私は世の中にこんな訳の分からない話は無いと思ってるんだ
そう思うでしょ
何がだよ
表の質屋
伊勢谷の若旦那が三度死んだよ
八さん
そんな馬鹿な話は無い
人間が一度死んでまた死ぬかい
筋道を立てて話してごらん
言いますけどね
伊勢谷の旦那は遠の昔に亡くなったんだよ
後に残ったのは女将さんと家付きの一人娘さんだ
外に嫁出すことが出来ないから養子を迎えたんだけど
その養子が良い男でね
錦絵から抜け出た良い男なんだよ
・
この養子と家付きの娘が仲が良い
これに安心したわけではないけれども女将さんもお亡くなりになった
夫婦二人っきりで仲が良い
しかしね養子の顔色が悪くなってきた
青白い顔になったなとおもったら床について十日くらいで目を瞑った
・
葬式万端済ましたら親類が集まって、
まだ後家を通すには若いと言う訳で
二人目養子を迎えた
前の養子に懲りたのか丈夫一点張り
体なんかずんぐりむっくりして色なんか真っ黒け
顔なんか看板についてるってだけだ
・
娘さんって言っても今は女将さんだ
仲が良いんだよ
しかしねこの養子やろうの顔もだんだん悪くなってきた
前の養子は白かったから一目でわかったけど、
二人目の養子は顔が黒いから近くで見てはじめて分かった
妙な顔をしているなぁと思ったら床について十日経つか経たないかの内に死んじゃったんだ
で三人目に迎え入れた養子が昨日死んだんだ
これで伊勢谷の若旦那が三度死んだってことになるでしょ
そう言ってくれれば分かるけれども
いきなり飛び込んできて三度死んだって言うから
一人の人間が三度死んだっと思うでしょうが
・
じゃ何かい?八さん
伊勢谷に来る養子がみんなお亡くなりになる
そうなんだよ
あっしは弱ってるんだよ
別にお前が弱ることないだろう
養子に頼まれたわけじゃないだろ
そうなんですけど
その晩ね、みんな集まって厭味(いやみ)を言わないといけないんだよ
変わった家だね
厭味を言うのかい
この度はって
それは悔やみだよ
亡くなった人に厭味を言ってどうする
そうだよ、そのみだよ
来たって言うのはねご隠居さんに新しい悔やみを教えて貰おうと思って
悔やみに新しいも古いも無いよ
前にやったんだろ
前の通りで良いよ
同じでいいのか?
最初はどうやったんだ?
さてこの度は、、、
「この度は」は悔やみの決まりきった言葉だね
その後は?
ごちそう様です
・・・なんだい
いやね、この度はって頭を下げてね
ひょっと上げたらごちそうがいっぱい並んでいたからね
お前さんは食べ物に悔やみに行ったのかい
二度目は?
二度目はちょっと調子を変えようと思って腹の底から声を変えてね
さてこの度は
お前さんを見直した
良い声が出てるね
その後は?
ごちそう様です
同じじゃないか
八さんの前だけど悔やみと言う物は、相手に分からないように
口の中でごにょごにょ言っていれば良いんだよ
その分からないところが分からないから来たんでしょ
一番肝心な事はお辞儀の仕方だよ
見る人が見たらその人の気持ちが分かると言うよ
丁寧にお辞儀をしたら手を膝の上に置いて、相手の顔を見るような見ないような感じで
さて、この度はこちら様の・・・ご察し・・申し・・・
こんな感じでやってみなさい
これは面白いや
これ、悔やみを笑いながらやっていたら張ったり倒されるよ
でもまだ分からないんだよ
今度は何が分からないんだ
よく昔から良い事をしたらいい報いが在る
悪い事をしたら悪い報いが在るって言うよ
伊勢谷の旦那って人は大層できた人で、第一に商売が質屋で人に恨みを買っちゃいけないって言うんで町内の付き合いも進んでやっていた人だ。
・
この人の娘さんも出来て人で、長屋の女将さんが子供の物を持って質に入れに来る
子供の物のだから大した物は無いけれども嫌な顔しないで銭を貸して、
後でその家にこっそり品物を返してやったという位、気の優しい方だ
そこへ来る養子がみんな死んでしまうのはどういう事なんだ?
祟りかね??
祟りという事ではないけれども、娘と言っても今は女将さんかね
歳はお幾つだね
三十三だよ
では何かい伊勢谷の女将さんは美人かい?
あのね、ものすごく美人だよ
歳も二十七、八ぐらいに見える
そうかぁなるほどな
女将さんの歳が三十三で美人という事がご亭主は短命の元だな
なんです湯麺(たんめん)?
湯麺じゃない短い命で短命だ
長い命は拉麺(らーめん)かい
長い命は長命だよ
分からない話だな
女将さんが美人だったら頑張って働こうって思うじゃないか
どうして短命なんです
夫婦二人っきりだろ
隠居思い出した
世帯を持ちたて時は、夫婦はおまんまを食べるときはお膳を挟んで差し向えって歌の文句が在るだろ
ところがね、あそこの夫婦はご膳を退かして傍によって、
「あなたぁ」って色っぽい声を出すんだよ
それが短命の元だよ
女将さんがご飯をよそってご亭主に出す
ご亭主がそれを受取ろうとしてほっと手を出す
指と指とが触る、手と手が触れる
ひょっと前を見ると振るいつきたくなる女がいる
・・・短命だよ
指が触ると?
それってもしかして指に毒が?
あのね、
白魚のようなきれいな指だろ
突きたての餅みたいに柔らかい手だろ
その指と手が触り、ひょっと前を見ると綺麗な女だろ
・・・短命でしょ
そこに来ると分からないんですよ
お前は大人なんだから頭を使って考えなさい
いいかい?
例えばだよ寒い冬場、夫婦でこたつに当たっているだろ
まわりに出誰も居ない
何かのはずみに手が触り、指が触り
・・ね、短命でしょ
こたつでのぼせるのかい
どうして分からないんだ
お前さんも所帯を持ちたての時を考えてごらんよ
誰も居ない時に指だけで済むかい?
手だけで済むかい?
そこらじゅう触るだろ
指だけじゃないの・・・
手だけじゃないの・・・・
それは短命だぁ
・
って冗談じゃないよ
こっちは祟りだと怯えていたのに
こんなこと言っている場合じゃなかった
棚のこと用が在って駆けずり回ってたんだ
これから家に戻っておまんま食べて棚に手伝いに行かいといけないんだ
お手間を取らせてすみませんでした。
驚いたね
寿命縮めるほど触ることないのにね
考えてみると暫く触ってないな
・
今帰ったよ
何処のたくってんだよ!
棚の事で駆けずり回ってたんだ
お腹すいたらおまんまにしてくれ
おまんまも無いもんだよ
時分時(じぶんどき)に帰ってこないんだから
勝手によそってお上がりよ
ちょっとよそってくれても良いじゃないか
うるさいね
人使いが荒い割には金使いは細かいくせに
お鉢の蓋なんかこうやたら開くんじゃないか
茶碗としゃもじを持ってね
よそったって盛りが多いの少ないの言うくせに
なんだって私の事を使わないと損みたいな感じで
まったくもう
ほら!!
こんな山盛りにして仏前飯じゃねぇぞ
・・・けど指が触ったね
指が触って、手が触ってひょっと前を見ると
・・・・俺は長生きだ
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