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早起きができると、仕事に出るまでに少しだけ歩きます。晩秋あたりには仕事を終えた後、宇宙の神秘がばら撒いた宝石や、ほのかに蒼い月の光に照らされて深夜のウォーキング、てなことも乙なものでしたが、さすがの寒さです。田のあぜ道を歩いていると、my窓辺からだと ”冬晴れの佳き天気” なんて一言でくくっていたことなんかも ”空は水色、海と同じ色” なんて具合に拡がりを見せ、忘却の渕に置き去りにしてきたメロディまでも浮かび上がらせ、ついでに壊れたレコードのように、いつまでも同じフレーズを口ずさんだりします。歩きながら今日の気温予測なんてことも、myブームのひとつになりました。この寒さは何度くらいかなと、肌で感じる冷んやり度や吹く風の強弱なんかを統合して、感覚的な外気温、体感温度をmyセンサーが弾きだします。これを、出勤の道すがらに設置されている電光掲示板と照らし合わせて、ナイス!とほくそ笑んだり、2~3度外してがっかりしたり、ささいなことに一喜一憂。。こんなこともまた、たのし♪立春も過ぎて、暦の上では季節は春。明日から寒さもゆるみそうです。陽脚はぐんぐん伸びて、明るい時間が長くなって☆春もすぐ其処に感じられます。
February 18, 2008
道路が少し渋滞気味だと思っていたら、小さな事故があった模様です。仕事の時間が迫り、ちょっとイライラしながら小道に入ると、前方から走り来たタクシーが止まって、車から降りるカップルが眼に入りました。ふたりは共に22.3歳でしょうか。路肩に車を寄せ、それとなく見ていると、先に降り立った彼は恋人を見守りながら手を差し伸べ、彼女の手をぎゅっと(音が聞こえた~♪)握り締めて歩き出します。その姿がとっても可愛くって、ほんのささいな出来事なのでしたが、渋滞でパサついていた気持ちをすっと拭い去って、車を運転しながらふっと笑みが零れ続けました。きっとラブラブの微笑ましい二人の愛が、こちらへと伝染したのでしょう。自分も同じような年齢だった頃に重ねていた思い出なんかが、突如としてフラッシュバックしてきて。。そうだった、こんな寒さの冬には、彼のコートのポケットの中で手を繋がれて、何処までも歩き続け、いつまでも喋り続けていたっけナ、と。。そんな遠い日を想いながら、今宵バレンタインデーにはチョコレートならぬ ”キスの干物”でも焼こうかな、てな色気のないことを考えています。”あなただけにキスをあげる” というキャッチフレーズで、魚の干物と口づけのキスを掛けた贈り物が昨今の流行だと、小耳に挿みました。
February 14, 2008
街の外れの外れ、草原の続く先に、アルゼンチンの遺跡と呼ばれている古い洋館があります。異臭がするとか、頭がおかしいとか、とかくの噂が流れていますが、ちょっと風変わりながらも、実は純真で魅力的な ”アルゼンチンばばぁ” と呼ばれる女性が、自給自足の暮らしをしているのでした。アルゼンチンから移り住み、かつてダンスやスペイン語を教えていたと言う鈴木京香です。相手役を務めるのは大好きな人、役所広司。この二人のコンビとあらば、見る前からしてもう、どきどきもの☆タイトルと共にバーンと、ドラマチックに響くタンゴのメロディ。。なじみのある曲です。確かタンゴの練習のとき流れていたナ。。何て曲でしたっけ。。スローテンポながら歯切れよく哀愁を呼び覚ます旋律に乗って、鈴木京香が妖艶に一人、タンゴのステップを踏みます。画面いっぱいが素敵な詩を奏でています。このイントロは、否が応でも期待感を高めていきます。ひとつひとつのカットの鮮やかで温かく美しいこと♪愛する人の死、役所広司にとっては妻、女子高生にとっては母という重たいテーマを、女子高生の視点と語り口でコミカルに語らせ、物語は進行します。あ~あぁ。。でもこれって、なんなのでしょう?ともかく逞しく描かれる女子高生と父を対比させたいようですけど、役所広司は、ただ脳天気な男というだけの設定で空々しく(演技は上手いにも関わらずです)とても残念、無念★と~っても後ろ髪をひかれる想いがします。五つ星採点なら。。映像美と鈴木京香の魔力だけの☆☆☆けれど、何故だか心に残る作品なのです☆
February 13, 2008
この冬はやたら雨模様の上に気温も低く、雨は霰になったり、はたまた雪に変わったりで、まるで日本海を思わせるような厚く暗い雲が垂れ込めた日が続きます。今日は、そんな合間を縫った暖かな晴天で絶好のドライブ日和でした。ちょっとお出かけでして、吉野川沿岸を通ります。川面は陽光の加減で、はっとするような蒼い輝きを見せますが、やはり冬の蒼であって、その蒼さからして十分に、寒々しい冷たさが伝わってきます。堤に沿う景色も冬枯れて、木や、草や、ススキの穂も、みな相並べて土の色をしています。車窓から水面の蒼を見ていると、ふと、摩周湖が結氷したというニュースを思い出して、暫しタイムスリップしました。行動派のkokoさんに引っ張られて ”12日間北海道一周の旅” に出たことがあります。まだピチピチだったので、長距離移動は汽車泊と決め込んで平気の、元気いっぱいの時です。摩周湖を目の当たりにした瞬間の感動を(感動という一言で済ませたくないのですが)手繰りよせると。。長い間バスに揺られ辟易する時分に、摩周湖と言うバスストップが現れ、バスを降り立つとそこが展望台、ってなふうでした。低い鉄柵のすぐ下に湖面が見えます。 ”霧の摩周湖” と歌われるくらいだから、もっと山の深くにひっそりと横たわっているイメージを膨らませていたので、少し呆気にとられました。ですが、この蒼をどのように表現すればいいのか知れないくらいに、驚くべき透明な蒼い湖水で、それまで知っていた蒼とは、まるで別の色を湛えていて、吸い込まれそうで、神秘ってこんな姿を指すんだなぁ、と思ったものです。のちのち出逢ったカナダの数々の湖にも見惚れ、不思議な素敵な蒼に感嘆しましたが、名前も覚えきれない外国の湖よりも、やっぱり摩周湖の蒼☆と、ここは日本贔屓です。ちょっとお鮨を食べに行ってきたとか、休みが3日あったから流氷を観てきたとか、そんなヨダレもののリッチな話も頷けて、北海道はあれこれ魅力にあふれ異国情緒いっぱい。この季節は雪祭りと温泉セットで、ひとっ飛び。。なぁんて言って(行って)みたい☆
February 11, 2008
この長編小説の感慨深さは、いくつもの恋愛といくつもの死を脈々と織り込みながら、文明がいかに進歩して変化を遂げても、人の持つ感情や精神、心の綾や機微というものが普遍であることを知らしめて、今なお心を揺すり続けていることでしょうか。遥かに遠い日、私たちの祖先は秀でた美意識と生活観を持っていて、ずっとずっと磨き抜かれた鋭い感性と共に生きていた、と感じさせてくれるのです。むろん物語は光り輝く源氏が主人公ですが、数多くの魅力に満ちあふれた女性たちによって、むしろ支えられているかのようです。けれども ”雲隠” で源氏が舞台を退いたあとは、本当に光が消えてしまったようで、精彩さを失っていきます。でもって、この物語は、やはり源氏のものであったかと強く感じさせられるのです。光源氏の死後も、なお物語は源氏の子供たち、孫たちの世代へと営々と受け継がれていきます。それでも、紡がれるのは魅力的な女(ひと)たちで、光源氏を凌ぐ男性は残念ながら終ぞ姿を見せません。紫式部は、きっとあまたのファンたちから、もっともっととせがまれて、或いは仕えていた彰子中宮と、清少納言が仕える定子中宮との権力闘争の狭間で、書き連ねていったのやも知れません。さてさて、わたくし事になりますが、何故だかこの平安期に触れたとき、普段は体の奥底に畳み込み、しまい込まれていた琴線を爪弾かれたかのように、深い眠りを揺り起こす何かがあるのですけれど。。ん~ん。。そう。。もしかして♪遥かなる千年の前、かの都にひっそりと人生を持ち、日々を営んだことがある、ってな事があるのやも。。とある屋敷の片隅で、侍女の侍女のそのまた侍女の下に仕えていたりして。。庭を掃いたり、使いっ走りをしていた前世があったのやも☆なぁんて。。そんな絵空事を紡ぎつつ拙い感想文を綴りました。長々とお読みくださって、ありがとうございます!
February 9, 2008
この物語には、女でさえもさ迷ってしまいそうなくらい艶な、上質な女性たちが次から次に現れ、緻密に描かれていきます。都の上流貴族の姫君たちなのですが、中には地方に埋づもれた名花のような ”明石の君” なんて方も登場します。この女(ひと)は、源氏が須磨に流されたときに見つけた恋人でして、源氏との間に ”宇治十帖” の主人公の一人となる ”匂いの宮” をもうけます。やがて時が来て上洛の運びとなりますが、源氏の館で多くの夫人たちと競い合う立場を拒み、都の外れにある大井山荘に居を構えたりします。聡明で気高く、立ち居振る舞いの洗練された夫人で、琴の名手でもあり、芸事に優れた才を見せる方です。けれど非常に気位が高く、片田舎で育った低い身分を恥じて、その美しき面(おもて)に、どこかしら秘めた翳りを乗せています。唯一の欠点である強情さで以って、恋人である源氏を悩ませるのでした。とても意地っ張りで可愛げのない女のようですけれど、知性と品格、女の哀しみを添えて意地を貫くような、しゃきっとした女(ひと)であるように感じます。”須磨” ”明石” は、光り輝く源氏の一生のうちで、失脚して流された失意のとき、寂しく切ないとき、暗の部分です。華やかに繰り広げられていた京の都とは遠く隔たり、風景さえもが一転して暮れなずみ、うら寂れてしまう。この流人と落ちた須磨の源氏を、明石に住む貴族出身の風流人であり、今は出家をした入道という人物が、大それた願を秘めて迎え入れるのです。入道が所有する山手の家を訪ねると、都の大貴族と見まがうばかりの美しさと華やかさであって、さらに思いも寄らない麗人までも発見して、源氏は驚きます。上品な優雅な姫君が育て上げられ、住まわれていたと言うわけです。入道の画策は的を得たわけですけれど、ここはプレイボーイの源氏でなくとも、ぐぐっときます。こんな時、こんな所に、こんな女(ひと)を配した紫式部は流石の一言に尽きて、その心憎さに感嘆させられるばかりなのです。
February 8, 2008
平安を彩る代表的な才女、紫式部が源氏物語を紡ぎだして千年記を迎えるそうです。京の都ではこの年、千年記念の祝典を執り行う模様です。みごとな雅やかな王朝絵巻に心を奪われて、読み耽っていたのはいつの頃だったでしょう。与謝野晶子が醸している律動にも、うっとりと感じ入ったものでした。とは言っても浅き知識にて、好きが端を発した挑戦ですゆえ笑って読み過ごしてくださいませ。光源氏をとりまく上流貴族たちが織り成す男と女の秘め事、雅楽を奏で、歌を詠むことに費やす日々の明け暮れ、政権を握るための陰謀や駆け引き。そんなもろもろの日常のこと柄を、美しい文体で脈々と綴った物語に魅了され、平安王朝の風流にして典雅なる宮廷生活を偲び、読み継いだのでした。紫式部は彰子中宮に仕えながら、宮廷生活のなかで垣間見たこと聞き及んでこと、それらを一流の文学者としての観察する力、空想する力を以って、この長編小説を紡ぎだしたのでした。琵琶湖のほとり膳所(ぜぜ)に建つ石山寺の、ほの暗い一室の片隅で微かな明かりのもと、独りひっそりと構想を練っていたのだろうかと、しばし想いをめぐらせるとき、一層にときめき惹きつけられてしまうのです。
February 7, 2008
幸や禍、大きなこと小さなこと、これら全てが想いや念ずることから端を発して始まるような気がします。強く想い強く念じたとき、それらが現実化して驚かされることがあります。これはただ単に偶然の賜物のようでいて、実はじっくりと考えてみたとき、自分の想い、或いは念によって、引き寄せたのかもしれないと感じたりするのです。たとえば、落ち着きなく気忙しく日々をやり過ごしていますから、失せ物に悩まされることが間々あります。そんな時にはいつも ”北の神さま” にお任せをして、困った時の神頼みに走っています。これは、おまじないの類いの祈りでして、北の神さまとは、失せ物を探して下さる有難い神さまのことです。作法はいたって単純明快☆まず、北の方角に向かい正座をそます。つぎに、両手を合わせて心から念じます。”北の神さま、指輪を失くしました。大切な大切な指輪なのです。どうか取り戻してくださいませ。戻ってきました暁には、両手を合わせて拝ませていただきます”たったこれだけの呪文をかけるだけです。けれども、不思議といつも失せ物を探し出して下さるのです。まだ小さな子供だったころ、消しゴムを失くしたり、おもちゃを失くしたりした折に、母から教わった祈りです。きっと母は、母のそのまた母から受け継いだのでしょう。でも、もしかすればこの呪文は、家の中での失せ物に限られ有効なのかもしれません。なぜって、失くした財布は3度とも出てきませんでしたから。。ちなみに、指輪は3日の後、屑篭の中から戻って参りました!指から外したとき、傷つけないように、失くさないようにと、ティッシュに包んでバッグに納めていたのをすっかり忘れ果て、無造作に、ポイと捨てた気配が濃厚です。それで思うに、これは諦めることなく念じ続けた結果、北の神さまのお力添えをいただいて、無意識下で働く潜在意識を集中させ、自身の裡から探し当てたのでしょう。念とは、いつも持つ思いのことですけれど、念、念、念。。と考えて、ひとつ掘り起こした暫し忘れていた言霊がありました。以前 ”自己啓発セミナー” に参加したときの講師だった方が、さらさらとしたため手渡して下さったもので、どなたか名だたる方の言の葉です。 念ずれば花開く 苦しいとき母がいつも口にしていたこの言葉を わたしもいつの頃からか唱えるようになった そうしてそのたび わたしの花が不思議とひとつひとつ開いていったいただいたその場では、言葉の重みを感じることなんかよりも、むしろその優しい字姿と、透かし文様の入った和紙と筆の類いを、こうして持ち歩いておられること自体に眼を見張り、とても印象が深かったものです。けれど後々になり、深い言霊を秘めていることに気づかされたのでした。
February 1, 2008
ゆうべ ”徳島の歴史” の講義を聴きながら、ふと無性に恋しくなって、冷たい小雨のぱらつく午後、ちょっと車を走らせました。この水辺に佇むのは、およそ2ヶ月ぶりのことです。実は、ここ第十堰は、my ヒーリングスポットのひとつなのです。今日は折りしも沿岸工事の真っ只中で、水量もぐんと減り、豊かな川の面影さえももう留めておらず、少々興ざめの感を抱きながら、すごすごと引き返してきました。さて ”大和は国のまほろば”(まほろばとは中心地の意)と言われていた奈良時代、この阿波の国にも大きな勢力が存在していて、その名残りとして、古墳群や遺跡、寺院などが数多く残されています。また、江戸時代には他県を凌ぐ屈指の勢力で以って栄え、栄華を極めていたようです。繁栄をもたらしたのは、豊かな悠久の流れ、吉野川でした。数年前に、全国ネットで物議を醸した第十堰とは、この吉野川の洪水をせき止めるために造られている、石組みの堰のことです。今でこそ堅固な堤防で守られた大きな流れですけれど、昔は網の目のようにうねった川が幾筋も、数え切れないほどに走っていたそうです。この小さな網目水路を一本化する昭和2年までは、たび重なる氾濫の歴史を繰り返していました。太古の昔から、大河と文明発祥とは深く関わり合っていたように、阿波の国でもまた、吉野川は暴れ川であると同時に母なる川でもあって、川が運び来た肥沃な土地で藍を作り、川と共生しながら財を築き上げたのが、江戸期の阿波人たちなのです。藩主であった蜂須賀小六は、殿様として阿波へ入国する折に、”藍”で財政を立てたいと画して、播磨の国から藍作に長ずる ”三木一族” を引き連れて国入りしたそうです。これが今日に続く阿波の藍の起源なのです。川の流域には肥沃な土地で藍が栽培され、藍の豪商家が立ち並び、そこに各地から数知れぬ藍商人たちが行き交うようになって繁栄します。ゆえに第十堰は川港として発展して大いなる賑わいを見せ、なんと旅館や遊郭まで集まってきたと言います。ともかく活気にあふれ、他県を凌ぐ財力を誇り、圧倒して栄えた時期なのです☆それが明治以降、時代は農業から工業へと変遷する中で藍に変わる産業を見出すことが出来ず衰退の一途をたどり、現在の貧乏県へと転落していったのです。この遥かに遠い栄華を秘めて、今、吉野川はただ長閑に、豊かな水面と長い堤のある風景をどこまでも伸ばして、四季折々の自然だけを載せ、静かに美しく流れていきます。”過去が溜まってきたものが歴史であり、歴史を観ることは、神の立場から過去の成功や失敗を検証することだ” とは、まろやかで知的な講師殿の言の葉。人間も、また同じでしょうか。 これは、 my ハートのつぶやき。7月が来ると白や紅の花をつけるという藍を、この夏はきっと見に行ってこようと思います☆
January 28, 2008
パソコンを使うようになって、眼の疲れや肩の凝りが強くなったように思います。それで、暇をみつけては眼や首に熱いタオルをのせて ”ひとりマッサージ” をします。そう、アレです!美容室でシャンプーをしてもらった後の熱いタオル。医療関係の方には、もう馴染みのあのホットパックの家庭版です。方法は、いたって簡単☆水で濡らしたタオルを絞って畳み、レンジでチーンするだけ♪衣類が濡れないように、熱を逃がさないように、ビニール袋に入れればO.K 、このとき、袋の口を閉じたらパンクしますヨ。ちょっと熱すぎるかな、と思うまで温めておくと、ホッカホッカはた~っぷりと30分くらい持続してくれます。ホッカイロや電気の類いとは、またひとあじ違って、穏やかで優しい温かさが体に伝わってきて、疲れをほぐし、こころまで癒してくれるように感じます。近頃のお気に入りになって、bed in にも愛用するようになりました。すーっと眠りの国へと導いてくれます。レンジでチーンの市販品もありますが、タオルの方が体に馴染んで使い勝手がいいように思います。蒸気で火傷しないように、お気をつけくださいネ☆
January 27, 2008
☆体温プラス4℃これ、なんのことかわかります? 情報源は JAF Mate さん。これは、免疫力をupさせるお風呂の湯の温度のことで、国際的に活躍する免疫学者の安保徹さんが提唱されている入浴法なのです。白血球とか、リンパ球とか、顆粒球とかが、どうのこうのという小難しい論理はさておいて、暑い湯の短時間入浴では体の表面だけしか温まらなくて、免疫効果は期待できないようです。そういえば、ぬるま湯だと長湯をしても平気なのに、熱い湯では ”湯疲れ” みたいな感じが残ったりします。体温プラス4℃の湯加減で10分以上を目安に、日々、体を温めてやると、やがては平熱までもが自然と上がってきて免疫力が高まるそうです。そうそう。。病というやからは ”からだの冷え” ”こころの冷え” から忍び込みます☆寒さ続きのこ冬には、自分の体へと贈る取っておきのご馳走、手軽なお風呂で、冷え性とおさらばしましょ!免疫パワーでもって、風邪のバイ菌なんて寄せ付けない温ったか~い体の持ち主になりましょう☆
January 24, 2008
ゆうべ、女友達が梅の枝をた~ぷりと提げてきて、店の玄関先に活けてくれました♪小梅を実らせる梅の小枝だそうです。なんとも可愛い桃の色した蕾をつけています。純白に等しい白や、淡いピンクが多くを占めた梅花のなか、華やぎを添えることでしょう。毎年こうして梅の花と逢うたびに、くっきりと蘇えってくる忘れられない風景があります☆あれは、ずっとずっとずっと前、関西に住んでいた頃のこと。お休みになると、ふらふらっと、あちらこちらの古都を愉しんでいました。そんなわけである日、京都駅に降り立ち、ふと ”植物園行き” のバスに乗ったのでした。厚い雲が垂れ込めた日で、酷く底冷えのする早春のウィークデー。そこに人影はなくて、広大な敷地のなかをコートの襟を押さえつつ、うつむき加減に足早に温室をめざします。 すぐに雪がちらちらと舞い始め、ちょっと怯んできます。と。。ふと眼を上げたそのとき。。それはそれは見事に、今を盛りと咲き誇っている古木の梅林が、忽然と姿を現したのでした☆舞う雪と咲き誇る梅の林に見惚れて、寒さなんてふっ飛んでいました。こうして書き起こしていると、それは、単なる美しかった情景に留まることなく、あの日の匂い、空気や冷気、そのときの気持ち、着ていた白いブラウスのことや、ミントの格子柄のミニスカートのことさえもが、懐かしく思い出されます。そしてまた、花や自然との出逢いにも必ず一期一会があって、これが、梅の花と私との最上のひと日だったと思うのです☆
January 20, 2008
書く力をつけて小説を書こう、ってな訳じゃありませんけど。。なんとなくパソコン教室でブログを開設した結果、書くという視点から日々を見つめ直すと新たな気づきが生まれ、書くことによって、自分の意識の裡をしかと覗き見る佳き契機となりました。思わず吐息がもれるようなブログともめぐり逢えて、ブログ生活を愉しんでいます♪でも素敵な人に出逢うごとに、なんだか自分を酷く薄っぺらに感じたりして、ちょっと萎えてきたりもするのです。いつだったか、今は昔、恋しい人から恋の達人だと告げられ(☆彼の幻想にすぎません)舞い上がったこともありましたけれど。。ものを書くには ”人生の達人” の域に到達しないと心を打つ佳き文章は綴れないのだろうかと、しみじみと思い知らされています。知識、経験、感性、考える力、書く力、そんなものが合わさって表現されたものが文章ならばただただ人間を磨いてこそ、心の扉を叩く文章が書けるようになるのでしょうか。まぁ、もしも、100歳までも人生を生きたとして、このままじゃ達人になれる術もなく、もうすっかりあきらめモードに入っています。それで、素敵なブログを操る方を捜し求めて、夜な夜な彷徨ってしまうのです☆
January 17, 2008
先日、徳島出身の写真家であり、一世を風靡したところの立木義浩さんが、母校である富田小学校で ”写真の撮り方” の講義をしました。と言っても、これはNHK教育TV ”課外授業、ようこそ先輩” でのお話。もう70歳になられたという立木義浩さんは、まだまだパワフルで、しゃきっとツヤヤカ☆このシリーズの楽しみは、さりげなく放たれているようであって、実は、重い意味が秘められている、さすがは一流の奥深き言の葉。そうして、子供たちの飾らない素直な心から飛び出した、まことの言の葉。師いわく ”写真は引き算である” 山のようにあふれ流れる情報の中から、一部を選び取ったものが写真なのだそうな。一部を切り取ると、集中するがゆえに細かな部分までもが見えてくる。ものを観るとは集中することであり、意識を集中させたときに、初めて心が働く。 ”きれい” ”かわいい” ”すごい” ”こわい”そんなふうに心が動いたときこそが、シャッターチャンス!ベストショットとは、何が良いかを頭の中で考えるのではなくて直感で決めたショットであり、撮影者の心や、その場の空気さえもが、見る側に直に伝わってくる写真なのだという。ん~ん。そっかぁ。なーるほど。写真もしかり! 人生もこれまたしかり! しっかりと見極めて引き算が大切☆ついついとあれこれ振り回され、慌しく日々をやり過ごしていますが、心のファインダーをしかと覗いてフォーカスをシンプルに定め、なにかををどこかに伝播できればと思います。いつも心を動かす心☆ コレ、大切にしたい。
January 15, 2008
ニューヨークに住んでいる知人がいます。彼は ”パンクの女王” と絶賛されるところのパティ.スミスの熱烈ファンだそうで2月には、パティたちとベルリンで滞在するんだそうな。。かの ”ベルリン音楽祭” にパティのドキュメントフィルムを出展するため、ディレクターたちと四人で行くんだって☆☆うう~ん、そうかっ。サザン大好きな私が、桑田圭祐さんとそんな親密な間柄だったなら。。それって、すごーいことやない♪ということで触発され、パティ.スミスのことをもっと知りたくなりました。YOUTUBEから流れくる ”Because the night” とうてい62歳とは思えない洗練された容姿とファッションで身を包み、中性的な風貌と、その声質と仕草とが妙に相俟っていて、きりりと煌めくオーラを背負った不思議なアーティストなのでした。すっかりこの曲に魅せられ、しばし聴き惚れ、詩人でもあるというパティの魂のようなものを肌で感じ、ゾクッ☆その数奇な生い立ちと、華々しいステージの影に見え隠れする幾多の苦難。。パティを支えた素晴らしき数々の出逢い。。バックグラウンドを知ると、いよいよ引き寄せられていきます。パティのデビューした当時、確か5歳だったはずの彼は、ずっとクラシックのピアノを弾いていましたっけ。。いつ彼女の音楽と出逢ったんでしょう。まぁま、それはともかく☆その行動力を糧にして、どんどん自分の世界を拡げて佳き仕事をし、佳き人生を築いてくださいな!
January 13, 2008
冬の花のピカイチは☆やっぱり水仙でしょうか。”雪中花” とも呼ばれていて、冬の寒さの中で春を告げる花なのです。凛として楚々とした花の姿と、その香りがとっても好きです。ふと店先で見かけたものなら、ついどっさりと買ってしまいます。今日は部屋いっぱいのあまずっぱい香りで、ちょっと幸福♪このかぐわしき香りは、もちろん水仙の花自身が放っているのですけれど、ほんとは空気のそよぎで、こだまするように拡がっているのだと感じます。水仙の原産地は地中海だそうですけれど、そういえば。。越前岬も黒岩水仙郷も、どちらも、海から立ち上がる小高い丘の斜面に咲いていました。大きな自然の中で、この小さな花はとても儚く地味に映ったものです。けれど、海から吹き上げる強い風に向かってすっくと立ち、その気高い香りを一面に漂わせているのです。あれっれっ。。水仙の香に潮の香まで。。んん☆また逢いに行きた~いナ!
January 10, 2008
今年は、ちょうど100年目にあたる記念の年だそうです。そう☆かのルウシィ.モンゴメリーの分身ともいえる「赤毛のアン」 アン.シャーリーの物語です。たちまち魅了され夢中になって、読みふけった日々に想いを馳せながら、久方ぶりにページをめくってみました。すぐに眼がしらが熱くなって、鼻がツーンとして、アンの世界に引きずり込まれていきます。アンの純真さやとめどないお喋りのひとつひとつに、心を動かされない人がいるでしょうか。プリンス.エドワード島の四季折々のかぐわしき匂いが随所に、惜しみなく散りばめられていて、遠い国へといざなってくれます。 結局、いちばん幸福な日というのは 素晴らしいことや驚くようなこと 胸が湧き立つような出来事が起こる日ではなくて 真珠がひとつひとつすべり落ちるように 単純な小さな喜びを次々にもってくる一日一日のことだと思うわ by anne沢山のこんな珠のような言葉で、アンに息吹を与えたルウシィ.モンゴメリー。きっと温かく人としての魅力に満ちあふれ、愛すべき素敵な女性だったことでしょう☆
January 8, 2008
あらら、早くも新しい年が明けて七日目になりました☆そうです。今日はこの一年間の無病息災を祈って、七草粥を食する日です。”春の七草” ん、なんとも風雅で響きの佳きこと♪春の七つの野草といえば。。せり。なずな。ごぎょう。はこべら。ほとけのざ。すずな。すずしろ。お正月から数えて七日目に、菜の粥を食すというこの風習は、いつから始まったでしょうか。ふと気にかかり調べてみました。その起源はやはり中国です。かの国では一月七日は ”占い始めの日” だそうで七種の菜を食して邪気を祓うという呪術的な意味合いを持つようです。またお正月のご馳走に疲れた胃を整える薬膳として、理に敵った風習でもあったのです。わが国へは平安朝の時代に伝わり来て、宮廷貴族たちが習い行ったのが始まりだそう。その昔、人々は自然と深く関わって暮らし、野草や薬効に精通し、日々の営みの中には祈りが息づいていたのでしょう。さてさて、では今宵 ”七草粥” を献立といたしましょう! 食べにおいでませ~♪
January 7, 2008
南側のベランダから太陽さんさんの頃に、日々ころよくお目覚め♪これ、何というしあわせ。窓ガラス越しのあったか~い日差しで、暖房なんてなくともO.K☆ささっと洗顔、まずは珈琲を煎れて、陽だまりで新聞を開きます。今日も上天気で、窓から外を見晴らすと、さくらの樹もいちょうの樹も丸裸。寒そうなナ。。そんな想いをめぐらせているとき不意に♪あ~る晴れた~日~窓~辺に寄~りて♪ (間違ってそう、まぁ、よしよし)そう、かの有名なプッチーニのオペラ ”蝶々夫人” の一節。さわりのフレーズしか出てこないんですけどネ!この蝶々夫人には、ず~っとず~っと前に一度だけお目にかかったことがあります。あれは、確かTVでしたっけ、ちょちょっと覗き見したっけな。。だのに、脳って摩訶不思議☆このオペラの一節は、いつのまにか私の中に忍び込んでいたらしく、こうして長い幾年月を経て、ふっと蘇えってきたのです。そう、すっかりと記憶の谷間に置き去りにしていたことが、何らかの出来事を契機にして、或る日、唐突に呼び戻されることがあります。何なら歓びごとだけ戻ってくるようお願いしますよ。さてさて、本日の蝶々夫人はいずこから?想いびとありて、待ち侘びていて、窓辺に立ったわけじゃなし。。ましてや海が見晴らせるというわけじゃなし。。脳の仕組み摩訶不思議☆
January 5, 2008
ようように、初詣に行ってきました。3日の夕暮れどきともなれば、さすが人影もまばらです。それでもひっきりなしに人の出入りがあって、やっぱりまだまだ大威張りの立派なお正月なのです。神社仏閣に漂っている清い気配が好きでして、月参りを重ねているこの寺院なのですが、しめ縄、だいだい、二段がさねのお餅、そんなものが其処かしこに飾られていて、すっかりとお正月モードでした。そう! 初詣といえば付きものの ”おみくじ” 大吉かな、小吉かな、と胸をちょっと躍らせながら、真四角のサイコロみたいな箱のなかに手を忍ばせて、ひとつだけ選び取りました。そっと開けてみると、中吉♪(ハイハイ、ありがと!)たかがおみくじ、されどおみくじ ”凶” なんて引き当てた日にはブルーになります。でもしばらく前まで、お正月には ”凶” なんてあまり入っていないに違いないと思っていました。ところがさにあらず、家族総出の初詣のとき、なんと9人のうち7人までもが ”凶” の大当たりでした。みんなでガックリきたのは言うまでもありません。そんなこんなの ”おみくじ” ですが、じっくり味わってみますと、その一枚一枚には心に沁み入る神からの御真言がしたためられていて(!?)感服したり、改心したり。。それで、いつのころからだったか、お正月のおみくじはその年の間中、財布に忍ばせるようになりました。ふと物思う日に、取り出しては読み返したりします。今年の私への御真言は ”一期一会”でした☆ ああ、そうでした。大切にします☆
January 3, 2008
明けましておめでとうございます。2008年の新春を迎えました。いつものように31日が暮れていって、いつもと変わらない時間が始まっただけのことですが、”新年” という言霊には、何か特別な清浄さが内包されていてほんの微かな刻(とき)の流れに、全てがはらりと変わってしまったかのような心もまっさらに改まったような、そんな響きさえも感じられます。元旦の徳島の空は、素晴らしい劇的な幕開けを見せてくれました。実は、ゆうべ除夜の鐘を聴きながらの帰宅。年末にズルしていたので直ぐ ”年賀状” 作りに取り組んだのですが。。パソコンだからちょろいもんだと、不覚にも侮っておりました。カラープリントに要する時間ときたら。。なんともはや夜明けまで。で、気がつくと東の空には紅が差しやがて、黄や赤の織り成す光の束が、遥かなる山の稜線を染め上げていきます。そうだそうだ! お初の御来光だぁ!まずは顔を洗ってと。。そうこうして。。ふと振り返れば視界は白く染まり、あれれっ。 胸が騒ぎます。 なんと ”牡丹雪” が降りています。ひと眠りして目覚めたならば、きっと ”銀世界♪”と思いきや。。数時間ののち。。あぁあぁあ。。な~んと、何の跡形もなく綺麗さっぱりと消え失せていたのでした。束の間のうたかたの夢ではありましたが、不思議な麗しい光景との遭遇。年の始めの幸運☆
January 1, 2008
目覚めると、アレッ、ちょっと暗い。んん、よく見ると、雪! この冬初めての ”みぞれ雪” が降っていました。あったかい部屋から、窓ガラス越しに眺める雪ほどロマンチックなものはありませんけど、”師も走る” と言われる年の瀬、あれもこれもと必然外出は山積み。。それでも ”浮世の義理より私の体” 数日来の風邪気味を押さえ込んでここまで来たんだ! 油断禁物とばかりに引き篭もり決定。ところで、徳島の市街地に雪が積もるのは、ひと冬に一度か二度くらいでしょうか。やけに冷え込んだ夜の次の朝、一面は銀世界になっていて世の中の汚れたもの全てを、純白の雪が埋ずめてくれたような景色が拡がっています。それは、まるで真夜中に妖精がお出まして、魔法のバトンを一振りして帰られたみたい。妖精からの別天地プレゼント。。そんな感慨が涌いてきます。けれど雪は、漆黒の闇のなかで舞う雪が、一等に綺麗なのに違いないのです。雪は世間のもろもろの音をすべて呑み込んでくれるのか、雪の降り積もる夜の静寂さは見事なまでの艶やかさ。しんしんと寂寥の白い空間に、ぽつんと立つ街灯に照らし出されて人知れず舞い散る雪。車のフロントガラスに打ち付けられては舞い上がり、ヘッドライトに浮かんでは消えゆく華麗な雪舞。そんな美しい夜は、この冬、幾たび訪れてくれるでしょうか。北風は嫌い、冬は苦手、春になるまで蛙のように冬眠していたいのだけれど。。ひと冬に一度か二度しか出逢えない雪の宵を、愛するひとを待つように待ち焦がれています。
December 30, 2007
クリスマスに届けられたアレンジメントのお花が、楚々と咲いています。たっぷりの白いストックと、たっぷりの白いカーネーションとを、緑の葉っぱで縁取りしたお花の ”ホワイトクリスマス”誰からのプレゼントなのって。。?んん。。聞きたい?そりゃ~も~ちろん! サンタさんで決まりでしょう!お花をいただくのって、一等の嬉しさです。女なら誰だって同じ気持ちだと思っていて、ついぞ疑ったこともなかったのですが、あるとき ”花なんか要らない! ケーキがいい!” と即座にのたもうた女(ひと)がいて”人それぞれ ” という言葉を、とくと納得されられたのであります。さて、花好きのところには、花も惹き寄せられてくるんでしょうか。いつしか、たくさん花を贈られる花女になりました。もちっと(ももっと!)若かりし頃には、恋人から贈られる花束に埋もれ過ごした(?!)日々もありましたっけ。。もちろん当時の私は、幸せに満ちてピカピカに輝いていま~した♪(今は昔の今昔物語)最近では、ふと気づくと女友達たちが、何かにつけてお花を贈ってくれています。”すご~い安かったの” と、高価なカサブランカがひとかかえだったり。”紫陽花がいちばん好きだったよね” と、大好きな青い紫陽花だったり。”シーズンだから店先に” と、ポインセチアだったり。”お祝いよ” と、すっごく見事な圧倒されんばかりの胡蝶蘭が、はるばる海を越えてやって 来たり。”誕生日おめでとう” と、ずっと前お世話になったアルバイトさんだったり。こうしてお花に添えて、あるいは品物に添えて、いつも心を戴いているのだと思います。そんなひとつひとつのことが日々を潤し、ふっと、生きている幸せや歓びを感じさせてもらえるのです。
December 27, 2007
森と湖の街フィンランドで ”かもめ食堂”を開いた小林聡美。日本の美味しいものを食べてほしい、そんな願いを込めて1ヶ月が過ぎる。しかし、ピカピカに磨き込まれた大きな窓ガラスの向こう側から、人々は店内をじっと眺め入るだけ。。そんな客の入らない店へ、ひょんなことから日本人観光者、片桐はいり が店員になって住み込んでしまい、あれやこれやのうち、同様にして二人目の店員として、もたいまさこ が登場。 このちょっと(かなり!)とぼけたふたりの店員と女主人が織り成す日常が、丁寧に描かれていきます。でもこの映画、いくら待っても事件らしきものは何ごとも起こらない。けれども交わす言葉のひとつひとつが絶妙に響きあって、人生の深い味わいを醸し出しています。こころに沁みてきます。ただただ静かに繰り返される日々の営みがほのぼのとして、ふふっと笑わせて、体の芯から温めてくれます。ゆ~ったりと流れる時間、ゆ~ったりと係わる人と人、それだけで幸せになれます。と~ってもいい♪スクリーンの最後に、原作 群ようこ、とありました。。な~るほど!まだ見逃しておられましたら、お正月にいかがでしょう?
December 25, 2007
昨年のシネマ賞を総なめしたというだけあって、これ、佳かった~!スクリーンから放たれた人々のぬくもりが、体の奥深くまでじわじわと流れ込んでくるよう。2時間まるごと温かさのなかで、笑って、泣いて、泣き笑いして。。さすが、実話の重み。昭和40年という”古き佳き時代 ”貧しいけれども情に厚く助け合い、思いやりをもって生きていた心豊かな時間が鮮かにそこに映し出されてます。松雪泰子がシニカルなダンサー役を見事に演じきっていて、すばらしい!もう若くもなく、人生に疲れ、半ば人生を諦めていた孤独なうらぶれたダンサーが、小さな炭鉱町で必死に生きぬこうとする人たちと出逢っていつしか再生し成長していく物語です。対する蒼井優は、フラダンスと出逢った青春のなかで夢をみつめ、夢を追い、真に自分の人生と向き合うようになります。透明感あふれるういういしさで全体をぐいぐいと引っぱり、スクリーンいっぱいに晴れ晴れと輝いています。圧巻はやっぱり ”フラガール”たちの踊るフラダンス。思うに、役者さんとは何てすごい職業!!!勝ち取った役柄を演じきるために、ほんの数分のダンスシーンのために、いかほどの心血を注ぎこんだことかと、ため息がでます。人は、なりたいものになれる。。そんな最たるお手本ですね。たゆまぬ努力とあきめない精神こそが人生のすべて!そうはわかっていても。。ムムッ。。努力は厭い! あきらめるのは得意!
December 23, 2007

お花をパチパチしていたので、写真のお花畑にしたかったのですが。。登録できていたのは一枚だけ。。しかも、お花に傷が。。 でもまぁ、せっかくですから。。
December 19, 2007
しばらく前、NHKでインタビュアーをしている李鳳宇さんを拝見。控えめで品よく、きらりと知性の光るスマートな男性で、久方ぶりに、ふら~っときちゃいました~!この佳き男は、沢山の佳き映画をプロデュースしています。2006年のヒット作品 " フラガール " もそのひとつだそうで、ようやくレンタルしてきたものの、慌しい師走ゆえ、西へ東へ走っていまして未だ眠ったまま状態です。そこで、古い話で恐縮なのですけど。。実はあの "パッチギ " これも彼のプロデュース作品なのですって。差別をテーマにしたとてもいい社会派作品でした。もひとついえば、彼はパッチギの主人公のモデルでもあるらしいです。パッチギといえば、写真を見るかのようにくっきりと蘇えるシーンがあります。満開の桜の木の下で繰り広げられる宴、この場面を後押しするのは哀切を帯びた旋律と歌詩。♪イムジン河 水清く~とうと~うと流~る♪。。泪が。。泪が。。画面いっぱいから叫び声が聞こえて来るようでした。" 日本人やとか、在日とか、それって何なんよ。そんなんいうて争ってどうなるの。人間ってみな同じやん。垣根なんか取っ払ったら、ほ~らこんなに楽しいて幸せじゃん、こんなに素敵やないの"人々のそんな内なる声を、桜と、宴と、唄とで見事に象徴的に歌い上げた美しい映像が心に焼き付いています。ちなみに韓流ブームの火付け役となったのが、この方、李鳳宇だそうです。ぺ、ヨンジュンを日本に連れてきていただき嬉しい♪ありがとうございま~す!
December 17, 2007
ふたご座流星群からの流れ星が降ってくると聞きまして、今宵は、深夜の散歩と洒落こみました☆とはいっても、これ、いつもどうりの walking なんです。ほっとひと息の仕事帰り。。夜空を眺めながらの "上を向いて歩こう" 運動を始めてもう数年になるでしょうか。休んだり続けてみたりと気持ちの趣くままに。。一生懸命に歩くというんじゃなくて、体を捩じったり腕を廻したりしながらゆ~ったり20分ほどの refresh time なのです 。ところで。。大きな漆黒の天空を流れる煌びやかな天の川。そこに散りばめられた沢山の星たちはそれぞれが特別な固有の光を放っていることにお気づきでしょうか?蒼いの、白いの、淡いピンク、黄、オレンジと。。ほのかな harmony を奏でています。このひとつひとつの煌めきが何万光年という悠久の彼方から、いま、この地球という惑星に贈り込まれて来ると想うき、ときめきを以って宇宙の神秘に心を馳せてしまうのです☆さて、お願いごとを巡らせながら夜空を見上げていると。。ほどなく "すーー""あーっ、ひとーつッ! " "あーっ、ふたーつッ! " ついついと流れる星をみつけては数えてしまいます。それで、終にお願いごとは届けれないまま 10個の "すーー" を見送りました。チャンスは明晩もめぐり来るようです☆夜空を見上げて、流れ星さんに願いをかけてみません?
December 14, 2007
かなり古い映画になりますけど、トム.ハンンクス&メグ.ライアン主演でヒットした "you gat mail" を、ふと思い出したりしています。ふたりは、顔も知らないメール友達なんですが、いつしかほのかな恋心が芽生えてきます。で、出勤前の慌しさの最中にも、コーヒーにトーストをかじりながらメールを打ち、帰宅すれば即パソコン立ち上げ、着信メールのチェックを!そこまでします?まぁ、気持ちはわからないでもないけれどと、当時は思ったものでした。けれど。。。ブログ生活が始まりますと、あらら、これがなにやら納得なのです。仕事を持つ身のパソコン初心者には、時間が。。。それなのにドーシテって?う~ん。パソコン中毒みたいなもんでしょうか?それに、書き込み始めてわかりましたけど、自分のなかのもやもやとして溜まっている何かを、誰かに(誰に?)向けて発信するた.の.し.み.みたいなものを発見したような。。。”new”のコメントを見つけたときのわくわくも。(myブログのお師匠さん、毎日のコメントありがとうございます!)それから、アクセスいただいた方のブログご訪問。これはとっても楽しみ。へぇ~!と、いつも驚かされる方。優しい気持ちになれる方。くすくすゲラゲラ笑える方。情報、知識の宝庫の方。。。愉しませていただいてマス。ちなみに、冒頭の物語は、少々おとぎ話チックなストーりー仕立てすがほんわかしていて良かったです☆
December 9, 2007
今日は、朝からお疲れモードでした。年を重ねるごとにだんだんとズボラになって。。店ではともかく部屋では手抜きの一途を辿っています。あるとき、深夜のTVショッピングでコードレスの掃除機を見てこれだ☆とばかりに飛びついた!これがとてもよく出来ていて、余りの手軽さにス~イスイと嬉しく惚れ込んでいたのも束の間いつしか長~い黒髪がブラシに絡んで離れてくれなくなるんです。そんなわけでス~イスイの後、ス~イスイの掃除をすることた~っぷりと五分!これじゃ重たい掃除機のお供をする方が、よほど楽。。そう思いつつ、ついついその場しのぎの手軽さに走っています。ちなみにほこりonlyなら、この子、とっても優れものの可愛い子デス。
December 6, 2007
天武天皇の皇子”新田部親王”の邸宅跡が見つかったそうで、ちょっとドキドキ。歴史には、とんと疎いんですけど、井上靖著「額田女王」が好きなものですから。。。天智天皇(兄)と、天武天皇(弟)と、二人の貴人から寵愛を受けた美しくも艶やかな万葉歌人の、華麗ながらも運命に翻弄される宮廷生活を描いた歴史小説なんですが、読み応えがあって繰り返し読んだ本のひとつです。 代表的な歌 ”茜さす紫野行きしめ野行野守は見ずや君が袖振る” に、晴れ晴れと魅せられています。 日本史の中で一番好きな時代は、飛鳥から平安にかけての王朝貴族全盛のころです。女にとってこの時代は、一夫多妻の通い婚ゆえに哀しいものだったでしょうか。でも、なぜか心ひかれます。
December 5, 2007
さすが12月。街のあちこちで、イルミネーションが美しい季節になりました。”ひかりもの”好きには、たのしい時期です。どんなものって。。たとえば。。まばゆい太陽の輝き、星や月が放つ蒼いほのかな光、ロマンチックな蛍の恋火、夜空を焦がして咲く花火、稲妻の閃光。そしてむろん、宝石。でも一等はやっぱり、オーロラの神秘!!!マァとりあえず、店内の小さなツリーでもチカチカさせましょう。。
December 4, 2007
今朝は早起きでした~(ちなみに。。10時???)即、とれとれ市場へとダッーシュ!フレッシュな野菜たちをたっ~ぷり、腕がしなるほど買い込んでお花も買ってついでに朝昼兼ねての炊き込みご飯もで、〆まして¥2480円なり! ”早起きは三文の徳”なのでした。ところで私、恥ずかしながら今の今まで ”トク ”という字は ”得 ”って書くものと思い込んで、ン十も年生きてきました。江戸の庶民あたりが言い出しっぺみたいな愛嬌を感じたりして。。しかるに ”徳 ”となりますれば(!)、ウン、これはやはりどこかの偉いお方がおっしゃられたに相違ないと。。妙な説得力あり。奥深きかな日本語、ゆゆし。
December 3, 2007
またまたなんです! myパソコンはま~た怠け癖を!それで急遽ジョイメイトさんまで駆け込みました。でも、お陰で、丈六寺(阿波の法隆寺とよばれ、県内最古の名刹だそう)の紅葉を満喫!私、こことても好きで幾度か来ましたが、そんな大それた所とは知りませんでした。ちいさな本堂と観音堂だけの、禅寺みたいな簡素な清い気配。中庭に白い玉砂利がしきつめられ、ゆるい斜面の参道と境内に沢山のカエデが植えられていて、もの寂れた風情がとても佳いのです。菩提樹の古木の横に褪せた木組みの椅子があって(お釈迦さまを偲ぶでもなく)ボォ~としてると菩提樹の実を発見!かわいいったら♪お見せできないのが至極ザンネンです。早くデジカメ教わらなくっちゃ。。帰りにお魚やさんへ。お刺身に焼酎のmimimさんを横目にウーロン茶で。ここはググッとがまんの運転手。あ、あ、イッパイだけ遣りたかったなぁ。。
December 2, 2007
さだまさし原作の映画 ”眉山”の舞台になった徳島は、青い街なのです。小さな市街地のほぼ中央に、こんもりと細長く横たわる美しい眉形の山の頂から東西を貫く豊かな川が長閑にたゆたっているのを見晴らすことができます。その水辺には春が来ると菜の花が咲き、こんな晩秋の日にはススキがそよぎ四季折々の風景を潤して人々に優しく流れています。ああ。。まるでこれじゃ徳島PR協会みたいですね!でも、この田舎の自然の営みを美しいと、しみじみ感じるこの頃なのです。
November 29, 2007
本日のK先生のパソコン教室はブログ開設講座なのでした。で、これが初打ちでーす。お待ちどうサマ! だれも待ってくれてなかった?楽天ブログを利用すると、凄く簡単に開けることができるんですね! びっくり!少しずつ新たなことができるようになると、パソコンも楽しくなります。まだパソコン一年生の機械オンチです。どうぞよろしくお願いいたします
November 27, 2007
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