ロベール・エルツ (
吉田禎吾他訳 )
『右手の優越-宗教的両極性の研究―』
~垣内出版、 1985
年~
社会学者・民族学者であり、第一次世界大戦中に若くして戦死したロベール・エルツ (1882-1915)
本書の構成は次のとおりです。
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訳者まえがき
序文―ロドニー・ニーダムとクローディア・ニーダムによる英訳『死と右手』への―(エヴァンズ=プリチャード)
死の宗教社会学―死の集合表象研究への寄与―
右手の優越-宗教的両極性の研究―
解説
参考文献
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個々の論文については過去に記事を書いたことがあるので、修正の上再録。
第1論文「死の宗教社会学」では、死に関する諸信仰と葬儀の全体についてが考察され、そのために二重葬儀という儀礼が取り上げられています。人間が、物理的(生物学的)に死亡する、「普通、用いられる意味での死」と、「本番の葬儀」までの期間に着目します。
具体的に検討されるのは、インドネシアの諸民族、とくにボルネオのダヤク族ですが、以下、どこの事例かは省略します。
第一章では、死の3区分(遺体に関係しているか、魂に関係しているか、残った生者に関係しているか)について、順次論じられます。
遺体は、「最終の墓場」に運ばれる前に、「仮の墓場」に移されます。そこでの待機期間は、普通二年くらい、これを超えることも多いそうです。通常、「死体が骸骨の状態になるのに必要な期間」に相当し、他の要因もからんでくるといいます。この期間、死体は非常に危険な状態にさらされているため、呪術的な手続きがふまれるのです。一つには、「通夜」がありますね。
魂は、死後すぐに死者の国に入るのではなく、しばらくは地上にとどまるといいます。酋長が死んでも、決定的に埋葬されるまでは、跡とりは正式に名乗ることができない、という事例が紹介されます。
また、「死の穢れ」は、死者の親族におよぶため、親族は日常生活とは異なる生活を送ることになります。服喪からすっかり解放されるまでの期間は、仮の埋葬までの期間とぴったり一致するといいます。
第二章では、最終の儀式の3つの目的(遺体に最後の墓場を用意すること;魂に安らぎを与え、死者の国に行かせるようにすること;生者たちから、服喪の義務を取り去ること)について、順次論じられます。
結びの部分では、これまで見てきた「普通の葬儀」とは異なる、例外の事例も紹介されています。
第2論文「右手の優越」では、まず、右手のもつ、名誉、特権、貴族性の象徴と、左手のもつ侮蔑され、賤しい補助的役割、庶民性の象徴が対比され、これらの由来はなにか、と問題提起がなされます。その後、「1.有機体の非対称性」「2.宗教的両極性」「3.右と左の特徴」「4.両手の機能」という四つの章立てで論じられ、最後に「結び」がきます。
1章は、人体の非対称性について述べています。左脳が右手をつかさどる。人間は左脳が発達している。だから右手が強い。たしかにこういうこともいえるけれども、左利き(さらに両利き)の人々の例もあり、右手の優越を語るには十分ではないと言います。「解剖学は、右手を尊重するという理想の起源を、またそういう理想の存在理由を説明することはできないのである」 (137-138
頁 )
2章は、聖なるものと俗なるものの対立、二元論を論じています。
3章は、右と左に与えられた属性について論じています。まず、印欧語にある、左右を意味する言葉の歴然たる対象について論じます。 <
右 >
は、物理的な強さ、 <
器用さ >
、知的 <
正確さ >
、良識、 <
正しさ >
などを意味し、 <
左 >
は、その逆を意味するといいます。たしかに、 right
には、「正しい」という意味があります。マオリ族は、 <
右 >
が <
生命の側 >
であり、 <
左 >
が <
死の側 >
だという観念を持っているそうです。具体的な儀式が例示されます。
4章は、宗教的儀礼や狩猟、戦いでの、右手と左手の役割を論じています。右手は、神聖な手であり、左手は不浄な手である。不浄が神聖なものに優る―生よりも死の方が優るとしたら、「それは人類の滅亡、すべての終末にほかならない」といわれています。だからこそ、右手の覇権は、「創造された宇宙を支配し維持する秩序の必然的な結果であるとともに条件でもある」といいます。
結びでは、こうした宗教的表象は、こんにちでは衰えてきている、と指摘されています。
最近、 ピエール=ミシェル・ベルトラン (
久保田剛史訳 )
『左利きの歴史―ヨーロッパ世界における迫害と称賛』(白水社、 2024
年)
を読んだので、久々に本書を手に取りました。記事はまだ書いていないかと思っていたら書いていたので、今回は序文と解説のみ目を通しました。
社会人類学者エヴァンズ=プリチャードによる、デュルケム以降の社会学の研究史にエルツの研究を位置付ける英訳論文集への序文、また英訳論集を刊行したニーダムの研究の位置づけを論じる邦訳者解説も興味深く読みました。
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