ミューンの森~Forest of Mune~

ミューンの森~Forest of Mune~

自由と責任



「 自由と責任 」



 自分自身の事を女であると、そう自覚したのは何時の事だろう、とシャルビーは思った。そもそも自覚した事等あったかどうかも疑わしいのだが。

 身体はそれなりに大人になりつつあっても、精神的に男でありたいと願っていたせいか、初潮を迎えたのもかなり遅いほうだった。 弟と旅を続ける中で、厭らしい視線に出食わす事も幾度となくあったが、外見とは裏腹(らしい)の激しい気性にいつも男達はすごすごと引き下がった。
 実際まだ大人になり切れていない弟を護るためには、自分を男と思って生きる他無かったのが彼女の現実なのだが。

 どちらかと云うと豊かな胸も、黙っていれば人形の様な美貌も、シャルビーにとっては邪魔でしか無かった。
 それを有利に使おうなどと考えた事は一度も無い。良く云えば姐御肌とでも云うのだろうが、一般的な女の概念から程遠い所にいる彼女は、今となって見ると正に生まれながらの冒険者であるのかも知れない。

 訳の解らないままに貴族の男の義妹にされてからも、シャルビーは何も変わらなかった。相変わらず男勝りで強気で強引だ。

「ねえちゃんも損な性分だよな。せっかく男好きのする顔してンだから、上手く立ち回りゃあ楽に生きられるのに......いてっ!」

 今や口癖の様になったチャカの台詞に一発食らわしてから、シャルビーは目の前の豪華な朝食を貪った。

「ちょっと、お前食べないの?また旅に出たら何時こんな食事にありつけるかわかん無いんだよ。いらないんならあたしが貰っちゃうよ。」

 口をモゴモゴ言わせながらガッツく姉の様子に今朝から何度目かのため息をつきながら、チャカは窓の外に目を移した。

********

 二人がロストールのリュ-ガ家の屋敷に戻って来たのは昨日の夕刻の事だった。にこやかに二人を迎えてくれたセバスチャンは、満面の笑顔を讃えながらそのまま二人を各々の浴室に連れていった。

「お湯が濁らなくなるまで出て来ては成りませんよ。何度でも湯を運びますからね。」

 ちょっと、いくらなんでもそんなに汚なか無いだろ!とシャルビーが言い終わらないうちに、熱い湯の入った桶を抱えた召し使い達が列を成してやって来て、二人はそれ以上文句を言えない雰囲気になってしまった。本当に綺麗になるまで磨かないと、セバスチャンはここから一歩も出してはくれないだろう。彼の笑顔の影に隠れた恐さは最初に此処に滞在した時に身に染みていたので珍しくシャルビーもそれ以上文句を言わず、素直に熱い湯に身を沈めたのだった。

 久しぶりの熱い御風呂、ふかふかのベッドで熟睡、そして極め付けにこの贅沢な朝食。おまけに口うるさい義兄は公用で後2日は帰ってこないとセバスチャンから聞いている。こんなにラッキーな事があるだろうか。いつもはなるべくあいつに出食わさないようにと細心の注意を払いながらそそくさと屋敷を後にするのに、今回は後丸1日、ゆっくりしていられるのだ

「チャカ、明日までここでゆっくりしたらさっさと次の仕事見つけて出発しちまうからね!しっかり食っときなよ!」

 姉の言葉に、チャカはやっと白パンと新鮮なフルーツに手を伸ばした。

「......ほお。と言う事は、またもお前は私に何の挨拶も無く出ていくつもりだったのだな。」

 突然背後から聞こえた嫌な声に、シャルビーは口に含んだばかりのルーマティーを、思いっきり正面のチャカに向けて吹き出した。

「ひっでえよ、ねえちゃん......。」

 頭からそれを被ったチャカは情けない声を出して、上目使いに姉の背後に立つ
長身の男を見た。姉の顔が見る間に険しくなる。

「レ。レムオン......。なによッ?何であんたが此処にいんのよ?......くっそ~セバスチャンの奴、騙したわね。」

「あいつを悪く言うな。今度お前が帰宅したらそう言えと、私が指示したのだ。」

 しぶしぶ後ろを振り返ったシャルビーの目に映ったのは、相変わらず髪の毛一本乱さず冷たい目でこちらを見返す、自分よりも白い肌をした美しい男の姿だった。

「な、何でそんな事言ったのよ。」

 思わず声が揺れたのが悔しくて、せめて語気だけは強めてシャルビーは男を睨んだ。

「お前のせいに決まっているだろう。」

「は?何であたしの?」

「お前が何時もこそこそと私を避けて逃げ出してばかりいるからだろう。」

「なっ。違うわよ!別に逃げてる訳じゃないわっ。たまたまあんたとは縁が無いだけで、あたしは自由に旅をしているだけじゃ無い。......だいたい自由に旅をしろって言ったのは、他でも無いあんたでしょ!」

 ほんの少し片眉を動かしただけで、表情一つ変える訳でも無く痛い所を突いて来るレムオンの台詞に、シャルビーは悔しくも顔を赤らめながら、逆に食ってかかった。チャカは目の前の二人の雰囲気に、しっかり自分の立場を守って一言も口を挟まず見守ると決め込んでいる様だ。シャルビーにはそれが歯痒くて仕方が無い。

「確かに、私はお前の旅の仕方に口を出すつもりは毛頭無い。」

 シャルビーの睨み付けるような視線を堂々と受けながら、あろう事かうっすらと笑みさえ浮かべて、レムオンは姉弟の間の空いた席に優雅に腰を降ろした。

「しかしお前もここで暮らしている限りは私の義妹として、たまにはそれなりの責任を果たして欲しいのだ。」

「は?あたしに一体何の責任があるってのよ。」

「......自由に旅をして、世界を見ろと言ったのはこの私だ。だがそれはお前を野放しにすると言う事では決して無いのだ。知っての通りリューガ家はロストールでも屈指の名門だ、時には私の手に余る問題の起きる事もあるのだ。そう言う時に助け合ってこそ、家族というものだろう。......勿論、お前も当然承知の事だと思うが。」

 セバスチャンが運んで来たお茶を口にしながら、涼しい顔で言葉を継ぐレムオンに、チャカは内心感心していた。あんなふうに言われたら、勝ち気なネエちゃンの事だ、絶対当然承知の上だと答えるに決まっている。

「バカにしてんの?勿論判ってるに決まっているじゃ無い。」

 ......やっぱり。男二人は同時に同じ事を心で呟いていた。

「そうであろうな。お前は農民の子にしては頭も良い。私が義妹にと見込んだだけの事はある。」

 何とはなしに、自分にとって不利な方向に話が向いている事は感じつつも、シャルビーは自分より一枚も二枚も、いや百枚も上手らしい目の前の男の余裕の笑みにやられた...と臍を噛むしかなかった。

「お前達はゆっくりここに滞在して身体を休めたらよい。そしてシャルビー。お前はしばし、この私に付き合ってもらう。」

 なんでッ?と声にならない声でぱくぱくするシャルビー。

「リュ-ガ家の娘としての役割もたまには少し果たしてもらわねばな。ああ、勿論お前は十分承知していたのであったな、すまん。」

 こんのぉ~!下手に出ている振りで思いっきりあたしをバカにして。
 シャルビーの顔はまんまと男に乗せられた事への怒りで真っ赤になった。今にも湯気まで立ち上りそうな勢いだ。

 その顔を、嬉しそうに暫し見つめてから、レムオンは立ち上がった。

「では1時間後に私の部屋へ来るように。......ああ、そのむさ苦しい服は着替えておけ。セバスチャンにお前の部屋に用意させておく。」

 憎たらしい男の姿が完全に見えなくなったのを確かめてから、シャルビーは「何よ!!!!!』と叫んで、テーブルを食べかけの食事ごと吹き飛ばしてしまった。

「あ~あ......。」

 青くなって立ち尽くすチャカの目に、にこやかに微笑むセバスチャンが掃除道具を持ってやって来るのが見えた。さすが出来た執事、こんな時にも冷静だ、と思ったが、無言で微笑んだまま道具をシャルビーに差し出した彼には、この姉をも黙らせるだけの迫力があった。

 素直にごめんなさい、と受取った姉に感心したのも束の間、「何ぼけーっと見てンのよ!あんたも片づけるの!」とやっぱり強制参加させられて、チャカは『俺って一体......』と涙を堪えたのだった。


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2003.11.14 UP
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始めてのレムオン様物です。
女主× になるのかどうかは今だ定かではありません(何しろゼネさん至上主義なもので、気を抜くと出て来そうなんですよね、彼)
でもこのシャルビーちゃん、無茶苦茶荒いです。品が無いです。
訳ありではあるんですが。
チャカちゃん、最初に貴方に出会った時、わたしゃコケましたがな。まぢで。   早く強くなって、ねえちゃん安心させてくれ......。


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