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久々に本誌の簡単感想です。暁のヨナ 44巻(第254話・255話・256話・257話) 感想(姉編)ここのところの、暁ヨナの怒涛の展開!毎回、唸りながら読んでいます。…ハク・スウォン間の関係性に絡まない部分だと、こんなにスムーズに話が進むものなのか…!*以下、花とゆめ最新号掲載話/単行本44巻収録分のネタバレ含みます。ご注意ください!*■緋龍王/四龍伝説の終焉?怒涛の伏線回収。・天命…四龍と緋龍王伝説を終わらせる方法?・剣と盾…緋龍王の廟に入っていた剣と、ゼノさんの紋章?・四龍終結せん時…血の盃の中で四龍の血が一つになる時?一気に説明され、「えっそうなのっっ?」と読者が驚く間もなくゼノさんは盃の中へ…そこで「ゼノさんの血の中に居た龍神様」と対面します。…ゼノさんが、黄龍と対面している。つまり「青年ゼノ≠黄龍」の構図だということですよね。四龍伝説を終わらせて、天か地かいずれかに帰ろうとするゼノさんに対し龍神はこう言います。・お前は天にも地にも行けぬ・お前は王を守る誓いを反故にした・お前の命はまだ尽きていない盃の外に再び返されたゼノさんは、死ぬことが出来ず失望しますが、そこで何か「あること」に気づいた表情をしました。どうなっているのか概要が明かされてはいませんので、願望も込めたただの予想ですが……コレ ゼノさん、「龍神の血」と別れてゼノさん本人は不死が解けてるんじゃないですかね!?「ポタポタ」という擬音語があり血が止まらなくなっているのかな?という描写になってますし。なんなら、キジャさん・シンアくん・ジェハさんの3人も、龍神と別れて、廟の周囲に転がってたりしてませんかね?※TVアニメのOP映像の如くだって、ゼノさんの体内から出た龍神さんが、ゼノさんに向かってはっきりと言っています「『お前の』命はまだ尽きていない」って。四龍たちは元は龍神の血を飲んだだけのただの人間で、そもそも龍神とは別モノの存在のはずなんです。血と別れたら元の人間になるし、まだ「人間としての生」を生き抜かなきゃいけないよ、それが緋龍王の願いだからね、ってことなんじゃないですか?ーと、私達は最近の展開描写を「スーパーイージーな四龍の呪縛からの解放」と予想しています。…うん、『フルーツバスケット』の十二支の呪いも、結局何もしなくても自然と解けたし。なんかそんな感じのイメージなんじゃないかな、と。■四龍伝説の終焉の意義について二千年の時を経て、緋龍王が転生し、四龍たちが再び終結した真の理由は、「緋龍王/四龍」伝説が終焉することを明示化するためなんじゃないかな、と思っていたりします。以下は、かなり前に書きたくった「高華国の特徴について」記事群のリンクです。その1・地理、体制、武力主義その2・地の制約と血統その3・体制と権力の不一致その4・地の制約の補強、形骸化ここでも一生懸命語っている通り、私は四龍の能力は建国神話内で既に権力から切り離されているが、それにも関わらず、高華国体制は「緋龍王/四龍伝説」を骨格として形作られており、その体制が数千年ずっと継続して来ていた、と認識しています。国家体制と伝説を繋ぐ存在として機能していたのが、神官職だったはずなのですが、二十数年ほど前、ユホン王子の弾圧で壊滅しています。要は、二千年という時を経た伝説の影響力の経年劣化、そして神官職の壊滅という決定的事象を受けて、「緋龍王/四龍伝説」を骨格とした国家体制の維持が無理になっていた、という状況がそもそもあった。高華国の人々は、「もう緋龍王/四龍伝説を骨格にした国家体制作りは出来なくなった」ことを冷静に認識しなければならないんですよ。四龍伝説は、はっきりと、国民の誰しもに分かる形で、「終わったよ」と明示することが必要であり、それを可能にするのが、『四龍が、能力を失って、人間として戻って来ること』なんじゃないかな、と。現在のスウォン政権は、スウォン様がもともと緋龍王伝説が大嫌いですので、「緋龍王/四龍伝説」から離れた、武力でもって強国化を図っていました。ただ、スウォン様自身が緋の病を発症し、時間がないと焦る中で、実際に四龍を連れだってヨナ姫が帰還し、「緋龍王/四龍伝説」があれば、次期ヨナ姫新王体制を形成していけるのではないか…とあまりにもスウォン様らしくない、明後日の方向へ思考を走らせていた状態だったんじゃないかな、と思います。スウォン様は256話で龍たちが戻って来ないかもしれない事態を把握し、一気に「冷静になって」「四龍が消えるなら見届ける」方向に気持ちが向かったようです。非常にオモシロいシーンだと思いました。まだまだ全然、どんな状況として描かれるのか分かりません。ただ、繰り返しになりますが、とにかく重要なのは、「きちんと四龍伝説が終わった」ことの明示化そしてもちろん、キジャ・シンア・ジェハ・ゼノさんの4人が、きちんと「人間としての生」を全うできるような形で、無事に戻って来てくれることなんじゃないかな、と思ってます。■予知夢?過去夢?に襲われるヨナ姫一貫性のない夢を見続けるヨナ姫。・ゼノさんに刺され倒れるハク様・1巻1話冒頭、スウォン様に代わりジュド将軍/ケイシュク参謀を引き連れて進軍する?ヨナ姫 (世紀の「お前かよ!!」案件)・最後は過去に飛び緋龍王と会話をして、四龍を迎えに行く約束をしました。 (シーン作りが非常に『NGライフ』っぽくて、懐かしかったです)どう捉えたら良いか分からないような夢もありますが、少なくとも「予知夢」は全て彼女にとって『こんな未来は嫌だよね!?』というものになっていると思います。一貫して、ハク様を失う・ハク様が居ない世界線のようですからね。とにかく、一気に物語が進んでいるのを感じます。本当に、42巻までの進捗ペースに比べて驚異的なスピード感。ハク/スウォンが絡まないと、こうもサクサクと…(以下略)すごい勢いで伏線回収(?)がされて…「えっそんなんでいいの!?」と不安に思う気持ちがある読者も居るんじゃないかな、と思いますが、個人的には、「サクッといったな!うん、こんなもんだと思ってた!」という印象で、軽い気持ちで読み進めている部分もあります。今回一気に伏線回収されてる要素は、なんか「伝説の少女っぽい」「女王誕生っぽい」話になりそうな、いかにもファンタジーな雰囲気を、初期初期に提示しているものが多いと思います。あくまで個人的見解ですが、これらはどれも、基本的にはミスリード的な機能が強い要素というか、本作の本題から読者の目を逸らせる目的があり、わざと意味深な感じで投入されているものなんじゃないかな、と受け取っていました。どのような形で伏線回収されるのか、全然想像がつかなかったですし、…重要な伏線だとも思っていませんでした。ですので、今回、このスピード感でこれらの「伏線」を一気に駆け抜けていく作品のバランス感を見て、「やっぱり本題じゃないよね、コレ」と思いながら読み進めていたりします。だって伝説も天命も、そもそもヨナ姫の動機には直接関係がなかったですし。ヨナ姫は、そもそも父親の敵討ちがしたいわけではなく、王位を奪還して自分が国を統治する・軍を率いる、という志向があるわけでもない。神官から天命を受けたから四龍を集めたわけでも、緋龍王の生まれ変わりだから、何かをしようとしているわけでもない。彼女の動機は、最初からずっと「ハク様を護る」「ハク様を失わない」ことでした。予知夢は、ヨナ姫の本質的・潜在的な「恐れ」を読者側に改めて提示して、思い出してもらって、いよいよ物語を「本題」に集約させて行くための布石かな~、と思って読んでいます。さてさて、上記のようないち読者の予想や認識は、果たして合っているのか…次話の数ページで、あっさりぶった切られる気がしてなりません;;次回掲載は6月とのことで、少し間は空きますが、すごく楽しみにしています!by姉
2024.04.29
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漫画原作の連載が始まった頃、触りだけ読んだことがあり、また非常に人気のある作品なのは知っていましたが、なかなか本格的に手を付けていませんでした。今回、劇場版は鑑賞しておりませんが、TVアニメシリーズ1~4までを一通り鑑賞しましたので、感じたことを簡単に書き記しておきたいと思います。TVアニメ感想『ハイキュー!』(原作:古舘春一先生、TVアニメ:Production I.G、2014~)小柄ながら抜群の瞬発力とジャンプ力を持つ日向翔陽と、正確無比なトスを上げる天才セッター影山飛雄。中学時代、なかなか自身の持ち味を発揮し切れなかった2人が、烏野高校男子バレー部に入部し、唯一無二の「速攻」を仕掛け始める。「最強の囮」と「天才セッター」が機能することにより、烏野バレー部は超攻撃特化のチームへと変貌していき…。*以下、原作未読・TVシリーズも1度ざっと流し見した程度で書いていますので、情報・認識が誤っている点も多々あると思います*■ハイクオリティアニメーション原作漫画画面がそんなに「読みやすい」作品ではないな、という印象だったのと、人気が拡大したのは、なんとなーくアニメ化以降だという認識だったので、アニメーションのクオリティが非常に高いのだろうな、と思っていました。実際に鑑賞して、その印象は間違っていなかったな…というか、TVシリーズも全シリーズ、非常に丁寧に丁寧に、演出にこだわって作ってある印象で、これは人気出るわ~、ととても納得しました。漫画原作とアニメーションの関係性としては、銀魂に近いところがあるかなぁ…というか、(おそらく)完全原作準拠、原作完全信頼のもと映像化されているんじゃないかな、と思いますが、立体的になればなるほど、各キャラクターの感情、視野の広さや、空気感・臨場感が活きる。もともと原作に描いてあるからこそなんですが、主観数とそれに伴う情報量がとにかく多くて、漫画画面がごちゃごちゃしがちで、正直、原作を読むだけでは面白さを拾い切れない。それが映像化して、ひとりひとりのキャラクターを声優さんとアニメーターさんが全力で演じて筋を通してくれることで、それぞれの視点や働きがすごく華やぐ。原作で話筋を知っていても、「さぁ!これがどう映像化されるのかな!?」と大勢の「アニメ」ファンが楽しみにしている作品なんだろうな、と受け取りました。■バレーボールについて私は、リアルスポーツ(他人の勝負)に全く興味がない人間のため、これほどメジャーなスポーツでさえ、ルール知識がほとんどありません。「3回」で相手コートに返す…くらいは知ってましたが。今回作品をじっくり鑑賞して、へぇー、強制的なローテーションがあるのか!とか、サーブ専門で選手交代したりすんのか!とか。漫画・アニメ作品になってくれて、愛着の抱けるキャラクターたちの物語として魅せてくれて、ようやくスポーツ観戦することができます。…ありがとうございます!!■キャラクターについてキャラクター作りが非常に上手な作品だな…いちいち、テンプレを一歩踏み込んで作り込んでくるというか、居そうで居なかったキャラクターが大勢出て来たな、と思いました。・日向くんと影山くん連載初期の辺りで立ち読みした際、「おおきく振りかぶって」の主役バッテリーに凄く似てるな、と感じていました。ビジュアルもですし、お互いの持ち味を掛け合わせて名コンビになる感じとかですね。私がこどもの頃に読んでいたスポーツ漫画って、基本的には圧倒的な天才主役の作品が多かったので、最近はこういう、個性×個性、チームワーク重視!みたいなのが多いんだなぁ…と。ただやはり本作品の主役はこの2人で納得!というか、この2人が、お互いを一番輝ける場所に押し上げる…その「コレだ!行ける!」という高揚感が、作品全体、また烏丸バレー部自体の起爆剤になっている点について、プレーの印象の強さ・爽快感という点で非常に説得力がありました。・月島くんと山口くん烏野高校に入った1年生4人のうち、主役コンビ以外の2人。冷静且つ皮肉屋の月島くんと、彼ともともと仲良しの山口くん。主役コンビがガツガツ系なので、それと比較してこの2人のキャラクター造形は、鑑賞者のテンションがついて行ける…作品としての間口の広さを保っているなぁ、と感じます。また、各々ブロックとサーブの職人のようになっていく姿が、見応え抜群でした。思わず応援したくなります。他にも印象的だったキャラクターは多々いますが、あえて挙げるとしたらこの2人でしょうか。・菅原さん3年生・部員たちからの信頼厚い副キャプテン。正セッターでしたが、1年生で天才セッターの影山くんが入学して来たことでレギュラーを外れます。…が、もちろん影山くん不在時はセッターとしての交代も多く、試合内外でのチーム内調和に向け常に全力の子です。・武田先生烏野バレー部顧問(4月より就任したばかり)。バレー経験はありませんが、熱意をもってバレー部に取り組み…あちこちに頭を下げまくって、練習試合を取り付けたり、新たにコーチを招いたり、休日返上で遠征へ連れて行ったり、バレー部が公式戦で勝ち進むと資金集めに奔走…と、教員の成り手不足の理由(部活面)を完全網羅した仕事っぷりで、烏野バレー部/生徒たちを強力に支えます。…いや、本作品、この2人だけじゃなくて、登場してくるキャラクター全員なんですが、物分かりが良すぎる、イイ人たち過ぎなんですよ!烏野の子たちはもちろん、周囲の大人たちやライバル校の子たちも。ひと昔前のスポーツ漫画って、もうちょっとこうヤンキーちっくな子たちがスポーツやってたりしてなかったっけ…?わざとボールをお互いの顔面にぶつけ合って、試合なのかケンカなのか分からん感じになったりとか…しないの?(基本的にスラムダンク/テニプリ育ち)先輩たちのことは皆敬って気を使うし、チームメイトの心情を一生懸命推し量るし、大人たちもできる限りのことをやってあげたいと目いっぱい時間と労力を割いてくれるし、そんな大人たちに、高校生の子たちがちゃんと感謝するし…なんでこんなにイイ子&イイ人たちばっかりなんですか?いや…イイ子で全然いいんですよ!ええ。でも…男子高校生(集団)なんて…もっと世間知らずで自分勝手・失言だらけで、調子に乗ったことやらかして失敗して怒られて…でもいいんだぞ…?(個人的な見解)これは、もちろん作者様の堅実なお人柄があった上で、だと思いますし、鑑賞する側としても…特に若い読者/鑑賞者たちの、作品への安心感にもつながっている部分だと思っています。ただ、観ていてこんな感想を取り立てて書きたくなるほど、現実感がないほどに「皆イイ人」「悪事/悪意を描写しない」…というか、簡単に言うと「叩かれそうなことは絶対に描写しない」がかなり徹底している印象です。SNS時代に入ってからの、「若年層」読者向けを意識している漫画作品のトレンド…なのかなぁ、と感じた部分でした。■チームバランス各々のチームに寄って、特徴があるのが魅力でした。・烏野影山くんが入ったこと、日向くんとの速攻攻撃が出来るようになったことを受け、全員一斉に攻撃態勢に入る戦略等で一気に頭角を現して来た、超攻撃特化型チームという設定なのですが、主役主体でこれほど偏ったチームバランスの作品はあまり見たことがなかったので、なかなか面白かったです。・青葉城西及川くんをメインに、他のメンバーたちとのやり取りも非常に魅力的なチームでした。練習試合・インハイ予選・春高予選…と、烏野とのどの対戦も非常に見応えがありました。個人的にTVシリーズを観た中で、一番好きなチームです。・音駒高校公開中の劇場版の対戦相手ですね。非常に練り込まれたチームな印象ですし、東京⇔宮城間の距離感を無きものと感じさせるほど、烏野と練習試合をしまくるので、劇場版の闘いはとても盛り上がりそうですね。・白鳥沢学園宮城の絶対的王者なのですが、正直なところチーム/キャラクターの練り込みがいまいちな印象でした。牛島さんも、チーム力としてもなんか全然凄そうに見えなかったし…。青葉城西の描写が魅力的過ぎたのもあるのですが…本校も県大会決勝前にもうちょっと出して、チームとして烏野と絡んでいたら、印象が違ったのかな…。・稲荷崎双子の宮兄弟が登場しますが、あんまり双子っぽさのない双子だったかな...最初天才セッターの侑(あつむ)くんを出して、この子と「変人速攻」が出来る子が必要になって、急遽双子設定になって治(おさむ)くんが出て来たのかな?、と感じました。(↑双子描写にはうるさい)でも、双子に好き勝手させてあげるチームの雰囲気や、音楽で相手チームのサーブ妨害をやってくる応援団とか、観ていてとても面白かったです。基本的には「天才セッター」からチーム形成するのがスタンダードというか…「天才セッター」から作ってあるチームは、セッターの特質・性格に寄ってチームの形が決まっていく描写に説得力があって、非常に魅力的に映りました(個人的な見解)。ざっと思いつくままに書きましたが、総じて、非常にオモシロかったです!私にしては珍しく、アニメーションで続きを鑑賞したいな、と思う作品でした。現在公開中の劇場版も、(劇場まで行くかどうかは分かりませんが)是非鑑賞したいと思っています。by姉
2024.04.21
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『ちはやふる』の末次由紀先生の新作コミックが2冊同時刊行!ちはやふるの続編『ちはやふるplus きみがため』も見どころ多過ぎなんですが、とにかくまずはこちらの1冊について語りたいです。『MA・MA・Match(マ・マ・マッチ)』(末次由紀先生・講談社・全1巻)相川成美(45)は、長男・拓実(17)、長女・瑠実(10)の二児の母。ある日拓実から、4歳から熱心に続けてきたサッカーを辞めると切り出されショックを受ける。そんな中、瑠実と同じサッカークラブのママ友・芦原沙耶(40)から、「一緒にサッカー選手になりませんか?」と誘いを受ける。彼女は、芦原家長男・圭人(10)の生意気な言動行動に手を焼いていた。流れで、ママチームvs小学生の子供チームで対戦することになり、仕事・家事の合間をぬったママたちの特訓が始まった。決戦は6週間後…!ちはやふるの長期連載を終え、1年半ほど?のお休み期間を経てから繰り出された、末次由紀先生の大型読切作品の単行本化です。これはっっ…この作品はもうっっ…手放しに『漫画の天才の所業』としか言いようのない作品です。漫画好きの方は、本当に是非。絶対に、紙の単行本で鑑賞してください!!!その他サブキャラクターたちの主観も目いっぱい投入しながら、基本的には相川家・芦原家という2家族の軸がメインで描かれます。相川家は、おっとりしたお父さんと小さな映画広告会社勤務のお母さんの一家。非常に安定・安心の真面目な一家で、家族仲は家事も分担し合いながら非常に良好。(職業柄もあってだと思いますが)お母さんがとにかく「褒めること」が大好きで、上手くいってもいかなくても、全部「すごーい」「えらーい」って褒めたくります。その教育の賜物というか、子どもたちも非常に温和で友好的で、周囲/現実を見たうえで自身の進路を定めていく、堅実な価値観を持っています。対して芦原家は、元サッカー部だった旦那さんが熱心に長男にサッカーを教えており、家庭内価値観におけるサッカーの地位が、非常に高い。家庭内不調和を産んだり、周囲とのコミュニケーションに支障が出るレベルで。子どもたちはサッカーを価値観の最優位に置き、サッカーをやったことのない母親を下の存在と見始めます。読む方の感性によっては、相川家を「上手くいっている家庭」、芦原家を「(DVチックな)上手くいっていない家庭」と定義したくなるだろうな、と思いますが、基本的に何が「いい・悪い」という定義は、末次先生の作品にはほとんどないと思っています。これは、末次先生のちはやふる以前の作品を読んでいても感じます。どんな物事だって、捉える側面によってプラス面・マイナス面はあって、絶対的な良し悪しなんて誰も定義できない。傍から見てるだけの人間が何かを定義したところで、何の意味もない。当事者たちがそれをどう捉えて、自身の行動に活かしていくか、にしか意味はない。相川家は、お母さんの成美さんもモノローグでポツポツと言っていますが、「サッカー選手になる子」が育つ家庭環境ではありません。憧れ・夢に一直線に向かった気持ちのまま大人になることは出来ず、拓実くんは「これから受験」という時期に差し掛かったタイミングで、プロサッカー選手という極々狭き門の道筋を、将来の選択肢から外すことになりました。でも…拓実くんがまぁもう…泣けるほど良い子なんですよ…。公衆の面前で、新たなスポーツに挑戦するお母さんにエールを送れる子なんですよ。「サッカーやってたこと、両親が応援してくれてたこと、自分にとって全然無駄じゃないよ」ってお母さんに素直に直接伝えられる子なんですよ。「それが大事」な価値観の家庭で育ってますからね対して、芦原家。価値観のバランスの悪さが、傍から見ても限度を超えるところまで行っている感があります。お母さんが我慢できなくなった際は、離婚も視野に入れないとだめだな、という観点もキチンと織り込まれていました。でも、もしプロサッカー選手が育つとしたら、こんな「偏った」価値観の家庭だろうな、という描かれ方になっていました。単行本描き下ろし短編『PA・PA・Patch』は、この観点を分かりやすく補足するようなアプローチの作品でした。誰も、何も、否定してないです。でも、積もる不満が爆発する前に解消できる糸口を探したり、挫折のショックを受け止めるだけのパワーを醸成するに際し、普段と違うこと…「お母さんたちもサッカーに取り組んでみる」というアクションが、相川家・芦原家双方にとって良い流れを生み出していることがきちんと伝わって来ました。他の家庭の価値観に触れることで、他の価値観を尊重・リスペクトする気持ちも生まれますし、転じて、自分自身の価値観のプラス面・マイナス面を改めて認識することもできるようになります。↑っていう作品だったな!と受け取っています。(たぶん受取り切れてない情報ももっともっといっぱいあります!)結局何が言いたいかといいますと、描き下ろし短編も含めて、全140ページほどの単行本ですが、情報量がとんでもないです!こんなもん、絶対にスマホの小さい画面で読もうとしても、画面いっぱいに展開される強烈な情報量の、極々一部しか捉えられないと思います。スマホで隙間時間に、細切れで読むような漫画作品は、それはそれで絶対に需要があるし、そこで読んでもらう作品を作るのも、当然作家様の技量やマーケティングの腕が必要です。それはそれで、現代の漫画作品としてのあるべき形だと思います。末次先生の作風は、どんどん情報過多になってきている…時代に逆行して来ていると感じます。『ちはやふる』もそうでした。どんどんどんどんそうなってます。この作品は、絶対に紙書籍で鑑賞を…!電子版で読むとしても、可能な限り大きな画面で読める環境で。作者の末次先生が、天才過ぎます。観たもの・感じたものを全部漫画画面に入れ込めてしまいます。読者が必死に情報を拾いにいく努力をしないと、「ちゃんと読む」ことが出来ません。最後に。本作は上述のように、様々な価値観が入り乱れる作品ですが、一番のとっかかりは、やはり「高校生の息子が、サッカーを辞める」ことをどう受け取めていくか、ずっと頑張って来たことを辞めることは、本人にとってどうなのか、という点だと思っています。ちはやふるは「かるた」漫画ですし、主要登場人物たちは「名人・クイーン」という競技界隈最高峰付近で闘うような、超高等級プレイヤーに偏っていました。彼・彼女たちの思考回路や価値観は、当然「人生通して『かるた』をやっていく」という方向に寄っていましたし、(主役主体たちにとっては)それを是とする方向性の描写が多かったな、と感じます。ただ、やはり太一くんは、いち読者の目線から見てもずっとかるたを続けていくことが、この子にとって幸せだとはあまり感じない子でした。この子にとって「今後(大学)もかるたを続けていく」ことはもちろん物語として素晴らしい帰結だけど、一方で最後、かるたを辞めさせてあげても、それはそれで良かったのかなと感じていました。取り組んで来た物事を「辞めること」…少なくとも、「『辞める・離れる』選択肢をきちんと持っておくこと」は、物事に「楽しく」取り組む上で、必要不可欠!…とまでは言いませんが、重要なセルフメンタルコントロールのいち手段だと思います。…って、本作・『MA・MA・Match』で提示されていました。ちはやふる本編ではしっかり描くことが出来なかった、「かるたを、(自分にとっては青春時代だけのものとして)辞めること」「名人・クイーンを目指すのではない『かるた』」…これらを肯定的に、人生にとって非常に価値のあるものだと言いたかったのだろうな、と感じました。価値観がぐるぐるぐるぐるしますが、『安定・堅実』も『偏り』も、どちらかが是・どちらかが非ではない。自分が何を最優先させて生きていく価値観の持ち主か、それぞれが自覚して、それぞれが選べば良いだけです。『道徳』(の授業って今の小学校にもあるのか?)の教材にしたいくらい、『多様性』の捉え方のヒントをたくさんたくさん拾える、超濃い1冊だと思います。老若男女、漫画好き云々に寄らず、本作はもうもう是非!超・おススメの1冊です。(出来る限り紙媒体で!)by姉
2024.04.13
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