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みなさん、こんばんは。新しい年号が始まったのに世界は騒がしいですね。北朝鮮は飛翔体をばんばん飛ばしてるし。今日もシャーロット・ブロンテ作品を紹介します。ヴィレット 上The Villetシャーロット・ブロンテ みすず書房名付け親ミセス・ブレトンの所に引き取られた孤児ルーシー・スノウの前に、舌足らずなおしゃまな娘ポリーが現れる。ポリーは迎えに来た父親と共に去り、やがてルーシーもブレトン家を去り、新たな就職先として、不思議な声と船で出会った女性の言葉に導かれて、異国の首都ヴィレットの女子寄宿学校で働くことになる。子守から教師に昇格したルーシーは学校にやって来るドクター・ジョンを憎からず思うようになるが、彼は生徒の一人ジネヴラ・ファーンショーに夢中だった。 一時失業状態だったルーシーは、突如『フィールド・オブ・ドリームス』のレイ・キンセラになる。「この荒野から立ち去れ そしてここから出て行け」「「ヴィレットへ行け」と、内なる声が言った」「神なる声が「ここで止まれ。ここがお前の宿なのだ」("If you build it, he will come." = 「それを造れば、彼が来る」)と言われて野球場を作った彼のようだ。「あなたがマダム・ベックのところへ来てくださるといいって思うわ。あの人んとこにはいたずらっ子たちがいて、あなたはその世話をなさればいいでしょ。彼女はイギリスの女家庭教師を求めてるわ。というか、二か月前にはそうだったわ」このように、船で出会ったジネヴラ・ファーンショーの言葉もあるが、物語の展開上、どうしても彼女をヴィレットに来させたかったので、旅先で知り合った女性のとりとめもない話では動機として弱いとと踏み、不思議な声を後押しとした。 シャーロット・ブロンテの自伝的要素が色濃く出ている。寄宿学校のモデルとなったのは彼女が妹エミリと入学したブリュッセルの女子寄宿学校で、エジェ夫人という女性が校長を務め、夫のエジェ氏はシャーロットのフランス語の教師だった。たった一人寄宿学校に残されたルーシーが教会に入り込み告解をするシーンはシャーロットの体験そのままだ。ただしその理由は、寄宿学校を経営するエジェ氏への許されぬ思いであり、エジェ氏が急に冷たくなり(シャーロットは妻の影響によるものと考えている)便りも途絶えてしまう。まるで『ジェイン・エア』のジェインとロチェスター氏のような取り合わせだが、小説ではルーシーは既婚者への思慕の念は抱かない。女校長への敵意はどうしてもオープンにしたかったのか「寝ている間にルーシーの荷物を漁り人柄を確かめる」というシーンを挿入して、彼女を好ましからざる人物に認定している。 上巻ラストは「ひどく風変りな子だこと いったいこの子は、どんなふうにこの世を切り抜け、この人生と闘っていくのだろう。本に書いてあり、私の理性も告げているように、多くの打撃や拒絶、さまざまの屈辱や悲哀が、万人を待ち受けているというのに、この子はどうやってそれらを耐えていくのだろうか?」とルーシーが心配していたおしゃまさんが美しくなって再登場。彼女は下巻の恋愛においてどのような役割を果たすのか。 2009年に英国ガーディアン紙が発表した、「英ガーディアン紙が選ぶ必読小説1000冊」選出。ヴィレット(上) (白水Uブックス) [ シャーロット・ブロンテ ]楽天で購入
August 26, 2019
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みなさん、こんばんは。米中貿易戦争の火ぶたもきって落とされましたね。今日もシャーロット・ブロンテ作品を紹介します。今日は下巻です。シャーリー(下)Shirleyシャーロット・ブロンテみすず書房下巻はラッダイト運動で再び工場に押し入られたロバートを、シャーリーと従妹のキャロラインが心配するシーンから始まる。「あなた方男の人って、自分のことをすごく頭がいいって思ってるんだ。そう思って喜んでいればいいのよ。思い出してはいい気持ちになればいいんだわ。鋭くて、抜け目なくって、それでいてどうして全知全能になれないのかしら。どうしてあなた方の目のまえで、思ってもみないようなことがいろいろと起こるのかしらね。でも、そうでなくちゃいけないのよ。だってそうでなければ、あなた方を出し抜くという大きな満足を味わうことができないはずですもの。ねえ、顔をじろじろ見たって、私の考えてること、あなたにわかるわけないわ」相変わらず「あんたたち男って!」節を炸裂させるシャーリーと、ロバートに会わせてもらえずただおろおろ心配するキャロライン。こうしてみるとやはりキャロラインよりシャーリーの方がヒロインらしい。ヒロインは何といっても物語を動かさないと。ところが、後半彼女が恋をしたことで勢いは失速する。 ロバートを含めた並み居る婚約者たちを押しのけて選んだ相手が それ?シャーロットは“家庭教師至上の恋人教”でも信奉してるのか。 彼女がいない部屋にいる彼のシーン。「いまは九時だ。馬車は十一時まで戻るまい。それまでは自由だから、あの子の部屋をわがものにして、あの子の部屋に向き合って座り、あの子のテーブルに肘をついて、あの子の小さな記念の品々の身近にいることができるのだ。」え、台詞がストーカーっぽくないか。更にこの言葉を、彼はずっと手帖に書きつけているんだぞ。どういう神経なんだ。「あの子は時々ひどい子供になってしまう。なんて無邪気で、奔放な子だ。あの子が顔を上げてぼくの顔をのぞきこみ、皆のせいで窒息しそうだから守ってくれ、是非にも強烈な麻薬薬をくれと頼んでいるのがいまも見えるようだ。私は皆が思っているほど自信があるわけではない、同情を必要としないほど強い女ではないのだと告白し、人知れずそっとまつげから涙がこぼれるのが見えるのだ。」いや、完全な幻でしょう、それ。「ぼくは一時間も中庭で待っていた。帰ってくる彼女を見るチャンス、鞍から降りるのを腕で受け止めるさらに貴重なチャンスにありつきたいからだ。」きゃー!いやー!ストーカー決定じゃないですかもう! 本当にシャーリーこの人でいいの?「まるでやしろみたいだったわ―だって神聖だったの。雪みたいだった―だって純粋だったの。炎みたいだった―だって熱かった。それに死みたいだった―だって強靭だったの。」キャロラインのこのてんでばらばらなイメージをはじめとして「雌豹だ。森で生まれた美しい雌豹だ。飼いならすことのできない、比類のない性格の持ち主だ。」「奥さんにするには他の女性より危険なの」と、自他ともに散々手ごわい女性のイメージを前振った割には、あまりにも豹変が(豹だけに)早すぎるよ!2009年に英国ガーディアン紙が発表した、「英ガーディアン紙が選ぶ必読小説1000冊」選出。
August 25, 2019
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みなさん、こんばんは。あら、韓国がGSOMIA破棄しましたね!今日から4日間シャーロット・ブロンテ作品を紹介します。「シャーリー 上 (ブロンテ全集 3)」Shirleyシャーロット・ブロンテ みすず書房現代の小説を読み慣れている人にとっては「一体何だ?」という描写が半分以上を占める。まず物語の舞台となる場所と時代の説明、そして全登場人物について事細かな説明が続く。ちなみにイギリスがナポレオン時代のフランスと闘っていた頃であり、産業革命の黎明期だ。物語冒頭に登場してくるラッダイト運動は産業革命と関係がある。人力を排して機械を導入しようとする工場主に対して、男達が実力行使で機械を壊してしまう運動だ。 ヒロインのシャーリーは若き女相続人で、本編は彼女を巡る物語だ。普通ならヒロインが起承転結の、少なくとも「起」部のラストには現れるのに、女だてらに郷士と名乗りずけずけと物を言う王道ヒロインが登場するまでに、何と266ページ!昔の読者はよほど辛抱強かったと見える。もう、それまでに散々出てきたキャロラインって子がヒロインでもいいよ!と思ったほど。彼女は「一生結婚しないんだったら何か仕事した方がいいのでは」と相談した事がきっかけで、叔父が彼女をシャーリーの所へやる。そこからヒロインが本格的に動き出す。それまでの間がとにかく長く、脇役達の思考回路やこれまでの来し方が詳細に述べられる。現代ならば行動様式や性格は、そのものずばりの言葉を使うのではなく、印象的なエピソードを紹介することによって読者に理解させる。その方が印象に残りやすいからであり、読者もそのような過程を経てキャラクターの理解ができるようになっている。しかし当時の読者は様々な小説を読んでいたわけではないから、今の読者ほど鍛えられていない。よってそんな読者のために、まず物語の地ならしをしておいて、十分理解を深めた上で、「さあ、物語が始まりますよ」と親切の上に親切を重ねた構成になっている。ただ確かに、キャロラインがヒロインでは弱い。というのは、彼女には思い人がいるのに「私は彼が好きだけど、彼にとってはシャーリーとの結婚が助けになるはず。なのに思いきれない。ああどうしよう。」と思い悩むばかりで、行動に移さない。やはりヒロインは物語を動かす人でないと。「全く結婚なんて、そんな言葉を聞くだけでも、うんざりだ。全く馬鹿げた絵空事っていう感じです。結婚とか、愛とかは余計なもので、金持ちで安楽に暮らし、明日のことを思い煩う必要のない人だけのものだ。でなければ、極貧の泥沼から這い出る希望のまるでない、ひどく哀れな奴が最後にすがる破れかぶれの快楽、つまり自暴自棄な行為であるって、はっきり結論を出したんです。」なんて言っていた若き経営者と「結婚したら、もう自立した人間ではいられなくなる。恐ろしいことだわ。考えただけで息がつまってしまう。ひとの負担になって、その人をうんざりさせるなんてことを考えるくらい、嫌なことないわ。必ず負担になって、いつもうんざりされているなんて。だから私、自分が余計者になっているって感じたら、気楽に自立っていうマントを羽織ってプライドでヴェールのように顔を隠して、孤独のなかに退いて行くわ。」と言っていたヒロインは、さて結ばれるのかな?2009年に英国ガーディアン紙が発表した、「英ガーディアン紙が選ぶ必読小説1000冊」選出。
August 24, 2019
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みなさん、こんばんは。夏の高校野球も決勝を残すのみとなりました。これが終われば秋ですね。さて、今日はマジシャンが主人公の小説を紹介しますね。トリックDer Trickエマヌエルベルクマン新潮社クレストブックス 不朽の名作『赤毛のアン』を最初にモンゴメリーが複数の出版社に原稿を持ち込んだときは、すべての出版社で出版を断られた。自宅の屋根裏部屋に“お蔵入り”していた時期を経て、モンゴメリーが本作を読み返し、面白いのでやはり出版すべきであると思い直し、出版社に再度交渉すると、今度はトントン拍子に進展した。名作にはそれくらいの逸話があってしかるべきなのかもしれない。ならば持ち込み原稿を断わられ続けること10年、スイスの名門ディオゲネス社から刊行されるや、たちまちベストセラーとなり、17ヵ国語に翻訳された本作も名作か。 現在。ロサンジェルスの裕福なユダヤ人家庭に育ち、両親の離別に悩む少年マックスは、ある日父の荷物から古ぼけたレコードを見つけ、愛の魔法によって両親を復縁させようとする。 第二次大戦前夜。チェコ映画『この素晴らしき世界』みたいな奇跡によって生まれた少年モシェの生涯が綴られる。 二つのエピソードがやがてどこかで繋がることは読者は容易く予測できる。ナチスドイツとユダヤ人という組み合わせとくれば、更に読者は決まりきったストーリーを想像するだろうが、『この素晴らしき世界』同様本作も「ドイツ人は全て悪でユダヤ人は迫害される哀れな犠牲者」という単純な色分けはしていない。善と悪をすっぱり割り切れないキャラクターとして印象深いのが魔術師ザバティーニだ。彼こそがモシェの成長した姿だが、年をとっても若い女性に目がなく、気難しくてホームを追い出されるなど問題山積みの迷惑男として現在に現れる。かつ若い頃の彼も決して善行ばかり成してきたわけではない。しかし彼の大戦中の様子が描かれると、ヒロイズムから最も遠い所にいるような彼の見方が変わってくる。このキャラクターを思いついたことが本作成功の理由だろう。トリック (新潮クレスト・ブックス) [ エマヌエル・ベルクマン ]楽天ブックス
August 22, 2019
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みなさん、こんばんは。お盆休みも終わりですね。帰省ラッシュでしょうか。今日もグレアム・グリーン作品を紹介します。グレアム・グリーン全集〈22〉叔母との旅Travel With My Aunt早川書房実直に働いて銀行支店長まで上り詰め、退職したヘンリーは母の葬式で叔母オーガスタに会った。しばらく会っていなかったのは、母親がどうやらオーガスタを毛嫌いしていたかららしい。そんな事を知ってか知らずかオーガスタはヘンリーに告げる。「あんたはあのお父さんの子供ですからね。お母さんのじゃない。」 「母親が死んだら明かしてくれ/明かして欲しい」と頼まれたわけでもないのに出生の秘密をあっけらかんと話したオーガスタは、しゃっくりが止まらなくなったヘンリーを旅に誘う。ところがヘンリーが「ちょっとそこまで」だと思っていた旅は、とんでもない場所に繋がっていた。 オーガスタはヘンリーの「母」の妹なのだから、自ら宣言した通り二人は赤の他人である。だからヘンリーに付き合う義理はないが、断り切れず彼女についていく。自宅と職場の往復しかしていなかったヘンリーの世界は、パリからオリエント急行に乗って、スイス、イタリア、イスタンブール、ついには、南米アルゼンチンからパラグアイまで広がってゆく。オーガスタが出生の秘密を知ってくよくよ悩むであろう“甥”の今後を考えて誘ったのなら深謀遠慮の人なのだが、生憎彼女の真意はわからない。真意どころか、旅の途中で彼女が話すこれまでの人生も、一方的に語られるだけでどこまでが真実なのかもわからない。ワーズワスというふざけた名前のオーガスタの自称恋人といい、彼女の知合いと称する人達はどこか胡散臭げで、血縁関係の真実が明かされた以上、ヘンリーに付き合う義理はない。これまで石橋を叩いて渡るタイプだった彼が、一人の人間として、考え方も生き方も全く異なる“叔母“をどう受け止め、自身どう変わってゆくのかが見どころである。叔母との会話場面が圧倒的に多く、何度も舞台化されているのも納得。叔母との旅【電子書籍】[ グレアム・グリーン ]楽天Kobo電子書籍ストア
August 15, 2019
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みなさんこんばんは。お盆真っ只中ですね。帰省されていますか?こちらは天気が悪いです。今日からグレアム・グリーン作品を紹介します。ハバナの男OUR MAN IN HAVANA早川書房グレアム・グリーン本編の主人公ワーモルドは同じくグリーンの作品『ヒューマン・ファクター』の主人公モーリスと対極にあるキャラクターだ。危ない男と付き合っている娘を心配する電気屋に過ぎない彼は、ひょんな事から諜報活動を依頼される。隠れ蓑としてはうってつけだが、スパイとしての基本的な訓練も受けた事がない彼が、米ソが対峙する最前線キューバで一体何を見つけられるというのか?素人の彼はすぐさま馬脚を現すのではないか?物語は五部構成で合間にInterlude(幕間)としてロンドンの連中がワーモルドについて語る箇所があり、本編自体が劇のようだ。舞台の表と裏を両方楽しめるのは唯一の観客=読者だ。しかし見ているうちに、どちらが表でどちらがウラなのかわからなくなってくる。というのは“汚れ仕事はゲンバに任せてこちらは指示を出すだけ”だったはずのロンドン諜報部が、ワーモルドの出すいい加減な報告を鵜呑みにし、経費をすんなり受け入れて、やがて彼を優秀な諜報員だと認めるまでになっていくからだ。知性の持ち主が集まった諜報部が中南米国家を操ろうとしているが、その糸を引いているのはくたびれた電気屋ということになる。もし、実際の諜報活動がこんなあやふやな情報に基づいて行われていたとしたら? 「不定な未来におけるある時代を背景にしたお伽噺」とグリーンは述べているが、舞台はキューバ。本編の出版2か月後、バティスタ政権が倒れてフィデロ・カストロによる現在に至る容共民族主義政権が成立する。お伽噺の舞台としては、ややきな臭い。ワーモルドだけの軌跡を辿ればなるほど御伽噺だろうが、その余波はとんでもない所に飛び火する。これら総てをお伽噺と言い切るグリーンの、諜報活動に対するシニカルな視線がぐさぐさと突き刺さる。2009年に英国ガーディアン紙が発表した、「英ガーディアン紙が選ぶ必読小説1000冊」選出。ハバナの男 【電子書籍】[ グレアム・グリーン ]楽天Kobo電子書籍ストア
August 14, 2019
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みなさん、こんばんは。フランスの大統領は恋愛面が華やかですね。この人もそうでした。ミッテランの帽子Le chapeau de Mitterrandアントワーヌ・ローラン新潮社クレストブックス 「ルパン三世みたい」と一部で騒がれたニコラ・サルコジ大統領が歌手のカーラ・ブルー二と三度目の結婚をしたり、現大統領マクロンが学友の母親で家庭教師だった女性と結婚したりと、こと恋愛においてはフランスは自由の国アメリカを凌駕している。 このように、大統領が変わるたびに人物像が話題にはあがるものの、業績も含めて国内外で評価されているフランス大統領は、戦後のド・ゴールに続いてミッテランだ。ミッテラン元大統領が、女性問題について質問した記者に対し、「Et alors?(それがどうしたの?)」と答えたエピソードは有名で、日本では渡辺淳一氏が応えた言葉をズバリ使った「エ・アロール」を書いた。さすが恋愛王国フランス、女性関係で非難されたり、失脚することはないのか!と驚いたものだ。現在イギリスの離脱で揺れているEUと欧州統合通貨(ユーロ)創設を主導したのも彼である。ユーロ出現以前からヨーロッパを旅行した人ならば、ユーロの出現でどれほど楽になったか違いがわかろうというものだ。 本編では、ミッテランがレストランで忘れた帽子を4人の男女が手にする。帽子以前/以後とでは彼等の人生は激変する、それも良い方に。まるで意思を持っているかのように、帽子は彼等の元に留まることなく、次の持ち主の元へ行く。「今なお人気が高い大統領だから、所持品にも何かが宿るのか」と思いきや、あくまで帽子は、本来彼等が持っているものを、ほんの少し外に引き出すための、単なるきっかけでしかない所が面白い。変にファンタジーにしてしまうと、折角本編に登場する実在の人物達のリアリティも薄れてしまうからだろう。しかし、散々ミッテラン大統領の帽子に纏わるフィクションを読んできて、最後に極めつけのノンフィクションを見せつけられようとは!やはり帽子は何か持っている!ミッテランの帽子【電子書籍】[ アントワーヌ・ローラン ]楽天Kobo電子書籍ストア
July 10, 2019
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みなさん、こんばんは。夜はホームドア工事の音がしています。ディヴィッド・アーモンドの作品はファンタジー色が強いのですが、こちらはちょっと違った色合いです。火を喰う者たちThe Fire Eatersディヴィッド・アーモンド河出書房新社クライマックスでは或る男が死に、世界史上有名な出来事が起こる。これらは、偶然同じ時期に起こった。この作品をよくあるファンタジーにしたければ、その偶然を、それとなく必然だと匂わせればよい。でも著者は、はっきりと二つを結びつける手法を取らない。オープン・エンディングといって、ラストの解釈を読者に委ねる手法があるが、デヴィッド・アーモンドの作品はラストばかりでなく、かなり幅広い範囲で、解釈を読者の想像力に委ねている。アーモンドは『肩胛骨は翼のなごり』では、天使かもしれない生き物、『ヘヴンアイズ』では、両手に水かきのある女の子と老人、『秘密の心臓』では虎とサーカスの人々を登場させるが、彼等が現実的な存在であるのか、それとも特殊な能力を持つ非現実的存在なのかという事を、はっきりと言明しない。そして最新作に登場する火喰い男マクナルティーは、頬を刺せば血が流れる生身の体を持っている。かつての戦友であるロバートの父と思い出話は出来ないが、自分の望む日常生活を送っており、既存作品中最も非現実的要素が排除されたキャラクターだ。体を張って芸を見せる点でフェリーニ映画の『道』に登場するザンパノに、戦争経験を経て頭がおかしくなってしまったという設定で、マイケル・チミノの『ディア・ハンター』でクリストファー・ウォーケン演じる、ロシアン・ルーレットに取り憑かれたニックに似ている。しかしマクナルティは、ザンパノほど傲岸でもなければ、ニックほど脆くもない。もしここで、マクナルティーが非現実的存在であったらどうだろうか。読者は「一人の人間の犠牲によって、世界中の命が購われた。ああ、やはり、奇跡というのはあるのだ。」という感慨を抱くかもしれない。ところが大概の場合、「犠牲を払う一人の人間」というのは、選ばれた特殊な存在だと認識される。だから、感動はするものの、「ああ、やはり私や僕のような者には、奇跡は起こせないのだ。」と距離を置いてその行為を見つめる。それでいいのか。本当に、それでいいのか。一九六二年、実際に起こったキューバ危機を、第三次世界大戦にしなかったのは、天使がラッパを吹いたからか。神が民に合図を送ったからか。いや。入れ墨があったり、学校に行かなかったり、それぞれ立場は異なっていても、戦争なぞ起こして欲しくない人達が祈り、望み、行動を起こしたからではないのか。奇跡とは、選ばれし者だけが行える行為ではない。マクナルティーでも、あなたでも、国益を損ない云々と難しい理屈を連ねる事はできなくても、自分達の愛するものを護りたい、嫌なものは嫌だ。とてもシンプルだが、まっとうな事を願えば、そこに奇跡は起こるのだ。まずは身の回りの事から、そして自分を信じることから。始めてみないか。【中古】 火を喰う者たち /デイヴィッド・アーモンド(著者),金原瑞人(訳者) 【中古】afbブックオフオンライン楽天市場店
July 9, 2019
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みなさん、こんばんは、将来の年金に不安を抱かせるような発言をして総理が陳謝してましたね。旗色が悪そうだから同日選はやらないのかしら?さて、今日は海外のラブロマンスを紹介します。ちょっと訳にひっかかるんですよね。令嬢ヴェネシアVenetiaジョージェット ヘイヤー MIRA文庫美しきヴェネシアは偏屈な父のせいで社交界デビューしないまま25歳を迎え、田舎の屋敷を切り盛りしている。いずれ跡継ぎの弟が戦地から帰還して妻を娶れば、肩身の狭い思いをするだろう。だが、求婚者たちはうんざりするほど退屈で、結婚など考えられない。将来を案じながら散歩していたとき、見知らぬ男がふいに声をかけてきた。隣家の当主“不埒な男爵”に違いない。頽廃的な雰囲気は放蕩者という噂どおりだ。ほほえんで近づいてきた彼にどぎまぎしていると、突然唇を奪われた。 MIRA文庫といえば、なぜか「突然唇を奪われる」ヒロインがやたら登場し、ハーレクイン系列の作品が多い。そのため、このあと経験豊富な男爵が経験の浅いヒロインをいろいろと?あれこれと?調教?開発?教育?していくうちに、あれよあれよと純情ヒロインが「あらまそれは大胆な」という行為に及ぶ話かと思っていたら、ジェーン・オースティンの一連の作品群との共通点が多かった。 物語の舞台もオースティンと同じ摂政時代で、どんなに賢くて美人(今回やたら強調される)で気立てがよくても、財産は皆長男にかっさらわれ貰ってくれる婿がいなければ売れ残りと揶揄される、女性受難の時代である。男爵は38歳で現代感覚ならば「ナイスミドルで25歳でも全然守備範囲でしょう!」と思えるのだが、作中の登場人物によると「叔父さんすぎてヴェネシアには合わない」と言われてしまう。ちなみにヒーローの定石として、男爵はヒロインには優しく、うわべだけの体裁屋を見抜く賢さを持っている。「もうちょっとヒーローに積極的に出て欲しかった」と望む読者もいるくらい、明るいヒロインが好感度大。あと、一つの台詞のみ違和感が。この時代こんな言い方はしないはず。【中古】 令嬢ヴェネシア / ジョージェット ヘイヤー / ハーレクイン [文庫]【宅配便出荷】もったいない本舗 おまとめ店
June 12, 2019
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みなさん、こんばんは。アメリカの名門ハーバード大学に行ったネイティヴ・アメリカンがいたことを知っていますか?実在の人をモデルに描いた作品を紹介します。ケイレブ: ハーバードのネイティブ・アメリカンCaleb’s Crossingジェラルディン・ブルックス平凡社 表紙に描かれているのはタイトルロールのケイレブだ。しかし彼は単に立っているのではない。本を開いてみるとわかるが、もう一方の端には女性がいて、二人は見つめあっている。女性の名前はベサイア、意味は“エホバの僕”、本書の語り手でもある。ケイレブは実在だが彼女は架空の存在だ。 本作は全三章から成る。第一章は15歳、第二章は17歳、そして第三章は70歳のベサイアが語り手を務める。15歳の彼女は現在のマーサズ・ヴィ二ヤード島で、ケイレブと出会う。といっても、もともといたのはケイレブたちネイティヴ・アメリカンで、ベサイアの家族は後から島にやって来た。それなのに島民の中にはあからさまに彼等を嫌う者もおり、すきあらば彼等の土地を奪おうと画策する。ベサイアの父は彼等を敵視してはいないが、呪術に頼る風習を良しとせず、キリスト教信者にしようとする。父親は自分のやっている事を疑わない。相互理解ではなく、一方的な自分たちの文化・文明の押し付けだ。しかし父親にしてみれば、自分のやっている事は、宣教師としての使命であり、彼等を文明社会に連れ出すことが良いことだと思っている。当の文明社会では、ケイレブ達を一つ下に見る風潮があるというのに。 なぜケイレブ本人ではなく、架空の存在を語り手としたのか。女性を語り手にした方が、情緒的で表現力に富む内容になると見たか。あるいは、昔から知っている関係とすることで、ケイレブ自身が語ろうとしない心情を察する事ができる設定を不自然ではなくするためか。結果として私たちは、女性と先住民という、当時最も虐げられ顧みられない立場にいる者の人生を辿ることになる。ケイレブの大学生活での苦闘を追うのならば、正直ベサイアの恋バナなどは邪魔だが、物語がシリアスに傾きすぎるのを避けるためか。アメリカ人でもリタイアするような学問を身に着け、成績優秀だったネイティヴアメリカンの青年二人は、その後社会で活躍することなく早々にこの世を去る。彼等の後、次々とネイティヴアメリカンの学生が続いたわけではないので、作者が史実を見つけなければ、歴史の中に埋もれてしまっていた。頭の皮を剥いだり虐殺したり、映像作品で見るステレオタイプのネイティヴ・アメリカンは、アメリカ人が創り出した幻想であることがよくわかる。現在に生きる我々は、ベサイアのように社会からあれこれと制約を受けることはないのだから、様々な手段によって、幻想ではなく、実像を見るべきだ。 ケイレブ ハーバードのネイティブ・アメリカン / 原タイトル:CALEB’S CROSSING[本/雑誌] / ジェラルディン・ブルックス/著 柴田ひさ子/訳CD&DVD NEOWING
May 23, 2019
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みなさん、こんばんは。雇用機会均等法が出来てから随分経つのに、まだいろいろ差別が残っていますね。日本より封建的と言われる韓国でも事情は同じようです。ヒョンナムオッパへ:韓国フェミニズム小説集Dear Hyunnam82年生まれ、キム・ジヨン の大ヒットを受けて編まれた短編集。7編のうち前3編が現実の話で後4編はSF風。 韓国ドラマで女性が男性を「オッパ」と呼ぶのは恋人的意味合いもあると教えてもらった。韓国ドラマが日本に入ってきた時は、花がいっぱいに敷き詰められた場所でプロポーズされたり、出会って百日目に花束を贈られたりする韓国女性は、随分とロマンティックな恋愛を楽しんでいる!と中高年日本人女性がかなり羨んでいたのを覚えている。しかし、そういった男女のあり方は旧時代的でもある。日本女性が騒いでいた韓国ドラマも、実は昔ながらの男女の役割やら価値観をうまく浸透させるツールと考えると、思想教育みたいで恐ろしい。 表題作も「オッパ」という親しみやすい呼びかけから始まるが、最初と最後では口調が全然違っている。語り手一人で一方的に語り続ける作品を飽きさせないというのはなかなか難しいが、さすがチョ・ナムジュさん、変化をつけてちゃんと最後まで引っ張っている。7篇中最も笑えて、キム・ジヨンで「うわぁぁ」となった人も心が晴れるのでは。 「あなたの平和」は少し前「ショウコの微笑」評が新聞に載ったチェ・ウニョン作。弟の婚約者が家にやってきて迎える姉視点で、彼女が見ているのは主に母親。「自分が苦しんだ分新世代が楽になるように」と純繰りに思えたら良いのだけれど、往々にして「自分が苦労したのだから相手もそうして当たり前よ」という考えに流れやすい。他人ならば批判的に見て精神的にも物理的にも離れられる。しかし、自分もそのDNAを持っている肉親だともやもやした思いを抱えてしまう。さて、日本読者(あえて女性、とは限定しませんよ)のみなさん、あなたのお母さんはどちらのタイプでしょう? 「更年」はキム・イソル作。10年前は金槌で男の頭を割ってしまう女の作品を書いていたとか。今回は金槌は出てこないし頭割りもないのに頭が痛む。「更年」って何?という人も「期」を後ろにくっつければわかるのでは。息子が起こした問題で悩む母親視点で、彼女の視線の先にあるのは夫や息子。最も近くにいるのにモンスターのように家族の気持ちがわからない。分かり合えないイライラを解消できないままに、娘にある出来事が起こる。さて、この母親としては、娘といずれ分かり合えた方がいいのか。それとも自分みたいな思いはしない―つまり、今の気持ちはわかってもらわない方がいのか―。 他「すべてを元の位置へ」チェ・ジョンファ、「異邦人」ソン・ボミ、「ハルピュイアと祭りの夜」ク・ビョンモ、「火星の子」キム・ソンジュン収録。ヒョンナムオッパへ 韓国フェミニズム小説集 [ チョ・ナムジュ他 ]楽天ブックス
May 22, 2019
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みなさん、こんばんは。昨日は令和記念で花火大会が行われました。花火大会は浴衣と相場が決まっているのでしょうか。浴衣姿の女性も見かけました。でもちょっと寒そうです。離れ離れになった家族をオムニバス形式で綴った作品を紹介します。そして山々はこだました(上下)And the mountains echoedカーレド・ホッセイニ 早川書房 旅の途中、父サブ―ルが息子アブドゥラに話をする。 皆を助けるために、ある子どもを他所へやらなければならなくなる。両親ともにやるべき子供を選べず、くじびきで選ばれた子供は最も愛される子供だった。やがて子供を連れ去った相手に会いに行った父親は楽しそうな子供の姿を見せられ、子供を連れ帰るか、総てを忘れる薬を飲むか、選択を迫られる。 なぜこんな話をしたのか。物語の父親は語り手自身のことで、選ばれた子供は、今まさに旅で連れて行こうとしているもう一人の娘パリのことだった。その事が分かるのは聞き手だったアブドゥラ視点で語られる次の章だ。サブ―ルは既にパルワナという女性と再婚しており、アブドゥラは新しく生まれた義弟イドリスの方が、自分たちより愛されていると感じている。 次の章はアブドゥラから疎まれている継母パルワナ視点になる。時代は遡ってサブ―ルと結婚する前、彼女にはカブールの裕福なワーダティ家の運転手を務めるハンサムな兄ナビと、怪我で不随になった双子の姉マスーマがいた。そしてサブ―ルと先に恋仲だったのはマスーマだった。 次の章はアメリカに亡命したアブドゥラ家族と親しく付き合っている医師のイドリス視点。戦乱を逃れアメリカに住み結婚した彼は、久々に帰郷して壮絶な怪我を負った少女を医師として助けたいと考える。彼はいいかっこしいの従兄ティムールを偽善者と馬鹿にしていたが、やがてその問は自分に向けられる。 次の章は事情を知らず裕福な家の娘、有名詩人ニラの娘として育ったパリ視点と、有名な詩人となったニラのインタビューが挿入される珍しい形になっている。折々に思わせぶりな事を言うニラに翻弄されていたパリは、とうとう自分のルーツを見つける。 パルワナの罪の意識を知らないアブドゥラは彼女に距離を感じ、父親が物語で何を自分に伝えたかったかを知らない。また、ナビに起こった出来事を知らないイドリスは、みすぼらしい老人が一等地の屋敷を無料で開放している理由を知らず、アブドゥラが娘にパリと名付けた理由を知らない。ニラがなぜ荒れているのかを知っているが、パリには奔放で自分勝手な母親としか思えない。 一人の人が知っていること、知れることなどごくわずかだ。とりあえず、自分のやっている事が正しいと思って人生を送っているが、知らないからこそ幸せな事もある。しかしどこかで秘密がほころびると、あっという間に知りたくないことまでいっしょくたにやってくる。自分の発した言葉はいつか消えるように思っているが、それは間違いだ。なぜなら、亡くなる直前にナビが発した言葉が、年月を経て国を越えて―まるで木霊のように―パリに届き、彼女の運命を切り開くこともあるのだから。【中古】単行本(小説・エッセイ) そして山々はこだました 上 / K.ホッセイニ【中古】afb【中古】単行本(小説・エッセイ) そして山々はこだました 下 / K.ホッセイニ【中古】afbネットショップ駿河屋 楽天市場店
May 20, 2019
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みなさん、こんばんは。かつてない大型連休、楽しまれましたか?今日は江青女史をヒロインに迎えた小説を紹介します。マダム毛沢東 江青という生き方Becoming Madam Maoアンチー・ミン集英社でこそ爆買いだの世界二位の経済大国だのと言われているが、ひと昔前の中国は、一言でいえば野暮ったかった。服装から、旅行者はすぐにわかった。けたたましい自転車通勤が、北京の朝の通勤風景だった。「毛沢東の死のニュースがテレビで流れて、それが子供心にとても怖かった」という人もいた。片言で覚えた「センエン、センエン!」を子供達が必死で日本人観光客に呼びかけていた。そして、日本にとって中国は負けた相手だが、どこか一つ下に見ているような所があった。 戦勝国でありながら、かくのごとく貧しかった中国で、才覚ひとつでのし上がろうとした女性がいた。実は彼女には三つの名前がある。雲鶴として 一九一九~一九三三藍蘋として 一九三四~一九三七そして江青として 一九三八~一九九一最後の名前が最もよく知られている。雲鶴は祖父がつけてくれ、藍蘋は女優となった時に自分がつけた。 この物語には一つの特徴がある。語り手が一人称と三人称の混在なのだ。アマチュア作家がやれば「読者を混乱させかねないからやり直し」と言われる手法を敢えて使ったのは、三つの名前を持つ女性の、ほとばしらんばかりの情熱を表現したかったからだ。 「彼女」「雲鶴」「藍蘋」として語られる彼女は、隙さえあれば「私は」「私が」と言い出し、いかに自分が虐げられてきたかを訴える。彼女は降りかかる苦難も無理な要求も唯々諾々と受け入れるようなおとなしやかな女性ではない。母親からの纏足を涙で退けた所から、「嫌な事は嫌」を通し、国家のトップに上り詰めた。とはいっても、則天武后の時代から「雌鶏が鳴いて国滅ぶ」と言われてきた中国で、女性単独トップは歓迎されない。そこで国の最高権力者になった夫を巧みに利用した。晩年の表情からは想像もつかないだろうが、その方法には色仕掛けも含まれる。 彼女は“ほどほど”ができなかった。幾度相手を排除し虐げても、最初に受けた纏足の痛みが、消えなかったのかもしれない。同じ痛みを背負った人に共感を寄せるよりも、最大限自分の持てる権力を使い切って人を痛めつけ、その間自分の痛みを忘れようとした。更に、過去を消したい彼女は、ひたすら前だけを見た。そのため、彼女の背後を見ている、最も注意すべき人物を振り向くことさえ忘れてしまった。 作者は江青の抜擢で制作映画の主演を務めることになっていた、ばりばりの紅衛兵だ。そのため、彼女に同情気味ではあるが、礼賛一辺倒の描写ではない。パワフルに駆け抜けた彼女の生涯を、文が追いつこうとしているかのようだった。『中古』マダム毛沢東 江青という生き方KSC
May 6, 2019
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みなさん、こんばんは。桜田五輪相が辞任するとか。まあいろいろやらかしちゃいましたからね。さて、今日は短編集を紹介します。タイトルはひっかけたわけじゃないですよ。私たちがやったことAnnie Oakley’s Girl レベッカ・ブラウン/著 柴田元幸/「自分にないものを求めるのが愛」とは、よく言われるし、実際頷けるところもある。「どうして私と同じように感じないの?」ではなく、「ああ、そういう考え方もあるんだな。」と相手を受け入れていくことで、豊かな人生を歩むっていい。しかし、自分にもともとあるものをわざわざ傷つけて、相手にまるっきり頼るなんて、絶対しない。 ところが、この短編集のタイトルである『私たちがやったこと』の「私」と「あなた」は、実行した。「私」は耳を聞こえなくして、「あなた」は目を見えなくする。それが愛だと信じて。さて皆さんは、それが愛だと思いますか? 『結婚の悦び』は『私たちが~』より、ある意味タチが悪い。『私たちが~』の場合は、最初にびっくりする設定が出てくるので、ある程度覚悟を持って読んでいける。でも、『結婚の~』は幸せな新婚旅行を過ごしている二人の現実が、徐々にわかってくるから怖い。「至高の愛」「究極の愛」なんて言えば聞こえはいいけど、平凡で穏やかな愛がいちばん。そういう愛も出てくるから、短編集としてはバランスが取れているのだろう。【新品】【本】私たちがやったこと レベッカ・ブラウン/著 柴田元幸/訳ドラマ楽天市場店
April 11, 2019
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みなさん、こんばんは。忖度発言をした副大臣があっけなく辞任しましたね。今日と明日はイギリスの作家イーヴリン・ウォー関連の書籍を紹介します。愛されたものTHE LOVED ONEイーヴリン・ウォー岩波文庫 中村健二/訳 出淵博/訳 イギリス人のサー・フランシスはハリウッドで唯一の勲爵士。映画会社の主任シナリオライターだったが今では宣伝部に左遷され、彼がスペイン娘として売り出そうとしていた娘が、社の方針でアイルランドの田舎娘に変えるよう圧力を受けて、もめている。 かつてイギリスから独立したにもかかわらず、いつの間にか人も金もイギリスを越えてしまったアメリカが、たった一つ持っていなかったのは伝統ある歴史と文化だ。それらを持っているヨーロッパに憧れたアメリカの新興成金達は、持っていた金でヨーロッパの文化遺産を買いあさり、不毛の荒野を文明の地に生まれ変わらせようとした。買われたのは物だけではない。イギリスの人々も望まれてアメリカにやって来た。ところが、いつまでも有難がってくれるわけはない。賞味期限が過ぎれば飽きられ、捨てられる。イギリス人は、イギリスの威光を必要としなくてもやっていけるようになったアメリカから、今や駆逐されようとしている。 捨てられた者達がやって来るのは墓地だ。ここにはイギリス人詩人のデニスがいる。とはいっても死者のために詩を読むのではなく、ペット専門墓地で、ペットのためにしゃれた文句を考えており、アメリカの映画会社に雇われたイギリス人から「仕事の中にはイギリス人なら絶対にやらないというのがあるが、きみの仕事は間違いなくその一つ」「イギリスの恥だから帰国しろ」とまで言われてしまう。 そんな時デニスは、ペット墓地の隣にある人間用墓地『囁きの森』霊園で遺体化粧師をしているアメリカ人女性エイミーに恋をする。一方霊園の修復師ジョイボイもエイミーに恋している。二人の男性が他人の詩の文句を使ってエイミーを口説くデニスも母親べったりのジョイボイもどちらもパーフェクトではない。二人の男性がアメリカとイギリスを象徴していると考えるとウォーの両国観が透けて見える。愛されたものは愛するものの心を知らず、愛するものは愛される要素を持たず、それでも表面上はいい関係を保ちつつ、たまに綻びが生じては墓場に葬られる。何ともブラックなイーヴリン・ウォーのトラジコメディ(tragicomedy)。 2009年に英国ガーディアン紙が発表した、「英ガーディアン紙が選ぶ必読小説1000冊」選出。愛されたもの / 原タイトル:THE LOVED ONE (岩波文庫) (文庫) / イーヴリン・ウォー/作 中村健二/訳 出淵博/訳CD&DVD NEOWING
April 7, 2019
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みなさん、こんばんは。イベントを紹介する時、やたら平成最後の~がつくようになりましたね。確かに、あと一か月で平成が終わります。今日はボートピープルだった著者が描いたまるで詩のような作品を紹介します。小川Tuiキム・チュイ彩流社私たちの身近に流れる川は、あくまで国内だ。川を渡れば同じ日本。変わり映えしない。しかし、そうでない国もある。川は希望に満ちた向こう側への道でもあり、生死を分ける残酷な門でもある。国境を越えるために大河を渡る人達にとっては。本編の主人公にとっては、川はそんな存在だった。 川の水は、ある国を流れて別の国にいっても、最終的には海へ注ぎこみ、どこの川とも見分けがつかなくなる。人間はそうはいかない。書類上で国籍を変えることもなかなか難しいが、変えたところで容貌や言葉から、簡単に自分自身をどこかに所属させることはできない。何より、どこかに所属していないと生きることすら難しいのが厄介だ。主人公もまた川を越えて、国の所属をあちらからこちらへ変えた。 変わってゆく過程を編年体で書くと、変化に伴う心理の変化などが見た目にもわかりやすかったはずだ。だが敢えて著者はその手法を取らず、川の水のようにわかりづらい構造を取った。人なんてそんなに簡単にわかるものではないし、定席通りに人の気持ちなんて変わるものではないですよ、というコーションか。だから読者はあちこちの支流をたどりながら、本流はどこかを探る。読み終わり湧き上がってきた何らかの感情が、果たして著者の意図したものなのか、どこかに不安を抱きながら。いや、確かなものを探ることすら、本当は空しいのかもしれない。川は常に動き、一定ではないから。小川 [ キム・チュイ ]楽天ブックス
March 19, 2019
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みなさん、こんばんは。ナチスドイツに、死の天使と呼ばれた医師がいたことを知っていますか?本編は彼と関わった姉妹の物語です。フィクションですが、双子好きだった彼のこと、きっとこんな姉妹と出会っていたかもしれません。パールとスターシャ (海外文学セレクション)Mischlingアフィニティ・コナー 東京創元社ヨーゼフ・メンゲレ、別名死の天使。ヒトラーの側近中の側近で、『マラソンマン』のゼルのモデル、『ブラジルから来た少年』『顔のないヒトラーたち』などナチスドイツ時代の悪役として映画にもよく登場する。ユダヤ人を相手に残酷な実験を繰り返したメンゲレは、ナチスドイツ残党のお定まりのルート、南米へ逃げ心臓発作を起こして溺死した。 物語は、祖父と母と共に収容所にやってきたパールとスターシャが、双子を探しているメンゲレに見初められる場面から始まる。見初められたというより、彼が双子を欲しがっているのは周知の事実だったので、母親が猛烈にアピールしたのだ。Mischling(原題)=混血児の双子に、案の定彼は夢中になる。母は必死で娘達を生かすチャンスに賭けた。一方で娘達も、実験に参加することで祖父や母親がいい暮らしをできると信じた。そして、もちろんお互いのことも思っていた。パールは自分より生命力の強い妹スターシャを生かそうとし、スターシャは、自分に撃たれた不死の注射を姉パールにも打ってもらおうとする。史実を知る我々ならわかるように、メンゲレの注射は不死の薬ではない。もっと恐ろしいものだ。マッド・サイエンティストがSFの中だけにいると思ったら大間違い。人間が同じ人間に対してここまで残酷になれるのかと思うが、作品中で彼の内面吐露が一切ない。ブラックボックスだからこそ恐ろしい。 本作では、ずっと相手の事を想いながら生きる側と、ずっと自分の欲望を満たすことだけ考えながら生きる側との対比が描かれる。前者が双子、後者がメンゲレ。最初に書いた通り、史実は-運命は―メンゲレを復讐の刃から守った。ならば双子は負けたのか。さあ、そう決めつけてはどうだろう。彼女の最後の台詞を読んで、読者それぞれが考えて欲しい。パールとスターシャ (海外文学セレクション) [ アフィニティ・コナー ]楽天ブックス
March 9, 2019
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みなさん、こんばんは。カルロス・ゴーン氏とうとう保釈されましたね。さて、今日はジェーン・オースティン作品紹介の最後です。ノーサンガー・アベイNorthernger Abbeyジェーン・オースティンキネマ旬報社 ジェーン・オースティン作品のヒロインといえば、ちょっと癖はあるものの善良さを持ったヒロインが、財産がないがために馬鹿にされ、しかし金持ちの男性に見初められてハッピーエンドを迎えると決まっている。それなのに、本作の主人公キャサリンは、最初から作者本人にディスられている。「キャサリン・モーランドを子供時代に見かけたことのある人なら、誰も彼女がヒロインになるために生まれた人だなどとは思わなかっただろう。」「キャサリンはかなり大きくなるまで、特別器量が悪かった。彼女は痩せてみっともない姿をしており、皮膚は黄色くて血色が悪く、髪は黒く真っすぐで、目鼻立ちはごつごつしていた。容姿についてはこんなところである―それに心のほうも同様に物語のヒロインには不向きだった。」 何と!ヒロインにさせてもらえないのだ。ならばそんな人、主人公に選ばなきゃいいじゃん!「だが、若いお嬢さんがヒロインになるときには、たとえ、まわりで四十もの家族が意地悪をしたところで、それを止めることはできない。必ず何かが起こって、彼女の行く手にはヒーローが現れるに違いない。また事実そうなるものである。」 なんだ、やっぱりヒロインになるらしい。やれやれ。さて、ヒロインになったところでやっと出会いが訪れる。裕福な地主アレン夫妻に誘われて、今でも人気の温泉保養地バースにやってきたキャサリンは、新興ブルジョアのソープ一家のジョンとイザベラ兄妹、彼等から病的に嫌われるティルニー家のヘンリーとエレノア兄妹と出会う。キャサリンは皮肉な物言いをするヘンリーが気になる。しかし、イザベラの兄ジョンから熱烈アプローチを受け、過ぎた思い込みが無意識に確信と化しているイザベラから、二人は婚約したものだと誤解され祝福を受ける。一方、イザベラはキャサリンの兄ジェイムズとあっという間に婚約。さあ、ここで第一部が終わる。が、これでハッピーエンドになるはずがない(酷い)。 後半はグロースターシャーの裕福な地主の家ノーサンガー・アベイに、キャサリンが招待される。なぜかというと、アベイを所有していたのはヘンリー達の父ティルニー将軍だったからだ。怪奇小説ファンのキャサリンは、お化けの森を怖がるアン・シャーリーの如く古いアベイであれこれと想像を巡らせるが、もう一人想像をあれこれと巡らせていた大人によって、酷い目に遭わされてしまう。ヒーロー、ヒロインが毅然とした態度を取らないうちに何となく大団円に向かうので、他作品に比べるとあまり人気はない。【中古】 ノーサンガー・アベイ /ジェーン・オースティン(著者),中尾真理(訳者) 【中古】afbブックオフオンライン楽天市場店
March 7, 2019
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みなさん、こんばんは。そろそろ株主総会のシーズンです。日清食品は朝ドラ効果もあって売り上げがあがっているとか。素晴らしい。さて、今日もジェーン・オースティン作品を紹介します。マンスフィールド・パークMansfield Parkジェーン・オースティンちくま文庫 ジェイン・オースティンと言えば、性格と結婚相手の異なる三姉妹がつきものだ。というわけで、まず次女のマライア。准男爵サー・トーマス・バートラムと結婚し、息子二人と娘二人に恵まれる。地位と金を持つ理想の相手と結婚した玉の輿。その煽りを食らったのか、長女ミス・ウォードは貧しい牧師の妻となり、以後ノリス夫人と呼ばれる。世間様に尊敬される職業ではあるが、貧しく姪二人を甘やかし気味。そして極めつけの「三女のフランシスは、いわゆる「一家の恥」となるような結婚をした。教育も財産もなく、ろくな親戚もいないプライス海軍中尉と結婚し、みごとに家族の期待にそむいたのである。これ以上の不幸な選択はないだろう。」えらい書かれようだ。『説得』でヒロインが海軍相手の結婚を散々反対されていた理由はこの世間一般の見方というやつか。 貧乏人の子沢山を地で行くフランシスが裕福な次女にすがると、ノリス夫人が「口は出すが金は出さず、かつ自分の功績を必要以上にアピール」して、フランシスの長女ファニーを引き取らせる。ここでヒロイン登場。虚弱体質なファニーは、ノリス夫人がひっきりなしに「あなたは男爵家の子供達とは違うし、今の境遇を感謝しなければならない」というものだから、『説得』のアン同様、いや、更に輪をかけた控えめな性格に育つ。 環境のせいで、いざ恋愛となっても自分を前に出せないファニーに比べて、他の登場人物達は皆自己チュー。そんなに相手に不満を持っているなら、よっぽど別の人を探した方がいいのに、あくまで人は変えず、相手が自分好みに変わってくれることばかり期待している。 例えば、ファニーを次第に恋するようになったヘンリー「彼女がやさしい顔でぼくを見てくれて、頬を赤く染めるだけではなくて、ほほえみも見せてくれて、どこにいても、ぼくのために隣の席を取っておいてくれて、ぼくがそこに座って彼女に話しかけたら、うれしそうな顔をしてほしい。そして、ぼくと同じ考え方をしてくれて、ぼくの持ち物や好きなことに興味を持ってくれて、そして、ぼくにもっとマンスフィールドにいて欲しいと言ってくれて、ぼくがマンスフィールドを去るときは、「私は、もう二度と幸せにはなれないわ」と言ってほしい。まあ、それ以上のことは望まないよ」いや、十分望んどるわ!というか、そんな事を全部したら、その人既にファニーじゃないし。ただ、ファニーが常に優等生タイプなのかと言えば、さにあらず。例えば、ヘンリーがファニーに熱烈アプローチを掛けた時のファニーの拒絶っぷりがはんぱない。「そんな話は聞きたくありません。聞くことに耐えられませんし、聞いてはいけないのです。お願いです。もう私のことなど考えないでください。いいえ、あなたは私のことなど考えているはずがありません。私にはわかっています。これはみんな冗談なのです。」いや、例え性格多少難ありでも、当て馬だと読者がわかっていても、真剣に手順を踏んでプロポーズしてくれる人に対して、ひどくない? ヒロイン推しのあまり、「美人だけど頭カラッポ」「享楽的な生活を楽しむ金持ちのボンボン」への突き上げが凄い。物語を面白くするために書いているというよりは、作家オースティンのアンチ摂政時代色が、やや色濃く打ち出されすぎなのでは。2009年に英国ガーディアン紙が発表した、「英ガーディアン紙が選ぶ必読小説1000冊」選出。マンスフィールド・パーク (ちくま文庫) [ ジェーン・オースティン ]楽天ブックス
March 6, 2019
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みなさん、こんばんは。気づいたらひな祭りが終わっていました。今日から3日間はジェーン・オースティンを紹介します。説得Persuationジェイン・オースティンちくま文庫中野康司訳准男爵の次女アン・エリオットは二十七歳。家柄にしがみついている所とプライドの高さが父親そっくりな長女エリザベス、さっさと結婚した三女メアリーに比べて、独身で影の薄い存在だが、本当は最も理性的で賢く優しい。その事は少数の人しか知らない。をを、まさに王道ヒロイン!そんな彼女の唯一の悩みは八年前海軍軍人のウェントワースとの結婚をあきらめたことだ。そんな時、財政難で家を明け渡すことになった相手の弟が、何とウェントワース大佐だった! まー、何なんでしょ。この降ってわいたような偶然は。そして「周囲に大佐との事を言ってないから気まずいわ」と思いつつも、なぜか彼と頻繁に会うシチュエーションも、まさにドラマ向け。 ヒロインを横に置いておくと、良識のあるキャラクターは、母の友人のラッセル夫人くらい。「誰にたいしてもとても親切で、たいへん思いやりのある善良そのものの人であり、愛情豊かですこぶる品行方正で、何よりも礼儀作法を重んじ、その上品な立ち居振る舞いはまさしく育ちの良さの見本のようだった。そしてたいへん教養もあり、その言動はいつも理性的で首尾一貫していた」ほら、百点満点でしょ?ところが!そんな彼女の唯一の欠点が「立派な家柄にはめっぽう弱かった」ことだ。そして彼女のたった一つの欠点が、8年前アンの結婚を止める説得材料になった。うーん、よくできてるなぁ、このドラマ(しみじみ)。超自己チューの周囲に振り回されて、大人しいヒロインが一方的に苦労させられる話なのかな…と思っていたら、アンにもプライドはあるようです。アンは妹メアリーの嫁ぎ先のマスグローヴ家の二人の娘ヘンリエッタやルイーザを羨ましいと思っていますが「だが人間というのは、誰でも何かしら優越感を持っていて、そう簡単に人と入れ替わりたいとは思わないものだ。アンの場合も、自分の洗練された教養豊かな知性を、ヘンリエッタやルイーザの幸せと取り替えたいとは思わなかった。」ふーん。ふぅーーーーーーん。なかなか言いますねぇ。ヘンリエッタやルイーザは若くてきゃぴきゃぴしてるけど、知性が足りないなと思ってるわけですね、表向き調子を合わせながら。なかなかクールな賢い観察者ですな。他にも、自分に気があるのかな~と思っていた相手が、ちょっと離れていた隙に他の人と婚約までこぎつけたのを知ると「要するにベニック大佐という人は、ある程度感じのいい若い女性に自分の話を聞いてもらって、同情の気持ちを示されたら、どの女性に対しても恋心を抱いたのだろう」を、を、それって負け惜しみ?嫉妬入ってる?みたいな感想を抱きます。 作者のジェーン・オースティンが人間観察に長けてるんでしょう。これまでグレアム・グリーンもサマセット・モームも「えっらく女性に対して辛らつだなー」と思っていたが、こと同性に対するオースティンの辛辣さときたら二人を軽く超えてくる。北斗の拳のケンシロウの秘孔を突いてくる如く、女性のイタイ所を余すところなくさらけ出す描写ががんがん来てます。 まあ、パーフェクトな登場人物はいないわけです。主役格も脇役もどこかに欠点を持っている。それが自分には見えていないから「私はあの人達とは違う」「私はああはならない」と他山の石モードで見ているが、実はどこかで自分も誰かの他山の石にされている。ああ、いつの世も変わらぬ者、その名は人間。2009年に英国ガーディアン紙が発表した、「英ガーディアン紙が選ぶ必読小説1000冊」選出。『説き伏せられて』なんてハーレクインロマンスみたいなタイトルのついている版もあります。【店内全品5倍】説得/ジェイン・オースティン/中野康司【3000円以上送料無料】bookfan 1号店 楽天市場店
March 5, 2019
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みなさん、こんばんは。今日も韓国特集です。いよいよ米朝会談ですね。フィフティ・ピープル (となりの国のものがたり)チョン・セラン亜紀書房ここ数年、ソウルに行くと、光化門広場で黄色いテントを見かけた。セウォル号事故への抗議署名を募っているのか、それとも追悼文の寄せ書きか。人通りが多いので、数を集めるには効果的な場所だ。 事故現場がマスメディアにより広く報道された事件といえば、日本では日本航空123便墜落事故がある。しかしセウォル号事故はそれとは違う。なぜならば座礁が起った時、まだ生存者はいた。外国からの支援なり何なりで助けられるかもしれない命が消えていくのを、韓国国民は視聴者として見ていた。生から死へ向かう人々―まかり間違えば自分だったかもしれない人たち―の傍観者になってしまった国民は、加害者側を責め切れないもやもやした想いを抱き続けるようになったのではないか。期せずして、自分が何もしなかった人、できなかった人になったことで。 連載された本作は、毎回主体が入れ替わる。看護師、インターン、患者、その家族など、大学病院周辺というテリトリーは限られているため、皆どこかですれ違っているが、全員が一堂に会することはない-ある時まで。年齢、性別、家庭環境もばらばらなので、悩みも多岐にわたる。そのため読者は、彼等のなかにかつての自分、今の自分を容易く見つけられる。その共感性に乗っかって、著者は最終章「そして みんなが」を差し出した。シチュエーションは異なるが、この章で起こる事件は、セウォル号を強く意識させる。 サブタイトルが示すように、セウォル号事件は隣の国の事件だ。日本ならば絶対に、そうはならない。日本国民は必ず守られるし、守られてきた。おや、本当に、そうだろうか。私たちは、あの地震の時、本当に大切にされてきただろうか。 過去を責めたいのではない。「いちばん軽蔑すべきものも人間、いちばん愛すべきものも人間、その乖離の中で生きていく」登場人物のひとりが噛みしめる言葉は、日々私たちが感じていることでもある。そして「すべての人物が自分の声をもつ平等さ」と「誰の声も剥奪されない」社会は、日本でも望まれるところだ。ならばこの物語は、となりの国「だけ」の物語ではない。わたしの、そしてあなたの、わたしたちの国の物語でもある。フィフティ・ピープル (となりの国のものがたり) [ チョン・セラン ]楽天ブックス
February 27, 2019
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みなさん、こんばんは。何かとぎくしゃくしている日韓関係ですが今日から一週間韓国特集でお送りしたいと思います。まず、今話題になっている小説から。82年生まれ、キム・ジヨンKim Jiyoung Born in 1982チョ・ナムジュ筑摩書房表紙のヒロインの顔は空洞で、原書版のヒロインも後ろを向いて顔を見せない。ヒロインを特定する気がないということだ。私でもあり、あなたでもあり、まだこの本の存在を知らない誰か、誰でもこのヒロインになりうる。 サラリーマンの妻であり、娘の母である35歳のキム・ジヨンは、ある日不思議な言動を取る。家では夫の元恋人になり、婚家では自分の母となって、本音をさらけ出してしまう。本書は彼女を診断する医師が生い立ちから今までを書きとったカルテという体裁を取る。 物語はジヨンの母にまで遡る。兄弟は当たり前のように学校に行かせてもらえるのに、才覚のある母は能力を伸ばす機会すら与えられない。娘を生んでは家族に謝り続ける。娘のジヨンは母親より恵まれており、高等教育を受け、自立するための手段―就職―も獲得する。しかし会社では期待されず、頑張り続ける女性上司もまた理想のロールモデルにはならない。 儒教の男尊女卑の考えから、族譜には最初から女性の名前が載らない事は知っていた。韓国では、今も男子の方が尊ばれるのかと疑っていたら、同年代の女性は、男児が生まれた後、子供を作るのをやめていた。それでも彼女は日本に来ているので、韓国ほどの締め付けはなく娘をのびのび育てているほうだ。 だが、日本がそれほど男女平等についてススんでいる国だろうか。総てが当てはまらなくとも、ジヨンの不愉快な体験や「押し付けられる世間の当たり前」の一つや二つは、身に覚えがあるはずだ。雇用機会均等法が出来て随分経ち、男女共同参画課などというものが市役所に出来ている。「少子高齢化による労働者不足」「非正規雇用の増加で納付される税金や保険の減少」でどうしても女性に働いてもらわなければならない状況下にあるにもかかわらず、本音は隠して「女性が輝ける社会実現」を目指すので是非働いてください、とアピールされる。保育園問題は相変わらず解決しておらず、大学受験では不当に権利を奪っておいて。 本書には「いわゆる救いが見られないので読みづらい」という意見もある。物語はフィクションなので、曇り空のどこかにぽっかり穴を開けて欲しいと思う気持ちもわかる。しかし救いは、はらはらと空から降っては来ない。「あれが欲しい」「これが欲しい」と手を挙げ、声を挙げて、勝ち取ってゆくものだ。82年生まれの女性が悩んだことを、世紀を越え、年号が変わってもなお、女性たちが悩み続けることは、もう終わりにしなければならない。82年生まれ、キム・ジヨン (単行本) [ チョ・ナムジュ ]楽天ブックス
February 26, 2019
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みなさん、こんばんは。会社はもう休みになりましたよね?電車もすいています。今日と明日はアイルランドの作家 フラン・オブライエンの作品を紹介します。スウィム・トゥー・バーズにて (白水Uブックス)At Swim-Two-Birds フラン・オブライエン大学生のぼくが「一つの作品に発端が一つ、そして、結末が一つというのは承服いたしかねるところである。優れた作品に三通りの発端があってもおかしくはあるまい。共通点皆無の三通りであって、その相関関係は作者のみが洞察しうる。ついでのことに百通りの結末があってもよかろう」などと、大作家のような事を考え付く(一度も書いたことないのに!)。そして三つの冒頭の部分を書き始めると、同じ部屋にいて食事をしている叔父から「お前、勉強もしないで何やってんだよ!」と罵声が飛ぶ。何だかつづけてちゃぶ台ひっくり返したり、茶碗が飛んできそうだ。 昭和のドラマみたいな始まり方をした本作は、ドラマみたいな終わり方はしない。三つの始まりの主人公は1.作家ダーモット・トレリス2.犯罪者ジョン・ファリスキー3.アイルランドの英雄フィン・マックール執筆中の小説の主人公トレリスは、二十年も部屋にこもりきりの作家であり、トレリスは自分が創造した作中人物を同じホテルに同居させ、監視下においている。トレリスが書いている小説のなかにファリスキーが出てくるなど、この作品はいくつもの入れ子構造となっている。「小説は密室における個人のひそやかな楽しみの具である。節度に欠ける作者の手にかかるとき、小説は独裁専制的なものになりうる。作中人物たちは別個の作品間において交換可能たるべきである。既存の全作品体系は一種の煉獄と看做さるべきであって、慧眼の作家はその領域から必要な人物を選び出すことを得るし、そこに適当な傀儡を見出しえぬ場合にのみ新たな創出をはかるのである。」作中に小説論が登場するが、ヒエラルキーのトップにいる作家はまさにこのポリシーで書いている。しかし作家の特権を生かしてやりたい放題―まさに生かすも殺すも彼次第―するので、登場人物達は自分の意志をもち、作者の支配を脱して動き出し、物語は錯綜をきわめていく。その暴れっぷりときたら、作家がよくコメントする「登場人物達が自分の意思を持って動き出した」なんてレベルではない。「申し分なき小説は、紛うかたなき紛い物でなければならず、読者は随意にほどほどの信頼をそれに寄せればよい」とトレリスに言わせている通り、本作の目的は「どこまで虚構を究められるか」にある。 ところで作品中の作者は、他の小説から登場人物を借りてくるなど、クロスオーバー的な事もやっている。つまり、一つの小説が他の小説に影響を与えているわけだ。さて現実の世界のオブライエンはといえば、本作がさっぱり当たらず、次作の『第三の警官』が出版拒否されてしまった。つまり、現実の世界でも「一つの小説が他の小説に影響を与え」ているわけで、事実が虚構を越えたのか、それとも虚構が事実を生み出したのか。2009年に英国ガーディアン紙が発表した、「英ガーディアン紙が選ぶ必読小説1000冊」選出。スウィム・トゥー・バーズにて (白水Uブックス) [ フラン・オブライエン ]楽天ブックス
December 30, 2018
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みなさん、こんばんは。ニコラス・ローグ監督が亡くなりましたね。そしてベルトリッチ監督も。どちらも20世紀を代表する映画監督でした。今日も皇后陛下お気に入りの作家の作品を紹介します。サンキュー、ジーヴス ウッドハウス・コレクションThank You JeevesP・G・ウッドハウス国書刊行会独身貴族バーティ=ウースターの、最近のマイブ-ムはバンジョレレ(よく知らないが、バンジョーとウクレレの中間のような楽器らしい)。バーティは至極ご満悦だが、アパートの住人からは騒音だと迷惑がられ、何とジーヴスに辞表を提出される羽目に。旧友のチャッフィーと偶然出会ったバーティは、新しい執事を雇い彼の領地にあるコテージで過ごす事に。これで一件落着と思いきや、やっぱりトラブルの連続で…。チャッフィーから、彼が惚れているポーリーンとの結婚成就に力を貸して欲しいと頼まれるバーティ。ポーリーンの父親はアメリカの大富豪で、領主とはいえ、決して裕福とは言えないチャッフィーとの結婚を認めてくれそうになかったのだ。そこへバーティといろんな所で因縁の出会いをしているサー・ロデリック・グロソップが登場して、益々事態はややこしくなる。おまけにポーリーンの突拍子もない行動で、バーティとチャッフィーの友情に亀裂が。そして偶然、別の雇い主に連れられてジーヴスも登場…と、お馴染みのメンバーが揃い、雪崩現象のようにトラブルが発生するいつものパターン。決して頭が悪いわけではないのだが、どこか箍が外れた高等遊民達の意外な行動は、傍観者としては誠に面白い。ところが彼等の割を食ってどんどんドツボに嵌ってゆくバーティにしてみれば、たまったものではないだろう。それでもやっぱり友情のために一肌脱ぐ彼は、オバカとはいえイイ奴だ!但し一つ文句を言わせてもらいたい。今までネクタイの好みやら少女のいる暮らしやら、思いつく限りのプランを悉くジーヴスに巧妙に潰されてきたのに、今回もまたバンジョレレにこだわるとは、つくづく学習能力のないお方だこと。脳天気お貴族様&怜悧な執事シリーズ第六弾。サンキュー、ジーヴス (ウッドハウス・コレクション) [ ペラム・グレンヴィル・ウッドハウス ]楽天ブックス
November 29, 2018
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みなさん、こんばんは。皇后陛下が退位後に読みたい本として名を挙げたために一躍注目されている作家の作品を紹介します。面白いですよ!マリナー氏の冒険譚 (P・G・ウッドハウス選集 3)The Exploits of the MullinersP.G.ウッドハウス【著】岩永正勝,小山太一【編訳】酷暑刊行会呑気な貴族バーティと、頭脳明晰な執事ジーヴスを描く『ジーヴズの事件簿』1巻、次々と起こる事件に頭を悩ませるエムズワース卿を描く『エムズワース郷の受難録』2巻に続き、登場したのはミスター・マリナー。「釣遊亭(アングラーズ・レスト)」のバー・パーラーに夜毎現れ、皆の話が盛り上がった所で、「ひとつ〜の話を聞かせましょう」と切り出す。但し、タイトルには『冒険譚』と銘うっているが、何もこれ、「マリナー氏が世界各国で冒険を繰り広げた」「歴史的事件の背後にはマリナー氏あり」なんてしろものではない。マリナー氏はあくまで語り手で、主人公は彼の弟や姪っこ達である。それもどこまで本当だかわからない、という所からとってもアヤシイ。だって、知人、親類にこれだけ変人が揃っている人なんているだろうか?その豪華な顔ぶれを紹介してみると、ざっとこうである。ジーヴズシリーズにも登場した、「最初は不思議な魅力で男性を虜にするが、最後に酷い目にあわせて『もう二度と会いたくない!』と思わせる」ロバータ・ウィッカム、発明した強壮剤の誤飲によって、自身の出世ばかりか友人の結婚話まで解決するウィルフレッド、いいとこのボンボンなのに、メンドリの物まねくらいしか取り柄のないアーチボルド、そして飛ぶ鳥落とす勢いのハリウッド・タイクーンの典型なのに、作者の恨みを受けてか、酷い目にあってばかりいるスタジオの最高責任者、シュレネンハマー。実はこんな奇人変人と変わらぬ付き合いをしているマリナー氏こそ、極めつけの変人では?との推測がなされそうだが、さてそれは作者のみぞ知る永遠の謎である。呑気者が必ずしも不幸でなく、正義感を貫く者が必ずしも幸せになるわけではない、一見不条理ながら、こみあげてくる笑いをおさえる事などできない、不思議な魅力を持った短編集。2005年、日本でにわかに始まった刊行ラッシュはとどまらず、「ユークリッジの商売道」「ドローンズ交遊帖」(共に仮題)と続巻も決定しているウッドハウス選集第三弾。【中古】 マリナー氏の冒険譚 P・G・ウッドハウス選集3/P.G.ウッドハウス【著】,岩永正勝,小山太一【編訳】 【中古】afbブックオフオンライン楽天市場店
November 28, 2018
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みなさん、こんばんは。羽生君すごいですね。今日は昨日紹介した小説の後編です。回想のブライズヘッド(下) Brideshead Revisitedイーヴリン・ウォー小野寺健【訳】岩波文庫フライト家の諸悪の根源はマーチメイン夫人のように思われた。万事「~せねばならない」という彼女の規律で生きていく事が苦しくて、まずマーチメイン郷が逃げ出し、次にセバスチアン。女性であるがゆえにジューリアとコーデリアは逃れられず、長兄ブライディーは母の期待を一身に背負う優等生として存在を許されている。ところが、あたかも彼女への反発が残りの家族を繋ぎ止めていたかのように、彼女の死でこの一家は箍が外れる。ヴェニスにいたマーチメイン郷は病気になって屋敷に戻り、長男の結婚計画を台無しにする。ジューリアは成金のレックスと結婚するが夫婦仲はうまくいかず、チャールズとの結婚を夢見るが、二人の関係は世間では不倫と見なされる。 そして皮肉な事に、ばらばらになった家族を立ち直らせるのもまた、不在の母=カソリックの信仰である。あれほど堅苦しい母を嫌っていたセバスチアンの最期は僧院だ。ジュリアは、放蕩息子だった父親の臨終の際の行為によって神を相手に、神と対抗できるほどの幸せを選ぶということはできないとチャールズとの別離を決める。グレアム・グリーンの『情事の終わり』に続き、神に敗れた男がまた一人…と思っていたら、当のチャールズでさえ、再び現代に戻った場面では、戦争を経ても同じ姿のままのブライズヘッドのチャペルに跪く。マーチメイン侯の臨終の際には終油の秘蹟をどうするかでジューリアと激しく言い合ったというのに。輝かしい青春とそれが失われる様を描きながら、一方で、裏テーマは変わらぬカソリックの信仰を讃えている。【中古】 回想のブライズヘッド(下) 岩波文庫/イーヴリンウォー【作】,小野寺健【訳】 【中古】afbブックオフオンライン楽天市場店
November 19, 2018
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みなさん、こんばんは。昨日まで紹介していたBBCドラマ『ホロウ・クラウン』で国王を演じていたジェレミー・アイアンズが出演したドラマ『ブライズヘッドふたたび』の原作本を二回にわけて紹介します。回想のブライズヘッド〈上〉Brideshead Revisitedイーヴリン・ウォー小野寺健【訳】岩波文庫やや長い序章は、第二次大戦の最中から始まる。国内を移駐するばかりの連隊は、だれきっていた。中隊長のチャールズは、下からは不満たらたら、上からは叱咤激励される、いわゆる管理職ポジションに疲れていた。その彼の耳がしゃんとしたのは、ある場所を聞いた時だ。庶民出身の部下フーパ―に「あんなのはあんただって見たことがない」と言われたライダーは「わたしは前にここに来たことがあった。ここのことは何でも知っていた。I had been there before; I knew all about it.」と答える。 ここからライダーが「前に来たことがある」邸に「家族が住んでい」たセバスチャンの回想に入っていく。怠惰な軍隊、終わりの見えない戦争などマイナスの雰囲気がぱぁっと晴れて、明るい青春時代-過去-に遡っていくイメージだ。皮肉屋のウォーには珍しく、本作には、このシーンをはじめとして美しく儚い描写が多い。この「美しさ」と「儚さ」を併せ持つ登場人物が、セバスチアンだ。 「魅惑的な美しさと自由奔放とも見える奇行とで飛びぬけて目立つ存在」だったセバスチャンとは、酔ったセバスチアンがチャールズの部屋に吐くといった、おおよそ美しくない出会いから始まる。ただし、その後セバスチアンは、チャールズの部屋に沢山の花を贈るという王子様みたいなフォローをするかと思えば、大学生にもなってアロイシアスという熊のぬいぐるみを抱えている、今でいうところの不思議ちゃんだ。 現在三十九歳、中年にさしかかろうとするライダーが懐かしむのは、青春時代の一角を彩った風変りな友人セバスチアン、そして彼らが最も生きやすい空気を作ってくれた青春の倦怠(The langour of Youth)、そして彼と共に生きた時代だ。第一次大戦後、市民階級が台頭し、貴族達が財産を切り売りしなければならなくなるのは、英国ドラマ『ダウントン・アビー』でも描かれた。今までなら何不自由なく親の財産を食いつぶして生きてきた貴族たちが、自分の力で財産を築く逞しき市民階級に次第に追いやられてゆく。チャールズが回想する過去の時代においてもその兆しは既に見えているが、セバスチアンは既に当時の貴族社会からも落ちこぼれている。実家を指して「あそこにぼくの家族が住んでる」とは言っても、「あれがぼくの家」とは言わなかったセバスチアンはどこにも居場所が見つけられない事を十分自覚しており、酒に溺れていく。上巻はチャールズが学校をやめると父親に宣言し、セバスチアンがとうとう退学になってしまう所までを描く。学園という一種のアルカディアを出て、下巻では大人の世界に踏み出した二人が、さあ、どうなるか。『中古』回想のブライズヘッド〈上〉 (岩波文庫)KSC
November 18, 2018
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みなさん、こんばんは。人質が解放されるまでは心配する人が多いのに、いざ帰ってくると必ず自己責任論が噴出しますね。さて、今日もモームの作品を紹介します。ジゴロとジゴレット モーム傑作選 Gigolo and Gigolette(新潮文庫) サマセット・モームモームの作品は小説家を目指す人にとってまさにお手本だ。性格だけでなく人物描写が実に詳しい。表題作 「ジゴロとジゴレットGigolo and Gigolette」はカジノで危険な芸を見せている夫婦が主人公だ。まず起承転結の「起」は、主人公の脇役達の描写から始まり、彼等の会話によって、まず外側から見た主人公―芸人夫婦が描かれる。次に「転」では、実際の芸の披露、「転」に当たる所で、夫婦をある人達と出会わせ、彼等の内面が初めて描かれる。そして彼等の選択に注目を集めた所で「結」という整った形をしている。 夫を亡くしたミセス・ベアトリス・リッチマン、離婚歴があるミセス・アロー・サトクリフ、未婚のミス・フランシス・ヒクソンは四十代で独り身で、悠々自適の生活を送ってきた。三人の共通点はブリッジ好きと太っていたことだ。三人はなかなか痩せられないため、別荘で楽しくダイエット中だったが、フランシスの知り合いのリサがやって来たことから不協和音が生じる。リサはスレンダーな美人で、食べたいものも食べられない三人の前で、まあ食べること食べること!そしてちっとも太らない!(何だこの世界中のダイエット志願者を敵に回したようなキャラクターは)三人の怒りと不満は溜まる一方で…。「アンティーブの三人の太った女The Three Fat Women of Antibes」ミセス・タワーは義理の妹のジェインのことで、頭を悩ませていた。彼女に言わせるとジェインは「思い上がっていて、野暮ったくて、田舎者」らしい。現れたジェインは若い婚約者を紹介し、ミセス・タワーをイライラさせるが…。「ジェインJane」 素直に笑える作品もあれば、『征服されざる者The Unconquered』のような戦時中のフランスが舞台のシリアスな作品もある。占領軍のドイツ兵ハンスの子を身ごもったフランス人女性アネットは、兵士があれこれと食料を持ってきても頑なに心を許そうとしない。一方で彼女の両親は降伏した国の民の処世術として、ハンスに穏やかに接する。但し本作のタイトルは『征服されざる者』。妊娠した彼女が征服を拒む方法が…ちょっと怖い。 他、「キジバトのような声The Voice of the Turtle」「マウントドラーゴ卿Lord Mountdrago」 「良心の問題A Man with a Conscience」「サナトリウムSanatorium」収録。ジゴロとジゴレット モーム傑作選 (新潮文庫) [ サマセット・モーム ]楽天ブックス
October 29, 2018
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みなさん、こんばんは。ドラフト会議が行われましたね。夏の甲子園で注目を集めた選手はどこへ?さて、今日もモーム作品を紹介します。今日紹介するのは比較的有名な作品ですよ。月と六ペンス The Moon and Sixpence(新潮文庫)サマセット・モーム本編は、語り手である作家「私」とストリックランドが出会うまでに、芸術家論や作家論がひとくさり語られる。「作家の喜びは、書くという行為そのものにあり、書くことで心の重荷をおろすことにあるほかには、なにも期待してはいけない。称賛も批判も、成功も不成功も、気にしてはならない。」「わたしはあくまで自分の楽しみのために物語を書く。ほかの目的を持って小説を書こうとする者がいれば、それは大ばか者だ。」などは、「私」の名を借りたモームの作家論であろう。 四十を過ぎて画業に目覚め、妻も子も捨てて、果てはパリまでも捨てるが、生前は全く鳴かず飛ばずで、死後に有名になる。ゴーギャンがモデルとされる画家・ストリックランドの内面にぐぐっと迫る内容なのかと思ったが、「私」の目から見た芸術家の物語になっていた。ストリックランドが内面をあれこれと語る人物ではないから、という事がエクスキューズとして書かれていたが、もともとモームはストリックランドに語らせる意図はなかったはずだ。 「私」が作家でなく画家だったら、もしかしたらモーツァルトを見るサリエリの如く生々しい感情が吐露されたのかもしれない。しかし作家であったため、ジャンルの異なる芸術家として見ていられた。一方。サリエリのポジションたるストルーヴェは、妻とアトリエを奪われてもストリックランドの画才を絶賛する。単に人が良いのか、それとも感情を超越した真の批評家なのかわからないが、恐らく彼の視点で書かれると絶賛一辺倒になるため、読者の反発を招く。他方、「私」は二言目にはストリックランドの事がわからないと言うし、その生き方も理解できず軽蔑している。しかし、彼と会えば気になって仕方がない。そんな「私」のストリックランド評が、実は誰よりも彼を言い当てた内容になっている所が面白い。月と六ペンス (新潮文庫) [ サマセット・モーム ]楽天ブックス
October 27, 2018
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みなさん、こんばんは。人質が解放されてよかったですね。さて、今日もモーム作品を紹介します。片隅の人生The Narrow Corner(ちくま文庫)サマセット・モーム 眼科の名医サンダースは、中国人富豪の目の手術をするためマレー列島の南端にあるタカナ島を訪れる。手術は成功したものの、退屈しながら帰りの船を待っていたサンダースは、たまたま島に寄港した帆船の船長ニコルズとミステリアスな乗客の青年フレッドに興味を抱き、彼らの航海に同行することにする。 眼科医なのに、ニコルズが診察を頼んだのは自身の消化不良。まあ昔の医者だからテキトーなのか。 「知性は誰の眼にも明らかだった。陽気で朗らかで、自分のジョークでも人のジョークでも楽しんでいるが、われを忘れて大笑いしているようなときでも相手に少しも気を許していない男だ。医師が楽しくおしゃべりし、すっかり打ち解けているようなときでも、表面的で率直な態度にだまされない観察力のある者なら、そうした陽気に笑っている眼ざしが相手をじっとながめて、人物を推し量り、判断をくだし、考えをまとめていることに気づくだろう。」とあるように、サンダースは作品の中ではいわば観察者で、かつ作者の代弁者でもある。よって「感情の振り幅が小さいが、唯一の例外は嵐に遭遇した時だ。彼は大いに取り乱すが、それまできれいな仕事よりも、むしろ好んで汚い仕事を選ぶのではあるまいか。あの種の男はどんな仕事にも手を出すだろう。人目につかないところでは何をやってるかわかりゃしない。ああいう男を信用したらとんでもないことになる。」と散々な言い方をしてきたニコルズ船長を「誇り高く、自信にみちて、幸福である。ゆるぎない自信に裏打ちされた技術を駆使して、木の葉のような小舟を操っていくことに、心底喜びを感じている」とべた褒め状態だ。 一方三人の中で最も若いフレッドは、最新の新聞を読みたがるなど見るからに訳ありで、サンダースやニコルズのようにうまく過去が隠せない。彼の感情の起伏が最も大きく、いちいち言うことは正論だが、行動が伴わず最も手痛い傷を負う。若い世代に限って言えば、男性よりも女性の方が現実的に描かれている。フレッドはとある島で尊敬できる男性エリックに出会い、それまでのおどおどした感じが抜け切れたように見えたが、エリックの婚約者ルイーズと軽はずみな行動を取ってエリックを傷つける。ルイーズがサンダースに語る「婚約者やフレッドが自分をどう見ていたか」観が的確で、とてもたった一年外部の学校に通っただけの女性とは思えない。理想を追いかける父も却下天敵に見つめている彼女が、物語中最も賢い人物のようだ。誰に対しても強気だったニコルズ船長が女房にだけは頭が上がらず、罪の意識に駆られたフレッドもルイーズの元から姿を消す。さて、嵐に続いて怖いものが出来たサンダースは、これから女性と関わってゆけるのだろうか?片隅の人生 (ちくま文庫) [ サマセット・モーム ]楽天ブックス
October 26, 2018
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みなさん、こんばんは。何と週末台風がきそうですね。10月の今になって。最近サマセット・モームにはまっています。今日からサマセット・モームの小説を紹介します。女ごころUp At the Villaサマセット・モームちくま文庫第二次世界大戦前夜のイタリア、山荘に住む美貌の未亡人メアリーの前に三人の男性が現れる。彼等の描写が人物描写のお手本と言っていいほど詳しい。 まず一人目のエドガー・スウィフト。「ふさふさとしてカールのかかった黒髪が現れたが、ほとんど白髪も交じってはいない。インドの陽光のせいで、顔は赤褐色に焼け、細面にがっちりとした顎、鉤鼻が目立っている。太い眉毛の下の深くくぼんだ茶色の眼は、油断なく輝いていた。五十四歳?四十五歳を一日だって超えているとは思えない、人生の盛りにある美男子」英国高官で、彼のインド赴任がこの恋愛劇の幕を開ける。 理想的な結婚相手である彼のプロポーズにすんなりイエスの返事をしていればこの物語は終わってしまう。ここで都合よく彼がイタリアを離れ、猶予が出来た所が起承転結の承の始まり。 二番手のロウリーが登場。「あまり見栄えのする男ではなかった。体型はまずまずでも身長は平均以下、服を着るとずんぐりしていた。歯は白いが、きれいに揃っているわけでもない。要するに何一つ、これという特徴を持ち合わせていない。血色はいいけれど、肌はすっきりしない。髪型はよくても、色は茶色の濃淡の中間というところ、瞳はかなり大きいが、普通灰色と呼ばれる薄青だった。それに、どことなく放蕩者という感じがあって、彼を嫌っている人たちは、ずるい奴だと言った」 今度は性格描写まで入った丁寧なもの。わざと一番目の男性と対照的なキャラクターに設定している。エドガーのいないパーティに出席したロウリーは、彼のプロポーズを知りながらメアリーにアプローチ。 この二人の間で揺れるだけでも十分ドラマになるが、更に三番目の男性が投入される。メアリーが行ったパーティでヴァイオリンを演奏していた青年カール。えらく演奏が下手だと思っていたら避難民だった。「着ている服はボロボロで、靴は接ぎだらけ、襟元の開いたシャツは擦り切れていた。ネクタイは締めていなかった。テーブルの上のロウソクの明かりで、彼の目は暗く、落ちくぼんで見えた。珍しい形の頭は、黒い髪を短く刈りこんでいて頬骨は高い。頬は落ちくぼみ、肌には生気がなく、緊張した感じの目には落ち着きがなかった。彼は、ロウリーのプロポーズを断ったメアリーが直前に言っていた」「貧しくて、孤独で、不幸せで、生まれたこのかた一度も楽しみを知らない、お金で買えるどんな楽しみも経験したことがない、そんな人」そのもの。 財産、家柄、セックスアピール。二人の男性になかった魅力を持っていた彼に出会って更に女ごころは揺れる。ただ、逆の側から言えばメアリーが三人の男心を振り回しているとも言えるわけで「彼女のキャラクターが嫌」という読者も少なからずいる。 さぁ三人のうち誰を選ぶ?という素直な展開になっていないので、ここから先は本編をどうぞ。参考にしたい口説き文句が沢山登場。女ごころ/W・サマセット・モーム/尾崎寔bookfan 1号店 楽天市場店
October 25, 2018
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みなさん、こんばんは。夏休みもあと少し。台風の行方が気になりますね。さてこちらは年上の女性に恋をした少年の物語です。黙祷の時間Schweigeminuteジークフリート・レンツ 新潮社クレストブックス この物語は、学生クリスティアンが、英語教師シュテラの追悼式に参加する「現在」と、彼とシュテラが過ごしたひと夏の思い出「過去」が交錯して描かれる。不幸な海の事故で重傷を負い、亡くなってしまったシュテラとクリスティアンは恋愛関係にあった。うすうす感づいていた校長や彼女の同僚教師から、追悼式で何か述べるように、と言われるが、クリスティアンは断る。その理由は「過去」が語られることによって明らかになる。 語り手がクリスティアン一人であるため、あくまでも彼の見たこと、聞いたことしか物語上には現れない。そのため、シュテラの生活、人物像には多くの謎が残される。追悼式で号泣した同僚教師との関係。クリスティアンが見た、ホテルで話していた相手とは誰か。夏休み明けで数日間休んだ理由は何か。年老いた父と暮らしているが、彼が病気だったからではないことは、クリスティアンの訪問で明らかになっている。そして彼女の最後の手紙の意味とは。 もしこの作品が、成長したクリスティアンの視点で描かれたら、上記の謎が少しは明らかになっていたのではないか。勿論、当人が亡くなっているので推測の域は出ないが、シュテラはここに来る前、誰かと恋愛関係にあって、その相手から電話がかかってきたのではないか。クリスティアンとの恋愛に一歩踏み込めなかったのも、彼との年齢差以外に、別の存在があったからではないか、等々。おそらくこれを読む大人の読者ならば、あれこれと想像をめぐらせることができる要素はつまっている。ただ、その流れに沿って、何もかもを明らかにしてしまうと、この作品の恋愛小説自体の良さも消えてしまうようだ。誰かを愛そうという強い思いは、その誰かを全て知ってしまっても、なお持ち続けられるものではないからだ。全てが受け入れられたわけではなく、でも、明らかに体の関係だけではなかった。自分にとって彼女は大切な存在。でも彼女にとっては?その答えを受け取れぬままに放り出されたクリスティアン。彼の中途半端な思いが、彼女への執着とあいまって、物語を牽引する力となっている。だから、事故から何年も経った頃に、彼の視点から書かれた小説では、理性的になり過ぎていて魅力がなかったであろう。若者の未熟さ、まっすぐさを懐かしく思う。若い情熱に戸惑いを感じながらも羨ましさを感じる。読者の年齢によって感じ方がさまざまであろう。ページ数も少ないので、ぜひ読んでみて頂きたい。黙祷の時間 (Crest books) [ ジークフリート・レンツ ]楽天ブックス
August 23, 2018
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みなさん、こんばんは。高校野球も終わりました。金足農の吉田選手たちに注目が集まっていますね。こちらの本は第二次大戦の推移をドイツ側の視点で書いた本です。暗闇のなかでThe Dark Roomレイチェルシーファー(著者)高瀬素子(訳者) 本編は三章から成り、三人の登場人物を通して戦中、戦後、現在のドイツが描かれる。 第一章の主人公はヘルムート。1921年に先天的な障害を持って生まれた彼は、両親の配慮により、最初は障害を意識することはなかった。しかし学校で集団生活が始まり、戦争が始まると、「皆とは違う自分」を嫌でも意識させられる。第一次大戦後の莫大な賠償金に喘ぐ中生きてきた彼には、総統への不信感や忌避感はない。「戦争は不治の病人(身体障害者や精神障害者を指す)を抹殺する絶好の機会である」と総統が言ったことも知らず、兵隊となって戦場に行くことを夢見る。国を信じて揺るがないヘルムートが、これからドイツを襲う困難によって、どうなってゆくのか。 第二章はローレ。ヘルムートのエピソードが終わる1945年から始まる。このエピソードは映画「さよなら、アドルフ」になった。親衛隊員の父を持つローレの立場は、物語の最初と最後で大きく変わる。それまでは裕福な暮らしをしていたのに、突如母親が逮捕され、幼い弟妹を連れて、遠いハンブルグまで旅をする。ソ連兵が乗り込んできている中を旅行するなんて大人でも危険なのだから、経験値の少ないローレ達の旅は困難を極める。そしてローレは旅の途中でナチスドイツの所業を知る。ヘルムートとは異なり、作品中で心が大きく揺れ動くキャラクターだ。戦争までは天皇万歳、負けた途端に価値観の逆転が起こる日本人が、最も共感を寄せやすいのではないだろうか。 第三章はミヒャ。彼自身は差別意識も何も持っていないが、亡き父がナチス党員だった事を知り動揺する。ミヒャが戦後生まれながらもっとも罪の意識に苛まれるのは、作者の想いが最も投入されたキャラクターだからだ。 三人は一度もすれ違うことはない。時代が下るに従い、第二次大戦時のヒトラーやナチスの行為に対する彼等の意識が異なる。重要なモチーフとして登場するのが写真だ。ヘルムートはSSに連行されるロマの人達を写真に撮影するが、恐ろしさだけが先に立ち、写真をすべて廃棄する。無自覚だったローレは、強制収容所の写真を見たドイツ人が「ぜんぶでっち上げさ。写真は決まってピンぼけだろ?」「あれは芝居なんだよ。アメリカ人の俳優が演じてるのさ」と話すのを聞く。ミヒャは幸せそうなハネムーンの写真を見るにつけ、祖父が残酷な事をしたとは思えない。 写真は嘘をつかない。事実だけを掬い取る。誰かの優しい父、優しい息子が、国の命令とあれば、残虐な行為もやってのける。ドイツだけでなく、日本でもそうだった。過去をなかったことにしようとする人たちにとっては、写真は厄介な存在だ。しかし、過去を見つめ直して生きていこうとする人たちにとっては、写真は光となって手掛かりを照らす。【中古】 暗闇のなかで /レイチェルシーファー(著者),高瀬素子(訳者) 【中古】afbブックオフオンライン楽天市場店
August 22, 2018
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みなさん、こんばんは。お盆ですね。戦争にちなんだ小説を紹介します。奥のほそ道リチャード・フラナガンThe Narrow Road to the Deep North白水社読んでいるとタイトルに目を惹かれるが、作者名を見て「ああ、芭蕉の本とは違うんだ」という目をして去っていくパターンが多かった。確かに、ほそ道はほそ道でもとんだ場所に続くほそ道であった。その道の名は、別名死の鉄路という。 捕虜収容所を舞台に、日本軍の捕虜となったイギリス軍兵士らと、彼らを強制的に動員しようとする日本人大佐との対立と交流を描いた映画『戦場でかける橋』はつとに有名だ。本書は映画のベースとなった泰緬鉄道建設をもとに書かれた。捕虜だった著者の父に仮託して書かれた主人公はタスマニア出身オーストラリア軍軍医のドリゴ。彼視点で物語が進めば物語は被害者寄りで進むはずだが、複数視点で書くことで日本軍への一方的な糾弾にはならない。 ブッカー賞作品は話がおそろしく曲がりくねり、一つのテーマに絞り切れない傾向が強い。本作もその例に漏れない。対比表現、形容語句を重ねる特徴ある文章は本作特有かもしれない。 今回着目したのは天皇という存在だ。戦争責任が一個人・一団体に帰されないのであれば一体誰に責任があるのか。敢えて責任を問われない存在が浮かぶ。 異国のドリゴが見た天皇は「日本人の不屈の精神、西洋が持ち合わせない精神、帝国が天皇陛下の御心と呼び、そう理解している精神。その精神をもって最後には勝利すると帝国は信じている。」とあるように日本人の拠り所というスタンスを踏襲している。 戦時中の日本軍兵士ナカムラは「少佐殿は、進歩はほかの理由から生じると言っておられる。ドクター、あなたはそれを非自由と呼ぶ。われわれはそれを、精神、国家、天皇と呼ぶ。ドクター、あなたはそれを残酷な行為と呼ぶ。われわれはそれを運命と呼ぶ。われわれが勝っても負けても、それは未来なのだ。」と語り、戦後においても「一言であらわされる詩、恐らくは最も偉大なる詩だと思っていた。宇宙を包含し、あらゆる道義とあらゆる苦難を超越する詩。そしてあらゆる偉大なる芸術同様、それは善悪を超えていた。だがどうしたものか―彼は考えないようにはしていたが―この詩は、恐怖、怪物、死体になった。そして哀れみを封じ、実を言えば愉快にも思う残酷さと戯れるという尽きせぬ能力を自分自身のなかに発見したことを、彼は自覚していた。 人間の命など一つとしてこの普遍的な善には値しないから」と、天皇を至高の存在に据えている。 だが、同じ日本軍でも韓国籍では批判的な見方が混ざる。戦犯として処刑される韓国人兵士チェ・サンミンは、日本人なら到底しないタブーを考える。「自分たちと自分たちのあらゆる行為が天皇の意向をそのままに表したものなら、なぜ天皇はいまも自由の身なのか。なぜアメリカ人は天皇を支持し、天皇の道具に過ぎなかった自分たちを縛り首にするのか。」 天皇に戦争責任があったのか―すなわちどこまで関与していたのか―という問題は、恐らくこの先日本では深く追求されることはない。外国の目を通してしか、我々は天皇を視る事ができない。今さら歴史をほじくり返して戦争責任を追及するつもりはないが、先に戦争に果たした役割を総括しないままでは、国民一人一人が歴史を判断することもできないのではないか。「戦争はいけない」というなら「その戦争はなぜ起こったか」を併せて知るべきだ。奥のほそ道 [ リチャード・フラナガン ]楽天ブックス
August 15, 2018
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みなさん、こんばんは。台風は行ってしまいましたね。さて、今日はあの有名な色男が登場する短編集を紹介します。木に登る王 三つの中篇小説 タイトル:THE KING IN THE TREEスティーヴン・ミルハウザー/著 柴田元幸/訳「復讐」は、全編これ、転居して来る人にモデルハウスの店員よろしく我が家を案内する女性のモノロ―グだ。相手の台詞がないので語り手が一方的になるのはやむを得ないが、それにしてもかなり饒舌だ。家をやむを得ない理由で手放すためにハイになっているのか。しかしどうも様子が変だ。訪問者に普通語らないだろうと思われる家庭の事情まで話し始める。そんな事は新しく家を借りる人にとってはどうでも良い。そうこうするうち語り手と聞き手の関係が明らかになり、タイトルの意味が腑に落ちる。ところが今度は一度も声を発しない聞き手の方が気にかかる。実はこの話、最初から最後まで聞き手が存在しなかったら? 「ドン・ファンの冒険」色男・モテ男の代名詞であるドン・ファンは「短い人生の中で二千人以上の女と寝床を共にし、十四人の男を殺してきた」そうである。「五人は決闘、八人は自己防衛」とは自ら播いた種なのだから仕方ないとはいえ、あとの一件が「ひたすら上機嫌に任せてカーテンを刺したら向こうに男がいた」って何なんだそれは。ポロ―ニアスを刺す『ハムレット』か。あまりにも一生でやるべきこと(といっても一つだけだが)を短期間でやり尽くしてしまったドン・ファンは三十にして早くもミッドライフクライシスに。恋の街ヴェネツィアにいてはいかん!と一念発起した彼が向かったのはイギリス。旅先で知り合った英国人フッドを訪ねるが、フッドの妻とその妹に出会う。 表紙絵には三つの手が描かれている。二つの手はぎゅっと握られているが、下から出ているちょっと小さめの手は、二つの手に混じれない。この絵が象徴するように、表題作も含め本作に収められた中編は「結びついた二人」と「二人の間に入れない一人」の関係を描いている。握りしめられた二つの手の間には入りこむ隙もないように見えるが、ふとした弾みで容易く外れる。さて、その時非力に見えた第三の手はどんな動きをするのか。絵は二人の至福と一人の不幸の瞬間を捉えているが、次の瞬間にはこれが全く逆転しているかもしれない。まさに人生。【送料無料選択可!】木に登る王 三つの中篇小説 / 原タイトル:THE KING IN THE TREE[本/雑誌] / スティーヴン・ミルハウザー/著 柴田元幸/訳CD&DVD NEOWING
July 30, 2018
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みなさん、こんばんは。今朝は通勤途中でいきなりにわか雨が降ってびっくりしました。西日本ではまだ死者が増え続けていて痛ましいです。さて、今日はP.G.ウッドハウスの作品を紹介します。ユークリッジの商売道 (P・G・ウッドハウス選集4)The Enterprises of UkridgeP.G.ウッドハウス岩永正勝;小山太一【編訳】国書刊行会いやぁ、いるんですね。こういう人。 いえ、もちろん、現代にではありません。日本では別の意味で注目を集めている執事やメイドが、まだ英国にいた時代のことです。 不思議と金回りのいい堅い職業の友人はいるし、最強のレスラーと簡単に知り合いになる。靴下やスーツの調達先には事欠かない。だから、というわけではないが、宵越しの金は持たない。そして、いい年なのに定職を持たず、夢みたいな事ばかりいって、一つも成功しない。「ああ、これならうまくいくかもしれないな。」と思うプランがあるかと思えば、最後のツメが甘くて、おいしい所を持ってかれてしまう。それでも、ひたすら、どこでも生き続けられるパワーを持っている。それが、本作の主人公、ユークリッジ氏です。 調子の良さと運の悪さのアンバランスが、憎めない人物と言えましょう。ユークリッジ氏は、ウッドハウスの駆け出し時代に出逢った、そんな憎めない友人達を元に作られたキャラクターです。ジーヴスのように乙にすました所もなく、気の弱いエムズワース郷に分け与えたい根拠のない自信を持つ彼の活躍(?英訳ではEnterpriseなので事業ですね)ぶりを、どうぞ御覧下さい。国書刊行会の『エッグ氏,ビーン氏,クランペット氏 ウッドハウス・スペシャル』と一部重複する短編あり。【中古】 ユークリッジの商売道 (P・G・ウッドハウス選集4)/ウッドハウス,P.G.【著】〈Wodehouse,P.G.〉;岩永正勝;小山太一【編訳】
July 10, 2018
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みなさん、こんばんは。昨日は皆寝不足だったのでは?引き分けでしたね。暑いので体調に気を付けてくださいね。さて、今日は韓国文学を紹介します。そういえば鯨が東京湾に来ましたね。鯨The Whale チョン・ミョングァン晶文社実父に邪な欲望を抱かれた娘クンボクは、もともと持っている匂いのせいで行く先々で男達から追われるようになる。その匂いとは「男心を騒がせ、酒に酔わせてあちこちさまよわせ、うずうずむずむずさせ、無謀なことに駆り立て、互いに血を見るまでやり合わせ、猛烈な勢いで血液を下半身に集めさせるその匂い」と形容される。また、彼女は何人もの男性をパートナーに選ぶが、二番目の男は「稀代の詐欺師であり、悪名高い密輸業者であり、この町で並ぶ者のないドス使いの名手であり、音に聞こえた遊び人で、港町の娼婦たち全員のダンナであり、またやり手のブローカーでもある刀傷」と形容される。 文章は万事がこの調子で、わざと長い文節で対象を形容しているという、「わかりやすい文章」とは対極のことをやっている。 クンボクは男顔負けの才覚を発揮し、数々の事業を起こしてやがて町おこしの立役者となる。しかし母親もお産で死に、モデルロールとなる女性がいなかったため、母性は全くなく、欲望の塊のようなキャラクターだ。口がきけない彼女の娘チュニもまた、レンガ造りという一つの事に取りつかれたように取り組む。一つの事だけに集中して他を顧みないという点では、この親娘はよく似ている。本書は彼女の出所シーンから始まるが、敵意が飛び交う刑務所の描写は映画『親切なクムジャさん』やドラマ『伝説の魔女』と似ている。この親娘にもう一組、老婆と一つ目という親娘が登場するが、こちらも親子の情は薄い。ドラマでイメージするようなオモニは一人も出てこない。 解説では本書をパンソリに例えていたが、読んでみると落語に近い。先に出したわざと長ったらしい文節と、「起こった出来事」の次に必ずついてくる「これは~の法則である。」という決まり文句がリフレインで登場するので、わざと同じパターンを強調するのか、いちいち抑揚を変えて論じるのか、語り手によってアレンジをつけられて面白い。 「鯨は望んでも得られぬもの」の象徴らしいが、どちらかというと女達が持っているエネルギーの塊のように見える。もともと映画監督を目指しており、実際作品が映画化されたそうなので、情景が目に浮かぶような文章だ。破産寸前の追い込まれた時に書いたらしく、二組の母娘を憑坐(よりまし)としたエネルギーが一気に噴き出したような勢いがある。鯨 (韓国文学のオクリモノ) [ チョン・ミョングァン ]楽天ブックス
June 26, 2018
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みなさん、こんばんは。雨が続くようで憂鬱ですね。そして明け方の地震、関西の方はびっくりされたでしょう。あまりあちらは大きな地震がないのですから。復旧が大変ですね。ヴァンパイアが主役の作品紹介は今日が最後です。何と自殺願望のあるヴァンパイアが登場します。大吸血時代Vampedデイヴィッド・ソズノウスキ求龍堂表紙絵のお団子ヘアも初々しい七歳の少女がナイフをぐっさりと男性に刺す。えっ、こんなに幼いのに猟奇的殺人願望が? いきなりクライマックスのような場面が登場するが、当の刺された相手は至って落ち着いて語り手を務めている。なぜならば彼はヴァンパイアで、刺されたって死にはしないのだ。ましてや彼は永遠に続く人(?)生に倦み、少々ウツ気味だったという。まあ、何と贅沢な。そして何とワガママな。全世界にヴァンパイアを広めた第一世代のヴァンパイアである彼―マーティン・コワルスキこそ、今の世界を作ったというのに。 「今の世界」といっても、もちろん現代とは似て非なる。ヴァンパイアが世界を支配しており、とある事情から、ヴァチカンまでもがヴァンパイアを支持している。傷は再生されるので病院も医師も不要。尾籠な話だが排泄物も出ない。金持ちではないフツーのヴァンパイアはパック入りの人工血液を購入する。そのためには働かなければならず(もちろん日中ではない)、疲れないので休みもない。わずかな人類はブラックマーケットで金持ちヴァンパイアのために牧場で飼育される家畜扱いで、少女はそこから母と逃げてきた。食物連鎖ヒエラルキーでは、二人はいわば敵同士なのに、あまりに退屈していたマーティンは思いつく。「この子、育ててみよう」 確かに少女を育てたことで退屈な毎日に終止符が打たれるが、成長する必要のないヴァンパイアが刻一刻と成長する少女を育てるのだから、そりゃあもう毎日が大騒ぎ。何せ未だ人間は、ヴァンパイアにとってはエサでしかないのだから、悩んで下手に相談しようものなら、イスズの命が危ない。スリルとサスペンスに満ちた日常を、奇想天外な方法で、或いは行き当たりばったりで乗り越えていく親子の物語。 さて、本作の中で注目したのは宗教だ。皆が死ななくなった世界では、生前の苦労が死後に報われたり、救済される事はあり得ない。よって、天国に行き神によって祝福される未来も描けない。いわば生きてる世界が天国みたいなものだ。そもそもヴァンパイアという存在自体が神と真っ向勝負しているようなものなのに、この世界でもちゃんと宗教界は存在し、神父もいる。どうやってサバイバルしてきたのか、したたかに生き延びてきた彼らのサイドストーリーを是非読んでみたいものだ。【中古】 大吸血時代 /デイヴィッド・ソズノウスキ(著者),金原瑞人(訳者),大谷真弓(訳者) 【中古】afbブックオフオンライン楽天市場店
June 19, 2018
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みなさん、こんばんは。作家フィリップ・ロスが亡くなりましたね。ノーベル賞は取れなかったのですね。さて、今日はウィラ・キャザーの作品を紹介します。マイ・アントニーア (文学シリーズ lettres)My Antoniaウィラ・キャザー【著】佐藤宏子【訳】 「わたし」は同じ田舎町で子供時代を過ごしたジム・バーデンと列車の中で再会する。巨大な鉄道会社の法律顧問をつとめるジムは忙しく、美人だがステイタスのためにだけ彼と結婚した妻を「わたし」は嫌っており、疎遠だった。お互いの共通の友人であるボヘミア人の娘の話をした数か月後、ジムはその娘の思い出を綴った原稿を持って訪ねて来た。 「わたし」が渡された原稿という形で、ジムとボヘミア娘アントニーアが過ごした日々が綴られる。大都会シカゴから祖父母のいるネブラスカにやってきたジムは、英語がまだ満足に話せないボヘミア人一家と同じ列車に乗り合わせる。その一家の娘がアントニーアだった。両親を亡くしたとはいえ人並みの生活ができる祖父母がいるジムと、商売に向いていない父に連れられてきたアントニーアは、育った環境が違う。ましてや農業をしていれば、貧富の差は歴然と出る。にも関わらず二人は仲がいい。 アントニーアの父親やジム達男は、おしなべてロマンティストだ。祖母がアントニーアを「下品で無作法」になったと批判すると、ジムも「トニー、きみはどうしていつも、こんな風に感じよくいられないの。なぜいつも、男みたいにふるまおうとするの?」と尋ねる。アントニーアの答えはこうだ。「もし、あたしが、あんたみたいにここに住んでいたら、話は別よ。生きるのが楽だもの。でも、あたしたちには厳しいんだ」しかし一方では、「家の中より外で働くのが好き」「男みたいになるのが好き」と言い、男に混じって農場の仕事に打ち込む一方で、ジムに「いつか、学校で習った良いことを、あたしに教えてくれるわね」と頼む。強がりに隠されたアントニーアの本心を、ジムはわかっていたかどうか。 読み手はアントニーアの長所も欠点も知って行く。それは書き手のジムが、彼女を丸ごと受け入れていたからだ。幼い頃から相手の事を知り抜いた二人が、成長して結ばれてもおかしくない。しかし先に仲良しから離脱したのは彼女だった。いつも少女は少年より一歩先に大人になる。またその事が、ロマンティストのジムを打ち砕く。しかし結ばれなかったからこそ、破綻しなかったのかもしれない。現実のアントニーアは、自分がいた時の繊細な所を見せた少女ではなく、子沢山のおっかさんで、ジムがショックで20年間立ち寄れなかったのに比べて、彼との思い出を子供に全て話すくらいにふっ切っている。アントニーアは著書に「マイ」をつけるくらいジムによって理想化され、彼の最良の日々と共にいつまでも生き続ける。きっとこれからも不幸な結婚生活を送る彼の安らぎとして。 2009年に英国ガーディアン紙が発表した、「英ガーディアン紙が選ぶ必読小説1000冊」選出。【中古】 マイ・アントニーア lettres/ウィラキャザー【著】,佐藤宏子【訳】 【中古】afbブックオフオンライン楽天市場店
May 25, 2018
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みなさん、こんばんは。日大の選手が会見を開いていましたね。優秀な選手を二人もつぶしてどういうつもりなんでしょう。さて、今日は韓国文学を紹介します。あまりにも真昼の恋愛 (韓国文学のオクリモノ)Love At Middayキム・グミ 晶文社ソウルを歩いていると、韓服コスプレが随分と増えた。しかしよく見るとコスプレをしているのはアジア圏を中心とした外国人観光客だ。では、韓国人はどこにいるのだろう?彼等もどこかの国―例えば日本―で、着物コスプレを楽しんでいるのだろうか? そういう人たちばかりではないらしい。年代によって経済事情は違い、早期退職者の中には、ソウルに通わなくてよくなったので、近郊のマンションで暮らしている人もいた。韓流ドラマでは男女ともあんなに熱烈恋愛を楽しんでいるのに、現実の労働者層は恋愛とは縁遠い。 表題作の主人公ピリョンもそうだ。課長職から平社員に降格された彼は、偶然元カノ・ヤンヒの舞台を見かける。ただ、元カノと言っていいかどうかはわからない。かつてヤンヒは告白に「今日は好きだけど明日はどうかわからない」と余計な事まで付け加えてきたのだ。恋愛テクニックによるものではなく、本当にそう思っているらしいので始末に悪い。そして二人はヤンヒが「好きではなくなった」と告げた日に何となく別れてしまう。今はピリョンも既婚者なのだから、単なる過去の女性として割り切ればいいものを、なまじ恋愛を始めたという感覚がないばかりに、「なにもないわけではなかった。時間が経ってもなにかが完全になくなるわけではなく、なくなったものとして封印されているだけだという考えが残った。しかし、ほんとうにそうだろうか。違う選択をしていたらなにか変わったのだろうか。変わったとしたらなにがどれだけ変わったのだろうか。(p49)」と、もやもや。 韓国といえば恨(ハン)はもう文化といって良い。酷いことをされれば胸を拳で叩き血の涙を流しリベンジを誓う。そして復讐するときはとことんえげつない。その文化すら、現実社会では消えていこうとしている。 『普通の時代』では、上の兄の呼びかけで姉、下の兄、塾講師をしている私が久しぶりに呼び出され「銭湯を営んでいた両親を火事で死なせたホームレスが出所したから会いに行こう」と言われる。これはお馴染みリベンジのシチュエーションだが、当の私が「そんなのは香港映画のスターがやることだ」と気が乗らない。第一、私も下の兄も姉も、突然家長となった上の兄に散々苦労させられ通しで、兄のもとに一致団結するという家族の形がそもそも作れない。それでもドラマではクライマックスに向かって盛り上がりを見せるのだが、この兄弟達の恨は向けるべき相手に向かわない。 貧しさなのか、あまりに早い現代社会のスピードなのか。かつての韓国にあった形にならないものが、確かになくなりつつある。このまま消えていけば、“あった”事を知る世代すらいなくなる。その状況は、日本も同じだ。私たちは、はっきりと、今無くしたもの、無くそうとしているものを言えるのか。それは、大して惜しくもないものなのか。それとも何とかして取り戻さなければならないのか。いや、どうすればいいかの判断基準すら、もはや、曖昧になってしまったのか。他七編収録。あまりにも真昼の恋愛 (韓国文学のオクリモノ) [ キム・グミ ]楽天ブックス
May 23, 2018
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みなさん、こんばんは。ノーベル文学賞の選考がキャンセルになりました。残念ですね。韓国文学紹介の最後をかざるのは走るオヤジです!走れ、オヤジ殿 (韓国文学のオクリモノ) Run,Papa Runキム・エラン晶文社「IMF通貨危機で韓国が大変だった」ことは絶対ニュースになったはずだが、正直あまり記憶にない。韓流ドラマでは未だ家父長制が健在で、どんなに貧しい家でも父親は尊敬されるが、現実の韓国ではそうではないらしい。そのきっかけとなったのが通貨危機だ。企業はこぞって退職金を餌に労働者解雇に走り、給料の稼ぎ手であるはずの父親が、あっという間に家父長から転げ落ちた。 表題作の父親は、そもそも家父長の地位に立ったことすらなかった。「今日まで待とうと心に決めたとすると、いつもその次の日にやってくる」と妻に評される主人公(娘)の父は、一度も走ったことがなかったという。いかに仕事ができなかったかが窺い知れるようだ。そんな父が生涯でたった一度力の限り走ったのが、妻となる女性に「避妊具買ってこないとやらせないから」と言われて薬局に走った時だという。頑張る所がそこなのか!と突っ込みたくなる心を抑えて読み進むと、買った道具?が役に立たず主人公の誕生と相成ったために、父は二人の前から姿を消す。 情けない父親だ、いなくなった方が幸せだ。そう思っていいはずなのに、主人公は、蛍光ピンクのハーフパンツをはいて、やせ細った毛深い脚でひた走る父をひんぱんに思い浮かべる。福岡を過ぎ、ボルネオ島を経て、スフィンクスの左足の甲を回り、エンパイア・ステート・ビルに立ち寄り、グアダラマ山脈を越えてどこまでも。「世界を駆けまわってカッコイイ!」と尊敬しているのか、おちょくっているのか、判断しづらい微妙な想像だが、少なくとも嫌ってはいないらしい。『彼女には眠れない理由がある』も娘と父親の関係を描いている。不眠症に悩まされる女性は、最近不眠症で悩んでいる。彼女が人に気を使いすぎる性格である事が様々なエピソードで紹介されるが、原因は何年かぶりに突然現れた父親だ。こちらの父親も「家庭を壊した張本人で、母が倒れた原因」と家父長を逃げ出している。みすぼらしいなりをしているので、出奔は経済的理由かもしれない。疲れて帰ってくる娘をいたぶるかのように、或いは娘との沈黙を避けるようにテレビを見続ける父親にキレた彼女はある行動を取るが、父が出ていってせいせいするどころかますます眠れなくなってしまう。 かくも父親には以前ほどの重みも有難みもない。それでも突き放してしまうと落ち着かない。とんでもない姿ででも、どこかで走ってくれている方がいい。愛情を互いに持てあました父と娘、父と息子が、ソウルのどこかで、ランナーと傍観者としてすれ違っているかもしれない。全9編収録。【楽天ブックスならいつでも送料無料】走れ、オヤジ殿 (韓国文学のオクリモノ) [ キム・エラン ]楽天ブックス
May 6, 2018
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みなさん、こんばんは。無事韓国から帰ってきました。近くていいですね。さて、今日も韓国文学を紹介します。負け続けのチームが阪神タイガースを想起させます。三美スーパースターズ最後のファンクラブ 韓国文学のオクリモノThe Last Fan Club of Sammi Superstarsパク・ミンギュ晶文社関西人にとって忘れられない年といえば、一九八五年である。東の巨人と並ぶ歴史を持ちながら、ずっと優勝できなかった阪神タイガースが遂に日本一になったのだ。優勝のカウントダウンが近づくと、ラジオDJの第一声からして違った。それまでは「ひどい試合を毎回毎回、よくもまあうまいことフォローしているな」と思ったものだが、勝つと更に口が回ること回ること。クラスメイトはにわかに選手名に詳しくなり、確か昨年は別の冠で優勝セールをしていたはずの店が、六甲おろしをやたら流し始めた。これで来年からも優勝続きだ!と関西は大いに盛り上がったが、その後の結果は以下の通り。 さて、同じ一九八○年代、海の向こうの韓国ではようやくプロ野球が始まったところだった。地域毎にチームが作られ、主人公・僕の地元仁川では三美スーパースターズが誕生。賢かった僕は、父が金を出したくなるツボを巧みにおさえてまんまとファンクラブに入会。山ほどのグッズを買い込むが、チームは文句なしの最下位で、敗戦面で記録を量産。「上位と下位チームの差があまりにもありすぎる!」というので韓国野球委員会(KBO)は戦力の平準化のため、在日韓国人選手の勧誘を三美に対して認める。三美は広島東洋カープから選手を獲得して、ようやく成績が好転。ところが再び敗戦街道をひた走り、親会社の経営不振に伴い三年で身売りされてしまう。 第一章で、正直野球チームの話は終わってしまう。ここからは、嬉し恥ずかし青春グラフィティとオトナになってからの僕に焦点が当たる。成績優秀のまま一流大学を卒業し、一流企業への就職も決まる。に野球選手という他人に夢を託す時代も卒業し、未来は明るいかに見えた。そんな時やってきたのが韓国を襲う大不況。終身雇用神話はもろくも崩れる。おや、どこかの国で聞いたことのあるような。バブルがはじけて一気に新卒の就職率は冷え込み、失われた10年と言われ、非正規雇用者や中高年のリストラが相次いだ、ほら、あの国だ。あまりにも変化が激しいグローバル社会に、きりきり揉まれた僕と同世代は、他人ごととは思えまい。 規則を守ることにかけてはとりわけ優秀で、真面目で勤勉な日本(あら、ばらしちゃった)も、どこかで息切れする時が来る。頑張っても頑張っても楽にならざりし時、じっと手を見る時もあろう。そんな我らに声をかけるのなら、今はもう、「立つんだ、ジョー!」の時代ではない。では、どんな言葉が相応しい?きっとこの本の中に、答えがある。三美スーパースターズ 最後のファンクラブ (韓国文学のオクリモノ) [ パク・ミンギュ ]楽天ブックス
May 5, 2018
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みなさん、こんばんは。昨日から韓国に行っています。今日から韓国文学を紹介しますね。誰でもない (韓国文学のオクリモノ)Nobody Isファン・ジョンウン晶文社 『冬のソナタ』で韓流ブームが起こる前、韓国から日本に来ていたのは、アイドルではなかった。『走れ、オヤジ殿』にも書かれたIMF通貨危機は、韓国を一気にどん底に落とした。職場、住居、学歴。ただでさえ少ないパイを巡って争奪戦を繰り広げるのだから、どうしたって零れ落ちる人はいるし、自分以外の誰かは皆Nobody=誰でもない存在になる。『わらわい』という一見?というタイトルの語り手もそうだ。 彼女の一人称語りで始まる作品は、テーマが「笑い」だ。おや、随分と楽しい話になるのかと思いきや、時折彼女の口調が乱暴になる。見えない聞き手と同様に、読者は病的な匂いを感じながら、彼女の身の上話を聞く。生まれた時から一度も大事にされなかった。善かれと思ってした事が曲解されてしまった。何だか見えない糸でちくちく刺されているようでいたたまれない。だが、笑っている彼女も、実は自分を刺している。だから彼女がどんなに面白おかしく語ろうと笑えない。彼女は本当はこう言いたい。お願いだから、私をちゃんと見て。 自分も刺しながら相手に刺されているのは恋人の家庭に突如不幸が雪崩のようにやって来て、経済的に困窮した「上流には猛禽類」のヒロイン。カレシの家の父親も『走れ、オヤジ殿』同様、家長としての威厳はなく、母親に押し切られている。ある日家族と外出することになったが、そこで決定的な亀裂が入る。「これから一緒にはやっていけない」と彼女が見切りをつけたのだがカレシと派手な喧嘩をしたわけではない。そもそもカレシもすぐにかっとなるような性格ではない。「だったら、彼が好きなら多少の違いなんて」などと言う人は韓国ドラマの見すぎである。突発的な出来事ではなく、普段の何気ないことだからこそ、決定的なフックになるのだ。もちろん、人は皆誰か(Anybody)だ。名前もあり家族もいる。でも、皆あまりにも自分にかまけ過ぎて、周りを見なくなった。結果、のっぺらぼうのNobodyが増えた。Nobodyはこれからも増え続けるのか。それともゲームで対戦相手を負かすように、出会った人たちによって、相手も自分もAnybodyになっていくのか。そういえば、隣の国ニッポンでもNobodyが大量増殖中で、自分も相手も刺しまわるものだから、怪我人続出だ。いててて。誰でもない (韓国文学のオクリモノ) [ ファン・ジョンウン ]楽天ブックス
May 4, 2018
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みなさん、こんばんは。TOKIOの山口メンバーの事件、残念です。使い古された言葉ですが、夢を売る職業ですからね。タレントというのは。ほかにも問題があったようですね。ZIPを見ていただけにショックです。今日もバーバラ・ピム作品を紹介します。秋の四重奏Quartet In Autumnバーバラ・ピムみすず書房エドウィン、ノーマン、レティ、マーシャは同じ職場で働く同僚だ。いずれも退職を目前に控えるおひとりさま60代で、既婚経験があるのはエドウィン一人だけ。過去において4人の間で恋愛がもつれることはなく、友人としての付き合いを続けてきた。やがてマーシャとレティが先に退職の日を迎える。その時の取締役補佐の言葉がこれだ。「ミス・クロウとミス・アイヴォリーの重要な点は、だれも正確にはお二人が何をなさっているのか、いやなさってきたのかを知らないということであります。」 いやいや、あまりにこれではまずい!と思ったのか、更に続く。「お二人はずっと、いや現在でも、だれにも知らせずにひっそりと立派な仕事をなさる、いわば隠れて善を為すタイプの方々なのであります。(中略)お二人がおいでにならなくなったあとでは、われわれはさぞお二人のことを惜しむことでしょう。あまりにも惜しいものですから、今だに後任は見つかっておりません。」 ものは言いようだよなぁ、とは思うが、同じ職場の同僚ならば言外の意味はわかるだろう。 なにせその前説として彼女達の仕事を「あきらかに女の仕事で、コンピュータでかんたんに取り替えのきくものなのだった。いちばん露骨な点は、だれ一人彼女たちの後任がいないことで、はっきり言えば、この部署全体がいずれ廃止される予定で、あとはここで働いている男二人の退職の日がくるまで置いてあるだけなのだった。」とご丁寧にばらしているのだ。バーバラ・ピムのユーモア炸裂の名場面だが、ひとしきり笑った後に過るのは寂しさだ。 現在日本では年金支給年齢が今後も引き上げられる可能性が大であるため、ウツクシイ言葉で「高齢者の就業促進」を謳っているが、実際の職場で彼らがどう見られているかを考えると、どうにもやりきれない。 高齢者自身の思いと社会の見方はこれだけ違う!というパターンは他にも出てくる。「いちばんいけないのは、孤独なことよーそう言うじゃない。孤独な魂は、話し相手を必死でもとめているのよ。」と善行を施すつもりでクリスマスにソーシャルワーカーが訪ねてくるが、マーシャにとってはうっとうしいことこの上ない。現実の日本の高齢者への対応も、似たようなことが起こっていないか。また、会社を辞めてから4人で会うシーンがあるが、身なりを構わないマーシャの変貌ぶりに皆言葉がない。仕事をしなくなるということは、社会との関わりを断つのみならず、自分がどう見られているかという意識すらどうでもよくなるのか。未来とはいえ確実に来る「その時」を考えさせられ、寂しくなった。【中古】秋の四重奏 (lettres)KSC
April 27, 2018
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みなさん、こんばんは。鉄人衣笠選手が亡くなりましたね。今日はバーバラ・ピム作品第三弾です。彼女は一貫しておひとりさまがテーマですね。なついた羚羊 (20世紀英国モダニズム小説集成)Some Tame Gazelleバーバラ・ピムイギリスのある穏やかな村に暮らすビード姉妹はともに50代で独身。姉べリンダはしっかりものながら内気で、地元大執事ヘンリーに30年来の恋心を抱く。妹ハリエットは歴代の若手副牧師の世話を焼き、異性との微妙な関係を楽しんでいた。そこへ新任の副牧師が赴任してきて……。 主としてベリンダの視点で、村の行事と関わる人たちの悲喜こもごもが描かれる。ベリンダは、気難しい女性ではもちろんなく、傍目には「よくできた女」そのものだ。いつでも結婚できるが、わざわざ妻帯者のヘンリーを思うことで満足している。とはいえ、ヘンリーは、「妻帯者でも魅力的」と誰もが思うタイプではない。始終忙しいと口にする割には、「迷える羊を置いていきたくない」と仕事にかこつけて断る。ところが信者を救う事に熱心というよりは、多くの寄付金が期待できる信者に接近したい俗物。ベリンダも、恋に盲目でこれらのヘンリーの欠点が見えてないわけではない。だから、たとえ相手が様々な混乱を乗り越えてきたとしても(想像はしているので、希望はあるのだろうが、望み薄)逡巡するのを楽しむだけで終わりそうだ。 妹のハリエットは、姉に比べれば奔放に見える。イタリア人伯爵という決まった求愛者がいるにも関わらず「申し込まれると断る」のが習慣になっていて、彼をキープしつつ、ちゃっかり入れ替わり立ち替わりやって来る若い副牧師にあれこれと尽くして村の噂になっている。ただ、彼女の方も賛美者は欲しいけれど、結婚して家庭を持つという現実に、一歩踏み出す勇気はなく、恋愛ごっこを楽しんでる方を好む。お互いがお互いを批判し「早く結婚すればいいのに」と思いつつも、自分はそんな気全然なしの、実は似たもの姉妹だ。 傍観者を選ぶ限り、彼女たちが主役に躍り出る事はない。それでも自分達には、なついた羚羊(愛せる対象)さえいればいい。これもまた、まぎれもなくおひとり様人生の一パターンである事には違いない。うーん、人間ではなく、羚羊ねぇ…。なついた羚羊 (20世紀英国モダニズム小説集成) [ バーバラ・ピム ]楽天ブックス
April 26, 2018
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みなさん、こんばんは。麻生副大臣や他の自民党議員の発言には誠意が感じられません。いやですね、政治が停滞しているこんな空気。さて、今日もバーバラ・ピムの小説を紹介します。幸せのグラス (lettres)A GLASS OF BLESSINGSバーバラ・ピム33歳のウィルメット・フォーサイスは、不可知論者の義母シビルと役人の夫ロドニーと三人で高級住宅街に暮らしている。子供がおらず人生に退屈していた彼女の前に現れたのは、親友の兄で謎めいた美男子ピアーズ。酒癖が悪く、危なっかしい彼に心惹かれるウィルメットは自らの恋心に自覚がないまま『ピアーズ改造計画』に乗り出すのだが…。 バーバラ・ピムのウィルメットの人物造形がどんぴしゃでうまい。例えば教会の家政婦がやめてしまい、司祭から是非後任にと頼まれた場面。おだてに乗って「一瞬、司祭の家に住み込んでお世話してあげようかしらという気持ちになった」ものの、「それからもちろん思い出したのです。自分が結婚していることや、大した家事をやっているわけではないけれど、それでもやはりロドニーの元を去るわけにはいかないことを。それにスキャンダルの心配なしに司祭二人と暮らすには、明らかに私は若すぎます。なのになぜテムズ司祭は私が適役だと思われたのでしょう?ひょっとすると私があまり若く見えなかったのでしょうか。」おやおや、若いとお思いなのですな?また、ピアーズの妹で親友のロイーナ夫妻を訪ねる場面では「すらりとした若いイギリス人女性が二人、サリー州の道ばたで抱擁している…きっと私たちは、なかなか美しい「絵」になっていたことでしょう。」んま!ごちそうさま。更に、家に花束が届けられると「そもそもシビルは、こうした崇拝の貢ぎ物をぜがひでも捧げたくなるようなタイプの女性とは大違いだからです。」と決めつけ、自分あてだと思いこむ。 下品ではないから口に出すことはあまりなく、それゆえに気づかれていないが、相当他人を見下している。慈善活動に熱心で敬虔な信者であり、良き行いをするよう努めている。しかし、本音と建前はきっちりと分け、その事に露ほども罪悪感を感じない。 決して人は悪くないが、いわゆる残念な人。その事を誰よりも本人が分かっていない。そんな彼女と周囲とのギャップを効果的に描くには、一人称小説が最も効果的だ。ジェーン・オースティンの『エマ』が引き合いに出されているのも頷ける。だが、そんなヒロインにも、神様のグラスに残っていた安らぎのように、「思っていたほど自分がよい人間ではなかったと気づくこともあるしね―実のところ、よい人間どころか、とんでもない人間だったてこともね。」ダメな自分を認める素直さが残っていれば、再スタートのチャンスは与えられる。おお、「あなたのすべての咎を赦し」て下さる寛大なる神よ、ほむべきかな。それにしても、この時代にしてはお姑さま、さばけすぎです。幸せのグラス (lettres) [ バーバラ・ピム ]楽天ブックス
April 25, 2018
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みなさん、こんばんは。大谷選手四番を打つとか。すごいですね。本当に活躍してますね。今日からバーバラ・ピムの作品を紹介します。よくできた女(ひと) (文学シリーズ lettres)Excellent Womenみすず書房バーバラ・ピムヒロイン兼語り手のミルドレッドは30歳を過ぎた独身女性。両親の残してくれたささやかな収入に頼りつつ、パートタイムで働く彼女は、親しい牧師姉弟や旧友ドーラと交流したり、教区活動に加わったりしながら平穏な生活を送っていた。そんな彼女の住むフラットの下に、文化人類学者のヘレナと海軍将校の夫が引っ越してきた。美人で魅力的だが家事はさっぱりのヘレナと、ハンサムで女たらしのロッキーという夫妻の登場でミルドレッドの静かな生活に波風が立ちはじめる。 ネイピア夫妻のように、この時代に妻が全く料理ができず、夫の方が料理がうまい組み合わせって結構新鮮。 没後に評価が高まり「20世紀のオースティン」とも称される英国女性作家ピムの代表作で「おひとりさま」小説と呼ばれているらしい。自分は結構モテているのに相手の恋心に気づかなヒロインの鈍さは『エマ』あたりと似ている。基本的に主人公が傍観者的スタンスにいたい人なので、物語を主体的に動かさない(ヒロインなのに!)。むしろ自分の意見を持って動き回る周囲に振りまわされてしまう、どちらかと言えば脇役的ポジションの主役。邦題だとわからないが、原題はExcellent Women=複数形になっている。単数形なら作品中の誰かを指すと考えるが、複数形ということは「よくできた女」の定義は一つだけではない。ミルドレッドは料理もできて出しゃばりすぎない古き良き英国の「よくできた女」と言えるが、一方で大戦後、家族や教会まわりの仕事だけでなく、社会で男性と伍して働く事に目覚めてゆく、いわゆるキャリアウーマンのはしりもまた「よくできた女」である。でもまだまだ男性社会はミルドレッドのような前者パターンを望んでいる、という皮肉もほの見える。2009年に英国ガーディアン紙が発表した、「英ガーディアン紙が選ぶ必読小説1000冊」選出。【中古】 よくできた女 /バーバラピム,芦津かおり【訳】 【中古】afb
April 24, 2018
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みなさん、こんばんは。森友問題今になってやっと証拠が出てきましたね。死んだ人は無念だったでしょうね。さて、こちらもグレアム・グリーン作品です。グレアム・グリーン全集 6 ブライトン・ロック Brighton Rockグレアム・グリーン丸谷才一訳 海辺の行楽地ブライトンに巣喰う十七歳の不良少年ピンキーは常に硫酸と剃刀を持ち歩き、どんな暴力をも厭わないまさしく悪の化身だった。ある時いざこざを起こしていた新聞記者フレッドを仲間と殺す。ところが完全犯罪のはずが、仲間がカフェにカードを忘れ、ウェイトレスのローズに見破られていた。一方フレッドとその日出会っただけのアイダは、彼の死を探ろうとするうちピンキーとローズを怪しむようになる。 穏やかならぬ二つ道具を持ち歩いていても、ピンキーはまだ17年分の人生経験しかない。だからローズがどのような行動に出るのか予測がつかず「結婚すれば妻は夫に不利な証言はできない」という仲間の甘言に乗って手っ取り早い方法を思いつく。 ピンキーもローズもカソリック教徒で、ピンキーは自分の犯罪から、ローズはピンキーの犯罪を見逃してしまったことから、自分は罪びとだという認識がある。しかし後者はその事をどこかで喜んでいる。 「こういう幸福に値することを、あたしは何かしたろうか?罪を犯した、というのが答であった。あたしはあたしのケーキを、次の世においてではなく、この世において味わおうとしている。だがそんなこと、かまやしない。あたしは彼によって刻印されたのだ」一方でアイダは神を信じていない。 「彼女には信仰がなかった。天国も地獄も信じていず、幽霊や占板、こつこつと音を立てるテーブル、それから花のことを哀れっぽく物語る阿呆らしい声を信じていた。カトリックの連中はうわついた態度で死を論ずるがいい、生よりも死のほうが大切なんだろうから。」だから自らが罪びと二人に罰を下そうとする。アイダが信じる「正と不正のけじめ」とピンキーとローズが信じる神への罪の意識とはずっと交わらないままだ。そして本書では、前者があたかも悔い改める後者を追い詰めていく悪のように描かれている。2009年に英国ガーディアン紙が発表した、「英ガーディアン紙が選ぶ必読小説1000冊」選出。【中古】単行本(小説・エッセイ) グレアム・グリーン全集 6 ブライトン・ロック / グレアム・グリーン/丸谷才一【中古】afb
March 14, 2018
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みなさん、こんばんは。グレアム・グリーンの作品を紹介します。この作品は映画化もされました。おとなしいアメリカ人 グレアム・グリーン・セレクション ハヤカワepi文庫The Quiet Americanグレアム・グリーン田中西二郎(訳者) ヴェトナム戦争直前のサイゴンで一人のアメリカ人青年パイルが無惨な水死体となって発見された。引退間際のイギリス人記者ファウラーはパイルと美しい地元娘フォンを争っていた。ライバルの死に心を痛めるファウラーには、警察の捜査に協力できない秘密があった。原題はファウラーのパイル評から来ている。二人の男性はそれぞれバックグラウンドの国(ヨーロッパ、米国)を表し、二人の間で揺れ動くフォンはヴェトナムの象徴とも読める。老獪な欧州が純粋な米国を打ち負かす様を男女の恋愛に仮したように見えるが、事はそう単純ではない。「無邪気」「純粋」は必ずしも褒め言葉ではないのだ。テロリストも見方を変えれば純粋である、と言えばその意味がわかろうか。「この男はいつも無邪気なのだ。無邪気な者を批難することはできない、彼らはつねに罪がないのだ。押えつけるか、消してしまうか、それより手がない。無邪気は狂気の一種なのだ。」パイルは愛読する著書の作者に心酔し、アジアを救おうという理想に向けて突き進む。フォンの事もその一環であり、「外套が塵を吸いとるように、女たちを拾ってあるく」既婚男性ファウラーから彼女を救いだすナイトになったつもりでいる。だがファウラーは、彼の熱意とフォンの想いに乖離が生じていることにも、理想に駆られて周囲が見えていないパイルの危うさにも気づいている。宗主国フランスはヴェトナムを去り、その後に正義の国アメリカが乗り込んでくるが、泥沼化して結果的には去る事になる。ファウラーに言い寄られれば彼と過ごし、パイルに強く迫られれば恋人になったフォンは、本書の中で一度も本心からの言葉を口にしていない。この戦争に勝者がいるとすれば、一貫して「守ってやらねば」「助けてやらねば」と思われていたフォン=アジアこそ、二国とは別のしたたかさを持った勝者ではなかろうか。「おとなしいアメリカ人」とはアメリカ中央情報局 (CIA) に所属し、ラモン・マグサイサイやゴ・ディン・ジエムの師であり、後に大統領叙勲され、現在はアーリントン墓地に眠るエドワード・ランスデール空軍大佐(当時、のち将軍)がモデルとされている。グリーンはこの小説を書いたため、アメリカへの入国を拒否された。【中古】 おとなしいアメリカ人 グレアム・グリーン・セレクション ハヤカワepi文庫グレアム・グリーン・セレクション/グレアム・グリーン(訳者),田中西二郎(訳者) 【中古】afbブックオフオンライン楽天市場店
March 13, 2018
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みなさん、こんばんは。今年はあまりホワイトディの宣伝をやってないように見えるのですが気のせいでしょうか。グレアム・グリーンの短編集を紹介します。国境の向こう側 (ハヤカワepi文庫)The Other Side of the Border and Other Storiesグレアム・グリーン人と交わらず孤独に暮らしていた老人は、たった一人で暮らしていた。どこからか送られてくる金で生活には不自由しないが、随分昔の事故で記憶が定かではない。だが「自分名義ではないパスポート」を渡されたことが分かる程度の記憶はある。そんな彼がクリスマスに呼び出される。彼を呼んだのは将軍だ。さて老人の正体は?そして将軍の目的は? 老人の正体自体は作品の途中で第三者の会話という形で表わされるが、当人が自分の身の上とその身に起こったことはクライマックスでしかわからない。敬虔なカソリック教徒であるグリーンがこういう作品を書くということは、キリスト教に失望しているということなのか、それともやはり宗教の強さを訴えたかったのか。「最後の言葉The Last Word」はそんな話だ。 シャーリー・ジャクソンの「くじ」はとんでもなくブラックだったが、こちらの「宝くじThe Lottery Ticket」も負けてはいない。メキシコの田舎町を休暇で訪れた男が、偶然手に入れた大金を社会のために使おうと考えた。周囲は歓迎するが、ただ一人浮かない顔をしていたのが修道女というあたりもやはりグリーンらしい。十六短篇を収録。「最後の言葉The Last Word」高橋和久 訳「英語放送The News in English」若島正 訳「真実の瞬間The Moment of Truth」高橋和久 訳「エッフェル塔を盗んだ男The Man Who Stole the Eiffel Tower」桃尾美佳 訳「中尉が最後に死んだTheLieutenant Died Last:An Unrecorded Victory in 1940」加賀山卓朗 訳「秘密情報機関の一部局A Branch of the Service」永富友海 訳「ある老人の記憶An Old Man's Memory」田口俊樹 訳「宝くじThe Lottery Ticket」古屋美登里 訳「新築の家The New House」越前敏弥 訳「はかどらぬ作品Work Not in Progress:My Girl in Gaiters」越前敏弥 訳「不当な理由による殺人Murder for the Wrong Reason」木村政則 訳「将軍との会見An Appointment with the General」古屋美登里 訳「モランとの夜A Visit to Morin」谷崎由依 訳「見知らぬ地の夢Dream of a Stranger Land」田口俊樹 訳「森で見つけたものA Discovery in the Woods」桃尾美佳 訳本邦初紹介となる未完「国境の向こう側The Other Side of the Border」木村政則 訳【楽天ブックスならいつでも送料無料】国境の向こう側 (ハヤカワepi文庫) [ グレーアム・グリーン ]楽天ブックス
March 12, 2018
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