには苦労はなったですね。ただ、透明感が出すぎてしまい、ガラスの質感は良いが、他のところが困ってしまいです・・・ ランプと洋梨(透明水彩) B4?(35.0x24.7cm) 1979年 上と同じ頃の作品。アトリエの静物台に置かれた果物などは腐るまで 放置されていて・・腐った洋梨(ラフランス)を描きました。玉ねぎのある静物(透明水彩) F6(40.9x31.8cm) 1979年水彩は色々と遊べて良いですね・・失敗しても気にならないし・・アトリエにあるのもを適当に描いて見たら、意外と面白絵になりました。 ラフランス(透明水彩) B4?(24.7x35.0cm) 1979年 アトリエにある果物は、絵用なので口に入ることは滅多に有りません。 宴会があった時などは誰かが食べしまい、絵が描けなくなることも有りましたね。 セントポーリア(透明水彩) B4?(35.0x24.7cm) 1979年アトリエに行くと誰かが、セントポーリアを持ってきていて・・セザンヌタッチで描いて見ました。今見て、何であんな所にサインを入れたのだろうとちょっと後悔しています。
2013.01.16
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顔を描いた油絵4点を紹介です。母78歳の頃 F6(40.8x31.8cm) 1995年オオイタに転勤して、1年ほど経ってから描いた母の顔です。兄の農業(稲作や菊の芽摘み)の手伝いで、顔は日焼けしてしていました。父は58歳で亡くなり、子供達が結婚するまで、祖父母、子供3人をひとりで育て・・綺麗な母ではなく、母の力強さは描けた気がします・・ M氏26歳の頃 F20(72.7x60.6cm) 1982年 人物画の油絵がどうにか描ける様になり、アトリエで描いたM氏です。 この頃の男性はまだ髪の毛を長くのばすが当たり前で・・ セーターの模様を必死に描いた記憶が甦ります。 バックの女性は、アトリエの柱に掛けてあった、先生が描いた奥さんですM氏39歳の頃 F10(53.0x45.5cm) 1990年頃夏のアトリエで描いたM氏です。この頃は髪の毛は短くなり、どんなポーズを描く悩み、絵を描いているところを描いてみました。今見ると、顔はともかく、パレットが上手く描けていますね。 E嬢1993年 SM(22.7x15.8cm) 1993年 小さいキャンバスSMですが、雰囲気を変えてE嬢の顔を描いてみました。 顔には余り使わない淡い色で面描きして見たら、今までになく可愛く描けました。
2013.01.04
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川崎のアトリエに通っていた頃、93年暮れの絵仲間とのスケッチ旅行で式根島に行った時に描いた油絵を紹介です。子供を連れての家族で参加して・・翌年にオオイタに転勤となり、絵仲間との最後の旅行となりました。式根島1現場で描いた時はそれなりに上手く出来て居たが、家で手直しするも太陽と空が上手く描けず、放置してしまいました。今見直しても、空、太陽を描き直したい絵となっています。式根島1 F15(53.5x63.5cm) 1993年暮式根島22枚目は、同じ場所から前の島をメインに描きました。横に見事な男性のシンボル、男根岩があり、それも描きました。式根島2 F15(53.5x63.5cm) 1994年元旦式根島3大きな波や雲の切れ間から射す陽の光が綺麗で、変わっていく景色を描いて見ました。雲も光も波も難しいですね。式根島3 F15(53.5x63.5cm) 1994年元旦
2012.12.28
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子供の顔の油絵を3点紹介です。次男5歳息子をモデルに子供顔を練習したことを思い出します。100円のガチャポンをやりたくて、お小遣い欲しさに素直にモデルになってくれましたね。93年次男5歳頃を描いた作品です。 次男5歳 F4(33.3x24.2cm) 1993年 長男6歳 同じ頃、長男を描いた作品です。 片方だけ描くわけにも行かず、描く時間がない時は次回を約束して ・・小さい絵なので続けて兄弟を描いたこともあるが・・・ 今見直して、もう少し軟らかく描けば良かった様なです。 長男6歳 F6(40.8x31.8cm) 1993年姪の長女、櫻ちゃん。2003年、写真を見ながら描いた作品です。写真しろ、女の子の方が筆が走りましすね。絵の写真は影の部分に光が入り、色が出てませんが、こんな風に描ければもっと素敵な絵になる気がします。 櫻ちゃん4歳ごろ F4(33.3x24.2cm) 2003年やはり女の子の方が絵になりますね。
2012.12.18
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まだ新しい絵を描けずに、古い絵を更新中です。季節外れですが、春の花ポピーの絵を紹介します。ポピーも種類があり、ヒナゲシ(グビジンソウ)、オニゲシ(オリエンタルポピー)、アイスランドポピーなど・・・ポピー1(アイスランドポピー)厚塗りが出来るのが油絵の特徴で・・この時期の小品は厚塗りをチャレンジしていましたね。水彩とは違うのだと・・水彩的な下書きの後は、筆を使わず、絵具チュウブを筆代わりに直接描いたり、パレットナイフや指でも描いていましたね。ナイフと絵具チュウブで描いた作品です。 ポピー1 F6(40.8x31.8cm) 1979年頃ポピー2(ヒナゲシ、ナガミヒナゲシ)道路際や畑などに沢山生えてくる花が少し小さいオレンジ色のヒナゲシです。可愛い花だけど、花ビラが直ぐ落ちていましいますね。オオイタに来てから描いた作品で、昔(描き始め)に戻った様な絵になってしましたね。 ポピー2 F6(40.8x31.8cm) 2001年頃ポピー3黄色や橙色が特徴のアイスランドポピーです。キャンバスではなく厚紙で油絵を描いたりします。油が沢山必要となりますが、収納スペースが少なくて済みますね。紙に描いた性か?いつに無く明るく、はっきりした絵を描いてしました様です。 ポピー3 B3(51.5x36.4cm) 1991年頃今年描いた麦秋の最新作は、現地90%完成状態のまま座敷の床柱をイーゼルに放置状態で・・今はカメラを持って野鳥の観察に忙しい金太郎です。
2012.12.08
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昔描いた横浜のお嬢さん達を紹介です。横浜、石川町駅前の運河にはダルマ船が沢山浮かんでいて、友人がダルマ船を購入して、アトリエに改造、土日に絵の勉強をしていました。いつの間にか、絵仲間が集まる様になり、日曜日の人物画の時は、良く参加して描いていました。チャイナ服を着たY嬢絵仲間が友達にモデルをお願いして、石川町ダルマ船で描いた絵です。髪の毛が見事で、チャイナ服が似合う素敵なお嬢さんでした。 チャイナ服のY嬢 F20(72.7x60.6cm) 1982年 横浜のお嬢さん これもダルマ船で描いた横浜生まれのお嬢さんです。 何度となくモデルになってくれましたね。現場で描いたままの状態で、 バックなどそのままになっていました。少し手直しなければで放置状態 です。 横浜のお嬢さん F25(80x65cm) 1983年頃読書テーブルに肘をついているので、これもダルマ船で描いた絵ですね。これも現場で描いたままになっていました。読書の雰囲気が良く、早く手直しをしなければです。 読書 F10(53.0x45.5cm) 1983年頃 白い肌 白い肌とブルーのバックが不思議感じを与えますね。メチャ寂しそう。 ピカソ展を見た影響と思う。金太郎の青の時代?私の絵ではない様に 思いますが、この絵も現場で描いたままに手直しなし状態です。 この雰囲気での手直しは難しい気がします・・ 白い肌 P20(73x53cm) 1985年頃12/8、絵の連番ミスだったのでファイル名変更にて更新しました。
2012.12.04
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23日に実家へ車を走らせたら、野菜の直売場の近くに銀杏が沢山有って、綺麗に黄葉していましたね。昔描いた銀杏並木(横浜球場から山下公園に行く昭和大通り)を2枚紹介です。銀杏並木1横浜、桜木町から関内の通りの並木には銀杏が植えられていて、この時期には、黄葉が綺麗でした(ギンナンが落ちて臭いが大変でしたが)。昭和大通りには大木の銀杏があり、裁判所前から郵便局方向を描きました。 銀杏並木1 F15(53.5x63.5cm) 1989年銀杏並木2一日に2枚を描くほど元気な時期で、裁判所前から横浜球場の方向を描きました。01年に描きに行った時には、地下鉄関係?の工事をやっていて、奥の木は無くなっていましたね。今はどんな感じになっているのだろう・・・ 銀杏並木2 F15(53.5x63.5cm) 1989年横浜、石川町には外人墓地や教会があり、日曜日にはG氏と絵を描きに行きました。山手教会の油絵を紹介です。山手教会私はキリスト教徒でないので、教会に対するイメージがわかない中、教会で式をするのはキリスト教徒というか、新婦がウェディングドレスを着たいので教会結婚式をするのだろうと思いながら・・独身の頃に描いた絵です。 山手教会 F25(80.3x65.2cm) 1981年
2012.11.24
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川崎、横浜時代に描いた裸婦像の油絵を紹介です。日曜日には、川崎の無羅多正健アトリエで裸婦の固定とクロッキーをやっていて、良く裸婦像の勉強に通っていました。無羅多先生が2002年に95歳で永眠され、絵仲間が集まっていた思い出の多いアトリエは、今はもう無くなったそうです。裸婦寝ポーズ1裸婦像がやっと描ける様になった頃の作品です。裸婦を描く画家と言えば、ルノワールでして、画集などを見た性でしょうかね?無羅多先生の描く裸婦がデフォルメ、色が強くて・・・優しく感じで描いたら、ルノワールの絵に雰囲気がちょっと似てしまった様なです。 裸婦寝ポーズ1 F10(45.5x53.0cm) 1978年頃裸婦寝ポーズ2絵が描ける様になり、色んな画家を知り・・・金太郎の人物はモジリアニー的に全体を入れず膝から上を描くことが多いです。人物を小さく全体を入れると周りやバックの処理に困るためですが・・ポーズとキャンバスサイズによりますが、どちらにしろ人物UPの方が大胆な感じが出る気がしますね。 裸婦寝ポーズ2 F25(65x80cm) 1981年頃裸婦寝ポーズ393年ごろの作品で、人物を描く場合にバックの処理に困ってしまうことが多いです。アトリエの壁ばかりを描いてもと・・絵を入れてみたり、カーテンを描いて見たり・・上の絵もそうですが、人物を描き過ぎて硬くなりですね。 裸婦寝ポーズ3 F25(65x80cm) 1993年頃裸婦寝ポーズ4絵が描ける様になり、裸婦の肌の色を確り出すのはとても難しく・・立体を表現しようとすると、明るい茶黄色になってしまたりして・・珍しく明るく、金太郎にしては白っぽく描いた作品ですね。バックを長椅子に横たわる裸婦にして、掛けた布の模様を丁寧に描いた作品です。 裸婦寝ポーズ4 F25(65x80cm) 1993年頃改めて4点の裸婦像をみて、最初の裸婦が一番筆が走っていて、後は形を意識し過ぎて、硬い絵になっていますね。
2012.11.21
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昔描いた風景画、忍野富士と房総の白浜の港と三浦半島の剣崎灯台を紹介します。古い絵、サインや作成日の記入が無いのでいつ描いた作品か不明です・・思い出しながら曖昧ですが忍野富士昔、絵の勉強に通っていた川崎アトリエでは、毎年年末にはスケッチ旅行を計画していて、良く参加して描いていました。81年ごろの年末の忍野富士スケッチ旅行で描いた作品です。丁度フランダースの犬の最終回の日で、民宿の子供が最終の様子を泣きそうな顔で話してくれたことを思い出します。忍野は富士に太陽が沈む所なので、土手や道沿いには沢山のカメラマンが居て・・話しながらのんびりタイミングを待っていて、カメラマンは楽で良いなあと思いましたね。 忍野富士 F20(60.6x72.7cm) 1981年頃房総白浜風景(野島崎灯台)会社の絵画部で行った?懐かしい思い出の作品です。灯台と重なる絵の真中の小さな堤防に数人の人を入れてしまい・・適当な構図ですが、丁寧に描いていて、若い頃を思い出す作品です。 房総白浜風景 F15(53.5x63.5cm) 1978年頃三浦半島間口漁港(剣崎灯台)絵仲間3人組(G・F・M)は良く揃って三浦半島に絵を描きに行きましたね。いつもは反対側の岩場の方から剣崎灯台を描くが、間口漁港からも描いて見ました。ここからは灯台は逆光になってしましい・・漁船を入れて描くも、船に苦労し・・どうにか絵にした、間口漁港の懐かしい絵です。 間口漁港 F12(50.0x60.5cm) 1984年頃
2012.11.17
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若い頃に描いた絵仲間の顔の油絵を紹介です。K薬剤師川崎の無羅多アトリエに通い始め、油絵が描ける様になった頃の作品です。最初は対象に対して忠実に描くことに頑張っていて、バックを暗くすることで、白い肌を出して見たりしていました。その中で上手く描けたK薬剤師の顔の油絵です。 K薬剤師 F6(40.8x31.8cm) 1976年頃 K嬢 一緒に絵を勉強していたKお嬢さんです。 父親は山形生まれで川崎でスナックを経営して・・絵が終わった後 などに、絵仲間で良く呑みに行っていましたね。 川崎育ちの明るく優しいお嬢さんだったので、バックを明るくして 描いた気がします。 K嬢 F6(40.8x31.8cm) 1976年頃Y嬢誰か思い出せないが、一緒に絵を勉強していた絵仲間のお嬢さんです。色んな画家を知って戸惑う中・・勢いを大切に描いていました。画材店の閉店でマチソンの絵具を沢山もらった頃で・・その絵具の中のマチソンピンクを思い切って肌に使って描いた作品です。 Y嬢 F6(40.8x31.8cm) 1983年頃 T氏の顔 日焼けしたT氏の顔です。 逆光で光が当たらない時をどう描こうかと悩みながら・・ 赤い顔のT氏になってしました。 青いバックと赤い顔、意外と素敵に描けた気がします。 T氏 F6(40.8x31.8cm) 1981年頃
2012.11.14
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