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2017.06.05
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カテゴリ: 宇宙意識など


昆虫は、自然界、動植物界、さらには人類や地球の存続に欠かせない存在であるにもかかわらず、特に土地が酷使されている農業の世界では、その数がどんどん減ってきている。
昆虫は私たちの自然、すなわち動植物や地球上のあらゆる生命の未来にとって極めて重要な存在である。
益虫は、害虫を抑制するのに役立つ(自然界では必ずしもそうであるとは限らない)。
昆虫は死骸を分解し、それが栄養素として土壌を肥沃にする。その一方で、飛んでいる昆虫は、果樹の花の受粉をはじめ、香辛料の受粉など、多くの重要な食用植物の受粉という重要な仕事を担っており、こうした受粉によって初めて果物や香辛料がもたらされている。
しかし、重要な昆虫の多くの属や種は、特に人間にとって大切な食料を育てるために欠かせない大規模な農地では、ますます数が少なくなっている。
ところが、農業はお金儲けのために行われている。そのために、数え切れないほど大量のあらゆる種類の農薬や肥料、除草剤などとともに土地に使用され、植物の自然な生育を妨げるだけでなく、重要な昆虫の属や種を次々と減少させている。そしてこれらはすべて、ただ鬼の首を取ったように金銭の計算さえ合えば、無節操な儲け方が生まれている。

農業、商業園芸、そして建設産業、スポーツや産業全般を通じて行われる無数の破壊的な行為、さらには人間のさまざまな快楽が、地球、自然、その動物相と植物相、さらには大気と気候を破壊しているが、それは人間が子孫を残すことに狂奔して、無制限になったからこそ起こることに過ぎない。
地球と自然、その動物相と植物相、大気と気候は、もはや自然な形で過剰な人口となった膨大な数の地球上の人類を支え養うことも、その欲望やニーズを満たすこともできなくなっている。すべてが、過剰な搾取と開発に志向するだけであり、没落を余儀なくされ、避けられない状況となっている。
すでに、気候変動の悪影響が、こういった植物種の生育が成り立たなくなり、これまでの多様な植生から姿を消してしまうほど、自然界で顕著となってきている。
これは、これらの植物と他の植物属の植物が、それによって長い目で見ると、人間が食べられるかどうか疑問が残るほど味が変化するようになる。
こうして(全世界で約760万もの属と種が存在するキノコ類を始めとして)、毒と食用が一緒に並んで生育するようになり、見た目がよく似ていて、あるものは人間にとって良いもの、食用で栄養価の高いもの、しかしあるものは毒で、死に至るものさえあるようになるでしょう。
このように、未来は必然的にそれらをもたらし、長い目で見た地球上の人類は自滅の道を歩み、過去の多くの偉大な文明がすでにそうであったように、さらなる存在の可能性がすべて崩壊したため、その大部分が地球の表面から姿を消すようになる(あまりにも急激な人口過剰が発生し、この先の存続の可能性をすべて消滅させてしまい、そうなるでしょう)。
例えば、地球人類の大部分にとって水の不足は大惨事となり、宇宙空間への移住、あるいはSOL系や他の惑星への移住だけを空想するのと同じような、解決不可能な問題を引き起こすでしょう。
それは、永年にわたって苦楽を共にしてきた人たちでさえ、ここでは助けてはくれない。
というのは、地球の人々がその非良心性、利己主義、自己中心性によって、異常な人口過剰という形で産み出したものは、最終的には彼ら自身でその結果に向き合わなければならないから。
戦争だけでなく、自然界の多くの生命や動植物を破壊し、消滅させ、さらに気候を破壊するあらゆる手立ては、長期的には人類が、これまでのように自らを存続し続けることができなくなることを意味している。
石油、鉱石、レアアース、鉱物、ガス、あらゆる種類の木材など、資源の枯渇による破壊が進み、地球を遅かれ早かれ訪れるであろう崩壊の瀬戸際に立たされている。
ただ、人間はこのことにまだ気づいていないようだが、のんきで無責任で軽薄なその日暮らしは、長い目で見れば、その報いを受けることになるでしょう。

だが、話を昆虫に戻すと、昆虫は人類の未来、自然全体、動物相や植物相、さらにはこの地球自体にとって極めて重要な存在であり、地球そのものが昆虫に依存していることを科学はまだ理解しようとしないとしても。
害虫の抑制に役立つだけでなく、死んだものを分解して新しい栄養素を土壌に補充するだけでなく、すべての生物と地球の生命維持に必要な多くの役割を担っている。地球上の昆虫の総個体数だけでなく、減少している属や種も増えているため、深刻な事態を招いている。
顕著になっている昆虫の生物多様性の喪失は、すでに以前から極めて重要な生態系機能が危険にさらされており、その傾向はますます強まっている。しかしこれは、人間だけでなく、地球上のあらゆる生物の生活と食料の安全が全体的に脅かされている。
それにもかかわらず、このことを気にかける人はほとんどおらず、すでに生態系の破局が迫っているのに、のんきに、無頓着に、無関心に漫然と暮らして過ごしている。
科学者はこの事実を認識し、その解明に努め、時には公の場で語ることもあるでしょう。しかしながら、彼らは自分の研究分野で現在発見したことしか扱わないので、事実の一部を知るに過ぎない。
ところが、実際に起きていることは、世界の広い範囲で、原生林や人里離れた地域の奥深くにまで昆虫が減少し、ますます危ぶまれる状況となっているのに、そのことを全く知らないし、その結果、地球上の昆虫世界にとってどれほど悪い状況になっているのかも知らない。
昆虫減少の本当の原因や形態についての知識は、非常に不足している。その原因は、総人口の過剰な増加の結果、大気や気候の破壊、地球や自然の破壊、動植物の絶滅をますます引き起こしている無責任な策略にまで行き着くことができる。

私が知っていることのほとんどは、未来でスファートと一緒に地球のあらゆる地域を旅したときに得たもの。例えば、地球の多くの地域で、1970年代にはすでに昆虫の消失が広がっており、それが現在に至るまで急速に進行し、すでに花粉の受け渡し役を担う昆虫が広範囲にわたって姿を消して、場合によってはほとんど絶滅しているため、非常に深刻な問題になっていることを知ることができた。
蝶は、当時スファートと一緒に気づいたのだが、いわゆる農業地帯では、農薬やあらゆる種類の化学毒物などの使用により、通常の個体数の半分以上にまで、ほとんど駆除されていた。
スファートは、すべての蝶の属と種が約30%減少し、すべての生命にとって必要不可欠な飛翔昆虫が約75%減少するとさえ計算した。
このように、あらゆる昆虫の生物質量が壊滅的に減少している現状を、当時すでにスファートと私の目には明らかであった。農業や商業市場園芸など民間企業でも化学薬品や農薬などの無責任な使用によって、植生や昆虫界の多様性がほとんど回復させることができないほど破壊された状態に陥っている。
ヨーロッパでは、蝶、蜂、マルハナバチ、スズメバチ、そして蛾が主な昆虫グループで、カブトムシ、蚊、ハエ、アリなど、その属は数十万種に及ぶとスファートは述べている。
それ以上の数を挙げることは、当時も現在も不可能であり、しかも、化学物質や農薬などの毒物で絶滅しているにもかかわらず、2030年になっても未発見のものが何十万種もあると、スファート自身も地球上にどれだけの属や種があるのかわからないという。

気候変動と生息地の喪失は(私たちは1940年代にそのことに気付いた)、昆虫に大きな問題をもたらし、その多くは、新たな気候の中で生き残ることはできないでしょう。
そのため、非常に多くの昆虫属とその種が、農業や商業園芸、個人ユーザーによるあらゆる種類の農薬や殺虫剤などの化学物質や毒物の散布だけでなく、気候変動によっても絶滅や消滅の危機に瀕している。
つまり、過剰な人口による欲望、贅沢な渇望、過度の必要性から生じる人間の無責任な策謀によって絶滅させられるだけでなく、自然そのものによって、かつてない規模で絶滅の危機にさらされ、根絶されようとしている。
植生と昆虫の生物学的多様性は、一方が他方に影響を与え、結果として双方が影響を受けるため、同じように危機に瀕しているのだが、こうした事実を扱うべき科学者たちはまだ気づいていないようである。
スファートと私の観察によると、植物と昆虫の世界は互いに孤立して機能しているのではなく、一方が他方に依存しており、したがって両者が存続し繁栄するためには協力し合わなければならないことが分かっている。
一方が失われれば、もう一方も失われることになる。だからこそ、生息地の喪失は、昆虫の数を減らす効果がある。
そうして、植生を含む生息地の消失は、気候変動を悪化させる。というのは、すべての暴風雨が遮るものが何もなくなって攻撃面を獲得し、嵐の風が大地を吹き荒らし、途方もなく激しくなることがある。それ以外にも、太陽からの暑さから守れなくなり、必要な木陰を作る低木やその他の植物が育たなくなるためである。
その結果、土壌は乾燥し、肥沃でなくなり、その地域に生息していたあらゆる属・種の昆虫が必然的に絶滅することになる。そのためすべてが、この絶滅の危機に瀕した地域は、気温の高い温暖地帯となり、植物が育たず、昆虫も存在できなくなることにつながっている。
気候変動は、昆虫の生活だけでなく、その属や種そのものを破壊し、さらに地球の自然システム全体が制御不能に陥るほどの事態を招いている。

すでに、地球の永久氷塊の合計50%以上が溶解し、世界各地で海面水位を上昇させ、人類の居住を危険にさらすだけでなく、人口過剰が進むほど、新しい居住空間もますます不安定になる。
極地や氷河の氷解によって貴重な海辺の土地が失われるだけでなく、昆虫の世界でも多くの属や種の生息地も失われ、ゆっくりと、しかし確実に絶滅の方向に向かっている。
だが、それだけではない。人間は過剰な人口の狂気の中で、地球を破壊し、絶滅させるためにできる限りのことをしようとしているのだから。
人間は、その人口の増加マニアによって、地球とその植生、そして動植物を破壊し、自然がもはや回復できないようにするために、あらゆることを行っている。
しかも、ある程度回復できるように、再生する時間を与えず、人間によって次々と子孫を増やして、それによって過剰である人口が際限なく増え続け、必然的に新しい自然破壊策や自然消滅策が必要となり、さらに新たな自然生命根絶策が今以上に高度な方法で生み出されることになる。
これは、破壊と消滅のための新しく無責任な方法で、地下と地上のあらゆる種類の地球資源が新たに開発され、それによって地球の自転がますます速くなり始めている。それは何十年も前から気づかないうちに起こっていたことだが、これまで地質学では認識されていなかった。この研究はこれまで軽視されてきたため、科学者の側からは何の興味も示されることがなかった。
これらはすべて、明白な現実とその真実である。それにもかかわらず、人類の大多数は、有名で大言壮語する政治家さえも、あるいは大多数の国民でさえも、これらを受け入れようとはしない。世界的な環境汚染、CO2排出や大気汚染、あらゆる種類の農薬や化学薬品、毒物の使用に反対し、また、あらゆる戦争や武器の製造、取引などに抗議して公然としてデモを行う人々の多くは、自分たちが本当は何のためにこれを行っているのか、その目的を理解していない。

本当は、その背後にあるものが何であるのか、それが人類の未来にとって、すべての生命にとって、そして地球の存在そのものにとって、どれほど悪い状況なのか、まったく気づいていない。
しかし、すべてをありのままに受け入れようとする人はほとんどおらず、多くの狂信的な知ったかぶりや、さもなければ愚かな人々は、地球上の運命の空に浮かび上がるすべての悪や危険を否定さえしている。
大多数の非思考的で無教養な人の間だけでなく、政治やあらゆる科学の分野でさえ、人為的な気候変動や地球とその自然の人為的な破壊と消滅、さらに人口過剰による多様な破壊的作為、また、人類による多くの動植物の属や種の絶滅の事実を、その愚かさと愚直さで強く否定する真実の否定者が名を馳せている。
さらに、人間の人口が増えすぎた結果、生命を破壊する膨大な量の農薬や除草剤などの毒物や化学物質が自然界にますます投入され、商業主義、またそのために自然で行われているすべての食物栽培の利益動機を駆り立てて、動物や植物、非常に重要な昆虫界の生息地が破壊され、最終的にはそれを絶滅させることになる。
その結果、気候がますます変化していることなど誰も考えない。すでに起こっている気候変動が全体の頂点であるという愚かな見方が優勢なのだから(19世紀からすでに始まっていた)。
今日起こっていること、そしてこれから起こることの始まりは19世紀であった。
スファートと私は1940年代にこのことを知っていたので、これが気候変動の真実やその規模には至らないということも承知していた。ちょうど、世界の気温がわずか1.5度しか上昇しないことを私が知らなかったように、スファートと私が未来で目の当たりにしたのは、スイスの気温だけでも5度、時には6度を超えて上昇するだろうから。
ところが、人為的な気候変動は、人々の耳にはほとんど届かず、すべてが政治的に利用され、時には完全にばかげた方法で、まったく何の価値ももたらさないものもあり、地球とその自然が本当に必要としているもの、それは、少なくともまだ可能な限りにおいて、再生するための十分な時間を確保すること。
けれども、そうした大風呂敷を広げる政治家の一部は、世界とその全自然、そして動植物の存続、人類の本来の存立には関心を持たず、自分の権力ばかりか、自分の手柄で稼ぐのではなく、ものすごい給料に関心を持ち、自分の職を行使するだけで、地球とその自然、動物相と植物相、すべての生態系、大気と気候と人々の差し迫った問題についてはあまり関心がないのでしょう。

しかしながら、その再生には何世紀もかかるでしょう。それは、世界中のオーバー・ポピュレーションを根本的に減らし、あらゆる種類の産業を適切な程度にまで抜本的に、また世界的に解体することが求められている。
地球という惑星は、約5億3,000万人の人口を前提として設計されていると考えると、現在の92億人以上、つまりその約9倍にも達していることが分かる。
気候変動という現象を扱っているいわゆる専門家でさえ、その全体が気候変動の前兆として現れているものに過ぎないこと、長期的には科学者の想像を絶するような規模で自然全体に変化をもたらすことを知らない。
地球上の人類史上で初めて、この科学は地球上の生物多様性における相互作用の重要性を認識するようになったのだが、十分な検討がなされていない。そのため、地球や自然の破壊と消滅、動植物における絶滅のすべての不幸の原因が、総人口の過剰にあるという事実には少しも触れていない。
これは、CO2が時間とともに不安定になるように変化しながら蓄積していき、恒常的に乱され損なわれた大気に既に見られている。
本当に、私は予言者ではなく、この呼称は完全に間違っている。また、世界の救世主でもないので、ただ現実とその真実を告げる者であり、これから長い年月を経て、起こるであろうことを述べているだけにすぎない。
スファートがこれまで取り組んできた研究結果は、農業および商業園芸を行っている地域や私有地において昆虫類の減少が深刻化しており、特に気候変動と生息地の喪失が組み合わさった場合に、最も深刻な影響が出ていることを証明するものであった。
農業と商業園芸はますます盛んになっている中、気候変動の影響も強まっている。自然の生息地が次々と破壊され、気候変動がとどまるところを知らない。一方で、農業や園芸で商業的に使用されている地域では、多くの昆虫種が減少し続けている。
1940年代にスファートは、多くの農業地帯や商業的に利用されている園芸地域において、昆虫類の自然生息地のほとんどが破壊されていることを明らかにするとともに、気候の影響に特に弱いことを示した。
このように、気候変動の影響を受けた地域では、とりわけ被害が大きく、農薬、化学肥料、除草剤など、あらゆる毒物が自然界の耐えられる範囲を超えて散布されることで、昆虫の死滅が猛烈に進んでいる。
あらゆる属や種の昆虫にとって、生息地の消失は生物多様性に対する最大の脅威の一つだが、それを本当に心配している人はほとんどいない。

しかし、昆虫がいなければ、地球上のすべての生物は本当に絶滅してしまうのだから、昆虫がもたらす影響は、地球上の生物にとって極めて重要なものである。
また、昆虫の絶滅には、森林伐採などの長期的な生息地の破壊も含まれる。さらに、気候変動が加わり、気候の変化と温暖化に耐えられなくなった多くの樹木種が(特にヨーロッパでは)、枯死する原因となっている。
これまで以上に急速に顕在化した気候変動の脅威は、何よりも人間の不合理性と無責任さによって、ヨーロッパのみならず、すでに世界中で昆虫世界の生物多様性の減少という不安定な結果をもたらし、この破壊と絶滅の狂気は、もはや原生林の奥深いところにまで及んでいる。その例として、ボルネオ島やアフリカの一部、そして何よりもヨーロッパの原生林、特にブラジルの熱帯雨林では、原始林が手当たり次第に略奪・伐採されているため、昆虫界の生息地がますます破壊され、最終的には根絶されてしまうことになる。
特に、無責任なブラジル大統領ジャイール・メシアス・ボルソナーロの承認と奨励によって。
農薬や除草剤だけでなく、何千種類もの毒物や化学物質、さらには気温の上昇や極端な気象現象の頻発も、昆虫界に極めて大きな悪影響を及ぼしている。干ばつの期間や暴風雨などの気象条件の変化は、多くの昆虫種の個体数に深刻な被害を与える現象である。
すでに、気候変動だけでも地球上の多くの地域で非常に甚大な影響をもたらしており、気温も元々かなり不安定になっているため、さまざまな属や種の昆虫にとっては不利な状況になっている。
ところが、多くの昆虫は急激な気温変化に慣れていないため、気候変動には耐えられず、変化する気候から致命的な影響を受けてしまう。特に、蝶、蜂、蛾などの昆虫類だけでなく、スズメバチ、アリ、カブトムシ、ハエ、虫、トンボ、蚊、その他あまり知られていないグループが特に危険にさらされている。 

これは、他のさまざまな昆虫はもっと回復力があるのに、それでも絶滅や壊滅を免れないのは、農業や商業園芸農場、多くの個人によって、農薬や除草剤、毒物、あらゆる種類の化学物質を散布して、その生息地を破壊し、また植生も時間の経過と共に消滅させられてしまうから。
このように、いたるところで昆虫や植生に生物多様性の変化が起きており、地球人類が、全体として、すべての生命と地球の存続に対する責任を果たしていくことは予見することができない状況となっている。

第802回会見抜粋 (ビリー)エドゥアルト・アルベルト・マイヤー




人口過剰に関する驚くべき先見性と歴史的名言

孔子〈哲学者、551-479年〉
過度な(人口の)増加は、労働者一人当たりの生産高を減少させ、大衆の生活水準を低下させるとともに、争いを引き起こす可能性がある。

アリストテレス〈哲学者、384-322年〉
人口を制限することは、財産を制限すること以上に必要なことだと考える。
既存の国家では頻繁に見られるこの問題の軽視は、市民の間に貧困をもたらす絶えない原因であり、貧困は革命と犯罪の両方の元凶である。

テルトゥリアヌス〈作家、神学者、160-220年〉
最も強力な証人は、地球の膨大な人口である。私たちは地球の負担であり、地球は私たちの必要をほとんど満たすことができない。

ニッコロ・マキャヴェッリ〈政治理論家、哲学者、1469-1527年〉
世界のすべての地方が住民で溢れかえり、その土地で生活することも、他の土地に移ることもできなくなるとき。
世界はこの3つの方法(洪水、疫病、飢饉)のいずれか、あるいは別の方法で自浄作用をするでしょう。

リチャード・ハクルイト〈Richard Hakluyt 作家、1527-1616年〉
長い平和とめったに病気に罹らないことによって(我々はかつてないほど人口が増加している)、何千人もの怠惰な人々の多くがこの領域に属しており、彼らは仕事に就く機会を得られず、反乱を起こして国家に変革を求めるか、少なくとも連邦にとっては非常に重荷となる。

オットー・ディーデリッヒ・ルツケン〈OttoLutken 聖職者、経済学者、1719-1790年〉
地球の円周は決まっており、そこに住む人々の数が増えてもそれが広がるわけではなく、居住可能と考えられている他の惑星への移動はまだ発明されていない。
地球の肥沃度はある時点以上には拡大できず、また、人間の性質はおそらく変わらないので、一定数の人間が将来も現在と同じ量の地球の食物を必要とし、その食事の量を任意に減らすことはできないから、「世界の住民は、数が多ければ多いほど幸福になる」という考えは維持できない。
というのも、人間の数が、人々の数が、豊かな土地と水を持つこの惑星が養える数を超えると、住民は互いに飢え死にせざるを得なくなり、羊毛、亜麻、木材、燃料などの生活に必要なものが不足するなど、必然的に付随する他の不都合は言うまでもない。
しかし、初めに人間に実を結び、増えよと命じた賢明なクリエーターは、人間の居住地と糧を制限した以上、際限なく増え続けることを意図したわけではない。

洪亮吉〈哲学者、1746-1809年〉
世帯数といえば、その数は100年前の20倍になっている。
野生の耕作地や住宅用の空き地があるでしょうと言う人がいるかもしれない。
しかし、これらは2倍か3倍、せいぜい5倍にしかならないのに、人口は同時に10倍から20倍になる可能性がある。
したがって、住宅と耕地は通常不足しているが、人口は常に溢れかえっている。
一部の世帯が独占しているのだから、非常に多くの人々が寒さと飢えに苦しみ、あちこちで死亡することさえあるのも不思議ではない。世界はこうした危機にどのように対処しているのでしょうか?
洪水、干ばつ、疫病は問題を緩和するための自然の摂理である。

ジェームズ・マディソン〈米大統領、1801-1809 (1751-1836年)〉
人間の命の余剰分はどうなるのか?
第一にそれは、中国人やラケダイモン人の間で行われているような嬰児の遺棄によって奪われてしまうか、あるいは第二に、食糧の量に人口が見合わない他の民族のように、息絶えるか飢え死にしてしまうか、あるいは第三に、戦争や風土病によって蝕まれてしまうか、第四に、余剰の食糧が得られる場所に、移住によって溢れ出されることが挙げられる。

ラルフ・ワルド・エマーソン〈作家、1803-1882年〉
もし政府がその方法を知っているのなら、人口を増やするのではなく、抑制して欲しい。

ジョン・スチュアート・ミル〈哲学者、1806-1873年〉
生活様式が向上し資本が増加し続ければ、世界には、そして古い国々さえも、人口が大幅に増加する余地があることは間違いない。しかし、仮にそれが無害であったとしても、私は正直言って、それを望む理由はほとんどない。
人類が協力と社会的交流のあらゆる利点を最大限に享受するために、必要な人口密度は人口の多い国ではすでに到達している。
たとえすべての人に十分な食糧と衣服が行き届いている場合でも、人口が過密状態になることは起こりうる。
人間にとって、仲間と常に一緒にいることは良いことではない。孤独がなくなる世界というのは、非常に悪い理想といえる。
瞑想や人格の深化には、しばしば一人になるという意味での孤独が不可欠な要素である。
そうして、自然の美しさや荘厳さの前での孤独は、個人にとって良いことであるばかりでなく、社会にとって無くてはならない思考や志の芽生えとなる。
また、何一つ自然の営みに委ねられていない世界や、人間の食糧を栽培するのに適したすべての土地や、花の咲く砂漠や自然の牧草地がすべて耕されている世界を思い浮かべても、あまり嬉しくはない;
人間のために家畜化されていない四足動物や鳥類はすべて、人間の食糧競争相手として駆逐され、垣根や余計な木がすべて根こそぎにされ、野生の低木や草花が、農業改良の名のもとに雑草として駆除されていて、生育できるような場所はほとんど残されていない。
もし地球が、富と人口の無制限な増大によって、より多くの人口を養うことができるよう、その快適さのために大部分を失わなければならないのであれば、私は未来の子孫のために、地球が必要に迫られるずっと前から、静止したままでいられることを心から願っている。

第853回会見抜粋






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最終更新日  2023.07.23 10:28:57


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