ミューンの森~Forest of Mune~

ミューンの森~Forest of Mune~

若葉の頃・2


 つくるとは、結局三年間クラスが一緒になる事は無かった。

 でも私の高校には部活の他にクラブ活動というのが授業にあって、つくるとは一年の時から偶然にずっと一緒のデッサンクラブだった。昼休みなどに会うことも多かったし、共に過ごした時間は結構長いといっていいだろう。

 不思議な関係の、つくると総一郎と私。

 一年の時からお互いに名前で呼び合う私達の事を、はじめの頃は周りも面白可笑しくからかったりした。
 付き合っているのかとか、時には二人の事を「高市のご主人」なんて言われた事もあったっけ。
 それでも何時迄経っても甘い雰囲気にはならない私達にそのうち飽きたのか、二年に上がる頃には何も言われなくなっていた。
 会っていて楽しいし好きだけれど、それはお互いに男女の意識の全く無い、同性同士の友情に他ならなかった。

 私は昔から恋愛に興味が無かった。

 小学校の頃に、友達をまねて誰々君が好き、なんてふざけてみた事はあったけれど、本気で誰かを好きになった事は、正直に考えると無いと言っていいだろう。

 私は小さい頃から、周りの子達より頭一つ大きい子だった。
 そのせいで小学生の頃はジャイアンだのデブだのとからかわれてばかりで、男の子にいい印象なんて全く持てなくなってしまった。

 中学に入ってもまだ私は殆どの男子より背が高かった。自分より大きい女を可愛いと思う奴等居る筈も無く、私といつも一緒に居る薫子がまた小さくて可愛かった事もあって、薫子に接近しようとする男共からはいつも邪魔者扱いされていた位だ。

 今では親友と言っても良いくらいに仲がいいつくると私と総一郎とだって、知り合った切っ掛けはこの可愛い薫子を通しての事だった。

 目の前でゆっくりと紅茶の準備をするつくるを眺めながら、私は総一郎とつくるとの出会いを思い出していた。

 高校に入学して一週間。いきなり私のクラスを訪ねて来た総一郎は、頭を掻きながら私に言った。

「俺、青木さんと付き合いたいんだけど、どうすればいいか教えてくれないかな。」

 薫子に入学式で一目惚れした総一郎は、速攻交際を申し込んだらしい。けれど同じく速攻で断られ、諦めきれずに薫子の親友である私の事を見つけて助けを求めて来たという訳だった。
 一目惚れしたからといって速攻申し込む総一郎の単純さと、振られても懲りずに私に相談しようと思いつく思考回路に大いに呆れたものだ。
 この男の直情型の性格はその後も何も変わる事無く、一目惚れした素早さと同様にその熱の冷めるのも素早くて、この告白の僅か一ヶ月後には、この男には新しい彼女が出来ていたのだったが。

 私にとって総一郎の第一印象は強烈だった。私に取ってかれは、彼氏にするにはどうにもちょっと勘弁して、のタイプだが、これが友人となると話は別で、単純に気楽で面白い男なのだった。

 その後総一郎を通してつくるとも知り合うことになったのだが、初めて会ったつくるの印象は、総一郎とは正反対に静か、だった。

 こいつは中学からの悪友で云々、と喋りまくる総一郎の少し後ろで、眼鏡の奥の瞳に私を映したまま、静かに微笑んでいたつくる。私には「つくる」と呼んでくれ、と言ったくせに、次の日に薫子を紹介した時には、「神名です。」とポケットに両手を突っ込んだまま小さく頭を下げただけだった創太。

 薫子の事をべた褒めする総一郎の台詞に、つくるが少しだけ頬を赤らめて視線を薫子に移したのを私は見逃さなかった。

 ああ、こいつも薫子が好きなんだなあ。

 私はつくるの横顔をぼんやりと見ながら、そう思った。

 あれから二年。結局誰とも付き合う事の無かった薫子はいつも私と一緒にいた。

 でもあれから程なくして、何らかの理由で二人の男達の友情は決裂した。
 どちらかと言うと総一郎が一方的に怒りまくっていた様にも見えるのだが、中学からの友人同士であった総一郎とつくるの友情を修復不可能な程に壊れさせてしまった原因は、結局私には語られないままだった。


「おっ、いい感じ。」

 ポコポコと小気味いい音を立ててビーカーの水が沸騰した。

 軍手でビーカーを掴んでカップにお湯を注ぐ姿はまさに実験の様だ、と思った。

「今日のはアールグレイね。...熱いから気をつけな。」

 そう言ってカップを私に手渡しながら、つくるはにこっと微笑んだ。

 広いテーブルに丸い回転椅子。窓のそばに二人して陣取って暫くは時折吹いてくる風を感じていた。

 つくるとは何故か何時も気が合った。クラブの時など、時間が経つのも忘れる程に話しが弾んだ。そのくせ今の様な沈黙の時間もお互いに楽しめる。
 総一郎ともそんな感じだが、何かといって相談事を持ちかけてばかりの総一郎は私に取ってはまるで弟の様で、つくるとは、なんと言うか、同士の様な感じだと思う。

「そうだ、つくる君、先輩とはその後上手く行ってんの?」

「んぁ?...ああ、相川さんの事?まあ、ね。」

「まあって...。ちゃんと電話とかしてんの?」

「してない。けど掛かってくるよ。」

「掛かってくるって、ダメだよ、ちゃんとつくるから電話してあげないと。」

「いいんだ。...どうせ向こうから掛かってくるんだから。」

 全く、つくるはいつもこんな風だ。
本人は余り自覚が無いが、背も高くて超美形の彼は、入学当初から女子の間では結構話題になっていたらしい。ただあんまり社交的ではない為か、表立って騒いだり申し込まれたり、と言った事は余り無いようだったけど。
 一年のとき薫子に振られた(結果からするとそう。)つくるは、二年の時同じ化学部の一年先輩の相川美雪に告白された。
 二人が付き合っているらしいという噂を周りから聞いて、私はつくるに真相を聞かずにはいられなかった。だって、周りで見ていてつくるが先輩に恋している等と感じた事は無かったし、私はきっと未だにつくるは薫子の事を好きなんだと思っていたから。

 だけど、つくるの答えはYESだった。

 相川先輩はずっとつくるにべた惚れだった。
 だから一年の時から彼と仲の良かった私には複雑な気持ちを持っているらしいのが感じられて、私はその話しを聞いてから暫く化学室を訪れるのを遠慮するようになった程だった。でもつくるとの友情は相変わらずで、校内で会えばいつも楽しい時間を過ごした。

 この3月、先輩は卒業し県外の企業に就職して行った。

 あの先輩が敢えて県外の就職先を選んだ事に私はかなり驚いたのだが、当のつくるは相変わらず淡々として、「いいんじゃないの?」としか反応しなかった。こいつは結構恋愛に対して冷めた奴なのかな...?先輩との付き合いを見ていて、私はそんな風につくるの恋愛観を分析せずにはいられなかった。

 大分冷めただろうと思って無造作に紅茶を口にした私は、予想外に熱いその液体に思わずビクッとなった。
 その振動でカップの中の液体がこぼれて制服のスカートを濡らした。

「あーあ、美耶胡は猫舌だからなあ。」

 つくるはそう言いながら、私の手からカップを取り上げてハンカチを取り出した。紅茶で濡れた私の手を真っ白のハンカチで拭うと、次に濡れたスカートを拭こうとした。

「あ、いいよっ。ハンカチ、シミになっちゃうから。」

 慌てて自分のを出そうとポケットに手を突っ込む私を制して、どうせもう汚れちゃったから。とつくるは私のスカートを拭いてくれた。座っていたのだから、紅茶がこぼれた所は結構大腿の上の辺りで、ハンカチ越しとはいえ男子の手が触れている事を意識した途端、私は心臓が跳ね上がるのを感じた。
 ところが目の前の奴は顔色一つ変えず、涼しい顔で手早く作業を終えると、ポンポンと私の頭を叩いたのだった。

「結構冷めてたから良かったけど、下手すりゃ火傷もんだぞ。美耶、気をつけろ。」

 見た目と違って、私が結構ドジで抜けている事を知る人は余り多くない。道を歩けば必ずと言っていい程迷ってしまう方向音痴だという事も。薫子に言わせれば、私はいつも何処かを捕まえていなければどこへ行くか判らない厄介な子なのだそうだ。このでかい図体をして、全く迷惑な話しなんだろうなと我ながら思う。これが反対に薫子だったら、なんて可愛いんだろう、ってなるのだろうが。

 つくるはそう言った私の一面を知る数少ない一人であるし、またその事実が更に私の気を抜かせてしまい、ぼ~っとしてしまう事につながってしまうのだが。


 それから私たちはとりとめの無い話しを延々と続けた。一体何処にそれだけ話題があるのだろうと後で思うのだが、何でも無い事でも気の合う奴と話すと何倍にも楽しく感じられる。ふと周りの暗さに気がついて時計を見ると5時半をとっくに回っていた。

 二人して顔を見合わせながら後片付けを済ませ教室を出ると、隣の音楽室の前で帰り支度をした総一郎と薫子が、二人それぞれが何とも云えない顔をして私達を見た。身長差が30センチ以上もある二人が上と下から睨みつける様子はちょっと滑稽で、私は思わず笑ってしまった。

「何だぁ、美耶胡。図書室にいないと思ったらまたそんな奴と一緒だったのか。」

 総一郎の声はあからさまに不機嫌だ。それもそのはず、総一郎とつくるは一年の時以来未だに犬猿の仲で、顔を会わせば嫌みを言ったり貶し合ったりしているのだから。

「そっちこそ千佳ちゃんはどうしたのよ。」

「ああ、あいつは教室に忘れ物だとよ。」

 殆ど毎日の様に4人で帰宅している私たちを知っているつくるは、軽く薫子に笑い掛けると「それじゃあね。」と私に言って総一郎には目もくれず校舎から出て行った。その横顔はそれまで私と話していた時からは想像も出来ないくらい冷たい顔で、その後ろ姿を睨みつける総一郎の顔も恐いくらいだった。

「ねえ、あんた達って未だに引きずってるの?」

「何がだ。」

「いや......。未だつくるとは友達に戻れそうにないの?」

「ふん。そんな気は一生ないね。」

 不機嫌な声の総一郎に私と薫子はやれやれ、と言った風に顔を見合わせた。

 やがて駆け足で戻って来た千佳ちゃんと合流して、私たちは下校した。
 あの総一郎の様子だと、今夜もまた電話してくるんだろうなあ、と少し気が重くなったが、一年の時からずっと謎だったつくるとの確執の理由を今日こそ聞き出してやれるかも、と思うと、ちょっとワクワクした。



© Rakuten Group, Inc.
X
Mobilize your Site
スマートフォン版を閲覧 | PC版を閲覧
Share by: