私が小学3年の時です。
これは後から聞いた話ですが、その日の始業前、仲の良い友達と鬼ごっこをしている時、私がくるっと振り向いて、今日戦争が始まったのね。と、友達に言ったそうです。その友達はそんなことには無関心だったので、ドレミさんの家庭ではそんなことが話題になっているんだとびっくりしたそうです。
それはというのもその時の担任のI先生が教壇を降りて、(この意味も今になって分かりました)こういう話は教壇に昇っては出来ない話だけど、と前置きして「今アメリカで日本の松本大使と来栖大使がアメリカの大使と大事な話をしています。うまく話がまとまればいいのですが、まとまらなければ戦争になるでしょう。だから今は太平洋の波高し、と言われているのです。この波が早く収まればいいと先生は思っています」そして世界地図の太平洋に鞭をあて大きな波を描きだんだん波を小さくしていきました。
小さいながらその先生の真剣な面持ちからこの話は忘れることはありませんでした。そして私も戦争が始まらなければいいと思っていました。
12月8日の新聞は日本の9軍神と真珠湾攻撃で紙面がいっぱいになりました。ああ、ついに戦争が始まったのか、と思ったのでした。
担任の先生は変わって、男の先生になり、学級通信を出し、良く詩を書かせ、児童の詩を学級新聞に載せました。
12月8日直後に載った児童の詩は「日本の戦争開始を讃えるもの」でした。私はよくこんな浮き浮きした詩が書けるな、と違和感を持ちました。空々しく感じたことを覚えています。
私の詩は「紅葉」の詩でした。自分ではうまく書けたつもりなのに、どうして載らないのだろう、とちょっと嫉妬に似た気持ちを持ったのを覚えています。
そして、詩を返された時、私の「紅葉」には3重丸ならぬ4重丸がついていました。何故、4重丸で、学級通信に載らないの?と訝りましたが、今になると良く分かります。
学級通信も戦意高揚の道具にされたのです。その陰で、幼い心が傷ついたのです。
こうして、私は当時からすると変な子でした。天皇は「現人神」で神なんだと言われると、「天皇だって、食事もするし、話もするし、人間で、神なんかじゃない」と言って親を困らせ、「そんなことを言うとおまわりさんに連れていかれるよ」と言われました。何度もそう言われ、おまわりさんに連れて行かれると嫌だから、と、何も言わなくなってきました。
ああ、こうして当時の治安維持法は幼い良心を踏みにじり、真実を追求する目も、詩心も潰していきました。
戦争とは、治安維持法とは、こういうものです。
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