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ボク でん今日はお母さんとお散歩だったんだ。お母さんが,「お日様が昇ったばかりで、こんなに影が長いよー。もっと寝かせてよ。」って言ってたよ。何の事かよく分からないけど、今日は4時50分だよってお母さんが言ってた。
2017年05月24日
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「後立山連邦で遭難するなら、富山県側に落ちろ」日本のアルピニストたちの間で密かに言い伝えられている言葉です。遭難したときの対応が天と地ほど違うからです。確かに長野県のマスコミ関係者と話したとき、「山に遊びに来て勝手に遭難し、 俺たちの税金を使って救助させるなんて けしからん連中だ」と言っている人が何人もいたので驚いたことがあります。一方、観光資源が長野県ほど豊富ではない富山県では、山に来てくれる若者は「貴重な富山ファン」なのでいろんなことが大目に見られています。(例えばJR富山駅は夏の夜、 山岳部の学生たちによる難民キャンプのようになりますが、 みんな微笑ましく眺めているだけで追い出したりしません)でも「劔岳 点の記」を見て、違いはそれだけではないんだと思いました。例えば映画の中で日本山岳会の小島烏水(うすい)は陸軍の測量官である柴崎芳太郎から「君たちは遊びで山に来ている」と言われて絶句します。同じように長野県では「山に登っている」と言うと「暇だねえ」「物好きだねえ」などと言われることがあります。「山菜採り」や「キノコ採り」は立派な「仕事」なのですが、「登山」は単なる「遊び」でしかない。ところが富山県では映画にもあるように、「山は信仰の対象」と感じる人が少なくない。だから「山に行く」というのは、時間とお金と労力を捧げて「修行をしている」ととらえられる側面がある。そのため「登山をしている」と言うと「エライねえ」と褒められることがあるのです。文化というのは伝統によって培われるものなのですね。暁の空に浮かび上がる鋭利な刃物のような剱・立山に幸せそうな表情で手を合わせているお年寄りを見ると、そんなことを思ってしまいます。 ブログ担当 ミソサザイ
2010年08月17日
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