バス停地名学のすすめ

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2010.01.18
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カテゴリ: 新宿区

◆所在地:新宿区 ◆路線:都営バス[宿74]系統他

みなさん、こんにちは。

前回の河田町交差点から東京女子医大方面へ向かう人の流れを右手に見ながら、かつての都電13系統が走った抜弁天通りを北へ進むと、間もなく大久保通りが東西に横切る若松町交差点が見えてきます。ここが都電時代の若松町電停跡地であり、現在も都営バスの若松町バス停が立っています。

都営大江戸線の若松河田駅が、若松町と河田町の二つの町名を合成した駅名であることは説明するまでもありませんが、位置的には前回の河田町バス停の真下に駅があり、若松町バス停からは少し離れています。両バス停が、隣り合った近い距離であるにもかかわらず、若松河田駅前として統合されずに、都電時代の電停名を忠実に承継した姿を保っていることは、本ブログとしては嬉しい限りです。

この付近は、元禄12年(1699)頃から開けた町地だったと伝えられ、町名は、ここから正月用の若松を幕府に献上したことに因むといいます。若松町交差点の北西側は、江戸期に三十人組の屋敷地だったことから、牛込三十人町と称していました。江戸期の面影を現在の街並みから探し出すのは不可能と思いきや、交差点手前から細い路地を左へ入ると、その先に江戸期から火除神として祀られた八兵衛稲荷の小さな境内が隠れるように佇み、私のような散歩者にほっと一息つかせてくれます。

(次回へつづく)

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最終更新日  2010.01.18 23:20:59
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