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posted by fanblog
2024年10月06日
【ユリゴコロ (2017)】
まず、物語の大枠を簡単に紹介します。主人公は亮介(松坂桃李)、家族思いの普通の青年です。しかし、彼の人生は父親の病気とともに一変します。父が末期癌であることが判明し、家族が集まる中で、彼は一冊の古びたノートを見つけます。そのノートには、謎の女性が自分の過去について綴った衝撃的な内容が書かれていました。それは、誰かを殺すことによって「ユリゴコロ」(心の安定)を得ていた女性の告白です。
このノートを読み進めることで、亮介は女性(吉高由里子)の狂気とその背景に迫っていきます。そして、次第に自分の家族とそのノートの内容が複雑に絡み合っていることに気づき、彼の平穏だった生活は急激に崩れ始めます。過去と現在が交錯する中で、亮介が向き合うのは、家族の秘密と自身の存在に関する深い問いです。
キャラクターと演技
この映画の中で特に印象的なのは、吉高由里子が演じた謎の女性、美紗子です。彼女は他者を傷つけ、殺すことによってしか自分を保てないという異常な精神状態を持つキャラクターですが、吉高由里子の演技がその冷たさと内面の脆さを見事に表現していました。彼女の無機質な表情や、淡々とした口調は、彼女の狂気と同時にその裏に隠された哀しみを感じさせます。
松坂桃李演じる亮介も、家族への愛とノートの内容によって心が揺れる様子が非常にリアルで、観ているこちらまで感情が引きずられるような演技を見せました。特に彼が父親の死やノートに記された衝撃的な事実と向き合うシーンでは、彼の絶望感や混乱が痛いほど伝わってきます。
その他、亮介の恋人役を演じた清野菜名も、作品全体に軽やかさをもたらしつつも、物語の暗さと絡み合う重要な役割を果たしています。彼女の存在は、一見明るい恋愛ドラマの側面を持ちながら、物語の真実に迫るきっかけを亮介に与える重要な役割を担っています。
ストーリーのテーマとメッセージ
『ユリゴコロ』は、ただのミステリーやサスペンスではなく、深い哲学的な問いを観客に投げかける映画です。人はなぜ生きるのか? 他者を傷つけることでしか自己を保てない人間の苦しみとは何か? 家族とは何か? これらのテーマが重層的に描かれており、観終わった後もずっと頭の中に残り続けます。
特に印象的なのは、「ユリゴコロ」という言葉そのものです。普通なら「心の安定」を意味するはずですが、この映画ではその意味がねじれてしまっている。美紗子にとっての「ユリゴコロ」は、人を殺すことで得られる一瞬の安心感であり、それがどれだけ異常で、悲しいことかが痛感されます。彼女がその行為に走る背景には、誰もが一度は感じたことがある「孤独感」や「自己喪失感」が根底にあり、観る者に彼女の痛みを共有させます。
また、この映画が持つ「家族の重み」というテーマも見逃せません。父親の死、家族の秘密、そして亮介が知らなかった家族の過去。これらが絡み合う中で、家族とは単なる血縁だけではなく、その中に隠された感情や歴史、そして苦しみが大きな意味を持つことが描かれています。家族というものが、時には人を救い、時には縛りつけるものとして機能する点が、この映画のもう一つの重要なテーマです。
映像美と音楽
『ユリゴコロ』は映像面でも非常に印象的な作品です。熊澤監督の演出は、どこか冷たく、暗いトーンが全体を支配していますが、それが逆に物語の緊張感を高めています。自然の美しさや日常的な風景が、登場人物たちの内面の混沌と対比されて描かれており、そのギャップが視覚的にも強烈な印象を残します。
音楽もまた、この映画の魅力を引き立てています。劇伴は物静かでありながら、どこか不安定で、物語の暗さや登場人物たちの感情を巧みに表現しています。特に、静かなシーンで響くピアノのメロディや、緊張感のある場面での不協和音的な音楽は、観客に不安感を抱かせ、物語の中に引き込む力を持っています。
総評
『ユリゴコロ』は、ただのミステリー映画を期待していると、その重さや深さに驚かされる作品です。人間の内面に潜む闇や、家族という複雑なテーマに真摯に向き合っており、決して軽い気持ちで観られる映画ではありません。しかし、その分、観終わった後には心に深く残るものがあり、自分自身の人生や家族について考えさせられる映画でもあります。
個人的な感想としては、何度も見返したくなる作品ではないかもしれませんが、一度は観る価値がある映画です。特に、吉高由里子の演技は圧巻で、彼女の演じる美紗子というキャラクターが抱える痛みや孤独は、多くの人に共感を呼ぶ部分があるでしょう。また、松坂桃李の演技も非常に繊細で、家族の秘密に直面した時の彼の苦しみや葛藤がひしひしと伝わってきます。
この映画の中で描かれる「ユリゴコロ」という異常な安定感は、私たちが普段感じる安定とは全く異なるものですが、その背景にある孤独感や喪失感には共感せずにはいられません。結果的に、映画全体が「生きること」の苦しさや、家族に対する複雑な感情を描き出し、観る者に問いかける作品になっています。
ぜひ、気分が重くなってもいい日に、この作品に挑戦してみてください。