ミューンの森~Forest of Mune~

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大切なあなた4



『 大切なあなた 』


4.




「これって、どうにかなんないのかしらね......」

 やっと空が白みはじめた頃、突然耳に飛び込んで来た轟音にラスティアとルルアンタは飛び起きた。
 慌てて周りを見回してやっと、それが床の上で手足を投げ飛ばし思いっきり大の字になって曝睡しているゼネテスから発せられている物だと気付いて顔を見合わせる。

「ゼネテスさんって、いつもこうなの?ラスティア。」

 物問いた気なルルアンタの視線に顔を赤らめながら「知らないわよ!」と答える。確かに何日も共に野宿をしたが、こんな大いびきは聞いた事が無かった。

「それにこの部屋おんもいっきりお酒臭~い!」

 これ見よがしに鼻をつまみながらルルアンタが窓を開けると、清清しい森の空気が一気に部屋を満たし、薄暗かった室内が明るくなったように感じられた。

「きっとずっと飲んでたんだよ、ゼネテスさん。」

「だとするとそれに付き合ってたオルファウスさん達も、きっとかなりの酒豪だろうね。」

 二人して頷きあって、もう一度床の上のゼネテスに目を向ける。途切れる事のない轟音は更にその勢いを増したように思えた。

「おはよう。良く眠れましたか?」

 このままここに居たら気が狂いそうと部屋を出た2人は、柔らかな声に呼び止められた。

「おはようございます。」

 心持ち眉を顰めながら微笑むオルファウスの様子に、2人は自分達の想像が当たっていた事を確信した。
 案の定、朝迄ネモも含め3人で飲み明かした事を聞いて、吹き出してしまう。
 ゼネテスの酒豪振りは噂やら日頃の様子で何となく想像の付く2人だが、その彼と飲み明かし、殆ど表情も変えずにいる目の前の人物に、ラスティアは単純に感心せずには居られなかった。

 見せたい物がある、と連れてこられた部屋の中心に、何とも奇妙な物体が鎮座しているのを目にして、2人は暫し言葉を失った。

「この子は転送機というのですよ。」

 蕩々と、さも愛おしそうに『この子』について説明するオルファウスを、やっぱりただ者じゃ無い、と再確認しながらラスティアはまじまじと見つめた。説明をきいてもさっぱり理解出来ない様子のラスティアに、百聞は一見にしかず、といいますからねとオルファウスは手を軽く振ってみせた。

「......!!!」

 いきなり目の前の「この子」の中に、隣の部屋で曝睡中の筈のゼネテスがそのままの格好で現れて、ラスティアとルルアンタは仰け反った。いきなりこんな事をされても、全く目を覚ます様子も無いのは流石と云うべきなのだろうか......。

「まあ、あれだけ飲めば仕方ないですかね......。私ですら多少厳しいのですからね。」

 そういうオルファウスに、冒険者足るもの、果たして此れでいいのだろうか?と心で問いながら、ラスティアはその気持ち良さそうな無邪気な寝顔を見つめた。
すると、また突然に目の前からゼネテスの大きな身体は一瞬にして姿を消した。
あっけに取られるラスティアに、バタン!と思いきりドアを蹴り開ける音が聞こえた。

「全く、最悪の気分だぜ。朝迄飲んで寝てる所を実験台に使われたんだからな。」

 その台詞とは裏腹にニヤニヤ笑いのゼネテスは、大股でどかどかと転送機の所へやって来た。

「それは失礼しました。今度からは事前に了解を取りますから、こんな事はこれっきりですよ。」

 面白がっているかの様なオルファウスの口調に、男同士の間に流れる穏やかな感情が見て取れた。

「さあて、手荒く起こされたところで、俺はそろそろ帰るとしようか。」

 そう言うゼネテスにオルファウスは、頼みたい事があるのですが、と切り出した。

「......まあ、最終的な判断はお前さんに任せる。.......が。」

 不精鬚がうっすらと伸びた顎を右手で摩りながら、ゼネテスはラスティアに真面目な顔を向けた。

「お前さんの方にもそろそろロスロールのお偉いさん方から、何らかの接触があると思うぜ。」

 その台詞にラスティアは 「は?」という顔で応えた。

「何と言ってもお前さんはエリスの密使の子だ。ロストール王家の秘密を聞かされていると思われているだろうからな。エリス側か、ロストール側かが、お前さんに何らかの働きかけをして来るのは先ず間違い無いだろう。」

「だって、私は本当に何にも知らないんです!父が密使だった事だって、何一つ聞かされていなかったのに......!」

「確かにお前さんは何も知らん様だがな。残念ながら、お前さんが知っているかどうかなんて問題じゃ無いんだよ。問題なのは、お前さんが知っている、と向こうが思い込んでいるという事なのさ。」

 ラスティアの必死の形相に、真面目な顔をしていたゼネテスが打って変わって呑気な表情を見せた。

「まあ、全てはお前さん次第、と言う事さ。」

 唇の片端を上げて飄々とした口調で言ってから、ゼネテスは不安げな顔のラスティアをじっと見つめた。その青い瞳に一瞬寂しさとも愛情ともつかない色が浮かんだようにラスティアには思えた。

 大きな掌がラスティアの明るい金色の髪をくしゃくしゃっと掻き回した。その掌から暖かい物が身体に流れ込むような気がしてラスティアが思わず上目使いに見上げると、辛そうな表情を浮かべた顔がそこにあった。2人の視線が絡み合い、空気が熱くなった気がした。

ゼネテスは気持ちを断ち切るように大きく息を吸ってから、ラスティアの側から身を離した。それが名残惜しそうに見えたのは、ラスティアの願望だったのかも知れない。

「さーてと。......俺はそろそろロストールに戻るかな。こう見えてもけっこう俺も忙しい身なんでね。」

 器用にウインクをして軽く手を振る。

「ルルアンタが居ればお前さんはもう大丈夫だろう?」

 屋敷を出ようとするゼネテスを追って、ラスティアは思わず駆け出した。
 振り返ったゼネテスに何か言おうとするのだが、言葉にならない。ゼネテスの余りにも突然の子離れ宣言に動揺している自分を、優しい目で見つめ返したゼネテスが、立ち尽くすラスティアに近付いた。

「お前さんはもう立派にやっていけるよ。ルルアンタを助けるために、あんなに頑張れたじゃ無いか。もう俺が付いていなくても大丈夫さ。......いや、俺なんか付いていない方が良いのかもしれん。」

 優しく、でもきっぱりとそう告げるゼネテスを見つめるラスティアの鼻がつんと痛くなった。泣くなんて子供みたいで情けない。近い将来、彼と別れて自分で生きて行かねばならない時が来る事は覚悟していたつもりだったが、それがまさか今日だなんて思いもしなかった。それもこんなにあっさりと。
 言いたい事は一杯あるのに、口に出来ない自分がいる。
 ラスティアにはそれが甘えでしか無い事が良く分っているから。
 どんなに心細かろうと、どんなに寂しかろうと、自分は自分の道を歩いて行くしか無い。彼にも彼の信じる道があるのだろうから。

「そんな顔をしなさんな。......なあに、一生の別れって言う訳じゃなし。」

 不安で一杯の心を何とか押し止めようとしているラスティアの健気な様子に、ゼネテスは一瞬戸惑ったような表情を浮かべた。それから不思議そうに自分の胸を軽く押さえた。改めてラスティアに向き直ったゼネテスの顔には、数日前にならず者達を倒した後で見せた優しい表情が浮かんでいた。
 あの時ゼネテスは『エンシャントで!』と言った。自分が行く迄待っていろと、十分に気をつけろと言った。今目の前の彼は、自分に別れの言葉を告げようとしている。ラスティアは意地でも涙をこぼさないように、と身構えた。

「俺の力が必要になったら、ロストールのスラムを訪ねて来てくれれば良い。」

 思いもよらなかったその台詞にラスティアは目を見開いて「本当に?」と小さく呟いた。 ゼネテスは頷きながらその小さな肩を軽く抱いた。
 一瞬の触れるか触れないかのような軽い抱擁の後、両手を一杯に伸ばしてラスティアの肩を自分から離したゼネテスだったが、再び凄い勢いでラスティアを胸に抱きしめた。そして小さく耳もとで「じゃあな。」と囁いた。
 今度こそ、そっとラスティアを腕から離し、ゼネテスは傍らのルルアンタに向かって腰をかがめて、「このお嬢さんをよろしく頼むぜ。」と告げたのだった。

 屋敷の外まで見送りに出たラスティアに、あばよ、とでも言うように軽く手を振ったゼネテスは、2度と振り返らないままゆっくりと木漏れ日のもれる深い木々の中に消えて行った。
 その背中を瞬きもせず見つめていたラスティアは、急に寒さに震えるように自分の身体に腕を廻した。まるで迷子になった子供の様だ、と自分を情けなく思った。
 父と約束を交わしたからと言って、見ず知らずの彼がここ迄親身に世話をしてくれた事は本当に有り難い事だった。例え放り出されていたって文句は言えない時代だ。あの時巡り会っていたのが彼で良かったと思った。
 いや、もしこの世に運命と呼べる物が存在するのなら、ゼネテスと巡り合わせてくれたその運命に感謝したいとさえ、ラスティアは思った。

 オルファウスは、ここが「運命に選ばれたもの」が辿り着く所だと言った。
 ゼネテスは以前に何度かここを訪れたが、一度も辿り着けなかった、とラスティアに言っていた。だからお前は、運命に選ばれた者なのだと。
 最初は彼の言い分に只驚いて唖然とした。しかし。
 父を亡くしてから自分に起こった1つ1つの出来事を思い返して、ラスティアは彼とは違った結論に辿り着いた。

 自分はもしかしたら運命に選ばれた者なのかも知れない。オルファウスのいう、無限のソウルの持ち主だとは到底信じられないが、もしそれが本当だとして。
 自分の運命が巡りはじめたその時に、共にここへ辿り着いたゼネテスもまた運命に選ばれた者と言えるのでは無いだろうか。
 自分と、ゼネテスと、ルルアンタと。もしかしたらこの3人が揃ってはじめて、この運命は動き始めたのかも知れない。 
 これから自分を待ち受ける運命が、一体どんなシナリオを用意しているのか想像する事すら適わない。何処迄この命が運命に耐えていけるのかさえ解らない。どんな事が起こり、どんな出合いと別れが待っているのかも。
 それでも自分は逃げる事は出来ないのだと、立ち向かわねば成らないのだと、ゼネテスのとうに見えなくなってしまった後ろ姿に思うのだった。

 あなたと共に受け取った運命だ。そう勝手に思おう、とラスティアは自嘲した。
 そう思う事で自分が強く成れるなら、それはそれで良いでは無いか。
 そう思う事で自分から逃げずに生きられるなら、それはそれで良いではないか、と。

 私にはルルアンタがいてくれる。いつも自分の事よりラスティアの事を考えてくれる大切な家族。そして新たに心にしっかりとその存在を刻み付けた人物も。

 強くなりたい。強くならねば。

 大切な人を護るために。
 運命と共に戦う事が、大切な人が生きるこの世界を護る事につながるのなら、自分は其れを受入れよう。


「ラスティアはラスティアだよね?ルルアンタの知ってるラスティアだよね......?」

 そっと小さな手がラスティアの手を握りしめる。暖かな痺れが掌から全身に伝わって行く。その声に、不安なのは自分だけじゃ無い、自分は独りぼっちじゃあないんだと改めて気付いた。いつまでもくよくよしては居られない。
 ゼネテスのように強くなるために、自分の運命を生き抜いて行くために。

 ラスティアはルルアンタの手をそっと握り返して、大きく頷いた。

「私は私だよ、ルル。ただのラスティア、いつものラスティアだよ。」



 「......―どうぞ、世界を回って自由な旅を!」

 私は自由な旅をしよう。
 運命と共に、大切なあなたを護る旅を。

 運命と共に、大切なあなたと生きるために......。


HOME



Fin       2003.10/11 UP

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取りあえず終了です......。

途中でちょっと体調を崩してしまって、物語から離れていたので
感覚が掴めなくなって困ってしまいました。
訳がわかんない文章でごめんなさいですσ(^_^;)アセアセ...

璃玖



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