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今回の一時帰国の目的の一つ、体験入学のことについて書き込みます。最近では、「帰国子女」はそんなに珍しくなくなったので、たいてい何処の自治体でも、短期間だけ帰国子女のために体験入学を受け付けてくれるようになりました。っていうか、国からの指導によるものが大きいみたいなんだけど。理由としては、異文化の理解を深め、英語に興味を持たせるために、帰国子女を短期間でも入学させようということらしいです。まず、体験入学をお願いするに当たり、私は色んな自治体の情報を集めました。その情報を元に、今度は熊本と宮崎と大分の情報を集め、一番感触のいいところに入学させることにしました。これから先の情報は、個人の感じ方の問題が大きいので、正確な情報ではありませんので、あしからず。まず、熊本の情報から(私の妹の情報)。保育園の入園の相談をしに行ったときも、出産のために一時的に入園させたいと相談しに行った時も、対応が非常に悪かったとのこと。体験入学の申し込みの際も、きっと嫌な思いをするだろうから、やめておいた方がいいと言われました。宮崎の情報(お義母さんからの情報)パパの実家は、すっごい田舎なので、パパがイギリスに赴任することになった時は、かなり珍しがられたので、受け入れに難色を示されるのではないかと思っていました。で、役場に問い合わせてもらったところ、「前例がないので・・・」という答えだったそうです。受け入れてはもらえるようですが、親としてはかなり不安・・・大分の情報(私が調べました)イギリスに行く前に、教育委員会のF先生に聞いたところ、何のためらいもなく「大丈夫ですよ」というお答えを頂いたので、再度電話で確認をとったところ、受け入れてくれると即答でした(教育委員会に電話をする前に、事前に「森の家」のO先生に相談しました)。こうやってみると、自治体によってこうも対応が違うのかと感じずに入られません。熊本には問い合わせませんでしたが、私の知っている先生が教育委員会にいるので、大体どういう対応をされるのか想像できて、やっぱり妹の言うとおりの対応だろうなと思われるので、きっとこれからも熊本には問い合わせすることはないと思います。で、後日談ですが、宮崎の実家の近くの小学校の先生が、受け入れてもいいというお返事をして頂けたようです。いとこ達が通っているのですが、その子達が、「先生が、『(拓ちゃん達が)帰って来てるの?この学校に体験入学しないの?』って言ってた」とのこと。そこで、体験入学は大分ですることを話したら、「そうなんだ・・・」と残念そうにしていたそうです。先生達は入学して欲しいみたいです。今度問い合わせたら、OKしてもらえそうなので、次回は検討してみようと思っています。さて、体験入学の手続きについてですが、当日にまず教育委員会に行って、誓約書にはんこを押して、簡単な説明をうけます。次に、体験入学先の学校に行って、校長先生や担任の先生に挨拶をし、保険加入の手続きと給食費のことについて説明を聞き、子供達は朝礼に出て自己紹介をしました。私も参加させてもらいましたが、今も昔も同じ感じで懐かしく思いました。その後は、子供達は教室で掃除や授業や給食を体験し、私とりゅうちゃんは帰りました。子供達の持ち物ですが、筆記用具と、国語と算数のノートと、連絡帳と、体育の時に着替えるジャージ(学校指定でなくてOK)、給食の時に使うランチョンマットと箸とスプーン、ノートや筆記用具を入れるバッグ、上靴を用意しました。教科書や他に必要なものは学校で貸してもらいました。文房具以外は、ほとんど100円ショップで買い揃えたので、そんなにお金もかからず、上履きもセール品を購入したので1足400円くらいですみました。子供達の学校での様子ですが、先生にリクエストしたことが幾つかありますので書き込んでおきます。・給食当番や日直は必ずやらせて欲しい・そうじも積極的に参加させて欲しい・係の仕事は一番大変なものをやらせて欲しい・日本の学校生活を体験させたいので、特別なことはしないで欲しいということをお願いしました。拓ちゃんもしおりんも、毎日日直と給食当番の仕事をこなしていたようで、掃除も頑張って取り組んでいたそうです。しおりんは、日本の学校は初めてなので、何もかもが新鮮だったらしく、特に給食当番は感激したようで、「しおりん、みんなのお皿におかずを注いだりしたんよ!!すごく楽しかった!!」と、目を輝かせて言っていました。毎日いっぱいお友達が出来て、授業も言葉が分かるので受けやすかった様で、楽しい体験入学はあっという間だったようです。拓ちゃんも、仲の良かった友達がいるので、久しぶりの再開に嬉しかったようで、イギリスにいる時よりもいい顔してました。あんないい顔、久しぶりでした。そのせいか、お別れの日は二人とも悲しそうにしていて、しおりんは、「何でお別れしなきゃいけないの?このまま、ここにいようよ!しおりん、イギリスに帰りたくない!!」と、みんなの前で号泣するほど。拓ちゃんも、「僕はここに残りたい・・・帰りたくない・・・」と、うつむいたまま言っていました。この様子を見て、先生達も辛くなったらしく、「また来年おいで!待ってるから!!」と、言って下さりました。1月9日から12日までの4日間という短い期間でしたが、お金では手にいれることが出来ない、大きなものを手に入れることが出来たようで、「体験入学させて良かった」と思いました。本当に、また来年体験させたいです。その時には、お土産持参します(←今回の唯一の反省点)
Jan 5, 2007
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今回の一時帰国の当初の予定では、「パパの日本出張も兼ねて休暇もとる」ということだったのですが、その予定は出発直前にもろくも崩れ去り、パパは2週間しか休暇をもらうことが出来ず、3日に成田に一泊して、4日に成田空港からイギリスに帰ることに本当だったら、9日から日本出張の予定だったのに、パパ無念!!なので、パパは思い残すことがないように、精一杯エンジョイしたのでした。久しぶりに友達と会ったり、大好きなものをたらふく食べたり、日本のテレビ番組を朝から晩まで見たり・・・でも、時間が足りなかったようで、温泉に行くことは出来ませんでした。休暇は2週間しか取れませんでしたが、私達はパパが迎えに来てくれないとイギリスに帰る自信がなかったため、無理矢理休暇をとってもらい、24日にイギリスを出発して、25日に成田空港に到着、27日に私達を連れてイギリスに出発という、かなりのハードスケジュールをこなしてもらうことになりました。もう時差ぼけが治らないうちに、またイギリスに帰るわけだから、辛いんだろうな・・・(かなり他人事)しかも、仕事の方も新しい設備の導入があったせいで、かなり忙しいのに休暇を入れたので、そのしわ寄せがすごいはずで、パパ、本当にご苦労様です・・・今度の年末年始こそは、いっぱいお休みをもらって、心ゆくまで日本を満喫できればいいなと感じたのでした。
Jan 4, 2007
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お正月は、りゅうちゃんとしおりんが病院のお世話になったことは、もうすでに書き込みましたが、他にも色んなことがあったので書き込んでおきますねお正月と言えば、子供達にとって忘れてはならないのが、お年玉!!拓ちゃんとしおりんは、お年玉をもらって何を買おうか考えていて、拓ちゃんは、ラジコンカーしおりんは、お化粧道具と、言っていました。パパの実家では、元旦の朝にみんな集まって、お雑煮とおせち料理を食べることになっていて、その時に子供達はお年玉をもらうのですが、しおりんったら、もらった瞬間お年玉チェックしておりましたはずかしい・・・そういうこともあり、すぐに私が子供達のお年玉を没収し、食べることに集中させようとすると、しおりんは「ママがそのお年玉使うんじゃないでしょうね?!使ったら、絶対に許さない!!!」と、お年玉が取られるんじゃないかと落ち着かない様子・・・こわ~~~っ「とらないよ。安心して食べなよ。」と言っても、かなり気にしているので、それを見ているみんなは呆れ顔しおりんのお金の執着振りには、私も驚いてしまいました。対して、拓ちゃんとりゅうちゃんですが、別に気にもせずに黙々と食べていて、「男の子と女の子ってこんな感じなのかな」って思いました。さて、このお年玉ですが、有無を言わさず、即行貯金しちゃいましたただ、りゅうちゃんの通帳は身分証明書がなかったため(パスポートはパパが持っててなかった)作れなかったので、パパの通帳に入れておきました。もちろん、しおりんは納得できないようで、「本当に大きくなってから使えるようにしてくれるんでしょうね?」と何度も確認してきました(なんつー執着振り)。今からこんな感じなので、もう今から遺産相続のことを考えておいた方が良さそうです
Jan 3, 2007
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12月30日に宮崎のパパの実家に行ったのですが、かなり時間に余裕があったので、1年ぶりにカラオケ屋さんで2時間ほど熱唱し、その後は本屋さんに行って欲しかった雑誌や本を買って、夕方に実家に到着しました。この日も、晩御飯はパパの弟一家も一緒に食べ、ちなみに弟一家も子供が3人いるので、すごく賑やかでした。しかも、弟一家にとって赤ちゃんはかなり珍しかったようで、りゅうちゃんはおもちゃのような扱い・・・そのせいか、かなり疲れたらしく、大人しくしていたのですが、ちょっと抱っこしてみると何だか熱っぽい。きっと疲れているんだろうと思って、その日は様子を見ることにしたのですが、次の日も37度台の熱がでて、初詣も私とりゅうちゃんは行きませんでした。三が日も微熱が続いたので、「ちょっとおかしいな・・・」と思い、4日に近所の小児科に連れて行くことに。この日は38度台の熱が出て、変な咳もし始めたので、そのことをお医者さんに言うと、今赤ちゃんの間で流行っているウイルス性の風邪であることが判明!しかも、熱が出始めると急激に悪化して、最悪の場合は肺炎になるらしく、「ひどくなる前に来てよかったね」と言われました。ちょっと安心して待合室で待機し、お会計をしたのですが、すごい金額でびっくり5000円以上もかかっちまいました・・・というのも、りゅうちゃんだけ社会保険の手続きが出来てなくて、保険証を持っていなかったからです。この後の薬局でも薬代が3000円以上したし、一回の医療費が8000円は痛かった・・・でも、手遅れになる前だったんだから、よしとしなければ・・・帰り着いてから、お昼ご飯を食べさせた後に、りゅうちゃんに薬を飲ませたのですが飲んでくれず、無理矢理飲ませると、食べた物も全部吐いてしまい、その後も飲ませると吐いてしまうので、仕方なく離乳食も分けて与えて、その都度半分の量の薬を与えることに(それでも吐かれた)。なんだか、一日中ご飯を食べさせ、お薬を飲ませている状態になり、他のことをする余裕もないほどで、りゅうちゃんが一番きつかったんだろうけど、私も辛かったですが、これで終わることなく、4日の夜に寝ている時に突然、「耳が痛ーい!!」と泣き叫び、5日に耳鼻科に連れて行くことに。私もりゅうちゃんから風邪をもらったらしく調子が良くないので診てもらう事になりました。しおりんが夜中に泣き叫んだ際に、解熱剤を応急処置で飲ませたことも話し、耳を見てもらうと、鼓膜の手前にちょっと傷があるだけで、他は何もないことが分かり、その傷のところに薬を塗ってもらうだけで終わりました私は風邪という事で、喉にルゴールを塗ってもらって、鼻の奥に薬を塗ってもらい、吸入もして、薬を飲まなくてもいいようにしてもらいました。で、二人分の医療費は3000円もしませんでした。私達は保険証を持っていたので安くて済んだのですが、こうも違うのかと思うと、りゅうちゃんの社会保険の手続きを早めにしてもらえばよかったと感じずにいられませんでした。その後のりゅうちゃんですが、薬が効いたのか、献身的な看護のおかげか、すっかり元気になり、いとこ達といっぱい遊べました(っていうか、遊ばれている?)。
Jan 2, 2007
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12月にあったことなのですが、1ヶ月前の日記しか書き込めないらしく、仕方なく1月に書き込むことにしました。あしからず。さて、私達が日本に出発したのは、12月23日。今回の一時帰国は、りゅうちゃんが初めての飛行機で、しかも長旅ということもあり、地元のニューキャッスル空港からKLMでスキポール空港に行き、スキポール空港で乗り換えてKLMで成田空港まで行くことになりましたスキポールまでは、約1時間のフライトで、その間に機内食が1回、サンドイッチとジュースが出てきます。りゅうちゃんは、思ったよりも大人しくしていてくれ、しかも、スッチーやパーサーに笑顔を振りまくほどの余裕も見せて、滑り出しは好調ですスキポール空港では、お土産にチューリップの球根を買って、私の化粧品を購入(ここでしか買えない限定品があるため)。それから、成田着の飛行機に乗りました。約12時間のフライトです・・・初めのうちは不安げだったりゅうちゃんですが、時間が経つにつれ慣れてきた様で、よく寝てくれて、機内食もゆっくり食べることが出来たのですが、最初に寝まくったせいか、後半は超不機嫌になって、機内食2食も食べられませんでしたしかも、パパだけ離れた席で、子供の世話は私一人だけで見なければならなかったため、後半はりゅうちゃんだけでなく、しおりんや拓ちゃんも不機嫌で、大変でしたオムツ換えもトイレでしないといけないのですが、スペースがないので、仕方なく席の前にセットしてもらったベッドで替えてたら、パーサーにすっごい剣幕で怒られるし、もうへとへとになりました。私の体力に限界が見えてきた頃に成田空港に着き、荷物を一杯抱えて、羽田空港行きのバスに乗って、羽田空港に着いてから、機内食2食を食べ損ねた私のためにレストランでお食事しました1年ぶりの日本での食事は、とろとろ卵のオムライス!!拓ちゃんはカツ丼とうどんのセット、しおりんはお子様ランチ、パパは豚カツを食べて、みんなお腹一杯!それでも、5000円で食べられるって、びっくり!!イギリスだったら、お腹一杯になるまで食べたら、これ以上はするよ!日本の物価の安さを感じつつ、またお土産を買って、宮崎行きの飛行機に乗りました私の体力は食事をしたことでゲージの半分まで回復し、飛行機の中でりゅうちゃんが寝てくれたので、ゆっくりできました。宮崎空港に着くと、おじいちゃんとパパの弟くんが迎えに来てくれていて、無事に実家に到着ここで、よく考えてみると、24日になっていることに気付き、実家ではクリスマスパーティーの準備がしてあったので、ご馳走を食べて、食後にケーキも食べて、ゆっくりお風呂にも入って、疲れを癒しました。なんだかバタバタして、「日本に帰ってきたな~」という気持ちになるのに時間が掛かったのですが、お風呂に入った時に、湯船に浸かれることでほっとして、自分ってつくづく日本人なんだなと実感しました。25日からしばらく宮崎の実家にお世話になったあと、27日に大分のN市で子供達の体験入学の準備やパパの会社に挨拶に行き、それが済むと熊本の私の実家に行きました私の母は、1年ほど前に大病を患い、かなり心配していたのですが、思っていたよりも元気で、今は自宅療養しながら、3ヶ月に一回検診に通っているとのこと一緒に私の妹夫婦も暮らしていて、いざと言う時は色々と助けてくれると聞き、妹夫婦のところにはいっぱいお土産を持っていきました。妹夫婦のところにも子供が3人いて、3人とも男の子なので同じおもちゃをあげたり、お菓子や紅茶を持って行ったのですが、喜んでくれました熊本では、お土産満載でパンパンだったスーツケースを埋めるかのごとく、ユニクロで洋服を買い、体験入学に必要な学用品などを買い、ついでにイギリスでも使うノート、鉛筆、鉛筆削り器なども購入しました29日には、パパのお友達のお宅に行き、りゅうちゃんをお披露目し、夜はパパだけお友達と久しぶりに遊びに行って、30日には再び宮崎に行きましたパパは1月3日にはイギリスに帰ってしまうのでパパが楽しめるような予定の組み方をしたため、子供達は大変だったようですが、それなりに楽しめたようでした。が、しかし、りゅうちゃんにはやっぱり辛かったらしく、このあと大変なことが起こるのでした・・・
Jan 1, 2007
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