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雲の上はいつも蒼空
★イタリア、オーストリア
★イタリア・オーストリア
ミラノ
ヴェローナ
ヴェネツィア
マントヴァ
フィレンツェ
オーストリアは今回ウィーンのみ。
最初のページ設定で、イタリアを入れ忘れてました。
オーストリアはこの旅では、あまり記述のない場所なので、
ここにイタリアを入れることにしました。
イタリアは南欧なのだろうか?
でも、ややこしくなるので、西欧のテーマのまま行くことにしよう。
92年9月24日(木)[80/150]
8時頃発の列車に乗り、ミラノに向かう。
乗車前にローザンヌの駅で、
ミラノの宿を予約しようと電話をかける。
女の子だけの宿casa della Giovaneは、「No room」と言われてしまう。
もう一つの駅に近いペンショーネは、
イタリア語なので、言っていることがわからないが、
シングルは多分あるが、また電話しろと言われているようだ。
車窓の景色がとてもきれい。いい眺めを堪能する。
私は長い時間列車に乗っていても、あまり退屈しない。
知らない場所の初めての景色を見るのは楽しいし、
何かを考えたり、読んだり、書いたりすることが出来るので、
とても充実した時間が過ごせて、楽しいのである。
(ヨーロッパの特急列車は快適なので、尚更)
11:50ミラノ中央駅に着く。
駅からもう一度さっきの宿に電話をすると、
朝とは逆で、ペンショーネの方が満室で、
casa della Giovaneの方はOKとのこと。
中央駅からは地下鉄で2駅。
少々歩くが、訊きながらたどり着いた。
カソリックの宿泊施設らしい。
修道女の服を着た女の人が応対してくれた。
部屋はドミトリーである。109号室はベッドが二つ。
メキシコからデザインの勉強をしに来たと言うパトリシアが同室だった。
前の晩眠れなかったので、
宿について安心したら、急に眠くなってきた。
13時半ごろから一時間くらい昼寝をする。
15時頃から外に出てみる。
有名なミラノのドゥオーモを見る。
壮麗な美しさに圧倒される。
空を目指して立っているたくさんの細い尖塔が
繊細で息を呑むばかり。
ドゥオーモのすぐ脇のガッレリアも、
舗道のモザイクや
アーチ型の天井や絵画がとても美しい。
街をぶらぶらと歩き、
あちこちの店を覗きながら宿に戻る。
しばらく歩いて、スーパーマーケットがないのに気付く。
一人旅には必須なんだけれどなぁ。
夕食は途中で見つけた総菜屋さんで、
幾つかのおかずを買って、
ベッド脇のナイトテーブルで食べた。
シャワーを浴びて、翌日のことを考える。
明日は美術館めぐりをしようと思う。
宿は、照明がほの暗く、
人がいるのに静かで、不思議な雰囲気だった。美術を堪能した1日
92年9月25日(金)[81/150]ミラノ2日目
起きたのは8時頃。10時頃アメックスへ行き両替。
10:30~12:00頃 ブレラ美術館
13時頃 サンタ・マリア・デッレ・グラツィエ教会
(最後の晩餐)
並んで、時間を待って見た。まだ修復前で相当傷んだ印象。
14時頃 昼食
確かこの時だったかな?
カフェテリア形式のお店で、ガラスケースの中の、
好きな惣菜を選べるものだったのだが、
パスタはずいぶん前に茹でられていて、全然おいしくない。
え~?これが本場のイタリアンパスタ?とがっかりしたものだった。
15:30~16:30 スフォルツェスコ城と美術館
↑スフォルツェスコ城
(↑ミケランジェロの遺作、未完のロンダニーニのピエタ)
17:30~18:00 ポルディ・ペッツオーリ美術館
19時頃、宿に帰って食事をする。
明日はコモ湖へ行ってみよう。
92年9月26日(土)[80/150]
この日は日帰りでコモ湖へ行く。
ここはイタリアきっての避暑地なのだそうだ。
古くはローマ皇帝から18世紀以降はヨーロッパの各国王や、富豪が競って豪華なヴィラを建てたとか。
地図でコモ湖を見ると、
細長い人が踊りながら歩いているのを横から見ているみたい。
コモの駅はその人のちょうど足首の辺りにある。
ミラノから電車に乗ると30分ちょっとで着く。
残念ながら、この日はあまり良い天気ではなかった。
うす曇といった感じで、かすんであまり見通しが良くない。
市街を見渡すことの出来るブルナーテ山にはケーブルカーで登れる。
ここは「アルプスのテラス」と呼ばれているそうだ。
期待してケーブルカーに乗る。5分くらいで到着。
とてもいい眺め、のはずなのだが、
ここも残念ながら、下界がかすんで見える。
山頂には、灯台のような形の塔があって、
その周りに、ゴルゴタの十字架のように、
木で出来た3つの十字架が立てられていた。
それでも、2時間くらい山頂にいて、
あちらこちらを眺め、
山を降りてからは、少しスケッチをして、
16:56の列車でコモからミラノへ帰る。
92年9月27日(日)[83/150]
ヴェロ-ナへ移動。
日曜日なのでなるべく早くと思い、
8:00ミラノ発の列車に乗ることにする。
それだと、ヴェローナには10時前に着くはず、
・・・と思ったのだが、
7時前に宿を出ようとしたところ、
門が開かなくて、外に出ることが出来ない。
困ったな~~。
そうしていると、もう一人欧米人の女の子が来て、
私も出たいのに出られない、と言う。
私8時の列車に乗りたいのよ、なんて、
緑豊かな庭のベンチでしばらく話していたら
(そう大きな声ではなかった)、
「なんで、こんな時間から庭で騒がしくしてるんですか?プンプン!」
って感じで、怒った修道女さんが出てきて、
(例によってイタリア語なのでわからなかったが)
仕方ないわね~って感じで門を開けてくれた。
おかげで列車に間に合った。
考えてみれば女の子だけの宿だから、
朝晩のガードは固いのかもしれない。
ほぼ予定通りの時間にヴェローナ着。
着いたとなれば、まず第一は宿の確保。
ヴェローナでも女性だけの宿、
カーサ・デッラ・ジョーバネに泊まるつもり。
地図を買って、場所を確認するが、
Via Pinaという通りが見つからない。
索引で引いても、地図をよく見てもない。
仕方なく、道行く人に、
「カーサ・デッラ・ジョーバネはどこですか?」とか、
「Via pinaはどこですか?」とか訊くのだが、
何人かに訊くと、皆違う方向を言うのだ!
ホントに知っているのか?
テキトーに答えないで、
知らないなら知らないと言ってくれ!
中の一人は「カーサ・・・」
と言っただけで、
「あ、すぐそこよ。こっちへ行って、そこを曲がって云々・・・」
と言われ、行ってみると、
カーサ・ディ・ジュリエッタ(ジュリエットの家)だった!
確かに観光名所には違いないんだけど。
私は重い荷物を下ろして、今晩の宿を確保したいんじゃ~い!!
12kg超の荷物はガンガン重くなってくる。
軟弱なバックパッカーの私は苦しくて汗だく。
それでも、自分でわからない以上訊くしかなくて、
確信ありげに教えてくれた人の言うのに従って、
ハアハア言いながら、長い道を歩いていくと・・・。
(変だなあ、中心地に近いって書いてあったのに)
なんと、着いたのは、ユースホステルだった!
通りの名前も、宿の名前も全然違うのに。
(YHはオステッロ・ヴィッラ・フランチェスカッチ)
どうやら、教えてくれた人は私の言うことを聞いてなくて。
こんな大きな荷物を背負った若者は、
ユースホステルに行きたいに違いない!
・・・と判断して、
遠いユースホステルを教えてくれたに違いない。
到着した時には、もう疲れきっていて、
いまさら、別の宿に行くという気持ちは失せていた。
治安が悪いんだったら、気をつければいいさ、
と宿をそこに決めてしまった。
あとで分かったことなのだが、
Via Pinaは「地球の歩き方」の誤植で、
正しくはVia Pigna(ヴィア・ピーニャ)だったのだ。
校正した人の気持ちはわかる。
きっとその人は、イタリア語を知らなかったのだろう。
gがこんなところに入ってるのはおかしいぞ!
と削除(or 見落とし)してしまったのかも。
でもね。現地の地図や情報で、
いっぺん確認して欲しかった。
アナタの(誰?)おかげで、
異国でさまよわねばならぬ人もいるのよ。
こうしたことが多いので、旅行者の間では、
「地球の歩き方」は「地球の迷い方」とも呼ばれている。
でも、あとから、
この間違いを感謝することになるのだけれど・・・。
それにしてもイタリア人!
実在しない通りのことを「あっちだ」の「こっちだ」の、
よくも言ってくれたじゃない。
そんな通りは知らない、とか、
あんた間違えてんじゃないの?とか、
誰一人として言わなかったですよ。
みんな、ああ、それならこっちだよ。なあんて、
いかにも知ってる振りするから、
振り回されて長い時間さまよっちゃったじゃないのぉ。
人が良さそうだったから憎めないけどね。
やっぱり長くなったので、
後編に続く。
迷いに迷って、ユースホステルに辿り着いたあと・・・。
92年9月27日(日)[83/150]後編
ヴェローナユースホステルに荷物を置き、
礼拝に行く。
もちろんカソリックの教会である。
今日さまよったのは、
やはり「安息日に旅をした」からなんだろうか?
当然イタリア語、言葉が全然わからない。
礼拝(カソリックだからミサ?)のあと、
小部屋で悔い改めを打ち明ける信者の人の、
熱心な様子を遠目に見て、心打たれる。
昼食はアレーナのあるブラ広場で、
カフェテリアに入る。
14時頃、ユースホステルにチェックイン。
駅からここまでは、バスで行くのがいいそうだ。
それなのに、朝は歩いて(歩かされて)しまった・・・。
辛い道のりだった・・・。
それからはぶらぶら散歩して、
17時頃宿に帰る。
このユースは夕食がある。
19時半からと遅め。
試しに頼んでみたら、ボリュームたっぷりだった。
さすがイタリア!
パスタが多くて、ワインも出ててビックリ。
ユースは禁酒かと思ってたので。
ワインは水と同じくらいの認識なのかな?
私は下戸なので飲まず。
パウル・クレーの美術展があるらしい。
私はクレーがとっても好きなので、
ここでも見られるなんて嬉しい。
ぜひ、明日行ってみよう。
ユースは開放的で、明るく賑やか。
夜遅くまであちこちで人の話し声や笑い声がする。
92年9月28日(月)[84/150]
クレー展をやっていたので見に行く。
何故かわからないけど、クレーが好き。
見ていると安らぐ。
9時頃から12時頃まで会場にいて、
じっくりと気の済むまで絵を見た。
昼食はエルベ広場でピザを食べた。
イタリアはピザの本場のはず。
ところが、全くおいしくなかったと、
メモにはある。
・・・どんなピザだったのだろう?
そうそう、本場だからといって、
必ずしも、おいしいわけではないんです。
お店選びに気を抜いちゃいけない。
どういうところがおいしいかというと、
・・・やっぱり、
呼んでいる店、でしょうかね。
しょうがないからここでいいや、
とか、時間がなかったりして、やむなく決めた店は、
味もぱっとしないことが多いような気がします。
なんだかこの店が私を呼んでいる!
今日はここだ。ここしかない!
と言える店に入ると、
おいしい思いをすることが多いです。
すんごく抽象的ですね。
ピザを食べた後、
観光客で賑わう、ジュリエッタの家。
たしかに、ロマンティックな館である。
ツタなんかも絡まっている。
庭にジュリエッタの像があるのだが、
胸を触る観光客が多いらしく、
両のバストが、ピカピカつるつるになっていた。
こういうところって、イタリアらしいのでしょうか?
その後、しばらく図書館で過ごして、
カステルベッキオへ。
ここは、
ヴェローナの領主であったスカラ家の、
権威を象徴するお城。
そこで、横浜出身のハルコさんという人と出会った。
イタリアに住んで7年目だそうだ。
しばらく話すうちに、意気投合し、
彼女に誘われて、ハルコさんのおうちで、
夕食をいただく約束をした。
その後、街で紅茶専門店を見つける。
トワイニングのアールグレイのティバッグで、
デカフェインの物を見つけて感激。
何故か、ローザンヌ辺りから、カフェインを摂ると、
眠れなくなっていたのだ。
教えていただいたハルコさんのお家へ、
約束の7時にお邪魔する。
イタリア人のフィアンセと住んでいて、
来月結婚するのだそうだ。
イタリアは、カソリックの倫理観が強く、
同棲に対する世間の目は結構厳しいと言っていた。
彼女はパスタ料理を作ってくれた。
やがて帰ってきた彼氏と三人で、
しばらく楽しいおしゃべりの時を過ごす。
ゆっくりし過ぎて、YHに帰るのが、
11時近くなってしまった。
明日はヴェネツィアヘ日帰りで行く予定。
◆ヴェネツィアの不思議な魅力については、
10月18日に、少し書いた。
http://plaza.rakuten.co.jp/aozora0205/diaryold/20021018/
なので、今日はそれ以外のことを・・・、
また書ききれない気がするので、②としておきますね。
写真もいくらでも入れたいのですが、
今日は少し時間が足りないので、後で追加します。
9月29日(火)[85/150]
5:50に起きてシャワーを浴びる。
朝食の後駅へ行き、8:16発の列車でヴェネツィアへ。
10時前にヴェネツィアに着き、
駅前からヴァポレットに乗った。
これは、車の走らないヴェネツィアの、
公共バスのような役割をする船。
不思議な街である。
これまで訪れたどの街とも、
全く違った独特の雰囲気。
広い水路の脇に建物がびっしりと建っている。
ヴァポレットは、たくさんの人で込み合っている。
街も人がたくさんいる。
でも、それ以外にもとても賑わってる気配。
もしかして昔からの精霊のようなものの、
賑わいなのかもしれない。
・・・などとふと思う。
サンマルコ寺院のそばで船を降り、
広場へ向かう。
サンマルコ寺院は、豪華絢爛。
とても美しい。
広場には鳩が一杯いる。
人もたくさんいて、賑わっている。
昼食は、ガイドブックに乗っていた、
ロベルタという店に入った。
海鮮のパスタがおいしいとあったが、
高いばかりで、それほどの感激はなかった。
鐘楼に登り、
街を見渡す。
まるで、夢のような光景。
その後、
小さな路地を辿って、
ヴェネツィアの街を、さまよってみた。
途中で見つけた不思議なお店。
ウインドウに反射してるので、見づらいでしょう。
中に飾っているものは、全て木彫りなのです。
カーテンや服などの布類、生活用品とか映画のカメラも全部。
歩いても歩いても、見飽きない小路が続く。
途中、アカデミア美術館に寄るが、
何故か閉まっていて、入ることが出来なかった。
もう一つ美術館を見ようとするが、
それも叶わず。
月曜日でも、日祭日でもないのに。
何故、休館だったのだろうか?
歩き疲れてBarで休む。
観光客相手に賑わう露天の店で、
ヴェネツィアンガラスのアクセサリーを見る。
値段も手ごろである。
でも、どうも、これだ!
と思えるものに出会えない。
街は次第に夕暮れの色合いに染まってきた。
ふと、乗るつもりだった電車の時刻が、
近づいていることに気付き、
駅に向けて急がねば、と思う。
初めは歩いていたが、
時刻が迫り、走らねばならなくなって来た。
街は宵闇に染まっていく。
その中で、私は走った。
道は相変わらず入り組み、
辿り着けるのかどうかさえ、定かではなかった。
走り続けた甲斐あって、
なんとか思った時刻までにサンタルチア駅に着いた。
しかし、どうしたことか、
メモしていった時刻に発車する列車はなかった。
キツネに化かされたような気持ち。
ヴェネツィアにキツネなんか居るはずないのにね。
でも、そう表現するのが一番ぴったり来る。
しばらく待って、
もう7時近くに発車する列車に乗って、
宿のあるヴェローナへ戻って行った。
20:41ヴェローナに到着。
21:34のバスに乗って、22時半ごろ宿に帰りついた。
この日はヴェローナから列車で40分ほどのマントヴァへ。
ここは、北イタリアルネッサンスの中心となった街だそうだ。
9月30日(水)[86/150]
9:45発の列車に乗って、日帰りでマントヴァへ。
10:30頃到着。
マントヴァはよく晴れていた。
この街は、全て徒歩で回れると、
ガイドブックにはあった。
小さめの街は落ち着いたたたずまいで、
中世の面影の残る建物が多い。
昨日、大勢の人のいるヴェネツィアにいたので、
とても、ひと気が少なく思える。
まずはマントヴァのシンボル、ドゥカーレ宮殿へ。
ゴンザーガ家の隆盛のあとを見ることが出来る。
・・・ものすごく豪華である。
趣向を凝らした部屋は500ぐらいあるというし、
名画がたくさんの美術館もあるし、
全部見るには、1ヶ月もかかるそうだ。
館内を案内してくれるツアーに乗って、
宮殿内を見て回る。
迷路のように入り組んでいる、
こうして見て歩ける部分って、
ほんの一部なのだろうな~。
ものすごく手の込んだ、天井の彫刻が気になる。
宮殿のあとは、
すぐ近くのリゴレットの家、
オペラ「リゴレット」で有名な道化師リゴレットの像を、
フェンス越しに見る。
Barで休んだ後に、レンタサイクルを借りて、
少し離れた、テ宮殿(パラッツオ・テ)へ。
ここは、エステ家の夏の離宮だそうだ。
何かとてもだだっ広いところだった気がする。
何故か、
FIATのクラッシックカーがたくさん展示されていた。
16:45の列車でマントヴァを発つ。
早く宿に帰ったので、
いろんな人と話した。
中でも、
ポーランドの女医さんで、
休暇でイタリアを訪れているというアンナさんは、
横浜に住む旧友の連絡先を知りたいのだが、
と話しかけてきた。
私も住んでいるのが横浜だったので、
調べてみることを約束した。
彼女はポーランドに来たら連絡して、
と言ってくれた。
ポーランドには行く予定だったので、
再会を約して別れた。
そのほかに
ルチアとテニヤとサンドラという学生のグループ。
チカさんという日本人の女性と話した。
明日はヴェローナを離れてフィレンツェへ。
92年10月1日(木)[87/150]
ユーレイルパスの有効期間が残っているうちに、
ハンガリーへ行かなければならないので、
余りゆっくりはしていられない。
それでも、何とかして、
ウフィツイ美術館だけは見ておきたいので。
7:37ヴェローナ発の列車に乗る。
9:25ボローニャに着、9:40発。
10:41フィレンツェに到着する。
ユースホステル協会の宿は、少々駅から遠いので、
フィレンツェの宿は、駅から歩ける、
民間のユースホステル、オステッロ・サンタモナカにする。
ここの情報はヴェローナのユースで会った、
外国人旅行者から聞いたもの。
そういう宿は通常、昼間はフロントが閉じていて、
宿泊の受付けはして貰えないものなのだが、
オステッロ・サンタモナカは、
ユースホステルの会員証を、
専用のポストに投函しておくと、
その順に受付けをしてくれるというのだ。
アルノ川を渡って向こう側の宿なので、
早く行こうと急いでいたら、
イタリア人らしき若い男に声をかけられた、
お、来たな、と思い、挨拶だけを返して、
さっさと行こうとすると、
彼は、おいおい、ぼくは歓迎しているのに、
そんなにそっけなくすることはないじゃないか、と、
マジで怒り出した。
そこで、ごめんなさい、私急いでいるので、
と謝ってから、急いで立ち去った。
もしかして、怪しい人間ではなくて、
ホントに好意的に声をかけてくれたのかもしれないが、
ものすごくいろいろ警戒せよと聞かされていたし、
ゆっくりと話をしている気持ちの余裕もなかったので、
悪かったかな~と思いつつも振り切ってしまった。
話に聞いていたユースホステルはすぐに見つかった。
予約の仕方も聞いていた通り。
手続きを済ませて、
さあ、目指すはウフィツイ美術館!である。
フィレンツェに着いたら、
何が何でも、ウフィツイ!
・・・と思っていた私は、
ドゥオーモにも行かず、
ウフィツィ美術館に直行した。
あとで訪れてみて、
(
子連れでイタリア!
)
ドゥオーモの美しさに、
こんなに綺麗だったっけ?!
前来たとき私って何見てたの?
・・・と、また驚くんだけれどね。
ウフィツィ美術館で、一番見たかったのは、
ボッティチェリの「春」と「ヴィーナスの誕生」。
修復にまつわる話を本で読んでいて、
色鮮やかに甦った名画を実際に、
この眼で、見てみたかったのだ。
一階で荷物を預けて、
ドキドキわくわくで展示室へ階段を登る。
それぞれの展示を、見ていくのだが、
途中で、いくつか部屋を見逃したのに気付き、
後戻りして、ボッティチェリの部屋に辿り着く。
おお、あったあった!
かなり大きい。
やはり、写真で見るのと違って迫力がある。
いつも思うのだが、印刷されたものは、
色調が違ったりして、本物と比べると、
印象が違うのだ。
だから、有名な絵で、
いくらでも画集などで、
見られるものであっても、
本物と対峙できる、その時は、
ホントに貴重な一瞬だ。
チラッと見ては、
すいすい行っちゃう人が結構多いので、
「おいおい、勿体ないよ!」
と言いたくなっちゃうんですけどね。
「ヴィーナスの誕生」と「春」は、
柔らかいパステルカラーで彩られた、
とても鮮やかな作品だった。
「春」なんて華やかで美しいんだろう?
(写真では凄さがでませんね)
日本のツアーのガイドさんがいたので、
その説明に耳を傾ける。
自由旅行でも、有名な観光地では、
大抵こう日本語のガイドの人がいるので、
ちゃっかりその時だけ、ツアーの人に混じって、
説明を聞くのである。
ガイドブックや、本に出ていない、
詳しい説明や裏話などが聞けたりするのだ。
なんでも、観光シーズン中は、
この部屋に入るのにも、
行列して待たねばならないのだそう。
それではゆっくり見られないので、
シーズンははずさなくてはいけないなぁ、と思う。
ツアーの人たちが去った後も、
心ゆくまで、作品をじっくりと見る。
これが一人旅のいいところ。
ウフィツイの廊下の窓から鐘楼とドウォーモを見る。
他の名作も、ゆっくりじっくり見て歩き、
すっかり満足して、16時過ぎに美術館を出る。
オステッロ・サンタモナカは、賑やかで明るい雰囲気。
東京の大学生ホシノくんと、
夕食の後、4時間くらい話が弾む。
一体何を話したんだっけなぁ?
◆フィレンツェからミラノへ[88/150]
私はこの頃、余程あわてていたに違いない。
だって、あのフィレンツェにいるのに、
美術館のことしか考えていないんだもの。
今考えるとホントに勿体なかったなぁ!
これからは、一路東欧を目指して、
またもやスイスに舞い戻り、
見たい美術館を、駆け足で見て、
ウィーンを通り、ハンガリーへ向かうつもり。
10月2日(金)[88/150]
9時過ぎに宿を出て、
メルカート、サン・ロレンツォ教会、ドゥオーモを回る。
今日の目的地はピッティ宮と、そこにあるパラティーナ絵画館。
金曜日は開館しているはず。
ところがなんと!
ストライキで入場できないではないか?
見たかったので、とってもショック。
力が抜けてふらふらとピッティ宮を後にしようとすると、
宮殿の広場で、自筆の水彩画を売っている日本人の人がいた。
ストライキの話をすると、”よくあること”だそうな。
えええ~?
だって、次はいつ来られるかわからないんだよ?
一生に一度かもしれないんだから、
気安くストなんかしないでくれえぇ。
・・・と思う。
私もこの旅で、時々スケッチをするので、
興味深く見ていると、
早く上手くなるには、鉛筆よりもペンで書くといいとか、
黒を表現するのに、黒一色ではなくて、
いろんな色を混ぜて黒に近づけるといいとか、
彼・・・ナガハマさんはいろいろ教えてくれた。
フィレンツェに住んで長いらしい。
いろいろと立ち話をして一時間半ほどを過ごし、
15:14の列車に乗ってミラノへ戻る。
今度はミラノは、中継地点。
次の目的地はスイスのサンモリッツ。
セガンティーニの美術館をなんとしても見たいのだ。
オーストリア
今回はウィーンだけ。
どうも、ウィーンとは相性がよくない。
「私はウィーンと相性が悪い」と、
まだ内容を作っていないオーストリアのページに書いておいたら、
タ...もとい、いなりちゃんがそれを見て、
それは一体どういうわけか?とご質問を寄せて下さった...。
別にたいした話ではありませんが、よろしければ、おつきあいくださいませ。
ウィーンはユーレイルパスで唯一行ける東欧、ハンガリーに行くための入り口であり、
日本でビザを取っていなくても、
ここのハンガリー大使館やIBUSZ(ハンガリーの旅行社?)に行けば、
その場でビザを発給してもらえるのだった。
そのウィーンに行ったのは三回。
一度目は、Aちゃんと行った1990年8月8,9日とハンガリーから戻った後の12、13日。
この時はとにかく物価が高くて、暑かったのを覚えている。
シェーンブルン宮殿にも行ったが、広大な庭園は何も日陰がないので、
照りつける太陽の下を長く歩く勇気がなく、横切れなかったという情けない思い出。
プラーターで、大観覧車(映画『第三の男』に出てくるので有名)にも乗った。
メモがないので不確かだが木造だったのではないかしら?
二度目は一人旅の92年10月7,8日、やはり、東欧への鉄道の入り口として立ち寄った。
前日ベルン美術館、チューリヒ美術館を1日で見て、
チューリヒから夜行で着いた。この時がいろいろあった。
夜行で寝台が取れず、コンパートメントでひと晩。
幸い同室者は女性だけだったものの、やはり熟睡できず、くたくたになって到着。
8時半着なので、宿探しは楽勝かと思いきや、6個くらいあるYHがすべて満室。
やはり隣で宿探しの電話をかけていたアメリカの学生が持っていた、
『Let’s go Europe』(米版地球の歩き方)を見せてもらい、
やっと民間の学生相手の宿に泊まれることに(素泊まり160AS)。
そこはこれまで避けてきた男女同室のドミトリーだった。
しかしベッドは高~い造りつけの3段ベッドで、一番上が取れた私は、何かと無事だった。
(中がとても広かったので着替えから何からそこでできたのだ)。
さっそく街へ。AMEXで両替、IBUSZでビザの手続き。そのあとは昼寝や雑用で1日終わり。
NORD SEE(ドイツなどでもよく見かけるシーフードのお店)の魚のフライがとてもおいしかった。
翌日、まず朝に、コンタクトを片方流してしまう。
めったにない失態。予備を持っていて助かる。
スペイン式乗馬学校の朝練を見に行く。
華麗な技の数々が見られるとの評判で、200人くらいの見物客がいたが、
2時間延々とただギャロップしているだけ。入場料返せ~!時間を戻せ~!
次は美術史美術館。しかしこちらも半分以上がクローズド。
主要なものは見られたが、じっくり見ようと楽しみに時間を取っていたのに、
あっという間に出てくることに...。がっかり。
ビザを受け取ったのち、今度は分離派美術館へ。
ここはなんと、見るものが何もなかった。
クリムトの壁画と、いくつかの図面だけ。
クリムト展をやっていたチューリヒ美術館に貸し出しちゃってたんだろうか?
全くの無駄だった...。
そして、スーパーマーケットでは、
脂肪だけで出来たウィンナーを買ってしまう。げー。(Mitte Brustと書いてあった)15.5ASの損。
旅というものは、なにかと思うようにならないもので、
それがまた味わいなのだけれど、思うようにならないことが、
こんなにいっぺんに起きたのは初めてのことだった。
(一つ一つはたいしたことではないんだけどね)
夕飯にウィンナシュニッツェルを食べ、
夜はアルゼンチンから来たアレクサンドラ&マリアと語り合ったとメモにある。
さて、三度目は、
夫とバルト三国を旅した時のスタート地点として。
95年7月26、27日をウィーンで過ごし、翌28日にプラハ行きの飛行機に乗った。
このときはBrigittenauYHに、前もって予約を入れておき、
宿泊は問題なし。
この時は、ぜひいいホールのクラシックコンサートに行こうと、
夫と案内を探して、確か、コンツェルトハウスに行ったのだ。
演目はちゃんとしたクラシックだったのを確かめたはずなのに、行ってみたら現代音楽だった!
私たちは二人とも現代音楽が苦手。
夫はあっという間に夢の国に旅立って行った。
ホールの中は蒸し暑く、意味不明な音の羅列に、
大勢の聴衆はいらだたしげに、パンフレットを団扇代わりに扇いでいた。
私はそこまで失礼なまねは出来なかったが...。
メモはないのだけれど、チケット代も安くはなかった。
カードを使ったので、帰国して支払う時、なにかとてもムナシサが漂ったのを覚えている。
...というわけなんですう。
ちょっとナサケナイ話でしょ。
でもね。ウィーン以外のオーストリアには、
90年にインスブルックとオーバーグルグルというところへ行ったのだけど、
そこはなかなか良かったです。その話はまた今度。
(02年6月29日記)
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