2003/07/21
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 尾行ついてないか、大丈夫まいてきた、と内容に似合わず大声で話すボロけた服装の中年男二人がホームへの階段を駆け下りた。思わずにわか尾行者気取りで追いかけたくなるような風景だったが、ヤクザ映画を観た後だったので、刺されたり撃たれたりするのが怖くてやめた。おそらく競馬場へ行く馬キチ二人が妻の手から逃れるために急いでいたのだろう。


 この夜、凶なきか。日の暮れに鳥の叫ぶ、数声殷きあり。深更に魘さるるか。あやふきことあるか。
 独り言がほのかにも韻文がかった日には、それこそ用心したほうがよい。降り降った世でも、あれは呪や縛やの方面を含むものらしい。相手は尋常の者と限らぬとか。そんな物にあずかる了見もない徒だろうと、仮にも呪文めいたものを口に唱えれば、応答はなくても、身が身から放れる。人は言葉から漸次、狂うおそれはある。

『眉雨』冒頭


 厄介な冒頭だ。これは前にも読んだ。途中まで読んだ。朧に逃げる内容に堪えきれず止めた覚えがある。韻文の呪や縛の危険を説きながらこちらは既にそこを読み終えて、縛られている、呪われている。ファウルボールがぶつかった後に警告の笛が聞こえる。記念に球をもらっても痛みは残る。読み進むにつれて思考までその文体に犯され・・・・・・何度か同じようなことを書いた。ちなみにこの直後にブコウスキーを読み、前を歩く、尻の上っ面を見せて歩いてる姉ちゃんについてブコウスキーの文体で考えてみたが、どうもうまくいかず、長続きしなかった。尻が悪いか、文体が合わないか、そもそも翻訳でもある。


 男が舞い出すんだろう。舟の上で。呼ばれもしないのに、頓狂な。
 那須の与一さ。敵の美女のさしまねく、紅の扇に金色の陽か、馬を乗り入れて南無八幡大菩薩、ひょうと放てばあやまりまたず、射抜いて鏑は海に入り、扇は空へ、春風にひともみふたもみ、波間にさっと落ち、夕日に輝いて浮きつ沈みつ、沖では舷を叩いて囃し、陸では箙(えびら)を打ってどよめく、陽気な響きでもないな、その最中だ。
 あまりの面白さに、感にたへざるにやとか、舟の内から齢五十ばかりの、白柄の長刀もったる、何者だい、浮かれ出た。殺れ、と大将のひと声で、頸の骨をもろに射られて、舟底へまっさかさまだ。沖には声もなく、陸ではまた箙を鳴らし、なさけなし、とつぶやく者もあったというけれど。
 軍(いくさ)だからな。戯れあい、なぶりあいも、そのうちだ。血を見たとたんに、気分ががらっと変って、戦闘開始となる。しかしその日の合戦は一応、仕舞えたところのはずだ。死人も出た。怪我人もころがっている。血の匂いに、潮が粘る。昨夜からろくに眠っていない。ようやく終えたと思ったところでまた始まると、人は狂う。

『道なりに』冒頭


 ようやく蝉が鳴き出した。

古井由吉「眉雨」(福武文庫 在庫切れ)





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Last updated  2003/07/21 11:12:33 PM
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