2015年06月09日
588. 安藤美姫?A 横浜・みなとみらい・オススメ店・フクロウカフェ 「にじいろジーン」
ぐっさんとの待ち合わせは神奈川県・横浜市・みなとみらい。
「どうして横浜なんですか?」とぐっさん。
「よくみなとみらいに来る、ということもあるんですが、ちょっと新しい所も行ってみたいなと思いまして」と安藤さん。「海のほうにはけっこう行くんですけど、このMARK IS っていう新しいビル、2年前くらいに出来た所には、まだ行ったことがなくて」「美味しいものがあるって嗅ぎつけまして」(笑)
みなとみらい・気になるお店
「 MARK IS みなとみらい」地下の食品街には横浜の名店を初め、魅力的な店が並んでいます。
「 濱うさぎ」横浜発祥の創作和菓子の店。
「 杏仁豆腐大好きです!」と叫ぶ安藤さん。「いちご白玉も…」「どうしますか?」とぐっさんに尋ねる安藤さん。「杏仁豆腐にはうるさいんですよ」と安藤さん。本当にうるさい(失礼)安藤さんです。
安藤さんはサラッとした杏仁豆腐より濃厚な食感の杏仁豆腐がお好みだそうで…。
「 杏仁豆腐」(320円 税込)安藤さんは迷った末、これに。「濃厚でした」
「 黒蜜わらび餅」(259円)ぐっさんが選びました。
「わらび餅、大好きなんです」とぐっさん。
「(私も)大好きです」安藤さん。
「 安藤さんの20倍好きなんです」ぐっさん。目が真剣です。子供やがな、ほんまに…。
「 酢重正之商店」お味噌の専門店です。
「赤みそが好きなんで」と安藤さん。「名古屋(出身)なので味噌はけっこう」
「 鮭のゆず味噌漬け」(1個290円 税込) 味噌を使ったおむすび。イートインスペースで味わう2人。
「美味しい」とぐっさん。「握り具合が!」と安藤さん。美味しい!を連発する安藤さん。
「 五嘉茶 OGADA」韓国で人気のカフェ。美容と健康をテーマに料理やドリンクを提供しているお店だそうです。
「ちょっと太り気味なんで」と安藤さん。「めちゃめちゃデブデブ言われるんで」
「 麗茶(りょちゃ)」を薦める店員さん。
ぐっさんが飲んだのは「呼茶(ほちゃ)」梨と生姜のお茶です。
「解茶(へちゃ)」安藤さんが飲んだお茶。なつめのお茶だとか。どちらも一杯540円。(税込)
「薬膳の感じですね」とぐっさん。
現在はプロスケーターとして活躍する安藤さん。5年間アメリカで練習していたので日本では練習場所に苦労するのだとか。
横浜中華街・行きつけのお店
次に向かったのは横浜中華街。行きつけのお店があるそうです。
「 謝甜記(しゃてんき)貳号店(にごうてん)」中国粥の専門店。
テレビでこの店のことを知った安藤さん。もともとお粥が好きだったのですが、このお店の粥を食べて「衝撃を受けた」そうです。「いくらでも食べれる、みたいな」
「 野菜粥」(740円 税込) 「メッチャ美味しいですよ」と安藤さんが嬉しそうに。
「ああもう天国!」と安藤さん。「まだ食べてませんやん」とぐっさん。「全国に広めたい」と安藤さん。
「 梅みそ付き鶏の唐揚げ」(4本900円) 安藤さんのもう一つのおススメ。
安藤さんは2013年4月に長女を出産。仕事と子育てを両立させています。
「もし娘が『(スケート)やりたいって言ったら幸せです」と安藤さん。「 娘にとって(自分が)輝いて見えたのかなって思えるので…」
鶏が好きで・フクロウカフェ
「 鳥が好きで」と手を翼のように上下する安藤さん。
「 フクロウに会える店 ふわふわ」(1時間 1,500円 ワンドリンク付き 税込)
店内には約20羽のフクロウがいるそうです。フクロウに触り、そして頭に乗せる安藤さん。とても嬉しそうで…。「幸せですね」
ぐっさんもフクロウを頭に乗せますが、「このまま僕、空に連れていかれないですね」と神妙な表情。
フクロウを頭に乗せて本当に嬉しそうな安藤さんと微妙な感じのぐっさんでした。
フクロウカフェのブログはこちらです。 http://ameblo.jp/fuwafuwafukurou/
2015年02月17日
533. 小林繁が愛した中華 「サラメシ」
巨人・阪神でピッチャーとして活躍した故小林繁さん。投手としての最高の栄誉である沢村賞を2度も獲得した名投手でした。
小林繁さんは巨人のエースとして活躍しながら江川卓さんとの電撃トレードで阪神に移籍。その年は悔しさを払うかのように22勝の大活躍。
引退後は野球解説者・キャスターとして活躍。東京・麻布十番に自身の事務所を構えたそうですが、昼飯に足繁く通ったのが「 中国料理 永新 」。
客足の遠のく2時ごろにふらりと現れて座ったのがレジ脇の席だったそうで…。
小林さんが来るたびに食べたのが「 もやしそば 」。
もやし、ニンジン、小松菜が入った濃厚な味とほのかな甘さがお好みだったのだとか。
「しょっちゅう来てた、毎日来てた」とおかみさん。「「私相手にいつも喋ってた」
誰にでもその場所にいるとホッとする、そういう場所があるものですが、このお店は小林さんにとってそういうお店だったのでしょうね。
2014年11月07日
520. 東尾理子 代官山の気になるお店・麻布十番の洋食店 「にじいろジーン」
ぐっさんとの待ち合わせは東京都・渋谷区・代官山。
東尾さんのお父さんは元プロ野球の名投手、東尾修さん。自身は1999年にプロテストに合格してプロゴルファーとして活躍。
2年前に夫・石田純一さんとの間に長男の理汰郎くんが誕生し、今は子育ての真っ最中です。
「代官山はオシャレな街なんですけれども、こども用品の店がいっぱいあるという…」と東尾さん。「噂は聞くんですけれども、まだ開拓できていないんですよ…」「子どもが生まれて自分のものを買わなくなった…」
2人が来たのは「代官山 アドレスディセ」。たくさんのショップが集まっています。ベビーカー用のスロープもあります。
「blossom39 代官山店」ベビーグッズのショップ。こどもがなめても大丈夫なクレヨンなども置いています。
「こどもビームス」
「いやあ、オシャレ!」と店内を見て声を上げた東尾さん。洋服、シューズ、雑貨などが色とりどり。
「ぐっさん、理汰郎に服を選んでください」と東尾さん。
「でも本人見てないから」と躊躇するぐっさん。
「見てください。『ザ・昭和の顔』してますよ」とぐっさんに動画を見せる東尾さん。
こども服をコーディネイトしたぐっさん。それを見て「主人が好きそうです」と呟く東尾さん。これはホメているのか、それとも…。
行きつけの洋食店「グリル満天星」
次に2人が来たのは港区・麻布十番。
「 私が大好きな洋食屋さんで …」と東尾さん。「たぶん気に入っていただけるかと…」
「グリル満天星 麻布十番店」
東尾さんが学生時代から通っている老舗の洋食店です。
「すごく食いしん坊なんです」「実家が麻布だったんですね」
「チキンとキノコのマカロニグラタン」(1,600円 税抜)
国産の地鶏とキノコのグラタン。ワインを加えた特製のベシャメルソースでコクと香りを引き立てた一品。
「んー、んー、うまい!」とぐっさん。「ほっとしますね、この味」と東尾さん。
「ワンプレートミックス(オムレツライス・ハンバーグ」(2,000円)
ふわとろの卵をのせたオムライスは大人気の一品だそうです。
「おいしい…、大人な…」とぐっさん。
携帯からアルバム
次に訪れたのは渋谷区・神宮前。
「携帯で撮った写真をアルバムにできるお店がこの辺りにあると聞いて…」
「ワンダーフォトショップ」
富士フィルム直営の最新フォト加工ができるお店。オリジナルのフォトブックが人気だそうです。
携帯電話にたまった長男の写真を形に残したいという東尾さん。
「フォトブック・リング A5」(1,697円~)
表面をコーティングしているので写真の鮮やかさが保たれるそうです。データをパソコンに転送。コメントも入力し、約30分で完成。
「早い!」と東尾さん。フォトアルバムにはいしだ壱成さんやすみれさんも写っています。理汰郎くんの兄姉なのですね。お爺ちゃんは東尾修さんだし…。そのまま販売できそうなアルバム…。
幸せオーラ全開の東尾さんでした!
2014年04月12日
452. KONISHIKI ダイエット・焼きそば・夢・パン屋さん 「にじいろジーン」
ぐっさんとの待ち合わせは東京都・墨田区・両国。相撲の街ですね。
ぐっさんとはミュージカル「愛の唄を歌おう」で共演。意気投合したそうです。
「奥さんと2人で大ファン、好きになりました」とぐっさんとハグするKONISHIKIさん。「ここはぼくの庭ですよ」「現役時代から20年以上通ってて…。おいしい焼きそば」
「60~70's Restaurant&Bar ペーパームーン」
ここはKONISHIKIさんにとっての 安らぎの場所 だそうです。曙や武蔵丸等、ハワイ出身の力士もここによく集まっていたのだとか。
「ハワイアン焼きそば」(700円 税込)
KONISHIKIさん直伝のハワイテイストの焼きそばだそうです。たっぷりのネギがのっていて…。
「シンプルでうまい…」とぐっさん。
「みんなここに座って…」とKONISHIKIさん
「ここに座って1トンです」とマスター。(笑)
きっかけ
KONISHIKIさんが日本で力士を目指すきっかけは18歳のとき。ハワイの学生だったKONISHIKIさん、学校をサボってワイキキで波乗りをしていると、ハワイの人が「相撲取りになってみないか?」。
KONISHIKIさんの足…特にふくらはぎが「北の湖や大鵬みたいに太くて」「身体が相撲取りに合う」とその人は言ったそうです。
兄弟が大学に行って、家計が大変なのを感じていたKONISHIKIさんは両親を助けたいと思っていました。
「『相撲に入れば心配ないの。住むところもあって、食べられるから』と言われて…」「行こう!と思って…」
当時のKONISHIKIさんは相撲を全く知らなかったそうです。
「知らないほうがよかった。知らないから集中できた…」
ダイエット
次に来たのは墨田区・横網町公園。
「よく散歩に来たりとか…」とKONISHIKIさん。そこへ愛犬と奥様が登場。
「仕事も一緒にやってますので、ほぼ一緒なんです」と奥様。「小っちゃい、チョコチョコしたケンカはありますけど、大きなケンカは…」
現役引退後、体重が300?sを超えたことがあったそうです。思い切って胃を小さくする手術を受けて、6年前に体重は170?sに。
「体調がどんどん悪くなっていたので…。もう何とかしないと、命が危ないというところまできちゃったので…」と奥様。「『もう手術やりましょう』って…」
「奥さんのひと言でね、『もうハワイの家、売っちゃえばいい』って言われて…」とKONISHIKIさん。
「『お金よりも体が大事だから』っていうことで…」と奥様。
ただ、筋肉もずいぶん落ちたそうです。「高校時代、ベンチ(プレス)240?s…」とKONISHIKIさん。今の体は「自分の体でないようで気持ち悪い」ということですが、それでも健康には代えられませんよね。
パン作りに挑戦
KONISHIKIさんには、「将来ハワイにパン屋さんをオープンさせる」という夢があるそうです。そこで、プロから本格的なパンを学ぶことに…。
「それ、もう早くやったほうがいいですよ」とぐっさん。
「まだ年取ってないから…」とKONISHIKIさん。
「ああ、そう…」とぐっさん。(笑)そう言われると何も言えませんよね。
作るのは全粒粉入りのパン。芳醇で香ばしい食パンを目指します。発酵させるのに1時間かかるそうですが、やおらウクレレを取り出すと、ぐっさんとともに「おっさんがパンを作るよ?」と歌いだすKONISHIKIさん。
うーん、存在そのものがユニークなKONISHIKIさん。美しい奥様と二人三脚で夢を叶えてくださいますように…。
2014年01月26日
384. 野口健?A 寿司・植村冒険館 「にじいろジーン」
ぐっさんと待ち合わせたのは東京都・世田谷区・三宿(みしゅく)。
野口さんは1999年、25歳で 七大陸世界最高峰・最年少登頂記録を樹立しました。
現在はエベレスト・富士山の清掃登山など、環境問題に取り組んでいるそうです。
「初めまして」と野口さん。「初めまして、ですよね?」
この辺りは以前住んでいた場所で、行きつけの店があるのだとか。
野口さんは、現在奥さんとは別居中。「カミさんはここに住んでいて、定期的に通ってるんです。」
行きつけの寿司屋
「金多楼寿司」
野口さんがヒマラヤから帰ると必ず訪れる店だそうです。10年くらい前から通い始め、若大将とも仲がよく、現在は野口さんの活動のサポ—トもしてもらっているのだとか。
野口さんのおススメは、毎朝築地で仕入れるマグロを青唐辛子と一緒に秘伝のタレで漬け込んだ「漬けマグロ」。
「ヒマラヤ行って 一番恋しかったのは寿司 なんですよ」と野口さん。
「うわ、うまーい!」とぐっさん。続いて「うに巻」を味わう2人。
「エベレストに最後に登ったときに、8,000mに最終キャンプがあって…」「そこから衛星電話がつながるんですよ…」「8,000mってマイナス30℃くらいで、高山病で頭が痛いんですよ」
そこからこの寿司屋に電話をかけたそうなのですが、高山病なので「ハー、ハー、ハー」と言うだけ…。「怪しい電話になるんですよ」(笑)
寿司屋の店内で交わされている会話が聴きたかったそうです。
「日常生活がいかに幸せかが分かった…」と野口さん。
父の言葉
1990年、野口さんは高校生の時にモンブラン・キリマンジャロ登頂に成功しました。
「高校生ではいなかったんですよ」
自宅で取材を受けているとき、隣の部屋にいたお父さんが入ってきて記者に言いました。
「皆さん、うちの息子が『スゴイ』といいますけど、あれはオレが金を出して、コイツはその金で登っただけ…」
エベレストに登るのには1,000万円くらいかかるそうなのです。入山料だけで800万円…。
「あの成功はコイツの成功ではなく、お金を出した私の成功です」な、なるほど…。
その後も、登山を続けた野口さん、スポンサー集めには苦労したとか。ある会社では目の前で計画書を破られたことも…。
「君のことしか書いていない。君の道楽のために金を出さないといけないのか!」
「だよね」と野口さんは思ったそうです。そこから相手のメリットも考えるようになったそうです。
悩んだ時に訪れる場所
次に2人が向かったのは、
「植村冒険館」(入館無料) 東京都・板橋区・蓮根(はすね)
植村直己さんは、1970年、エベレスト日本人初登頂など、数々の功績を残す登山家。1984年にマッキンリーで消息不明になりました。
この記念館は、1992年に植村直己さんの功績を讃えて設立されたそうです。数々の遺品や功績を示すものが展示されているそうです。
尊敬する野口さんは、悩むとここを訪れるのだとか。
いつも明るく、危険なこともサラリと話す野口さんですが、悩みを癒してくれる、こういう場所があったのですね。「寿司屋」と「植村冒険館」…何か象徴的ですよね。
2014年01月18日
377. 北斗晶 コストコ・ららぽーと・シュガーアート・細かい作業 「にじいろジーン」
ぐっさんとの待ち合わせは、埼玉県・三郷市(みさとし)。
「ごぶさたです~」と北斗さん。ん?何となく違和感が…。スカート姿…。
足を怪我してギプスをしているそうです。
「便利だよ、ここにマイク付けて」とむき出した足にギプスとマイク…。「峰不二子みてえだろ?」と北斗さん。いえいえ…。
待ち合わせしたこの場所には、コストコ、ららぽーと、IKEAの3店が集まっています。「新三郷ららシティ」というのだとか。
「チャリで来れるとこなんで、ここは…」と北斗さん。
コストコがお気に入り
「コストコ 新三郷倉庫店」
北斗さん家族の旺盛な食欲を満たしてくれる、巨大なマーケット。
「週に3日以上来る」そうです。北斗さんおススメの店です。
お子さんは中3と小5の男の子。
「何をよく買うんですか?」とぐっさん。
「食材!」と叫ぶように。入っていったのはパン売り場。
「ディナーロール 36個入り」(498円)
「1番売れてるねえ」と北斗さん。「うちも買いますねえ」
「クロワッサン 12個入り」(898円)
「私はこれが好き。」「焼いてもおいしいし、ハムとかはさんで食べてもおいしいし…」「必ずいつも買う」
次に向かったのは精肉コーナー。
「助かってんのは肉かな…」と取り上げたのは巨大な肉の塊。約2?sあるそうです。
「ハンバーグ作るときは2個買うかな…」と北斗さん。
肉が大好きでよく食べるそうです。足を怪我してからは動けなくなったのですが、それでもかまわず食べるので太ったのだとか。
「8?s!痩せる気、まったくないから」と北斗さん。大好きなプルコギやら欲しいものをどんどん積み込んで買いものを済ませました。
ららぽーとへ
「コストコのあとは、ららぽーとを見ていこうよ」と北斗さん。「これが必要なの」とコストコのレシートを…。
「ららぽーとからコストコに行く人が多い…。実は逆なのよ。コストコで買い物をして、レシートを持ってららぽーとに行くと、割引とかドリンクサービスや、アイスのサービスが…」とレクチャーする北斗さん。買い物上手ですね。
そして向かったのが、ららぽーと内の「フードコート」。
「フードコート利用されるんですか?」とぐっさん。
「家族で来たら好きなものが食べられるじゃない?」と北斗さん。確かに!
ぐっさんが選んだ店は「豚丼のぶたはげ」
「豚丼 4枚」(980円)
北斗さんが選んだ店は「ぴょんぴょん舎 オンマーキッチン」
「盛岡冷麺」(850円 サービスドリンク付き)北斗さんはコストコのレシートを提示。ウーロン茶を無料で。
ここで2人は子育てについて語ります。
「なりたいものになってほしい」と北斗さん。「海外に連れて行くのも、いろんなものを見せたいと思って…」
長男が4歳のとき、バヌアツに行ったそうです。現地の子にサッカーを誘われ、一緒にすることに…。現地の子どもたちは皆裸足。北斗さんの長男も靴を脱ぎました。
「『みなクツをはいてないから』って…。見て、自分で考えて行動できるんだな、って…」そして、「自分で道を決めて進んでもらいたい」
シュガー・アート
次に2人が向かったのは、とあるビルの1室。
北斗さんが挑戦してみたいことが、ここで行われているそうなのです。
「私が1度やってみたかったのは シュガーアート 」ケーキの上についている飾りがそうです。食べられますよね。
シュガーアートは19世紀のイギリスで生まれた、砂糖を使った芸術品。日本でも大会が開かれ、国際的な大会もあるそうです。
シュガー教室で、北斗さんとぐっさんがそれぞれのテーマで作品に挑みます。
「私、 細かいことが大好き なの」と北斗さん。確かに器用です。
北斗さんは、お子さんの歯(乳歯)を入れるケース。ぐっさんは、怪しげなキャラクターの乗ったオブジェを作成。所要時間は90分。
豪快なイメージの北斗さんですが、合理的な買い物法と器用な手先がかなり意外(失礼!)で、認識を改めた次第です。
2014年01月16日
375. 安藤美姫 ミキティ名付け親・スケート・バードウォッチング 「笑っていいとも!」
可愛らしい白いお洋服。素敵なお嬢さんにしか見えないのですが、一児の母なのですね。
たくさんの花束に交じって、連名のプレートが。「織田信成、高橋大輔、鈴木明子、村上佳菜子、浅田真央、小塚崇彦」の6人。
「仲いいですね」とタモリさん。「小っちゃいときからずーっと一緒に練習してたんだ…」
「そうですね、はい」と安藤さん。
「絢香」の名前の下に「ザ・たっち」の名前が…。
「『ミキティ』って言ったのは(ニュースキャスターの)安藤優子さんらしいですね…」とタモリさん。「でも本人(安藤優子さん)は(名付けたことを)覚えていない…」「本当ですか?」
15、6歳のときにニュース番組に出演。安藤優子さんのインタビューを受けて、「あだ名は無い」と言ったところ、「作ろう」ということになり、「ミキティ」と名付けられたそうです。
「本人、ぜんぜん忘れてますよ」とタモリさん。
「本当ですか?…そうなんです」と安藤さん。
「ミキティってあだ名、どうですか、気に入ってますか?」とタモリさん。
「うーん…」と複雑な表情の安藤さん。
「あまり気に入ってない…」とタモリさん。(爆笑)
「友だちに言われたことがないので…」友だちは「みき」とか「みきちゃん」と呼んでいるそうです。
スケートは…
スケートは9歳から始めたそうです。
「うまい人は初めからうまいからね」とタモリさん。
「でも努力しました」と安藤さん、きっぱりと。(ほうーっと会場)
他に水泳もやっていたそうですが、「肩が張るのでバタフライはしないように」とお母さんに言われたそうです。
「バタフライは全然進まなかった」とタモリさん。(笑)「クロールも出来ない…」
安藤さんはスケートを始めてからは、スケート一本で練習してきたそうです。
「本当に(選手同士)仲いいの?」とタモリさん。「『あいつ失敗しろ』って思ったり…」(笑)
「本当、仲いいですね…、一緒に食事に行ったり」
以前、荒川静香さんも「スケート選手は皆仲がいい」と言ってたような…。
後ろ向きは1日で…
「1日で後ろ向きのスケーティングは出来ます」と安藤さん。(えーっという声)
「できない!できない!」とタモリさん。(笑)「後ろ向きよ…」
「絶対できます」と引かない安藤さん。「後ろ向きだと怖くないので…。バランスを取りやすい…すごく安心感があって…」「すぐに出来ます」
いやあ、可愛らしい安藤さんですが、ことスケートに関しては一歩も引きませんね。さすがです。
鳥と話せる
「学生のとき、バードウォッチングやってたって本当なの?」とタモリさん。
「はい、バードウォッチングクラブでした」
「マニアックなこと、やってるね…」
小学生のとき、野鳥を見に行ったり、インコの世話をしていたそうです。
「鳥、好きなんだ」とタモリさん。
「鳥…、 動物がすごく好き で…。鳥と喋れます」(ええっ!という声)
「動物って、すごく人の気持ちを受け取るっていうか…、ワーワー言ってる鳥でも、自分は触れたりとか…」と安藤さん。
「えー!」
「インコ飼ってたんですけど」
「インコ、気が強いよ」とタモリさん。
「飛んできたんです。中学校のとき、青いインコが…。そして自分の手にしか乗らなかったんです…」
どこかで飼われていたインコが飛んできたようなのです。
「幸せの青い鳥で、その年の、14歳だったんですけど、4回転成功して…幸せの青い鳥で…」と安藤さん。
「『喋れる』って分かんの?」とタモリさん。
「『コンニチワ』って言いましたね…」(笑)「『ミキチャン』はけっこう教えました…もう死んだんですけど…」
愛らしい少女の部分と逞しく芯の強い部分…、両方が相まってミキティ…いえ、安藤さんの魅力になる…。
2013年10月28日
306. 豊ノ島大樹 ものまね・お笑い・歌 「笑っていいとも!」
相撲関係者からの花束に交じってお笑い関係者からの花束も。
「今田耕司」「付き合いがありまして…」
「カラテカ入江」「もともと入江さんから今田さんも紹介していただいて…」
「サンドウィッチマン」「カレンダーを作るのに、自分の化粧まわしを提供して…」
「芸人多いね…」とタモリさん。
本日は「番付」発表の日だそうで、豊ノ島さんは「前頭二枚目」だとか。
「なんで芸人好きなの?」とタモリさん。「ものまねやるんだ?」
「そうっすね」ここで会場から「見たーい!」の声が。
まずはビートたけしのものまね「なんだバカヤロー」(笑)
続いていっこく堂の「声と口が合わない」喋りを披露。なかなかのものです。歓声が起こりました。
「いつ練習してんすか?」とタモリさん。
「これは…高校のとき。家で鏡見て練習したんすよ」(笑)
「歌、上手いらしいですね…」とタモリさん。
「ちょこっと…下手ではないです」(笑)
「だれ歌うの?」
「その時に合わせて…」
「AKBとかも歌うんでしょ?」
「まあ、盛り上がったときは…」
身長169?p
豊ノ島さんの身長は、角界で一番低い169?pだそうです。新弟子検査の基準の身長はもう少し高かったのでは?
豊ノ島さんの話によると「昔は173?pだった」そうです。ところが豊ノ島さんのときには、「身長が低くとも2次検査のスポーツテストで基準に達すればいい」となっていたとか。
「今また規定が変わって167?p…」
「規定が変わったんで受けようと思った?」とタモリさん。
「いや、そうでなくとも入ろうと思って…」
「じゃあ、ちょうどよかったんだ」とタモリさん。「規定変わらなかったら入れなかった?」
「その時は舞の海さんみたいに…」
元力士舞の海さんは華麗な技を駆使する人気力士でしたが、身長が低く、新弟子検査のときには頭にシリコンを入れて、「身長を高くして」合格したそうなのです。
「もしかしたらやってたかもしれないですね」と豊ノ島さん。
豊ノ島さん、大きくない身体でも、中学時代には全国優勝をしました。そのときにも200?sの相手と闘ったそうです。
「あまり強くなかったですけど…」
「日馬富士にも勝ちましたよね?」とタモリさん。「身長何?p?」
「183?p…。120~130?sで、軽いですけど…」
「よく勝ちましたね」
「たまたまです」
「組んだときに感じるんですか?『これは強い!』とか」
「横綱は特別ですよね」
横綱クラスになると、組んだ時の感じがぜんぜん違うそうです。
占い
ゲッターズ飯田さんが登場。
まず手相は?
「希望線があります。希望のかなう運勢ですね…」
名前と生年月日から
「根が非常に頑固です。決めたらそこしか見ない」「言葉遣いが苦手です…ひと言足りない」「お調子者です。乗りやすい」
「それはその通りです」と豊ノ島さん。
運気は
「来年大きく変わる。自分が予想外のほうに行く」
「力士から芸人さんに行くとか?」と豊ノ島さん。(爆笑)
経営者にも向いているそうですから、そちらのほうがいいかもしれませんね。お笑いの道もかなり大変そうですから…。
2013年08月10日
233. 増田明美 マラソン解説・天城越え・織田裕二 「サワコの朝」
「女子マラソン中継を100倍面白くしてくれる解説」というアガワさんの紹介で始まりました。
「毎週この番組を見させていただいていたので、まさか出演させていただけるとは思わなくて…眠れなかった、昨日からうれしくて…」と感激の増田さん。
増田さんは1964年生まれの49歳、千葉県出身です。「詳しすぎて面白い」マラソン解説者です。
記憶の中で今もきらめく曲
「天城越え」石川さゆり
増田さんが現役時代、「レースが近づくと聞きたくなった曲」だそうです。「バロメーターになったんです」
当時はカセットテープの時代。増田さんはテープの裏表にすべて「天城越え」を入れて走りながら聞いていたのだとか。
「リズムが合うのか女の情念なのか…坂道は『天城越え』なんですよ。」「あの曲が聴きたくなる時は調子がいいんです」と曲に合わせて腕を振る増田さん。アガワさんもそれに合わせます。
「アガワさんもちょっと演歌の香りがするんですけれど」(笑)
マラソンへのきっかけ
増田さんは中学時代はテニス部でした。アニメ「エースをねらえ!」に魅かれ、たくさんの友人とともにテニス部へ。岡ひろみを目指しますが、「才能はなかった」とか。
「上手になった順にコートに出るんですが、私はずっと壁打ちで…」
そのころ、町内1周の駅伝大会があり、増田さんは「助っ人」で出場します。そして高校生3人をごぼう抜きする大活躍。一躍注目の的に。
そして成田高校で故滝田詔生監督(俳優滝田栄さんのお兄さん)の勧誘を受け、マラソンに取り組むことになりました。
「好きじゃないけど良い結果が出たから…」
そして「完璧な高校時代」というほどの好成績を収めることに。トラック種目の3000m、5000m、1万、ハーフ、マラソン、全部の日本記録を塗り替えたのです。小さな体に大変な注目を集めることになりました。
「天才少女?」とアガワさん。
「そうそうそう!」と喜ぶ増田さん。「今だれも言ってくれないんですよ」(笑)
栄光と挫折
「天才少女」の評判を背に増田さんはロサンゼルスオリンピックに出場。1984年20歳のころです。
それまで出ればトップ、走れば優勝と良い結果が出るのが当然だった増田さん。
「大舞台であまり調子はよくなかったんですが」自分なりにイメージトレーニングをして臨みました。
しかし、4?qくらいで後ろから来た大集団に追い抜かれます。そして10?qあたりで同じ日本人選手の佐々木七恵さん(故人)に抜かれて…。
それまで日本人相手に負けたことがない増田さん、佐々木選手に抜かれたことがショックでした。「今だったら『七恵さん、私の分まで頑張って!』って。当時は七恵さんに抜かれたのがショックで…」
「みじめだ、カッコ悪い、こんな姿を日本中に見られている…」悲しくて16?qで動けなくなってしまいました。途中棄権…。
大変だったのは帰国後です。道を歩いていて「おい!非国民!」会社のファクスには「国賊野郎!」
1年間は走れませんでした。
ただ増田さんの気持ちの中で、「自分は大舞台で途中棄権した」「また自分は足を止めるのでは?」という思いが残り、その思いを拭うために活動を再開。アメリカにスポーツ留学するのです。
そしてアメリカのコーチに「あなたを見ていると辛くなる」と言われます。「あなたは毎日練習で『よい結果をだそう!よい結果をだそう!』と思っている。本当によい結果は生きていてハッピーと思えるときに生まれるんだよ」
そして考え方が変わったのです。
「もっと心豊かに…自分中心で生きるのでなく、人が喜ぶ顔を見るたびに何ができるかと…自分がハッピーだと思えることをたくさんやろう」
永六輔さんとの出会い
それにしても詳しすぎる増田さんの解説。他の解説者の方と違いすぎるんですが、どうして?
「(スポーツ選手を)引退した後、出会った人が永六輔さん」だったそうで、永さんから「取材とは材を取ること。あなたも肉声を聞いて表情を見て、肌で感じることが大事」という助言を受けるのです。
そして徹底的な取材をすることに。
自腹で、一人で選手やコーチのいるところに入り込み、食事や酒を酌み交わしながら話をしていると、それまで寡黙だったコーチが「堰を切ったように喋ってくれる」のだとか。
「それって『聞く力』じゃない?」とアガワさん。確かに!
「私、アガワさんの『聞く力』に学んで…」と増田さん。「現場が好きで、(話す)材料はいくらでもあるの…」
増田さんの情熱の背後にあるのは自身の選手時代の思いでした。
「私自身が人間的なことは何も言われなかったので…選手である前に人だから、どうしてこの選手がごぼう抜きできたのか、なぜ怪我を克服してこんないい走りができるのか、人間的な部分、支えてくれている部分も含めて紹介してあげたい…」
「マラソンは35?q過ぎたらみんな苦しい」と増田さん。「ギリギリの究極のところで走っている、そこを抜け出すのは人間力」
今心に響く曲
「Love Somebody」織田裕二
「織田さんは選手に対してのリスペクト、愛があるんです」という増田さん。
「私、言いすぎちゃうからNHKに使ってもらえない」という増田さんですが、増田さんの解説を一度聞いてしまうと、病みつきになりますよね。ぜひNHKでも増田さんを!
2013年05月27日
169. 福永祐一 体脂肪・お父さん・北島三郎・海老蔵・松尾翠・実働時間 「笑っていいとも!」
「細いですね」とタモリさん。
「背が小っちゃいですし」と福永さん。「何?sですか?」「160?pの52?s」「へえ、俺もね、30歳まで51?sだった」
「身長一緒ぐらい?」と福永さん。「一緒ぐらい」とタモリさん。
「ぼく、これでも家族で一番大きいんです。おやじが156で、妹が150でしょ。母は148です」
「お父さんも天才的なジョッキーだったんですよ」とタモリさん。
北島三郎から花束
花束のプレートに北島三郎さんの名前がありました。
「北島さんはスーパースターですが、ぼくにとっては馬主さんなんです」なるほど。
毛筆のプレートがありました。「だれだろう?」とタモリさん。
「たぶん、海老蔵です。昨日一緒にご飯食べて、(そのとき)書いてたから」
メスは難しい
「馬って性格、あるんでしょ?」とタモリさん。
「鞭で叩くと走らなくなる馬がいるんです」「5,6年前に1度も叩かないで優勝したことがある」「それはすごい技術だよね…」
「馬に乗っていると耳しか見えないんです。叩くと耳が寝る馬は嫌がっている」
「オスとメスとでも違う」「メスは優しい?」とタモリさん。「メスは難しいんです」と福永さんが答えると、場内から苦笑が。お客さんの大部分は女性ですよね。
「メスは難しいって、今度結婚するんでしょ?フジテレビのアナウンサーの松尾翠(みどり)と…」ここで場内から拍手。
「いや、翠からはタモリさんの話ばっかりです…2人とも 食べるのが好き で…『タモさんにこういう店連れて行ってもらってよかったから、あなたもそういう人になってほしい』って」
意外な体脂肪
ここで体脂肪の話が。
「普通騎手は体脂肪7%、8%なんですが…ぼく20%ありました」「騎手で20%あるの?」「『よくこんな体で馬に乗ってるな』って言われて…」「翠が気遣ってくれてすこしマシになりましたが…」
騎手の実働時間
「1週間、どういう生活ですか?」とタモリさん。ここでプロ騎手の華麗(?)な生活の一部が…。
「騎手にも局アナとフリーがありまして…」と、たとえで説明。
「ぼくは今フリーで」「土日が試合なので、月曜は全員休みです。月・火・金が休みで、水・木は調教に行くんですが、(朝の)6時から始まって9時半には終わるんです」
「ということはすごく暇ですね」とタモリさん。「月は休みでしょ?火曜も休み。水・木は9時半に終わり、金曜休み…」すこしうらやましそうな…。
「実労働は…時給はすごくいいですよ」と福永さん。(爆笑)「時給すごいですよ」とタモリさん。「俺なんか毎日ここに来てんすよ」
いえいえ、タモリさんも時給はすごいはずです。それにしても、人気騎手になるのは大変なのでしょうが、一度なっちゃえば、ね?と思ったのは私だけではないでしょう。