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June 5, 2024
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カテゴリ: 書評

社会問題を映し出す転落や試練

作家  村上 政彦

クッツエー「恥辱」

本を手にして想像の旅に出よう。「用意するのは一枚の世界地図。そして今日は、J・M・クッツエーの『恥辱』です。

作者は、南アフリカ(南ア)の白人です。オランダからの移民をルーツに持つ、いわゆるアフリカーナー。 2003 年にノーベル文学賞を受賞していますが、それ以前に英国のブッカー賞を 2 度受賞する快挙を成し遂げています。本作は、その 2 度目の受賞作です。

南アといえば、 20 世紀後半まで悪名高いアパルトヘイト政策で、公然と人種差別をしていた国です。長い間、土着の黒人が植民者の白人に虐げられていた。本作にも、その歴史をうかがうことができます。

主人公のデヴィット・ラウリーは 52 歳の独身。 2 度の離婚を経験している。ケープタウンの大学で電台文学を教えていたが、大規模な合理化で文学部が閉鎖され(日本でも似たような状況があります )、今は主にコミュニケーション学を担当している。専門はバイロンで、詩人を主人公にしたオペラを構想。大学教員は、ただの稼ぎ仕事と割り切っている。

鬱屈する主人公の心を解放してくれるのは、週に 1 度の高級娼婦との逢瀬。しかし、身元を知られた彼女は娼館を去ってしまう。そこへ現れた女子学生のメラニー・アイザックス。デヴィッとは彼女を自宅に誘って食事し、乾いていた性愛の泉を満たした。その後、メラニーは授業をたびたび欠席するが、彼は出席とし、単位も認める。それが大学で問題になり、査問会で弁明の機会を与えられるが、楽聖との条項や不正な成績操作を肯い、頑なに謝罪を拒む。そして、失職。

デヴィッドは、娘ルーシーの元へ向かった。東ケープ州の町セレーム。

「娘の小さな次作農園は、町のはずれから数マイル、舗装もない曲がりくねった田舎道の行きづまりにある。五ヘクタールの土地は大方耕作に適しており、風車ポンプ、厩舎、離れ屋が並び、まとまりなく広がった背の低い母屋がある」

彼は、この農園でしばらく暮らすことになった。ある日、事件が起きる。 2 人の男と 1 人の少年に押し入られ、金目の物、自動車を盗まれ、ルーシーは暴行を受けた。デヴィッドは彼女にオランダへ行くことを勧めるが、頑なに、この土地を離れないという(親子ですね)。そのうち彼女は、農園の共同経営者・黒人ペトラスの家で、あの少年を見かける。どうやら親族の一人で、ペトラスは「かんべんしてやれ 」と守る。そして、今度はルーシーのことも守るというが……。

クッツエーは、仕掛けに満ちた小説を書く作者ですが、本作は正攻法のリアリズム。ただ、やはり手だれの小説家です。教え子と情交を交わしたデヴィッドが無垢な少年の姿をさらし、読み手の共感を誘うのです。

南アの歴史の変遷もたどれる秀作です。

[ 参考文献 ]

『恥辱』 鳩里友季子訳 早川書房

【ぶら~り 文学 の旅㉒海外編】聖教新聞 2023.3 22






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Last updated  June 5, 2024 06:30:47 AM
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