5月22日(水)
近藤芳美『短歌と人生」語録』
作歌机辺私記 (84年7月)
憲吉の五十年忌(2)
五月六日、会の翌日、河村盛明君の案内で、憲吉先生の墓参のためその生地である上布野を訪れた。河村君のかっての「フェニキス」の同志であった清水君も同行された。広島市中心にあるバスセンターから赤名峠を越えて松江に向かうバスに乗る。晴れわたった初夏を思わせる日射しとなった。道々、迫って来る中国山地の山の重なりの若葉が明るく、山藤のはながその間に淡く咲きさかっていた。
憲吉の葬儀の日、わたしはひとりの高校浪人の少年として欝屈の感情を持てあましながら上布野の生家まで出掛けた記憶を持つ。そうして、その日に、同じように葬儀に参列した壮年の斎藤茂吉、土屋文明らに出会っている。わたしの自伝小説『青春の碑』にそのことは書いておいた。ひとりの生涯を決していくものは何なのか。ためらいためらい重ねていくそうした日常の小さな出来ごとの生起の間のものなのか。憲吉の生家も、生家につづく峡村の街道も、『しがらみ』の数々の作品を生んだ生家の裏の渓流も、そのころとあまり変わっていない。ただし、上布野には数年前、三次に講演に来たときに一度訪れている。
(つづく)
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