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2005.08.28
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エディプスの恋人
筒井康隆『エディプスの恋人』
~新潮文庫~

 私立手部高校の教務課事務員となった火田七瀬。彼女は、就職してから、独特の「意思」の存在を感じていた。
 ある日。野球部の生徒たちが、騒然としていた。打った硬球が、一人の生徒の方へ飛んで。生徒の頭にぶつかる直前に、硬球はばらばらになって。球がぶつかりそうになった男子生徒は、何事もなかったかのように立ち去っていった。
「彼」だ―。七瀬は悟る。独特の意思を持っているのは、「彼」なのだ…。
 精神感応能力者(テレパス)である七瀬は、「彼」―香川智広のことを調べていく。彼の周辺で起こる超自然的現象。七瀬はそこに、「彼」以外の何者かの「意思」の存在を感じる。

 火田七瀬さんが登場する作品は、本書以外にもあるようで、本作は七瀬シリーズ一作目ではありません。他の作品を読んでおいたほうが、分かりやすい部分もあったかと思いますが…。
 ものすごく面白かったです。私も素人の趣味にすぎませんが、創作をしてきています。昨年書いた作品を改定しようと思い、ある方に意見をうかがったのですが、そのときに紹介されたのが本書です。
 いろんなモチーフが重なるところがあり、参考になったと同時に、同じようなモチーフで書くことに恐れ多いものを感じたのですが…。
 考えたことをつらつらと書いていきます。
 七瀬さんが行う読心がしっかり描写されていて、相手の思考(記憶)を読み取ってから、背後にあった事件(出来事)を再構築する過程がとても分かりやすかったです。榎木津さんは、七瀬さんのように再構築せず、見えたことと直感をそのまま口にするので、読者にとっては分かりにくいのでしょう(笑)。ああ、榎木津さんの一人称が読んでみたい…。脱線しましたが、超自然的(少なくとも私の感性では非現実的)なことが丁寧に描かれていて…。当然といえば当然なのですが、作品内に確固たる世界ができているのです。
 智広さんの生まれた村で、「彼」の背景を探るところでは、郵便局員にゆさぶりをかけるところが、ぞくぞくしました。あの文字の配列。こちらの感情に、強く訴えてくるものを感じました。この作品はすごいぞ、と思い始めました。また先の榎木津さんの話に関連させて恐縮なのですが、本作は七瀬さんの視点から描かれているので、局員にかけた言葉もわかるのですが、あれが七瀬さん以外の人物の視点で描かれていれば、榎木津さんのような印象を受けるのでしょう。
 七瀬さんと智広さんが一緒に過ごす時間が長くなって。事務員の尾上さんが二人をめちゃくちゃにしようとした後の、「意志」のはたらきは、そうとう怖かったです。
 頼央さんと珠子さんのなれ初めのあたりでは、涙ぐみました。頼央さんの「語り」の部分が、とてもよかったです。それ以前に、村人たちが見た頼央さんの人間像が描かれているので、こういうかたちで一人の人間のさまざまな面がうかがえるのは良いなぁ、と思ったのです。
 あとは、内容そのものからは離れて。
 私は多くの国の神話や伝承を知っているわけではありませんが、まずギリシア神話を連想しました。本書の中でも、これは想定されていると思いますが…。超越的で、それでいて人間臭い神々。
 ハイデッガーの名前も挙げられていましたね。読みたくなってしまいました…。いきなりハイデッガーの著作(もちろん読むとしたら邦訳ですが)を読むより、概説をおさえておいたほうが良いかな、と思ったり…。
   *
 とても良い読書体験でした。筒井さんの『ロートレック荘事件』は高校生の頃から気になっていましたし、時間を作っては読んでいきたい作家の一人となりました。著書が多いので、興味がある作品に限って読もうと思いますが。
   *
 追記。なんだか言いたいことがうまくいえなかったので。
 自分が住んでいる世界であるとか、自分自身が一体なんなのか、という疑問。きっと誰もが抱いたことがあるだろう疑問。物語は、いろんなかたちで、この疑問に、ありうる解答の一つを示してくれるのだ思います。本作も、まさに世界の形成、人間という存在について、一つの考え方を示してくれます。決してそれは人間には理解できないこと。ただし、人間は存在しないモノを存在するモノとして考えることができます。「0」などがそうですよね。ない、ということに、「0」という概念を与える。これは、数学的には、正確な表現ではないのかもしれませんが。
 本作も、一つの概念(存在)を仮定しています。そしてこれは、一つの考え方を示してくれていると同時に、問題提起でもあるのでしょう。考えすぎれば、日常生活に困ってしまうと思います。自分はかりそめなのでは、いなくてもいいのでは、そもそもなんで私はいるの?ずっとそんなことを考えているとしんどいですが、こうして本を読んだりする中で、ときどきそういうことを考えることも、とても大切なのではないか、と思っています。





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Last updated  2005.08.28 12:25:11
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