中村靖三郎
2015年1月31日05時11分
年金の給付水準を毎年少しずつ下げていく「 マクロ経済スライド 」が4月に初めて実施される。将来世代の年金を確保するための仕組みだが、いまの高齢者には「痛み」となる。物価や賃金の伸びに年金が追いつかず、実質的に目減りしていく――。そんな「年金抑制時代」が始まる。
厚生労働省 が30日に発表した4月分(支給は6月)からの年金額は、0・9%増だった。物価・賃金に合わせた増額だが、増額幅は マクロ経済スライド などで抑えられた。 国民年金 を満額(月額6万4400円)受け取る人の場合、年金額は608円増える。しかし物価・賃金の上昇にあわせれば、増額分は約1500円。 マクロ経済スライド などで引き上げ幅は約900円圧縮された計算だ。
マクロ経済スライド は、急速な少子高齢化のなかで 年金制度 を維持するための仕組みだ。いまの制度は、現役世代が支払ったお金(保険料)を、その時の高齢者の年金に回す「仕送り方式」だ。保険料を払う現役世代が減り、年金をもらう高齢者が増え続ければ、財政はパンクする。
かつては最初に給付水準を決め、それに見合うよう保険料を上げた。ただ少子高齢化が進むと保険料負担が過重になる。2004年に約13・6%だった 厚生年金 の保険料率(収入に占める保険料の割合、労使折半)は、将来25・9%まで引き上げざるをえなくなる見通しとなった。
このため04年に負担と給付の仕組みを改めた。まず負担する保険料の上限を決めた。17年度まで毎年度引き上げ、 厚生年金 では18・3%を上限に固定。こうしてあらかじめ決めた保険料収入の範囲で、高齢者の年金額を賄うことにした。
そして、この収入の範囲で将来世代との公平性を高めるため、いまの高齢者に支払う年金額を抑える策が マクロ経済スライド だ。働き手の減少と 平均余命 の伸びに応じ、毎年度少しずつ給付水準を下げていく。年金財政の収支が均衡するまで減額は続く。
マクロ経済スライド の初実施について 塩崎恭久 厚労相は30日、「世代間の助け合いが持続可能になるように導入され、今回ようやくスタートする」と話した。
04年に導入されてから一度も実施されなかったのはなぜか。理由は デフレ だ。
物価が下がる デフレ 時には実施しない決まりがある。物価や賃金が下がると、連動して年金は減額される。これに加えて マクロ経済スライド を実施すると、高齢者には二重の減額となる。負担感が重すぎるという判断だった。しかし今回は 消費者物価指数 も賃金も2%以上、上昇し、減額調整を実施する条件がようやく整った。04年の制度改正を担当した 財務官 僚OBは「ここまで デフレ が続くとは想定していなかった」と話す。
過去の物価下落時に年金額を据え置いた「払いすぎ」の状態(特例水準)を解消してから、との条件もあった。政府は、物価上昇時に年金額をそのままにして解消しようとしたが、 デフレ で実現しなかった。13~15年度に段階的に解消すると決め、この4月にようやく本来の水準に戻る。
■実施遅れ、将来にツケ
マクロ経済スライド 実施が遅れた影響は大きい。一言で言うと、いまの高齢世代が受け取る年金が高止まりし、将来世代への財源が減った。結果、年金抑制を続けねばならない期間が延びた。
04年時点の想定では、23年度まで約20年間抑制を続ければ収支のバランスがとれ、給付水準の低下を食い止められるはずだった。だが昨年6月に厚労省が新たに示した見通しでは、経済成長を見込んでも、40年代半ばまで約30年間も抑制を続けなければならない状況だ。
将来世代への影響は、低所得者も多い 国民年金 ( 基礎年金 )が特に深刻だ。 基礎年金 だけで暮らす夫婦の場合、現役世代の手取り収入に対する年金の給付水準(所得代替率)は、いま37%。 マクロ経済スライド が早期に実施されたなら、給付水準の低下は28%で下げ止まるはずだった。これが26%まで低下する見通しとなっている。
厚労省は マクロ経済スライド を デフレ 時にも実施できるよう、制度を見直す方向だ。今のルールでは、再び デフレ になると年金抑制ができなくなるからだ。 社会保障 審議会(厚労相の諮問機関)の部会は報告書で「将来世代の給付水準を確保する観点から、(減額調整が)極力先送りされないよう工夫することが重要」と指摘した。
ただ年金抑制の強化は高齢者の反発も予想される。与党内にも慎重な意見が強い。厚労省は今の 通常国会 での法改正を目指すが、実現は不透明だ。(中村靖三郎)
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