ミューンの森~Forest of Mune~

ミューンの森~Forest of Mune~

Dolls・3



「 Dolls 」


3.


 生きている...。自分は生きて、この人に逢っている。




「クソぉ~!!一体こいつにいくらかかったと思ってるんだ!」

 地団駄を踏んで吠えるタルテゥバの声に、ラスティアは我に帰った。
 ゼネテスは、まるでタルテゥバからラスティアを護るかの様に、二人の間に立つと、ラスティアに向けていた物とは打って変わって冷ややかな表情で、無言のまままっすぐタルテゥバの喉元に剣の先を突きつけた。

「おっ覚えてやがれ!このタルテゥバ=リューガ様の力を必ず思い知らせてやるからな!!」

 怒りで真っ赤に染まった顔を歪ませながら、タルテゥバが使い古された棄て台詞を吐きあっけなくスラムから逃げ去って行く。その後ろ姿を呆然と見送りながら、めまいを堪えていたラスティアは、一緒に逃げようとした手下を呼び止めるゼネテスの声で、はっと我に帰った。

 一体どこでハンナの人形の話を知ったのだろう、ゼネテスは手下を上から睨みつけながらその行方を聞き出そうとしていた。なかなか口を割らないその小男は、ゼネテスから逃げようと身を翻したが、そこには踞ったままのラスティアが居る。ラスティアはおびえた目のその男に鋭い視線を向けながら、剣を支えに身を起こした。
 吐く迄は此処を通さない。そう視線で告げる二人の冒険者に挟まれて、その男はあっさりとその人形の行方を漏らしてしまった。
 必要な事さえ分かればこの男には用は無い。無益な争いを好まない二人が剣を降ろしたのを目にした途端、転がるようにスラムを後にする手下の姿に、ラスティアはタルテゥバの、その財と権力だけにすがって生きている空しさを感じた。

「......ティアナ王女に渡しちまったのか。......こいつぁ厄介な事になったな、ラスティア......と、おい!大丈夫か。」

 緊張の糸がきれ、その場に倒れ込みそうになったラスティアの身体を、慌てた様子でゼネテスが抱きとめた。その大きな腕に抱きとめられた瞬間、自分を包む懐かしい香りと暖かさに、ラスティアは目の奥が熱くなるのを覚えた。

「あのナメクジぐらいでそんなになっちまう訳は無いだろう? 一体何が...?!」

 そこ迄言いかけて、ゼネテスは言葉を止めた。以前キュアとかいう、ラスティアからすれば不思議な力を用いたゼネテスだ。自分の身体に残るアーギルシャイアの負の力の名残を感じ取ったのかもしれない、とラスティアは思った。

 こんな風に間近でゼネテスの体温を感じるのは随分久しぶりだ。
 共に過ごしたのは僅かの間だったにもかかわらず、目の前の大きな男がやはり自分の中で、思っていたよりも大きな存在となっていた事を思い知らされた。背中にまわされた掌の暖かい感触。支えられて真っすぐ立ってから初めて彼が、自分がやっと喉元に頭が届く位大きかったのだとはっとする。思わず目の前の大きな胸にそっと頭を寄せると、使い古された上着を通して彼の力強い鼓動が響いて来た。

 ラスティアの背中に添えられた腕に力がこもったのを感じた。

 ドクン。

 自分の中で大きく跳ねる音に、ゼネテスの鼓動が重なる。耳に響いてくるそのリズムがテンポを変えた。



「ああ、ゼネさん。あんたが来てくれて良かったよ!もう今回ばかりは駄目かと思ってたんだよ。」

 いきなり間近で聞こえたその声に、二人は反射的に身体を離した。その途端それ迄は感じていなかった羞恥心がラスティアを襲った。顔がカッと熱くなった。

 二人を取り囲む様に、先程迄ラスティアを匿ってくれていた家の中に居た親子と青年が、喜びに破顔させて立っていた。

「いやあ、丁度酒でもと思って此処に向かっていたら、何やら物騒な声が聞こえたもんでね。」

 身体を離しながらも、ラスティアの背を支える腕はそのままで、ゼネテスは豪快に笑いながら頭を掻いた。いつの間にか剣は彼の腰に収まっている。

「怪物の向こうにお前さんを見た時は流石にちょっと焦ったが......。まあ間に合って良かったぜ。」
 ゼネテスは陽気な口調でそう言ってから、身を屈めてラスティアの耳元で、『お前さんを俺より先に怪物に食わしちまったんじゃあ、泣くに泣けんしな。』
と囁いた。

 思いもかけない台詞にラスティアが驚いて顔を上げると、いつものふざけた顔がそこにはあった。

(じ、冗談か、そうよね。冗談。冗談よね......。)

 増々熱くなって行く頬に狼狽えて、ラスティアは無理矢理違う事に思いを馳せた。......。ハンナのお人形。 あのタルテゥバが小さな女の子から取り上げた、今は王城の何処かにあるというお人形に。

  ハンナには可愛そうだが、人形が渡った先がこの国の王女だとなると、返してもらえるどころか、まずそのお願いを伝える事すら出来無いだろう。
 自分はこれからエリス王妃に謁見するつもりではあったが、初めてお目にかかるその席で、王女がお持ちの人形を返してください等と言える筈も無い。
 ラスティアは側で俯いている小さな女の子を複雑な思いで見つめた。
 本当にどうしようも無いのだろうか......。
 何気なくゼネテスの顔を伺い見たラスティアは、珍しく眉間に深い皺を寄せたその表情に言葉を失った。
 物問いたげなその視線に気がついたのだろう、ゼネテスはふっと表情を和らげてラスティアを見返した。
 しばし黙ってラスティアの顔を見下ろしていたゼネテスだったが、一瞬目を閉じてからハンナの方へ視線を移し、ふうっ、と小さく息を吐いた。

「......ま、手が無い事もない...が。」

 ゼネテスは、仕方ないよなあと言ったような、どこか情けない表情をして腕の中のラスティアの背をポンッと叩く。極限迄の緊張が去った事や、懐かしいゼネテスに触れた事で安心したせいか、ラスティアの震えていた四肢には幾分力が戻って来たようだった。

「お前さんさえその気がありゃあ、教えてやらん事も無いが...。どうする?」

 どうせほっとけないんだろう?と言わんばかりのゼネテスの表情に、ラスティアはハンナに顔を向けた。

「お姉ちゃん、お人形取り戻してくれるの......?」

 すがるようなその目を見てしまっては、もうラスティアに嫌だ等と言える訳が無かった。
 うなずくラスティアに目を輝かせた少女は、母親のスカートに抱きついて歓声を上げた。

「よし、そうと決まったら、お前さんは俺に付いて来な。」

 ゼネテスは、未だ足のふらつくラスティアの手を取って、歩き始めた。

「えっ?なに?何処にいくの?」

 いきなり手を握られて焦りながらも、抗う力のでないラスティアは、ただ転ばないように足を運ぶしか術は無い。

「なあに、すぐ其所だ。......ほら、ここだよ。」

 確かに,二人が足を踏み入れたのは数メートル程先に見えていた,崩れそうな佇まいの酒場だった。

「親父!いつもの奴を頼む。それからこいつには...そうだなあ,ルーマティーでも入れてやってくれ。」

「うわっ、おっさけくさ...。」

 ラスティアは引きずられるままに店の中を進み、店の一番奥にある席に座らされた。

「何があったかは知らんが,その消耗はただ事じゃない。......まあ,悪い事は言わん,王宮に行くのはもうちっと後にして,今は少し身体を休めた方がいい。」

 酒場へ移動するだけのたった数メートルで目眩を起こしそうな程の疲労を覚えているラスティアには反論する気等毛頭無く、それよりもどうしてこの人にはこんなに自分の状況が手に取るように判ってしまうのだろうと不思議に思った。

『俺の力が必要になったら,ロストールのスラムを訪ねてくればいい。』

 あの日のゼネテスの言葉がラスティアの心に浮かんで来た。 ゼネテスの力が必要な時......。それなら間違いなく今だわ。私が訪ねて行くよりも先に駆けつけてくれたけど......。

「おやおや,ゼネさんが女の子と一緒とはね。珍しい事もあるもんだ。」

 酒場に漂うには似つかわしくない優雅な香りのお茶をテーブルに置きながら,酒場の親父であるらしい人物がまじまじとラスティアの顔を覗き込んだ。

「......いやあ、こりゃあ別嬪さんだわ、驚いたな。お嬢さん,こんな女たらしになんか騙されんじゃないよ。」

「馬鹿やろう、置く物置いたらさっさと向こうへ行きやがれ!このくそ親父。」

 どかっと窮屈そうに椅子に腰を下ろしたゼネテスが、長い足で親父の尻を軽く蹴る。

「はいはい,判ってるよ。邪魔はせんよ。」

 よほど気心が知れているのか,親父はゼネテスを軽くあしらいながら,片腕に抱えていた大きなボトルを彼に向かって投げてよこした。

「危ねえなあ。...まったくそれがお得意さんに対する態度かねえ。」

 言葉の素っ気なさとは裏腹に,ゼネテスの顔には、楽しそうな笑顔が浮かんでいる。ラスティアもよく見たあの明るい笑顔だ。

「まあ,とにかくそれでも飲んで,少し落ち着いたら話でも始めようや。」

 どうやら酒瓶らしいその大きなボトルのコルク栓を、ゼネテスは歯でぎりぎりと抜いて、やはり大きめのグラスになみなみと注いで行く。酒の事には詳しくないラスティアだったが,その香りからけっこうキツい物であるだろう事が判った。じっと見つめるラスティアの視線を受けながら、ゼネテスはグッと一息に一杯目を飲み干し,次をグラスに注いだ。

「ひと仕事こなした後はいっそう旨いね。」

 にやっと笑ってグラスをラスティアに向けて軽く上げると,再び一気に喉に流し込む。

「......ゼネテスさんってホント、お酒好きなんだね。」

「好きっつうか,......俺に取っちゃ水代わりだな。」

 それって怖すぎる,等と思いながら,ラスティアは目の前のお茶に口をつけた。なみなみとお茶の入った器を持ち上げるのが億劫だったため,作法はなっていないけれど,器に口を持って行ってズズズッという感じで。
じわっと身体に暖かさが染み込んでくる感じがして,更に一口,また一口と器を傾けた。


***********

 ゼネテスが酒瓶の最後の酒をグラスに注いだ時、ラスティアはやっと先ほどの女性のとの出来事の一部始終を話し終えた。
 グラスを傾ける時以外は腕組みをして黙って話を聞いていたゼネテスだったが、話を終えてはあぁ、と大きく息を吐いたラスティアの頬を、大きな手でそっと撫でて小さく微笑んでくれた。

「お前さんのその運の良さも、運命の仕業なのかもしれんな。」

 ゼネテスはそう呟いてから、頬を撫でながら親指でそっとラスティアの唇をなぞった。

「その女といいモンスターといい、今日は厄日だったな、お前さん。」

 唇に触れた指と、その少し掠れた声の様子に内心はどうしようも無い程動揺しながらも、ラスティアは平然とした声で答える。

「...まあ、一日に二度も死ぬかも、って覚悟させられたのは参ったけど。こうして無事ゼネテスさんに助けてもらった訳だし、結果から言えばもんの凄くラッキーな日なのかもしれないよ。」

 声が揺れる事無く答えられた事にホッとしながら。
 ラスティアは今度は唇から顎にうつったゼネテスの指に意識を集中せずにはいられなかった。

「......おう、感謝しろよ。」

 ラスティアの言葉に豪快に笑うゼネテス。

(......もんの凄くラッキーな日だよ。だってこうして貴方に逢えたんだもん......)

 ラスティアと目が合ったゼネテスは、その顎に触れている自分の手を不思議そうに一瞬見つめてから、すっと手を引いた。

 無意識だったの?

「おーい、親父、もう一本頼むわ。」

 店の奥のカウンターに向かって大きな声を上げるゼネテスの横顔。その耳が赤く染まっているのを、ラスティアは不思議そうに見つめていた。




......to be continued

2004.3.4  UP
************************
ああ、未だ終わりそうにないですぅ。

ゲームではゼネさんはモンスターを倒しに酒場から出てくる様に記憶しているんですが、それじゃあどう考えても無理がある。そんな近くにいたんならもっと早く出てこいよ!!って思いません?
勝手にそう妄想した璃玖は、そこんとこ変えちゃいました。
 ぶっちゃけ、うちのゼネさんは、実は騒ぎを聞いてもんの凄く肝を冷やして全速力駆けつけ、それこそもう死にそうな思いでお嬢を助けたと思うんですが、そんな事を微塵も感じさせない様にポーズをつけるお茶目さんです。
...って、バラして良いのか...?


どわっ!!(ゼネさんに背後から切られた模様)

...もう続き書けないかも......


© Rakuten Group, Inc.
X
Mobilize your Site
スマートフォン版を閲覧 | PC版を閲覧
Share by: