この前お瞽女唄をブログに取り上げましたので、今度は高橋竹山を取り上げたいと思います。
津軽三味線の第1人者、3才のとき麻疹から半失明となり、その後門付で三味線を弾いていた門付師について門付をして演奏していましたが、太平洋戦争中は演奏の中断を余儀なくされ、鍼灸、マッサージなどで生計を立てていました。戦後、成田雲竹という津軽民謡歌手の伴奏をし、コンビを組んで演奏活動を続けたようです。
雲竹から竹山の名前をもらったそうで、その頃から評判を呼び、LPレコードに吹き込んだりラジオ放送されたりTV放送もあって、全国に名を知られるようになり、津軽三味線の第1人者となりました。
1970年代は渋谷ジャンジャンで演奏会を開き当時の若者の心も惹きつけました。
アメリカにも渡り海外にも津軽三味線を知らしめました。ニューヨークタイムズ紙も絶賛したようです。
詳しくはどうぞウィキぺディアをご覧ください。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%AB%98%E6%A9%8B%E7%AB%B9%E5%B1%B1
やはり魂を揺さぶるのですね。竹山の津軽三味線は・・・
YouTubeをアップします。
記録にはないのですが、私の記憶にあり、友人であった谷川俊太郎氏に招かれ武満徹氏の山荘の竹林に向かって竹山が弾いた三味の音が未だに忘れられないのです。竹林の中に溶け込んでいく音色。自然の中に紛れていく津軽三味線の音色がいまだに耳に残っています。
NHKで放映していました。アーカイブにないのかなぁ。三人は交流があったようです。
プリマベラの練習その2 2019.07.20 コメント(21)
市川新婦人コーラスの練習 2019.07.05 コメント(12)
PR
New!
ダニエルandキティさん
New!
masatosdjさん
小野寺秀也さんCalendar
Comments
Freepage List
Keyword Search