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【内容情報】(「BOOK」データベースより)ぼくに与えられた使命、それは勝利のためにエースに尽くすことー。陸上選手から自転車競技に転じた白石誓は、プロのロードレースチームに所属し、各地を転戦していた。そしてヨーロッパ遠征中、悲劇に遭遇する。アシストとしてのプライド、ライバルたちとの駆け引き。かつての恋人との再会、胸に刻印された死。青春小説とサスペンスが奇跡的な融合を遂げた!大藪春彦賞受賞作。<感想> ★★★★★あちこちの読書系ブログにお邪魔していますが、ベストセラーには手を出さないという方が少なからずいらっしゃいます。 基本的に私も同じ考えですが、その性癖のおかげで大損をしているような気分にさせられる作品と出会うことがあります。私にとって、本書はそのような作品でした。さて、本書が扱っているのはロードレースという競技です。 世界的な大会はツールドフランスで、その名前ぐらいは聞いたことがあるかもしれません。 ただ日本国内においてははマイナースポーツと位置づけられています。 ともすれば、そのルールさえ知られていないスポーツを俎上に載せるということは作品のウィークポイントになるのではないかと思いがちですが、どうやら近藤史恵という作家にはそれをものともしない筆力が備わっているようです。 私は圧倒されました。ロードレースの特性とプロスポーツの厳しさ。 陸上競技からロードレースに転向した主人公の心理描写。 サスペンスの要素。 あたかも主人公達と一緒にペダルを漕いでいるような疾走感。 加えて全編に張り巡らされた臨場感と緊張感の糸。 そして、それが切れる瞬間に訪れるカタルシス。本当によくできた作品で120点です。 ベストセラーなんて万人向けする作品はつまらないはずとお考えの方に強くおススメします。 ホントに猛プッシュです。(笑)コメント・TBは本記事にお願いします。
2012.03.31
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【内容情報】(「BOOK」データベースより)わかば銀行から契約社員・梅澤梨花(41歳)が1億円を横領した。梨花は海外へ逃亡する。彼女は、果たして逃げ切れるのか?あまりにもスリリングで狂おしいまでに切実な、角田光代、待望の長篇小説。<感想> ★★★★★本書は今月出た角田光代さんの最新刊です。 あらすじを読む限りでは一億円を横領した女の逃避行的なイメージを抱きますが、メインストーリーは横領から発覚までです。 そこに主人公と過去に関わっていた同世代の男女3人を配して、その深層心理を描く作品です。さて、一年半ぶりの長編である本書は角田毒炸裂しまくりです。 まじめで正義感の強い主婦である主人公の梨花が、横領にまで至るまでの描き方がハンパではありません。 人が金の奴隷になって堕ちていくさまがヨーシャなく描かれています。 この作品の評価は読者がこの主人公を客観的にイタイ女(他人事)と読むのか?激しく感情移入をして読むのか?がポイントになってくるわけですが、ここで効果的な役割を担っているのが同世代の3人です。 私たちは一億円を横領するまでには至らなくても、主人公と似た性質を持っている3人のうちの誰かと共鳴する部分を持ち合わせているはずです。 この3人を触媒として読者を限りなく主人公に近づける手法は見事です。 もちろん、主婦である彼女たちの抑圧された心理を描くさまは言うまでもありません。 私が特に強く感じたのは彼女たちの考え方や行動パターンのリアルさです。 ただ、それはどの世代においても共通のものではありません。 社会に出る寸前のタイミングで金銭の持つ力の前にひれ伏し、子供が手を離れる頃にはアラフォーなどと持ち上げられて商業主義のターゲットにされている。 私も含めて、そんな時代を生きてきた読者にとって、この物語とてつもなく怖いはずです。真新しい石鹸のような、高校生の頃の梨花の笑顔が自然に思い浮かぶ。 りかちゃん。 木綿子はその笑顔に向けて問いかける。 あなたは何を買ったの?何を手に入れようとしたの?その問いは、いつにまにか木綿子に向けられている。 私は何のために節約してきたの。 なんのために貯蓄しようとしているの。 それで何を得るつもりなの。長編前作の『ツリーハウス』でちょっと違うかも・・・・と思われた角田ファンに強くおススメします。 角田毒を思う存分ご堪能くださいませ。(笑)余談ですが、タイトルはJAZZスタンダードの”It's Only a Paper Moon”から来てると思います。 梨花の心理をよく表していて秀逸です。Say, its only a paper moonSailing over a cardboard seaBut it wouldn't be make-believeIf you believed in me ・・・・・・そうよ、ただの紙のお月様厚紙の海を帆走してゆくでも、見せかけのものにはならないわあなたが私を信じてくれているなら・・・・・コメント、tbは本記事へ
2012.03.28
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【内容情報】(「BOOK」データベースより)三世代、百年にわたる「風変わりな家族」の秘密とはー。東京・神谷町にある、大正期に建築された洋館に暮らす柳島家。ロシア人である祖母の存在、子供を学校にやらない教育方針、叔父や叔母まで同居する環境、さらには四人の子供たちのうち二人が父か母の違う子供という事情が、彼らを周囲から浮いた存在にしていた。<感想> ★★★★★本書はハードカバー600頁の長編。 江國作品の中では最長のボリュームです。 さて、あらすじを読む限りでは時代を追いながら描く大河小説をイメージすると思いますが、本書は語り手が次々と変わる連作短編に近い構成が採られています。 ただ、それぞれの章によって時代が進んだり遡ったりするので、読み始めはかなり戸惑います。 加えて、この家族の特殊性に関しても同様です。 しかし、読み進めていくうちに多すぎる登場人物もすっきり整理されて読みやすくなるし、徐々に明かされていく家族の特殊性は、読者に頁をめくらせる牽引力になっていきます。特にすごく大きな出来事が起こるわけではありませんが、このヘンな家族の世界に入り込んでしまうとその世界から抜け出すのは容易ではありません。 また。随所に最近の作品では見られない初期作品を彷彿とさせるような描写があって、古くからの読者ならそれを楽しむこともできます。 夕方と夜のあいだの時間で、図書室は電気をつけないと暗いが、つけてしまうとたちまち空気の中の何かがそこなわれる。 たとえば晩夏(おそなつ)の気配が。 裏庭の木も、昼間ほどくっきり見えないけれど、夜ほど黒々と闇に沈んでもいない。私はこの一節がツボでしたが、おそらく読者それぞれがツボをみつけることができるのではないかと思います。ラストに関してはハッピーエンドとも取れるし、その逆と解釈することが出来ると思います。 そのあたりは中途半端という声もあるようですが、少なくとも読者は読みごたえのある作品を読み終えた充実感に浸れることはまちがいありません。 余談になってしまうかもしれませんが、この本の装丁は見事です。 読み終えたら裏表紙もチェックしてください。 本を閉じるまでが読書です。(笑)コメント、TBは本記事にお願いします。
2012.03.23
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「娘に会うまでは死ねない、妻との約束を守るために」。そう言い続けた男は、なぜ自ら零戦に乗り命を落としたのか。終戦から60年目の夏、健太郎は死んだ祖父の生涯を調べていた。天才だが臆病者。想像と違う人物像に戸惑いつつも、一つの謎が浮かんでくるー。記憶の断片が揃う時、明らかになる真実とは。涙を流さずにはいられない、男の絆、家族の絆。<感想> ★★★★★文中に「五年後だったら・・」という箇所がありますが、今は戦争体験者から直接話を聞くギリギリのタイミングなのかもしれません。 戦後21年目に生まれた私はそれをどのように次の世代に伝えていくのか?などと昨今考えています。 おそらく百田さんもそんな想いを持っているのではないかと思います。 この本がさらに多くの人たちに読まれることを強く希望します。
2012.01.04
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昭和十一年一月、二・二六事件前夜の東京で、『文学界』からひとりの天才作家が生まれた。ペンネーム以外は謎に包まれたその作家の名は、北条民雄。まだ二十一歳の青年だった。ハンセン病を病みながら文学の道を志し、川端康成に見出されて傑作「いのちの初夜」を残した民雄は、いかに生きて、いかに死んだのか。差別と病魔との闘いのなか、強烈な個性と自我に苦悩し、二十三歳で夭逝した民雄の絶望と愛、生の輝きを克明に綴る感動の長篇。大宅壮一ノンフィクション賞、講談社ノンフィクション賞受賞作。<感想> ★★★★★本書は二十三歳で夭逝した作家、北条民雄を描いたノンフィクションです。 昨年読んだ『いのちの初夜』でキョーレツな延髄斬り(←アントニオ・猪木の必殺ワザっす!)を食らった私は北条民雄について調べてみました。 しかし、その情報は極めて限定されたものでした。 冷静に考えるなら、すでに死後70年が経過している。 作家活動はわずか3年であった。 すごく俗な言い方をするなら、夭逝したため結果的に一発屋だった。 などが考えられますが、当時から北条民雄は謎の作家とされていて、詳しい略歴が公表されなかったのが最大の要因だと思います。 そんな北条の姿にどこまで迫っているのか?期待と不安が入り混じる思いで本書を手に取りました。さて、前段で申し上げたとおり北条民雄に関しての公式な記録はほとんど残されていません。 そこで著者が足がかりとしたのは、師であった川端康成の書簡と、関係者の伝聞情報。 そして、生前の北条を知る数少ない生存者。 それらを軸にして、やたら自意識の強い若者がいかにして作家となり散って行ったのかを克明に綴っています。北条といえばとかくハンセン病患者であったことに目がいきがちです。 もちろん本書もそこに重点を置いて書かれているわけですが、私が注目したのは師である川端康成との交流です。 北条を発掘しその才能に注目した川端康成ですが、北条に対する思い入れは半端ではなかったようです。 それらを含めて当時の文壇についても詳しく書かれているので、近代文学マニアなら、それだけで十分楽しめます。 本書は99年に出版されています。 結果的に第31回大宅壮一ノンフィクション賞と、第22回講談社ノンフィクション賞を受賞していますが、現代において北条民雄を描いたノンフィクションが幅広い読者に受け入れられる可能性は皆無です。 それは著者の高山文彦さんはもちろん。 この原稿にゴーサインを出した編集サイドも認識していたことでしょう。 ただ、おそらく北条民雄とその作品は70年間そのような想いを持つ人とその想いを受け止めた読者にによって語り継がれて来たのではないかと思います。 そして、本書はその役割を十分に果たしています。 『いのちの初夜』の内容や、一般的に明らかになっている北条民雄のプロフィールはこちらをご覧ください。
2011.08.13
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肉体の開放こそ人間の解放であり、肉体が思考するとき真の人間性の確立もある。 肉体とは一つの強靭な意志であり、生命力なのだ。 戦場における精神や思想の無力さの痛感を基底に、敗戦後の混沌とした風俗を大胆に描写して、半ば自棄的になっていた当時の人々におおいに迎えられた作品群。<感想> ★★★★★通俗小説という言葉があります。 大衆文学を意図的に貶める際に使われました。 大衆文学が主流である現代においてはほとんど使われなくなしましたが、その言葉を聞いてパッと思い浮かぶ作家といえば田村泰次郎ではないかと思います。代表作である『肉体の門』は幾度も映像化されていますが、その扱いはR18。 タイトルもタイトルだしエロいに違いないと思って手を出していませんでしたが、今回読んでみてびっくり。 たしかに映像化すればR18になるだろうことは想像されますが、かなりクオリティーの高い作品でした。 さて、本書に収められている作品の大半は敗戦直後に発表されたものです。 敗戦を近代文学と現代文学の境目と定義するなら、この時期に活躍していた無頼派の作家は現代文学の祖ということになります。 ただ、彼らの作品を現代から眺めるなら、かなり古臭いと感じてしまいます。 それと比較するなら本書に収められている田村泰次郎の作品は、いずれも斬新で、現代の小説と比較しても、まったく古臭さを感じさせません。 現代を生きる私が古臭いと感じるのは、戦前の文学(価値観)に反発しながらも、思想で文学(物事)を語ろうとする旧態依然とした姿からです。 それでも当時としては革新的な潮流とされていたようです。 思想そのものが何の役割も果たさない軍隊生活から復員したばかりの田村は、その中途ハンパさに気がついたのではないでしょうか?そこ(戦場)で田村が体験したり見聞きしたものは、混乱した敗戦後の日本を描く上で最も適した素地になったのではないかと思います。 思想で語る文学ではなく、生身の人間が肉体で語る文学。 おそらくそれは、平成に生きている私たちが日々読んでいる文芸作品とそれほど異なりません。 男たちを狩るように客としていたパンパン(売春婦)を描く『肉体の門』は最も知られた作品ですが、もうひとつの表題作である『肉体の悪魔』は秀作です。 リンク先の方がレビューのなかで埋もれてしまうには惜しいと評していますが私も同感です。 ちなみに新潮文庫版の本書を初めとして、文庫版はどれも品切れになっています。 おそらく絶版まではカウントダウン状態だと思われます。もちろん図書館には蔵書がありますが、新たに購入して読める田村泰次郎はオン・デマンドで出ている作品集と個人全集のみです。 それを踏まえるなら絶滅危惧作家と言っても過言ではありません。 興味のある方は、今のうちにお読みになることをおススメします。
2011.08.07
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池袋のフレンチレストランに集まったのは、往年の人気少女漫画「青い瞳のジャンヌ」をこよなく愛する「青い六人会」。無様に飾り立てた中年女性たちが、互いを怪しい名前で呼び合い少女漫画話と噂話をするだけの定例会だったはずが…。いつのまにやらメンバーの度重なる失踪、事故死、腐乱死体発見!ヒロインになりたい女たちの、暴走ミステリ。<感想> ★★★★★本書の著者である真梨幸子さんのブログを読むと、作家として生きていくことがどれだけ過酷なことなのかがわかります。 この作品はそんな真梨さんの生活をいっぺんさせたといえるのではないかと思います。 最近いくつかの作品も文庫化されて売れ行きもいいようです。 さて、前段でも申し上げましたが本書の売れ行きは好調です。 売れてる本=万人向けという公式を当てはめるなら、真梨さんお得意のドロドロと読後感の悪さは薄まっているに違いない・・・と思っていましたがオオマチガイ。 このドロドロ感は真梨作品最強かもしれません。この作品は、二本の柱で支えられています。 ひとつは伝説の少女漫画のファンクラブに属している中年女性たちのリアルなドロドロ。 それを繰り広げるキャラクターはかなりぶっ飛んでいるようにも思えますが、周りを見回せば、登場するキャラクター達に限りなく近い人物を見つけることは不可能ではないはずです。 また、彼女たちが抱え込んでいる爆弾のようなものを心の奥底に秘めている同世代の女性は多いのではないかと思います。 それを手なずけながら日々を過ごすのもかなりしんどいだろうな・・・などと男の私は感じました。 もうひつとはミステリーの要素です。 基本的に真梨さんの仕掛けるミステリーは複雑すぎる傾向があります。 もちろんそれを否定するつもりはありませんが、独特のモヤモヤ感が残るのも事実です。 しかし、この作品はわかりやすい仕掛けが用意されています。 端的に言うならとても読みやすいミステリーです。 なんとなく予想のつくオチですが、それなりに納得できます。本書の売り上げに大きく貢献している装画は漫画家の松苗あけみさんが手がけています。 三浦しをんさんのエッセイでもお馴染みの漫画家さんです。 裏にも画があるんだけどこれがスゴいんですよ。 (笑)社会人になった初給料で、子供のころ愛読していた少女漫画を全巻大人買いしたバブル世代の女性の方。 なんかウチの奥さん最近荒れてるんだよね・・もしかして更年期ってやつ??とお悩みの男性の方にも参考書籍として強くおススメいたします。5000円以上で送料無料!【中古】afb【古本】続・純情クレイジーフルーツ_2巻_松苗あけみ_集英社...価格:180円(税込、送料別)
2011.07.31
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令嬢と女性運転手が活躍する<ベッキーさん>シリーズ、完結!日本にいるはずのない婚約者が写真に映っていた。英子が解き明かしたからくりは--。そして昭和11年2月、物語は結末を迎える<感想> ★★★★★本書は北村薫さんのベッキーさんシリーズ三冊目の最終巻。第141回直木賞受賞作です。タイトル、時代背景。 そしてシリーズ二作目から出てくる青年将校。 この作品(シリーズ)の着地点はおおかた予想がついてしまいます。その着地点に向けて、メインキャラクターの英子とベッキーさん。 脇を固める魅力的なキャラクター達をどのように動かしていくのか?そして、彼女たちが立ち回る舞台である昭和初期の風をどれだけ織り込んでいくかがキモになるわけですが、そのあたり北村薫さんは実力をまざまざと見せつけてくれます。 作品中で出てくるいくつかのエピソードは実話を元にしているようで、丹念な取材もなされているようです。 インタビュー記事によれば最後のエピソードも実話に基づいているそうです。 令嬢として、蝶よ花よと育てられた主人公英子のこれからを待ち受けているのは戦争という闇。 そして敗戦。 太宰治の『斜陽』を引き合いに出すまでもなく、彼女は時代が生み出した怒涛の波に翻弄されていくことになります。 それを踏まえるとするなら、無邪気な英子とそれを見守るベッキーさんの物語は一段と輝きを増すように思えます。 シリーズ一作目からお読みになることを強くおススメします。【送料無料】街の灯価格:500円(税込、送料別)【送料無料】玻璃の天価格:500円(税込、送料別)
2011.06.26
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遠く隔絶された場所から、彼らの声は届いた。紙をめくる音、咳払い、慎み深い拍手で朗読会が始まる。祈りにも似たその行為に耳を澄ませるのは人質たちと見張り役の犯人、そして…しみじみと深く胸を打つ、小川洋子ならではの小説世界。<感想> ★★★★★本書は小川洋子さんの最新刊です。 もし、あなたが小川洋子さんのファンで、この作品を読むのを迷っているようでしたら、躊躇することなくお読みになることをおススメします。 小川洋子ファンにとって本書はそのような作品です。さて、本書はテープに残された朗読を再生するという形式がとられています。 文章で言うなら複数の語り手が一人称で語るオムニバス形式ですが、あたかも朗読のテープを聴いているような錯覚を覚える文章で綴られています。 朗読される物語がリンクしたりすることはありませんが、その語り手たちに共通するのは海外でテロリストの手により監禁された状態だということです。 そして語り手たちは最終的に非業の死を遂げます。それぞれの物語は、特にこれといった事件が起きることのない静かな物語です。 しかし、閉じられてしまった世界で語られるそれは、永遠に損なわれることのない物語でもあります。 小川洋子さんは『アンネの日記』から、アウシュビッツについて言及することの多い作家でもあります。 恐らく、そこでも私たちには知る術のない、いくつもの物語が語られたのではないでしょうか? そして、テロが蔓延した現在。 今も世界のどこかで人質たちの朗読会が開かれているかもしれません。 そんなことを考えていると、静寂が支配しているこの作品が内包する怒りのようなものを感じたりもします。 そして、もうひとつ。 もし自分が人質の一人だったら、私は何を語るのでしょうか?みなさんのレビュー(読書メーター)
2011.05.29
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「赦されること」と「受け入れられること」それがこの世の中で、一番うつくしいことだと思いませんか。世界一、うつくしい物語。<感想> ★★★★★本格ホラー。 癒し系ノスタルジックなどさまざまな作品を手がける朱川湊人さんですが、本書は後者にあたります。 本書には表題作を含めて7つの作品が収められています。 ノスタルジック系では人口比率が圧倒的に多い団塊世代をターゲットにした昭和30年代の物語が多いわけですが、この作品集のそれは1965年(昭和40年)の前後5年ぐらいに生まれた読者だろうと思います。 それぞれの物語は子供時代。 思春期。 青春時代などに分散されています。 その時々の時代が纏っていた雰囲気を的確に描写しているのはもちろんですが、その時代その年齢だった人間だけしか感じることできない光や風のようなものが見事に再現されています。たとえば『雨つぶ通信』に出てくる超能力の話。 当時、日本中がブームに沸きかえっていたわけですが、それをどのように受け容れていたのかは大人と子供では大きく異なっていたのではないでしょうか? 「こんな話、どうして信じてくれるんですか・・・・・・お母さんだって、全然信じてくれないのに」激しい風雨を直に顔に受けながら、私は叫ぶように中田さんに尋ねた。「僕も、曲がったんだよ」やはり叫ぶように、中田さんは答える。「ユリ・ゲラーのテレビ・・・・・・スプーン、曲がったんだ。 だから、あるね・・・・・・超能力は」ネタばれするので本筋には触れませんが、このやりとりが1966年生まれの私にはストンと落ちました。 さらにつけくわえるなら、当時ワケありの子供時代を過ごしていた方ならストンストンと落ちまくりだと思います。 さて、特定の世代について語りすぎてしまいましたが、この作品集で最も優れているのは『湯呑の月』です。 とにかくめちゃくちゃ巧い作品で、朱川湊人さんの真骨頂といえる作品です。スプーンが曲がった方も、曲がらなかった方にもおススメします。 みなさんの感想(読書メーター)
2011.05.15
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「今夜も、そして、明日も、あなたとこうしていたい」。ただ、本能の赴くままに、天衣無縫に生きる一人の女。そして翻弄される男たち。その行く末はあまりに惨く、悲しい結末だった。<感想> ★★★★★ぜんぜん関係ありませんが、Britney Spears(ブリトニー・スピアーズ)が三年ぶりに新譜を出しました。 タイトルはFemme Fatale(ファム・ファタール)。 運命の女という意味ですが、文芸の世界では魔性の女。 男を破滅に導く女を描いた作品をそのように呼ぶようです。さて、本書はまさにそのファム・ファタール。 冒頭で『マノン・レスコー』の序文が引用されていますが、真梨さんが描きたかったのは現代版の『マノン・レスコー』ではなかったかと思います。 そして、その企みは見事に成功しています。 今まで二作真梨作品を読んで、ミステリーを過度に意識した仕掛けが気になっていましたが、この作品に関してそれは最低限に抑えられていて、単純なドロドロ悪女モノとして楽しめることができます。 元女優の主人公はもちろんですが、その母親や周囲を取り巻く女性たちの生臭さと、それに翻弄されていく男たち。 あ~こんな女ゼッタイに無理だよな・・・と思いつつ読み始めましたが、ラスト間際には読者としてそんな主人公に翻弄されている自分に気がつきました。 女性読者なら一歩ひいて、こんな女に騙されるバカな男達という視点で読んでも面白いかもしれません。 ストーリーとは絡みはないし、読んでいなくてもまったく問題はありませんが、事前に『女ともだち』を読んでいると、さらに楽しめると思います。「私は死ぬのは怖くないの。 ただ、私の死体が晒されるのが怖い。 どうせ、私はろくな死に方をしないわ。・・・・・・・<中略>・・・・・・・すぐに私をどこかに隠してね。 水は駄目よ。 きっとすぐに引き上げられるわ。 絶対に見つからない場所に、深く深く、埋めてね」輸入盤CD スペシャルプライスBritney Spears ブリトニースピアーズ / Femme Fatale 輸入盤 【CD】価格:1,700円(税込、送料別)
2011.04.16
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このことは誰も知らない-四百年の長きにわたる歴史の封印を解いたのは、東京から来た会計検査院の調査官三人と大阪下町育ちの少年少女だった。秘密の扉が開くとき、大阪が全停止する!?万城目ワールド真骨頂、驚天動地のエンターテインメント、ついに始動。<感想> ★★★★★今更ながら初万城目作品です。さて、来月(5月)に映画が公開される本書ですが、それ以前からバカ売れしています。 バカ売れしている本ほどツマラナイというのは何度も申し上げていますが、稀に例外があります。 『風が強く吹いている』(三浦しをん)と『モダンタイムス』(伊坂幸太郎)。そして、本書です。何を書いてもネタばれになってしまうので、本筋には触れませんが、ひとことで言うなら大阪を舞台にしたトンでも話です。 ハードカバー500頁は長すぎるという意見もあるようですが、前半でメインキャラクターの一人ひとりを丁寧に描きながら読者を引っ張っていきます。 それはあたかも城壁を丁寧に積み上げて行く作業に似ています。 完璧な舞台を作り上げた上で、後半のトンでも話に突入していくわけですが、そこで必要とされるのは関西人のメンタリティーです。 それを面白いと感じるか否かが大きなポイントになるのではないかと思います。 私自身は関西を舞台にした作品は好きですが、ラストまで、このマインドで行かれると辛いと思う読者も多いはずです。 そんな不安を抱えながらも頁をめくる手は止まらないわけですが、ラストの落としどころは見事です。 こんなトンでも話でも最後は頷きながら感動しちまいました。映画のHPを見ると、かなりスゴいことになっていますが、原作である本書は人情やユーモアをたっぷり含んだ仕上がりになっています。 メインキャラクターの旭ゲンズブールと鳥居が入れ替わっているようですが、綾瀬はるかさんなら原作では男だった鳥居のおとぼけキャラを再現できるのではないかと思います。映画・プリンセストヨトミ
2011.04.12
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ある日、マンションで起きた凄惨な殺人事件。被害者に共通するのは、独身のキャリアウーマンという条件。果たして、犯人の意図、そして事件の真相は? 都心に住まう現代人の孤独感を反映したバイオホラー『孤虫症』で第32 回メフィスト賞を受賞した作家の第3作。<感想> ★★★★★このブログをはじめて6年ちょっと。 記録によれば755冊の本を読んでいるようですが、二冊目にしてわたしの中では真梨幸子さんは最強になりました。 ドロドロクィーンの称号を授けたいと思います。(笑)さて、本書はマンションで起きた連続殺人事件を核として、被害者の暗部とそれを記事にする女性ルポライターを描いた作品です。 郊外に乱立する高層マンションとそれに群がる人たちの悲哀。 劇団の追っかけをする女性たちの実態。 劣悪な家庭環境。 そこに女友だちというキーワードを当てはめて、ドロドロのミステリーに仕上げています。 真梨幸子さんが優れているのは、そのドロドロには圧倒的なリアル(現実)が伴っている点です。 『殺人鬼フジコの衝動』で言えば職安でリクルート活動をする生保レディー。 本書で言うならマンション住人の対立。 購入の価格差が住民同士に埋めようのない軋轢を生んでいる状況はあちこちで目にします。 しかし、本書で暗部を描かれている人たちは決して悪人ではありません。 ともすれば現代の社会が肯定しているのではないかとも思える、えげつなさに翻弄されているフツーの人たちであるという視点が感情移入を容易くして、読者の危機感を煽ります。申し上げたとおり読み物して申し分のない作品ですが、気になるのは本格ミステリーとしても完璧なところです。 最後のオチ、読者の大半が気がつかないであろう巧みに張られた伏線と回収。 おそらく、本格ミステリー読者のマニアックなニーズ応えるためだとは思いますが、私のような単純な読み物好きからするなら、そこにまどろっかしさを感じてしまいます。 そんな仕掛けやオチなどなくても、これだけの牽引力と圧倒的なリアル感があれば読者は作家の前に平伏すものだと思いますが、いかがでしょうか? みなさんの感想(読書メーター)
2011.04.03
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イラストと小説が響かせる、生きるよろこび。松尾たいこのイラストと、それをモチーフに描かれた角田光代の連作短編小説。女性の一生を通して、出会いと別れ、生きるよろこびとせつなさを紡いだ、色彩あふれる書き下ろし競作集。 <感想> ★★★★★マンガは時々読み直しをする私ですが、小説に関してそれをすることはほとんどありません。 ただ、この本だけは例外になるのではないかと思います。 手元に置いてことあるたびに開いてみたい。 本書はそんな本だと思います。さて、角田ファンである私が作品に求めているのは独特のドロドロや毒であったりするわけですが、この作品にその要素は皆無です。 ひとりの主人公が成長していく姿をファンタジーっぽい味付の連作短編に仕上げています。 主人公がそのたびに経験するのは「失う」ということです。 思えば、私たちは得ること以上に失うことことが多いように思います。 大げさな物言いになりますが、その連続こそが生きるということなのではないでしょうか? その辛さからなかなか脱しきれないこともあるわけですが、この作品のいくつかはそれを手助けしてくれるような気がします。小説として単純に巧いと感じたのは『さようならと、こんにちはのこと』 正体のつかめない曖昧な空気と静寂が支配していますが、あっ!と気がついた時に・・・・・・。この作品を読み終えたのは3月8日でした。 昨夜再読をしましたが初読の時以上に、小説というものが持つ可能性を信じてみたいと感じました。 喪失感を抱えている多くの人たちにおススメします。みなさんのレビュー(読書メーター)
2011.04.03
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一家惨殺事件のただひとりの生き残りとして、新たな人生を歩み始めた十歳の少女。だが、彼女の人生は、いつしか狂い始めた。人生は、薔薇色のお菓子のよう…。またひとり、彼女は人を殺す。何が少女を伝説の殺人鬼・フジコにしてしまったのか?あとがきに至るまで、精緻に組み立てられた謎のタペストリ。<感想> ★★★★★真梨幸子さんは昨年出た『更年期少女』が注目されています。 個人的にはまったくノーマークの作家さんでしたが、真梨幸子さんはスゴい人かもしれません。さて、本書は一家惨殺の犠牲者となった少女が成長して殺人鬼になるまでを描いているエグい話です。 私の中でエグい小説といえば、東電OL殺人事件をモチーフにした桐野夏生さんの『グロテスク』と音羽少女殺人事件をモチーフにした角田光代さんの『森に眠る魚』が双璧をなしていますが、本書はそれに勝るとも劣らない作品です。 感動とか癒しなどとはまったく無縁ですが、とにかく描ききるという点において秀逸な作品です。読書メーターのレビューを拝見すると、湊かなえさんと比較している方が多く見受けられますが、筆力では湊さんを圧倒しています。 ミステリーとしての仕掛けはかなり複雑で私自身まだ誤読しているのではないかと思っています。 ただ、それはあくまでオマケのようなもので、単純に読むだけでも真梨幸子という作家の実力は十分に感じ取れます。作品のなかでフランス・ギャルの"Poup?e de cire, poup?e de son"が引用されています。最近CMでも使われていたし、日本では『夢見るシャンソン人形』という邦題で幾度もカヴァされているのでご存知の方も多いと思います。 作詞・作曲のセルジュ・ゲンスブールは(以下ネタばれ反転→)ダブルミーニングを駆使して皮肉な歌詞に仕上げていますが、唄っているフランス・ギャルは当時それにまったく気がついていなかったと言われています。 そんなエピソードを作品に取り込んでしまうあたりも見事です。 しかし、18才の女の子を騙すようなことをするセルジュ・ゲンスブールって相当イヤなオッサンですね。 この曲は70年代ポップスだと思っていましたが、私の生まれる前に流行った曲だと知ってぶっくり!ちなみにフランス・ギャルは現在64歳です。閑話休題。とにかく、エネルギーを吸い取られるような内容なので時節柄おススメはしませんが、ガツンとくる作品をお読みになりたい方はご自分の体調と相談してお読みになってみて下さいませ!
2011.03.20
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美しかったり、謎めいていたりする、私の隣の人々。芥川賞作家にして史上最年少の川端賞作家による「これぞ小説」な味わいの6篇。 <感想> ★★★★★本書は青山七恵さんの最新刊で6つの作品が収められた作品集です。さて、青山七恵さんの魅力はあらすじだけを読む限りでは、絶対につまらないだろうなぁ~という話を独特の味付けで面白く読ませてくれるところです。本書のテーマも別れですが、それは恋愛に関するそれではなく、日常の中で誰もが体験する心に留めることもないすれ違いのような別れです。特に冒頭の『新しいビルディング』は先輩OLとのやりとりを日常目線で淡々と語っているだけの作品ですが、二人のビミョーな距離感や、はっ!とさせられるセリフは短いストーリーでありながらも緩急がしっかりついていて読み応えがあります。 個人的には靴の修理をする青年とOLを描く『お上手』が最も秀逸だと感じましたが、O・ヘンリーの『善(魔)女のパン』を思わせる『うちの娘』もいい味を出していると思います。 面白くて、良質な作品をお読みになりたいとお考えのおススメです。↓3月14日発売予定の新刊です。【送料無料】わたしの彼氏価格:1,680円(税込、送料別)
2011.03.12
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人や物の「記憶」を読み取れるという不思議な力をもった姉の鈴音と、お転婆で姉想いの妹ワッコ。固い絆で結ばれた二人の前に現れた謎の女は、鈴音と同じ力を悪用して他人の過去を暴き立てていた。女の名は御堂吹雪─その冷たい怒りと憎しみに満ちたまなざしが鈴音に向けられて…。今は遠い昭和30年代を舞台に、人の優しさと生きる哀しみをノスタルジックに描く、昭和事件簿「わくらば」シリーズ第2弾。<感想> ★★★★★本書は、人や物の「記憶」を読み取れるという不思議な力をもった姉の想い出を、その妹の回想形式で描いた『わくらば日記』の続編です。 さて、『わくらば日記』では明らかにされていない「秘密」がいくつかあったわけですが、それが続編で明かされるのではないか?と期待しました。 しかし、結果から言うなら「秘密」は解決どころか、さらに深まってしまいました。 少々、肩透かしをくらった感も否めませんが逆をいえばこのシリーズはまだ続くということです。 直木賞を受賞した『花まんま』以降、朱川湊人さんが描き続ける昭和30年代を舞台にしたノスタルジックホラーにはかなり癒されているわけですが『わくらば日記』に関しては、不思議な力をもった姉とその能力を手がかりに事件を解決する刑事という設定に違和感を覚えました。 しかし、基本的に登場人物に大きな変化のないシリーズ二作目の本書では違和感なく読み進めることができました。 解決する「事件」の質が異なっている点も大きいと思いますが、中心になっている姉妹はもちろんキャラクターのひとりひとりに著者がこめた愛情のようなものを強く感じ取れるからだと思います。 語り口や展開は「陽」ですが、若くして亡くなってしまった姉を語るという前提や使われているパーツはどちらかといえば「陰」です。 二作目ではその対比も見事でした。 三作目がとても楽しみです。『わくらば日記』のレビュー↓お読みになるなら、ぜひ一作目から・・・・
2011.02.27
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「もう一度、仕事をしてみないか」ふたりの子どもにも恵まれ、幸福な日々を送る福田曜子の元に届いた25年ぶりの仕事の依頼。幼い頃アメリカで暮らした曜子は、祖父エドからあらゆることを教わった。射撃、格闘技、銃の分解・組み立て…。そう、祖父の職業は暗殺者だった。そして曜子は、かつて一度だけ「仕事」をしたことがあった―。家族を守るため、曜子は再びレミントンM700を手にする。荻原浩の新たな地平。“読み出したら止まらない”サスペンス・ハードボイルド。<感想> ★★★★★突然ですが、年末から図書館を利用しています。 今まで収めた地方税を取り返す勢いで利用しまくっているわけですが、すげぇ~読みてぇ!!と思う新刊本は予約がたくさん入っていて入手困難です。 しかし、本を返しに行って手ぶらで帰ってくるわけには行きません。 結果的に、これビミョーだな・・という本にまで手を出してしまいます。 さて、本書に関していえばビミョーどころか、ゼッタイにつまんないだろうなという先入観で貸りました。 主婦がスナイパーなんて・・・・子供のころから『ゴルゴ13』を愛読し、数多くの国際謀略モノを読んできた私からすればこんな設定はありえません。 ところが・・・・・荻原浩キタ━━━━━━(゚∀゚)━━━━━━ !!!!!(←古いっすね・汗)という作品でした。念願のマイホームを手に入れた専業主婦がガーデニングにいそしむ冒頭。 しばらくは細部にいたるまで完璧な家族小説です。 そこに彼女の過去を知る人間から仕事の依頼が・・・ここからは完璧なハードボイルド小説です。 文章自体も締まっていて、コミックでいうならいきなり画が劇画調になった感じです。 これ以降はそれぞれがクロスしながら展開していきますが、彼女がなぜスナイパーになったのか?そしてなぜ今はフツーの主婦なのかについても手抜かりなく語られています。主婦が主人公の家族小説と暗殺者を描くハードボイルド。 相容れるはずのない二つの要素を融合させながらも無理や破綻はいっさいありません。 この作品も『愛しの座敷わらし』同様落しどころが気になります。 再び狙撃銃を手にした彼女はフツーの主婦に戻ることが出来るのか?2011年になって二ヶ月が過ぎようとしていますが、今現在今年のベスト1です。 残り10ヶ月これ以上の作品に巡り合いたいものです。
2011.02.19
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父から「悪の欠片」として育てられることになった僕は、「邪」の家系を絶つため父の殺害を決意する。それは、すべて屋敷に引き取られた養女・香織のためだった。十数年後、顔を変え、他人の身分を手に入れた僕は、居場所がわからなくなっていた香織の調査を探偵に依頼する。街ではテログループ「JL」が爆発騒ぎを起こし、政治家を狙った連続殺人事件に発展。僕の周りには刑事がうろつき始める。しかも、香織には過去の繰り返しのように、巨大な悪の影がつきまとっていた。それは、絶ったはずの家系の男だった─。刑事、探偵、テログループ、邪の家系…世界の悪を超えようとする青年の疾走を描く。芥川賞作家が挑む渾身の書き下ろしサスペンス長編。<感想> ★★★★★やたら暗くて重い作品が多い芥川賞作家の中村文則さんですが、近作では少しづつエンタメ方向にシフトしているような印象を受けます。 本書に関しても万人が好むエンタメ作品とまでは言いませんが、あらすじにある芥川賞作家が挑む渾身の書き下ろしサスペンス長編。は本書を正確に表現しています。さて、そんなあらすじを読むとカオスな印象を受けるかもしれませんが、それほど複雑な展開ではありません。 独特の緊張感とキレのある文章はサスペンスとの相性もばっちりです。 テンポアップした筆運びも上滑りすることなく読者を適切に導いていきます。 中村文則さんの近作は「悪」をテーマにしていますが、それもぶれることはありません。 端的に言うなら、今までのクオリティーを維持したエンタメと言ったところです。この一冊で中村文則さんは大化けしたなどと言うつもりはありませんが、今まで以上の読者を想定して書かれた作品であることはたしかです。 今までの作風から敬遠していた方を含めて、クオリティーの高いエンタメ作品をお読みになりたい方に強くおススメします。
2011.02.13
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検索から、監視が始まる。 漫画週刊誌「モーニング」で連載された、伊坂作品最長1200枚。 <感想> ★★★★★ヨーシャなく面白い作品でした。おそらく、いろんな人がいろんなコトを言っているとは思いますが、そんなことはすべて無視していいと思います。 (汗)さて、本書は近未来が舞台です。 冒頭からちょっと飛ばしすぎかなぁ~という印象を持ちましたが、そのぶん読者はいっきに引き込まれていきます。 井坂幸太郎さんといえば基本はミステリーですが、この作品はさまざまな側面を持っています。 ネタバレするのでストーリーには触れませんが、私は村上春樹さんの『羊を巡る冒険』や『ダンス・ダンス・ダンス』をポップにした印象を受けました。 気になっているけど未読だという方。 この分厚さを前に躊躇しているという方に強くおススメします。ところで既読の方「検索」してみましたか?(笑)
2011.01.30
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平成の「文士」である車谷長吉が選ぶ偏愛小説集。 <感想> ★★★★★子供の頃、学校の先生や親から本を読みなさい!!などと言われます。 知識と教養を身に着けるためだと思われますが、小説に限定した場合それはいかがなものか?などと思ったりもします。 読解力は若干つきますが、そんなものが役に立つのは入試ぐらいで社会に出れば何の役にも立ちません。基本的には単なる暇つぶしで、私にとってはネットをしたりパチンコに行ったりするのと何ら変わることはありません。 ただ、時たまですが小説を読む意味を明確に感じさせてくれる作品と出会うことがあります。 さて、やたらと前置きが長くなりましたが、本書に収められているのはいずれも小説を読む意味を明確に感じさせてくれる作品です。 篇者である車谷長吉さんにこだわるなら、こんな小説を読んでいるとあんな小説が書けるということだと思います。収められている作品は以下の通りです。青梅雨(永井龍男)/台所のおと(幸田文)/水(佐多稲子)盆切り(藤枝静男)/沼津(大岡昇平)/力婦伝(花田清輝)文字禍(中島敦)/蝶(石川桂郎)/追跡の魔(埴谷雄高)断碑(松本清張)/お公家さん(白洲正子)/辰三の場合(吉田健一)/いのちの初夜(北条民雄)/お紀枝(島尾敏雄)太市(水上勉)/伯父の墓地(安岡章太郎)/札の辻(遠藤周作)/怪物(三島由紀夫)/物と心速い馬の流れ(小川国夫)/犬狼都市(渋沢龍彦)/骨餓身峠死人葛(野坂昭如)ボール箱(半村良)/人生の一日(阿部昭)/東京発千夜一夜(第百三十五話)(森遙子)/望潮(村田喜代子)/淀川にちかい町から(岩阪恵子)/穢土(中上健次)/ソナチネ山のコインロッカー(高橋順子)/木枯し(車谷長吉)『いのちの初夜』と『木枯し』のみが再読。 印象の強い作品を赤字で表記しました。 『断碑』は芥川賞受賞作の『或る「小倉日記」伝』を彷彿とさせる作品で松本清張のもうひとつの側面が垣間見えます。 『ボール箱』は、めちゃくちゃ笑えますが格段に巧い掌編小説です。 なんといってもタマゲたのは『骨餓身峠死人葛』 もう『火垂るの墓』を観て泣いてる場合じゃありません。 私の中で野坂昭如さん赤丸急上昇中です。 【中古】【DVD ANIME】火垂るの墓価格:1,480円(税込、送料別)
2011.01.29
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日本中を震撼させたテレビドラマ『傷だらけの天使』。そのラストシーンから三十余年後、木暮修は新宿を離れ、公園で宿無し生活を送っていた。しかし暴行により意識不明になった仲間が自分の身代わりだったことを知り、姿を見せない敵を突き止めるため、弟分の亨を死なせた街、新宿に再び足を踏み入れる。ドラマファンの期待を大きく上回り、ドラマを知らずとも一気に世界に入り込める、圧倒的エンターテインメント。<感想> ★★★★★『傷だらけの天使』は萩原健一さん主演のドラマです。 ちょっと調べてみたら放映されていたのは74年秋からの2クールだったようです。 のちに不朽の名作とされるドラマになりますが、本放送放映当時小学生だった私はいまひとつついて行けない内容でした。 ただ、あの最終回だけは小学4年生だった私も強く印象に残っています。さて、本書はその最終回から30年後を描いています。初出は08年に出た「小説現代」の別冊『不良読本』。 チェックは入れていたものの今まで手にしませんでした。 理由は矢作俊彦さんが数々の作品で生み出してきたキャラクターと、ショーケンが演じたオサムのイメージがあまりにもかけ離れているからです。 本格ハードボイルドを貫くのか?ドラマの雰囲気を優先するのか?10頁も読むとわかりますが、今回矢作さんがチョイスしたのは後者です。 ドラマをご存じない若い世代の矢作ファンであれば、コミカルな展開のドタバタ劇に失望感に似たものを味わうかもしれません。 もし、そのように感じたのであれば、ぜひドラマのDVDを観てください。 キャラクター各々に漂う頽廃のムードや70年代独特の倦怠感。 それを無理なく、35年後の現代に甦らせた手腕は、ただただ感嘆です。逆にドラマをご存知の方にとっては理屈抜きで120%楽しめ作品です。「昨夜は新宿コマでアイドル総動員のコンサートがあったんです。 それに真ん中の映画館では”相棒”って映画の舞台挨拶をやってた。・・・・・」この一節を読んでおぉぉーと思った方に強くおススメします。
2011.01.01
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「おまえは俺のこと、見つけられるって」少女は踏み込んだ、愛と破壊の世界へ。デビュー10周年記念書き下ろし作品。<感想> ★★★★★本書は島本理生さんの最新刊。 二冊組700頁の書き下ろし作品です。さて、この作品は主人公が中学三年の時から話がはじまります。 舞台は茨城県の筑波です。 一人称で綴られる文章はみずみずしくて、少女の成長物語といった感じで進行していきますが、しばらく読み進むと物語の底流をなすであろう不穏な空気を感じ取るようになります。 それと同時に主人公が暴走しはじめますが、その関連性に言及されることはありません。 そのせいか主人公に感情移入どころか、その行動自体がまったく理解できず違和感を覚えました。 ここまでキャラクターに関して、よく言えば姫野カオルコさんの『ツ・イ・ラ・ク』のぶっ飛び中学生。 すごく意地悪な言い方をするなら、あまり丁寧ではないケータイ小説のヒロインのようです。 私にとって島本作品は100%信頼のブランドなわけですが、今回は・・・・・・という思いがちょっと頭をもたげてしまいました。下巻は上巻のラストから二年半を経た時間軸で語られます。 ここでは上巻で明らかにされることのなかった不穏な空気の正体が少しづつ明らかになってきます。 あっ!それってもしかしてそういうこと?と気づいた瞬間、上巻で抱いた違和感がまったく別のものに変わっていきます。 おそらく、その違和感が強ければ強かったほど、薄っぺらなケータイ小説のヒロインと思われた主人公に感情移入できるのではないかと思います。 ミステリーのどんでん返しのような手法はとても新鮮でした。 『どうか私だけの神様になって。 私を許して。』 (下巻327頁)ネタばれするので、あえてこの作品のテーマには触れませんが、タイトルの「アンダスタンド・メイビー」は読者に投げかけられた言葉のような気がします。 かなりハードなテーマですが読後感はそれほど悪くありません。気になっている方にはヨーシャなくおススメします。【送料無料】アンダスタンド・メイビー(下)価格:1,575円(税込、送料別)★りおっち情報★本書の刊行を記念して、中央公論新社との企画で期間限定Twitterが開かれています。 ちょいとのぞいてみたら衝撃の事実が!!!!作家の佐藤友哉さんと離婚した島本理生さんですが、再婚したそうです!!再婚相手は・・・・・佐藤友哉さんだそうです。(笑)島本理生@shimamotorio http://twitter.com/shimamotorio
2010.12.24
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「この箱を開くことは、片手に顕微鏡、片手に望遠鏡を携え、短篇という王国を旅するのに等しい」小川洋子が「奇」「幻」「凄」「彗」のこだわりで選んだ短篇作品集。谷崎から田辺聖子まで。各作品ごとに書き下ろしエッセイ付き。<感想> ★★★★★本書は小川洋子さんが編んだアンソロジーです。 近・現代小説からご自身が魅了されている16の短編が収められています。 あくまで基準はお気に入りということですが、かなり読者サービスに徹しているように思います。 譬えるなら、行きつけの居酒屋や食堂で「珍しいの入ったんだよ。もしよかったら・・・」と差し出される小鉢。 盛られているのは食べたことない食材や調理法だったりする場合もありますが、おおむね私の好みにあったものです。 店主はあくまでさりげなく出してきますが、足繁く通ってくる私の好みを知り尽くしているからこそ出来る粋なサービスです。 こんなの好きなんじゃないの?数ある料理の中から店主がチョイスする基準だと思いますが、このアンソロジーも自分(小川洋子)の作品を好んでいる読者のツボを心得た上で編まれているような気がします。収められている作品は以下の通りです。奇『件』(内田百けん)/『押絵と旅する男』(江戸川乱歩)/『こおろぎ嬢』(尾崎翠)/『兎』(金井美恵子)幻『風媒結婚』(牧野信一)/『過酸化マンガン水の夢』(谷崎潤一郎)/『花のある写真』(川端康成)/春は馬車に乗って(横光利一)凄『二人の天使』(森茉莉)/『藪塚ヘビセンター』(武田百合子)/『彼の父は私の父の父』(島尾伸三)彗『耳』(向田邦子)/『みのむし』(三浦哲郎)/『力道山の弟』(宮本輝)/『雪の降るまで』(田辺聖子)/『お供え』(吉田知子)小料理屋「よう子」に足繁く通っている方におススメします。
2010.12.18
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この感覚は、決して悟られてはならない。人には言えない歪みを抱きながら戦前~戦後の日本をひとり生きた女性を描く表題作のほか、ラスト一頁で彼岸と此岸の境を鮮やかに越える「巻鶴トサカの一週間」など、名手・皆川博子の傑作短篇七篇を収録。<感想> ★★★★★小説読みヲタを自認する私ですが、皆川博子さんは未読。キャリアの長い作家さん(1930年生)なので、名前だけは知っていますが、なぜ?なぜ今まで読んでいなかったか??私は激しく後悔すると共に、ここ数日間は法螺貝を手に山奥に踏み入り、滝に打たれたい衝動と闘っている次第です。さて、本書には表題作を含めて7つの短編が収められています。いずれも耽美小説と幻想小説をミックスさせた純文学系といった味わいです。 さらに言うなら、すげぇエロいです。 ただし、直接的な表現や比喩はいっさいありません。 行間から噎せかえるように立ち上がってくる匂いに官能を強く刺激されます。 おそらく、この匂いをより強く感じ取れるのは女性なのではないかと思います。 櫻の幹に手を当てて見上げていた葉次を思うと、父母の冷酷な仕打ちや無責任な言葉が同時によみがえるのだが、久緒には、両親を責める資格などないのだった。 樹木と溶け合い樹液となって幹の中を流れる感覚に、言いしれぬ愉悦があった。 そ以前に、葉次の肉体が苦痛のなかにある時、同じ感覚に貫かれた。 愉悦を何と呼ぶか、さとったのは阿星と語り合った時であった。 阿星が唇には上がらせない言葉が、わかった。 悦びを感じて当然の相手と口づけし、性をかわしても、あの一瞬の愉悦は絶えて生じることなく、久緒は自分の歪みを思い知らされた。 (『少女外道』)独特の世界観と美しい文章に加えて、いくつかの作品で試みられている構成は読み慣れないときついと思いますが、小説好きならそれを十二分に楽しむことが出来ると思います。小川洋子さんの静謐感がお好きな方、そしてなにより上質な小説を読みたいとお考えの方に激しくおススメします。文藝春秋のサイトで冒頭部分を立ち読みできます。
2010.12.14
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小学校4年生の結仁は魔法使いになりたいと真剣に願うちょっと変わった女の子。放課後は毎日、幼なじみの史人、葵と魔法使いになるための特訓をしていた。合い言葉は、「3人の願いが叶うまで魔法使いクラブをやめてはいけない」。しかしある日、七夕の短冊にその願いを書いたことがきっかけで一瞬のうちに、クラスの笑い物になってしまう。一人だけ違う世界にはじきとばされたような、さみしくて怖い気持ちに襲われる。8年後、高校3年生になった結仁はまだ、「世界は突然自分を裏切り、はじきだす」という呪いのような記憶にしばられて生きていた─。<感想> ★★★★★青山七恵さんといえば、お若いながらも短編の名手というイメージがあります。 しかし、この分厚さ、ファンタジーを思わせるタイトル。 版元は新手のベストセラー商法でおなじみの○冬舎。 う~ん。 ちょっと違うかなぁ~と思いつつ避けていましたが、なかなかの読みごたえでした。さて、本書は主人公の小学校低学年から高校卒業までを三部に分けて描く、青春小説風の作品です。 タイトルの魔法使いクラブは主人公を中心とした三人のグループを指します。 それぞれが成長していく過程で、変容する三人の関係性と、崩壊してしまう主人公の家庭。 ファンタジーを思わせるタイトルを踏まえるなら、かなり重い展開になっています。 読者の好みによると思いますが、私はデビュー作の『窓の灯』を読んだときのザラザラ感を思い出しました。私がもっとも秀逸だと感じたのはラストです。 残りページが少ないにも関わらず、なかなか終わりが見えてきません。 どういう風に落とすんだろう??と不安になりつつ最終ページに辿りつきます。 最後の一行・・・・・・。あっ!と思って冒頭の一行に戻ると、主人公の今後を暗示するキーワード(←読みにくいと思いますがあえて黄色で)のようなものが隠されています。長編でありながら青山七恵さんのエッセンスを損なわれていないし、個人的にはとても好きな作品です。 ただ、あちこちの読者書評には、タイトルのイメージから「ハズした」という書き込みも多く見かけました。 そのあたりは踏まえて読む必要があると思いました。
2010.11.13
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子どもへの性犯罪が起きるたびに、かつて同様の罪を犯した前歴者が殺される。卑劣な犯行を、殺人で抑止しようとする処刑人・サンソン。犯人を追う埼玉県警の刑事・長瀬。そして、過去のある事件が二人を結びつけ、前代未聞の劇場型犯罪は新たなる局面を迎える。『天使のナイフ』著者が描く、欲望の闇の果て。<感想> ★★★★★薬丸岳さんの作品は三冊目になります。 そろそろハズレを掴まされるのではないかと覚悟して読み始めましたが、この作品も大当たりでした。 読みやすいけど軽薄なミステリーが多い中にあって薬丸さんは稀有な存在なのではないか?などと感じ始めています。さて、『天使のナイフ』では少年犯罪を、『虚夢』では刑法39条がテーマとしてチョイスされていましたが、本書のテーマは子供への性犯罪。 その事件の被害者遺族と加害者の関係性です。 性犯罪の事件が起きるたびにサンソンと名乗る人物が、過去に同様の罪を犯した者達が殺していきます。 その事件に関わることになる刑事は性犯罪事件の犠牲になった遺族のひとりです。 ミステリーとしても十分楽しめますが、性犯罪を憎むあまりにサンソンに肩入れしてしまうそうになる刑事の内省を余すことなく描いています。 着地点に関しては賛否両論があると思いますが、即ちそれはこのテーマに対する著者の投げかけだと思います。 初期の宮部みゆきさんが好んで書いていた社会派ミステリーがお好きな方におススメします。
2010.10.23
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当代最高の女性作家8人が腕によりをかけた絶品短篇小説集。恋愛模様はもちろん、時代物からミステリー仕立てまで超逸品ぞろい。<感想> ★★★★★一部例外はあるものの、文芸書の売れ行きは危機的な状況にあるようです。 そのせいかどうかは知りませんが、最近やたらとアンソロジー(小説集)を見かけます。その楽しみ方はさまざまですが、新しい作家さんとの出会いを期待されている方も多いように思います。 そんな楽しみ方もあるアンソロジーですが、本書の書き手は3人の芥川賞作家と5人の直木賞作家。 江國香織さんと小川洋子さんはまだ40代ですが、8人の書き手は各文学賞の選考委員率も高く、ベテランというよりは大御所の域に達している作家さんたちです。 さて、そんな豪華メンバーを揃えたアンソロジー。 それぞれ30頁程度の短編ですが、長編を読んだような濃厚さを味わえます。 いずれもわずかな頁を読むだけで、読者は作家の触手に絡めとられてしまいます。 手練手管という言葉がありますが、それが如何なく発揮されているように思います。 ラインナップは以下の通りです。『蛾』(江國香織)『巨人の接待』(小川洋子)『天にまします吾らが父ヨ、世界人類ガ、幸福デ、ありますヨウニ』(川上弘美)『告白』(桐野夏生)『捨てる』(小池真理子)『夕陽と珊瑚』(高樹のぶ子)『カワイイ、アナタ』(高村薫)『リハーサル』(林真理子)久しぶりに読んでタマゲタのは林真理子さんの『リハーサル』50代の女性をここまでナマナマしく描くさまは、お見事としか言えません。 意味深なタイトルも秀逸で、オトナの女性におススメっす。
2010.10.02
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生後五ヵ月の娘の目の前で妻は殺された。だが、犯行に及んだ三人は、十三歳の少年だったため、罪に問われることはなかった。四年後、犯人の一人が殺され、檜山貴志は疑惑の人となる。「殺してやりたかった。でも俺は殺していない」。裁かれなかった真実と必死に向き合う男を描いた、第51回江戸川乱歩賞受賞作。<感想> ★★★★★感想をUPし損ねていますが、薬丸岳さんを読むのは二作目になります。ミステリーの書き手で、いわゆる本格モノが好きなミステリーファンも喜ぶような仕掛けもなされていますが、登場人物の心理描写なども秀逸でミステリーをドラマとして読みたい読者の欲求も満たしてくれる作家さんです。さて、本書は第51回江戸川乱歩賞受賞作。 少年犯罪をテーマにした作品です。 妻を少年たちに殺された主人公が一転して疑惑の人になるという設定で、ありがちといえばありがちな展開ですが、少年法の問題なども含めてとても丁寧に描かれています。 他作品のレビューで何度も書いていますが、この手の作品にありがちな最後に読者をあっ!!と言わせりゃ文句はないだろう的な手抜かりはいっさいありません。 後半の展開はおぉぉぉ~という感じで急加速していきますが、著者がチョイスした少年犯罪というテーマがぶれることはありません。 エンターテイメントとしてもパーフェクトですが、少年法の問題に関しては賛否両論を併記しながら真摯な問い掛けがなされているように思います。 読み応えのあるエンターテイメントをお読みになりたい方に強くおススメします。余談ですが、高野和明さんの解説のなかで、日本推理作家協会のソフトボール大会に参加した折、という箇所があります。 ポジションとか打順が気になるのは私だけでせうか??(笑)
2010.09.19
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親と子、夫婦、家族でいることの意味を根源から問いかける。『八日目の蝉』から三年。衝撃と感動に震える、角田光代の最高傑作誕生。<感想> ★★★★★本書は、毎日新聞「日曜くらぶ」に4月まで連載されていたものです。 発売と同時にゲットしましたが、二年半ぶりの長編を集中して読みたいので一昨日まで未開封のまま放置してありました。 そのほとんどを電車の中で読みましたが至福の時間が惜しくて、快速をやり過ごし各駅停車を乗り継いで帰ってきた次第です。 (笑)登場人物の一人が、子供時代のおぼろげな記憶を語りだす冒頭。 両親とともに参加していたサマーキャンプ。 しかし、記憶の糸は突然断ち切られます。 あのキャンプは何処で開かれていたのか?そして、参加している自分以外の子供たちはどこの誰だったのか?そもそもキャンプの目的はなんだったのか?エンターテイメント形式で読者を物語りに引きずりこんでいく手腕は、いい意味でベストセラー作家の実力を見せつけられます。 しかし、物語の核はそれらが明らかになったあとに用意されています。 というわけで、ネタばれしてしまうのでこれ以上は書きません。ただ、この作品のテーマは女性が直面するであろう、もっとも厳しい局面での選択がその後どのような結果をもたらしていくのか?だと思います。 しかし、この作品はその是非を問うものではありません。 この問題に限らず、熟慮した選択が結果的に誤りだったと気がついてしまった時に味わう絶望の先にはなにがあるのか?少なくてもそこには、選択したからこそ残された何かがあるのではないか?そんな問い掛けがなされているように思いました。ネタばれを恐れたせいで、まったく意味不明なレビューになってしまいましたが、読後感も悪くないし、ラスト近辺で私は二回ほど泣いちまうところでした。 ただ、意地悪を言うなら登場人物が多すぎて、そのあたりの書き分けがちょっと甘いような気がします。 そのあたりはきっちり押さえて読みすすめてみてください。 私は角田さんの十八番キャラである紗有美を軸にしました。 もう一回『八日目の蝉』のような作品を読みたいとお考えの方には、ヨーシャなくおススメです。
2010.08.18
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33歳、処女。「女」であることを許さずに生きてきた歳月をいまゆっくりと咀嚼する…あまりにも素直であまりにも残酷な、生身の女の告白。 <感想> ★★★★★やっぱ姫野カオルコさんスゴいっす。 私は今までこの作家をナメていたかもしれない・・ そんなことを思った一冊でした。さて、本書の主人公は33歳のイラストレーターです。 ふとしたきっかけで、頻繁に食事をするようになった男との会話を通して、一人の女性の内面と社会との関わりを描いていきます。 あらすじにも書かれている33歳、処女。が気になりますが、それを殊更クローズアップすると、本書の核心に触れることなく読み終えてしまうことになりかねません。 一人称語りで描かれる主人公の少女時代に注目して読むと、多感な時期に経験したことが少女のその後にどのように作用していくのかが、残酷にそして容赦なく描かれています。 これこそが本書のメインテーマだろうと思います。 セックス云々ではなく、自分を女性として生きていくことを許さない主人公の圧倒的な孤独と、圧力鍋の内側を思わせる主人公の心理描写が秀逸でした。 著者の生育暦ともかさなる本書は自伝的な要素が強いと言われています。 それを踏まえるなら『ツ・イ・ラ・ク』や『リアル・シンデレラ』の読み方も少し変わってくるかなぁ~と思います。ちなみに本書は処女三部作の二作目です。それぞれ主人公は異なるようですが、『ドールハウス』→本書→『不倫(レンタル)』の順番で読むのが王道のようです。
2010.08.14
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刑務所だけが、安住の地だった─何度も服役を繰り返す老年の下関駅放火犯。家族のほとんどが障害者だった、浅草通り魔殺人の犯人。悪びれもせず売春を繰り返す知的障害女性たち。仲間内で犯罪組織を作るろうあ者たちのコミュニティ。彼らはなぜ罪を重ねるのか?障害者による事件を取材して見えてきた、刑務所や裁判所、そして福祉が抱える問題点を鋭く追究するルポルタージュ。<感想> ★★★★★著者の山本譲司さんは、秘書給与事件で国会議員から受刑者に転落します。 刑務所内で割り当てられた仕事は障害を持つ受刑者の介護役。 その経験を踏まえて書かれたのが新潮ドキュメント賞を受賞した『獄窓記』です。 本書では障害を持つ受刑者たちの「その後」と「その前」を描きながら、累犯障害者の実態と、彼らを取り巻く社会の問題点に鋭いメスを入れています。さて、タイトルになっている累犯障害者といえば刑法39条が規定する心神喪失と心神耗弱をイメージしがちですが、本書で取り上げるのは主に軽度・中度の知的障害者の事件です。 その背景や性質からメディアは触れたがりませんが、知らないことと存在しない事はイコールではありません。 著者は事件の当事者(加害者)と何度も直接話をしています。 ここで特徴的なのは、彼らと話をする著者は元国会議員でも福祉問題に取り組むジャーナリストでもなく、あくまで刑務所に1年3ヶ月服役していた元受刑者の山本譲司だということです。 語弊を覚悟で書いてしまいますが、その特異な経歴を持つ著者の取材力は無敵です。 対象者は「そうなんだぁ~山本さんも入っていたんだ」と胸襟を開いて辛い体験を語りはじめます。 身元引受人がいなかったり自分の意思を正確に伝えられないせいで、本来なら起訴すらされない微罪で刑務所まで行ってしまい、最終的には大きな犯罪を起こしてしまう累犯障害者。 社会から見捨てられ売春で人の温かさを知るようになった女性。 居場所がないという理由で出所直後に自殺してしまったかつての同囚。 彼らを取り巻く状況を克明に描く筆と、どうすれば彼らの事件を防げたのかを論じる姿勢は真摯であるがゆえに、読者の胸に響いてきます。 あちこちでレビューを拝見しましたが、福祉関係の方に多く読まれているようです。 しかし、著者は自らの特異の経歴や、取り上げているいくつかの大きな事件から興味本位で読む読者も否定はしないはずです。 なぜならいちばん大切なのは「知る」ということだからです。秘書給与事件によって、私たちは前途有為な政治家を失ったが、代わりに、優れたジャーナリストと果敢な福祉活動家を得たのだ。と書いているのは江川紹子さんですが、激しく同意しちまいます。獄窓記価格:780円(税込、送料別)『獄窓記』のレビュー
2010.07.31
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なんにもなかった。だけどなんだか楽しかった。懐かしい時間。愛しい人々。吉田修一が描く、風薫る80年代青春群像。<感想> ★★★★★この作品の存在を知ったのは、本屋大賞のノミネートです。 面白そうなタイトルだと思いましたが、作者を見てぶっくり ファンと名乗れるほど吉田さんの作品を読んではいませんが、このコミカルなタイトルとスタイリッシュな文体を操るの吉田さんが結びつきませんでした。さて、そんな本書は主人公の横道世之介が大学進学のために長崎から上京してきたところからはじまる典型的な青春小説です。 当時と現在を交錯させたり、世之介の人物像を本人ではなく、周囲にいた人物たちの視線で立体的に描くという手法が用いられていますが、主人公が作家のプロフィールと重なるところや、コミカルな展開は奥田英朗さんの『東京物語』に似ていると感じました。 それを吉田修一らしくない。 軽すぎる・・・・・などというのは簡単ですが、ともすれば純文学色の強かった過去の作品をキャラクター小説として読んでいた私はそれほど違和感なく読み進めることができたし、登場人物たちの現代を描く筆はまちがいなく吉田修一さんのものです。 主人公たちが生きた時代や、その行動範囲がぴったりと重なる私は涙が出ちゃうほど懐かしく感じました。 西武新宿線・中央線沿線。 村上春樹にかぶれていると思われる従兄弟。 当時十人に一人ぐらいの割合でいたバブル長者のお嬢様。 スカイメイト。 ハチ公物語。 カウチンセーター。 ぴあ。 そしてアマンド前(←ちなみに今も営業してます)。 とはいうものの、特定世代だけではなく、主人公に草食系男子という現代風のキャラクターが与えられているので、世代を問わず楽しめる青春小説に仕上がっているように思います。 世之介と出会った人生と出会わなかった人生で何かが変わるのだろうかと、ふと思う。 たぶん何も変わりはない。 ただ、青春時代に世之介と出会わなかった人がこの世の中に大勢いるのかと思うと、なぜか自分がとても得をしたような気持ちになってくる。というわけで、すべての方におススメです。
2010.07.27
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童話「シンデレラ」について調べていたライターが紹介された女性、倉島泉。長野県諏訪温泉郷の小さな旅館の子として生まれた彼女は、母親に冷遇され、妹の陰で育ったが、町には信州屈指の名家、片桐様の別荘があり、ふとした縁で、松本城下の本宅に下宿することになる。そこで当主の一人息子との縁談がもちあがり…。多くの証言から浮かび上がってきた彼女の人生とは?不況日本に暮らす現代人にこそ知ってほしい、新たなるドキュメント・フィクション。<感想> ★★★★★良くも悪くも、姫野カオルコさんの作風は個性が強いように思います。 本書を含めて4作品が直木賞候補になっていますが、それ以前に芥川賞向きではないかとの選評もありました。 一方で読者は、お前ホントの姫野ファンなら、電車の中でブックカバーをしないで堂々と読めよな!的な気合と根性を求められるような気がします。 さて、本書は語り手の「筆者」が、一人の女性の生涯を取材するという体裁をとっています。 その女性の名は倉島泉。 彼女の周囲にいた人たちの証言を元に、その人物像を立体的に浮かび上げる手法ですが、ストーリー自体は特に大きな事件が用意されているわけでもなく平板といえば平板です。 ただ、姫野さん独特のテンポのある文章は頁を捲る手を容易に止めさせてはくれません。 『ツ・イ・ラ・ク』でも感じましたが、独特の恋愛感も説得力があります。 常に貧乏籤を引きながら飄々としている泉の心理をなかなか理解することができませんが、その背景には何があるのか?も読者を引っ張っていく要素のひとつです。 個人的には、そんな泉が刹那に走ろうとする瞬間を描くさまが巧みだと感じました。この感想を書く前にたくさんの方々のレビューを拝見しました。 泉の生き方をまったく理解できないという意見と、なんとなく理解できるという意見は半々でした。 その点に関して、大いなる確信犯である姫野さんはほくそ笑んでいるかもしれません。 姫野ファンはもちろんのこと、高度成長期からバブル直前までの雰囲気を味わいたい方におススメします。 ちなみに表紙の絵はポール・デルヴォー(Paul Delvaux)という画家の作品だそうです。『リアル・シンデレラ』が出来るまで 姫野カオルコ『リアル・シンデレラ』あとがき 姫野カオルコ
2010.07.24
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赤い三角屋根の家で美しい奥様と過ごした女中奉公の日々を振り返るタキ。そして60年以上の時を超えて、語られなかった想いは現代によみがえる。 第143回(平成22年度上半期)直木賞受賞作<感想> ★★★★★申し上げるまでもありませんが、本書は第143回(平成22年度上半期)直木賞受賞作です。 トリビュート作品の多い中島京子さんですが、この作品は完全オリジナルです。さて、かつて女中奉公をしていたおばあさんの手記という体裁をとっている本書の舞台は、昭和初期から敗戦までの東京です。 時代の流れが最も激しかったこの期間においては、市井に生きるひとりひとりの人生が即ちドラマです。 そのせいか作家には好まれ、この時代を舞台にした小説は枚挙にいとまがありません。 しかし、本書は丁寧に取材がされていることは感じられるものの、ドラマティックとは無縁に淡々とストーリーが展開していきます。 最近の作品で言うなら、時代を旺盛に取り込んだ宮木あや子さんの『白蝶花』のような作品が好みの私としては物足りなさを感じてしまいました。 さらに言うなら、直木賞決定前に同じく候補作だった姫野カオルコさんの『リアル・シンデレラ』を、決定後に受賞作である本書を読みましたが、勢いのある前者と比較して、イマイチかなぁ~と思ってしまったほどです。そんな思いで、最終章の手前まで読み進めましたが、現代と過去の橋渡しをする最終章の巧みさに唸っちまいました。 それまで語られた手記を検証するカタチで明らかになる真実は、物足らないと感じていたエピソードの裏側に、語られなかった想いがあったことを読者は知ることになります。 せつなさが沁みてくるラストは、なんともいえない余韻を残します。最初に、混乱の時代を生きた人々の物語云々と書きましたが、中島京子さんが描きたかったのは、単に女中を主人公にした女中物語だったような気がします。 それは市原悦子さんが演じる現代の家政婦さんではありません。 それを踏まえるなら時代設定は必然ですがあくまで舞台装置に過ぎません。 そこをハズすと私のように前半を冗漫と感じてしまうのかもしれません。 現在重版待ちのようですが、気になっている方にはぜひおススメな一冊です。 中島さんの前作は永井荷風、林芙美子、吉屋信子の作品をトリビュートした『女中譚』ですが、それらも取り込んでいるように感じました。 併せておススメしちゃいます。女中譚価格:1,470円(税込、送料別)作中で出てくるバージニア・リー・バートンの絵本↓ちいさいおうち改版価格:672円(税込、送料別)イタクラ・ショージ(板倉正治)で検索しましたが・・・・・(笑)
2010.07.20
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どんな恋にも、その時だけの特別な“カオリ”がある―ゆるくつけたお気に入りの香水、彼の汗やタバコの残り香、ふたりでつくった料理からあがる湯気―柔らかく心を浸す恋の匂いをテーマに、今、一番鮮烈な“恋の描き手”たちが集う。漂う6つのフレイバーが呼びおこすのは、過ぎ去ったあの日のこと?それとも ?6人のラブストーリーテラーが供する、せつなさのスペシャリテ。<感想> ★★★★★本書は恋愛にまつわる香りをテーマにしたアンソロジーです。 あらすじを読むとストレートな恋愛小説をイメージすると思いますが、どの作品もしっかり抑制が効いています。 タイトルを・・・の匂いとせず、・・・のカオリ(香り)としたのは大きな意味があると思います。 さて、執筆陣は角田光代/島本理生/栗田有起/生田紗代/宮下奈都/井上荒野の各氏。 これだけの豪華メンバーだと、必要以上に期待してしまいハズしてしまうというパターンも予想されるわけですが、このアンソロジーはその予想を裏切ってくれました。 栗田有起さんの描くキャラクターはおなじみの不思議ちゃんだし、角田光代さんも毒がしっかり出ています。 そして井上荒野さんはエロシーンがないにも関わらず最高にエロいです。 いっけん男の身勝手さを描いたような島本理生さんですが、男性的な読み方をするなら、それは若さだけが持ち合わせている偏狭さを巧みに表現しているように思います。 男は、そんな偏狭さに振り回されて後悔したり悩んだりするわけです。 このアンソロジーの読者の九割は女性だと思いますが、そのあたりを踏まえてお読みになってみてください。 ちなみに世の中の流れは(ネタばれするので反転しときます→)熟女ブームっすよ。 本書は前段で申し上げたとおりクオリティーの高いアンソロジーですが、その中にあっても当時無名に近かった宮下奈都さんの『日をつなぐ』は別格です。 結果的に言うなら、このアンソロジーは宮下奈都さんのために作られたようなものです。 蛇足になるので感想は書きません。 興味のある方はまず、お読みになってみてください。ちょいと長くなりますが、文字を媒体とする小説という表現手段は最も古典的で、他の表現手段(絵・音楽・映像)と比較するなら不利と言わざるを得ません。 ただ、このアンソロジーのテーマになっている匂い(香り)に関しては、小説という表現手段がもっとも優れていることを改めて認識しました。 小説の良さをご存知の方も、そうでない方もご一読をおススメします。
2010.07.11
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美人の産地・神去村でチェーンソー片手に山仕事。先輩の鉄拳、ダニやヒルの襲来。しかも村には秘密があって…!?林業っておもしれ~!高校卒業と同時に平野勇気が放り込まれたのは三重県の山奥にある神去村。林業に従事し、自然を相手に生きてきた人々に出会う。<感想> ★★★★★冒頭からこんなことを申し上げて恐縮ですが、この作品が文学的に優れているとか、文章が個性的などというつもりはありません。 どちらかといえば典型的なベストセラー本の類です。 恐らく小説に芸術性を求める方には著しく不向きな作品だと思います。 おしなべて言うなら三浦しをんさんの近著はその傾向が強いように思います。 ただ、三浦しをんさんを、作家という側面から見た場合に於いては、その本を手に取った読者の八割を満足させてしまう実力は否定しようがありません。 後世に残って、とんでもない値段がつく茶碗もすばらしいとは思いますが、日常の生活で使われる茶碗こそ手に馴染むいいものであって欲しい。 乱暴な喩えをしましたが、現代文学とはそのようなものであると思います。さて、前置きが長くなりました。 都会暮らしの若者が、自分の意思と無関係に山奥に放り込まれて林業に携わるという筋立ての本書は、それぞれのキャラクターもイキイキと描かれていて楽しめますが、林業という仕事の本質に迫るあたりが秀逸です。 なあなあと暮らす人たちの仕事ぶりや生き方はともすればのんびりしているように思いがちですが何十年、何百年というサイクルのなかで営まれている仕事は、上司から「日々結果を出せ!」とせっつかれている私などからみれば、その壮大さには口あんぐりです。 しかし、そこには守らなくてはならないルールがあります。 それは、法律やモラルではなく、目に見えるもの見えないもの、不思議だと感じるものの中にゆる~いカタチで存在しています。 そのあたりを読む込むと、この作品の良さを実感することができると思います。『風が強く吹いている』でも感じましたが、スポーツや職業を根性や気合で表現する従来の作品と一線を隔しているのも、三浦作品がウケる要素のひとつかもしれません。余談ですが、この本の表紙をめくると一枚の大きな絵があります。228頁8行目からのひとコマですが、こういうの面白いですね。↑反転しときます。 お分かりにならない方は、なあなあ再読をお楽しみください。
2010.06.20
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父は、昔からちゃんと知っていたようにも、まったくの見知らぬ人であるようにも感じられた─第35回川端康成文学賞受賞。最年少で受賞した表題作を含む珠玉の短篇集。<感想> ★★★★★青山七恵さんはOLを続けながら細々と活動をしている作家さんです。 文壇三人娘(綿谷りさ・金原ひとみ・島本理生)と同い年。 『ひとり日和』では芥川賞を受賞していますが、今まで上梓したのは本書を含めてもわずか4冊。 いずれも派手さこそないものの良作揃いで、個人的にはこの人もっと読まれていいと思うんだよねリスト第3位ぐらいに位置しています。さて、びみょーという言い回しがあります。 「あそこのラーメンどう?」 「びみょーかなぁ」「あれからカレとはどうよ?」「なんか最近びみょーなんだよね」私の家でも長女が頻繁に使いますが、聞いていると一般的に使われている微妙とも違うように思います。 この作品集では、そのびみょーを巧く表現しているのではないかと思います。家庭内においてびみょーな存在である父親の姿を娘の視点で描く表題作は、どちらかというと玄人好みかなぁ~と思いますが、その存在を肯定するでもなく否定するでもない視点は淡々としていながらも、青山さん独特のナチュラルなあたたかさがこめられています。 個人的には、結婚間際にかつての恋人を想う『欅の部屋』が好きですが、女性読者であれば最後の『山猫』に、叔母と姪という関係性や女性同士のびみょーを強く感じ取れるかもしれません。良作で、尚且つホッとする作品を読んでみたいとお考えの方におススメです。
2010.06.12
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「クウネル」の人気連載─深々と心にしみる短篇小説集。<感想> ★★★★★だいたい週に1~2回の頻度で、拙い感想をUPしている私ですが、ここしばらく頻繁に「新境地」という言葉を使っています。 どちらかといえば、若手の作家さんの作品を読む機会が多いせいだと思います。 もちろんその作家さんたちが窯変を遂げていくさまを見届けることができるのは、同時代に生きている読者の特権で、現代文学を楽しむひとつのパーツだったりもするわけですが、予想以上の変化にはしばしば戸惑ってしまいます。 長年、菊池桃子さんのファンをしていますが、強いトラウマになっているラムー結成事件を思い出したりもします。(汗)さて、前置きが長くなりました。 本書は川上弘美さんの最新刊。 250頁に22編が収められた短編集です。 『Ku:nel』という雑誌の連載をまとめたものですが、その一冊目が既刊の『ざらざら』で、本書は二冊目にあたります。ページを開いた瞬間わたしたちは、穴に住む。(「海石」)という文字が飛び込んできます。 蛇足にしかならないので詳細は省きますが、いずれの作品も That's 川上弘美!!この作品集に「新境地」は存在しません。 川上弘美さんのファンなら120%満足できる作品集だし、そうではない方にも、優れた短編小説を読みたいという欲求を満たす一冊になりえると思います。すべての作品は独立していますが、登場人物が『ざらざら』とリンクしているので、お読みになっていなければ『ざらざら』からお読みになることをおススメします。『ざらざら』のレビュー
2010.05.16
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“30歳”という岐路の年齢に立つ、かつて幼馴染だった二人の女性。都会でフリーライターとして活躍しながら幸せな結婚生活をも手に入れたみずほと、地元企業で契約社員として勤め、両親と暮らす未婚のOLチエミ。少しずつ隔たってきた互いの人生が、重なることはもうないと思っていた。あの“殺人事件”が起こるまでは…。辻村深月が29歳の“いま”だからこそ描く、感動の長編書き下ろし作品。 <感想> ★★★★★ベテランと常連が顔を揃えた今回の直木賞で異彩を放っていたのが、本書でノミネートされていた辻村深月さんです。 結果はベテランお二人の受賞となりましたが、もっとも注目を集めていたのは辻村深月さんだったような気がします。 実際に読んでみると、この作品で一発授賞もアリだったのではないかという気にさせられます。三時間で一気に読んでしまいました。さて、本書はフリーライターの主人公が、母親を殺害したのち消息不明になってしまった友人の足跡を辿るという筋立てです。 ミステリーを連想される方も多いと思いますが、30歳直前の女性たちの関係性を描く作品だと言えます。 関係性とは即ち繋がりです。 女性同士の繋がり。 母親との繋がり。 地域との繋がり。 いずれもパーフェクトに描かれています。 女性同士の繋がりをさらに掘り下げるとするなら、立場や考え方の違う女性同士との軋轢があります。 この作品でもそこに力点を置いているわけですが、従来の「女ってコワい」で引っ張っていきながらも、その背景にある「女の息苦しさ」が見事に描かれています。 多彩なキャラクターが配されているので、読者はその中に自らの欠片(カケラ)を見出すことができると思います。 そのあたりを痛いと感じてしまうかもしれませんが、それをリアルと言い換えることもできます。 リアルといえば、舞台になる山梨とそこで暮らす人たちがとても丁寧に描かれています。 東京に最も近い固有の文化を持つ町(地方都市)という印象を持っていますが、おそらくアラサーの山梨県民であれば、激しく肯いてしまう箇所がいくつもあるのではないかと思います。 女性の関係性を描くという点では、角田光代さんや桐野夏生さんに似ています。 それらと比較するなら、いい意味でも悪い意味でもエンターテイメントに走りすぎた感が否めませんが、大津波のようにやってくる読了後の感動に抗うことは至難のワザで、私は涙の床上浸水状態でした。 すべての女性の方におススメします。
2010.03.21
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レトロな下宿、真綿荘に集う人々の恋はどこかいびつで滑稽で切ない……。不器用な恋人達、不道徳な純愛など様々なかたちを描く。<感想> ★★★★★本書は島本理生さんの最新刊です。 真綿荘という下宿を舞台にした連作短編ですが、本書では連作短編の基本である人称の統一を意識的に無視しています。 それを面白いと感じるか、煩わしいと感じるかによって評価が分かれるように思います。さて、読み始めの第一章「青少年のための手引き」は上京する18歳の大和君を主人公に据えて、読みやすいつくりになっています。 私の世代で下宿の物語といえば『めぞん一刻』ですが、そんな雰囲気の作風だと思っていると・・・・。 メインキャラクターは、18歳の男子大学生から30代半と思われる女性で、章を重ねるたびに深みを増していきます。 中盤に用意されている「シスター」「海へ向かう魚たち」の二編がもっともオーソドックスな恋愛小説に仕上がっていますが、著者の真骨頂は最終章の「真綿荘の恋人たち」であろうと思います。ここで、展開する綿貫さんの恋愛模様はいびつです。 『あなたの呼吸が止まるまで』『大きな熊が来る前に、おやすみ』と同じ底流をなしていますが、島本作品で30代の女性をメインキャラクターに持ってくるのは初めてのことではないでしょうか?ここで語られる特殊な恋愛観や、無作為の作為を客観的に描くさまは、島本理生という作家にとって重要な通過点になるのではないかと思います。通過点といえば、中年男性の一人称で語られる「押入れの傍観者」は、新境地的な位置づけができると思います。 読書メーターの感想に「桜庭一樹がややマイルドになった感じ。」とお書きになっている方がいらっしゃいましたが、フムフムと肯いてしまいました。島本理生公式ブログ↑今度は期間限定ではないようです。
2010.02.28
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昔の美貌を残しながらも無表情、徹底して人とのかかわりを好まなかった藍子叔母。謎に満ちた叔母の人生に、わたしは物書きとしての興味をかきたてられた。叔母に届いた手紙と、ある男の手記。調べていくうちに、若き日の叔母の恋人は、ゾルゲ事件で投獄されていたことを知る。戦中から戦後、そして現在へと、脈々と続く連鎖の不思議。昭和という時代に翻弄されながらも、気丈に愛を貫き通した藍子―。『症例A』の多島斗志之が描き切った、渾身の純愛小説。 <感想> ★★★★★本書は文庫改題されて『離愁』となっていますが、ハードカバーが上梓された時のタイトルは『汚名』です。 ずいぶん前ですが、どこかの読書サイトでベタ誉めされていたので手に取ってみた次第です。 多島斗志之さんは初読みですが、過去に二回直木賞候補にもなっている中堅どころの作家さんのようです。 さて、私が読んだ『汚名』の帯には文芸ミステリーと書かれていますが、文庫版のあらすじを見ると渾身の純愛小説となっています。 ヲイヲイな感じですが、一人称形式の文芸作品としても読んでも、ミステリー要素の強い恋愛小説として読んでもそれなりに満足できる作品と言えると思います。周囲から嫌われていた叔母の過去を遡るという筋立てで、時代は主人公が子供だった高度成長期と現代。 そして主人公の知らない時代である戦前を行きつ戻りつ展開して行きます。 関係者のほとんどが鬼籍に入っているせいもあって、細い糸を手繰りながら事実に辿り着く過程はスリリングです。 ゾルゲ事件という素材はベタといえばベタですがジョン・ル・カレを彷彿とさせる描き方は秀逸で、叔母を知る関係者の手記の使い方は巧いと思います。戦前・戦時中の特殊な状況下にある恋愛に関しては好みの問題もあると思いますが、抑制の効いた文体は、あらゆる読者の胸に訴えかける力があるように思います。 文芸色の強いミステリーや恋愛小説。 昭和の回顧小説がお好みの方に強くおススメします。著者の多島斗志之さんについて調べる過程で、昨年の12月19日から行方不明であることを知りました。 一読者として、ご無事でいらっしゃることを心からお祈りします。父、多島斗志之を探しています。
2010.02.14
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箱根の山は蜃気楼ではない。襷をつないで上っていける、俺たちなら。才能に恵まれ、走ることを愛しながら走ることから見放されかけていた清瀬灰二と蔵原走。奇跡のような出会いから、二人は無謀にも陸上とかけ離れていた者と箱根駅伝に挑む。たった十人で。それぞれの「頂点」をめざして…。長距離を走る(=生きる)ために必要な真の「強さ」を謳いあげた書下ろし1200枚!超ストレートな青春小説。最強の直木賞受賞第一作。 <感想> ★★★★★ファンタジィー系は別として、あまりにもリアリティに欠ける小説は苦手です。 強引な展開はしばしば破綻を来たすし、感情移入も難しいからです。 寄せ集めのメンバーで箱根駅伝に挑むという本書の設定はまさしくそれです。 しかし、そこは信頼のブランド三浦しをん作品です。 文庫化を機に読んでみる事にしました。さて、結果からいうなら本書はパーフェクトな仕上がりです。 しをんファンだとか、アンチしをんだとか。 小説が好きだとか、嫌いだとか。駅伝って何? 鉄ちゃん系?だとか、駅伝なめんなよという陸上競技経験者だとか。それらすべてを魅了することの出来る作品といっても過言ではありません。故障で陸上を諦めざるを得なかった大学生が、陸上の素人を集めて駅伝チームを結成するという前半は、冬季五輪に参加したジャマイカのボブスレーチームを描いた「クールランニング」的な面白さがあります。 十人ものキャラクターを配していますが、それらすべてを使い切り、なおかつ読者を混乱させない職人ワザもいかんなく発揮されています。 一方で、唯一高校時代に全国レベルだったメインキャラクターを丁寧に描きながら陸上競技の本質に迫ることも忘れてはいません。彼らが箱根駅伝を走る後半。 216.4キロの行程に250頁が割かれていますが、ここはまさにノンストップ。 コースをリアルに描写しながらランナーの内面を描くさまは秀逸としか言いようがありません。 最終頁の謝辞をみると駅伝関係者の名前が数多く記されています。 おそらく丁寧な取材がなされたものと想像されます。 それを踏まえるなら、素人集団が箱根駅伝を・・という設定のリアリティーは著者自身が充分に認識しているはずです。 だからこそ、作家として持ち合わせている実力のすべてを注ぎ込んだようにも思います。何度も言いますが、申し分のない作品です、ただ惜しまれるのは箱根駅伝の前に読まなかったことです。 年末に再読したいと思います(笑)
2010.01.23
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合併でできた地方都市、ゆめので暮らす5人。相原友則─弱者を主張する身勝手な市民に嫌気がさしているケースワーカー。久保史恵─東京の大学に進学し、この町を出ようと心に決めている高校2年生。加藤裕也─暴走族上がりで詐欺まがいの商品を売りつけるセールスマン。堀部妙子─スーパーの保安員をしながら新興宗教にすがる、孤独な48歳。山本順一─もっと大きな仕事がしたいと、県議会に打って出る腹づもりの市議会議員。出口のないこの社会で、彼らに未来は開けるのか。<感想> ★★★★★本書は奥田英朗さんの最新刊です。 さまざまなジャンルを手がける著者ですが、この作品は出世作である『最悪』の形式を用いた群像劇で、時間軸と舞台を共有した主人公たちの独立した物語が平行して描かれていきます。さて、本書の魅力はなんといっても巧みな構成です。 5人というメインキャラクターを配しながらも、破綻することなく読者を引っ張っていく奥田さんの圧倒的な構成力には、ただただ平伏すばかりです。 さらに言うなら、舞台やキャラクターのリアル感があります。 地方の市町村合併で誕生したゆめのという町と、そこで暮らす主人公たちを客観的に捉えるなら、構造改革が生み出した競争社会からの「落ちこぼれ」と定義することが出来ます。 しかし、他人から押し付けられた「無理」を断る勇気や、自分以外の他人にそれを押し付けるほどの狡猾さを持たないがゆえに、追い詰められ、転落していく彼(女)らの人間臭さを否定することができません。むしろ、自分を重ね合わせることはそれほど難しくはないように思います。 あちこちで「ダークで気が滅入る」という感想を目にしました。 ラストは、救いや大団円を求める方にとっては不満が残るかもしれません。 しかし、全体の筆致がそれほど重くないせいか、なんとなく彼(女)らは、今後もたくましく生きていくのではないだろうか?という読後感を得ました。 ちょっと甘いですかね・・でも、そうあって欲しいじゃないですか。
2010.01.17
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優秀な介護人キャシー・Hは「提供者」と呼ばれる人々の世話をしている。生まれ育った施設ヘールシャムの親友トミーやルースも提供者だった。キャシーは施設での奇妙な日々に思いをめぐらす。図画工作に力を入れた授業、毎週の健康診断、保護官と呼ばれる教師たちのぎこちない態度…。彼女の回想はヘールシャムの残酷な真実を明かしていく─全読書人の魂を揺さぶる、ブッカー賞作家の新たなる代表作。 <感想> ★★★★★カズオ・イシグロを読むのは『日の名残り』以来二作目になりますが、本書もたいへん読みやすい作品でした。 前に英作品は米作品と比較すると読みにくいと書きましたが、それって翻訳のせいかなぁ~と思いました。 米作品ではなく英作品をチョイスする読者の嗜好を踏まえる訳というのがあるような気がします。 そのあたりを私は苦手と感じるのかもしれません。 一方で、本書の訳者である土屋政雄さんはカズオ・イシグロをチョイスする読者の嗜好を踏まえて訳しているように思います。さて、本書は主人公の回想シーンからはじまります。 読んでいるとビミョーな違和感を覚えますが、それは本筋に入ってからも解消することはありません。 読者はその違和感の正体を見極めようと頁を進めていくわけですが、気がつくと寄宿舎で暮らす子供たちの世界にどっぷりつかっています。 それってもしかして・・?という想像がつくころ違和感の正体が明らかになります。 しかし、それはあくまで少しずつです。 メインキャラクターの子供たちも同様に少しずつ真実を知るようになります。 それは私たちが少しずつ大人の世界を知って行った過程と異なることはありません。 しかし、子供たちが知る真実はあまりにも過酷です。これ以上書くとネタばれになってしまいますが、本書は単に少女を主人公にした成長物語としても一級品です。 特に、単行本の表紙で使われているカセットテープのエピソードは秀逸で、じんわりと胸に響いてきます。 現在でも絶滅が危惧されるカセットテープですが、本書は「カセットテープってなに?」という時代になっても残る要素を兼ね備えてるように思います。 新しいブリティッシュスタンダード。 一読の価値はあります。
2010.01.16
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なぜ私は母に疎まれるのだろうか。どうすれば愛されるのだろう―。親からの虐待を受けて、傷つく少女。その痛みと孤独を共有できたのは同じ境遇にある少年だけだった…。ひとりで生きるには幼すぎたあの頃。大人の理不尽な暴力に悲しみをつのらせ、未来は果てしなく遠かった。〈家庭〉という最も危険な場所で生きる少女たちの世界を静謐な文体で描き、心を深く衝く作品集。 <感想> ★★★★★安達千夏さんの作品で単行本化されているものは数冊です。 『モルヒネ』は40万部売れたようですが、いわゆるベストセラー作家とは一線を隔しています。 ただ、女性作家のアンソロジーで出会う確率はかなり高くて、売れ筋作家とは一味違う、キレのいい短編を読むことが出来ます。 文章は小川洋子さんに近くて、静謐という喩えがしっくりきます。 小川さんがあれだけメジャーになったんだからベストセラー作家の素地はあると思いますが、重い作品が多いせいか、イマイチ一般ウケしないようです。 まぁ~そこが魅力だったりもするわけですが・・さて、前置きが長くなっちまいました(汗)本書は児童虐待をテーマにした三作が収められています。児童虐待なんてメチャクチャ重いじゃん・・と思われがちですが、そんな想像を払拭してしまうほどの重さで、元気がないときに読むとヒジョーにキケンです。しばしばニュースになる児童虐待ですが、その実態は闇に包まれています。 加害者について語られることはありますが、当然ながら被害者について語られることはありません。 本書は、圧倒的な絶望を抱えて生きなくてはならない子供たちの孤独を描いています。外側から、決して見ることのできない暗くて深い井戸の内側には、小さな崩落や傷がいくつもあるはずです。 しかし、私たちは見ることが出来ないのではなく、それ以前に見ようとしていないのではないか?そんなメッセージも伝わってきました。
2010.01.03
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第135回直木賞受賞作『まほろ駅前多田便利軒』での愉快な奴らが帰ってきた。多田・行天の物語とともに、星、曽根田のばあちゃん、由良、岡老人の細君が主人公となるスピンアウトストーリーを収録。 <感想> ★★★★★2009年も残すところ6日となりました。今年の小説界は『1Q84』の圧倒的な存在感にすべてが翳んでしまった感が否めませんが、そんな状況下、幅広い作風の作品を手がけ一定の存在感を示したのが三浦しをんさんではないかと思います。さて、本書は直木賞を受賞した『まほろ駅前多田便利軒』のスピンアウト作品。 本篇で脇役だったキャラクターを中心に据えた短編集になっています。 作品の空気を支配しているのは多田と行天ですが、個性のあるキャラクターを活かして、それぞれ異なる味付けがされているのがこの作品集の特長です。老人が主人公の場合は戦時中のロマンス。 子供が主人公なら小さな冒険譚。 老夫婦なら味わいのある愛情物語。 ヤクザが出てくればピカレスク風。 いずれの作品も完璧な仕上がりで、しをん親方の職人ワザがいかんなく発揮されています。 前段で幅広い作風と書きましたが本書はそれを裏付けていて、読者を選ぶことはありません。また、多田と行天に関して、いくつか客観的に描かれる場面があり、今まで触れられることのなかった二人の過去が少しだけ明らかになります。 えっ!それって・・?という終わり方は次回作を予感させます。本書はあくまでスピンアウト作品なので、本編である『まほろ駅前多田便利軒』を先に読んでください。 読んだけど多田と行天以外のキャラ忘れたかも・・という方はおさらいしてからお読みになるのことをおススメします。 ←奥さま!文庫が出ましたのよ♪
2009.12.26
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そうか、あなたがいたんだ。迷っても、つまずいても、泣きそうでも。人生って、そう悪くない。「女どうし」を描く六つの物語。<感想> ★★★★★マーケティングという言葉があります。 どんな人たちに訴えかければ商品が最も売れるのか? 本。とりわけ文芸書に関して言うなら、20~40代の女性と団塊世代になるのではないかと思います。 もちろん読者は幅広い層に分布していますが、それが消費行動(出版社の儲け)に結びつく人たちは限られています。 それを踏まえるなら西加奈子という作家は、その最前線にいる一人です。さて、デビュー作の『あおい』こそ、ちょっとトンガっていましたが、西加奈子さんは恋愛モノより、人情モノを得意としているように思います。 人情モノと言っても、従来の演歌系ではなく、市場を意識したポップス系。 友人同士や家族間で生じるであろう機微をユーモアを交えながらリアルに描いていきます。 主人公の女性たちは、寒さを堪えながらセーターを編んでいませんが、泣きどころはしっかり抑えている。 それは、この作品集のコンセプトとも重なります。 好むと好まざるに関わらず、片意地を張って生きている女性が素直になる瞬間を描くさまが秀逸で、それが押し付けがましくない泣きどころになっています。 そこまで歌って、やめた。 私の目に、母の字が、飛び込んできた、「ナベ」「しょっき」「ヤカンナド」大きな大きな、ダンボールからはみ出してしまいそうな字だった。その字を見ていたら、泣けてきた。なんて大きな字、子供みたいな。 そう思って、笑いながら、泣いた。 その涙はとても熱く、じわじわと体の奥から湧き出してきて、決して、決して止まらなかった。(『シャワーキャップ』)↑もう、このあたりは、オッサンも泣きましたが、全米が泣いた!!状態です。 今年読んだ、短編集の中ではピカイチでした。 猫がお好きな方には、表題作がおススメです。
2009.11.27
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東京東村山の全生園で、24歳の生涯を終った著者は、生前、苦悩の彷徨を虚無へ沈まず、絶望によってむしろ強められた健康な精神を文学の上に遺した。入園後わずか3年の余命を保つのみであったが「文学界」に掲載された「いのちの初夜」は大反響を呼んだ。独英訳により、海外でも強い感動を与えている。<感想> ★★★★★作者の魂(たましい)にふれる。 私小説を評する際にしばしば使われる言葉で、私自身もレビューの中で何度か使った記憶があります。 しかし、それは本来使われるべき作品にのみに、使うべき言葉なのではないだろうか?本書を読んでそんなことを考えました。さて、巻末の年譜によれば作者の北條民雄は大正三年九月某日、某県に生まれたとなっています。 19才で、当時は不治の病として恐れられ、差別の対象であったハンセン病を発病します。 彼のプロフィールが曖昧なのはそのせいです。 ハンセン病療養施設の中で書いた小説が川端康成に見出され、表題作は第三回(昭和11年上半期)芥川賞にノミネートされています。 重症患者の姿にわが身の行く末を想い、失明の恐怖に怯えながら、ハンセン病をテーマにした作品を手がけます。表題作は、彼が療養施設(多磨全生園)に入院した一日目の夜を書いています。 ストレートな表現で当時の院内の様子が描写されています。 あえて言葉を選びませんが、それは悲惨のひとことにつきます。 そこに身を置くことになる彼が吐露する心情は鋭い刃となって読む者の胸を抉ります。現代作家の作品に慣れている身としては なぜここまで書かなければならないのか?という疑問と幽かな怒りのようなものが湧いてくるほどです。しかし、冷静に考えるなら、それこそが70年以上前に夭逝した作家の魂(たましい)に触れた証だったような気がします。 「しかし、吸入なんかかけても、やがて効かなくなるよ。 だがまあ君の眼ならここ五年や六年で盲目になるようなことはないよ」「五年や六年でか」私はあまりにも短いと思われたのだ。「今のうちに書きたいことは書いとけよ」彼は真面目な調子でいった。 私は黙ったまま頷いた。 (眼帯記)しかし、彼はこの文章を書いた一年半後に療養所で生涯を終えます。 享年24。 作家としての活動期間はわずか三年でした。表題作は「青空文庫」でも読むことが出来ます。
2009.11.08
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取り柄と言えるのはきれいな空気、夕方六時には「グリーンスリーブス」のメロディ。そんな穏やかな田舎町で起きた、惨たらしい美少女殺害事件。犯人と目される男の顔をどうしても思い出せない四人の少女たちに投げつけられた激情の言葉が、彼女たちの運命を大きく狂わせることになる─これで約束は、果たせたことになるのでしょうか?衝撃のベストセラー『告白』の著者が、悲劇の連鎖の中で「罪」と「贖罪」の意味を問う、迫真の連作ミステリ。本屋大賞受賞後第一作。 <感想> ★★★★★本書は『告白』で大ブレイクした湊かなえさんの三作目にあたる作品です。 装丁がちょっと可愛らしいんだけど中身は相変わらずのブラック路線です。 『告白』が爆発的に売れた背景はいくつかあると思いますが、作品を読んだ範囲で言えるのは本格ミステリーの面白さに加えて、小説が本来持っている「読み応え」という要素がしっかり備わっていたからだと思います。 中でも告白体で書かれた第一章は巧みで、個人的には中盤からラストにかけてのドンデン返しなんてどうでもいいよ・・・などと思ってしまいました。さて、『告白』では主人公に自らが抱える心の闇を語らせていますが、本書はその手法のみで構成されています。 15年前に起きた幼女殺人事件の現場に居合わせた被害者の友達と、その母親、4人の告白体です。 この点に関しては『告白』の二番煎じだという声もありますが「あれ」をもっと読みたいと思っていた読者の期待には充分こたえています。 特に、内面に抱える邪悪な部分をまったく自覚せずに平然と語るある人物のくだりは、これ以上やると読者はヒクというギリギリまで書いています。このあたりは見極めがうまいというか、ちょっと挑戦的だなとも感じました。一方で、グリーンスリーブスが流れる田舎の風景や、そこに住む人たちもよく描かれています。欲を言うならキリがないし、取ってつけた感じのするオチは不要な感じもしますが、新進のベストセラー作家という肩書きを持(つ)たされている湊かなえさんは、予想以上の実力をお持ちなのではないか?そんなことを感じた一冊でした。
2009.10.31
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