ミューンの森~Forest of Mune~

ミューンの森~Forest of Mune~

大切なあなた3



『 大切なあなた 』


3.



 初めての戦闘で疲れ切った身体を休める事もしないまま、ラスティアは歩き続ける。
 途中ゼネテスと共に訪れた小川で、簡単に身体に残る血の汚れを落とした他は、殆ど足を止める事は無かった。
 生々しい血の洗礼の後では食欲など起こるはずも無い。ゼネテスと約束していたにも関わらず、食事は全く喉を通らなかった。
 エンシャントへ続く街道は冒険者やならず者で溢れている。ラスティアはなるべくそこを避け、獣道の様な横道をひた走った。
 夜が更けても、ラスティアはなかなか足を止めなかった。幸い満月が近く、月明りが夜道を照らしてくれる。
 独りで野宿をする事が恐ろしかった。
 その自分の心の弱さも嫌だった。
 だからひたすら歩き続けるしか無かった。歩くだけルルアンタに近付いて行く。それを心の支えに。
 『エンシャントで』そういったゼネテスの言葉を心の支えに。

  普通であれば6日はかかる道のりを4日で走り抜け辿り着いたエンシャントの街は、疲れ果てたラスティアとは対照的に活気に満ち溢れていた。
 父と旅を続ける間にこの大都市にも何度か訪れた事はあった。しかしそれはもう何年も前で、当時子供であった自分の眼に映った街と今のエンシャントは、まるっきり別の街の様に感じた。
 疲れ果てた身体を引きずりながら、宿の扉を開けた。なんとか2階の部屋へ辿り着くと、そのまま倒れ込むように床に屑折れて、そのままラスティアの意識は途絶えた。

 固い床の上で目覚めたラスティアは、強ばった身体をゆっくりと伸ばした。ぼやけた頭で改めて自分の姿を見ると、その余りのひどさに顔をしかめた。数日振りに身体から防具を外して痛む肩を摩る。埃まみれの身体はひどく汚い。すぐに熱い湯を使い、冒険者から1人の少女の顔に戻る。久しぶりのお風呂に、青かった頬がバラ色に染まる。いつもは少ししか使わないハーブ水を体中に刷り込んで、清潔な服に着替える。それから朝食もそこそこに、早速街に飛び出していった。

 抜けるような青空を見上げて、ラスティアは大勢の救出した子供達を連れてロスト-ルへ向かったゼネテスの事を思った。あの大きな身体のゼネテスが群がる子供達を連れた姿は、ある意味見物だった事だろう。別れたあの日、ラスティアを心配そうにみつめながら、くれぐれも自分が行くまで行動は起こすな、と言っていた事を思い出す。そうして、あの時自分に触れたゼネテスの手の感触がまだ残っている気がして、自分の頬にそっと触れてみた。

「全くついて無いぜ。こんな所であいつに会っちまうなんてよ。」

 その時、ちょうど道の向こうの酒場から出て来た、人相の悪い男の呟く声がラスティアの耳に入った。その男の持つ雰囲気は、まぎれも無く盗賊団の奴等と同じである。ラスティアはそのままそっと、この男をつけて行く事にした。
 街の大通りから細い道へ逸れると、そこにはスラムが広がっていた。道の端にはゴミが散乱し、漂う匂いも違う。何処の街にもこうしたスラムはある。ただ此処がエンシャントという大都市である分、余計に寂びれたように感じるのかも知れない。その時、男に気付かれないように距離をとっていたラスティアに、通りの向こうから大きな声が響いて来た。

「そこの若いの!そのならず者を捕まえてくれ!」

 真紅の鎧を身に纏った大きな体躯の老人がこちらに向かって来る。その声にラスティアを振り返ったならず者に、思わず舌打ちしたがもう遅い。鎧の男とラスティアと、どっちが容易く倒せるかとっさに判断した男は、真直ぐラスティア目掛けて剣を抜き突進して来たのだった。

ガキッ!

 思考よりも身体が動いた。
 ラスティアは男が振りおろした剣を頭上で受け止めた。両腕に衝撃が広がる。奥歯を噛みしめてそれに耐え、満身の力を込めて薙ぎ払う。その間に追い付いた真紅の鎧の男が、ラスティアを庇うように剣を構えた。

「くそっ!」

やみくもに突っ込んで来たならず者の身体に食い込んだのは、鎧の男の剣では無く拳であった。

 薄汚れた道に倒れた男は、苦しそうに胃液を吐きながらもがいている。

「済まんな、若いの。幼い子供達をさらって売りさばこうとしたこいつらを偶然見つけてな。追って来たのだ。」

 この男はやはり盗賊団の仲間だったのだ。
 まだ腕に残る先程の衝撃に、すぐには剣を離す事が出来ない。そのまま剣を男の喉元に向けて、ラスティアは静かに言った。

「ルルアンタは何処にいる。」

「リ、リルビーのガキは此処にはいねえよ。 あ、あいつは途中の賢者の森で逃げやがった。今も仲間が捜して...ごふっ。」

 息も絶え絶えに男がすんなり白状する。

「やれやれ、今度は『賢者の森』かい。」

 ラスティアのすぐ後ろから、今ではもう聞き慣れた呑気な声がした。

「よお!アンギルダンのとっつぁんよ、まだ生きてたかい?」

 その声に反射的にラスティアは後ろを振り返った。
 長い足で大股で走って来たゼネテスは、ラスティアの側迄来て立ち止まった。
 懐かしいその姿を目の前に、思わず抱きつきそうになったラスティアだが、自分に視線を向けるより先に、ゼネテスがその鎧の男ににこやかな笑顔を向けた事に、訳も無く落胆した。しかしその台詞を口にするのと同時に、ゼネテスが大きな右腕を自分の背中に廻し、優しく抱きしめてくれた事で、先程の落胆は安堵と喜びにとって変わった。側に感じるゼネテスの身体は、うっすらと汗ばんで胸も軽く上下している。ラスティアには、彼がここに辿り着く迄の旅の様子が見えるような気がした。
 アンギルダンから、この街で売られようとしていた子供達は既に助けられた事を知った。目の前で大男2人がいかにも親し気に語り合っている間も、ラスティアの身体に廻された腕は離れる事は無かった。
 真紅の鎧の老将軍にラスティアを紹介し、今度一緒に酒を飲もうと約束をするゼネテスの表情を下から見上げながら、ラスティアにとって大人の男である筈のゼネテスが、時折少年の様な表情を浮かべる事に新鮮な驚きを感じていた。

 老将軍と別れてから、2人はラスティアが昨夜過ごした宿に入った。
使った様子のないベッドにゼネテスは顔を曇らせた。床に無造作に置かれた麻袋と、小さなテーブルに置いたままの殆ど手付かずの朝食の跡。それらから、別れてからのラスティアの様子を推し量り、直にでもルルアンタの処へ向かおうとする少女を押しとどめた。

「お前さん、ほとんど寝ずにここ迄来たんじゃ無いだろうな。」

「それは......。」

「やっぱり。あれ程云ったのに食事もまともに取って無い。だろ?」

 頷くラスティアに大袈裟な身ぶりで困ったポーズをとる。

「困ったお嬢さんだ......。本当なら今夜はゆっくり休ませたい所なんだが、ルルアンタを放っておく訳にもいかないしな。」

 ゼネテスは改めて、ひと回り細くなったラスティアの身体を見つめた。青白い顔も痛々しい。

「良いかい?これはあくまでもその場しのぎでしかないんだからな。」

 そういってから、前回、ロスト-ルを出た時と同じように何事か口の中で呟いた。
 黄色い光がラスティアを取り囲む。身体の芯が痺れる感覚が以前より強い気がした。ぞくぞくする感覚と熱くなる身体。

「今回はちょっと多めにキュアしといたからな。......出発するぞ。」

 そう言って、ラスティアの荷物を自分のと一緒に担ぎ、先に部屋を出ていった。慌てて後を追い自分の荷物を受け取ろうとするラスティアに、今日は特別だ、とそのまま荷を引き受けてくれた。エンシャントから賢者の森迄はそう時間はかからない。ただこの森の魔物は質が悪く、そんなに力のないルルアンタが無事でいてくれるかが気掛かりだった。

 森へ入って間もなく、2人は数人の男の声を耳にした。
 うっそうと生い茂る木々の影から覗くと、そこにはラスティアの父を手に掛けた男の姿があった。蒼白になるラスティアの手を掴んでゼネテスが耳打ちする。

「怒りに染まるな。冷静になれ。」

 だが今のラスティアの耳には入らない。今にも飛び出しそうなラスティアを片腕で止めながら、ゼネテスは男達の前に足を進めた。

「おっ。お前はあの時の......。」

 2人の姿を認めたその男は相変わらず冷たい笑いを浮かべていた。

「よう、べっぴんさん。あんた、自分の父親を殺した本当の男の名前を聞きたくないかい?」

 その言葉にゼネテスの腕の中のラスティアが 満身の力で飛び出そうとする。

「どうだい、俺と一対一で勝負しないか。あんたが俺に勝てば、そいつの名前を教えてやるぜ。」

 ゼネテスが相手では勝ち目が無いと判断したのだろう。そのならず者はラスティアを挑発した。

「あのリルビーの小娘も今頃は森の何処かで魔物の餌食になっているだろう。さあ、どうする?」

 チラチラとゼネテスを意識しながら、そのならず者はラスティアとの間合を詰めて行く。ゼネテスは腰を落とし、臨戦体制でその男達を睨んでいる。

 この両手剣を構えた男は、この娘を護ろうと必死だ。だからいざとなったらこの娘を人質に捕り逃げられるかも知れない、とならず者は践んでいた。
 ゼネテスは眼の端に捉えているラスティアの表情を読む。この男の挑発の真意は明らかだ。背筋を冷たい汗が伝う。

「ラスティア、つまらん挑発には乗るな!」

 眼は男達を見据えたまま叫ぶ。
 ラスティアの中で爆発しかけていた怒りが、その言葉で理性にとって代わる。そして小さく「わかった」と言うように、頷いた。
 ラスティアに向かって男達が飛び掛かって来た。そしてそれより一瞬速く、ゼネテスの剣が何の躊躇も無く男達を切り裂いたのだった。

「はっ!口程にもねぇ。」

 ぐいっと鼻を擦ってから血振りをした後、ゼネテスは長い剣をつま先で弾き肩に担いだ。

 倒れた男は、ゼネテスが雇い主の名を問いただそうとするより速く、隠しもっていた毒を口にし息絶えた。その行動に、この男の影にいた存在が察せられて、ゼネテスはフリントが抱えていた秘密の大きさを知った気がした。その考えを胸の奥に押しやり、ラスティアの背を押して日が暮れつつある森の奥へ足を進めた。ただルルアンタが無事である事を信じて。

 次々と襲い掛かって来る魔物に、このままではラスティアの体力が持たないだろうとゼネテスは思いはじめていた。陽も殆ど暮れかかっている。この森で夜を明かす事は出来れば避けたい。自分1人ならどうとでもなるが、ラスティアには荷が重すぎる。ルルアンタは此処で、はたして無事でいてくれるのだろうか。
 ゼネテスの心に様々な想いが交錯する。
 このまま進むのか、一旦森を出て明日出直すか......。

 その時。暗くなりかけた森の先、いままでは只の樹海が広がっていただけの場所に、小さく明かりのともった窓らしき物が見えるのを、ゼネテスは幻でも見るかの様に見つめた。

 その建物は、こつ然と姿を現した。少なくとも2人にはそう見えた。
 小さな明かりが見えたと思ったそのすぐ後。まるで何百年も前からそこに建ち続けていたかの様な趣のある小屋が、姿を現したのである。

「ここは......。まさか?いや、ここが、そうなのか......?」

 唖然とするゼネテス。ラスティアはそんな彼の表情と建物をかわるがわる見つめた。

「ふふふ。ここには結界を張っていますからねえ。運命に選ばれた人だけが、この結界を抜けて入って来れるのですよ。」

 音も無く小屋の扉が開き、深い緑色のローブを纏った美しい人物が姿を現した。

「ですから、あなた程の冒険者でも、ここに入って来る事は出来なかったのですよ。」  

 その人の言葉は未だに唖然としたままのゼネテスに向けられていた。それからその長い銀色に近い美しい髪の人物は、じっとラスティアを見つめた。

「いらっしゃい。お待ちしていましたよ。あなたの大切なお友達がお待ちかねですよ」

 その時、ドアの処に小さなピンクが転がるように飛び出して来た。
 ラスティアは信じられない思いでその小さなピンクを見つめた。そして、涙を一杯に溜めた瞳を見開いてゆっくりと小屋に近付いて行った。
 どれだけ心配した事だろう。どれだけ会いたいと思った事だろう。
 ずっと一緒に育って来て、片時も離れずに暮して来た。いつの間にか、居てくれる事が当たり前だと思っていた。


「ルル......!」

「よかったな、ラスティア。ルルアンタが無事で居てくれて。」

 心から、安心した様なゼネテスの声に、それまで堪えていたラスティアの感情が崩れて行く。

「うわ~ん!ラスティアァ、恐かったよお!!」

 腕の中に飛び込んで来たルルアンタを、ラスティアはしっかりと抱きとめた。


 オルファウスと名乗るこの家の住人に促され、家へ通されたラスティア達は、改めて会えないでいた間のお互いの事を語り合った。
 ルルアンタは自分も随分恐い思いをしただろうに、自分の為にラスティア達を危険な目にあわせてしまったと2人に詫びた。ラスティアも、自分が余りにも腑甲斐無かったと詫びはじめ、このままでは大ごめんなさい大会に成ってしまうと、ゼネテスにからかわれた。
 随分久しぶりに見るラスティアの明るい笑顔は、ゼネテスの心迄も晴れやかにした。

「ルルアンタが世話に成った。あんたが助けてくれなかったら、どうなっていたか。礼を言わせてもらう。」

 森を散歩している途中、迷子のルルアンタを見つけ、連れ帰ったのだと語ったオルファウスに、ゼネテスが頭を下げた。

「皆さん今日はここでゆっくり為さってください。今夜は私がごちそうさせてもらいますよ。」

 にこやかに笑顔を返し、部屋を後にするオルファウスを見送りながら、ラスティアは ほぉ、とため息をついた。

「綺麗な人ですよね。あんなに綺麗な人が居るなんて、夢を見ているみたい。」

「そうだな。男にしとくには勿体無いくらいだよな。」

「えー?あの人男の人なんですかぁ?」

 目を丸くするラスティアをからかいながら、ゼネテスは頭から離れないあの言葉に思いを馳せた。

『運命に選ばれた人だけが、この結界を抜けて入って来れるのですよ。』

 森の中でこんなにも強固な結界を張り続け生活するオルファウス。どんなに優れた魔導師でもこれだけの事は出来かねるだろう。そしてそれだけの人物が『運命に選ばれた』と語った人物、それが今自分の目の前にいるこの金の髪の少女だと言う事実に、ゼネテスは自分でも驚く程の衝撃を受けていたのだった。
 ルルアンタとふざけ合い、床を転がるように笑い転げているこの少女が、一体どんな運命に選ばれたと言うのか。

「ゼネテスさん、ありがとう。もしあなたが居てくれなかったら、私はこうしてルルを探し出す事も笑いあう事も、きっと出来なかったと思います。」

 じっとゼネテスの目を見つめながら、嬉しそうに礼を言うラスティアに どおって事無いさ、と笑い返してから、この運命というものが、これからどれ程の困難と試練を少女に齎すのかを考えた。せっかく取り戻した少女の笑顔を、もう無くしたく無いと思った。自分の中に芽生えた、父性愛にも似た”護りたい”という欲求に苦笑して、これ位が潮時かもな、と呟くのだった。

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2003.9.26 UP

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複雑なゼネテスです。
ゲーム中の台詞と言う台詞が全部カッコ良すぎです、ゼネさん。
深読みしては楽しんでいますわよ~。


璃玖




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