音楽日記 ~ロックやジャズの名盤・名曲の紹介とその他の独り言~

音楽日記 ~ロックやジャズの名盤・名曲の紹介とその他の独り言~

2009年09月05日
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テーマ: 洋楽(3407)




 ミュージカル女優で歌手のデボラ・ギブソンは、1987年に16歳で歌手として鮮烈デビュー。当時はデビー・ギブソンを名乗っていた(後にアイドル的なイメージを払拭するために、デボラ・ギブソンに改名)。1987年にリリースされたファーストアルバム『アウト・オブ・ザ・ブルー』は全米7位(全米1位となるシングル「フーリッシュ・ビート」を含む)を記録した。続く89年の『エレクトリック・ユース』は全米1位を成し遂げ、このアルバムからのバラード曲「ロスト・イン・ユア・アイズ」もシングル全米1位の大ヒットを記録した。

 ようするにアイドルだから売れていたのかというとそうでもない。当時のデビーは、デビューの時点から、自分自身で作詞・作曲を行っていた。実際、レコード会社やマスコミの売り込み方も"天才少女"といったものであった。

 天才という触れ込みは必ずしも信用できないのかもしれない。 「ロスト・イン・ユア・アイズ」 は80年代特集などでは現在も定番のバラードで、確かにその天才少女ぶりが伺える名曲だ。もしこれだけだったら、ある種、偶然の産物として済まされるかもしれない。けれども他にもすぐれた曲を残しているところにその天才ぶりが現れている。そして、それを代表するのが「ノー・モア・ライム」である。

 「ノー・モア・ライム」を聴くには、アルバム本編に収められたヴァージョンも悪くないのだが、CD(当時はLP/CD両方リリースがふつうだった)のみのボーナストラックとして収録された"アコースティック・ミックス"のほうがおすすめだ。ちなみに、この曲は、シングルチャートでは17位どまりで、これ以降、デビーの大ヒットシングルはなくなってしまう。したがって、チャートの成果だけ見ていると、アイドル的な当時の人気のかげりの始まりで、要するに、売れなくなり始めた1枚、である。けれど、その内容は、天才少女が本物であったことを示す。作詞・作曲能力、歌唱力ともデビューから2年、18歳のものとは思えない貫禄と落ち着きが感じられる。彼女のデビューが80年代後半ではなく、もしもあと5年早かったら、80年代を代表する名バラードがもう何曲か多く生まれていたような気がして、残念でならない。

 いずれにせよ、シングルヒット曲としての「ロスト・イン・ユア・アイズ」だけしか聴いたことがない人や、そのイメージだけが強い人は、同じアルバム収録の「ノー・モア・ライム(アコースティック・ミックス)」もぜひ聴いていただきたい。



[収録アルバム]
デビー・ギブソン 『エレクトリック・ユース(Electoric Youth)』 (1989年)





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Last updated  2013年07月02日 06時29分39秒
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