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「極める」
普通、極めるというと技術的なもの技法的なものを連想することと思う。しかしここではそういうこととは別に、自己の内面のことや思考技術について「極める」ということをお勧めしたい。
思考は、文字通り、思い考えることである。しかし普通ではあまり自分の思考について深く考えたことがないと思う。そこで今回は、ただ単に物事について思い、考える、ということではなく、考える方法、思い方の方法、について「極める」ということをやってはどうか、ということなのだ。そして少しでもその方向へ意識が向かったなら多分、今までとは違った人生の展開があるのではないだろうか。
人生は、自分がどんなに注意し神経を研ぎ澄ませながら日々生きていても、ある日突然思いもよらない大自然界の脅威にさらされることがある。だから少しでもそんな人間の弱さを軽減できないかと思いつつ、この思考の技術を極めることをお勧めしたい。そして少しでも危機的状況が未然に防げて人生が快適に楽しくなってくれば最高である。
少し宗教的になるが実はお釈迦さまもこの思考について説いていた。つまり「お経」である。
「お経」とは、「経典」のことを言う。やさしく言えばお釈迦さまが生前説いて聞かせたものを弟子たちが後になってまとめたものである。
厳密にいうと、本来はサンスクリット語の「スートラ」の漢訳語であると言われている。この「スートラ」というのは「糸」と言う意味のようだが、その意味が次第に簡単な説明、という意味になり、最終的には必要最低限のこと、だけを書いたものを「スートラ」と言うようになったようである。
そこで、この「お経」中に、自己の内面について、また、思考の方法についてのことが詳しく書かれていたのである。もちろん書いたのは弟子であり、お釈迦さまではないので多少歪められているところがあると思う。しかし前後の言葉やその内容をよくよく吟味しながら読んで見ると現代の科学的な思考法をしのぐ素晴らしい技術的方法に出会うことになった。
そこで、その思考法について何がどうなのか具体的に書きたい所ではあるが、上手く文字で表現できない部分が多すぎてなかなか書き表せない。だから今回は、その元の漢語を記すことにした。
それは皆さん良くご存じの『般若心経』という「お経」の中にあった。
まず「色即是空」や「無」がそれである。
「色不異空」「空不異色」「色即是空」「空即是色」
「無色無受想行識」「無眼耳鼻舌身意」「無色声香味触法」
特に、ここのところがいわゆる「思考の技術」を「極める」ところとなる。
これを現代流に言い変えるとすれば、”思いは実現する”ということになるのだが、ただ単に思ったり考えたりしているだけでは物事そう簡単には実現しないのである。そこで「無」という技術的な方法がプラスされ更に、どう行動するかが重要なポイントとして説かれていたのである。この先のことはどうしても文字や言葉ではいわゆる教え事にはゆかないところとなる。
自己を深く見つめることこそ、思考を自在に使い分けることができてくる。