5月14日(火)
近藤芳美「土屋文明」より(68)
岩波書店近藤芳美集第七巻「土屋文明 … 鑑賞篇」よりの転載です。
第七歌集『韮菁集』より(5)
沙丘(さきう)あり幾重かの古き堤防をよこぎりて行く黄河渡るべく
(昭和十九年)
前の歌と連作をなしてつづく作品。列車は黄河にむかって南下して行く。近づくにつれ、砂丘があり、古い堤防が幾重にも幾重にもつづく。渡るべき黄河の流れはいまだに見えない。その大きな国土、大きな自然の姿が歌われた一首である。この歌にも孤独な一旅行者の感傷の思いがただよう。波打つような詠嘆がそのまま作品のリズムを作っている。
「やうやくにギヨ柳(ぎよりう)の楚樹(しもと)目につきて黄河の沙丘に進み入りたり」「なびき合ふ柳の白き夕風に黄河を南に渡らんとする」「草生ひぬ長き堤にそひ行きてつひに何方に黄河をわたる」
「堤防を切通し入る黄河跡豆のしげりははてし無く見ゆ」「小沙丘瀬波のあとを見るごとし黄河本流全く涸れて」「沙の波川上遠くつづきたり夕日は靄にひくくして」「川下もまた限りなし暮色のこめたる方に沙の波つづく」「旧黄河渡り終わりて水溜るひる藻の花も夕影ひけり」などの歌が互いに連作として並んでいる。
泰山(たいざん)を朝の光に見し時もこの夕時も空はただ澄みに澄む
(昭和十九年)
南京、および江南各地を遍遊した土屋文明は再び華北にむかう列車に乗った。南京対岸の浦口から天津にむかう津南鉄道である。「たたなはる草野はてなく白き馬草のいろはやや秋ならむとす」「丘の間に稀々に澄める川ありて鶏(とり)の血のごとく紅葉する草」「藷の葉に霜の来りて魯の国のはてなく乾く野に麦を蒔く」などという途中の歌があり、もはや草が色づき、藷の葉などに早い霜がおりるような秋の季節が来ている事で知られる。
北行する列車の窓に一日泰山の姿が見えている。朝の光の中にはるか行くてに見えていた時も、くれて行く夕日をうけて背後に遠く見えているときも、大陸の、空はあくまで澄み透っている。そういう意味の作品なのであろう。「頂(いただき)の廟のかげりの見ゆるまで澄める空気の中にいかしき泰山」の二首が前後につづく。泰山は中国の名山の一つ。山東省にある。清澄な旅情の作品である。
(つづく)
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