これにより、サッカー協会幹部の無能ぶりと杜撰さが露見される結果となりました。
それは、「説明責任と当事者意識のなさ」「閉鎖的体質の復活」に尽きます。
まず監督解任に至ったプロセスの説明が、日本語の亭を成していません。「誰でも納得してその場を丸くおさめるように」して慎重に言葉を選んだのでしょうけど、それらが裏目に出てかえってサッカーファン・スポーツファンに反感と疑念を与えてしまいました。
おそらく、協会と陰で操る電通とが、「ファンは馬鹿で知識と教養が薄く単細胞だから」と見下して意図的に言葉を婉曲させたとしか思えません。わたしたちは、協会や電通が考えるほど馬鹿ではありません。協会のあざとさと狡猾くらい、簡単に見抜けます。理路整然と順を追って説明したほうが、みんな納得するし理解も得られるはずです。
さらに、自分たちのことを棚に上げて解任監督や選手たちになすりつけて責任の所在をぼやかそうとする節も感じ取れました。
これではもう、本大会グループリーグでの全敗は確実でしょう。欧州・南米の列強に肩を並べようと無理をして、メッキと化けの皮が剥がれ「実は諸外国に比べて脆弱」という本当の姿をさらけ出すことになるかも知れません。アジアでのレベルは大きく向上しましたが・・・
1993年にJリーグが発足し、「ドーハの悲劇」を乗り越えたところから日本のサッカーの世界への挑戦は始まりました。1997年のアジア予選で勝ち抜けが絶望視され、危機を脱して1998年にW杯初出場を果たしたところから協会の「お役所体質」「閉鎖的体質」が露見されたことでその改善への努力も始まったのです。
2002年の自国開催、2006年のベスト8入りで協会も「開放的姿勢」「親しまれる協会づくり」へと転じて安堵したのも束の間、2014年にはグループリーグ落ちの事態に戻ってしまいます。思えばここが、「閉鎖的体質」への逆戻りの分岐点だったとも言えるでしょう。
わたしたち国民が「影のオンブズマン」となって常に協会の姿勢に目を向けていれば、わたしたち若年層・中間層が逆らう姿勢を取っていれば、今回の茶番劇は起きなかったはずです。
協会を牛耳る幹部はみな高齢です。彼らは旧来からのやりかたの維持にこだわり、柔軟性がありません。いわば「老害」です。なおかつ日本には、古来・中世から「目上の人間には絶対逆らってはいけない」という教えがありました。その教えが近代を経て現在まで続いているせいで、「老害」「閉鎖的体質」を容認させていると思うのです。
だから、「逆らう姿勢」を持てば、世の中は変えられます。
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