ミューンの森~Forest of Mune~

ミューンの森~Forest of Mune~

☆ルルの企み☆



 ルルの企み 




「ねえ、ルルゥ。また無くなっちゃったんだけどなぁ。」

 一仕事終えた後、宿に着いてから、ラスティアは甘えた声でルルアンタに告げる。

「え~?もう無くなったのぉ?ちょっとこの頃使い過ぎだよラスティア。」

「おっかしいよね。そんなに使ってるつもりは無いんだけどなあ。でも無くなっちゃった物は無いんだも~ん。」

 実際にルルアンタの目の前で空になった瓶を振ってみせて、ラスティアは子供の様に甘えておねだりをした。冒険者の持ち物にはそぐわない、繊細な細工のガラス瓶。幼い頃に亡くなったラスティアの母の形見である。

「あたし、ルルアンタの作ったハーブ水が一番好きなんだよね。いい香りだし、肌もつるつるになるし。これが無いと調子が出ないなあ。」

「しょうがないなあ......。」

 いつもこの調子で乗せられてしまうルルアンタだが、ラスティア愛用のハーブ水作りは、ルルアンタにとっても楽しみの1つとなっている。

「じゃあ、足りない材料はラスティアが集めて来るんだよ。い~い?」

「はーい。」

 早速自分の荷物の中から、袋に小分けされた乾燥ハーブを取り出して、ルルアンタは今度の配合はどうしようかな?等と考えはじめた。

「ラベンダーはある、ペパーミントも。レモンバームにカモマイル、ロ-ズマリーは......うん、大丈夫。後は。」

 ラスティアに背を向けて考え込んでいたルルアンタの顔に、悪戯ッ子のような含み笑いが浮かんだ。それを慌てて引っ込めて真面目な顔でラスティアに向き直った。

「じゃあ......今回は夜薔薇の実を捜して来てもらおうかな。」

「夜薔薇の実?なあに、それ?」

「いつものローズヒップと似た様な薔薇の実なんだけど、夜にしか咲かない珍しい薔薇でね、香りが断然いいの。せっかくリベルダムに来てるんだし、ここならきっとめずらしい夜薔薇だって手に入ると思うよ。これを入れると入れないとじゃ、お肌の色艶がぜっんぜん違うんだから!」

「......なんか今回力入ってるね、ルル。」

「そうなの!おまけに今度の仕事はロストール行きだし。」

「なんでロストール行きが関係あるの?」

「い、いや。それは......。あっ、つ、つまりロストールじゃあ絶対手に入らないと思うんだよね、これは。」

「ふぅ~ん。そんな薔薇があるなんて初めて聞いた。面白いね。」

 ラスティアは返事をしてから、隣のベッドの上で荷物の整理をしているフェティに向き直った。

「ねえねえ、フェティはいつも何使ってるの?どんなに寝て無くったって肌が荒れたなんて事ないよね?」

「当たり前ですわ。わたくしの様な高貴なエルフはどんな時でも美しさが陰る事なんてありえませんのよっ。」

 相変わらず、勝ち気な物言いで答えるフェティに笑顔で頷きながら、ラスティアは立ち上がった。

「フェティはどうする?一緒に捜しに行かない?」

「行きませんわよ。そんなくだらないお使いになんて。とにかくわたくしはこれからゆっくりとお風呂に入りますの。」

 フェティのお風呂となると、軽く2時間は出てこない。思わずラスティアとルルアンタは顔を見合わせた。そうなると、ラスティアがする事は1つしか無い。

「じゃあ私は早速スラムの闇市にでも行って来るかな。可能性としてはあそこが一番でしょ。」

「じゃあルルはラスティアが帰って来る迄に晩御飯作って、準備を整えて待っているね。」

「やったあ!ルルの御飯は最高だもんね!行ってきま~す。」

 手を振りながら見送るルルアンタに、ラスティアは上機嫌で部屋を出て行った。冒険者をしていても、やはり年頃の女の子である。お洒落や化粧とは無縁でも、彼女なりのこだわりで、これだけは欠かす訳には行かない必須アイテムなのである。

 ルルアンタは自分用とラスティア用に、それぞれ一月分程の分量のハーブ水を作る。2人はこれをいつもお風呂上がりに使っている。香水とは違った控え目な香りが気に入っている事もあるのだが、薬効効果で肌を滑らかにしてくれたり、日焼から護ってくれたりと、思いの外重宝するのである。しかし今回ラスティアは、それを3週間足らずで使い切ってしまった。確かにちょっと使い過ぎかな、とも思ったりする。だが、この香りに包まれていると、ラスティアはとっても幸せな気持ちでいられるのだ。

 だって、仕方ないでしょ、と独り言を言いながらラスティアは、その原因とも言えるあの時の出来事に思いを馳せた。
 それは前回ロスト-ルに滞在した時の事。いつもの酒場で会ったゼネテスが、ふいにラスティアの喉元に顔を近付けてから『お前さんはいつもいい香りがするな。』と言ったのである。

『いかにもって言う香水は苦手だが、この香りは好きだぜ。』

 その日から、ラスティアにとって、この香りは、ただの好き以上の意味を持つようになったのである。
 こうしてロスト-ルを離れていても、この香りに包まれていれば、あのときのゼネテスの笑顔や、低い声の感じが思い出されて、ほわんとした気持ちになれる。元気でいられるのだ。

 スラムの外れにある闇市は、手に入り難い品や盗品等、何でもござれの市である。ラスティアは今迄にも何度か、ここを訪れた事があった。顔見知りの店主に、早速夜薔薇に付いて訪ねてみた。

「ああ、あれは確か俺の知り合いの奴が持ってるよ。先週久しぶりに此処に現れたんだ。さっき迄居たんだが、酒場に飲みに行っちまたよ。」

 主人から、その闇商人の風貌を聞いたラスティアは、早速酒場へと向かった。

 ちょっと人相の悪いその男は、酒場の隅で1人ちびちびと酒を飲んでいた。
 突然現れて物おじもせず話し掛けるその声に、男は不機嫌そうに顔をあげたが、目の前の少女の美しい姿に、微かに表情を緩めた。

「ねえ、スラムの人から、あなたが夜薔薇の実を持ってるって聞いて来たんだけど、私に少し分けてくれないかなあ。」

「ほお。夜薔薇の実ね。そんなもんを何に使う気だい?」

 その男は、いかにも意外だと云わんばかりの顔で、ラスティアに聞いて来た。
 闇市では、売る方も買う方も訳ありの事が多い。余分なおしゃべりはしないのは普通である。少し面喰らいながら、ラスティアは素直にその男に返事をした。

「ハーブ水を作るのよ。特別なのをね。」

「......特別ねえ。そりゃあそうだろうなあ。」

 強面の顔を歪めるようにして意味あり気に笑いながら、男はマントの中を探った。

「はいよ。これがあんたの御希望の品だよ。」

 目の前に置かれた袋からは、微かに甘い香りが漂って来るように思えた。
 ラスティアはその袋を手に取り、そっと袋の口を開けた。中には、乾燥させているとは思えない、美しい色をした小さな実がいくつも入っていた。強くなった甘い匂いに顔をほころばせた。ラスティアは決して安くは無い代金を支払いながら、この香りに包まれた自分を想像して幸せな気分になった。

(さあ、早く帰ってルルに作ってもらわなくちゃ。)

 宝石のように、大切に大切にその袋を抱えて席を立ったその顔が、ドンッと固い物にぶつかった。

「きゃっ!」

「おっと、やっぱりな。お前さんだったか。こんな所でどうした?」

 リベルダム等で聞くはずのない声を耳にして、心底吃驚して顔をあげるとそこにはニヤニヤ笑うゼネテスの姿があった。

「ど、ど、如何して此処に......!」

 どんどん頭に血が登るのを感じながら、ラスティアは潰れた鼻を摩った。

「俺かい?俺は仕事絡みでね。お前さんもかい?」

「今日ここに着いたの。........でもすごい偶然。」

「ああ、こんな事もあるんだな。お前さんとはロストールでしか会えんと思ってたからな。」

 豪快に笑うゼネテスに席を勧められたが、早く帰らなければ、ルルアンタの機嫌を損ねてしまうだろう。ちょっと下心もあって、ラスティアはルルアンタの作る夕食を餌にゼネテスを宿に誘った。

「もし良かったら、これから私達の宿に来ませんか?ルルが夕食を作ってる筈だから。」

「おっ、いいねえ。ここんとこ野宿ばかりで旨い食事に飢えてるんだ。遠慮なくお邪魔しよう。」

 ゼネテスはラスティアの前に座っている闇商人を指して、もう用事は済んだのか?と聞いた。ゼネテスに頷いてから、男に向き直る。

「どうもありがとう、おかげでいい物が作れるわ。」

 商人に向けてお礼を告げたラスティアに、意味ありげな顔の男がうなずき、ラスティアのそばのゼネテスを見上げた。

「......あんた、剣聖ゼネテスだろ。」

「そう呼ぶ奴もいるがな。俺はただのゼネテスだよ。」

「あんたが相手なら、お嬢ちゃんもさぞかしそれの使いがいがある事だろうぜ。」

 下媚た男の顔に眉を寄せるゼネテスの腕を引っ張って、ラスティアは急いで酒場を後にした。男の言いたかった事は良く解らないが、ラスティアがゼネテスの為にハーブ水を作ろうとしているのは本当で、その心の内を見抜かれたような言葉に赤面した。
 力一杯腕を引っ張るラスティアにひきづられたまま店を出たゼネテスは、そのまま宿迄走らされる事になってしまった。

「全く、どうしたってんだい、お前さんは......。」 

 息を整えながら宿に入り、ルルアンタのいる部屋をノックする。」

「お帰り~ラスティア。ちゃんと買って来た?夜......」

振り返りながらラスティアを振り返ったルルアンタは、口にしかけた言葉を慌てて飲み込んだ。

「ゼ、ゼネテスさんっ!何でここに?」

「何でって、ルルの夕食を御馳走になりに来たんだが......?」

 いつもであれば、小さな身体で跳ねながらゼネテスに飛びついて来るルルアンタの、予想外の反応に戸惑いながらゼネテスは応えた。
 ラスティアはめったに見れない慌てたルルアンタの表情に吹き出しながら、そっと夜薔薇の袋を手渡した。

「何だか甘い香りがしないか?」

 訝しがるゼネテスの声に更に慌てるルルアンタ。

「何だ?その袋は?」

「ななな、何でも無いっ!何でも無いってばっ!」

 慌てまくるルルアンタに、グイグイ身体を押され、とにかく少しの間2人で何処かへ遊びに行ってこいと部屋を追い出されて、ラスティアはゼネテスと2人あっけに取られて顔を見合わせた。

「一体どうしちまったんだ?ルルちゃんは......?」

「......さあ......?」

 2人を追い出したルルアンタは、ゼイゼイ言いながら、息を大きく吸って、それからゆっくりと吐き出した。手の中の袋を開いて確認してから、あ~びっくりしたぁ、と呟いた。一部始終をベッドに横になりながら眺めていたフェティは、お風呂から上がったばかりで珍しく機嫌が良かった。

「ラスティアに内緒で企んだりするから、バチがあたったんじゃ無くて?」

「ルルも一瞬そうかとおもったよ......。」

「夜薔薇を使おうだなんて、ルルアンタにしては大胆な思いつきだこと。」

 そう言うフェティの顔はこれから悪戯をしようとする子供のように輝いている

「あ、さすがフェティは知ってるんだね。この実の使い道。」

「まあね。私はなんてったって高貴なエルフですからね。知らない事なんて、な~んにも無いんですのよ。」

 そう云うとベッドから起き上がり、ルルアンタの持つ袋を覗き込む。

「例えばこの実がどう云った効果を持つと言われているか、とかもね。」

「だってぇ、あの2人を見てたらなんだか歯がゆくって......。それにこれは単なるおまじないみたいな物なんだし......。」

「そうよねえ。これをとあるハーブと併せて煎じると、ちょと特殊な効果をもたらすって言われてるんだよね。ルルが作るのは単なるハーブ水なんだもんねえ、おまじない付きの。」

「そ、そうよっ。」

「楽しみだわ~。わたくしも使わせて貰おうかしら。ま、わたくしのように魅力に溢れた大人の女性には、「催淫剤」なんて必要無いけどっ」

「だからそんなんじゃないってばっ!」



 宿を追い出されて、途方に暮れた2人には、部屋の中の秘密の会話など聞こえるはずも無い。

「2人で遊びに行ってこいたって、なあ。」

 頭を掻きながらラスティアを見るゼネテスに、やはり困ったような、照れたような笑顔を返して。2人はそのまま、フェティが食事を知らせに降りて来る迄、時間を忘れて語りあったのだった。

 ルルアンタ特製の「おまじない付きハーブ水」の威力がいかほどだったかは、また別のお話......。

Fin

2003.9.30 UP
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夜薔薇はあくまでも私の空想の産物です。あったら私が使いたい(?)
どうか笑って許してやって下さい(^∇^;ゝ
熱に浮かされてバカ話しを書いてしまいましたぁ
妹(ラスティア)想いのルルちゃん(?)、でも暴走してます。
はたしてこの企みは成功するのでしょうかっ

璃玖


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