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安全地帯・玉置浩二の音楽を語るブログ、管理人のトバです。安全地帯・玉置浩二の音楽こそが至高!と信じ続けて四十年くらい経ちました。よくそんなに信じられるものだと、自分でも驚きです。

2021年10月02日

ひとりぼっちのエール


安全地帯ベスト2 ひとりぼっちのエール 』十五曲目「ひとりぼっちのエール」です。ベスト2のタイトルナンバーになります。立ち位置としては初代ベストのタイトルナンバー「 I Love Youからはじめよう 」と同じといえば同じなのですが、「I Love Youからはじめよう」がすでにアルバム『 月に濡れたふたり

カップリングは「あの頃へ 〜'92日本武道館〜命〜「涙の祈り」」、「あの頃へ」のライブバージョンです。日本武道館ですから『unplugged』に収録されているラストライブバージョンではありませんが、非常にナイスな出来になっていまして、のちに『アナザー・コレクション』に収録されます。

その「あの頃へ」を最後に安全地帯チームを離れた松井さんにかわり、この「ひとりぼっちのエール」では『あこがれ』の歌詞をお書きになった須藤さんが作詞を担当しています。もちろんマーベラスな歌詞なんですが、松井さんぬきでまでやらなくてもいいのに……しかもこんな、下手すると安全地帯ラスト曲になったかもしれない曲を……須藤さんがみても「(玉置さんは)ぜんぜん積極的ではなかった」(『幸せになるために生まれてきたんだから』より)ような状況で……と傍からは思うんですが、契約関係で出さざるを得なかったんじゃないかしらねえと愚考いたします。

ともあれ、とんでもない精神状態で収録・リリースにこぎつけたこの曲ですが、これがまた「エール」という言葉とは裏腹に、いやあんた人にエール送ってる場合じゃないでしょあんたがエールを送られるほうだよ、と思いたくなる悲愴な曲です。なんですかね、むかし「あぶない刑事」で大下刑事役の柴田恭兵が「いつもおまわりさんに追いかけられてイヤだったから、自分が追いかける側に回ることにした」と言っていたような記憶があるんですが、人間は自分がしてほしくないこと、それとは逆の自分がしてほしいこととを他人にすることとして選択して行動する傾向があるのかもしれません。それ以外のどうでもいいことはしないか、しても無意識だし覚えていません。どうでもいいから。そんなわけで、もしかしてなんですが、これは須藤さんから玉置さんへのエール、そして自分へのエールでもあるんじゃないかと思う次第です。須藤さんは松井さんのような玉置さんとシンクロ率400パーセントな歌詞をお作りになるスタイルではありませんでしたので、須藤さんに玉置さんの思いを代弁するような意図があったわけでなく玉置さんに対する須藤さん個人からの思いがこの歌詞には込められているのではないかとわたくし思うわけです。尾崎豊を失って失意の中にいた須藤さんが、『あこがれ』を経て玉置さんと出逢い、エールを送りたい、そして送られたいという思いをこめて作られたものだと。あ、いや、もちろんいつもの妄想ですとも!(笑)

さて曲はシンセのフェードインから始まります。田中さんがシンバルに続けて、カツカツカツとリズム、六土さんが何ともいえない柔らかい音でズシーン・ズシーンと曲の基調を支えます。おそらく武沢さんがカッティング、おそらく矢萩さんのメインテーマ弾きがメロウな音で響き、玉置さんが「ア〜アア〜」と歌います。

Aメロ、スキマの多いとても寂しいアレンジで、うすーいシンセのほかにはリズム隊のお二人だけの音が目立ちます。ギターのお二人は、合いの手を入れるように時折「キュイーン!」とか「ピョッピョー」とか入れるだけです。玉置さんの歌が「ひとりぼっち」で響き、また歌詞が思わせぶりで(笑)、夢や幸せが壊れてしまったことを示唆してきます。須藤さん、よりによってこんな時期に!いやこんな時期だからなのでしょう、旭川のアマチュア時代、売れなかったデビュー当時、「ワインレッドの心」でドカンと一変し公私ともに限界まで突っ走った日々、そして活動休止と活動再開以来のエネルギッシュな日々……それらすべてを表現する見事な歌詞です。あまり積極的ではなかったのかもしれませんが玉置さんもさすがのボーカル、というかそういう日々の当事者ですから(笑)、ものすごい説得力です。

Aメロ最後ころからおそらく武沢さんのアルペジオが薄く入ってきて、Bメロへの導入的な役割を果たします。「ギューン!」と歪んだギターがスライド音を響かせ、ギターとベースで強めのリズムを入れつつ「寒い夜はいつか終わる」と玉置さんが力強く歌います。アルペジオが大きくなり、ドラムのシンバルが響き、そして田中さんがドカンとスネアを打ち、ドラムとベースが八分を刻み始めて曲はサビに入ります。Bメロの時点でドラムを打たないのが凄いです。わたしだったら絶対我慢できないで入れちゃいますね。

さてサビです。ズンズンズンズンとルート弾きを行う六土さんが牽引するかのように、安全地帯はいつもの安全地帯で前へ前へと進んでいきます。ギターのお二人がストローク、アルペジオ、カッティングを組み合わせた華麗なコンビプレイを聴かせてくれます。「熱さが僕を支えてきたんだ」と歌う玉置さんに寄り添うようなギターフレーズ、悲しいくらいの定番安全地帯アレンジです。でも安全地帯はこの曲で(いったん)終わるのです。

間奏を経て曲は二番に入り、ベースが大きく響きます。ギターの合いの手も一番に比べて多めです。一番は無用の用というか、対比を効かせ徐々に盛り上げてゆくためにスキマを多くしていたのでしょう。ここもスキマ多めではあるのですが、一番に比べると違いがよくわかるくらいには埋められています。

曲はすぐにBメロ、サビへと向かいます。ここはサビを二回繰り返し、なんと歌詞がある部分はここで終わってしまいます。ただ、曲が始まってすでに三分四十秒、一曲としてはけっして短すぎる時間ではありません。20-30秒程度のアウトロで四分強となりますから、ここで終わってもよかったのだと思います。

ところが曲は終わりません。皆さんご存知かと思いますが、ここからなんと三分間の「ラーラララー」が入るのです。最初はたまげました。なんだそりゃ、曲の半分近くラララかよ!しかもそんだけラララしておいてちゃんと終わらずにフェードアウト……どんだけ終わりたくないんだよ……そう、終わりたくなかったんだと思います。

「積極的ではなかった」玉置さんと、おそらく気分良くは収録できなかったであろうメンバー、それでも崩壊の気配濃厚、もはや終焉は決定的ですらあったであろうこのとき、でも安全地帯が終わるということを惜しむ気持ち、どこかで信じられない気持ち、おそらくライブで披露する機会はかなり限られるか全くないかのこの曲を、みんなで歌って収録するんだ……という気持ちがあったのでしょう、そんな気持ちを込めたか込めなかったか、ともあれみんなで歌います。最初はメンバーだけの声のように聴こえます。玉置さんだけが多重録音したのでない、矢萩さんや六土さんの声が聴こえるように思えます。それから徐々に人が増えていって……増えていった声は多重録音なのかもわかりませんけど、大合唱っぽい声に変わっていきます。ギターのお二人が惜しげもなく、おそらくはアドリブ一発に近い状態で弾きまくっている音が入っています。リズム隊のお二人はひたすら堅実にサビのバックを繰り返します。低めのストリングスが時折大きく響く中、合唱は続いていきます。惜別の念ここに極まれりといった感が濃厚に漂います。

たぶんですが、平素から明確な終わりのない曲はこうやってかなり長めに繰り返して録音しているのだと思います。そして、あとから適当なところでフェードアウトをするんでしょう。でもこの曲は途中で切れなかった、惜しくて、切りどころが見つからなくて、というのが真相じゃないかなと思います。演奏する側もですが、編集する側も、安全地帯ラスト曲となるであろう(あやうくそうなりかけた)この曲を、なかなか終わらせられなかったのではないでしょうか。聴く側はそんなこと思ってませんから、多くの場合なんだこりゃ長いぞと思うだけなんですけども。この当時、この長い「ラララ」から安全地帯が崩壊したことをリアルタイムで感じられた方はどれくらいいらっしゃったのでしょうか。わたくし無念ながら気がつきませんでした。夢にも思いませんでした。後から気づくんですね、この「ラララ」の意味を。10年近くもかけてゆっくりと……。

壊れていった夢を拾い集めようとしてしまう悲しい日々、それでも雨はいつか止む、夜はいつか明ける、だからもう一度頑張れ、生きていくんだ命は美しい、これまでの日々は無駄じゃない、涙の熱さが僕を支えてきた、叫んだ時間の長さが僕を強くした……

僕も君も、またひとつ夜をこえて「新しい朝」を迎える。太陽がまた昇り僕たちの命をつむぐ。君はひとりじゃない、僕もまた、同じように朝を迎え、太陽に祈るんだ。そうしていままでやってきたのだから、新しい朝が来るたびに何かが少しずつ変わってゆき、いつか新しい喜び、夢がつくられていくんだ、時を刻みながら……

まったくの偶然でそうなっただけといえばそうなんですが、氷河期世代のわたくし、この曲の意味が心身に沁み込んでゆく90年代後半以降、たいへんつらい日々を送りました。もちろん若かったですから、傍から思うほど悲愴な感じじゃなかったんですけども、それでもいま思えば冷や汗が出るような日々でした。どんなブラック企業に勤めていても正社員を辞めさえしなければ食ってはいける現代の若者と、どっこいどっこいですかね……わたくしもたいがい職がなくてショック(笑うところ)な不安定さと不安をかなり味わいましたけども、現代の若い人だって、会社と自分のどっちが先にダウンするかわからないという不安はきわめて大きいと思います。ともあれ辛い日々でした。バイトに行くためのガソリン代もろくに捻出できない日々に、食費節約のためまとめ買いしてきた60円のハンバーガーとかを食いながらこの「ひとりぼっちのエール」をうっかり聴くと、泣けてくるんです。リリース直後はまだバブルの余韻がありましたし、わたくし自身も余裕こいてましたからわからなかったんですよ、この「ひとりぼっち」と「エール」の凄みを。

いまでもアンコール前のラスト曲としてしばしば演奏されるこの曲、わたくし生で聴いたときにはああこの曲ライブで聴ける日が来てよかったな……あのまま安全地帯が終わっていたらライブもヘチマもなかったものな、そしてわたくし自身もあの時期にあのまま不安につぶされていたらこんなコンサートを聴きにくるどころじゃなかったものなと、とても感慨深かったです。そして、Bメロ前のギターが大音量ともの凄い音圧で身体に届いたとき、安全地帯の復活を、そして自分自身の再生を、本当の意味で感じることができたのだと思います。

さてこのアルバムも終わりました。次は玉置さんソロ『カリント工場の煙突の上に』になります。翌年には安全地帯の『アナザー・コレクション』がリリースされますから、まだまだ安全地帯の作品レビューは続きますけども、実質的にここから10年程度の活動休止となりました。その間、玉置さんソロのアルバムが……七枚?きゃあー!いったい弊ブログはあと何年たったら『安全地帯IX』の「スタートライン」までたどり着けるのかしらってくらいまだまだ続きます。引き続きご愛顧いただければと思います!

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2021年09月26日

あの頃へ


安全地帯ベスト2 ひとりぼっちのエール 』十四曲目、「あの頃へ」です。

「雪が降る遠いふるさと」はわたしのふるさとも同様でして、本州(のとある地域)に住んでいるとたまにしか降りませんけども、冬の北海道はいつでも降っているのです。降っていないときでも降り積もった雪の塊が常に身の周りを埋めていますから、雪の存在をいつでも感じながら暮らしているのです。

もちろん雪は日常の風景に溶け込んでいますから、いちいち意識するわけではありません。学校の行き帰り、ギター担いでスタジオに歩くとき、街をぶらつきに行くとき、いつでも雪はそこら中にありました。だけれども、夏にはすっかりなくなっているわけですから、全く何もないのと同じというわけではないのです。夏が緑の季節であるのと同じ感覚で、冬は白い季節なんだという感覚です。そういう感覚がまだ生々しい頃には、本州、つまり温帯気候の冬は何もなくてちょっと違和感がありました。無色の季節とでもいいましょうか。

本州の冬に慣れてきますと、ああいまごろ北海道は雪が降っているなと思うことがあります。無色の季節の中で、真っ白に染まった街をなつかしく思い出すのです。

さて曲はカツカツと響くパーカッション、ボキボキしたベースにバスドラをズシズシと合わせ、それをバックにシンセのメインテーマとキラキラ音が流れます。ずいぶんスキマの多いシンプルな作りですが、それが白く染まった街を思わせます。

Aメロもチラチラと降る雪を思わせるキラキラ音とギターのアルペジオが流れ、根雪に響く足音のようなドラムとベースが足元を支えるなか玉置さんが歌います。そうこの感覚……雪に閉じ込められた冬を幾年も過ごした経験がないと出せない感覚……のように思えます。北海道人のわたくしが勝手にシンクロしているだけの気がしなくもありませんが(笑)、スパイクのついた雪靴でガシガシと家路を歩いた感触がよみがえります。わたくしの家路はつねに南向きでしたので、かつて冬季オリンピックを行った山に陽が沈み、青紫に染まってゆく雪景色の上に一番星が見えてくるあの夕暮れを歩いた日々を、いつでも思いだすことができるのです。

そしてオリオン座ともそろそろお別れだな、と思う頃に春はやってきます。肌で感じる気温はだいぶ上がってきています。気がつくと頬が痛くなくなっているんです。「春を待つ想い」は比較的気候が温暖な札幌にいるとやや感じにくいですが、旭川のような苛烈な冬を送る地域では格別のものがあるのでしょう。特急列車が旭川駅のホームについて扉が開くと、一気に客室内の温度が下がり、そしてディーセルの音と臭いが飛び込んできます。うわーなんだこれ寒いぞ!と道内の人間が思うくらい旭川の冬は寒いのです。もちろん、その中に住んでいるとあんまりわからないんだと思うんですけどね。でも、ほんの少しだけ、「春を待つ想い」は誰かを幸せにする力がよその地域に比べて強いんじゃないかと思います。

ドラムのフィルインが響き曲はサビに入ります。ズッタズズッタ・ズッタズズッタ……とリズム隊のお二人が重いリズムを刻みます。ギターのお二人は「 いつも君のそばに 」で聴かせた細かいアルペジオや刻み、ストロークを組み合わせた渋い仕事をなさいます。武沢トーン「シャリーン」も響き、もう安全地帯色満点です。そしてストリングスとキラキラ音をわずかに流し、「パンパンラーン」的ななにやら鍵盤の音がオブリガートに入ります。

そしてコーラスもなくただ、玉置さんの独唱が響きます。そうですね……コーラスないほうがいいとは思うんですけども、それはこの出来上がりを聴いたからであって、コーラスアリバージョンを聴いたらそっちがいいやと思うかもわかりません。歌詞的には「みんなで歌おう」的な歌詞でなく、ただ一人の「ぼく」がただ一人の「君」をあの頃へつれていけたらいいなあって内容ですので、コーラスなしのほうがハマるとは思います。

「あの空」はまだ冠雪の旭岳を臨む広い広い上川盆地の空、「あの風」は、「あたたかい」といっても頬が痛くなくなったという程度ですが、そういう季節の季節を感じる風、私たち北海道人は冠雪の山と冷たい風の中で三月四月を迎えますから、別れも出会いもすべて「あの頃」なのです。

松井さんはきっと、「もう故郷に帰りたくなっちゃった」(『幸せになるために生まれてきたんだから』より)玉置さんの心情を最大限に汲みとり、このような歌詞をお書きになられたんだと思います。「もう一回北海道でいちからやり直して本当のオリジナルを作ろうぜ」(同上)と毎日のようにメンバーに言っていた玉置さんですが、松井さんは帰るも何も北海道のときからのメンバーでないですから、松井さんのことは、言いかたは悪いですが視界に入っていなかった、もっと悪くすれば離れたかったんじゃないかと思います。デビュー直後からつねに安全地帯の作詞をメインで担い、チームの重要な一員であり続け、うれしいときも辛い時も玉置さんと安全地帯を支え続け絶頂期をともに作り上げた松井さん、一度解散の危機を乗り越え『夢の都』『太陽』の力作を作りあげたそのタイミングでバブルが崩壊しバンドもまた崩壊してゆくその過程をもっとも間近でみつめてきたのが松井さんなのです。ですから、玉置さんの松井さんぬきで帰りたいという思いを想像しこの歌詞をお書きになったときの心境はいかばかりのものであったか、考えるだに胸がつぶれそうになるのです。なにしろ「あたたかいあの頃」に松井さんはいないのです……。

うん、五郎ちゃんの思い、受け取ったよ、とでもいわんばかりに玉置さんは熱唱します。美しく激しく、たった一人で。カップリングの「地平線を見て育ちました」がどこか開き直り気味にさえ聴こえる合唱ふうだったのに対比して、なんと悲しい歌でしょう。

歌は二番に入りまして、ストリングスがすこし存在感を増しますが、基本的には一番とアレンジは変わりません。しいて言えばここからきもちリズム隊が大きくミックスされているようにも感じます。

「街の灯」は、雪が降っているとボワッとその周りが反射光で包まれてみえる街路灯のことなのか、はてまた夜景のような遠景のことなのか……どちらもありそうな感じではありますが、わたくしの生活感覚では前者です。だって寒い季節に藻岩山ロープウェイとかにわざわざ乗って夜景観に行かないですから。ナイタースキー場からみえる夜景……スキーやって楽しんでいるのに夜景に「神様の願い」とかいちいち見ません。ここは、雪に包まれる街路灯だと思いたいです。その灯りに、雪が次々と一瞬だけ照らされながら落ちて消えてゆくその流れが見えているのだと。「神様の願い」は、無為に無限に思えるほど降りゆく雪の一つひとつにこそ現れています。人間のつくった灯りで照らされなければその存在はわかりません。見えている箇所は街路灯の周辺だけで、同じことはとんでもない範囲で起こっているのです。その美しさ儚さは圧倒的で、人間の思惑などあっさり超えている力の存在を思わずにはいられない……まあたかが雪なんですが(笑)。大袈裟に書くとそういうことなのです。そんな神の存在を感じますと、自分の人生であといくつのことに取り組めるのだろうか……などと来し方行く末を知っている神様に尋ねたい気持ちにも少しだけなるのですね。

安全地帯という「夢」が実現したチームのみなさんにとって、同じレベルの「夢」を叶える機会はどれだけあるのでしょうか。キャロルが終わってプリーズを結成したジョニーとウッチャンは、キャロルと同じくらいの夢を実現することができたのでしょうか。バンドというのは多くの人にとってメインは一つであり、二つ以上のバンドで商業的に成功した人があまりいないということを私たちは知っています。バンドに限らず、他業種まで考慮に入れたとしても、二つ以上の夢を叶える人というのは稀です。鳥山明はメガトン級の作品を二発も飛ばしていますが、それだって二発なのです。多い人でも、高橋留美子が四発五発くらいで奇跡的ですが、それ以上は基本ムリでしょう。

さて曲は再びサビに入ります。今度はあの「星」「雲」ですね。うーん、これは当時の東京にいると見えにくかったことでしょう。なにしろビルが多いし空気も汚かったのです。「傷だらけの天使」に出てくるようなビルがウジャウジャと空をふさいでいるような感覚で、「おれをここから出してくれ!」という気分になるんです。もちろん札幌にも旭川にもそういう地域はありますが、しばらく歩けば視界は開けます。ところが東京はどこまで行っても閉塞感なのです。勘弁しろよずっと創成川の向こう側みたいじゃん!って感じです。星や雲がワッと広がる空に見える場所は、雪がやんだ「遠いふるさと」、天地が広い北海道なのです。

「君」とは北海道でないどこか、それこそ東京などで出会います。「君」はあの広い北海道の空を知りません。いやど田舎の出身ですから知ってますよって思うかもわかりませんけど、それは北海道を知らないからそう思うのです。北海道人にとって本州の田舎など田舎ではありません。だってどこまで行っても田んぼはあるし、人の手が入っているのがわかるじゃないですか。北海道は人の手が入っていない箇所が結構あるのです。両側が田んぼの道路など自然ではなく人工的です。自然とは、利用されていない荒れ地のことなのです。石狩平野や上川盆地、十勝平野といった広大な平地では、その荒涼たる雰囲気が全天下の八割くらいを占めている感覚を味わうことができます。本州の田舎など、どこまで行っても人の気配だらけでぜんぜんそんな感覚はありませんとも。ですから、自然というか野生というかの美しさあふれる「美しいあの頃」へ「君をいつかつれて行けたら」、あの開放的な感覚を味わわせてあげたい、これが「ぼく」が育ったところの開放感、解放されている、自由だって感覚なんだよ!と教えたくなるのです。「君」がそれを味わいたいかどうかはともかく(笑)。

曲は間奏に入ります。静謐な音色のメインテーマに続けて玉置さんが「あの頃へ」とだけ歌い、続けて矢萩さんが弾いたと思われるメロウな短いギターソロが流れます。ひどくあっさりした間奏ですが……長々とやる意味もそんなにないのでしょう。早々に最後のサビへと向かいます。

「あの」ではなく、「やさしさ」「さみしさ」であることには、何か意味がありそうです。「あの」ではないのですから、これは東京のやさしさやさみしさだったのかもしれません。東京のさみしさは尋常ではありません。何しろ隣人の顔もろくに知らないのです。電車に乗る顔ぶれはいつも違っていて覚えきれません。だから無関心にならざるを得ないわけですが、無関心だからってわざとイヤなことをする人もまたいません。だから最低限に「やさしい」し、交流の多い人とは田舎と変わらぬ「やさしさ」で交流します。人間の性質なんて都会にいようと田舎にいようとそんなに変わるものでもありませんから、「いつも愛を知っていた」と知るのです。星さんも金子さんも、そして松井さんも、そうした「さみしさ」や「やさしさ」を安全地帯のメンバーよりも少し早く知っていたのです。まあ、旭川はよそだと県庁所在地クラスの道北随一といえる都市ですから、出身地でいえば東京にいる人々の中でも都会人に属するほうだとは思うんですが、人は東京に何年か住み慣れたら自分を都会人だと思い込むフシがあるようで、北海道人の「キャラメル」とか「コーヒー」の発音を鼻で笑うような人や、電車のことを「汽車」といったら「汽車ってなんだよ電車だろどこから来たのお前」とか言ってくるような人もいまして、そんなときに「さみしさ」を感じることがないわけではありません(笑)。北海道は雪の重みで架線が切れるとメンテできないくらい広いところを走るからディーゼルがけっこうまだ走ってるんだよ!(怒)

そんなさみしさを感じつつ、何度目かの春を迎えてもう「汽車」とか言わなくなったころ、無色の冬が終わりああだいぶ暖かくなってきたな、北海道だと雪が解けてくる季節だな、真っ白な山がだんだんと緑に染まってゆく季節だな……ディーゼルの「汽車」に乗って「キャラメル」食って「コーヒー」飲んで……「あの頃」へ「君」をいつかつれて行きたいなと、本州の春はそんなことをふっと思わせる季節なのです。

曲はアウトロ、メインテーマが鳴り響き、六土さんのベースが「ボキボキッ!ボキボキッ!」と音を短く切ってアクセントを入れてきます。もしかしたら「あの頃へ」の思いを一番わかっていたのはこの人かもしれません。なにしろ六土さんは稚内の人ですから、冬の寒さも春の喜びも旭川とは一味違うでしょうし、旭川という「都会」で活動したのちさらに東京という「都会」に移っていった人ですから、「やさしさ」も「さみしさ」も二段構えで他の安全地帯メンバーよりも経験豊富なのです。


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2021年09月20日

萠黄色のスナップ


安全地帯ベスト2 ひとりぼっちのエール 』一曲目、「萠黄色のスナップ」です。安全地帯デビューシングルになります。カップリングは「一度だけ」でした。

いまでこそ『ONE NIGHT THEATER』のライブCDがありますから、アルバムのみのコレクターでも聴くことのできる曲といえなくもないんですけども、当時はまだ『ONE NIGHT THEATER』はVHSかLDしかなかったんですよ。ですから、一部の人にとっては伝説上の曲だったわけです。

がんばればYouTUBEで観ることができますが、クリスタル・キングが初の北海道コンサートを札幌の厚生年金会館で終えた次の日、稚内に向かって車を走らせるというドキュメンタリー的な映像が放送されたことがあります。その旅の途中、まだアマチュアだった安全地帯の合宿所に立ち寄るというとんでもない貴重映像が収められています。そこで演奏されクリスタルキングが感想を述べていたのがこの「萠黄色のスナップ」だったのです。

札幌の厚生年金会館は当時札幌で一番大きいホールで、ほぼすべてのメジャーアーティストが使っていました。せいぜい二千席で、音もたいしてよくなかった記憶があります。でも当時はそこしかないからそこでやるんですよ。東西線西11丁目の駅で降りて、北一条通をワクワクしながら歩くんです……この映像はクリスタルキングが出発する前の入口しか映ってませんでしたが、当時の地元民としてはちょっと涙モノです。ここから、安全地帯がいたところまで、車で行けたんだ……。なんだか、いますぐ地元に戻って北一条から旭川まで車を飛ばしたくなります。ちなみに、このホールは昨年(2020年)解体されちゃってます(涙)。さらばだ、思い出のホールよ。

映像では、クリスタルキングのメンバーが、おれたち九州の人間だと絶対思いつかないよね、萠黄色とか雪解けの水とかって話していました。そりゃそうでしょう。そして、べつに東京に行く気はない、ここを拠点にしてやっていくんだ的なことを玉置さんが話していました。北海道的な曲を北海道でやっていくんだという決意で活動をしていたことがうかがえます。のちに金子さんや星さん、陽水さんがそんな彼らを東京に呼んでくれなかったら、たぶん私たちは安全地帯も玉置さんも知らないままだったことでしょう。だって、当時旭川に出入りしていたわたしだって知りませんでしたよ、安全地帯なんて。ローカルバンドはいくらローカルで有名でも一部のシーン内のことなんです。旭川という比較的大きな都市にあってさえ、ごくごく一部のムーブメントにすぎません。同じ道内の札幌に住み、旭川に年に数回出入りしていたわたくしが知らなかったんですから。

さてさて、わたしたちよりも先にクリスタル・キングが聴いた「萠黄色のスナップ」ですが、レコーディング当時大平さんがドラムを担当されてまして、田中さんは車の整備工場で働いてらっしゃったそうです。曲はそんな大平さんのドラムで「ズッ!パン!ズッ!パン!」と始まります。そして玉置さんが「どこか〜」と歌い始め、ギター、ベース、キーボードが重なっていきます。

Aメロというかサビの伴奏はこの「ズッ!パン!ズッ!パン!」なドラムにすこしオカズを混ぜたフレーズのベース、ひたすらカッティングのギターの上にキーボードが大きな音で「ジャージャジャージャ・ジャッジャージャー」を繰り返すという、ごくシンプルな作りになっています。玉置さんのボーカルと多声コーラスが伸びやかに広がって聴こえる、アマチュアらしからぬアレンジです。

Bメロ、単音弾きのなにやら不穏なシンセ(オルガン?)に続けて、歪みを効かせたギターがこれまた単音で重なりそのあとリフ弾き、繰り返しでシンセ(オルガン)、ギターとかけあいまして、「それがこの今さ」でジャーン!と全音弾き、ドラムがダダダダと響いて二番へ行く、という構成になっています。

二番に入りまして、Aメロ(サビ)が二声・三声ボーカルによって歌われていきます。ひそかにシンセにもアオリが入って(もしかして武沢さんのギターシンセじゃないかと思います。映像で見る限り『ONE NIGHT THEATER』ではそうだったのですが、デビュー当時がそうだったかはちょっとわかりません)、曲を盛り上げます。それなのにBメロは一番とだいたい同じですから、一気に静かになった感触を受けますね。

曲は間奏に入ります。武沢さんのギターシンセ説が正しいとすれば、武沢さんがホワホワした音でソロを弾いています。途中で「ペッペレレ!ペッペレレ!ペッペ!」とキメを入れるところが印象的ですね。これは安全地帯のノリだと思います。正確にいうと、矢萩さん武沢さんツインギタリストのノリなんだと思います。『ONE NIGHT THEATER』で聴くことのできるインスト(のちに『ツインギター2』で「ヴァリアント」と命名されていたことがわかります)での武沢さんソロのノリと一致するようにわたくしには思えます。

さて曲は終盤です。ドラムのパターンがやや複雑で忙しくなり、歌はAメロ(サビ)を繰り返すんですが、歌詞カードに書かれている範囲を超えて玉置さんは歌います。「きらめく歌が聴こえてくる」とはまったく歌詞カードには書かれていませんね。もしかしてものすごい小さい字で書かれているのかとか、実はロウで書かれていて炙ったら出てくるのかとかいろいろ考えましたが、これは玉置さんが付け加えた、もしくは安全地帯で最初に作ったときにあった歌詞だけど崎南海子さんから帰ってきた原稿ではカットされていた、でもいざレコーディングになったら歌うことにした、等と考えるほうが自然でしょう。

そして最後にシンセの音でなくギターの音でソロが弾かれ、曲はフェイドアウトしていきます。これは矢萩さんだろうな、と思います。当てずっぽうではなく、『ONE NIGHT THEATER』での映像もちゃんとチェックしておりますのでご安心ください(笑)。いやこれ、レスポールの音なんですよ。例によってわたくしの耳はポンコツなのであてにはならないんですが、先ほど書いたクリスタル・キングの映像で、矢萩さんがレスポール弾いているのをわたくし見逃しておりませんので、ああこりゃ矢萩さんがあのギターで弾いたな、と思ったわけです。

で、五分を超える大曲であるこの曲は終わったわけですが……

うん、こりゃ売れないですね……。

すみません、売れないです。ムリです。玉置さんの歌は当時から最高に巧いですし、メンバーの演奏も文句なしです。ですが、これが売れるためには、聴衆がこの手のロックに慣れているか、もしくは安全地帯というバンドの知名度かが必要なのですが、当時はどちらもありませんでした、絶望的に。武沢さんの親戚伝いに当時のテープを聴いた金子さんは、当時の安全地帯の音を「天地が高い」星さんは「広い感じ」、そして金子さんはさらに「純粋な美しさ」「原石の輝き」等々と安全地帯の素質を評価しています(『幸せになるために生まれてきたんだから』より)。すてきな評価ばかりなんですが、二人ともすごいとか売れるとかは言ってません。志田さんは当時の安全地帯がドゥービー・ブラザーズの影響を受けていたということをさまざまな証言を用いて述べていますが、もちろんそれは日本でメンバーが食べていけるほど当時の若者に売れる音楽じゃないと言っているに等しいわけです。星さんが「ドゥービーよりも土臭い」ってハッキリ言っていることからもわかるように、軽薄短小ブームの80年代日本でこれが売れると思うほうが間違っています。ようするに、金子さん星さんは、安全地帯はこのままでは売れない、思い切った変革が必要だ、変革さえ成功すれば化ける、それだけの素質を持っている、と判断したわけです。ともかく陽水さんのバックバンドをしながら、アマチュア時代の総決算ともいえるこの曲をレコーディングしデビューだけは果たしますが、もちろん売れません。それならばと思い切りハードロック寄りにした「オン・マイ・ウェイ」と『リメンバー・トゥ・リメンバー』で勝負に出ますが、これもうまくいかない、玉置さんは自殺まで考えるほど追い詰められます。当然といや当然でしょう、自信を持っていた自分たちの音楽では売れないという現実を突きつけられたわけですから。

ですが、安全地帯はその後売れて、知名度を得ます。そして『ONE NIGHT THEATER』でぽつりと「しばらくやってなかったんですけど、ぼくらのデビュー曲を」というMCにつづけてこの曲は演奏されました。横浜スタジアムいっぱいのお客さんの前でこの曲はのびやかに広がって、クリスタル・キングが訪れた あの合宿所 につづく空へと響いていったのでした。

いつかやさしさや心をわけあう人に逢える……いまあった君が、あなたが、その人なんだとお互いに祈りながら信じながら、川が雪解け水でキラキラしながら流れてゆく五月の北海道で、いっぱいの新緑の中で、たがいの命が愛しいと感じるこの日を迎えたんだと、玉置さんは歌うのです。玉置さん!北海道人のわたくしにはわかります、その情景!この歌を、どんな気持ちで夜の横浜スタジアムでお歌いになったのかも、もしかしたらわかるんじゃないかって気さえするのです。

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