薔薇王韓流時代劇パラレル 二次創作小説:白い華、紅い月 10
F&B 腐向け転生パラレル二次創作小説:Rewrite The Stars 6
薄桜鬼 昼ドラオメガバースパラレル二次創作小説:羅刹の檻 10
黒執事 異民族ファンタジーパラレル二次創作小説:海の花嫁 1
黒執事 転生パラレル二次創作小説:あなたに出会わなければ 5
薄桜鬼異民族ファンタジー風パラレル二次創作小説:贄の花嫁 12
天上の愛 地上の恋 転生現代パラレル二次創作小説:祝福の華 10
火宵の月 BLOOD+パラレル二次創作小説:炎の月の子守唄 1
PEACEMAKER鐵 韓流時代劇風パラレル二次創作小説:蒼い華 14
火宵の月×呪術廻戦 クロスオーバーパラレル二次創作小説:踊 1
薄桜鬼 現代ハーレクインパラレル二次創作小説:甘い恋の魔法 7
火宵の月 韓流時代劇ファンタジーパラレル 二次創作小説:華夜 18
コナン×薄桜鬼クロスオーバー二次創作小説:土方さんと安室さん 6
火宵の月 戦国風転生ファンタジーパラレル二次創作小説:泥中に咲く 1
火宵の月 転生オメガバースパラレル 二次創作小説:その花の名は 10
薄桜鬼ハリポタパラレル二次創作小説:その愛は、魔法にも似て 5
薄桜鬼×刀剣乱舞 腐向けクロスオーバー二次創作小説:輪廻の砂時計 9
薄桜鬼 ハーレクイン風昼ドラパラレル 二次小説:紫の瞳の人魚姫 20
薄桜鬼腐向け西洋風ファンタジーパラレル二次創作小説:瓦礫の聖母 13
薄桜鬼×火宵の月 平安パラレルクロスオーバー二次創作小説:火喰鳥 7
薄桜鬼 薔薇王腐向け転生昼ドラパラレル二次創作小説:◆I beg you◆ 1
天上の愛地上の恋 転生オメガバースパラレル二次創作小説:囚われの愛 10
鬼滅の刃×火宵の月 クロスオーバーパラレル二次創作小説:麗しき華 1
黒執事 平安昼ドラオメガバースパラレル二次創作小説:蒼き月満ちて 1
名探偵コナン腐向け火宵の月パラレル二次創作小説:蒼き焔~運命の恋~ 1
黒執事×薔薇王中世パラレルクロスオーバー二次創作小説:薔薇と駒鳥 27
黒執事×ツイステ 現代パラレルクロスオーバー二次創作小説:戀セヨ人魚 2
ハリポタ×天上の愛地上の恋 クロスオーバー二次創作小説:光と闇の邂逅 2
天上の愛地上の恋 転生昼ドラパラレル二次創作小説:アイタイノエンド 6
F&B×天愛 異世界転生ファンタジーパラレル二次創作小説:綺羅星の如く 1
黒執事×火宵の月 クロスオーバーパラレル二次創作小説:悪魔と陰陽師 1
ツイステ×火宵の月クロスオーバーパラレル二次創作小説:闇の鏡と陰陽師 4
黒執事 BLOOD+パラレル二次創作小説:闇の子守唄~儚き愛の鎮魂歌~ 1
天愛×火宵の月 異民族クロスオーバーパラレル二次創作小説:蒼と翠の邂逅 1
天上の愛地上の恋 大河転生昼ドラ吸血鬼パラレル二次創作小説:愛別離苦 1
陰陽師×火宵の月クロスオーバーパラレル二次創作小説:君は僕に似ている 3
天愛×薄桜鬼×火宵の月 吸血鬼クロスオーバ―パラレル二次創作小説:金と黒 4
火宵の月 昼ドラハーレクイン風ファンタジーパラレル二次創作小説:夢の華 0
火宵の月 吸血鬼転生オメガバースパラレル二次創作小説:炎の中に咲く華 1
火宵の月×薄桜鬼クロスオーバーパラレル二次創作小説:想いを繋ぐ紅玉 54
バチ官腐向け時代物パラレル二次創作小説:運命の花嫁~Famme Fatale~ 6
火宵の月異世界転生昼ドラファンタジー二次創作小説:闇の巫女炎の神子 0
FLESH&BLOOD 異世界ファンタジーパラレル二次創作小説:炎の騎士 1
FLESH&BLOOD ハーレクイン風パラレル二次創作小説:翠の瞳に恋して 20
PEACEMAKER鐵 ファンタジーパラレル二次創作小説:勿忘草が咲く丘で 9
火宵の月 和風ファンタジーパラレル二次創作小説:紅の花嫁~妖狐異譚~ 3
天上の愛地上の恋 現代昼ドラ風パラレル二次創作小説:黒髪の天使~約束~ 3
火宵の月 異世界軍事風転生ファンタジーパラレル二次創作小説:奈落の花 2
天上の愛 地上の恋 転生昼ドラ寄宿学校パラレル二次創作小説:天使の箱庭 7
天上の愛地上の恋 昼ドラ転生遊郭パラレル二次創作小説:蜜愛~ふたつの唇~ 1
天上の愛地上の恋 帝国昼ドラ転生パラレル二次創作小説:蒼穹の王 翠の天使 2
火宵の月 地獄先生ぬ~べ~パラレル二次創作小説:誰かの心臓になれたなら 2
黒執事 昼ドラ風転生ファンタジーパラレル二次創作小説:君の神様になりたい 4
天愛×火宵の月クロスオーバーパラレル二次創作小説:翼がなくてもーvestigeー 3
FLESH&BLOOD ハーレクイロマンスパラレル二次創作小説:愛の炎に抱かれて 10
薄桜鬼腐向け転生刑事パラレル二次創作小説 :警視庁の姫!!~螺旋の輪廻~ 15
FLESH&BLOOD 帝国ハーレクインロマンスパラレル二次創作小説:炎の紋章 3
バチ官×天上の愛地上の恋 クロスオーバーパラレル二次創作小説:二人の天使 3
PEACEMAKER鐵 オメガバースパラレル二次創作小説:愛しい人へ、ありがとう 8
天愛×腐滅の刃クロスオーバーパラレル二次創作小説:夢幻の果て~soranji~ 1
天上の愛地上の恋 現代転生ハーレクイン風パラレル二次創作小説:最高の片想い 6
FLESH&BLOOD ファンタジーパラレル二次創作小説:炎の花嫁と金髪の悪魔 6
薄桜鬼腐向け転生愛憎劇パラレル二次創作小説:鬼哭琴抄(きこくきんしょう) 10
薄桜鬼×天上の愛地上の恋 転生クロスオーバーパラレル二次創作小説:玉響の夢 6
天上の愛地上の恋 現代転生パラレル二次創作小説:愛唄〜君に伝えたいこと〜 1
FLESH&BLOODハーレクインパラレル二次創作小説:海賊探偵社へようこそ! 1
天愛×相棒×名探偵コナン× クロスオーバーパラレル二次創作小説:碧に融ける 1
魔道祖師×薄桜鬼クロスオーバーパラレル二次創作小説:想うは、あなたひとり 2
天上の愛地上の恋 BLOOD+パラレル二次創作小説:美しき日々〜ファタール〜 0
FLESH&BLOOD 現代転生パラレル二次創作小説:◇マリーゴールドに恋して◇ 2
YOIヴィク勇火宵の月パラレル二次創作小説:蒼き月は真紅の太陽の愛を乞う 1
YOI×天上の愛地上の恋クロスオーバーパラレル二次創作小説:氷上に咲く華たち 2
YOI×天上の愛地上の恋 クロスオーバーパラレル二次創作小説:皇帝の愛しき真珠 6
火宵の月×刀剣乱舞転生クロスオーバーパラレル二次創作小説:たゆたえども沈まず 2
薔薇王の葬列×天上の愛地上の恋クロスオーバーパラレル二次創作小説:黒衣の聖母 3
刀剣乱舞 腐向けエリザベート風パラレル二次創作小説:獅子の后~愛と死の輪舞~ 1
薄桜鬼×火宵の月 遊郭転生昼ドラクロスオーバーパラレル二次創作小説:不死鳥の花嫁 1
薄桜鬼×天上の愛地上の恋腐向け昼ドラクロスオーバー二次創作小説:元皇子の仕立屋 2
火宵の月 異世界ファンタジーパラレル二次創作小説:碧き竜と炎の姫君~愛の果て~ 1
F&B×火宵の月 クロスオーバーパラレル二次創作小説:海賊と陰陽師~嵐の果て~ 1
火宵の月×薄桜鬼 和風ファンタジークロスオーバーパラレル二次創作小説:百合と鳳凰 2
F&B×天愛 昼ドラハーレクインクロスオーバ―パラレル二次創作小説:金糸雀と獅子 2
F&B×天愛吸血鬼ハーレクインクロスオーバーパラレル二次創作小説:白銀の夜明け 2
天上の愛地上の恋現代昼ドラ人魚転生パラレル二次創作小説:何度生まれ変わっても… 2
相棒×名探偵コナン×火宵の月 クロスオーバーパラレル二次創作小説:名探偵と陰陽師 1
薄桜鬼×天官賜福×火宵の月 旅館昼ドラクロスオーバーパラレル二次創作小説:炎の宿 2
火宵の月 異世界ハーレクインヒストリカルファンタジー二次創作小説:鳥籠の花嫁 0
天愛 異世界ハーレクイン転生ファンタジーパラレル二次創作小説:炎の巫女 氷の皇子 1
F&B×薄桜鬼 転生クロスオーバーパラレル二次創作小説:北極星の絆~運命の螺旋~ 1
天上の愛地上の恋 昼ドラ風パラレル二次創作小説:愛の炎~愛し君へ・・愛の螺旋 1
天愛×火宵の月陰陽師クロスオーバパラレル二次創作小説:雪月花~また、あの場所で~ 0
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数日後、歳三は総司の実家を訪問した。「何ですって、この女と結婚したいですって!?」総司が歳三と結婚したい事を告げると、房江はそう叫んで彼女を睨みつけた。「あなたみたいな汚わしい女、沖田家の嫁には相応しくありません!」「お母様、僕は土方さんと結婚する為なら、この家と縁を切ります。」総司はそう言って歳三の手を掴むと、実家を飛び出していった。「おい、いいのかよ。あんな事言って。」「いいんです。土方さん、二度と僕から逃げないでくださいね。」「ったく、ガキはこれだから・・」歳三は今後総司が変わるのかどうか、少し不安になった。 今まで名家の御曹司として何不自由ない暮らしを送ってきた彼が、厳しい世間を渡っていけるのだろうか。それに彼は大学受験を控えているし、そんな中で自分と結婚する事によってマイナスになるのではないだろうか。そんな事を思いながら歳三がコンビニで買い物をしていると、突然携帯が鳴った。「姉貴、どうしたんだ?」『トシ、あんた一体どういうこと?』通話口越しに姉の怒鳴り声が聞こえ、歳三は溜息を吐いた。「落ち着けよ、姉貴。後でちゃんと説明するからさ・・」『できちゃった結婚なんて信じられない!ちゃんと相手を連れて来なさいね!』「わかったよ、わかったから・・」偏頭痛が襲ってきたので歳三は頭を押さえながら、総司との結婚の事をどう姉に説明しようか悩んでいた。「で?あなたがうちのトシと結婚することになった総司君?」「は、はい・・」「言っときますけどね、今のあなたじゃトシと子どもを養えるような経済力を持っていないわ。トシが一人で育てるっていうのならともかく、あなたまだ学生でしょう?」「そ、それは・・」歳三の姉・信子の追及に対し、総司は返す言葉が見つからなかった。「トシ、あなたどうかしてるわ!中学の時に荒れて漸く更生してマトモになったと思ったら、すぐこれだもの!」「悪かったな、年下の男を誑かして!こいつとは結婚するからな!」「勝手になさい!あんたの事はもう知らないから!」売り言葉に買い言葉といった感じで、歳三は姉と喧嘩別れした。 その後、歳三は出産費用の為にバイトを二つ掛け持ちし稼いでいたが、臨月間近の妊婦にとって工事現場の仕事は過酷だった。だからと言って辞める事など出来ず、歳三は体調が辛いのを押して働いた。 しかし工事現場のバイト中、彼女はバランスを崩して資材の前で転んでしまい、その時に強く腹を打ち、そのまま病院に運ばれた。切迫早産は免れたものの、胎児が危険な状態だということで、彼女は入院を余儀なくされた。「このまま出産まで入院していただくことになるかもしれません。」「出産までですか?まだ金が用意できてねぇってのに・・」「土方さん、お金の事よりも自分の身体や赤ちゃんの事を心配して下さい。」入院している事を総司には知らせず、歳三はそのまま出産の時を迎えた。「痛ってぇ~、死ぬぅぅ!」間髪いれずに襲ってくる陣痛に、歳三はベッドの上でのたうち回りながら吼えた。「土方さぁ~ん。」分娩室のドアが開き、総司がビデオカメラ片手に呑気な声で歳三の前に現れた瞬間、自然と彼女は拳で彼の頭を殴っていた。「てめぇ、何呑気にビデオ持ってきてやがる!」「痛いですぅ~。」「俺はなぁ、今だって痛くて堪らねぇんだよ!」頼りにならない総司に、歳三は始終怒鳴り続けていた。難産の末に彼女は元気な男の子を出産した。「あ~、やっと終わったぜ。煙草吸いてぇな。」歳三が病室のベッドに横たわっていると、看護師が赤ん坊を抱いて入って来た。「授乳の時間ですよ~」歳三は赤ん坊に授乳しながら、自分が総司を尻に敷かないと生活できないと感じた。―完―にほんブログ村
2012年05月11日
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「これでよしっと・・」 学校を辞めてから2ヶ月が過ぎ、歳三は引越しの準備を終えて一息つくために煙草を吸おうとバルコニーに出ようとしたが、やめた。(煙草はやめたんだっけか・・)総司と別れ、学校を辞めてからバタバタと忙しくしていた歳三は、生理が遅れていることに気づいた。薬局で妊娠検査薬を買って検査すると、結果は陽性だった。 総司が飽きずに自分を抱いており、避妊は一応したものの、殆どコンドームを使っていないことに歳三は気づいていた。大蔵の手前避妊はしていると言ったが、もし妊娠したら身をひき、子どもは一人で育てようと歳三は決めていた。 彼はまだ学生だし、未成年者が働ける場所は限られている。それに周囲が自分との交際を反対する中で、家族や将来を捨ててまで総司が自分を選ぶとは思えない。「ご結婚はされていないのですか?」「ええ。」「そうですか・・」歳三が未婚の母となることに、医師は顔に渋面を浮かべた。「赤ちゃんのお父さんとは、良く話されましたか?」「いいえ。知らせてもいません。子どもは一人で育てます。」医師の診察を受けている間、17の時に産んだ息子を妊娠した時の事を思い出した。 あの時は子どもを育てる自信がなくて、すぐに養子に出してしまったが、今は違う。父親が居ない子どもとして謂れのない差別や偏見を受けることになるかもしれないが、この子は絶対自分の手で育てたかった。 就職先はもう決まっているし、子どもが生まれたらこの部屋は手狭になるから新しい部屋も借りた。後は総司に妊娠の事を知られずにいるかだった。(総司とはあんな別れ方しちまったが、あれでいいんだ。)別れ際、歳三は総司の顔を見る事ができなかった。相手への未練を残したまま別れることはしない―歳三は総司との関係が周囲に露見した時、そう決意したのだった。 彼女は部屋に戻り、バッグから母子手帳を取り出した。そこにはエコー写真が1枚貼りつけられ、まだ豆粒大の胎児が映っていた。半年後には、この小さな胎児はこの世に誕生する。(俺はお前ぇの為に頑張るからな。)歳三がそっと下腹を撫でていると、玄関のチャイムが鳴った。そばの出前を頼んでいたので、もう来たのだろうかと思った歳三がドアを開けると、そこには肩で息をしている総司が立っていた。「総司・・?」「どうして、引越しの事黙ってたんですか!」「教える義理なんざねぇだろ。」歳三がそう言って笑うと、総司は勝手に部屋に上がってきた。「何処行くんですか?」「てめぇには関係のねぇこった。さっさと帰れよ。」「嫌です、全部説明してくれるまでは帰りません!」「帰れっつってんだろうが!」歳三と総司は揉み合いとなり、その拍子に歳三のバッグから母子手帳が落ちた。「これ・・」最悪のタイミングで、総司が妊娠を知るなんて―歳三は深い溜息を吐いて彼を見た。「お前ぇにだけは、知られたくなかったな。」「どうするんです?堕ろすんですか?」「産むさ。一人で育てる。はなっからお前ぇをあてにはしてねぇよ。」歳三の言葉に総司は暫く黙っていると、歳三の手を彼は取った。「結婚してください、僕と。」「馬鹿言うな、お前ぇみてぇな甘ったれたガキが俺を幸せなんかできるもんか。」「出来ます!だから・・」総司の紫紺の瞳に見つめられ、歳三の心は一瞬揺らいだ。にほんブログ村
2012年05月11日
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大蔵と歳三が出逢ったのは、彼女がまだ10代で中学に上がったばかりの頃だった。 その頃彼女はやたらと世間を舐め、煙草や酒を憶え、街に繰り出しては派手な喧嘩をしていきがっていたクソガキだった。 そんなある日、歳三は対立する不良グループのリーダー格に捕えられ、陵辱されようとした時に、たまたま通りかかった大蔵が彼女を助けてくれて以来、彼とは腹を割って話し合えるような仲になっていた。「大蔵さん、あん頃の恩も返さねぇで、ホントすいません。」「いや、いいんだよ。それよりもトシ、あの頃のお前ぇがもう先公とはな。全く、人生ってのはわからねぇもんだな。」大蔵はそう言って豪快に笑った。「大蔵さん、話ってなんですか?」「トシ、お前が産んだガキ、今何処にいるか知ってるか?」大蔵の言葉に、過去の苦い記憶が歳三の脳裡に甦った。 歳三が中学を中退し、学校にも行かずに派手に喧嘩を繰り返し、歓楽街の一角を取り仕切っていた歳三は、ある暴走族のリーダーと出逢い、酔った勢いで彼と寝た。だがその時に妊娠してしまい、姉に内緒で中絶しようと思っていた歳三だったが結局バレ、彼女は17で未婚の母となった。しかし未成年だった彼女には子どもを育てる金も気力もなく、子どもは生まれてすぐに養子に出された。「ええ、憶えてますよ。」「あのガキ、金持ちの清隆ってところに引き取られて幸せに暮らしてるってよ。」「そうっすか。大蔵さん、どうして俺にそんな話を?」「いやぁ、風の噂にお前ぇが生徒とデキちまったってのを聞いてよ。あん時みたいに下手してないかどうか、確かめたかったんだよ。」「心配要りませんよ、避妊はちゃんとしてます。」 総司を手酷く振って以来、彼が部屋に来る事はないし、学校で擦れ違ったとしても彼は歳三と目を合わせようとはしない。もう彼の心は自分から離れていったのだと、歳三はそう思い安心した。あのまま関係を続けていれば、互いに傷つけあうことになるだろう。「そうか・・それを聞いて安心したぜ。わざわざ引き留めて済まなかったな。」「いえ、久しぶりに会って嬉しかったです。それじゃあ俺はこれで。」歳三はそう言って大蔵の事務所を出た。 翌朝彼女が出勤すると、明らかに周囲の空気がどこか違うように感じた。「土方先生、ちょっと来て下さい。」「は、はい・・」歳三が校長室に入ると、校長は溜息を吐いて来客用のソファに腰を下ろした。「今朝、こんなものが掲示板に貼られていましてね。」そう言って彼が見せてくれたのは、歳三と総司の情事を撮影した写真だった。顔や局部にモザイク処理などされておらず、これを見た瞬間自分達の関係が露見してしまったことに歳三は気づいた。「君が生徒とみだらな関係を持っていたことは・・」「認めます。わたしは責任をもって退職致します。」歳三はそう言うと、バッグの中から予め用意していた退職願を校長に差しだした。「これからどうするのかね?」「さぁ、わかりません。資格は色々と取っているんで、雇ってくれるところならどこでも行きます。短い間でしたが、お世話になりました。」校長に頭を下げ、歳三は校長室から出て自分の机の私物を片付ける為に職員室へと向かった。「信じられない、あんな事するなんて。」「吉岡先生を誑かして・・」「やっぱり元ヤンキーだったことはあるわね・・」同僚達からの非難の視線と中傷の言葉を受けながら、歳三は黙々と私物を段ボールに詰めていた。「土方さん!」歳三が校門から出ようとした時、総司が追いかけて来るのが解った。「総司・・」「学校辞めるって本当ですか?」「あぁ。元気でな。」歳三は決して振り返って総司の顔を見ようとはしなかった。そうすると、彼への未練が残ってしまうから。にほんブログ村
2012年05月11日
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歳三は吉岡悟の両親と会う為に、都内某所の高級料亭に来ていた。「歳三さん、ご結婚なさったら今の仕事はどうなさるおつもりなの?」 吉岡の母親は、いかにも“お金持ちのお上品な奥様”といった印象で、何処か他人を見下しているようにも歳三は見えて、彼女を好きにはなれなかった。「さぁ、その時になったら考えますが。」「まぁ、じゃぁ子どもが出来たら当然おやめになるわよね?」「それはその時になってから考えます。」「そんな事をおっしゃって。」相手が少し苛々しているとわかった歳三は、煙草を1本、箱から取り出してそれを口に咥えた。「すいません、吸ってもいいですか?」「構いませんけど・・あなた本当に、うちの悟と結婚する気はあるんでしょうね?」「ええ。煙草は結婚しても止めませんから。あと仕事は今まで通り続けます。なんつーか、良妻賢母ってやつはわたしには合わないんでね。」「まぁ・・あなた、ご自分の立場を解っていらっしゃらないのね。いいこと、あなたは吉岡家の嫁としていずれは跡取りの男児を産んで貰わなくては困ります。」「誰が結婚するって言いましたか?」歳三はそう言うと、吸い終った煙草を灰皿に押し付けた。「言っときますが、俺は悟さんとセックスしただけで、結婚とか跡取りを産めとか言われてもそんな気はありません。」彼女の言葉に、吉岡の顔が蒼褪めた。「どういうことですか、土方さん!?僕と結婚してくれるって言ったじゃないですか!」「んなもん、嘘に決まってるだろ、馬鹿。大体なぁ、一度セックスしただけで女が結婚すると思うか?甘ぇんだよ。」歳三は新しい煙草に火をつけると、その煙を吉岡に吹きかけた。激しく咳き込む悟と、唖然とする両親を残して、歳三は料亭を後にした。(畜生、つい本音が出ちまった。) 吉岡と結婚し、彼を欺いて夫婦として暮らそうと思っていたのだが、やはりあんな優柔不断で甘やかされた金持ちのボンボンは好かない。(これからどうっすかなあ・・)夜の飲み屋街を歩きながら、歳三は溜息を吐いた。「あ、土方先生じゃないですかぁ~!」背後から上ずった声が聞こえたかと思うと、そこには奈緒美が歳三に向かって手を振っているところだった。余り彼女とは会いたくなかった歳三であったが、無視するのも気まずいので彼女は奈緒美の方へと歩いていった。「どうも。」「土方先生、これから飲み会なんですけど、ご一緒しません?」ふと周りを見ると、そこには同僚の教師が何人か居た。「いや、今日は遠慮しときます。」「そんな固い事言わずに。」奈緒美は歳三の腕を掴み、有無を言わさずカラオケボックスへと連れ行こうとしていた。その時、向こうから男の野太い声が聞こえた。「よぉ、誰かと思ったらトシじゃねぇか。」歳三が振り向くと、そこにはスーツを着てサングラスを掛けている男が立っていた。「お、大蔵さん・・」まさかこんな所で昔世話になった男に会うとは思っておらず、歳三は慌てて彼に頭を下げた。「あの、お知り合いですか?」「まぁな。お嬢ちゃん、ちょいとこいつ借りるぜ。」男はそう言って奈緒美の手を振り払うと、歳三の腕を引っ張ってとある事務所へと入って行った。「大蔵興業」と表向きには書かれているが、その正体は高金利で金を貸す、所謂闇金業者であった。「てめぇ最近見ねぇと思ったら、先公になったって聞いてよぉ。ま、そこに掛けろや。」 男―大蔵はそう言ってソファにどかりと腰を下ろすと、歳三はその向かいのソファに慌てて腰を下ろした。にほんブログ村
2012年05月11日
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ベッドに転がされて、執拗に秘所を舌で舐められた。歳三は甘い吐息を漏らすと、吉岡は硬くなった自分のものをそこへ宛がおうとした。「どうした?俺が欲しいんじゃないのか?」歳三がそう言って吉岡の頬を撫でると、彼は切なそうな顔をしていた。「何でこんな時に・・」ふと彼のものを見ると、それはいつの間にか萎んでいた。「途中まではいいんですけど、なかなか元気にならないんです。」「そうか。なら俺が元気にしてやるよ。」歳三は吉岡の前に跪くと、彼のものを口に含んで舐めはじめた。「うう・・いいです。」口の中で再び吉岡のものが硬くなる感触がした歳三は、それを口から抜くと、それを秘所へと宛がい、ゆっくりと腰を下ろした。「ん・・」総司のものとは違い、硬さや太さはいまいちであったが、この際そんな事はどうでもいい。「温かい・・」「動いてもいいか?」歳三は吉岡に跨るかのような格好で、腰を激しく動かし始めた。 結合部からズチュ、ニュチュという淫猥な水音が響き始め、二人の体液がシーツを濡らす。「・・そろそろ頃合いだな。」歳三はそう呟くと、そっと吉岡の前から退いた。「もう、駄目だ!出る!」彼は歳三の髪を掴むと、彼女の口に爆発寸前の自分のものを押し込んだ。「ウェッ」いきなり喉奥を突かれ、歳三は吐きそうになったものの、グッとそれを堪えて吉岡を責め立てた。 するとその先端から大量の白濁液が放出され、歳三はその苦味があるものを全て飲んだ。「土方さん、彼とはどうするつもりなんですか?」情事の後、歳三はソファに座って煙草を燻(くゆ)らせていた。「総司とは別れる。もうガキの面倒を見るのは飽きた。」「じゃぁ僕との結婚、真剣に考えてくれるんですね?」「ああ。」歳三は吉岡を見た後、ゆっくりと紫煙を吐き出した。 昨夜の情事の余韻を引きずったまま歳三が出勤すると、同僚の椛田奈緒美が近づいて来た。「土方先生、その指輪高そうですね。誰からのプレゼントですか?」ストイックでクールな歳三の印象とは真逆の、ほんわかとした印象の奈緒美は、毎朝セットした髪をなびかせながら、歳三が嵌めているエメラルドの指輪を指した。「吉岡先生からです。昨夜彼にプロポーズされましてね。」「じゃぁ、結婚するんですか?」「まぁ、そうなりますね。」歳三が教室に入ると、既に彼女が吉岡からプロポーズされたことを知っているようで、生徒達は色々と彼女に質問をぶつけた。「先生、結婚式はどこでやるんですか?」「新婚旅行は?」「馬~鹿、てめぇらにそんな個人的な事を教えるかよ。さ、教科書82ページを開け。」 一時間目が終わり、体育の為に生徒達が更衣室へと出払うと、総司は板書を消している歳三の方へと近づいていった。「本当なんですか、先生?」「本当も何も、プロポーズされたんだよ。」「僕とは、遊びだったってわけですか?」「遊びだよ。それと、ボランティアかな。」「ボランティア、ですか?」総司がそう歳三に尋ねると、彼女は低い声で笑った後、こう言った。「そう、ボランティアだよ。性欲処理の。わかったらさっさと行け、目障りなんだよ。」総司は泣きそうになったが、それを堪えて教室から飛び出していった。「これでいいんだ、これで。あいつを傷つけない為には・・」にほんブログ村
2012年05月11日
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彼は、両親とともに食事をしていた。 相手は取引先の家族だろうか、総司の両親と同年代の夫婦と、華やかなドレスに身を包んだ少女が時折頬を染めながら彼を見つめていた。見合いだろうか―歳三がそう思いながら総司達のテーブルを見ていると、吉岡が怪訝そうな顔で彼女を見た。「どうなさったんですか、土方先生?」「いえ、何も。それよりもお話しというのは?」慌てて吉岡の方に向き直ると、彼は照れ臭そうに小さい箱を彼女の前に置いた。「これは?」「開けてみてください。」歳三が箱を開けると、そこにはエメラルドの指輪があった。「僕と、結婚してくださいませんか?」「急ですね。わたしは良家の出身ではないし、言葉遣いも悪いですよ。それに脛に傷を持っている身です。」「それでもいいんです。」吉岡は真剣な眼差しで歳三を見た。歳三は彼のプロポーズを受けた。「美味しかったです。こんな所に連れて来てくださってありがとう。」「そ、そうですか?」デザートを食べ終わった後、ジャズバンドがクラシックなナンバーを演奏し始め、客達の何人かが踊り始めた。「一緒に踊りましょうか?」「ええ。」吉岡はすっかり舞い上がっていて、歳三が演技をしていることに全く気づかなかった。「総ちゃん、今度葉山の別荘に京子さんをお連れしたら?」 一方、総司は両親とともに早瀬興産の会長夫妻とその一人娘・京子と食事をしていた。「すいません、最近部活や受験勉強で忙しくて。」「そうですの、それなら仕方ありませんわね。」京子はそう言って落胆したような表情を浮かべた。「すいませんね、うちの息子は奥手なものでして。」「いえいえ、わたしは総司君のような礼儀正しい子が好きですよ。最近の若い者はチャラチャラした輩ばかりでね。」両親の会話を聞きながら、総司が水を飲んでいると、視線の端に紫紺のドレスの裾が翻るさまが映った。(土方さん?)客達が踊っているダンスフロアに、歳三と吉岡の姿があった。いつも濃紺のパンツスーツと、ストライプの襟なしシャツを着た姿とは違い、艶やかな紫のマーメイドタイプのイヴニングドレスを纏った歳三は、仄かに妖艶な色気を醸し出していた。「あら、土方先生。」「おやまぁ、誰かと思えば沖田君の御両親ではないですか。」歳三が吉岡と踊っていると、房江が目敏く彼らに気づき、歳三達の方へと近づいてきた。「今日はどうしてこのような所に?」「大人同士、積もる話がありましてね。吉岡さん、もっとあなたと親交を深めたいわ。」歳三はそっと吉岡の腕に己のそれを絡ませた。「ではわたし達はこれで。」背後に総司の嫉妬に満ちた視線を感じるも、歳三は一度も彼の方を振り向こうとはしなかった。「沖田君には話しかけなかったね?」「まぁな。」部屋に入った歳三は、そう言って吉岡を見た。「残酷な人ですね、土方先生は。彼を諦める為に他の男と寝ようとするなんて。」「あいつにとって、俺の存在が消えた方がいいんだ。」「それが、あなたの本心?」「どうとでも捉えてくれると助かるぜ。」吉岡に微笑んだ歳三は、ドレスのチャックを下ろし、白い裸身を彼の前に晒した。にほんブログ村
2012年05月11日
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「あなた、さっき総ちゃんの部屋を掃除していたら、こんなものが!」 妻・房江が素っ頓狂な声を上げながら、書斎に入ってくるのを、沖田英治は溜息を吐いて彼女を見た。「どうしたんだ、そんな大声を出して?」彼は妻の手に未開封のコンドームが握られていることに気づいた。「総司は色気づく年頃だ。そんなものを持っているだけで騒ぐな。」「まぁ、あなた!あの子は沖田家の跡継ぎですのよ、変な虫がついたら困るのは沖田家なんですのよ!」呑気な夫の言葉に、房江は早口で捲くし立てた。「あいつは自分の道を見つけたんだ、房江。会社はわたしの代で終わりだ。」「そうですか、それがあなたのお考えなのね。でもわたくしは総ちゃんに沖田財閥を継がせますわ。そして然るべき家柄のお嬢様をお嫁に迎えますわ。」「結婚は本人の意思を尊重すべきだ。」「もうあなたとはお話しになりませんわ。失礼致します。」「勝手に入ってきたのはそっちだろうに・・」英治は溜息を吐いて、仕事を再開した。「土方歳三さんですね?」「あぁ、そうだが。」駅前の書店で雑誌を立ち読みしていると、歳三は突然背後から肩を叩かれた。振り向くと、そこには銀縁眼鏡を掛け、長身をスーツに包んだ男が立っていた。「わたくしは安西徹と申します。静かな場所でお話しいたしましょうか?」「わかった・・」 男・安西徹とともに駅前のカフェへと向かうと、そこには総司の父・英治が座っていた。「君が、土方歳三君かね?」「はい。」「単刀直入に聞く。あなたは息子と一体どのような関係なんだ?」「どのようなと言われましても・・彼とは、ただの教師と生徒の関係です。」「そうか。ではこれは?」英治がそう言って歳三にあるものを見せた。それは、安西翔が携帯で彼女に見せたものと同じ写真だった。「単刀直入に申し上げよう。総司と・・息子と別れてくれないか?」英治の頼みに、歳三は首を縦に振った。「土方様、総司様はいずれは沖田家を担う存在です。あなたとの不純な関係が世間に知られたら、総司様はもとより、奥様が深く傷つかれます。」「そうですか・・ではこれで失礼を。」 カフェから出て帰宅した歳三は、ソファに腰を下ろして溜息を吐いた。いつかこうなると、予見はしていた。総司は沖田財閥の御曹司で、自分は何もないただの庶民。教え子と肉体関係になり、欲望のままに情事を重ねた。もう総司との関係を終わりにしなくては―歳三はそう思いおもいながら眠りに就いた。 翌朝、歳三が身支度をしていると、携帯が鳴った。「もしもし?」『土方先生、今お時間宜しいですか?』「はい、構いませんが。」『今週の木曜、お時間空いてますか?』「ええ・・」 木曜日の夜、歳三は待ち合わせ場所の高級ホテルのロビーで相手を待っていた。「すいません、お待たせしてしまって。」「いいえ、今来たところなので。」そう言って彼女は、吉岡に微笑んだ。「少し寄る所がありますので、行きましょうか。」吉岡が歳三を連れて行ったのは、銀座にある高級ブティックだった。そこで彼は、紫のイヴニングドレスを購入した。「良くお似合いですね。わたしの見立て通りだ。」「あの・・」「さぁ、行きましょうか。」訳が判らぬまま、歳三は吉岡とともに車で伊豆へと向かった。「吉岡さん、今からどちらへ?」「あの船に乗るんですよ。」そう言って吉岡が指した先には、豪華客船・アルテミス号が港に停泊していた。「足元に気をつけて。」「は、はい・・」 船内にある高級フレンチレストランで前菜を待っていると、歳三はそこで総司の姿を見つけた。にほんブログ村
2012年05月11日
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「土方さん、僕です。」「総司か、入れ。」歳三が総司をマンションの部屋に招き入れると、彼は突然歳三を抱き締めた。「土方さん、愛してます。」「どうした、総司?何か変なもんでも食ったのか?」そう言って自分の顔を覗きこんだ歳三の寝間着の隙間から豊満な乳房が覗き、欲情に駆られた総司は彼女を床に押し倒した。「総司、やめろ!」「腰を高く上げてください。」「何をする気だ?」歳三は総司を怯える目で見ると、彼はズボンを下着ごと下ろした。「何って、セックスですよ。」「きょ、今日は駄目だ!」「どうして?もしかして生理ですか?」「ああ。口でするから許してくれ。」歳三はそう言うと、総司の下半身に顔を埋めた。「あぁっ!」歳三の舌が、程良く自分のものを刺激してくるのを感じて、総司は思わず喘いだ。彼女はそんな彼の反応を見てくすりと笑い、総司のものを激しく吸った。「出ちゃう・・」総司はそう言って呻くと、歳三の口の中で果てた。「総司、一体何しに来たんだ?」「ううん、別に。好きな人に会う理由なんて要ります?」「いいや。」歳三は総司を抱き締めると、彼の手を取りベッドへと誘った。「生理中じゃないんですか?」「そうだが・・お前、ゴム持ってるか?」「ええ。」二人はやがてもつれ合うようにしてベッドに身を沈ませた。「総司、もう駄目だ!」 肉同士がぶつかり合う音が部屋に反響し、歳三は腰を高く上げ、総司は彼女の乳房を揉みながら一心不乱に激しく腰を振った。「一緒にいきましょう。」「ああ、一緒に・・」歳三は絶頂を迎え、意識を手放した。「ねぇ土方さん、僕と結婚してくれますか?」「何言ってやがる。」「酷いなぁ。」総司は苦笑すると、歳三を抱き締めた。「ふぅん、そう言う事か・・」歳三と総司が幸せな時間を過ごしている頃、マンションの外では総司に声を掛けた少年が携帯片手にあるものを見ていた。それは、歳三の部屋に仕掛けた隠しカメラに映された二人の情事の映像だった。「土方先生、ちょっといいですか?」廊下を歩いていた歳三は、突然ある生徒に呼びとめられた。そこには、中等部の安西翔が立っていた。「なんだ、俺に何か用か?」「少し解らないところがあって、教えていただきたいんですが・・宜しいでしょうか?」「あぁ、構わねぇが。」安西とともに資料室へと入った歳三が彼に背を向けた途端、安西が彼女を抱き締めた。「何しやがる!」「へぇ、沖田先輩とはここでセックスするのに、僕とは嫌なんだ。」「てめぇ・・」安西は口端を上げて笑うと、歳三に携帯を見せた。「これ、何だかわかりますよね?」「お前ぇ・・」携帯には、放送室で歳三が総司のものを口に含んでいる写真が映っていた。「てめぇ、何者だ?」「僕には年の離れた兄がいましてね。沖田先輩の家で働いているんですよ、先輩の教育係として。」安西はそう言って、携帯を閉じた。にほんブログ村
2012年05月11日
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総司は乱暴に歳三のパンティをストッキングごと脱がすと、彼女の桃尻が露わになり、彼は我慢の限界を超えて歳三を貫いた。「い・・やぁ・・」ミチッミチッ、という音が歳三の中から聞こえ、粘膜が自分のものを拒むかのように締め付けて来る。「土方さん、力抜いてくださいよ・・」「うるせぇ・・」総司は歳三の腰を掴むと、強引に奥まで自分のものを貫いた。「ハァ・・全部、入りましたよ。」彼は歳三の耳元でそう囁くと、激しく腰を振り始めた。肉同士がぶつかり合う音が、防音を施した室内で反響し、それが歳三の羞恥を煽らせた。「やめろ、抜け・・抜いてくれぇ!」「嫌です、もう止まりません。土方さんだって、こうして欲しかったんでしょう?」「そんな事、思ってな・・」「嘘だ。嫌だったらこんなに濡れているわけないでしょう?先生のイヤラシイジュース、一杯溢れてますよ?」「そん・・言うなぁぁ!」総司の言葉責めに、歳三は頭を振った。 彼は眩暈がしそうなどの強い快感に襲われ、一層激しく腰を振った。「中に出しますよ、土方さん。」「やめろ、出すな!」「じゃぁ飲んでくれます?」「飲んでやるから、抜け!」「でももう駄目かも・・」総司はビクリと身体を震わせると、歳三の中に欲望を迸らせた。ドクドクと注ぎこまれてゆく彼の欲望を、歳三は感じた。「馬鹿野郎、出しやがったな!」「すいません、我慢できなくて。」総司は悪びれもせずにそう言うと、歳三の中から自分のものを引き抜いた。するとそこから、収まりきれなかった総司の白濁液がだらりと歳三の太腿を伝って垂れて来た。「てめ、ふざけんなよ!こんな事してタダで済むと・・」「思ってませんよ。だってこうしないと、先生僕を男として見てくれないじゃないですか?」歳三が総司を睨むと、普段茶目っ気のある彼の顔に、冷酷な表情が浮かんでいた。「総司・・?」「土方さんが悪いんですよ。僕をガキ扱いするから。」総司は傍にあったティッシュで歳三の下半身を拭うと、パンティとストッキングを穿かせた。「お前ぇのお袋さんにはうまく言っておくからな。」歳三が放送室から出ようとすると、総司が彼女の肩を掴んで強引に自分の方へと振り向かせた。「もう帰っちゃうんですか?」「ああ。これ以上俺に何しろっていうんだよ?」「口でしてくださいよ。」歳三は総司を睨み付けると、彼の下半身に顔を埋めて彼のものを舐めた。「また勃ってきちゃった・・」「畜生、クソガキが。」思わず憎まれ口を叩く歳三だったが、そんな彼女が総司にとっては愛おしく見えた。 自分のものに舌を這わせている歳三の姿を、総司は嬉しそうに見下ろしていた。(ガキだな、僕は。こんな先生の姿を見られる自分の姿に酔っているなんて・・)行為に夢中で、彼らは自分が何者かに動画を撮影されていることに全く気づかなかった。「沖田総司君、だよね?」「そうですけど、何か?」いつものように塾が終わり、総司が歳三のマンションへと向かおうとすると、突然彼は1人の少年に声を掛けられた。「エリート校の優等生が、こんな事していいのかなぁ?」彼はそう言うと、携帯を総司に見せた。「あんた、誰?」「誰って・・後輩の顔も忘れちゃったのかなぁ、沖田先輩?」少年は怒りを瞳に滾らせている総司を見て笑った。にほんブログ村
2012年05月11日
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「噂によれば、S大は試験用紙に名前を書くだけで合格するという、馬鹿が集まるような大学でしょう?そんな所を総ちゃんが受験したって聞いたら、ご近所の方がどう思われるか・・」房江はそう言って溜息を吐いた。「お母様、やめてよ!お母様の世間体や見栄の所為で僕が学習院でどんな思いをしたのか、忘れたの!?」総司はそう言って椅子から立ち上がると、教室から飛び出していった。「総ちゃん、待って!」「お母さん、わたしが行きます。」歳三は教室を出て、総司の後を追った。「総司、待て!」「放してよ!」総司を彼女が捕まえたのは、放送室の前だった。「とにかく、落ち着いて。」「お母様なんか大嫌い!」総司はそう言って涙を流した。 彼を落ち着かせる為に、放送室へと歳三は彼とともに入った。「お前ぇ、一体お袋さんと何があったんだ?」歳三が総司と向かい合うようにして椅子に腰を下ろすと、総司は溜息を吐いて髪を掻きむしった。「お母様は・・母はいつも自分の見栄の為に僕を犠牲にしてきた!僕が剣道を始めると、“ピアノがもう弾けなくなっちゃう”って言われたんだ。」それから彼は、母親の見栄の為にどれほど自分が我慢を強いられてきたのかを歳三に吐き出した。「母は僕の事よりも、沖田家の事が大事なんだ。さっきの母の態度を見て、よく解ったでしょう?」「総司・・」「どうして僕はあんな母親から生まれたんだろう?どうしてあんな家に生まれたんだろう?財閥でも何でもない普通の家に生まれていたら、きっと別の人生があったのにって・・」総司の頬を、涙が一筋伝った。「総司、もういいんだ。お前ぇはもう過去を引き摺らなくていい。前を向いて歩く事だけを考えろ。」歳三はそっと総司の涙を拭うと、彼を抱き締めた。その時総司の脳裡に、過去の記憶が浮かんできた。 病に侵され、剣を握れなくなった自分に自棄を起こし、歳三に辛く当たった時があった。その時も彼女は、何も言わずにただ抱き締めてくれた。「土方さん・・」総司は歳三から離れると、彼女の唇を塞いだ。「んんっ・・」彼の口付けを拒まず、歳三は舌を絡めた。「どうしよう・・身体が熱くなっちゃった。」歳三から離れると、総司は荒い息を吐いて彼女の首筋へと唇を落とした。「やめろ、こんな所で・・」「どうして?こんなに感じてる癖に。」口端を歪ませ、総司はブラウス越しに歳三の乳首を指先で弄った。「んぁぁ!」歳三の華奢な身体がビクリと震え、いつも冷たい光を宿した切れ長の黒い瞳が熱に潤んでいた。「はぁ、もう、やめろ・・」「嫌です。もう止まりません。」総司の手が、歳三のスラックスを下ろし、彼女の上半身を壁に押し付けた。「じっとしていてくださいね、土方さん。」歳三は身を捩って総司から逃げようとしたが、彼に押さえこまれて壁から一歩も動けなかった。 背後で総司がカチャカチャとベルトを外す音が聞こえた。「やめろ、ここは学校だぞ!」「ここは防音設備がいいから誰にも聞こえやしませんよ。あぁ、土方さんったら校内放送でイヤラシイ自分の声を聞かせてあげたいんですか、みんなに?」「馬鹿野郎・・」頬を赤く染める歳三が、可愛いと総司は思った。「暴れないでくださいね。」彼はそう言って、漲った股間を歳三の腰に押し付けた。にほんブログ村
2012年05月11日
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「碌なもんないけど、食ってくか?」「はい。」歳三の部屋は清潔感があって、少し殺風景だった。「あの、一人暮らしですか?」「ああ。両親はもう死んでて、年が離れた姉貴が居るけど、実家には全然帰ってねぇな。お前は?」「僕は両親と姉二人で住んでます。他にも執事やメイドが何人か。」「金持ちのお坊ちゃまは違うねぇ。で、今日はどうしてここに?」「塾の帰りに来たんです。あの人との事を聞きたくて。」歳三はキッチンで湯を沸かしながら、ソファに座る総司を見た。「あいつは吉岡っていって、この前食事に誘われたんだが、断ったんだ。そしたら今朝、また誘ってきやがって。」「で、断ったんですか?」「ああ。なんつーか、ああいう優柔不断なお坊ちゃんはタイプじゃねぇんだ。」「へぇ、そうなんだ。」総司はそう言うと、歳三を見た。「はい、どうぞ。」彼女は電子レンジから解凍したラザニアを総司の前に置いた。「いただきます。」総司がフォークでラザニアを一口食べると、頬が蕩けそうなほど美味かった。「どうだ?」「美味しいです。これ、土方さんが作ったんですか?」「まぁな。ネットでレシピ調べてちゃちゃっと作ったんだ。少し余分に作っちまったから、お前が来て助かったわ。」「そうですか。じゃぁ土方さんの手料理食べに来ようかな。」「おいおい、勘弁してくれ。今日だけにしてくれよ。」「解りましたよ。」土方と夕食を食べながら楽しく過ごしていると、バッグの中にいれていた携帯が鳴った。「すいません、失礼します。」総司はそう言うと、携帯を開いた。「もしもし、お母様?」『総ちゃん、今何処に居るの?お客様がいらっしゃるって言ったでしょう!』「ごめんお母様、今夜は友達の家に泊まるから。」『お友達って、どちらのお家なの?ママが迎えに行くから教えなさい!』ヒステリックな母親の声を聞きたくなくて、総司は携帯の電源を切った。「誰からだ?」「母からです。塾にはちゃんと行ったかって。」「部活や塾との両立って、大変だな。」「ええ。母は東大に行けっていうけれど、僕はS大の教育学部を受験するつもりですから。」「教育学部って、お前ぇ教師になりてぇのか?」「はい。」総司の言葉に、歳三は笑った。「やめとけ、教職だなんて。余り稼げねぇぞ。」「先生も母と同じ事、言うんですね・・」総司はそう言って、溜息を吐いた。 翌日、歳三は朝早く出勤して三者面談の為に生徒の家庭調査書と内申書を見ていた。「これか・・」総司の家庭調査書を見た歳三は、彼が日本で五指に入る沖田財閥の御曹司であることを初めて知った。(中学まで学習院だったのか。こりゃぁ何か揉めそうだな。)三者面談が始まり、歳三は総司と房江の二人と向き合う形で椅子に座った。「あなたが担任の土方さん?随分とお若い先生でいらっしゃいますのね?」「ええ。総司君の進路ですが・・彼は教育学部に進みたいとのことで・・」「あなた、元ヤンキーですって?この学校にあなたのような方がいらっしゃるだなんて・・教育委員会に抗議しなくては。」「お母様!」歳三に対して失礼な言葉を投げつけた房江に、総司は鋭い声を上げた。「まぁわたくしは昔はヤンキーでしたが、こうして更生致しました。それよりも、総司君についてですが・・」「先生、総ちゃんの受験は認めませんわ。この子は沖田財閥の跡取りなんですもの。」 房江と歳三の話は、平行線を辿り始めた。にほんブログ村
2012年05月11日
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―やっと手に入れた、この幸せを―「総司、もうやめっ・・」放課後の誰もいない資料室で、総司と歳三の荒い息だけが聞こえる。 総司は歳三を組み敷き、再び彼女の中で欲望を迸らせた。初めてのセックスは、想像以上に刺激的なものだった。一度その感覚を味わったら、もう病みつきになってしまった。「嫌ですよ、土方さんだって気持ちいいんでしょう?」「もうやめろ!」歳三はそう叫ぶなり、総司を突き飛ばした。「もうここへは来るな。」「土方さん、どうして・・」歳三に拒絶され、総司は深く傷ついた。「総ちゃん、お帰りなさい。」「ただいま。」母と顔を合わせずに、総司は自分の部屋へと入った。(土方さん、どうしてあんな事を?)自分に抱かれた時の歳三は、蕩けた表情で自分を見つめていた。その夜はなかなか寝付けずにいた。誰かの事が気になって仕方がないという気持ちは、初めての事だった。 それまでは、母の期待に応えたい一心で、自分の心を殺して生きてきた。だが今は、漸くその心を生き返らせることができた。(土方さん、今どうしているかな?)総司はそう思いながら、目を閉じた。 夢の中で、彼は学校でも家でもない場所に居た。『総司・・』褥に広がる彼女の黒髪が、蝋燭の灯りに照らされて艶やかな光を放った。総司はゆっくりと、女の身体に自身を埋めた。「坊ちゃま、朝食の時間でございます。」「あ・・」朝を迎えた総司がベッドから起きようとした時、下半身に違和感を抱いた。(嘘、あんな夢で・・)「坊ちゃま、いかがなされましたか?」「ご、ごめん!遅れるとお母様に言っておいて!」「かしこまりました。」執事が去った後、総司は大慌てで浴室へと走り、熱い湯でシャワーを浴びて制服に着替えた後、ダイニングへと向かった。「総ちゃん、今日は早く帰ってきなさいね。」「うん・・」総司は母の言葉に生返事をして、家を出た。「あ、土方さん・・」教室へと向かう途中、総司は歳三の姿を見かけたが、彼女は総司と目を合わせようとはしなかった。(やっぱり怒ってるんだ、昨日の事。)強引に彼女を抱いたのだから、憎まれて当然だ。もやもやとした気持ちを抱えたまま、総司が教室に入ろうとした時、背後から歳三の笑い声が聞こえた。 振り向くと、そこには男性教師と談笑している彼女の姿があった。自分には見せない笑顔を他の男に見せている歳三に、総司は胸が焦げるような嫉妬に駆られた。「土方さん。」「てめぇ、いたのか。」歳三の自宅マンションのエントランス前で座り込んで総司が彼女の帰りを待っていると、彼女は目を丸くして彼を見た。「こんなところじゃ寒いから、上がれよ。」「はい、お邪魔します。」歳三の部屋に上がるなり、総司は彼女を抱き締めた。「総司?」「土方さん、あの人と一体どういう関係なんですか?」「ああ、あいつとは何もねぇよ。」「本当に?」「本当だ。」歳三はそう言うと、総司に微笑んだ。「お前ぇはガキだな、総司。目が離せねぇよ。」彼女はふわりとした、柔らかな笑みを総司に向けた。にほんブログ村
2012年05月11日
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―もう、あなたを離したりしない― 教壇に立っているその人―土方歳三(としみ)は、はきはきとした口調で今日も英語の授業をしていた。総司は彼女の顔を見ながら、上の空で授業を受けていた。「おい沖田、何ぼーっとしてんだ!」「あ、すいません・・」総司がそう言うと、どっと教室に笑いが湧きおこった。 ここには、あそこと違って自分の事をいじめたり、からかったりする連中が居ない。中学生の時とは違い、総司はのびのびとした学校生活を送っていた。「総ちゃん、そろそろ留学を考えたら?」「留学なんて、考えてないよ。」いつも家族で囲む夕食時、房江の提案を総司は即却下した。「まぁ、どうしてなの?」「僕は学校の先生になるよ。もう決めたんだ。」総司の言葉に、房江は金切り声で叫んだ。「そんな勝手は許さないわよ、総ちゃん!あのエリート校から東大に行って、パパの会社を継いだ方が楽じゃない!」「嫌なものは嫌なんだ!」総司はそう言うと、椅子から立ち上がってダイニングから出て行った。寝室のベッドに寝転がりながら、彼は歳三の事を思った。 自分よりも一回りも年上の彼女は、いつも冷静沈着で滅多に声を荒げて怒ったりはしない。だが中学の頃の、事なかれ主義の教師と比べると、彼女は生徒の悩みに親身に答えてくれるし、生徒達も彼女の事を慕っている。 今まで将来の夢など何もなかった総司だったが、歳三のような生徒の心に寄り添える教師になりたいと、初めて彼はそんな夢を抱き始めていた。「土方先生・・」「おう、総司か。」授業中に配られた課題のプリントを資料室へと総司が運ぶと、そこには煙草を咥えた歳三が椅子に座っていた。「これ、プリントです。」「ありがとうよ。もう遅いし、帰ってもいいぜ。」「はい・・」そう言ったが、総司はまだ歳三と居たかった。「どうした?」「先生は、僕の事どう思ってます?」歳三の切れ長の黒い瞳が、虚を突かれたように見開かれた。「どうって・・俺はお前ぇのことを生徒としてしか見てねぇよ。」「そうですか。男としては見てくれないんですね。」「まだお前ぇは世間を知らねぇガキだろ。さっさと帰りな。」歳三の言葉に少しショックを受けながら、総司は資料室を後にした。「世間知らずのガキ、か・・」塾の帰りにいつも寄るファーストフード店で、総司はそう呟いて笑った。歳三から見れば、まだ自分は一人前の男として認められないのかもしれない。 数日後、総司は歳三と廊下ですれ違う時に一枚のメモを渡した。(来てくれるかな?)資料室で歳三を待っていると、ドアが軋んだ音がして歳三が入って来た。「なんだ、俺の事待ってたのか?」「ええ。土方さん、あの・・」「何だよ、言いたい事があるなら言えって・・」総司は歳三を抱き締めると、そのまま床に押し倒した。「てめぇ、何しやがる!」「好きです、付き合ってください。」総司はブラウス越しに歳三の豊満な乳房を揉むと、股間が漲ってくるのがわかった。「早くあなたの中に入りたい・・」「待て、ゴムは持ってるのか?」歳三はそう言って総司を見た。彼女の黒い瞳は、熱で潤んでいた。 彼女の中に入って果てた時、総司の欲望に火がついた。にほんブログ村
2012年05月11日
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―やっと会えた、僕の大切な人―「総ちゃん、支度は出来た?」「はい、お母様。」高級住宅街の一角に、沖田総司は両親と二人の姉とともに住んでいた。「入学式の時間には遅れないようにしなくちゃね。総ちゃん、さぁ行きましょうか?」「行ってらっしゃいませ、奥様、坊ちゃま。」母に連れられ、総司はリムジンに乗り込み、学習院初等部へと向かった。 皇族の方や旧華族の末裔など、おもに上流階級の子息・子女が通う名門校にも、財閥の御曹司である総司も入学する事になった。しかしそれは母・房江による一方的な押しつけであり、総司自身が望んだことではなかった。「総ちゃん、今日からしっかりお勉強して、立派な大人になるのよ。あなたはいずれ、沖田家を継ぐ人間なんだからね。」「はい、お母様。」房江の機嫌を損ねぬよう、総司はそう言って彼女に笑顔を見せた。 総司が学習院初等部に入学してから数日が経ち、彼はクラスメイトから陰湿な嫌がらせを受け始めた。それは単純に自分達と外見が違う彼の容姿をからかうものであったが、やがて教科書に落書きされたり、物を隠されたりといった陰湿なものへと変わっていった。「あ、ガイジンだ。」「ガイジンが来てる。」総司が教室に入ると、クラスの男子達がそう言って彼の事をはやし立てた。学校に居る間、総司はじっと自分の席から一歩も動かず、ただひたすらクラスメイト達の嫌がらせに耐えていた。 やがて初等部から中等部へと上がった総司であったが、状況は全く初等部の頃から変わらなかった。「沖田君、その髪は染めないのか?」「いえ・・」ある日の事、総司は地毛の銀髪の事を教師から咎められた。「総ちゃん、あなたは何も心配する事はありませんからね。ちゃんと先生にも伝えておきましたからね。」学校に出向いた房江が帰宅して自分に笑顔を見せると、総司は彼女を責めることができなくなった。 中学生になってからというもの、房江はこれまで以上に総司に完璧さを求めるようになっていた。「総ちゃん、先週の模試、成績が下がってるじゃないの。これじゃぁ東大には行けないわよ。」「申し訳ありません・・」「あなたも何とか言ってやってくださいな。」房江は夫・英治にそう話を振ったが、彼は家の事は妻に任せきりで、総司の成績について何も言わなかった。総司は毎日進学塾に通い、週末はピアノやヴァイオリンの稽古に追われ、身体を休める時間がなかった。学校でも、クラスメイト達から陰湿ないじめを受けても教師には相談できずに、ストレスを抱えたまま受験の年を迎えた。 そんな中、総司の心は限界を迎えた。いつものように授業を受けていた時、彼は急に息苦しくなって深く息を吐こうとしたが、ますます苦しくなるばかりで、気を失ってしまった。「総ちゃん、ママがついているからね。」入院先の病室で、総司は自分の手を握る房江を睨みつけた。「母さん、もう僕高等部には行かないよ。」「そう。あなたが決めたのなら、ママは反対しないわ。」退院後、総司は志望校を自分で決め受験勉強に励み、見事合格した。 誰も知り合いが居ない新しい学校で、総司は期待と不安に胸を膨らませながら高校の門をくぐった。教室に入って担任の教師を待っていると、1人の女性が教室に入って来た。「今日から皆さんの担任を務める土方歳三です。どうぞ宜しくお願い致します。」 教壇に立っている彼女の顔を見た瞬間、総司の全身に電流が走ったかのようなショックを受けた。にほんブログ村
2012年05月11日
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2019年5月、会津若松市。若葉が映える鶴ヶ城の近くで、一組の男女が結婚式を厳粛に執り行うところであった。新郎は紋付の黒羽織を纏い、凛々しい光を帯びた紫紺の瞳で隣に居る新婦を見つめていた。 白無垢姿に文金高島田のかつらを被り、口にほんのりと紅をつけている彼女は、恥ずかしそうに目を伏せた。「ママ、綺麗だねぇ。」「そうね、綺麗ねぇ。」新郎新婦が神主による祝詞を受けている間、親族席に座っていた房江は孫娘の言葉にそう言って頷いた。「お兄ちゃん、あたしもママみたいな綺麗なお嫁さんになる!」「それまで優子を貰ってくれる男が見つかればいいけどね。」「もう、意地悪~」今年7歳になる歳三と総司の娘・優子は、そう言って頬を膨らませた。「あなた達、静かにしなさい。」「わかりました。」 結婚式を終えた新郎新婦とその親族は、会津若松市内のホテルへと向かった。「歳三さん、大丈夫?」「ええ。少しは。」新婦の控室に入った房江は、白無垢からウェディングドレスへと着替えている最中の歳三に声を掛けた。「お腹が目立たない内にお式を挙げようと思っていたけれど、やっぱり少し・・」房江の視線が、歳三の少し膨らみ始めた下腹へと向けられた。「大丈夫ですよ、ドレスはお腹が目立たないデザインのものですから。」「そう、ならいいけれど。」三人目を妊娠したと判ったのは、総司と歳三が結婚式の計画を練っている時だった。 というのも、優子が両親の結婚式の写真がないことを知り、結婚式を挙げて欲しいと言いだしたのが全ての始まりだった。「優子の友達のパパとママはみんな結婚式挙げてるのに、どうしてママとパパは挙げていないの?」「この際挙げてしまいなさいよ、歳三さん。藤原のお父様達も呼んで。」房江の後押しもあって、総司と歳三は結婚式を挙げることになったのだ。「ママ綺麗~!」「どうだ、俺だって本気を出せば綺麗になれるんだよ。」「馬子にも衣装の間違いじゃない?」歳三の傍から、誠が間髪いれずに突っ込むと、彼女は息子の脇腹を肘で突いた。「痛ってぇ・・」「余計な事を抜かすからだよ。」「誠ちゃん、駄目でしょう。あなたってデリカシーがないんだから。」「お祖母ちゃんまで・・」誠は母の次に好きな祖母にまで責められ、軽くへこんだ。「お時間ですよ。」「じゃぁ、行ってくるわ。」ドレスの裾を捌きながら、歳三は新婦控室を出て、夫の元へと向かった。 純白のウェディングドレスに身を包んだ歳三の姿を見た時、総司は余りの美しさに息を呑んだ。「おい、何惚けてんだ。」「すいません・・余りにも綺麗だったものだから。」「ったく、お前ってやつは。今度はちゃんと立ち会えよ、出産。」「解りましたよ。ねぇ土方さん、いつまでも一緒に居ましょうね。」「ああ。」二人は笑顔を浮かべながら、白亜の扉の前に立った。「それでは、新郎新婦のご入場です!」メンデルスゾーンの『結婚行進曲』が流れ、披露宴会場にスポットライトを浴びた新郎新婦が笑顔で登場した。 前世で悲しい別れをした歳三と総司だが、現世では明るい未来に満ちていた。―FIN―
2012年02月02日
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「ママ、パパ、おばあちゃん、雪降って来たよ~!」 季節は瞬く間に過ぎ、歳三達は初めて会津で冬を迎えた。「まぁ、凄く綺麗ねぇ。」房江はそう言って降り出した雪を窓から眺めた。「ったく、この調子じゃぁ雪おろしするのが大変だな・・」房江と誠がはしゃいでいる中、歳三だけが苦い顔をしながらそう呟いて溜息を吐いた。 臨月を迎えた彼女は、予定日が近い事があり、この雪で交通機関が麻痺しなければいいのだがと心配していた。5月に長年音信不通になっていた姉・信子と和解し、出産は実家がある日野で迎える予定なのだが、11月半ばに入る頃に東北地方を中心に大雪が襲い、正直言って帰省出来るかどうか彼女は不安だった。「どうしたの、ママ?」「なんでもないよ。それよりもパパ、帰り遅いなぁ。」歳三はそう言ってちらりと壁掛け時計を眺めた。 今日、彼女の夫・総司は剣道教室で一足先にクリスマスパーティーを開いており、それに参加していた。もうじき終わる頃なのだが、彼の身に何かあったのだろうか―歳三がそう思っていると、彼女の携帯が鳴った。 大きなお腹を抱えながらソファから彼女が立ち上がった時、鋭い痛みが下腹部を襲った。「どうしたの、歳三さん?」「何か・・産まれそうです。」「まぁ、何てことかしら!」歳三はダイニングテーブルに置いてある携帯を取ると、通話ボタンを押した。『土方さん、どうしました?』「総司、ちょっと困ったことになった・・」『え、どういう事ですか?』「それがな・・」状況を説明しようとすると、再び歳三は激痛に襲われた。「総ちゃん、歳三さんが産気づいたのよ。今から誠ちゃんと一緒にわたくし達病院に行くから、後であなたも来なさいね!」『本当なの、お母様?』「さあ歳三さん、行くわよ!」房江はそう言って歳三の身体を支えながら、車に乗り病院へと急いだ。 だが大雪の所為で道路の除雪が進まず、行きつけの病院の前の道は渋滞していた。「何だってこんな時に・・」「ママ、大丈夫?」「大丈夫だ。誠、もうすぐお兄ちゃんになるんだぞ。」額に汗を浮かべながら、歳三は誠を怯えさせないように笑顔でそう言うと、彼はそっと小さな手で彼女の腰を擦り始めた。「すいません、嫁が急に産気づきましたの!」房江が歳三を病院へと連れて行くと、産婦人科の看護師達が彼女の身体を支えて診察室へと入っていった。「子宮口が開いていますね。分娩室へ移動しましょう。」ストレッチャーに乗せられ、歳三は陣痛から3時間弱で元気な女児を出産した。「歳三さん、お疲れ様。誠ちゃん、あなたの妹よ。」房江はそう言うと、誠に生まれたばかりの赤ん坊を抱かせた。「ゆっくりね、そうそう・・」「土方さん!」誠が妹を抱っこしていると、総司が病室に入って来た。「総ちゃん、もう産まれたわよ。」「可愛い~、土方さんにそっくりだぁ。」「てめぇ、入ってきてほかに言うことねえのかよ?」歳三は総司の能天気な態度にむかっ腹が立ち、彼の頭をグーで小突いた。「痛いですぅ。」「ったくお前ぇは、相変わらず成長しねぇな!」 クリスマスの数週間前に生まれた土方家の長女は、優子と名づけられ両親と祖母、兄からの愛情を一身に受けて育った。
2012年02月02日
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「どうぞ、狭い所ですけど上がって頂戴。」亮子はそう言って歳三達を自宅に招いた。 きちんと整理整頓されたリビングには、彼女の趣味のキルトカバーが掛けられているテーブルがあった。「ねぇ土方さん、あなた以前は教師をしていらしたのでしょう?」「ええ、それが何か?」「今の御主人は、あなたの教え子ですってね。道理で年が離れていると思ったわ。」亮子が突然話を振って来たので、歳三は彼女を警戒し始めた。「山久さん、何が言いたいのですか?」「この際だから言わせていただくわ。あなたみたいな下品な方、ここには相応しくないのよ。ねぇ皆さん?」亮子の周囲に居た主婦達は、彼女の言葉に賛同するかのように頷いた。「教え子を誑かして子どもまで作って、恥ずかしいと思わないのかしら?厚顔無恥もいいところだわ。」「そりゃぁ大変失礼いたしましたね。でもあんたみたいに人のあらを探して誹謗中傷するような女よりはマシだね!」亮子の言葉に、歳三の堪忍袋の緒が切れた。「何ですって、新入りの癖に生意気ね!」「うるせぇ!てめぇが先に喧嘩売ってきたんだろうが!いちいち俺に絡んでネチネチ嫌味言いやがって。今度はお仲間と集中攻撃ってか?あんた人の事言えるほど偉いのかい?」歳三の言葉に、亮子は怒りで顔を赤らめた。「許せない、何処までわたしを馬鹿にするつもりなの!」「はん、やろうってのか!だったらサシでやろうじゃねぇか。」亮子とはここで決着をつけなくてはいけないと思った歳三は、そう言って上着を乱暴に脱ぎ捨てた。「人を虚仮にしたツケは払って貰うからなぁ。」「何よ、本気なの?」「今更後にはひけねぇだろ?」歳三が拳を鳴らすと、亮子は悲鳴を上げて彼女から後ずさった。 逃げようとした彼女の胸倉を掴んだ歳三は、彼女を壁に押し付けた。「いいか、今後俺や俺の家族を悪く言いやがったらタタじゃ済まねぇぞ。名誉棄損で訴えてやる。あんたらもな。」「証拠がない癖に!」「証拠ならあるんだよ、ここにな。」歳三はバッグからICレコーダーを取り出し、再生ボタンを押すと、先ほどの会話が全て録音されていた。「これからどっちが悪いかわかるよなぁ?後でお仲間と一緒に悲劇のヒロイン面してご町内に触れまわってみろ、こいつをネットでばら撒いてやるからな。」亮子は蒼褪め、床にへたり込んだ。「じゃぁ、俺はこれで。」山久家を出た歳三は、大きな溜息を吐いた。「土方さん、山久さんと何かあったの?」「ええ、ちょっと。」「そう。余り相手にしない方がいいわよ。」美津子はそう言って歳三の肩を叩いた。「解りました。」「ああ、あなたにお客様が見えているわよ。」歳三が帰宅すると、男物の靴が玄関先に置いてあった。「ただいま。」「久しぶりだな、歳三。元気にしておったか?」リビングに入ると、そこには藤原一臣会長の姿があった。「会長、お加減は?」「ああ、もう大丈夫だ。色々と大変だったな。」「ええ。会長は何故こちらに?」「娘と孫の顔を見たいというだけで来るのはいけないか?」「いいえ、ちっとも。そういえば、今日の夕飯は鍋にしようと思っていたんです。会長もいかがですか?」「ああ、いただこうか。」そう言って自分に柔らかな笑みを浮かべた一臣は、病から全快したようだった。
2012年02月02日
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「えぇ・・都合がよろしい時に。」「そう。うちはこれから色々と忙しいので、落ち着いたらこちらから連絡致しますわ。」房江はそう言うと、亮子に微笑んで家の中へと入っていった。「あれが、あなたがおっしゃってた方なのね?」「ええ。それよりもお義母様、一体何をお考えなのですか?」「さぁ。でもさっきのご近所さんがあなたを見ていらっしゃる目を見れば、あの方がきっと変な噂を立てたんでしょうね。」房江はキッチンで茶を沸かすと、歳三を見た。「気をしっかり持ちなさい。ああいう方の前では毅然とした態度を取った方がいいわ。」「解りました。お義母様、俺がしますから。」歳三が慌てて茶を沸かそうとすると、房江はそれを手で制した。「あなたは座っていなさい。安定期を過ぎるまでは、家事がわたくしがしますからね。」「すいません、助かります。」「いいのよ。」まるで人が変わったかのような房江の態度に、歳三は若干戸惑っていた。「ねぇ歳三さん、わたくしは今まで意地を張っていたと思うのよ。余り上手くは言えないのだけど・・何かしら、娘二人の後に漸く生まれた総ちゃんを、理想の息子に育てようとしたのよ。でもそれが裏目に出て・・」「お義母様。」「わたくしはどうかしていたのね。」房江はそう言って笑うと、ソファに腰を下ろした。「さぁ、いただきましょうか。」「ええ。」房江に淹れてもらった紅茶を飲みながら、彼女とは上手くやっていけそうだと歳三は思った。「へぇ、母さんがそんな事を?」「ああ。お義母様も色々と考えがあったんだろうな。」「そうですか。土方さん、実家の方に連絡は入れてあるんですか?」「いいや。姉貴とは全然連絡を取り合ってねぇよ。向こうだって連絡を寄越さないんだから元気にしてるんだろうさ。」歳三がベッドに横たわっていると、電話がリビングの方で鳴っていた。「土方です。」『トシ、トシなの?』「姉貴?」通話口越しに聞こえた姉の声に、歳三は驚きとともに懐かしさを憶えた。「どうしたんだ、急に?」『どうしたって、あんたもうじき誕生日でしょう?帰ってきなさいよ。』「そんなに急に帰れるかよ。舅が亡くなって色々と忙しいんだぜ。」『まぁ、そんな事があったの。今何処に住んでるの?』「会津若松だよ、福島の。」『そう。じゃぁ観光がてらにそっちに行くわね。』「おい、ちょっと・・もしもし!」一方的に電話を切られ、歳三は溜息を吐いた。(何だってんだよ、畜生!) 翌朝、歳三が寝室から出てくると、トーストの香ばしい匂いがリビングに漂っていた。「おはよう、歳三さん。昨夜は誰かとお話ししていたようだけれど・・」「久しぶりに昨夜、姉から電話がありまして。誕生日だから、もうじき帰ってこいって。こちらの事情を話したら、ここに来るって言うんです。」「まぁ、そうなの。急に連絡をくださるなんて、あなたを許した証拠じゃないの?」「ええ。そうだといいのですが・・」 数日後、歳三が房江とともに近所のスーパーへ買い物へと行っていると、遠くから亮子と数人の友人達がやって来るのが見えた。「あら山久さん、こんにちは。」「土方さん、こんにちは。」「今日は随分と賑やかでいらっしゃるのね。何かの集まりでもあるのかしら?」「ええ。よろしかったら土方さんもどうかしら?」亮子はそう言って歳三を見た。彼女の目が敵意に満ちていることに気づいたが、売られた喧嘩は買うまでだ。
2012年02月02日
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総司と歳三は誠を連れ、総司の父・英治が搬送された病院へと向かった。「総ちゃん!」病室に入ると、房江が涙で濡れた顔で総司に抱きついて来た。「父さんの様子は?」「大丈夫だけど・・二度目の発作が起きたら命の保証はないってお医者様がおっしゃってて・・」「そんなに、悪かったの?」この時総司は初めて、父が持病の心臓病が悪化している事を知った。「ええ。総ちゃん、あなたや歳三さんとは色々とあったけれど、お父様に会って頂戴。」「解った。」総司はベッドで眠る英治の傍に立った。「総司か?」ゆっくりと英治の目が開き、自分を見つめているのがわかった。「総司です、お父様。」「歳三さんは?歳三さんと誠を呼べ。」「はい・・」歳三と誠が英治の枕元に立つと、彼は嬉しそうに笑った。「歳三さん、君には済まない事をした。何度詫びても君には許して貰えぬことをした。」「お義父様を恨んではいません。過去の事は水に流しました。」「そうか・・誠、こちらへ来なさい。」「はい、おじい様。」英治は、孫の頭を撫でた。「誠、これからお前は両親の言う事を聞きなさい。お前にはまだ解らないだろうが・・善良な人間を神様はいつも見て下さる。善良な行いをしていれば、必ず神様がお助けくださるが、そうではない人間には罰を下す。」「どういう意味ですか?」「そうだな・・人に意地悪をする奴や、嘘を吐く奴、弱い者いじめをする奴は必ず痛い目に遭う。それと、卑怯な人間もだ。お前はそんな人間になるな。」「わかりました、おじい様。」「そうか、良い子だ・・歳三さん、君の教育の賜物だ。あの時、わたしはとんでもない過ちを犯そうとした。総司の事を宜しく頼む。」「はい、お義父様。」歳三はそっと英治の手を握ると、彼はふっと微笑んで再び目を閉じた。「あなた、しっかりしてください!」「お父様、まだ僕はあなたから教わっていないことが沢山あります!お願いですからまだ置いて逝かないでください!」「父さん、しっかりして~!」家族の呼びかけも虚しく、沖田財閥会長・沖田英治は永眠した。「歳三さん、ここはもういいわ。」「はい、お義母様。」四十九日の法要が過ぎ、歳三は沖田家で引越しの準備をする為に荷物を纏めていた。 英治の死後、家屋敷を房江は引き払い、総司の姉・きんは夫の実家へと身を寄せ、房江は歳三達とともに暮らすことになった。「もうこの家とはお別れね。まさかこの家をこんな形で出ることになるなんて、思いもしなかったわ。」「お義母様・・」「歳三さん、わたくしは今まであなたに辛く当ってしまったこと、申し訳ないと思っているの。これからは、実の母と娘のようにあなたと接したいの。」「わたしもです、お義母様。改めて宜しくお願い致します。」歳三がそう言って房江に頭を下げると、彼女は微笑んだ。 彼女達が会津若松の自宅へと戻ると、何やら自分達に向けられる近所の視線が刺々しく感じた。「あら、土方さん。この度はご愁傷様でした。」「ええ。」「歳三さん、そちらの方は?」亮子の視線が、歳三から房江へと移った。「初めまして、総司の母の、房江でございます。」「まぁ、そうでしたの。わたくし、はす向かいに住んでおります、山久と申します。」「嫁からあなたの事は聞いておりますのよ。今度一緒にお食事でもいたしませんこと?」房江はそう言って、亮子を射抜くかのような目で見た。
2012年02月01日
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「おはようございます。」歳三が出勤する竜太郎に挨拶すると、彼も笑顔で挨拶を返してくれた。「おはようございます。お身体の具合はどうなんですか?」「悪阻が酷くてなかなか食欲が湧かないんです。でも食べないと駄目だって、主人がお粥を作ってくれて・・」「そうですか、総司さんは妻思いの方なのですね。」「ええ、まぁ。俺にとっちゃまだガキなんですがね。でかいガキが居るっていうのに、もう1人増えるとどうなるんだか。」「そうですか・・ではわたしはこれで。」竜太郎と談笑した後、歳三が家の中に入ろうとすると、亮子が鋭い目で自分を睨みつけていることに気づいた。(なんだろう、あいつ。)自分の妊娠をどこから知ったのだろうか、最近亮子はよく自分に絡んできた。彼女が不妊治療を受けており、それが上手くいっていないことを知っている歳三は、なるべく彼女を刺激しないよう言葉を選んで彼女をあしらっていたが、何故か彼女はしつこく自分に絡んでくるのだ。「ママ、ただいま。」「お帰り、誠。今日はどうだったんだ?」「剣道教室は楽しかったよ。ねぇママ、ゴールデンウィークはおじいちゃん家に行っていい?」「おじいちゃん家に?」「うん。おばあちゃんがね、パパや僕に会いたいから葉山の別荘に来て欲しいって。行ってもいいでしょう?」「パパと話して来るから、少し待ってろ。」歳三はソファから立ち上がると、総司の部屋へと向かった。「総司、誠から聞いたんだが・・お義父様、どこか悪いのか?」「いいえ。ただ土方さんの妊娠を知って、急に孫に会いたくなったって、母が電話で言ってました。土方さんにも来てほしいって。」「俺は大丈夫だが、お前ぇはどうなんだ?学校だってまだ忙しいだろう?」「それはなんとかしますよ。」「そうか、ならいいが・・」 結局、歳三は亮子との事を総司に言えずにいた。「もうすぐ連休ね。土方さん、ご予定はおありなの?」「ええ。夫の実家に行ってきます。」「そう。孫の顔を見せに行くのね、羨ましいわ。わたしは夫の実家に行っても子どもの事を持ち出されるから嫌なのよ。」歳三がスーパーで買い物をしていると、亮子がいつものように絡んできた。「山久さん、言いたい事があるならはっきり言ってください。俺の何が一体気に入らないんですか?」「何がって、全てよ。」亮子の顔から突然笑顔が消えた。「あなたみたいにクールで自信に満ち溢れた人間が、わたしは大嫌いなの。いつかあなたの家庭を壊してやりたいって思うくらい。」「山久さん・・」「気軽にわたしの事を呼ばないで頂戴。あぁ、あなたは確か、今のご主人とは高校で教師をしていた時に知り合ったのよね?」「ええ、そうですが・・」何か嫌な予感がした。「別に。まぁ、すぐに解るけど。」亮子は意味深長な笑みを浮かべて、スーパーから出て行った。「お帰りなさい、土方さん。」「ただいま。さっき山久さんに会ったんだが、様子が変だった。」「様子が変?」「何か俺達に隠しているような口ぶりでなぁ、どうやら俺達の過去を知ってるような感じで・・」歳三がそう言った時、リビングの電話が鳴り響いた。「僕が出ます。」総司は受話器を手に取り、通話ボタンを押すと、半狂乱になった母の声が聞こえた。『総ちゃんどうしましょう、お父様が倒れたわ!』「母さん落ち着いて。父さんは何処の病院に運ばれたの?うん、わかった、すぐそっちに行くから。」総司はそう言って、父が運ばれた病院の住所をメモした。「どうした?」「父が、倒れたそうです。」
2012年02月01日
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「山久さん、一体何を言っているんですか?」「とぼけたって無駄よ!あなた、うちの主人に色目を使っているんじゃないの?この前だってうちの人、あなたの事ばかり褒めていたじゃない!」亮子の言葉に、歳三は数日前のバザーでの事を思い出した。 数日前のバザーで、総司や歳三達とともに山久夫妻はカレーの屋台を担当していたのだが、亮子が玉ねぎのみじん切りやジャガイモの皮剥きに苦戦している傍らで歳三が下ごしらえを済ませているのを見て、竜太郎がこう言ったのだった。『土方さんは主婦の鑑ですね。今度うちの亮子にも教えてやってくださいよ。』ほんの些細な竜太郎の一言が、亮子にとっては深く胸に刺さったのだろうか。「山久さん、わたしはご主人に色目を使ってなんかいません。誤解なさらないでください。」「あなたさぁ、わたしの事を見下しているでしょう?東京から来て都会風吹かして!」亮子は歳三の言葉を何一つも聞いていなかった。「山久さん、それくらいにしておきなさいよ。」「何よ、みんな馬鹿にして!不妊治療が上手くいかないのも、あんた達があたしをのけものにするからじゃない!」亮子はそう叫ぶと、泣き崩れた。「土方さん、ごめんなさいね。嫌な思いさせちゃって。」町内会からの帰り道、美津子がそう言って歳三に頭を下げて来た。「そんな・・わたし、全然山久さんの事知らなくて・・」「山久さんね、不妊治療を受けているんだけど、なかなかいい結果が来ないのよ。この前の件だって、やっかみで言ったんじゃない?」「そうですか・・」帰宅して歳三が夕飯の支度をしていると、急に吐き気が襲ってきた。「どうしたんですか?」「あぁ、少し気分が悪くなってな。疲れが溜まってたのかな。」「ねぇ土方さん、明日病院行きましょう。」総司はそう言って瞳を輝かせて歳三の手を握った。 翌日、二人は病院の産婦人科へと向かうと、そこには亮子の姿があった。亮子の事情を知っているだけに、歳三は彼女に声を掛けられないでいた。「土方さん、最後の月経はいつ来ましたか?」「そうですね・・4月の初旬くらいです。」「おめでとうございます、今5週目に入っていますよ。」医師は笑顔で歳三に妊娠を告げた。「予定日は来年の2月中旬辺りですね。詳しくは次回の検診で。」「ありがとうございます。」診察室を出た後、歳三はそっと下腹部を擦った。一度失った命が、再び自分の元に宿ったのだ。「誠に、知らせないといけませんね。それと、会長にも。」「ああ。でも先生が大切な時期だから無理するなって言われたぜ。剣道教室の方には知らせないとなぁ・・」「心配しなくても、土方さんの分まで頑張りますよ。」笑顔を浮かべながら二人が廊下を歩いている姿を、亮子は恨めしそうに見ていた。「ママ、僕弟と妹が欲しい!」「おいおい誠、まだ赤ちゃんが二人いるって決まったわけじゃねぇぞ。誠はお兄ちゃんになるんだから、これからはおうちの仕事も手伝ってくれよな。」「うん!」新しい命の誕生を心待ちにしている土方家とは対照的に、山久家には鸛(こうのとり)が舞い降りて来る気配がなかった。「ねぇあなた、わたしもう治療やめたいわ。成果が出ないのに、お金ばかりが消えてゆくなんて、耐えられない。」「そうだな。子どもが居なくても夫婦二人で暮らそう。」「ええ・・」「そういえば、土方さんは二人目を妊娠したそうだ。今朝ご主人が嬉しそうに報告してくれたよ。」 夫の言葉に、亮子は子が産めぬ自分の身体を呪うとともに、歳三への憎しみを募らせていった。
2012年01月31日
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「そこ、踏み込みが浅い!」「腰がひけてるぞ!」 春日野小学校の体育館内は、子ども達の歓声と竹刀で打ち合う音が響いた。「はぁ、疲れた。」「土方さん、どうぞ。」歳三が床に座って休憩していると、総司が緑茶のペットボトルを彼女に手渡した。「ありがとよ、総司。なんだか久しぶりだなぁ、こうして竹刀を持ってガキどもを指導するのは。」「そういえば土方さん、高校の時剣道部の副顧問でしたよね?」「ああ。」歳三が周りを見渡すと、そこには竹刀を握り果敢に自分よりも体型が立派な男児に向かっていく誠の姿があった。「誠、頑張れ!」「そこだ、行け!」男児に押されていた誠だったが、面を打とうとした相手の隙を狙い、鋭い突きを喰らわせた。「よくやったな、誠!」対戦相手に礼をした誠が面を外して自分達の元に走ってきたので、歳三は彼を思い切り抱き締めた。「ママ、剣道って楽しいね!」「ああ。血は争えねぇなぁ。」「本当ですね。」親子3人で楽しく笑い合っていると、山久亮子の夫・竜太郎が彼らの方へとやって来た。竜太郎も、剣道教室のコーチで、警察官だ。「土方さん、おはようございます。」「おはようございます、山久さん。」「あなたのお噂は聞いておりますよ。何でも高校の時、全国大会に出場して優勝なさったとか。どうです、わたしと勝負しませんか?」「いえ・・ブランクがあるので、お相手になれるかどうか・・」総司は竜太郎の誘いを断ろうと謙遜したが、それが彼にとっては余裕綽々とした態度を取っていると思われたらしく、彼は渋面を浮かべた。「そんな事をおっしゃらず、一本。」「はい、では・・」総司と竜太郎は、生徒やその保護者に見守られながら面や胴を着けた。「では、はじめ!」互いに礼をした二人は、相手の間合いを取り始め、暫く互いの間をぐるぐると回っていた。「やぁ!」「えい!」総司が鋭い突きで竜太郎の面を狙うと、竜太郎はその隙を狙って胴へと打ち込もうとしたが、打ち込みが浅かった。 その後互いに睨み合い、一歩も譲らぬ戦いとなり、皆固唾を呑んで勝負の行方を見守っていた。先に動いたのは、竜太郎の方だった。「面~!」竜太郎が竹刀を振り翳した時、総司はすかさず胴に打ち込んだ。「一本、土方さん!」「パパ、凄い!」総司が竜太郎と礼をして歳三達の元へと戻ると、誠が尊敬のまなざしで彼を見た。「土方さん、見事な胴でした。」「山久さんこそ、先ほどの打ち込みは鋭いものでしたね。まだまだ負けていられません。」「ええ。お互いに切磋琢磨し合いましょう。」竜太郎と総司は、互いの手を固く握り合った。 山久家と交流が出来た土方家であったが、それは夫同士のもので、妻である亮子と歳三は相変わらず互いに打ち解けないでいた。そんなある日の事、歳三が町内会主催のキルトの集まりで美津子やその友人達と談笑していると、亮子が突然金切り声を上げた。「あなた、わたしを馬鹿にしているの!?」突然の事に、皆顔を見合わせて黙り込んでしまった。
2012年01月31日
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朝日を浴びながら、歳三は会津若松市内を走っていた。朝の澄んだ空気は気持ち良く、満開の桜が春の訪れを告げていた。(東京と違って空気がいいな・・)歳三がランニングを終えて家の中へと入ろうとすると、山久家のドアが開く音がした。彼女が振り向くと、そこにはじっとこちらを見つめている亮子の姿があった。「おはようございます。」歳三が彼女に挨拶すると、彼女は返事もせずに家の中へと引っ込んでいった。(何だ、あれ。感じ悪ぃな。)昨夜の事を少し引き摺っていた歳三は、亮子の態度にカチンときた。「土方さん、どうしたんですか?そんなに怖い顔して?」「え?」リビングに入ると、総司が朝食をダイニングテーブルの上に並べていた。「いや、山久さんに挨拶したら、無視されちまってよ。昨夜の事が原因なのかなぁ。」「考え過ぎですよ。」総司と誠が学校に行った後、歳三は新聞の求人案内に目を通していたが、なかなか良い条件のものがなかった。 この際専業主婦になろうかと彼女が思っていた時、玄関のドアが激しく叩かれた。(誰だ、こんな朝早くに?)もしかしたら強盗かもしれない―歳三は愛用の木刀を握り締め、玄関のドアを開けた。 するとそこには、山下夫妻が立っていた。「あ、おはようございます・・」「おはよう。」慌てて振り翳した木刀を下ろした歳三に、彼らはにこにこと微笑んでいた。「あの、お茶でもいかがですか?バタバタしていて散らかっていますが・・」「そう。じゃぁお言葉に甘えて。」彼らをリビングに通し、キッチンで茶を淹れていると、美津子がテレビの近くに飾られている写真立てを取った。「あなた、剣道していらしたの?」「ええ、学生の頃に。憂さ晴らしには最適かと思って始めたんですが、面白くて嵌ってしまったんです。」「まぁ、そうなの。あのね土方さん、突然の事で申し訳ないのだけれど、あなたに剣道教室のコーチをして貰いたいのよ。」「俺が、剣道教室のコーチですか?」「そう。毎週火曜と木曜の週2回に、春日野小学校の体育館であるんだけど・・今人手不足でね。有段者の方に来て貰えば助かると思ったのよ。」美津子はそう言うと、剣道教室のパンフレットを見せた。(ふぅん、面白そうじゃねぇか。)「解りました、やらせていただきます。」「そう、助かったわ。」その後は山下夫妻とおしゃべりをして、夕飯の食材を買いにスーパーへと車を走らせた。 就業を知らせるチャイムが鳴り、総司は凝った肩を回しながら職員室の椅子から立ち上がった。「沖田先生、ちょっといいですか?」「なんでしょう?」教頭の石田に手招きされ、総司が彼を見ると、石田は剣道教室のパンフレットを彼に手渡した。「君、剣道の有段者だよね?」「はい、そうですけど・・それが何か?」「忙しいのに悪いんだけど、剣道教室のコーチをしてくれないかな?」「コーチ、ですか?」「人手が足りなくてね、頼むよ。」顔の前で手を合わせる教頭の頼みに、総司は断れなかった。 剣道教室初日、春日野小学校の体育館は、小学1年から3年生の低学年の児童が集まり、賑わっていた。「総司・・」「土方さん、何でここに?」「僕もコーチなんですけど。」道着姿の総司と歳三は、互いに顔を見合わせて笑った。
2012年01月30日
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夕食後のリビングに、ピアニカの音色が響いた。 誠が小学校に入学してから数週間が経ち、人見知りの激しい彼にも、少ないが友達ができたようだった。彼は今、5月の音楽祭に向けて練習していた。「誠、もうその辺でいいんじゃないか?」歳三がそう言って誠を見ると、彼は首を横に振った。「まだ出来てないところがあるもん。それを弾けるようになるまでやる。」「ったく、しょうがねぇなぁ・・」一度始めたことは完璧にマスターするまでやめようとはしない頑固な性格は、どちらに似たのだろう―歳三はそう思いながら息子の練習風景を見て苦笑していると、玄関のチャイムが鳴った。(こんな時間に誰だ?)歳三が玄関のインターフォン画面の電源をオンにすると、そこには山久家の主婦・亮子が立っていた。「あの、なんでしょうか?」『ちょっと玄関に来てくれないかしら?』「は、はい・・」彼女の怒った顔が気になって、歳三は家から出て玄関先へと向かった。「あのね、さっきからピアニカの音が煩いんだけど、やめさせてくれないかしら?」「え?」外から出ていても、誠のピアニカの音は余り響かないし、ピアノと違って煩くはない筈だ。「それは一体、どういう・・」「とにかく、やめさせてよね。煩くて眠れないのよ。」亮子は一方的にそう言い放つと、歳三に背を向けて家の中へと入っていった。「どうしたんですか、土方さん?」「いやな・・はす向かいに住んでる山久さんから、苦情言われてさ。」「苦情?」「音が煩いって。」「ママ、パパ、おやすみなさい。」両親の間に流れる気まずい空気を感じ取ったのか、誠はピアニカをしまって子ども部屋へと向かった。「ピアニカの音は外には響かないでしょう。夏に窓を全開して弾くならともかく・・山久さんが神経質なだけじゃぁ・・」「神経質ってだけで片付けられねぇよ。前住んでいたマンションでも、下の住人から少し苦情言われただろう。」「あぁ・・」総司は、誠がまだ2歳だった頃のことを思い出した。 あの頃の誠は、家の中でもじっとしていられなくて、暇さえあれば家中を走り回っていて、その走る足音が下の階に響いていた。下の階の住人に何度か苦情を言われ、誠が遊びたがっている時に公園や児童館に連れ出したりしなどの対策を取ったら、苦情が全く来なくなった。「まぁ、集合住宅と違ってここら辺は一軒家だからよ。だからといって周りへの配慮がねぇとこの先気まずいぜ。」「そうですね。それよりも土方さん、仕事は見つかりました?」「厳しいな。昨年の震災の影響でなかなか見つからねぇ。場所によっては、会社を津波で流されたところもあるからな。それに、原発の事で色々と風評被害もあるし・・」 昨年3月に発生した震災と、その時に発生した津波の影響による福島第一原発による放射能汚染により、観光地である会津若松市も風評被害の影響で観光客が減ったことがあった。「誠がね、入学式のときに地元の子から“放射能がうつるとか思ってるんだろう”って詰め寄られたんですって。大人達が不安になっているから、それを見ている子ども達もストレスを抱えているんですね。」「ああ、そうだな・・さてと、もう寝るか?」「もう?僕の相手は?」「馬鹿野郎、明日朝早いだろうが。」自分に抱きついてくる総司を振り払い、歳三は寝室のベッドに入ってぐっすりと眠った。 翌朝、彼女は顔を洗うと散歩がてらにランニングを始めた。
2012年01月30日
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「母さん、誠の事は僕達に決めさせて欲しいんだ。」「そんな事出来ませんよ。誠ちゃんは沖田家の孫なのよ。」「母さん、僕の事を忘れたの?」「総ちゃん・・」房江と誠の間に、ピンと緊張の糸が張りつめた。「あなたがそう言うのなら、ママは何も言わないわ。」房江はそう言うと、歳三が用意した寝室へと入っていった。「なあ、一体どういうことなんだ?」「ああ、さっきのですか?」夫婦の寝室に入った歳三が隣で寝ている総司を見ると、彼は溜息を吐いた。「実はね、僕幼稚園から中学まで学習院に通ってたんですよ。母は沖田財閥の御曹司である僕に一流の教育を受けさせ、上流階級の子息として相応しい紳士に育てようとしました。でもそれは、僕にとって苦痛でしかなかったんです。」「そうか・・」 銀髪に紫紺の瞳を持った総司は、他人とは違う外見でいじめを受けたことは想像できた。「僕の母はあんな性格だから、僕は学校でいじめられていることを言えませんでした。周りは旧華族や財閥の子息や子女ばかりで、閉鎖的な空間の中で僕は必死に喘いで耐えてました。でも中学3年の時、もう限界が来て、授業中に過呼吸の発作を起こして倒れて、病院に運ばれたんです。」総司はそう言って歳三の手を握った。「そうか・・そんな事があったのか。」「ええ。だから誠には僕の二の舞にしたくはないんです。親の見栄やプレッシャーに押しつぶされないように、強く生きて欲しいんです。」「そうか。大丈夫だ、総司。誠は俺達の子だ。」「そうですね。」「なぁ総司、久しぶりにしねぇか?誠ももう手がかからなくなったし・・」歳三の言葉に総司は照れ臭そうに笑いながら、彼女と甘い時間を過ごした。「ママ、似合ってる?」「ああ。」 数週間後、春日野小学校の正門前で、歳三と総司は真新しいランドセルを背負った誠を見て微笑んでいた。「誠、これからはママやパパに何かあっても泣いて走ってきちゃ駄目だぞ。もう赤ちゃんじゃないんだからな?」「うん。」誠はそう言ったものの、不安な表情を隠せないようだった。 入学式を終え、1年生の教室に入った誠は、そこで総司の姿を見つけて嬉しそうに彼へと駆け寄ろうとしたが、歳三からの言葉を思い出して耐えた。「みなさん、入学おめでとうございます。今から名前を呼びますから、元気な声で挨拶してね!」「はぁ~い!」教壇で総司は出席簿を開きながら、不安そうに周りを見渡す息子の姿を見た。 声を掛けてやりたいが、心を鬼にして誠を甘やかしてはいけないと思い、総司は誠と決して目を合わせようとしなかった。「おい。」「なに?」総司が教室から出て行くと、クラスメイトのやんちゃそうな男子が誠に話しかけてきた。「なに、じゃねぇよ。お前ぇ、ここのもんじゃねぇな。」「東京から引っ越してきたけど・・」「お前ぇ、福島に居たら放射能がうつるとか思ってんだろ?」「そんな事、思ってないよ。」「嘘吐くんじゃねぇべ!」その男子はそう言うと、誠に詰め寄った。「何で何も悪いことしてねぇのに、差別されなきゃいけねぇんだ!」彼の言葉に、誠は何も言い返せなかった。「あら、見ない顔ね。」「東京から引っ越してきた土方です。」近所のスーパーで歳三が買い物をしていると、山下夫妻のはす向かいに住む主婦が声を掛けてきた。「そうなの。初めまして、山久です。」「初めまして・・」 歳三は近所の主婦・山久亮子と出逢ったが、一見穏やかそうな性格に見えた彼女の本性を、歳三はまだ知らなかった。
2012年01月29日
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「初めまして、隣に引っ越してきた土方です。」「あら、こちらこそ初めまして。どちらから来たの?」 隣人の老夫婦・山下の家に挨拶をしに行くと、彼らはそう言って笑顔で歳三(としみ)を迎えた。「東京からです。主人の仕事の都合でこちらに引っ越すことになりまして。」「そう。ご主人って、4月から春日野小学校で働くことになった若い先生の事かしら?」「ええ、そうですけど・・」歳三は一言も総司について話してはいないが、山下夫妻は彼の事を知っているようだった。「玄関先ではなんだから、ゆっくりお茶を飲みながら話しましょうか?」「はい・・」若干戸惑い気味に歳三は山下夫妻の家に上がってお茶を飲んだ。「ねぇ土方さん、ご主人はまだお若いようだけれど、どちらで知り合ったの?」「東京で知り合いました。バイト先で知り合って・・」「そうなの。もしかして、あなた達出来ちゃった結婚なの?」山下の妻・美津子の言葉に、歳三は茶を噴き出しそうになった。「お恥ずかしながら、そうです。後腐れないように彼と別れるつもりだったのですが、妊娠が知られてしまって・・」「そう。うちの息子夫婦も似たようなものなのよ。息子さん、今年小学校入学なの?」「ええ。内気で人見知りが激しいから、上手くやっていけるかどうか・・」「大丈夫よ。」山下夫妻の家から出た歳三は、隣人とは上手くやっていけそうだと思った。「ただいま。」「お帰りなさい。」 近所への挨拶回りを終えた歳三が帰宅すると、玄関先に女物の靴が二足置かれてあった。「あら歳三さん、お久しぶりね。」リビングに入ると、そこには黒革のランドセルを嬉しそうに背負う孫の姿を見つめる房江の姿があった。「お久しぶりです、お義母様。」まさか房江が会津若松に来るとは思わなかったので、歳三は慌てて彼女に頭を下げた。「総ちゃんが福島に行くって聞いて、ママ本当に驚いてしまったわ。だから居てもたってもいられなくてこちらに来たのよ。誠の入学祝いも渡したいし。」「ありがとうございます。誠、お祖母様にお礼を言いなさい。」「ありがとう、おばあちゃん。」誠が房江に頭を下げると、彼女は目を細めて誠の頭を撫でた。「歳三さん、ちょっと。」 夕食後、総司と誠が風呂に入っている間に洗い物をしていた歳三を、房江がそう言って手招きした。「なんでしょうか、お義母様?」「誠ちゃんのことなんだけど、あなたまさかあの子を公立に通わせるつもりじゃないでしょうね?」「ええ。もう手続きは終わらせましたし・・」「あなた、一体何を考えているの!?」歳三の言葉を聞いた房江は、そう言って白目を剥かんばかりに怒った。「いいこと、歳三さん。誠ちゃんは沖田家の孫なのよ。沖田家の男子は学習院に通わせることが伝統なの。だからあなたにもそれに従って貰わなければね。」「ですがお義母様、誠は今慣れない環境でストレスを感じてます。それなのに両親と離ればなれにさせるなんて出来ません。」歳三が房江に反論すると、彼女は大袈裟な溜息を吐いた。「あなた、全然わかっていないわね。あなたや総司が誠ちゃんを甘やかして自分の手元に置きたがるから、いつまで経っても誠ちゃんの甘え癖が直らないのよ。」「お義母様・・」ソファを挟んで歳三と房江が対峙していると、風呂から総司が上がってきた気配がした。「とにかく、誠ちゃんは学習院に入学させますからね。」「どうしたの、母さん?」リビングにパジャマ姿の総司が入って来ると、房江は笑顔で彼にこう言った。「総ちゃん、誠ちゃんを学習院に入学させようと思うのよ。あなたは勿論賛成よね?」
2012年01月29日
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平助が死んだという知らせが自分の下に入ってきたのは、夜明け前のことだった。油小路で新選組隊士達と斬り合いになり、原田達が逃がそうとした時に隊士に斬られたという。 また、一人仲間が死んだ。山南の時も、平助の時も、自分は冷徹になろうと努めていた。だが心の奥底では彼らに対する罪の意識があった。(俺は、どうして・・)『土方さん、入りますよ?』すぅっと副長室の襖が開いて、総司が入って来た。『泣いてもいいんですよ、僕の前では。』弟分の言葉を聞き、鬼副長と呼ばれた自分の涙腺が、いとも容易く崩壊してしまった歳三は、彼の胸に顔を埋めて泣いた。「土方さん、おはようございます。」「んぁ・・おはよう。」朝を迎え、歳三はソファから気だるそうに起き上がると、総司がキッチンで朝食を作っていた。「顔洗った方がいいですよ?酷い顔してますから。」「うるせぇよ。」昨夜の事を、総司は何も言わない。だが彼は歳三がどんな気持ちなのか、解っている。だからこそ、そっとしてくれているのだ。 洗面所で顔を洗うと、目の下には深い隈が出来ていた。(酷ぇ顔だな・・)総司が作ってくれた朝食を食べ、ドレッサーの前に座って化粧をしながら、歳三は溜息を吐いた。「じゃぁ、行ってくるわ。」「行ってらっしゃい。」総司に見送られて出勤した歳三は、芹沢の部屋へと向かった。「福島へ?」「ええ。夫の仕事の都合で引っ越すことになりまして。」「そうか。君が本社から居なくなると寂しくなるな。向こうでも頑張ってくれよ。」「はい。長い間、お世話になりました。」歳三が福島に引っ越す事を知った同僚や部下達が、彼女の為に送別会を開いてくれた。「先輩、福島なんかに行かないでくださいよぉ~」酔っ払った玉置が、そう言って涙目で歳三にしなだれかかってきた。「ったく、そんな事できねぇよ。それにまだ引き継ぎだってあるし、まだ本社には居るよ。」「そうですか、良かったぁ!」 送別会から数週間後、歳三は仕事の引き継ぎを終わらせ、総司と誠とともに福島県会津若松市へと引っ越した。「ママ、向こうでお友達出来るかなぁ?」「出来るさ。」「土方さん、向こうで友達出来ますかねぇ?」「おい総司、誠の真似すんじゃねぇ。」「最近土方さんって、僕にだけ冷たいですよねぇ。」「お前ぇ、先生になろうって奴がいつまでも甘えてんじゃねぇ。ったく、これじゃぁ先が思いやられるぜ。」「酷~い!」東京から会津若松市への高速バスの旅はあっという間に終わり、歳三達が新居へと向かうと、もうすでに引越センターのトラックが停まっていた。「ここが、俺達の家か・・」真新しい一軒家を見ると、歳三はこれからここで頑張ろうと身を引き締めた。「終わりましたね。」「ああ。肩が凝って仕方がねぇなぁ。」引越しの荷物を全て解いて整理した後、歳三は新居のリビングのソファでそう言って欠伸を噛み殺した。「揉んであげますよ?」「悪ぃな、頼む。」「土方さん、僕頑張りますから。」総司の言葉に歳三は笑うと、彼の頬に唇を落とした。 翌朝、歳三は近所へと挨拶まわりに行った。
2012年01月28日
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「この件から手をひけって・・どういう事だ、芹沢さん?」歳三がそう言って芹沢を睨み付けると、彼は傍にあった椅子に腰を下ろした。「連中は本気で君を殺そうとしていた。真相を明らかにしようとすればするほど、君は連中に命を狙われる。」「そんなのはじめから解っていたさ。このまま引き下がる訳には・・」「土方君、君は家族を路頭に迷わせるつもりかね?」芹沢の言葉に、歳三は返す言葉がなかった。「君が帰ってこないことに、ご主人と息子さんは心配していたよ。もしあの時君が連中から逃げ出さなかったら、どうなっているか・・想像しただけでも・・」「あんたの言いたい事は解ったよ、芹沢さん。」あの工場に関する黒い噂の真相を明らかにしたいが、歳三は自分と家族の身の安全を優先した。命は、何物より代え難いものだからだ。 歳三は後ろ髪を引かれるような思いで、日本へ帰国した。「ママ~!」成田空港の到着ゲートから歳三が出て来ると、彼女を待っていた誠がそう叫んで彼女に抱きついて来た。「誠、寂しくさせてごめんなぁ。」歳三はそう言って誠をぎゅっと抱きしめた。「お帰りなさい、土方さん。」「ただいま。総司、長い間留守にして済まなかったな。」「いいえ。今日は土方さんの奢りで外食しましょう!」「言ったな、こいつ!」親子3人で笑い合いながら、歳三達は空港を出た。「誠、ニンジンが食べられるようになったんだなぁ、偉いぞ!」国道沿いのファミリーレストランで食事をしながら、歳三はそう言って誠の頭を撫でた。「パパね、ママがお仕事行っている間、泣いてたよ。」「そうか、パパはいつまで経ってもお子様だなぁ~」「もう、土方さんったら酷いですよ~!」総司はそう言って少し頬を膨らませた。 楽しい夕食を終えて自宅マンションに戻ると、そこには引越センターのロゴが入った段ボール箱が並んでいた。「これ、一体どうしたんだ?」「実はね・・」総司は歳三に、教員免許を取得したことを話した。「良かったじゃねぇか。で、勤務先は何処なんだ?」「会津若松なんです、福島の。だから、ここから引っ越さないといけなくて。すいません、僕の都合で土方さんや誠に迷惑を掛けて・・」「謝ることじゃねぇよ。誠の小学校入学までまだ時間があるし、仕事の方は後輩たちにちゃんと引き継ぎするから、心配するなよ。」歳三はそう笑顔で言ったものの、インドネシアの件が引っ掛かっていた。 自分が去った後、あの工場はバルワンやサディー達の支配下に置かれているのだろうか。あの工場長に殴られている少年は、どうしているのだろうか。そんな事を思いながら歳三が引越しの準備をしていると、総司が突然テレビの音量を上げた。「おい、どうした?」「土方さん、ニュース見てください!」総司に腕を引っ張られてテレビの前に座った歳三は、その液晶画面に映し出された映像に絶句した。 そこにはあの工場が、紅蓮の炎に包まれている様子が映っていた。『ジャカルタ郊外の工場にて、火災が発生。従業員40人が死亡。』あの工場の中には、家計を支える為に重労働に耐えている子ども達が居る。「土方さん・・」「すまねぇが、一人にしてくれねぇか?」総司は歳三の肩に触れようとしたが、彼女に背を向けて寝室へと入っていった。(助けてやれなかった・・)あの子ども達を、助けてやれなかった。“あの時”のように。歳三はその日は一晩中、泣き崩れていた。(土方さん・・) リビングから聞こえる妻の嗚咽に、総司はベッドから起き上がって寝室を出ると、彼女はソファで身を丸めて寝ていた。
2012年01月28日
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「なに?土方君が戻っていない?」 松平ハウジング営業部長・芹沢は、ジャカルタへと出張に行っている歳三が帰って来ていない事を知った。(一体向こうで何があったんだ・・)芹沢は溜息を吐くと、歳三の携帯に掛けたが、繋がらなかった。(土方君、どうか無事でいてくれよ!)「う・・」歳三がうっすらと目を開けると、暗闇を舞う埃を吸ってしまい、彼女は激しく咳き込んだ。 辺りは暗くてよく見えないが、人気がないところを見ると、何処かの廃工場のようだ。遠くから一筋の光が見えているので、あそこが出口だろう。歳三は出口へと向かおうとしたが、両腕をパイプ椅子で固定されていて動けない。(畜生・・)暴れている内に、工場の中に5人の男達が入って来た。『こいつか、こそこそと嗅ぎまわっている女は?』暗闇の中で裸電球の仄かな光が、バルワンの邪悪な顔を照らした。『どうします、ボス?舌でも引っこ抜いてやりましょうか?』バルワンの隣で、サディーが手を揉みながら口端を上げて笑った。『そんな事はしなくてもいい。顔だけは殴るな、目立つからな。』彼らの会話は早口で訛りのあるインドネシア語でよく内容が聞き取れなかったが、自分がこのまま無傷で帰れない事を解っていた。(何とかしてここから逃げ出さないと・・)歳三が必死に廃工場からの脱出を考えていると、突然椅子に縛りつけられていた両腕が自由になった。『女を連れて行け。』『はい。』サディーとその部下に連れられ、歳三は作業員の仮眠室のような部屋に閉じ込められた。「くそ!」外側から鍵を掛けられたらしく、いくらドアノブを回してもドアが開かない。窓も、鉄格子のようなものが嵌められていた。(ちっ、逃げ道を完全に塞ぎやがった!)歳三はバルワン達の会話を聞こうと、ドアに耳を押し当てようとした。その時、誰かが彼女の髪を掴み、ベッドに押し倒した。『女、女だ!』自分の上に跨ってきたのは、血に飢えた獣のように目を血走らせた若者だった。彼の腕には、注射痕と思しき赤紫色の痣が無数にあった。若者は奇声を上げながら、歳三のブラウスを引き裂き、彼女の豊満な乳房に顔を埋めた。『へへ、いい匂いだぁ~』咄嗟の事で動けずにいた歳三だったが、若者の隙を狙って彼の股間を蹴り上げ、近くにあったパイプ椅子を振りかざした。 若者は奇声を上げながら歳三に突進したが、彼に捕まえられる前に歳三は天井のダクトへと登った。(何処かに、出口がある筈だ!)ライターの火を翳しながらダクトを這った歳三は、廃工場から脱出した。助かった―そう彼女が思った瞬間、バルワンが歳三の前に現れた。『小賢しい女め、手間取らせやがって。』歳三を拉致しようとするバルワンに、彼女は必死に抵抗した。バルワンの膝蹴りが歳三の鳩尾に当たり、彼女は地面に蹲って嘔吐した。彼はそんな歳三を冷たく見下ろすと、車へと引き摺り込もうとした。 しかしバルワンが慢心している隙を突いて、歳三は彼の脛に渾身の蹴りを喰らわし、彼が怯んだ隙に彼の手首を掴み、その巨体を地面へと放り投げた。「女だと思って舐めてんじゃねぇぞ、オッサン。」歳三はそう言ってバルワンの顔面をヒールで踏みつけると、颯爽と闇の中へと消えた。 数歩歩いたところで彼女は意識を失い、気が付くと病院のベッドの上だった。「土方君、気がついたかい?」「芹沢さん・・」歳三は自分の手を握っている上司の顔を見た。芹沢は、少し何かを考えたような顔をした後、歳三に向かってこう言った。「土方君、今回の件は手をひいた方がいい。」
2012年01月27日
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「モタモタしてないで、さっさと動け!」歳三が工場に入ると、工場長の怒声が広い工場内に響き渡っていたところだった。工場長の視線の先には、8歳くらいの少年が身を竦ませながら割れた煉瓦を片付けていた。「全く、ただ飯食らいの役立たずが!」工場長は舌打ちしながら、少年の脇腹を安全靴で蹴り上げた。「何してやがる!」歳三の姿を見た工場長は、蹲っている少年をその場に残して事務室へと向かった。「おい、大丈夫か?」少年の方へと駆け寄った歳三だったが、彼は歳三の手を拒むかのようにさっと立ち上がり、割れた煉瓦を手押し車の中へと放り込みはじめた。 彼女が来る前にも工場長に殴られたのか、少年の口端には血が滲んでいた。歳三は少年の作業を手伝おうと、煉瓦を拾い上げたが―『俺の仕事を奪うな!』鞭のように鋭い声が聞こえたかと思うと、少年は憎悪に満ちた目で歳三を睨み付け、何処かへと行ってしまった。「おい、待てって・・」歳三は少年を追い掛けようとしたが、彼の姿はあっという間に消えてしまっていた。「余り関わらない方がいいよ。」手押し車に煉瓦を歳三が入れていると、女性従業員がそう言って彼女に話しかけてきた。「どういう意味だ?」「ここはね、工場長の言う通りにしないと酷い目に遭う。あの子だってそう。あなたが手伝ってあげても、あの子が仕事サボったから酷い目に遭う。」「そんな・・」「どうしてあなた、日本から来た?わたしたちを助けるため?」女性の目が、歳三に向けられた。「それは・・」「ここにはボランティアは要らない。わたしたち、生きていくだけで精一杯。あなたはその場しのぎでわたしたちを助けて、日本に帰るんでしょう?」氷のように冷たい女性の言葉が、歳三の胸にぐさりと突き刺さった。 この工場の労働環境を改善しようと、単身インドネシアまで来たが、ここで働いている従業員は死に物狂いで毎日を送っている。歳三はこの時、自分の考えがいかに甘いものかを知った。(児童労働の実態に明らかにするとか、労働環境を改善したいとか・・結局、人の為って言いながらてめぇの手柄を立てたいだけじゃねぇか。) その夜、ジャカルタ市内のバーで歳三は溜息を吐きながら煙草を吸っていた。何だか今日はやりきれない気分で、酒を飲んでその憂さを晴らしたかった。(畜生、俺は一体どうすればいいんだ?)何杯目かのスコッチを飲んだ後、千鳥足になりながら歳三はホテルへと歩いていた。あんなに酒を飲むんじゃなかったと後悔しながらも、歳三が後少しでホテルに着くという時、彼女の前に一台の黒いバンが停まった。(何だ?)『この女だ!』『捕まえろ!』バンの中から数人の男達が出て来て、あっという間に歳三を車へと引き摺りこんだ。「畜生、放せ!」いつもなら夜道を一人で歩くときは気をつけていたのに、酒の所為で油断していた。『悪いがちょっと付き合って貰えるかな?』「誰がするか!」歳三はそう叫ぶと、自分の両手首を拘束していた男に頭突きを喰らわせた。『このアマ、舐めやがって!』男の仲間が唸り声を上げると、歳三の首筋にスタンガンを押し当てた。その瞬間、歳三の意識は途切れた。
2012年01月27日
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サディーに連れられ歳三がやって来た場所は、ジャカルタ市内にある高級住宅地の一角に建てられた豪邸だった。『さぁ、どうぞこちらへ。』 使用人に案内されてリビングに入った歳三は、そこでチンツ張りの椅子に腰を下ろしている男が自分を見ていることに気づいた。『あなたが、日本から来られたトシゾー=ヒジカタさんですか?』『ええ、そうですが・・あなたは?』『初めまして。わたしはインドネシア警察のバルワンと申します。お目にかかれて光栄です。』『ど、どうも・・』バルワンと名乗った男は笑顔で歳三に握手を求めたので、彼女はそれに応じて彼の手を握った時、変な感覚がした。『どうなさいましたか?』『いいえ。』『旦那様、朝食のご用意が出来ております。』家政婦に呼ばれ、バルワンとサディーがリビングから出て行った時、歳三はバルワンから手渡されたメモを見た。そこには、『手をひけ』と赤いインクで書かれていた。(あいつ、俺が工場の事を調べているのを知ってやがる。)サディーの昨夜のよそよそしい態度も、今朝バルワンを紹介したのも全て合点がいく。恐らく彼らは、グルなのだろう。(俺は誰であっても喧嘩は売る。売られた喧嘩は必ず買う。そして勝つ。)歳三は深呼吸をして、彼らが待っているダイニングへと向かった。『ヒジカタさん、本題に入らせていただきますが・・いつ日本にお戻りになられるのですか?』トーストを食べながら、バルワンはそう言って歳三を見た。『さぁ、詳しくは解りません。せめて工場の件が片付くまでは、ここに滞在するつもりですが、何か?』歳三の言葉に、バルワンの表情が一瞬険しくなったことを、彼女は見逃さなかった。『バルワンさん、何かわたしに隠している事はありませんか?』『いいえ、何も。それよりもヒジカタさん、あなたのお噂はサディーから聞きましたよ。何でも優秀な方だとか・・ご結婚はされているのですか?』『ええ。主人と、5歳の息子がおりますよ。バルワンさんは?』『わたしは妻と3人の子がおりますが、それぞれ独立しておりますよ。ただ1人だけ、厄介者がおりますがね。』バルワンがそう言ってコーヒーを飲んだ時、ダイニングに1人の青年が入って来た。「親父、金くれよ。」「またお前か。お客様がいらしているんだから後にしろ。」彼は青年を睨みつけてそう言うと、青年は舌打ちした。彼の視線が、父親から歳三へと移った。「親父、その女は?」「ああ、日本から来たヒジカタさんだ。」「ふぅん・・」「もう用はないだろう。ルシカ、もう行きなさい。」「はいはい、わかったよ。」青年はダイニングから出て行く時、歳三のブラウスの隙間から覗く豊満な胸を嫌らしい目つきで見た。(嫌な野郎だな・・)『どうされました?』『いえ、何も。今日は朝食に誘っていただきありがとうございます。』バルワン邸を出た歳三は、サディーの胸倉を掴んだ。「おい、てめぇら一体何を企んでやがる?」「わたしは何も・・」「俺をここに連れてきたってことは、工場のことであいつが何か関わってんだろ?早く言わねぇとその腕へし折ってもいいんだぜ?」歳三がそう言ってサディーの腕を掴むと、彼は悲鳴を上げた。「わかった、話すから・・」蒼褪めたサディーは、工場の利権をバルワンが独占していること、彼が国会議員と昵懇の仲であることを白状した。(こりゃぁ、見逃せねぇな。)歳三はバルワンの悪事の証拠を掴むために、工場へと向かった。
2012年01月26日
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「あ~、疲れた。」 ジャカルタ市内のホテルの一室で、歳三は疲れた身体をベッドに横たえて溜息を吐いた。ホテルにチェックインして一旦部屋に荷物を置いた後、サディーとともにジャカルタ郊外にある工場へと向かった彼女だったが、目の前に広がっていたのは資料だけではわからない厳しい現実だった。 工場は24時間稼働しており、労働者は大半が近隣の村から集められた少年少女たちだった。彼らは貧しい家庭を助けるために、学校に行かず大人達に混じって汗水流して働いていた。だが彼らの手に入るのは、日本円で300円程度の金だけだった。歳三は子ども達の姿に、日本に残してきた息子の姿と重ね合わせた。 日本に生まれ、何不自由なく育った誠と、貧しい家庭を支える為にフルタイムで働くインドネシアの子ども達と、どう違うのだろう。「ヒジカタさん、居ますか?」ドアをノックされ、歳三がベッドから立ち上がってドアのスコープを見ると、そこにはサディーの姿があった。「何ですか?」現地ガイドから、“たとえ知り合いでも部屋に上げてはいけない”と言われた歳三は、ドアチェーン越しにサディーと会話した。「あなたが日本の本社から来たと、村人達の間で噂になっているようです。」「俺が、ですか?」工場付近に暮らす村人が、しきりに歳三の事を好奇の目で見ていたことを彼女は思い出した。 日本からわざわざインドネシアの片田舎まで来る社員が珍しいのだろうと思っていたのだが、どうやら違うらしい。「ええ。あなたは工場で働く子ども達から仕事を取りあげに来たんじゃないかって。」「そんな事はしない。だが、場合によっちゃ取りあげるかもしれない。」「そうですか・・では彼らにそう伝えておきます。」サディーはそう言うと、歳三に背を向けた。(何かひっかかるな・・)サディーの言葉が少しひっかかったが、もう遅いので歳三は寝ることにした。 一方、サディーはジャカルタ市内の繁華街にあるクラブで、ある人物と会っていた。『日本から来た女はどうだった?』『女だと侮ってましたが、切れ者です。自分が疑問に思ったことは口にし、工場長の横暴に喝を入れておりました。』『ふん、少々やりにくくなるな。サディー、あの女に情報を握られるんじゃないぞ。』『はい・・』『俺からのプレゼントは、ちゃんと身に付けているんだろうな?』『ええ。』サディーの額から、一筋の汗が滴り、フロアの床に落ちた。『お前やお前の家族には多額の報酬を払った。それに見合う仕事をしてくれれば、それでいい。』男はそう言って部下達を引き連れて、クラブから出て行った。「あ~、よく寝たぜ。」翌朝、歳三はバスルームで顔を洗いながら、総司と誠の事を思った。顔を洗った後、歳三は携帯を開き、総司の番号に掛けた。「もしもし、総司?」『土方さん、どうしました?』「今何処だ?幼稚園か?」『いいえ、誠を幼稚園に送っていって、大学に行く途中です。』「そうか。これから仕事だが、また掛けるからな。」『はい、待ってます。』久しぶりに夫と会話して、歳三は今日も仕事を頑張ろうと思うのだった。「ヒジカタさん、おはようございます。」「おはよう。」身支度を済ませてホテルのロビーへとやって来た歳三を、サディーは笑顔で迎えた。「朝食はお済みになられましたか?」「いえ、まだですが・・」「あなたを、ある場所へお連れいたします。」
2012年01月26日
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「重大な問題だと?それは一体どういうことだ?」「実は、ジャカルタ支店が運営する工場に於いて、児童労働が行われていたことが発覚致しました。」歳三はそう言ってノートパソコンを起動させ、プロジェクターにある写真と資料を役員達に見せた。 それは、宣孝が隠匿していたジャカルタ支店運営の工場に於ける児童労働者の写真と、その内訳だった。「ジャカルタ支店の営業はここ10年ほど下降を続けておりますが、その原因は従業員数1000人の内およそ500人が8~15歳までの少年少女達で構成されており、1日20時間を超える労働と、換気が不充分で衛生状態も劣悪な労働環境による疾病者が多いからです。次に・・」「こんなものは出鱈目だ!この女はわたしを陥れようとしているんだ!」「陥れようとしているのは、どちらですか?」歳三はそう言って宣孝を睨むと、彼も憎悪に満ちた目で睨み返してきた。 暫し二人が睨み合っていると、役員の1人が咳ばらいをしながら歳三を見た。「前々からジャカルタ工場には黒い噂が飛び交っていたが、これ程までに酷い実態だとは・・今後、この問題をどう解決するつもりかね?」「まずはこの問題を公にし、ジャカルタ工場での現地調査と視察に入ります。現地調査と視察は、わたくしが担当いたします。」「そんな事は聞いていないぞ!」宣孝がそう言って歳三に詰め寄り、彼女の胸倉を掴んだが、彼女は怯まずにこう宣孝に言い返した。「俺ぁなぁ、弱い者いじめする奴は大嫌いなんだよ。あんたが何を企んでようが、徹底的にそれを潰してやる。」「望むところだ、何の後ろ盾もないお前に何ができるか、とくと見物してやるさ。」宣孝は歳三の言葉を鼻で笑うと、会議室から出て行った。(取り敢えず、あいつには勝った。だがこれからが勝負だ。)「先輩!」会議室から出て、歳三がオフィスへと戻って来ると、玉置達が彼女に駆け寄ってきた。「さっき秘書課の子が噂してましたけど、ジャカルタに行くって本当ですか?」「あぁ、本当だ。俺は正義の為にこれまで有耶無耶にされてきたことを白日の下に晒してやる。みんなには悪いが、俺が居ない間頼んだぜ。」「はい!」「先輩が居なくなると寂しいですよ。」「まぁでもお局様が居なくなると少し気楽でいいかも・・」「おい、そりゃぁどういうこった!」部下や後輩と冗談を言い合いながら笑う歳三の姿を、芹沢は微笑みながら見ていた。「土方君、その様子だとどうやら宣孝氏との戦いには勝ったようだね。」「ああ。結局はジャカルタに行くことになっちまったがな。芹沢さん、後の事は宜しく頼んだぜ。」「わかった。気をつけたまえ。」歳三と芹沢は、笑い合うと互いのグラスをカチンと鳴らした。 数日後、総司にジャカルタ行きの事を伝えると、彼は少し落ち込んだが、すぐに笑顔を歳三に浮かべた。「土方さんがそう決めたのなら、僕は反対しません。気をつけてくださいね。」「ああ。誠のこと、宜しくな。」「解りました。誠、ママが居ない分頑張ろうね。」「ママ、行ってらっしゃい。」「誠、ママ頑張ってくるからな!」歳三は誠を抱き締めると、彼と総司の頬に交互にキスした。 それから2週間後、歳三はジャカルタへと発った。日本に残してきた家族の為に、宣孝との戦いに勝ってみせると決意した彼女は、ジャカルタの土を踏んだ。「ミス・ヒジカタですね。わたしはサディーです。」空港に降り立った歳三を、ジャカルタ支店長・サディーが出迎えた。「土方です。お忙しい中お出迎えいただいてありがとうございます。」「いいえ、こちらこそ遠路はるばる来ていただいて嬉しいです。さぁ、どうぞ。」サディーとともに、歳三は空港を後にしてジャカルタ市内のホテルへと向かった。
2012年01月25日
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一方、藤原家では瑠璃が宣孝と対峙していた。「兄様、あなた歳三さんを追い出そうと、ジャカルタ支店への異動話を持ち出したわね?」「ああ、そうだ。あの女は藤原家にとって疫病神だ。お前だってそう思っているんだろう?」「いいえ。もしかして兄様、あなたは歳三さんに嫉妬しているの?」「嫉妬?馬鹿を言うな。」宣孝の眦が上がった。「歳三さんは有能な方よ。彼女の仕事ぶりを調査したけれど、トラブルが起きても咄嗟にそれを解決できる術を持っているし、些細な問題にも真剣に取り組んでるわ。部下からも上司からも人望が厚い彼女を、東京本社から追い出して何を企んでいるの?」「お前には関係ないだろう、瑠璃。それよりもあいつとの事は決着がついたのか?」「それはあなたには全く関係がありませんわ。では失礼。」瑠璃はそう言ってソファから立ち上がると、リビングから出て行った。(全く、可愛げのない女だ。)宣孝は舌打ちしながらそう思った時、携帯が鳴った。「もしもし、樹理か?」『ごめんなさい、あの女への説得は失敗したわ。』「そうか。じゃぁ次の手を考えるしかないな。」『どうするつもりなの?犯罪の片棒を担ぐのは御免だからね。』「大丈夫だ、お前を面倒な事には巻き込ませないさ。おやすみ。」『おやすみなさい、あなた。』樹理の明るい声を聞き、宣孝は彼女の為にも歳三を何としてでも東京本社から追い出してやると、次の手を考えていた。「昨夜はお世話になりました。また、遊びに行きますね。」「ええ、楽しみに待っているわ。」鴾和家で香達に礼を言った歳三と総司は、誠を連れて鴾和邸を後にした。「総司、行って来る。」「行ってらっしゃい。土方さん、宣孝さんに負けないでくださいね。」 新しい年が明けて仕事始めの日、歳三は総司に見送られて出勤した。(あいつには絶対に負けねぇ!藤原だろうが誰だろうが、俺は負けねぇ!)芹沢にはもう話はしてあったし、後は今日行われる会議で宣孝と対決するだけだった。「おはようございます、先輩。」「おはよう。」ロビーに歳三が入ると、玉置がそう言って声を掛けた。「大丈夫ですか、先輩?相手は手強いですよ?」「勝ってやるよ。必ず勝ってみせる。」そう言った歳三の瞳には、宣孝への闘志がみなぎっていた。「あなた、これから頑張ってね。」「ああ、行ってくるよ。」「純、あなたもお父様に何か一言・・」 清隆家では、純が樹理の傍に居る宣孝をじろりと睨むと、学校へと向かった。「全く、可愛げのない子ね。あの女にそっくりだわ。」「そう言うな。じゃぁ、また夜に。」宣孝は家を出て、リムジンへと乗り込んだ。(そろそろ会議の時間だなぁ・・)総司は大学で講義を受けながら、歳三の身を案じていた。歳三と宣孝、どちらが勝つかは、今日の会議で決まる。「どうしたの、総司?」「ううん、何でもない・・」(ボーっとしてちゃ駄目だ、僕だって頑張らないと!) 歳三が会議室へと入ると、そこには一足先に自分の席に座っている宣孝と目が合った。「随分と遅めの到着だね。」「申し訳ありません、少々調べものをしていたものでして。」歳三はそう言って、会議に出席している役員達に資料を配り始めた。「今回はお忙しい中ご出席していただき、ありがとうございます。では、会議を始めさせていただきます。先ずはお手元の資料の3ページをご覧ください。」壇上に上がった歳三は、キッと宣孝を睨み付けてプレゼンテーションを始めた。「今回、重大な問題が我が社に発生いたしましたことを、この場でお詫び申し上げます。」彼女の言葉に、役員達が一斉にどよめいた。
2012年01月25日
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「あなた、歳三さんを見かけなかった?」「さぁ・・そういえばさっき、あの女と一緒に外に行ってたな。」「まぁ。わたくし、ちょっと見てくるわ。」蓮華はドレスの裾を摘むと、ケープを羽織って外へと出た。すると庭には、イヴニングドレスに身を包み、寒さに震えている歳三の姿があった。「歳三さん、大丈夫?」「蓮華さんか、助かった。」歳三はそう言うと、意識を失った。 歳三を別室に休ませると、蓮華は香と向かい合わせにソファに座った。「こんな寒い時期に外に放り出すなんて・・あの清隆樹理とかいう女、人間じゃないわ。」「まったくだ。恐らく彼女は宣孝にジャカルタへ行くと歳三さんに言わせたかったのかもしれないな。」「彼女は強い方よ。あんな女に命じられた位で、気持ちが揺らぐ訳がありませんわ。」蓮華と歳三は数時間前に知り合ったばかりだが、彼女は歳三が揺るがない心を持っている女性だと解った。「ねぇあなた、藤原家は今どうなっているのかしら?会長があんな状態では、これから先色々と面倒な事があるでしょうね。」「ああ。次男の良治と長女の瑠璃はともかく、長男の宣孝の動向には気をつけないとな。あいつは歳三さんを憎んでる。」「嫌な予感がするわ・・」蓮華はそう言うと、外に舞い散る雪を眺めた。 パーティーは盛況のまま終わり、客達が帰った後、歳三は漸く目を開けた。「気が付いたかしら?」「あの、ここは?」「お客様用の寝室ですわ。今晩は遅いし、雪が降っているから、こちらにお泊りになってくださいな。」「そんな、悪いです。」「困った時はお互い様ですわ。」蓮華の言葉に甘えた歳三と総司は、その夜は鴾和家に泊まることになった。「香さんは?」「主人なら総司さんと男同士の話をしておりますわ。それよりも歳三さん、あなたと総司さんの馴れ初めを聞かせてくださいな。」「そんな・・」「恥ずかしがらないでくださいな。わたくしもお話しするから。」「じゃぁ・・」歳三は蓮華に総司との馴れ初めを聞かせると、彼女はうっとりとした表情を浮かべてこう言った。「まるでドラマみたいな恋ね、憧れるわ。」「ドラマと現実は違いますよ。蓮華さんは、香さんとどうやって知り合われたのですか?」「主人とはお見合いで。と言っても、亡くなった姉と主人が結婚する予定だったのですけれど、姉が事故で死んでしまって、代わりに妹のわたくしが結婚する事になったのです。」「へぇ・・」親同士が決めた許婚と結婚するなど、江戸時代の話かと思っていたが、現代にもそんな事があるのだと知って、歳三は驚いた。「嫌じゃなかったんですか?」「嫌も何も・・両親を早くに亡くしたわたくしにとって、主人とは同じ屋根の下で暮らして、実の兄妹のように育ちましたの。それに、主人の事は好きでしたし。」「そうですか・・」「少しお待ちくださる?」蓮華は客用の寝室を出て、自分の部屋からアルバムを持って来た。「これが、結婚した時の写真ですわ。」「お綺麗ですね、お二人とも。」蓮華が笑顔で歳三に見せた写真は、彼女と夫・香の結婚式の写真だった。「歳三さんは、結婚式は?」「挙げていないんです。出来ちゃった結婚だから、時間も金もなくて・・」「わたくしも、同じようなものですわ。」その夜は蓮華と歳三は、女同士の会話で盛り上がった。
2012年01月24日
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蓮華の言葉に、歳三は静かに首を横に振った。「家族を残してジャカルタには行きたくないです。ですが・・」「自分の職場があの男に潰されるとでも?」蓮華はそう言うと、溜息を吐いた。「あの男は虚勢を張っているだけよ。実際、彼には会社ひとつ潰す力も権力も何もないわ。だから、あなたは怯えなくてもいいのよ。」「そうですか・・あの、ご主人はあの男と知り合いだとおっしゃいましたね?一体どのような・・」「それは、主人に聞いて下さいな。さてと、そろそろ戻りましょうか?」 蓮華とともに母屋へと向かった歳三は、そこで宣孝が居ることに気がついた。向こうも歳三が蓮華とともに歩いてくるところを見たようで、険しい表情を浮かべて彼女達の方へと歩いてきた。「奇遇だね、こんなところに君が居るなんて。」「お久しぶりですわね、宣孝さん。」蓮華はそう言って宣孝を見て笑ったが、何処かその笑みは冷たく見えた。「歳三さん、年が明けたらジャカルタ支店異動だね、まだ知り合ったばかりなのに、寂しくなるよ。」「お生憎様だが、俺はジャカルタには行かねぇよ。」差し出された宣孝の手を、歳三は邪険に払いのけた。「何だと?」「俺は誰の言いなりにもならねぇ。」「ふん、生意気な・・」宣孝は歳三を睨み付けると、部屋から出て行った。「放っておきなさい。」「あの、奥様・・」「その呼び方は止して頂戴。“蓮華”でいいわ。」蓮華はそう言って歳三に微笑んだ。「蓮華、ここにいたのか。探したよ。」「あなた。」客達と歓談していた香が、蓮華達の方へとやって来た。「あら、総司さんは?姿が見えないようだけど。」「彼なら気分が優れないから別室で休んでいるよ。それよりも歳三さん、宣孝とは何を話してたんだい?」「ああ、丁度歳三さんがジャカルタ異動の話を蹴りましたの。ねぇ、歳三さん?」「ええ。あの、あの男と香さんは、お知り合いだと聞きましたが・・」「まぁね。高校が同じだというだけで・・彼が色々と複雑な家庭環境で育ってきたことは知っているが・・」香がそう言ってワインを飲んでいると、1人の女性が部屋に入ってきた。「あなたが、土方歳三さん?」深紅のドレスを纏った女性は、そう言って歳三を見た。「ああ、そうだが・・あんたは?」「初めまして。わたくしは清隆樹理。ちょっとあなたにお話があってきましたの。」女性は有無を言わさずに歳三の手を掴むと、外へと連れ出した。「話ってのは何だ?」「あなたが純の実母だということは調べがついているわ。純もそれを知っているわ。」「それがどうした?今更俺はあいつと親子として暮らすつもりはねぇ。」「そう。なら話が早いわ。」清隆樹理は、そう言うと歳三を見た。「お願いだから、ジャカルタに行ってくれないかしら?このままだと純の為にも、あの人の為にもよくないの。」彼女の言葉を聞いた歳三は、この女が宣孝の手先だとわかった。「ふぅん、自分が困るから俺に消えて欲しいってか。そんな事したくねぇなぁ。」「まぁ、何よ!もういいわ!」樹理はそう言うと歳三に背を向けて部屋の中へと入っていった。「訳がわからねぇ女だなぁ・・」歳三は溜息を吐くと、暖房が利いた室内へと戻ろうとした。だがドアを開けようとすると、鍵が掛かってるのかビクともしない。(くそ、やられた!)寒さに震えながら、歳三は拳をガラス窓に叩きつけた。だがみんなおしゃべりに夢中で、誰も気づいていない。 暫くすると、雪が降って来た。
2012年01月24日
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「俺の家庭を壊したいだと?お前は一体何を・・」「あんたが世田谷の産院で俺を産んで捨てた後、俺は清隆の両親に引き取られたさ。」純はそう言うと、どかりとソファに腰を下ろした。「養父母は俺の事を可愛がってくれた。実の子が生まれるまではね。血が繋がらない子は要らないものだと、最初から教えてくれていたらあんな惨めな目に遭わずにすんださ。俺が辛酸を舐めているのに、あんたは夫と子どもと3人で幸せな家庭を作って暮らしてる!それが許せないんだよ!」「だったらどうしろと?15年振りに親子としてお前と暮らせってか?冗談じゃねぇよ。確かにお前を捨てた事は悪いと思ってる。だが過去の事は今更消せるわけがないだろう!」「じゃぁどうして俺を産んだんだ!育てられないとわかっていたら、中絶してくれればよかったのに!」純はそう叫ぶと、リビングから出て行った。 一人リビングに残された歳三は、溜息を吐いてソファに腰を下ろした。(俺は、一体どうすれば・・)ジャカルタの異動話について総司に話せぬまま、期限は刻々と過ぎていった。「土方さん。」「どうした、総司?まだ寝てなかったのか?」寝室で寝ていると、自分のベッドに総司が入って来る気配がして、歳三は身じろぎした。総司の手が歳三の豊満な乳房を下着越しに触って来たので、彼女はその手を咄嗟に払いのけた。すると彼は、歳三の陰部へと手を伸ばした。「やめろ。そんな気分じゃねぇんだ。」「嫌ですよ。もしかして土方さん、怖いんですか?また流産するかもしれないって・・」「そんな事は思っちゃいねぇよ。ただ離ればなれになるのに・・」「え?」総司は歳三を抱き締め、彼に真顔で迫った。「ねぇ、それってどういう事ですか?」「実はな、ジャカルタ支店異動の話が来たんだよ。俺は行きたくねぇんだが、行かないと会社が潰れちまうかもしれねぇ。」「そんな・・まさか、ジャカルタ行きの話、受けるんですか?一体誰がそんな事・・」「藤原宣孝だよ、会長の長男の。俺が疎ましくて仕方がないらしい。」「だからって、こんな理不尽な事、受け入れるなんて!」「俺は行きたくねぇが、向こうは会社を潰す気満々だ。芹沢さんは出来るだけ俺を行かせないよう策を練っているようだが・・」「そうですか。土方さん、何があっても僕は土方さんの味方ですからね。」「ありがとう、総司。そう言ってくれるだけで嬉しいよ。」歳三は総司に微笑むと、彼を抱き締めた。 数日後、歳三と総司は誠を連れて鴾和家のクリスマスパーティーに出席した。「良く来てくれたね。」鴾和香はそう言って土方夫妻を笑顔で迎えた。「あなた、こちらの方は?」香の隣に立っている黒髪の美女が、そう言って歳三を見た。「紹介するよ、土方歳三さんだ。土方さん、こちらは妻の蓮華だ。」「蓮華です、初めまして。」「初めまして。」「少しあちらでお話しいたしませんこと?」 香の妻・蓮華に連れられた歳三は、母屋から少し離れた部屋に入った。「歳三さんとおっしゃったわね。あなたの話は主人から聞いていてよ。」「は、はぁ・・」蓮華はそう言うと、歳三を見た。「血を分けた兄妹で憎み合うことは、とても愚かなことだわ。あなたのお兄様は相当あなたの事を嫌っているようね。」「嫌っているというより、憎んでますよ。」「あの方、宣孝さんと言ったかしら?あの方は会長が外の女に産ませた子なのよ。正妻の子は次男の良治さんと長女の瑠璃さんだけ。」「愛人の子である自分が露骨に差別されて悔しいと思ってんのか・・くだらねぇな。」「ええ、本当に下らないわね。滑稽を通り越して哀れだわ。」蓮華はそう言うと、コーヒーを飲んだ。「さてと、これから本題に入るけれど・・歳三さん、まさかあなた家族を残してジャカルタに行くなんて思ってないわよね?」
2012年01月23日
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「ほう、強気な態度に出るとは大した女だな、君は。」宣孝はそう言って笑ったが、切れ長の目は歳三を見据えていた。「あんた達は、俺が藤原家の娘であることと、莫大な財産を会長から与えられると聞いて心穏やかじゃねぇんだろ?それくらいのこと、俺でもわからぁ。」歳三はそう言うと、宣孝を見た。「君の夫、土方総司は沖田財閥の御曹司だそうだな。君と会う前、房江さんに会ってきた。」「お義母様に?」「ああ。君が藤原家の娘だと知り、大層驚いてね。今まで君と息子の仲を認めなかったが、君が藤原の血をひく娘なら問題ないとおっしゃっていた。」(あの婆・・) 初めて会った時から、何かと房江は歳三が元ヤンキーであることや、男勝りで“女性らしくない”彼女に苦言を呈していたが、歳三が藤原家の娘であることを知っただけで、それら全てを帳消しにするとは、彼女らしい。「それで?お義母様と会って何をするつもりだ?」「別に何も。それよりも君には朗報と言った方がいいかな?君は来月、ジャカルタに異動して貰うことになった。」「ジャカルタだと?」まるで降ってわいたような突然の異動に、歳三は目を丸くした。「君はこの会社に入社してから、営業成績がトップと聞く。君のような優秀な人材なら、ジャカルタ支店を立て直してくれるだろう。」「てめ、ふざけんじゃ・・」宣孝に掴みかかろうとした歳三を、芹沢が止めた。「土方君、止めたまえ。」「てめぇ、俺が居ない間に会長に何かしてみろ、ぶっ殺してやる!」「全く、乱暴な・・君には上流階級の令嬢としての教養も何もないことが良く解った。藤原の娘である君を、世間にお披露目する訳にはいかないな。」宣孝は目の前で唸る歳三にそう言い放つと、応接室から出ていった。「芹沢さん、今の話は本当か?」「ああ。どうやら宣孝氏は、目障りな君を会長と自分達の前から消したいようだ。」芹沢はソファに座ると、煙草を取り出し、それを咥えると愛用のライターで火をつけた。「わたしとしては、君のような優秀な人材を海外にやりたくはない。だが相手はあの藤原財閥だ。リーマンショックから4年・・金を唸るほど持っている大企業でさえ、生き残りが厳しい。ましてやうちのような中小企業なら、藤原は徹底的に潰しにかかるだろう。」歳三は、芹沢の言いたい事が解っていた。 自分が宣孝の要求を呑まなければ、この会社が潰れてしまう。自分の所為で、社員1500人が路頭に迷うことになるのだ。「・・時間を下さい。」「そうだな。一週間やろう。その間、わたしはこの事を会長に伝えておこう。」「ありがとうございます。」歳三は芹沢に頭を下げると、会社から出て行った。 タクシーに揺られながら、彼女は宣孝が一体何を企んでいるのかを考えていた。それよりも、総司にどう伝えたらいいのか―どんなに考えても、答えは出ないまま自宅マンション前についてしまった。「ただいま。」「お帰りなさい。会社で何かあったんですか?」「ああ。実はな・・」歳三が総司にジャカルタ支店異動の話をしようと口を開いた時、トイレから純が出てきた。「お前、どうして・・」「ねぇ土方さん、純君の話、本当なんですか?」総司は真顔でそう言うと、歳三を見た。「純君が、土方さんの息子だって・・」「総司、俺は・・」「土方さん、どうして僕にそんな大切な事を黙ってたんです?そんなに僕が信用できないの?」「違うんだ、総司。俺は話そうと思ったんだ。」歳三の言葉を、総司は聞かずに寝室へと入っていってしまった。「お前、一体何のつもりだ?」「決まってるだろ、あんたの家庭を壊したいからここに来たんだよ。」純は好戦的な視線を歳三に送ると、口端を歪めて笑った。
2012年01月23日
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「で、話ってなんだ?」自宅マンションから出た歳三は、駅前のカフェでそう言って少年―清隆純を見た。「実は、あなたの事を少し探偵に調べさせたんだ。そしたら、こんなものを見つけて・・」純は歳三の前に、一枚の写真を置いた。 それは、まだ彼女がヤンチャをしていた10代の頃のもので、背中まである長い髪にセーラー服を纏った歳三が仲間とともに映っていた。「これが、どうしたんだ?」「あんた、俺の実の母親だろ?」「なぁにふざけたこと抜かしてやがる。腹を痛めて産んだのは誠だけだ。」純の言葉を鼻で笑った歳三だったが、彼は真顔で彼女を見た。「どうしてそう言いきれる?俺とあんたの血液型、同じだよな?」「馬鹿かお前ぇ。この世にはB型の人間なんざごろごろ居るんだよ。大体、人を夜中に呼び付けておいて、勝手にてめぇの憶測を話してんじゃねぇぞ。」歳三は苛々して煙草を吸おうとしたが、煙草を家に置いてきたことを思い出し、舌打ちした。「どうして俺が、あんたの母親だって言い張るのか、知りたいか?」「あぁ、知りてぇな。」「土方さん、実はこんなものがわたしの父の書斎にありまして・・」純の従兄弟がそう言って一枚の書類を歳三に見せた。 それは、純の戸籍謄本だった。そこには、母親の名前に歳三の名が記載されていた。「あなた、確か15年前に純を世田谷の産院で出産しましたよね?」「あぁ、そうだったな。父親の事なら聞いても無駄だぜ。あの頃は暇さえありゃぁ男とベッドでしけこんでたからなぁ。」あの頃歳三は、刺激を求めては毎日家に帰らず夜の歓楽街をぶらつき、いきずりで男と寝た。そんな中、父親が誰なのかわからない子どもを妊娠していたことを知った彼女は、姉に知られないよう中絶しようとしていたが、結局露見し、結論が出ないまま出産した。その子ども・純が、目の前に居る。「何で俺を捨てたんだ?母親なのに。」「あの頃の俺は親になる覚悟や、重責なんてもんには耐えられなかったんだ。だから、お前ぇを捨てた。」歳三がそう言った時、バッグに入れていた携帯が鳴った。液晶画面には、「会社」の文字が表示されていた。「もしもし、土方です。」『土方君、今会社に来れるかね?』「はい、大丈夫ですが・・」着信は、会社の専務・芹沢からだった。「ちょっと急用ができた。」歳三はそう言ってカフェを出ると、職場へと向かった。「待っていたよ、土方君。」「専務、何かあったんですか?」「いや・・君に会いたいという方がいらっしゃってね。」応接室に歳三が入ると、そこには瑠璃の二人の兄、良治と宣孝がソファから立ち上がった。「君が、土方歳三だね?」「はい・・あの、わたしに何かご用ですか?」「用というのは、財産分与のことと、君の隠し子のことだ。」長兄・宣孝がそう言って歳三の前に立ち、彼女を睨みつけた。「君が17の時に産んだ息子の事は調べがついている。その子を藤原家に寄越せ。」「お言葉ですが、息子の事はさっき知りましてね。藤原家に寄越せとは、どういう意味でしょう?」「言葉通りだ。藤原の血をひく君の息子に、藤原の家督を継がせる―それだけのことだ。」「嫌だと言ったら?」歳三はそう言って、好戦的な視線を宣孝に送ると、彼の美しい眦がつりあがった。「君は、わたしに逆らう気なのか?」「まさか。ただ突然息子を寄越せとおっしゃられても、はいそうですかと受け入れることができませんよ。」歳三は宣孝を睨み返すと、笑った。
2012年01月22日
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「ママぁ!」 数日後、歳三が退院すると、病院の待合室で待っていた誠が彼女の姿を見るなり駆け寄ってきた。「誠、元気にしてたかぁ?」「うん。ママ、寂しかった。」誠は歳三に抱きついたまま、離れようとしなかった。「土方さん、荷物持ちますね。」「おう。」数ヶ月振りに総司の顔を見ると、彼はさえない表情をしていた。「総司、後で話が・・」「ママ、抱っこ!」総司に話しかけようとする歳三に対して、誠は駄々をこねはじめた。「ったく、わかったよ。誠はもうすぐ小学校に行くっていうのに、まるで赤ちゃんに戻ったみてぇだな。」「ぼく、赤ちゃんじゃないもん!」誠は頬を膨らませて拗ねた。 その日彼は歳三の傍から離れることはなく、夜になるとなかなか寝てくれなかった。「ママ、一緒に寝てぇ!」「駄目だ、ママはパパとお話があるからな。」「いやだぁ~!」もう夜の9時を回っているというのに、誠は駄々を捏ねて寝ようとしない。「総司、ちょっと寝かしつけてくるわ。」歳三がそう言って総司を見ると、彼は無言で皿を洗っていた。 病院を出てから、総司が誠と一言も話をしていないことに歳三は気づいた。「誠、パパと喧嘩したのか?」「ううん。パパ、僕のことぶった。」「どうしてぶったんだ?もしかして、夜ふかししてたのか?」「ママが帰ってくるの、待ってただけだもん・・」誠はベッドに入ると、歳三のスエットの裾を掴んだ。「そうか、寂しかったのか。でもな誠、パパだって俺が居なくてさびしかったんだぞ?」「そうなの?パパは大人なのに寂しいって思うことがあるの?」「誰だってあるよ。ママだって、誠やパパに会えなくてさびしかったんだぜ。誠、これからパパと話をするから、ちゃんと寝るんだぞ?」「うん、おやすみ。」 誠の部屋から出た歳三はソファに座っている総司と目が合った。「総司、俺が居ない間に色々とあったようだな?」「ねぇ土方さん、ひとつ聞きたいことがあるんですけど。」「何だ?」「もしあの時・・僕があなたの妊娠を知らなかったら、どうなってたと思います?」「急に何言ってやがる。もう終わった事を今更考えることはしねぇんだよ。」「そうですか。」総司はそう言うと、歳三に抱きついた。「おい、離れろ!」「ねぇ土方さん、僕の事も寝かしつけてくださいよぉ。」「ったく、てめぇはいつまで経ってもガキだな!」「ガキで結構です~!」総司と歳三がじゃれ合っていると、玄関のチャイムが鳴った。「なんだぁ、こんな時間に?」歳三がソファから立ち上がってインターホンの画面を見ると、そこには痴漢騒ぎの時に会った青年とその従兄弟が立っていた。(何だってこんな時間に、こいつらが?)「おい、何の用だ?」『すいません、この子があなたに話したいことがあるので・・宜しいでしょうか?』歳三はちらりと総司を見ると、彼はソファで寝ていた。「少々お待ち下さい。」家で話すのは不味い―そう思った歳三は寝室で着替えを済ませ、総司が起きないようにゆっくりとドアを閉めて部屋を出てエレベーターへと乗り込んだ。 あの少年は自分に何を話したいのか、何故か歳三には解る気がした。
2012年01月22日
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誠をぶってしまってから、総司は彼と会話を交わすこともなく、それぞれの部屋に引き籠っていた。総司は溜息を吐きながら、ブログに育児の悩みを綴った。思えば、父親としてまだまだ未熟なところがある。誠が生まれる前までは、ただの普通の高校生で、部活や勉強に忙しい毎日を送っていた。その頃から子ども好きだったが、家庭科の授業の一環として保育園や幼稚園で乳幼児と触れあうのと、父親として子育てに携わるのとは次元が全く違う。(僕は、父親としての資格がないんじゃないか・・)誠とどう接したらいいのかわからないまま、時間は刻々と過ぎていった。「土方さん、入りますよ。」「ああ・・」鴾和総合病院産婦人科医・鴾和香は、個室に入院している歳三の元を訪れた。「もう感染症の恐れもありませんので、あと数日後には退院できますね。」「そうですか。先生、今後は妊娠できますかね?」「大丈夫ですよ。それよりも土方さん、ご主人の事なのですが・・」香はそう言って、備え付けのパイプ椅子に腰を下ろした。「どうやら最近、息子さんとの接し方に悩まれているようなのです。」「総司が?」歳三がそう言って香を見ると、彼は静かに頷いた。「ええ。彼のブログを偶然発見しましてね、父親として自信が持てないと、育児の悩みを綴ってましたよ。」そういえば、総司は歳三にブログを始めたとか言ったことを彼女は急に思い出した。『ブログねぇ・・最近は変な奴が居るからな、個人情報は出来るだけ晒すなよ。』『大丈夫ですって。』そう言って嬉しそうにブログを見せる総司が、今どんな事をブログに綴っているのか気になった。「確か彼は、子ども好きだと聞きました。将来保育士になりたいと。」「ええ。あいつはぁよく学校の帰りに近所のガキどもと遊んでるところを見ましたが・・どうして先生がそれを?」「いえね、その子ども達の中にわたしの娘もいまして。色々と教えてくれたんですよ。」「へぇ、そうですか。」理事長の息子で腕利きの医師だと聞いていた香に、歳三は親近感を持った。「・・総司が、こんなに悩んでいたなんて知らなかった。」総司のブログを読み終わった歳三は、手の甲で涙を拭った。「まだご主人は若いし、園児達と接するのと我が子と接するのとは次元が違う。それにあなたが不在ということで、誠君は精神的に不安定になっている。孤立したご主人は、今色々と思い悩んでいることなんでしょうね。」「そうか・・先生、俺は一体どうすれば?」「これを見てください。」香が総司のブログを指すと、育児に関する記事のコメント欄には、同じ悩みを持つ親達からの励ましや助言のコメントが寄せられていた。「はじめから完璧な親などいません。土方さん、あなたの事は色々と存じておりますが、あなたの御家族とご自身の健康を第一に考えてください。外からの雑音は、一切耳に入れないようにしてください。」「はい、ありがとうございました先生。」「いえいえ。ではわたしはこれで。」香は端正な美貌に朗らかな笑みを浮かべて、病室から出ていった。一方、瑠璃は二人の兄、良治と宣孝に会っていた。「その女は確かに藤原家の娘なのか?」「ええ。歳三さんは、紛れもなく藤原家の娘です。あなた方は藤原家を出た身。父に万が一の事があった場合、わたくしと歳三さんが対応致します。」「瑠璃、お前がそう言うのなら父上の事はお前に任すが・・歳三とかいう女は信用ならん。」「まぁ、証拠ならここにありますわ。」瑠璃はそう言って、兄達に一臣と歳三のDNA鑑定の結果を見せた。「全く、困ったことになったな。」「本当だ、瑠璃、あの男は?」「完全に縁を切りました。でも戦いはこれからですわ。」瑠璃は深い溜息を吐くと、窓から月を眺めた。明日から、激しい戦いが始まる。
2012年01月21日
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総司に突然殴られた俊哉は、唖然としていたが、彼を睨みつけた。「何をするんだ!」「それはこっちの台詞だ、よくも土方さんを!」「あの女がいけないんだ!」「あなた、ここから出ていって、今すぐに!」瑠璃が俊哉を病室から追い出そうとすると、彼は瑠璃を睨みつけた。「お前はこいつの肩を持つのか!?」「この人はね、歳三さんの御主人よ!あなたがした事を知ったら殴りたくなるのも当たり前でしょう!」「あの女に言っておけ、藤原の財産を掠め盗ろうなんて思わないことだと!」「何をおっしゃるの、掠め盗ろうとなさってるのはあなたでしょう!さっさと別れてよ!」「いい加減にしないか、二人とも!」一臣が瑠璃と俊哉を一喝すると、俊哉が一臣を見た。「俊哉、お前はもう藤原の人間ではない。お前が藤原の財産を与えられることはない。」「そんな、お義父さん・・わたしはこれまで、あなたの為に・・」「黙れ!外の女と子を作ったのも許せんが、わたしの娘を流産させたことは尚更許せん!二度と藤原の家の敷居を跨ぐな!」一臣の言葉に、俊哉は唇を噛み締め、鬼のような形相を浮かべながら病室から出ていった。「総司さん、ごめんなさい。あなたを醜い争いに巻き込んでしまって。」「いいんです。土方さんの仇を討ったんですから。」瑠璃が俊哉を責めなければ、この場で俊哉を殺してやりたいくらいだった。最愛の妻と、その妻に宿った新しい命を傷つけた彼を。「君が、総司君か?」「はい・・御無沙汰しております、小父様。」総司はそう言って一臣に頭を下げると、彼はそっと総司の手を握った。「歳三には、気を落とすなと言ってくれ。出来るだけあいつの傍に居てやってくれ。」「解りました。ではこれで失礼致します。」 病院を後にした総司は、誠を迎えに幼稚園へと向かった。「ママ、いつお家に帰って来るの?」「あと数ヶ月したら帰ってくるからね。それまで、パパと一緒にいようね。」「うん・・」総司の言葉を聞いた誠は、そう言って俯いた。 突然母親が入院し、心細いのだろう。(僕がしっかりしなくちゃ・・)今まで歳三の尻に敷かれ、父親として頼りないと誠は思っているのだろう。歳三が居ない間、自分がしっかりしなければ―総司はそう思いながら、誠の弁当を作り始めた。 歳三が入院してから数週間が経った。誠は特に変わった様子はなかったが、やはり母親の不在がこたえているのか、最近笑顔を見せなくなった。幼稚園ではどうしているのか、総司にはわからない。だから、担任の保育士から手渡された連絡ノートに書かれた言葉に衝撃を受けた。“最近誠君は意味も無く突然大声で泣き出したり、癇癪を起こしたりします。お母様が入院されているから、精神的なストレスを抱えているのでしょう。一度、お母様のお見舞いに行けば、誠君のストレスも緩和されると思います。”どれだけ自分が父親と母親の二役をこなそうと頑張っても、腹を痛めて産んだ母親には敵わない―その現実を、総司は突き付けられた気がした。歳三がいつ退院するのか解らぬまま、総司の中で徐々に焦燥と苛立ちが募っていった。 そんなある日の夜のこと、誠がいつまで経ってもファミコンゲームをしていることに苛立った総司は、最もしてはいけないことをしてしまった。 誠に、手を上げてしまったのだ。 ぶたれた誠は、何が起こったのかわからなかったが、紫紺の瞳に涙を溜めて大声で泣き出すと自分の部屋へと引き籠ってしまった。「誠、ごめんね・・」「パパなんか大嫌いだ!」最愛の息子の心を深く傷つけてしまった罪悪感が一気に総司を襲った。
2012年01月21日
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午前中の講義が終わり、総司が学食へと向かおうとした時、携帯が振動していることに気づき、慌てて通話ボタンを押した。「もしもし?」『土方総司さんですか?』通話口越しに聞こえてきた声は、冷たく事務的なものだった。「はい、僕が土方総司ですが、あなたは?」『わたくしは鴾和総合病院産婦人科の中村と申します。奥様が先ほど、こちらに搬送されてきましたのでご連絡を・・』「すぐ行きます!」総司は大学を飛び出し、タクシーで鴾和総合病院へと向かった。「すいません、産婦人科は何処ですか!?」「4階ですよ。」エレベーターで4階に向かった総司は、ナースステーションへと向かった。「すいません、こちらに中村さんは・・」「わたくしが看護師長の中村です。土方総司様、ですね?」長身を白衣に包んだ女性は、そう言って総司を歳三の病室へと案内してくれた。病室のベッドには、点滴を打たれた歳三が眠っていた。「あの、妻は・・」「残念ながら、お子さんは流産してしまいました。」「そうですか・・」「奥様の事をそっとしておいてあげてください。」総司にそう言うと、中村師長は病室から出て行った。「土方さん・・ごめんなさい。傍に居てあげられなくて・・」総司はベッドの端に腰掛けると、そっと歳三の手を握った。「ん・・総司・・」歳三がゆっくりと目を開けると、そこには自分の手を握る夫の姿があった。「赤ん坊は、駄目になったんだろう。」「ええ。自分を責めないでください・・」「腹の子は、俺が要らないって解ったから流れたのさ。」「そんな・・」「はは、ざまぁねぇなぁ・・本当は産みたかったのに・・」「ちょっとコーヒー、外で飲んできますね。」総司が病室から出て行くと、歳三の嗚咽が聞こえた。(僕も辛いけど・・土方さんの方が僕よりも辛いよね。)彼がそう思いながら病院内のカフェテリアでコーヒーを飲んでいると、白衣の裾を翻しながら、一人の医師が彼の前に座った。「ここ、いいかな?」「ええ。」金髪蒼眼の医師は、陰鬱な表情を浮かべている総司の顔を見た。「何かあった?」「妻が、流産してしまって・・どう慰めればいいのか・・」「そうか。男にとっては一生解らないものだからね、こればかりは。余り“頑張れ”とか、“大丈夫”を言わない方がいい。そういった言葉は、時にマイナスになってしまうからね。」「はい。あの、あなたは?」「ああ、俺は鴾和香。理事長の息子さ。君は?」「土方総司です。」こうして総司と、鴾和香は出逢った。「あら、あなたが歳三さんの夫かしら?」総司が病院の廊下を歩いていると、藤原瑠璃が向こうからやって来た。「はい。あの、藤原会長のお加減は・・」「今日は気分が良いみたい。お父様にお会いになる?」「はい・・」瑠璃とともに一臣の病室に入った総司は、彼に頭を下げた。「どうした?」「僕の所為で、土方さんが・・」「余り自分を責めるな。それよりも瑠璃、お前の碌でもない夫はどうした?」「さぁ、知りませんわ。あの人、歳三さんの職場に乗り込んで彼女を散々罵倒した挙句、突き飛ばして流産させたのですよ。暴行罪で訴えたいくらいだわ。」「今の話、本当ですか?」瑠璃の言葉を聞いた総司は、怒りで頭が沸騰しそうだった。「お義父さん、お加減いかがですか?」ドアの方から呑気な声が聞こえたかと思うと、俊哉が病室に入って来た。「君、何処のどいつだ?さっさとここから出て行け。」「出て行くのはあなたでしょう、よくもここに顔を出せたわね!」総司は俊哉を睨み付けると、彼を拳で殴った。
2012年01月20日
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「すいません、もうしません・・」「わかりゃぁいいんだよ。前科がついたら面倒な事になるからなぁ。」駅員室に連行された高校生は、俯いていた顔を上げて歳三を見た。「で、保護者はもうすぐ来るのかい?」「はい・・」「そうか。じゃぁ待たせて貰うぜ。」歳三はじっと高校生を見ると、何処かで見た顔だった。「お前、何処かで会ったよな?確か、会社の前で・・」その時、駅員室にスーパーで会った青年が入って来た。「あなた、あの時の・・」「お前、あん時の!」歳三はそう言って青年を見た。「こいつは、あんたの弟かい?」「違う、こいつは僕の従兄弟です。本当にこの度はうちの従兄弟がとんでもない事をしてしまい、申し訳ありません!」青年は歳三の前で土下座した。「別にいいってこった。もう俺は許してるんだから、さっさと従兄弟連れて帰りな。」「は、はい・・純、行くぞ!」青年が高校生の手を引っ張ると、彼はその場から動こうともせず、じっと歳三を見た。「あなた、お名前は?」「土方歳三だが、それがどうした?」「土方歳三・・」高校生はそう言うと、何かを思い出すかのように首を捻った。「純、早く行くぞ!」「解ったよ!」(変なガキだな。)歳三がそう思いながらオフィスに入ると、何故かその場に居た玉置達が一斉に彼女を見た。「何だ、お前ら。」「いやぁ、先輩いつもパンツスーツですから、スカート履いてる姿が珍しいんで・・」「馬鹿野郎、俺だってこんな寒いやつ履きたくねぇよ。いつも着てるスーツが皺になったから、これしかなかったんだよ。」「そ、そうっすか・・あ、先輩、これ読みました?」玉置がそう言って歳三に渡したのは、今日発売されたばかりの週刊誌だった。「お前ぇ、こんなもん読み始めやがって。」歳三が苦笑しながら週刊誌を捲ると、そこには藤原会長の顔写真が入った見出し記事が載っていた。『藤原一臣会長、遺産を実の娘二人に!骨肉の争い勃発か!?』 記事には歳三が藤原会長の娘であることや、白血病を患っている会長が資産60億の内半分ずつ長女・瑠璃と歳三に分与し、残りは慈善団体に寄付すると、会長の顧問弁護士から発表があったと書かれてあった。(爺さん、本気か?)つい最近まで一臣とは赤の他人であり、財産分与の話もこの記事で初めて聞いた。「先輩、藤原会長の娘だったんですね。」「ああ。っていってもつい最近の事だけどな。」 これからどうなるのか、歳三は全く解らなかった。「土方君、君にお客様だ。」「俺にですか?」「あぁ・・急な話があるとかで。」歳三が応接室に入ると、そこには瑠璃の夫・俊哉の姿があった。「すいませんが、彼女と二人きりにして貰えないでしょうか?」「はい・・」部長が席を立ち、俊哉と二人きりになった途端、彼は恐ろしい形相を浮かべて歳三を睨みつけた。「お前、お義父さんに何を吹き込んだ?」「何も。俺ぁ爺さんに会っただけだし、財産分与の事は週刊誌で知った。」「そうか。瑠璃と示し合わせて俺を藤原家から追い出そうとしたんだな!」「はぁ、何言って・・」歳三がそう言って俊哉を見た時、彼女は下腹部に激痛を感じた。
2012年01月20日
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「まだ母さん、歳三さんの事を許していないのよ。でも歳三さんが藤原会長の娘だと知った途端に、急に歳三さんに会いたいって言ってね・・」姉の言葉を聞いて、総司は溜息を吐いた。虚栄心が強い母・房江は、自分と同じ地位に居る人間にしか友情を示さない。今まで歳三の事を「格下」と決めつけて何かと見下してきた彼女だったが、自分と同じ富裕層に居ると知り、急に態度を軟化させたのだろう。「母さんにも困ったものだな。あの性格はいつになったら治るんだろう?」「それは無理よ。それよりも総司、歳三さん何だか変だったわよ。」「土方さんが?」「ええ。バス停のベンチに腰を下ろしたっきり、泣いてばかりいたわ。藤原会長に何かあったんじゃないかしら?」 姉が実家に帰り、誠を寝かしつけた後、総司はそっと歳三が休んでいる寝室へと向かった。 彼女はベッドに横たわって眠っていた。「土方さん・・あなたは一体何を悩んでいるんですか?」少しずれたシーツを総司は直しながら、そう彼女の耳元に囁いた。「クソ・・こんな時間まで寝ちまった・・」歳三はカーテンから射し込む朝日の光を受け、舌打ちしながら皺が寄ったパンツスーツを脱ぎ、教師の時に一度袖を通しただけのスーツとブラウスをベッドの上に置いた。「あ、土方さん、おはようございます。」「おはよう。今何時だ?」「まだ大丈夫ですよ。」歳三は浴室に入ると、シャワーを浴びた。妊娠の事は、まだ総司には告げていない。告げたら、彼は産んでほしいと言うだろう。だが今は、子どもを産みたいとは思わない。(俺は、どうしたら・・)「土方さん、タオルここに置いときますね。」「あ、ああ・・」浴室から出た歳三がタオルで身体を拭き、ドライヤーで髪を乾かしていると、総司が突然抱きついてきた。「おい、何しやがる・・」「土方さん、何か僕に隠し事してません?」澄んだ紫紺の瞳に見つめられ、歳三は一瞬たじろいだ。「総司、昨日病院に行ったら二人目の子を妊娠してたことが判ったんだ。」「そうですか。それで、あなたはどうするんです?」「今回は、諦めようと思う。藤原会長の事もあるし・・」「どうしてあなたは一人で勝手に決めるんです!?僕達夫婦なのに、どうして話し合おうと思わないんです!」「話そうとしたさ!俺だって突然藤原会長が父親だって言われたって、実感が湧かねぇし混乱してんだよ!どうしたらいいのか、もう・・」「土方さん、ごめんなさい・・」総司は自分の肩越しに泣きじゃくる歳三の背を優しく擦った。「じゃぁ、行ってくるわ。」朝食を食べた歳三がそう言ってバッグを肩に掛けて椅子から立ち上がると、じっと総司が彼女を見つめていた。「な、何だよ?」「その格好、研究発表の時以来ですねぇ。」「じゃぁな!」(ったく、総司の野郎・・)電車に揺られながら、歳三は5年前の事を思い出した。 あの日、研究発表と授業が重なり、歳三は滅多に袖を通さないブラウスとタイトスカート姿で授業に出ると、男子生徒達から歓声が上がった。『あぁ~、疲れた。』資料室で疲れを取っていると、総司が突然資料室に入ってくるなり、歳三を押し倒した。『総司、やめろ!』『嫌ですよ。あんな色っぽい格好して来て、抱きたくて仕方ないんです。』鼻息を荒くしながら、総司は欲望のたけを歳三にぶつけた。(ったく、あの頃と何ら変わっちゃいねぇなぁ・・)歳三がそんなことを思いながら溜息を吐くと、誰かが自分の尻を触っている感触がして、痴漢の手を掴んだ。「ひぃ!」「ちょいと外で話そうか?」逃げようとした痴漢は、まだ高校生だった。
2012年01月19日
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「順調ですね、今5週目に入ってますよ。」診察台に横たわった歳三は、超音波エコーで胎児の画像を見て溜息を吐いた。「先生、妊娠中でも骨髄移植は出来ますか?」診察後、歳三は思い切って医師に尋ねてみると、彼は首を横に振った。「妊娠中にドナー登録はできますが、出産から1年経たないと移植は出来ません。」「そうですか・・」一臣の容態が悪いようなら、1年なんて長すぎる。「あの先生、今回の事なんですが・・諦めようと思います。」「それを、ご主人は知っているんですか?」「いいえ。ですが骨髄移植が可能な1年後まで、待てないんです。」歳三はそう言うと、溜息を吐いた。医師はそんな彼女の心中を慮ったのか、それ以上何も言わなかった。 産婦人科の検査と診察を終えた歳三は、その足で一臣の病室へと向かった。そこには瑠璃が居た。花瓶に花を活けようとしているのか、花瓶を片手に彼女は廊下を歩いていた。「あら、歳三さん。検査を受けてくださったのね。」「はい・・あの、少しお話しできませんか?」「ええ、いいわよ。」瑠璃は病院の近くにある喫茶店へと入り、店員にコーヒーを注文した。「それで、お話とは何かしら?」「実は、産婦人科で検査を受けて・・二人目の子を妊娠していると判ったんです。」歳三が妊娠を告げると、瑠璃は一瞬美しい顔が険しくなった。だが瞬時に歳三に向けて笑顔を浮かべた。「そう・・ではその子は産むの?」「いいえ。今回は諦めようと思っています。1年後の移植を待てるほど、会長の容態が余り芳しくないようでしたら・・」「歳三さん、わたくしは一言も父が死の危機に瀕しているとは言ってないわ。そんなに早く結論を出すのはどうかしら?ご主人にはまだ話していないのでしょう?」「ええ。」「あなた、自分一人で結論を出すのね。ご主人とちゃんと話し合わないといけないわ。」「すいません・・」「父と会ってくださる?」 瑠璃とともに一臣の病室に入った歳三がそこで目にしたものは、ベッドに横たわる一臣の姿だった。「お父様、歳三さんが来ましたわ。」「おお、来てくれたのか。」「会長、申し訳ありません。わたしは会長のお力になれそうにもありません。」歳三が一臣に妊娠を告げると、彼は頬を弛ませた。「そんなに自分を責めるな、歳三。1年後でも2年後でも、わたしは病と闘ってみせる。それに今は、臍帯血移植があるのだから。」一臣はそっと手を伸ばし、歳三の下腹部に触れた。「まだ曾孫の顔を見れずに死ぬわけにはいかんからな。」「また来ます・・」病院を出た後、歳三は堪え切れずに地面にしゃがみ込み、涙を流した。(俺は、どうすればいいんだ?)答えが出ないままバス停の前のベンチに座っていると、誰かがこちらに近づいてくる気配に気づき、歳三は俯いていた顔を上げた。するとそこには、総司の姉・みつが立っていた。「歳三さん、どうしたの?」「お義姉さん、どうしてここに?」「あなたがいつまで経っても家に帰って来ないからって、総司から連絡を受けて来たのよ。車で家まで送ってあげるわ。」「すいません・・」みつが運転する車で帰宅した時は、もうすっかり日が暮れていた。「土方さん、どうしたんですか!遅いから心配したじゃないですか!」「済まねぇな、総司・・ちょっと部屋で休むわ。」歳三はそう言うと、寝室へと入っていった。「総司、ちょっと話があるの、いいかしら?」「いいですけど・・もしかして、また母さんの事ですか?」総司がそう言って姉を見ると、彼女は気まずそうな顔をした。
2012年01月19日
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一臣会長と話したパーティーの夜から数週間が経って12月に入り、街がクリスマスムード一色となった頃、突然藤原家から電話があった。『父の具合が良くないようなので、来てくださる?』電話口の向こうから聞こえてきた女性の声は、上品で感じのいいものだった。タクシーで藤原邸へと向かった歳三は、その広大さに目を丸くした。(やっぱり財閥会長の邸はでかいな・・)恐る恐るインターフォンのボタンを押すと、スピーカーから家政婦の声が聞こえた。「会長に・・父にお会いしたいのですけれど。」『お待ちしておりました、どうぞ。』セキュリティが施された扉がゆっくりと開き、歳三はその中へと入った。邸内路を歩き、邸のリビングへと通されると、ソファには猫を抱いた女性が座っていた。年の頃は歳三と余り変わらないが、洋服や身に着けている高級そうなアクセサリーを見ると、良家の令嬢だということがわかった。「あなたが、歳三さんね?」「は、はい。」「初めまして。わたくしは一臣の長女の、瑠璃です。今回は父の事であなたをお呼びしたの。」「会長、何処かお悪いのですか?」「まぁ、あなた何も御存じなかったの?父は今、病院で抗がん剤治療を受けているのよ。」瑠璃はそう言って歳三を見ると、紅茶を一口飲んだ。「抗がん剤治療、ですか?」「ええ。急性骨髄性白血病なの。わたしや兄達の骨髄と父の骨髄の型は一致しなかったの。」瑠璃の言葉に、歳三は一臣が何故自分と会おうとしていたのか解ったような気がした。「わたしがもし、会長の娘であるのなら骨髄の型が一致すると?」「話が早いわね。父は多額の資産を持っているけれど、そんなものは要らないの。歳三さん、急な事で済まないのだけれど、今から病院で検査を受けて下さらない?」「え・・そんな事をおっしゃられても・・仕事を休めるかどうか・・」「そうだったわね。あなたには御家族がいらっしゃるものね。それに急にそんな事を言われたら、困るわよね。」瑠璃はそう言って溜息を吐いた。「わたくしは、何としても父の命を助けたいの。藤原の名を守れるのは父しかいない。」「あの、骨髄移植のことは瑠璃様以外誰がご存知なのですか?」「兄達は知らないわ。あなたの存在を知って嫌悪感を示しているんですもの。大金を前に目が眩み、一銭でもあなたに奪われるのが嫌だと思っているのよ。」(金持ちって、大変だな・・) 今まで自分とは無縁だと思ってきたセレブの世界だが、父親の命を救いたい娘と、その父親の金を狙う息子二人に囲まれて、会長はどんな思いで病と闘ってきたのだろうか。「歳三さん・・いえ、歳三姉様。」すっと瑠璃はソファから立ち上がり、歳三の手を握った。「父の命を助けてください、お願いします。」「瑠璃様・・」瑠璃の頼みを、歳三は断る事ができなかった。「骨髄検査?」「ええ。部長にはまた御迷惑を掛けることになりますが・・」「そうか。そういう事情なら仕方ない。」翌日、歳三は会社から有給休暇を貰い、その足で一臣会長が入院する病院へと向かい、骨髄検査を受けた。 骨髄検査を終了しても、四日間の入院を要するので、総司には着替えや暇つぶしの本などを持ってきて貰った。「大丈夫ですか?」「ああ。総司、誠の事は頼むぜ。」「解りました。」 四日目の朝を迎え、歳三は昼過ぎに退院する予定となっていた。「土方さん、産婦人科で検査を受けて貰います。」「産婦人科、ですか?」「ええ。」産婦人科で検査を受けた歳三は、二人目の子を身籠っている事を知った。
2012年01月18日
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「ホテルのトイレで、糞生意気な女に会いましたが、あれは会長のお孫さんですか?」「亜里沙か。あの子は随分親から甘やかされて育ってきたから、礼儀というものを知らんのだろう。わたしに免じて許してやってくれ。」「はい、会長。」「そんな他人行儀な言い方は止してくれ。一度だけでいい、“お父さん”と呼んでくれないか?」そう言った一臣の目には、涙が溢れていた。「お父さん・・」「歳三、今まで君の事を放っておいて済まなかった。いずれ時期が来ればお前をわたしの娘として・・藤原家の娘として紹介しようと思っていた。だが、わたし達に残された時間は余り残されていない。」「え・・」「わたしももう80を過ぎてな、色々と身体にガタがつきはじめているんだ。それで、お前に何か残してやりたいと思ってな。」一臣はそう言うと、歳三に微笑んだ。「これをお前に。」彼が歳三に手渡したのは、一枚の封筒だった。「あの、これは?」「貸金庫の鍵だ。その中にはわたしとお前にとって大切なものが入ってある。わたしの代わりにこれを持っておけ。」「いえ・・こんな大切なものを預かる訳には・・」歳三が封筒を一臣に返そうとしたが、彼はそれを拒んだ。「頼んだぞ、歳三。」「はい・・」「会長、俊哉様がいらっしゃいました。」「通せ。」藤岡と共に入って来たのは、パーティーで一臣と共に居た男だった。「お義父さん、瑠璃と離婚する事になりました。」「そうか。それで、お前はどうしたいんだ?」「瑠璃を、何とか止めてくださいませんか?」「何を馬鹿な事を。歳三、今日は会えてよかった。また機会があったらまたこうして会おう。」「はい。では失礼します。」歳三がソファから立ち上がってリビングルームから出て行くと、俊哉が彼女の後を慌てて追った。「君、何処かで会わなかったか?」「あなたとは初対面ですが。何かご用ですか?」「君は、お義父様の娘なのか?」「はい。」歳三がそう答えると、俊哉がじっと彼女を見た。「さっき君は、お義父様から何を預かったんだ?」「初対面の相手に、そう軽々と教えられるものではありません。失礼。」俊哉に背を向けて歩いていくと、彼が何かを叫んでいたが、歳三は無視した。「土方さん、お帰りなさい。」「ただいま。誠は?」「もう寝てますよ。それよりも土方さん、藤原会長とお知り合いだったんですね。」自分の部屋に戻った歳三は、総司の言葉を聞いて思わず彼を見た。「お前、藤原会長を知ってるのか?」「ええ。父とは古い知り合いだそうで、家族ぐるみの付き合いをしてますよ。」「そうか・・実はな・・」歳三は、総司に一臣の娘だということを打ち明けると、彼は目を丸くした。「そうなんですかぁ。でも土方さんの両親って、土方さんが小さい頃に亡くなられたんじゃぁ?」「ああ。だから何がなんだかわからねぇんだよ。」総司には一臣から預かった貸金庫の鍵については話さなかった。「ねぇ土方さん、今度は二人だけでここに泊まりましょうね。」「何でだよ。」「んもぉ、決まってるじゃないですか!」「ったく、これだからガキは始末に終えねぇ。」歳三は溜息を吐き、煙草を部屋で吸った。「禁煙ですよ、ここ。」「ったく、めんどくせぇな。」点けたばかりの煙草を、歳三は乱暴に灰皿に押し付けた。
2012年01月18日
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一体何が起こったのかが解らないでいた。 自分の隣に立っている老人が、日本有数の財閥の会長だということは知っているが、まさか自分の父親だとは思わなかった。「なぁ、ひとつ聞いていいか?」「何でもわたしに聞いてくれ。」「本当にあんたは、俺の親父なのか?」歳三の問いに、藤原一臣はにっこりと笑い、首を縦に振った。「ここでは何かと人目につく。パーティーの後でわたしの部屋に来なさい。」「は、はい・・」歳三が壇上から降りると、盛装した男女がひそひそと囁きながら彼女を見た。―あの方が・・―会長の隠し子?―何ということだ。壇上の方を振り返ると、一臣が来賓達と親族と思しき男女と談笑していた。「土方さん、大丈夫ですか?」「ああ・・少し気分が悪くなった。」「そうですか。」会場を出て婦人用のトイレへと向かうと、そこには既に先客がいた。「あら、誰かと思ったらお祖父様の隠し子じゃないの?」そう言って自分に棘を隠した笑顔を見せていたのは、真紅の振袖を纏った少女だった。年の頃はまだ10代後半かと思しきその少女は、歳三に対する敵意を微塵も隠そうとはせず、つかつかと彼女に近づくと、歳三の頬を張った。「あなたみたいな薄汚い野良犬が藤原家一門の者だとは認めないわ。さっさと出ていきなさい!」「うるせぇよ、このクソガキが。目上の者に対する礼儀って奴を知らないのか?」「お黙り、庶民が!」少女が再度歳三に手を振り下ろそうとしたが、その手は歳三によって捻りあげられてしまった。「お前みたいな可愛くねぇ女、嫁の貰い手もねぇだろうな。自分で稼いだことない癖に、親や爺の金で人を言いなりにするなんて大間違いだぜ!」「なんですって・・」少女の敵意に満ちた目が、恐怖へと変わった。「あなた達、一体何をなさってるの!」騒ぎを聞きつけたのか、煌びやかなイヴニングドレスに身を包んだ少女の母親と思しき女性が少女を睨んだ。「この人が先に手を出して・・」「あなたって子は、何処までわたくしに恥を掻かせれば気が済むの!」女性は少女の手を掴むと、トイレから出て行った。「土方さん、大丈夫ですか!」「ああ。もう行こうか、総司。さっきからここは息苦しくて仕方がねぇ。」総司は歳三の心中を察したのか、彼女の手を取りパーティー会場を後にした。 その夜、振袖からスーツへと着替えた歳三は、指定された時間に一臣会長が泊まっているスイートルームへと向かった。「来てくれたのか。藤岡、彼女に茶を差し上げろ。」「かしこまりました。」「さぁ、遠慮せずにこちらへ掛けてくれ。」「はい・・」歳三がソファに腰を下ろすと、一臣会長は溜息を吐いた。「君がわたしの娘だというのは本当だ。DNA鑑定の結果もある。」「そうですか。俺の両親は幼い頃に亡くなってしまったので、余り記憶がないんです。」「そうか。パーティーで君と居たのは・・」「夫です。俺よりも10も年下で、姉二人に甘やかされて育ったのか、凄く甘えん坊で・・あれでも息子のかけがえのない父親です。」「君は幸せなんだね。」一臣会長のしわがれた手が、歳三の手にそっと重ねられた。彼は、歳三が左手薬指に嵌めている結婚指輪を見た。「結婚式はいつ?」「お恥ずかしいのですが、挙げていないんです。息子を妊娠したと同時に入籍だけして同棲生活を始めましたから・・息子の育児や仕事で忙しくて、もう忘れてしまって・・」「そうか。それは残念だ。」一臣会長は、何処か歳三を誰かと重ねて見ているようだった。
2012年01月17日
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「首尾はどうだ?」「上々ですよ、お義父様。それよりもこの女性、お義父様とどのような関係が?」俊哉はそう言って義父が持っている写真を見た。「お前には知らなくても良いことだ。今週末のパーティーで会うことになるだろうから、その時にわたしが改めて紹介する。」「そうですか、楽しみにしておりますよ。」会長室を後にした俊哉は、溜息を吐きながらエレベーターホールへと向かうと、そこで会長の秘書である伊織がやって来た。「こんにちは。」「藤岡、あの女性の事を調べてたのか?」「わたしは会長秘書として仕事をしたまでです。それよりも佐藤様、余り夜遊びをほどほどになさってはいかがです?」「どういう意味だ?」「こんなものが今日発売されていましたよ。会長が何とか出版を差し押さえましたが・・このような事がお嬢様に知られたら・・」伊織は勿体ぶった口調でそう言うと、一冊の週刊誌を俊哉に押し付けると、会長室へと消えていった。「何だこれは!」週刊誌の見出し記事には、俊哉が過去に女性関係で荒れていたことが詳細に書かれており、更に女性とのツーショット写真まであった。(まさか、あいつはこれをもう読んでいるのか?)少し胸騒ぎを感じながらも、俊哉は仕事を早く切り上げ帰宅した。「ただいま。」「瑠璃お嬢様は、リビングにいらっしゃいます。」「そうか・・」俊哉がリビングに入ると、そこにはコーヒーを片手に例の週刊誌を読んでいる妻の姿があった。「あらあなた、お帰りなさい。」「瑠璃、これは誤解だ・・」「中々よく書けているわね、この記事。わたくしと結婚する前にこの女を妊娠させたくだりなんか、特に・・」瑠璃はそう言って顔を上げ、俊哉を見た。彼女の瞳は、氷のように冷たかった。「まさか瑠璃、別れるとか・・」「離婚の事は弁護士に任せております。子どもが居ないから後腐れがなくていいわね。あなたは子どもを産める女と再婚して頂戴な。」瑠璃はさっとソファから立ち上がると、週刊誌を俊哉に投げつけてリビングから出て行った。自分が招いた事とはいえ、一文無しでこの家から追い出される羽目になるとは―俊哉は、これからの事を考えると暗い気持ちになった。「ったく、挨拶してさっさと帰るぞ。」「土方さん、そんなに嫌なんですか?」「嫌に決まってるだろ。」ホテルの宴会場で開かれた藤原財閥創立記念パーティーに、スーツを着た総司が不機嫌そうな顔をした歳三を見ていた。 彼女はホテル内のブライダルサロンでエステを受け、一流の美容師によってヘアメイクをされ、藤色の地に牡丹をあしらった振袖を着ていた。「良く似合ってますよ。」「うるせぇ!」歳三がそう言って総司の頭に拳骨を叩き込んでいると、礼服姿の男性が二人の方へとやって来た。彼の傍には、総司が会社の前で見かけたスーツ姿の青年が控えていた。「君が、土方歳三さんだね?」「ああ、そうだが?おっさん誰だ?」「わたしは藤原一臣。わたしとともにこちらに来なさい。」有無を言わさず、男性は歳三の手を取り、壇上へと上がった。「皆さん、本日はお忙しい中創立記念パーティーに来て下さりありがとうございました。紹介いたします、娘の歳三(としみ)です。」藤原財閥会長・一臣の爆弾発言に、周囲はどよめいた。「長い間生き別れておりましたが、漸く娘と会うことができました。」 一臣はそう言って歳三に微笑んだが、彼女は引き攣った笑みしか浮かべる事ができなかった。
2012年01月17日
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