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家に着いてすぐ、カオルはビデオデッキのある居間に走った。走るほど長い廊下など木賀家には存在しないのだが、その時のカオルには、家の廊下が京都競馬場の最後の直線くらいあるように感じられた。 居間に飛び込み、テレビの前に座り込む。しかしそこで、カオルは愕然とした。ビデオデッキにテープが入っていないのだ。出掛ける時には、たしかに入っていたのに。 ふと振り向くと、テーブルの上に、ラベルの貼られていないテープがあった。十中八九、今朝、自分がセットしたものだ。恐るおそるデッキに差し込み、再生ボタンを押してみる。けれど、予想どおりというかなんというか、ブラウン管に映し出されるのは、いつまでたっても真っ青な映像だけだった。「誰だよ!? 俺のビデオテープをデッキから出したの!!」 カオルが台所に怒鳴り込むと、母の育子と談笑していた父の伸夫が振り向いた。「なんだ、あのテープ、お前のだったのか」「父さんが出したの!? なんで勝手に出すんだよ?」「誰かが録画の予約入れてたからさ。わしのテープが入ってたら、中身が消えちゃうじゃないか」 伸夫は悪びれるどころか、至極当然のことのように言う。 カオルの血圧は一気に上昇した。「はぁ!? フツー予約してるの分かってて出すか!? 予約した奴が自分の入れてるに決まってんじゃん!」「でも、ラベルが貼られてなかったぞ」「父さんはいつもラベル貼らないのかよ!?」「いやあ、貼り忘れたかと思って」 伸夫は、はっはっはっと頭を掻く。カオルはその頭の毛をむしり取ってやりたくなった。「だいたい、あれ、新品だっただろ!」「そうだったか? まぁ、いいじゃないか」 何がいいんだ。どこがいいんだ。「ぜんぜん良くない!!」 カオルはどんっと台所のテーブルを拳で叩いた。伸夫の前にあった湯呑が跳ねる。郁子が急須を非難させる。そして二人が声を揃えて言った。「いい加減にしなさい!」「親父がいい加減だからだろ! このいい加減オヤジ!」「お父さんに何てこと言うの! 親父だなんて」 指摘するところはそこだろうか。 親子喧嘩は、ミノルが腹を空かせて台所に乱入して来るまで続いた。 ディープインパクトは、カオルの観れなかった宝塚記念で、見事G1五勝目をあげていた。テレビでは、フランスで開かれる凱旋門賞への出走が確定したと報じられている。 ミノル兄の誘いになんか乗るんじゃなかった。 夕飯の席で、カオルは涙をちょちょ切らせながらニュースを見た。 家に居れば、父さんの愚行も止められたかもしれないのに。予約録画じゃ誰に邪魔されるか分かったもんじゃない。凱旋門賞までに、なんとしてもテレビ付きの携帯を手に入れてやる。 伸夫の皿から奪った馬刺しを口にしながら、カオルはそんな決意を固めていた。終わり読んでくださってありがとうございましたm(_ _”m)ペコリ私はあの時、凱旋門賞までにDVDデッキを買うことを決意しました(笑)保険証の性別が間違っていたのも、映画館で別人のカードではないかと疑われたのも、みんな本当です。(映画館で疑われたのは、保険証じゃなくてポイントカード。今持っている保険証には、ふりがなが振ってあります)ついでに、映画館で年齢を低く見られたのも本当。社会人一年生の時、学生証の提示を求められて、当然ないと答えると、忘れたのと勘違いされ、次のような会話が現実に成されました。係員「大学生? 高校生?」私「いえ」係員「じゃあ、中学生?」私「・・・・・・一応、社会人です」あの時中学生だと言っていれば、中学生料金で映画が観れたのでしょうか。だったら、惜しいことをしました(おい)でも、一番ショックだったのは、宝塚記念の予約録画を父にオジャンにされたこと!従姉んちの引越しと重なったから予約してたのに・・・・・・。普通、誰かが予約してるって分かってて、ビデオテープ抜きます!?日本ダービーに宝塚記念。私は、武豊騎手が「納得のいく走りだった」と評しているたった二つのレースを、両方とも見ていないことになるんですよね~( ┰_┰) シクシク(ネットの動画でなら見ましたが)そしたら、こんなん見つけてしまいました。 ↓G1以外でも、2005年のディープの出走は全て網羅してあるそうで。ついでに、冒頭でカオルが読んでた本。 ↓
2006.12.06
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「これ、本当にご自分のですか? どなたか他のご家族の保険証じゃあ・・・・・・」「ちゃんと自分のです」「でも・・・・・・」 保険証と自分の顔を見比べて言葉を濁す係員を見て、カオルはピンと来た。「ここ、ちゃんと『男』になってるでしょ!?」 係員から保険証をひったくり、性別蘭を指差して見せる。すると、相手は弾かれたように保険証から身を離して頭を下げた。「失礼しました! もうすぐ本編が始まりますので、急いでお入りください」 急がなければならないのに、チケットをもぎってもらう間中、ミノルは身をよじって笑っていた。「カオリちゃんは苦労してるんですねー」「何? カオリちゃんて? カオルくんのこと?」 木賀家の内情を知らない加地が、疑問を口にする。「カオリはさ、こいつが女の子だった時に付けられるはずだった呼び名なんだよ」 不貞腐れて口を開かないカオルに代わって、ミノルがクスクス笑いながら説明する。「うちの両親、三人目は女の子が欲しかったもんだから、それ以外の名前考えてなかったんだけど、生まれてきたのがこいつだろ。仕方ないから字はそのまま『香』で、読み方だけカオルにしたんだ」「ああ、じゃあさっきの人が、保険証が違う人のじゃないかって言ったのは・・・・・・」 加地が納得したようにカオルを見た。「名前が女名なのに、こいつが男だったからだろ。保険証の性別が訂正されてて良かったわねぇ、カオリちゃん」「訂正って?」「保険証がカード形式になったばっかの頃、俺のだけ性別が女になってたの」 ついでに名前にふりがなも振って欲しいと思いながら、カオルが答えた。これ以上ミノルに『カオリちゃん』と言われるのが嫌だったのだ。 保険証の間違いに気づいたのは、家族でもカオル自身でもなく、歯医者の受付だった。「性別が女性になってますけど」 そう言われて目を剥いたのだ。 受付嬢は追い討ちをかけるように、歯の治療には差し支えないから、そのままにしておいてもいいかと訊いてきた。無論、カオルは訂正しておいてくれるよう頼んだ。それはもう、鬼気迫る勢いで。 カオルは薄暗い劇場に足を踏み入れながら、あの時、歯医者で指摘されて良かったと胸を撫で下ろしていた。あの歯科には小さな頃から通っていたから、性別が女性になっていても保険証が別人のものだなどと疑われることはなかったが、今もあのままだったら、この映画館では確実に信じてもらえなかっただろう。 映画は単純に面白かった。しかし、カオルの頭は、開催中のはずの宝塚記念のことでいっぱいで、あまり集中することができなかった。ビデオ録画とはいえ、この後ディープインパクトのレースを観れると思うと、名前を間違えられたことなど些細なことだ。笑い話だ。恰好のネタだとさえ思える。何のネタなのかは分からないけれど。 だが、そんな余裕も家に帰り着くまでのことだった。つづく次でラスト。でも、オチはもうバレバレですね(汗)
2006.12.05
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出掛けにテレビの部屋を覗くと、ちょうど伸夫がトイレに立ったところだった。時間を気にしながらも、きちんとビデオがセットされていることを確認する。テープはこの日のために買った新品。もちろん録画モードは標準に設定している。新しいテープに、自分のものだと示すラベルを貼り忘れたと思ったが、それを貼っている余裕はないので、そのままにして家を出た。映画は八百円で観れるし、帰ったら宝塚記念も観れる。今日はツイてると思いながら。 映画館に着いた時には、もう予告が始まっていた。入り口でミノル達が「早くしろ」と手を振っている。 しかし、カオルは窓口まで行って、重大な過失に気づいた。生徒手帳を忘れたのだ。「残念ながら、身分を証明できるものがないと、通常料金の千八百円をお支払いいただくことになりますが」「えーっ」 受付係員の言葉に、ミノル達がブーイングを飛ばす。もちろんその矛先はカオルにも向いた。「このクソバカ! てめぇ、何のために来たんだよ!? いっぺん死んで来い!」「いてっ! しょーがねーだろ、急いでたんだからっ!」「じゃあ、おまえが全額払うんだな!?」「んな金ねーよ!」「俺らも持ってきてないんだよ!」 なんと、ミノルもその友人の加地も、交通費と千円ギリギリしか持っていないのだという。カオルは、おまえらアホかと言いそうになったが、自分の財布の中身も似たり寄ったりだったことを思い出し、仕方なく口をつぐんだ。「あのぉ、中学生の方ですか?」 気の毒に思ったのか、係員の女性がカオルに訊いてきた。「いえ」「じゃあ、小学生?」「これでも一応、高校生です!」 なんでそこで年齢が下がるんだ!? カオルは顔が引き攣るのを感じた。『これでも』とか『一応』と付けている自分にも悲しくなる。「そうそう、こんなに背が低くても一応高校生なんです。頭が悪そうでも高校生なんです」 カオルが高校生でないと他の二人も千円にならないので、ミノルが嫌味な助け舟を出してくれる。「それでしたら、せめて年齢が分かるものでもあれば、高校生ということにしておきますよ」 係員は苦笑して折れてくれた。本当は、義務教育じゃないから年齢が分かるだけではいけないのだろうが、そこは目を瞑ってくれるつもりらしい。「あ、それだったら保険証があったはず」 カオル達は父・伸夫の扶養に入っているのだが、父の会社の保険証はカード形式で、家族それぞれに一枚ずつ用意されているので、カオルも財布に入れて持ち歩いているのだ。 しかし、保険証を見た係員の表情が渋くなった。つづく続けてアップしようと思っていたのですが、昨日は電話線の調子が悪くてできませんでした。そう、家の電話も使えなかったんです(-_-;)『電話。』アップ時に、電話トラブル。今回の内容よりも、タイトルに相応しい出来事でした(汗)ネタにならないかとチラッと思ったことは、親には内緒です。(嫌な娘だ)
2006.12.04
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木賀家の三男、カオルは、自室で松樹剛史の『ジョッキー』を読み終えようとしていた。腕はあるけど運がない、不遇の貧乏騎手、中島八弥が、日本競馬の大舞台である天皇賞に挑戦するまでを描いた物語である。様々な葛藤や過去を乗り越え、主人公が成長していくラストは実に清々しい。 しかし・・・・・・「うえーん、ショーサーン!!」 カオルは読み終わると、一声叫んで、本に突っ伏した。どうやら、主人公よりも馬に肩入れしてしまったらしい。ショーサンとは、この小説に出てくるオオショウサンデーという競走馬の愛称なのである。無邪気で素直で人懐っこい、実に愛らしい性格の芦毛の馬で、主人公の八弥や厩務員の亀造を虜にするのだが、この馬に肩入れしすぎるとカオル同様清々しい読後感は得られないかもしれない。 こんなに馬に惹かれてしまうのは、自分が午年のせいだろうかと鼻をすするカオルであった。 カオルはしばらく悲嘆に暮れていたが、急に晴々とした表情で顔を上げた。晴々というより、にやけている。ふやけていると言ってもいい。次兄のミノルが見たら、気持ち悪がること必至だろう。「でも、今日は宝塚記念の日だもんね~。ディープに会えるっ♪」 小説中で主人公も挑戦した春の天皇賞で、有馬記念で取れなかった四冠をついに達成した競走馬、ディープインパクト。その、五冠目獲得になるかというレースが、本日京都競馬場で行われるのだ。 とはいえ、カオルが会えるのはブラウン管越し。しかも、テレビは父の伸夫が占領しているので、ビデオ録画であとから見るという時間差の再会である。もちろん、馬の方では一度たりともカオルと会った記憶などない。一方的この上ない再会である。 出走まであと三時間余り。生中継を見れるわけでもないのに、時計を見ながらレースまでの時間を指折り数えていると、おかしな歌が聞えてきた。携帯が、あなたはとってもウマナミだと歌っている。液晶画面には、次兄の名前が表示されていた。 カオルは一瞬取るのをためらってから、電話に出た。面倒だから無視しようかと思ったのだが、ミノルのことだ、無視したら後でもっと面倒なことになりかねない。それでも、口調がぞんざいになるのは仕方がないだろう。「なんだよ、ミノル兄」「なんだよはないだろ。兄ちゃんがせっかく映画に誘ってやろうとしてんのに」 電話からは、気持ちの悪い猫撫で声がする。ミノルが何か企んでいるのではないかと、カオルは身構えた。「ミノル兄と映画? 嫌だし、キモイし、有り得んし」「てめ、いっぺん殺す」 ミノルの声が、通常モードに戻った。「おまえも知ってる加地って奴も一緒だよ。本当はもう一人来る予定だったんだけど、そいつがダメになってよ。三人じゃないと千円で観れないから、おまえも誘ってやろうって話になったんだ」 カオルの街にある映画館は、高校生が三人で入れば、一人千円で映画が観れるのだ。「それって俺、利用されるだけじゃん」「利用だろうが応用だろうが、おまえだって千円で観れるんだからいいだろ」 ミノルは恩着せがましく言ってくる。有難いと思えと言わんばかりだ。カオルは誰が行くかと思ったが、映画のタイトルを聞いて気が変わった。自分も観たいと思っていたものだったのだ。それでも渋るふりをして、二人に百円ずつ払わせることで了承すると、カオルは小躍りしながら家を出た。これで、八百円で観られるのだ。ビバ! 高校生! 半額以下!つづく今回、やたら言葉が汚いです。すみません。口語って文字にすると、とてつもなく汚かったりしますね(汗)『ジョッキー』を読んで、ショーサンにハマったのは私です。この小説、ほんと面白いです。競馬に興味なくても楽しめたと思う。
2006.12.02
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臼井さんは、今日中には新しいモデムを発送するから、それが着いたら今あるモデムを送り返してくれと言って電話を切った。カオルは従う旨を告げながらも、脱力感でいっぱいだった。時間的に考えて、新しいモデムが届くのは明後日の土曜日だ。土日はガス会社が休みだから、それで繋がらなかったら、問題は月曜日まで先送りになる。 なんとしてでも、週末には間に合わせたい! カオルは先にガス会社に確認することにした。こちらはすぐに繋がったものの、詳しいことが分かる人間がおらず、後でかけ直してくれることになった。 待つこと十分。気の良さそうなおっちゃんが、受話器の向こうであっさり言った。「木賀さんとこだよね? 付いてるよ、警報器」 何で知らないんだよ、かーちゃーん!! ADSLを繋げたいのだと言うと、おっちゃんは、明日の朝にでも警報器を外しに来てくれると言ってくれた。その際、家人はいるかと聞くので、カオルはまた、泥棒の下調べをされている気分になった。「いるとまずいんですか?」 思わずそんな質問が出てしまう。「いや、どっちでもいいんだけど、一応、外した時に音の確認をしてもらいたいから、いてくれると助かるんだよね」 おっちゃんは気を悪くした風もなく答えてくれた。 なんだ、いない方がまずいのか。 カオルは少々安心して、母がいることを伝え、通話を終えた。 それからすぐライトバンクのサービスセンターに電話し、臼井さんに警報器が付いていたから、とりあえずモデムの出荷は止めてくれるよう頼んだ。「警報器を外してもらっても繋がらないようなら、またお願いします」 そう言うと、可愛らしい声の担当者は、快く了承してくれた。 果たして翌日、ネットは晴れて繋がった。「長い旅路だったぁ~!」 ネットが繋がると無線LANもあっさりと作動し、二階の床材の問題も杞憂に終わった。 カオルは早速部屋にパソコンを持ち込んで、天皇賞特集で検索をかけた。「やっと、やっとこの時が・・・・・・っ!!!」 感無量でそれらしいページをクリックする。 しかし、リンク先に現れた画面には、『指定されたURLは存在しませんでした』としか表示されていなかった。天皇賞特集は五月いっぱいで終わっていたのだ。「ディープぅぅぅぅ」 受験が終わって二ヶ月が過ぎ、問題集の代わりにノートパソコンに突っ伏すカオルの姿が、そこにあった。終わりアホ駄文にお付き合いくださり、ありがとうございました。今回はいつも以上に面白くなかったと思います。LANだのルータだの、説明不足もいいところですみません。私自身が理解しきれていないので・・・・・・(汗)これこそが、私がADSLを繋ぐまでの全容です。(ネットを引くまでの金銭云々の問題はありませんでしたが)ちなみに、私が楽しみにしていて見れなかったのは、天皇賞特集ではなく菊花賞特集の、ディープインパクトの夏休み映像です。あの頃、ネットは繋がっていたものの、通信速度が遅すぎて、動画は見れなかったんです。北海道でのんびり夏休みを過ごすディープの映像・・・・・・見たかった (ヘ;_ _)ヘ ガクッ天皇賞特集は、実は6月でもまだ見れました。過去のディープのレース映像も。五月末までって書いてあったと思ったんだけどな~。現在もどっかで見れたはず・・・・・・。さて、今日はこのあと、凱旋門賞!ディープ、頑張れ~!!
2006.10.01
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翌日、急いで学校から帰宅すると、電話に走った。サービスセンターへの番号は、一般電話からのみの受付なのだ。携帯用の番号もあるが、そちらはフリーダイヤルではないので、携帯料金を抑えろと言われているカオルには手が出せない。 電話は人気アーティストのコンサートチケット販売並みに繋がらなかった。いや、繋がりはするのだが、用件別に番号を押していくと、最終的に『大変混みあっておりますので、あとでおかけ直しになるか、しばらくお待ちください』というアナウンスが流れるのだ。そこに辿り着くまでが長いのでそのまま待っていると、五分ぐらいして『すみませんが、大変混み合っておりますので、おかけ直しください』と最終通告される。 だったら、初めからそう言えよ! と思うのだが、録音テープ相手に毒づいても仕方ない。カオルは六時が近づく中、冷や汗を掻きながら電話をかけ続けた。いろいろあって、もう六月に入っているのだ。二ヶ月無料だとはいえ、五月半ばからプロバイダに加入したことになっているのだから、なんとか今日中にネットに繋ぎたかった。これ以上無料期間が減るのは勿体無い。 三回くらいかけ直した頃、やっと生身の人間に電話が繋がった。臼井という女性担当者に、モデムのランプの点灯位置がおかしいことを告げる。「右から二番目のランプが点滅してるんですね。分かりました。では、いくつか質問をするのでお答えください」 臼井さんは、社会人とは思えない可愛らしい声で、質問を始めた。「無線などはされてますか?」「いいえ」「BSやパーフェクTV、またはケーブルテレビなどに加入されてますか?」「いいえ」「現在、どなたか携帯をおかけになっておられますか?」「いいえ」「セコムなどの警報装置は取り付けておられますか?」「いいえ」 なんだか、泥棒に入るための下調べをされている気分だ。「ガスの警報装置は?」「いいえ・・・・・・って、あれ? どうだったっけ?」 カオルは母に訊いてみたが、変わったことはしてないはずだけど、と言いつつも、育子は首を傾げていた。「変わったことはしてないって言ってるけど、なんかよく分かんないみたいで・・・・・・」 カオルは正直に答えた。「そうですかぁ。ガス会社に聞いてみられたらハッキリするんですけどね。でも、ガスの警報器を付けてらっしゃらないとすると、電話線とモデムの相性が悪いのかもしれません。別のモデムを送らせていただくということでよろしいですか?」「え? 相性とかあるんですか? 先にガス会社に訊いてみましょうか?」 モデムというのは、種類が同じならどれも同じ作りではないのか。「うーん、稀にあるんですよね。他のでも繋がらなかったら、ガス会社に確認していただくということにしましょう。とりあえず、あらゆる可能性をひとつひとつ消していくしかありません」 カオルは気が遠くなりそうになった。 あらゆる可能性をひとつひとつって、一体いつになったら天皇賞特集が見られるんだ。モデムが届いてからでも、もう半月は経過してるっていうのに。つづく
2006.09.30
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「っってぇ。 ぜーったい、ミノル兄には貸してやらないからな!」「へっ、俺はんなもんに興味はねぇよ」 ミノルはあんなことを言っているが、どうせカオルがいない隙に覗こうとするに決まっている。カオルは、ミノルが絶対に開けないように、パスワードを考えることにした。「ミノルのバカにしようかな。ああ、でもやっぱり凱旋門賞にしようかな。ロンシャンでもいいか」 凱旋門賞とは、ディープインパクトが出走すると目されている、世界的な重賞である。そして、その凱旋門賞が行われるのが、フランスのロンシャン競馬場なのだった。「何ブツブツ言ってんだよ。独り言が増えたらジジィになった証拠だぞ」 突き当たりの部屋から、ミノルの野次が飛ぶ。「俺がジジィなら、ミノル兄はとっくにあの世だろうが」 威勢よく言い返したものの、カオルは途方に暮れていた。いくら指定されたボタンを押しても、画面に現れるのは『接続できませんでした』の文字ばかりなのだ。 もう一度、無線LANの説明書に目を通すが、何が原因か皆目分からない。しかし、分からない分からないと言っていると、ミノルにバカだアホだと罵られるのは目に見えている。カオルは努めて黙考した。 すぐそこにルーターはあるのに電波が来ない。パソコンとルーターの間を隔てるものなど何もないのだから、板の材質云々はこの際関係ないだろう。 カオルは電話台を見上げた。壁をくり抜いたような形の、備え付けの電話台には、電話の他にカオルの設置したモデムとルーターが所狭しと押し込められている。窮屈そうなことこの上ない。 そもそもこの距離なら、ルーターなんかいらないんだよな。 ふとそう思って、カオルは無線LAN抜きでネットに繋いでみることを思いついた。モデムからルーターの線を抜き、代わりにLANケーブルを挿す。それをパソコンに繋いでヤッホーABのセットアップ用CD-ROMを入れ、指示に従ってセットアップを進めようとすると、またもや『ネットに繋がりません』の文字が表示された。「なんでえ!?」 よく見ると、モデムのランプの点灯位置が説明書の図と違っている。しかし、画面に表示された確認事項を見ても、配線に問題は見られない。何度もやり直していたら、とうとう画面には『サービスセンターへお問い合わせください』と表示されてしまった。CD-ROMには見放されてしまったようだ。 仕方ない。電話するしかないかと電話台に手を伸ばすと、母が台所から顔を出した。「カオル、いつまでやってんの? もうすぐ八時だから、夕飯食べるわよ。お父さん、今日は遅くなるってメールあったし」「はぁ? 八時!?」 カオルは掴みかけていた受話器を取り落とした。 サービスセンターへの問い合わせは、六時までになっていたのだった。つづく
2006.09.29
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箱には、モデムの他に、黄色と黄緑のケーブルや、電話の元線からパソコンに線を分けるスプリッターなどが入っていた。 カオルはない頭をカラカラと振りながら、説明書を解読し、配線を取り付けていった。まず、元線にスプリッターを付けて、電話線と黄色のLANケーブルに繋ぎ、LANケーブルの先にモデムを付けて、黄色より長い黄緑のケーブルをモデムからパソコンに伸ばして・・・・・・と、そこで動きが止まった。「届かねぇ~!!」 電話の元線があるのは一階の電話台の横で、パソコンを置いているカオルの部屋があるのは二階。すると、どう頑張っても、階段の途中までしかケーブルが届かないのだ。 パソコンはラップトップなので電話器の前で見ることもできるのだが、廊下に座り込んでネットを見るというのも少々おかしな人種と思われそうである。仕方なくネットをやっているという友人に相談すると、無線LANとかいうものを買って、モデムとパソコンの間に噛ませばいいということだった。 しかし、その友人と電気屋に行ってみて、カオルは愕然とした。なんと、無線LANには一万円の値札が貼られていたのだ。月々の小遣いが五千円。しかも、今月からマイナス千円になるカオルには、簡単に買えるシロモノではない。 カオルが両親に金の無心をすると、半ば予想していた答えが返ってきた。「カオリになるなら、買ってあげるよ」「・・・・・・もういい」 『・・・・・・』の間に、一瞬だけそうしようかと思ったことは内緒である。 仕方なく、今度は来年のお年玉の前借りという形で乗り切ることにした。 が、これは賭けだった。電気屋の店員の話によると、一階から二階へ電波を飛ばす場合、二階の床の材質によっては、電波が遮断されてしまうことがあるのだそうだ。そしてそれは、試してみないと分からない。「これで電波が届かなかったら、俺の人生パアだよな」 こんなことでパアになる人生などみみっちいにも程があるが、カオルは学校から帰ると、本気で呟きながら、モデムに無線LANのルーターを繋いで電源を入れた。そしてすぐに二階へ上がり、パソコンにセットアップ用のCD-ROMをセットする。指示に従って電波を受信するLANカードを差し込み、さらに進んでいくと『ルーターのAOSSボタンを二秒間押してください』という表示が出た。「え? ちょっと待て!」 カオルはすぐさま階下に駆け下りたが、すでにルーターは反応しなくなっていた。どうやら、待ちくたびれてダウンしてしまったらしい。「ったく、デスクトップだったらどうすんだよ」 カオルは舌打ちしながら、パソコンごと電話台の前に移動することにした。廊下に座り込んで、一から作業をやり直す。途中、次兄のミノルが通りかかって、背中に蹴りを入れられた。「よぉ、オタク少年。精が出るねぇ」つづく
2006.09.28
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木賀家の三男、カオルは、ラップトップ型のパソコンの前でイライラしていた。「繋がらねぇ~!」 長男のシゲルがカオルの高校入学祝いにと、いらなくなったパソコンを譲ってくれたのが五月のこと。いらなくなった物を祝いの品にされるのは、ごまかされているような気がしないでもないが、カオルにはお下がりでもいいからすぐにパソコンが欲しい理由があった。「ネットに繋がらなきゃ、ディープのこれまでの出走が見れないじゃないか!」 四月の終わりにあった天皇賞で見事四冠目を獲得した競走馬、ディープインパクトの特集がネット上で組まれており、これまでの全走が見れると風の噂で聞いたのだ。それで急遽、遅れていたシゲルからの入学祝に、パソコンをねだったのである。 しかし、パソコンだけでネット上の特集が見られるわけがない。 残念ながら、カオルの家でインターネットを活用している者はおらず、カオルは環境から整えなければならない状態に置かれたのだった。 環境整備はまず、前時代の人類である両親を説得することから始まった。「ネットぉ? そんなもん、学校のパソコンで見て来い」とは、父、伸夫の弁、「シゲルにもミノルにもそんなことしてあげなかったんだから、カオルにだけネット代払ってあげるなんて不公平になるじゃない」とは、母、育子の弁である。 たしかに長兄のシゲルも次兄のミノルも、携帯料金は親に面倒をみてもらっているが、ネット料金は払ってもらってはいない。一人暮らし中のシゲルはパソコンを持ってネットもしているが、ネット料金は自分のバイト代で賄っている。 理に適った母の言い分に、カオルは唸った。しかし、そこは末っ子。持ち前の甘え根性を発揮し、ねだり続けていると、両親は口を揃えてこう言った。「カオリになるんだったら、考えてもいい」「カオリにって・・・・・・。それでも親かーっ!?」 叫ぶカオルに、両親はにっこり笑って言い放った。「それでも親なんだ(なのよ)」 カオリとは、カオルが女の子で生まれてきた場合に付けられるはずだった名前である。漢字は今と変わらず『香』。字面から見て分かるとおり、両親は三人目の子供に女の子を望んでいた。つまり両親は、ネット料金を払ってやる代わりに、今からでもいいから女の子になれと言っているのだ。 そんな提案に乗れるはずもなく、カオルは毎月小遣いから千円出すという妥協案を出した。大蔵省である母はそれでも渋っていたが、一番安い二千円台のコースにし、携帯料金も抑えるという約束で、なんとか了承を得た。 そして電気屋で契約したライトバンクからヤッホーABのモデムが届いたのが五月の半ば。折りしも、試験週間に入ったところであった。もちろん、試験中にネットなど繋ごうとすれば、親に取り上げられることは必至である。カオルは大人しく試験が終わるのを待ち、やっとモデムの入った箱を開いたのだった。つづくご無沙汰してします。お久しぶりなのに、またバカ話ですみません。これもずーっと前(6月か7月頃)に書いていたものなのですが、なんとなく載せる期を逸してました。今日は凱旋門賞があるので、これを期に載せてみることに。全五回で、わけの分からない言葉が飛び交ってますが、よろしければ読んでやってください。最早SSとは呼べないシロモノになってるような気もしますが・・・・・・(もっと前から? 汗)
2006.09.27
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言うことないわけないだろう。 教授夫人の台詞に、真壁は焦った。「ちょっ、ちょっ、ちょっと待った! それだと、君はどうなるんだい?」「もちろん離婚してあげるわよー! 私もそろそろ普通の結婚がしたいと思ってたしね」「普通のって?」「やだぁ。私達、偽装夫婦じゃない。女のダメなあなたが、教授になる為にどうしても伴侶がいるって言うから、私が奥さん役を買って出てあげたんじゃない。あなたとの暮らしは何も不自由ないし楽しかったけど、やっぱり私も一人くらいは子供産んでおきたいし。実は好きな人もできたのよ。ちょうどいいじゃない。離婚しましょ」 矢追夫人の語尾にはハートマークが付いている。が、真壁が泡を喰ったのは、そこではなかった。「ちょっと待て。女がダメって・・・・・・誰が?」「あなたじゃない。他に誰がいるってのよ。あ、でも、もう大丈夫になったのね。女子高生に痴漢ができたんですもんね。男の子に手を出して捕まるよりよっぽどマシよぉ。良かったわねー」「え? 男の子って?」「もう、何とぼけてんのよ。私は男色家に偏見なんてないって言ったじゃない」「だ、だんしょくかぁ!?」「そういえば、ゼミにかわいい子がいるって言ってたじゃない。なんか変わった苗字の。ケシゴムじゃなくてケシノモトじゃなくて・・・・・・」「家素本!」「そう、その子! オツムは弱いけど、そこもかわいいって。あの子のことは諦めついた・・・・・・」 矢追夫人がまだ何か言っているうちに、真壁は携帯を切った。「抜田! すぐ携帯の電源入れろ!」 真壁の携帯に耳を寄せていた抜田は、すでに携帯の電源を入れていた。そして、青い顔になった。「家素本から『たすけて』ってメールが入ってる・・・・・・」「いつだ、それは!?」「十五分くらい前だ。携帯の電源切ってすぐだな」 二人は学食の入り口に向かい、家素本のいるであろう校舎を仰いだ。学食と校舎の間には、池とテニスコートと図書館がRPGの巨大ダンジョンのように聳えている。「遠いな、抜田」「そうだな、真壁」「間に合わないよな、もう」「俺らの足じゃ無理だろうな」「ま、死ぬわけじゃないしな」「ソレをネタに、矢追自身を強請るって手もあるしな」 二人はぶらぶらと学食の中に戻ると、もといた席に腰を下ろした。終わりこんなものを読んでくださってありがとうございました!少しでも笑っていただければ、恥を晒した甲斐があります。こんなもん、飲んでないと載せられるか!ってわけで、飲めないのにチビっと飲んでしまったので、現在ヨッパです。そんなわけで、今日はリンク先へのご訪問は控えさせていただきますm(_ _"m)ペコリ
2006.09.07
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「え? は? ちょっと待って。痴漢って、本当に!?」 教授夫人は面食らっているようだ。これは信じたと思ってもいいかもしれない。 だが、ここで何故か弱気になるのが抜田である。「ええ、それで、一千万が無理なら、五百万でも・・・・・・」「クイズミリオネアの五問目と七問目の間みたいに飛ぶのね。あれって、五百万までは細々区切ってあるのに、五百万から一千万の間って、二問しかないのよね。その二問がネックなんだけど。って、本当にあの人が痴漢なんてしたの!?」「はい。信じたくないお気持ちは分かります」「信じたくないんじゃないわよ。信じたいけど信じられないのよ!」「え? あ、だったら、本当なんで安心して・・・・・・じゃなくて、あれ? おかしいな。ま、いっか」「何がいいのよ!? よくないわよ」「あ、やっぱりそうですよね。残念ながら目撃者もいるんです。あの、旦那様に代わりましょうか?」「お願い」 抜田は真壁に携帯を渡した。すると、自分の携帯が尻ポケットから軽快なメロディーを奏で始めた。 みっなおそう みなおそう♪ ソンポ! 某自動車保険会社のCMソングである。コアラが鼻をもぎとって電話機にし、自動車保険を見直そうと歌い踊るのだ。「真壁、家素本から電話だ」「ばか! 切れ! 今は大事な仕事の最中だ! ったく、家素本も分かってるだろうに、何やってんだ」 真壁はぶつぶつ言いながら、大事な仕事とやらに戻っていった。 真壁はああ言ったが、家素本は何も分かってはいないだろう。 抜田はそう思いながら着信を切った。しかし、またすぐに鼻コアラのダンスが始まった。 自動車保険を見直そう~♪ そ○ぽ○4で見直そう♪ 自動車保険よりも友達を見直したい・・・・・・。 真壁に睨まれ、抜田は携帯の電源を切った。「あなた? 本当に痴漢なんて・・・・・・」 抜田を睨んでいた真壁の耳に、不審げな女の声が入り込んできた。真壁は携帯を耳に当てたまま、平身低頭した。「すまない。つい、魔が射してしまったんだ。君には何と言って謝ったらいいか・・・・・・」「謝るだなんてそんな・・・・・・。でも、本当に本当なのね?」「本当に本当なんだよ、ベイビー」「・・・・・・・や、や・・・・・・や・・・・・・」「や? ああ、嫌だって言いたいんだね?」「違うわ! やったじゃない!!」「は?」「ついにあなたも女に目覚めたのねー! 女の子に痴漢ができるようになるなんて! もうその子に何千万でも払ってあげなさいよ! ついでに結婚もしてもらったら? ほら、その子が特別かもしれないし。だって、まともな男だって、誰にでも欲情できるわけじゃないでしょ? 一応、好みってものがあるだろうし。その点、その女子高生はあなたの好みにあってたわけでしょ? もう、言うことないじゃない!」つづくミリオネアで区切りが大まかになるのは、150万からですよね・・・・・・。
2006.09.06
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自信満々に話す真壁に、抜田は呆れた。「そんな作戦、どうやって思いつくんだよ」「昼間のワイドショー」「講義出ろよ。じゃなきゃバイト行け。電気代を使うな」「バイト先で見てんだよ」「どーゆーバイトだよ」「駅前のパチンコ屋で」「景品交換か?」「いや、スロット。パチンコ冬のアナタとか結構いいぞ。吉宗もなかなか」「っっっ働けーっ!!」 抜田の罵声が飛んだが、真壁は平気な顔で家素本に向き直った。「とにかく家素本、お前はこれから矢追のところに行ったら、奴が電話に出ないようにしろ。かかってきても、取らせるんじゃないぞ」「うん。わかったー」 どこまで分かっているのか、家素本は元気に言って、学食を出て行った。「抜田、お前は鉄道警察の役な。矢追の家に電話して、奥さんに奴が痴漢で捕まったって言うんだ。俺が矢追の役をやるから、適当なところで変われ」 真壁がすでに番号を押した携帯を渡してくる。抜田が受け取ると同時に相手が出た。「はい。矢追でございます」 はきはきした女の声だ。矢追教授の奥さんにしては、若い気がする。「あの、こちら、鉄道警察の者ですが、奥様でいらっしゃいますか?」「はい、そうですが」「教授の奥さんにしては若そうですね」 思わず本音が出た。警察役が教授と呼ぶのはNGだろう。しかし、相手は一向に気にしないばかりか、上機嫌になった。「あらぁ、お世辞がお上手ねぇ。で、何のご用?」「えーっと、あれ? 何だっけ?」「いらんことを言ってるから肝心なことを忘れるんだ! 痴漢だチカン!」 真壁が横から叱咤する。「ああ、そうでした。実は私、警察の者なんですが、気を落ち着けて聞いてくださいね」「気が昂ぶってるのはあなたの方でしょ」「なかなか鋭い突っ込みですね。でも、この先をお聞きになったら、あなただって平静ではいられませんよ。ふふふ」 不気味に笑う抜田を、真壁がはたいた。「何、脅してんだよ!」 だって、脅すためにかけてるんだろうが。 抜田は言い返したかったが、電話の相手に聞えるのを怖れて、口に出すのはぐっと堪えた。代わりに就職活動で鍛えた流暢な面接喋りで、相手に嘘の経緯を説明する。「それでですね、ご主人が、女子高生に痴漢行為をしてしまいまして、こちらに身柄をお預かりしてるんです。このままいくと起訴ということになってしまうんですが、まぁ、相手のお嬢さんも公にはしたくないということで、一千万払っていただけるなら、示談にしてもいいと言ってるんですよ」つづく
2006.09.05
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真壁、抜田、家素本の三人は、やっぱり金に困っていた。「三人合わせて残り六百三十四円・・・・・・。来月までバイト代も仕送りも入ってこないのにどーするよ。まだ今月も入ったばっかなのに」 学食のテーブルの上に出した硬貨を見つめて、真壁が呻いた。「昨日の返済日に、根こそぎ持ってかれたからなぁ」 抜田もため息を吐いた。「僕なんて、このあと矢追教授に呼び出しまでされてんだよね。この前の課題のことで」 家素本は泣きそうになっている。「矢追って、あの真壁に声がそっくりな教授か?」「そう。うちのゼミの担当なんだ。知ってる? あの教授、怒るとオネエ言葉になるんだよ」「真壁の声でオネエ言葉か。そりゃ気持ち悪そうだな」「キモチワルイなんてもんじゃないよ。普段は普通の標準語なんだけど、どっか気取ってて、それもおかしいんだよね。でも、オネエ言葉で怒られたら、僕、笑い死にしちゃうかも」「おいおい。これから行って死んだりするなよ」「抜田・・・・・・っ! おまえって・・・・・・っ!」 抜田の言葉に、家素本は感激したようだ。自分の両手を胸の前で絡ませ、子犬のように目を輝かせて抜田を見上げる。「お前が死んだら、一人当たりの返済分が増える」「・・・・・・抜田・・・・・・」 家素本は、がっくりと肩を落とした。 そこに、今まで黙り込んでいた真壁が急に口を開いた。「そうだ! いいことを思いついたぞ! これでいこう!」 真壁の思いつきにロクなものはない。抜田は眉間に皺を寄せた。「まさかまた・・・・・・」「今度はオレオレ詐欺じゃないぞ! 振り込め詐欺だ!」「一緒じゃねーか!」「ふっ。今回は一味違うのさ、ベイビー」「ふって何だよ? しかもベイビーって、ちびまる子ちゃんの花輪くんかよ」「失礼だよ、抜田くん。矢追教授が言ってるように聞こえないかい?」「聞こえる聞こえるー!」 家素本が同意し、真壁は満足気に微笑んだ。抜田の頭に嫌な予感が過ぎる。「お前・・・・・・まさか・・・・・・」「そのまさかだよ。今度のカモは、矢追教授の家だ! 略して矢ガモ作戦!」「略すと意味分かんないね」 家素本が抜田に耳打ちしたが、家素本は略さなくても意味が分からないだろうと抜田は思った。「でも、どーすんだよ? あの教授、ペーパードライバーじゃん。事故起こしましたっつったって、通用しないだろう」 抜田の指摘に、真壁はチッチッチと指を揺らした。「今時、事故の示談金なんて流行らねぇんだよ。今は痴漢だ! いいか? 矢追はあれでも教授だ。地位ってもんがある。つまり、スキャンダルは命取りだ。だから、教授が女子高生に痴漢したってことにして、示談金をせしめるんだよ」つづく現在の主流は、痴漢じゃなくて横領だそうで。かなり前に書いて、手直ししてから載せようと思っていたものなのですが、もう何処をどう直したらいいのかサッパリな代物で、お蔵入りになっておりました。この度、もういいや、という心境に達しましたので、無修正でお送りいたします。というわけで全四回、いつもより多めに恥を晒していきます(汗)よろしければ、お付き合いくださいm(_ _"m)ペコリ
2006.09.04
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彼は一瞬腰を浮かせたが、また座りなおした。あの青年に報せようと思ったのだが、あれは知っているような気がする。知っていても認められないのだ。ここは一度、好きなようにさせてやってから説得することにしよう。 それからどれくらい待っただろうか。青年が帰ってきた。手に赤い薬包紙を握っている。薬を服ませるから少し出ていてくれと云(い)われて、彼は通路へ出た。 カーテンの隙間から、ほんのりと光が漏れている。あまり車内に光が入らないように外を覗いてみると、一面銀世界だった。やはり雪が降っていたのだ。今はもう止んで、太陽が顔を見せつつある。空は夜明けというより夕暮れのような茜色に染まり、雪に覆われた山々は、淡い紫色に輝いている。 幻想的な光景に眼を奪われていると、背後のカーテンが開いて、インパネスの青年が出てきた。「ありがとうございます。あなたのおかげで、妹も元気になりました」 晴々とした表情で頭を下げられ、彼は困惑した。あの娘が元気になどなれるはずがない。 しかし、青年に導かれて再び寝台の方へ戻ると、あの娘が眼を開け、寝台に腰掛けていた。やはり小袖の下には袴を穿いている。色のなかった頬にはほんのりと朱がさしており、青年に礼を云うように促されると、娘はぺこりと頭を下げた。「あんやと」 小鳥の囀りのような声だった。 いいえと応じながらも、信じられない心持ちでいると、青年が赤い薬包紙を差し出してきた。「これは、紫雪と云って、加賀に伝わる万能薬です。少し多く作れましたから、お礼にお持ちください。根付の代わりと云ってはなんですが」 彼は薬包紙を受け取ると、もう一度用を足してから自分の寝台に戻った。先ほどよりも外が暗くなったように感じる。時計を確認してみると、まだ夜明けには程遠い時刻だった。「それで、わたしの根付がこれに化けたのね」 彼は、土産の加賀福と一緒に、件の赤い薬包紙をわたしに呉(く)れた。「まぁ、そういうことかな」「あなた、一杯喰わされたのよ。その二人、本当は兄妹なんかじゃなくて、駆け落ち中の恋人同士か何かだったんじゃないの? きっと資金がなくて金目の物を探してたのよ」「たしかにあの二人は兄妹というより恋人同士に見えたけど、駆け落ちの資金調達に詐欺をしたとは思えないけどな。あんな千円かそこらの根付じゃあ、質草にもならないだろ」 他に無くなっているものもないと云う。どうやら彼は二人を信じたいようだった。 まぁ、彼の云い分も一理ある。わたしは薬包紙を開けてみた。きらきらした薄紫の粒が入っている。舌でつつくと、懐かしい味がした。「その娘さんの具合が本当に悪かったのなら、彼女はきっと低血糖だったのね」「なんで分かる?」「だってこれ、金平糖だもの」 いくら万能薬だと説明されたとは云え、金平糖だと判っていて持って行く旦那も旦那なら、服ませる姑(はは)も姑である。しかし、思い起こしてみれば、結婚前に貰った怪しい土産を、後生大事に薬箱に蔵(しま)っていたわたしもわたしだった。人のことを云えた立場ではない。 翌日、手土産に旦那の掘ってきた浅蜊を持って姑の家を訪れた。猫は至極元気そうに見える。以前は皮膚に浮いていた腫瘍も、それを引っ掻いて自壊していた痕も、きれいに消えている。 猫が吐き出したのは、金の梟だった。もとはキーホルダーにでも付いていたのか、頭部に鎖を通すような穴が付いている。猫が飲み込むには少々大きすぎる気がした。動物病院の医師も、これを飲み込んでいたのかと驚いていたが、特に猫の体に問題はないという見解だった。 しかし、レントゲン写真には問題が大有りだった。転移の恐れがあるから摘出手術もできないと云われていた病巣が、どこにも見あたらなくなっていたのだ。 もちろん完治しているならそれに越したことはない。あの金平糖に薬効などあるなわけがないから、姑の漢方治療が効いたのだろう。けれど、そのことを知らない医師は、しきりに頸を傾げていた。 念の為にと採血されて帰途に着く。血液検査の結果は、姑の家に電話で連絡してもらうことにした。 病院に連れて行かれたのがよほど屈辱だったらしく、姑の家に帰り着くなり、猫は押入れに入ってふて寝してしまった。縁側なら皐月の長閑な日差しが降り注いでくるのに、無理矢理病院に連れて行ったわたしの顔が見えてしまうので、出てきたくないようだ。 姑は、猫が回復に向かっているようだと聞いて喜んでいる。わたしは彼女が出してくれた干菓子を摘まんでいて、ふと昨日からの疑問を思い出した。姑は、何故金平糖を猫に服(の)ませたのだろう。 姑の答えは、名前に惹かれたからだというものだった。 紫雪とは、金沢に実在した薬の名前なのだそうだ。実物は散剤であったらしい。紫雪は本当に万能薬と評判で、徳川家康が病床に伏していた孫の家光に服ませたところ、病がたちどころに治ったという話も残っているという。現在は、もう製造されていない。「竹久夢二の小説に秘薬紫雪というのがあるのだけど、その話では、死んだ恋人に口うつしで紫雪を服ませると、恋人が生き返るの」 姑は十代の娘のように、頬を紅潮させ、愉(たの)しそうに話す。 その小説の舞台が金沢の湯涌温泉だと聞き、わたしはちょっと合点がいった。 あの兄妹の話は、旦那の夢だったのだろう。出張先のどこかで、彼はその竹久夢二の小説を見たか聞きかじったかして、知らず知らずのうちに感銘を受けていたのだ。それが夢に出てきた。だから、兄妹はどこか恋人同士のように見えたのだろう。「それでね、その薬の原料には、金が使われていたの。こんな少量の金箔じゃなくて、百両もの黄金がね」 姑はわたしの向かいに座ると、テーブルの上にあった金色の梟を、ちょんと弾いた。 晩方になって、旦那が姑の家へやって来た。彼は今日、仕事だったのだ。来た早々、姑の拵えた浅蜊の味噌汁を美味そうに啜る。しかも、あっという間に平らげて、いそいそとおかわりを注ぎにいく。あれでは誰の為に持ってきたのか分からない。 彼は何杯目かの味噌汁を飲み干すと、テーブルに置いていた金の梟に気がついた。「これ、おれが金沢出張の時に購(か)った根付と同じやつだ。ほら、あの金平糖と交換した。福を招く金福郎。誰か金沢に行ったの?」 姑とわたしは顔を見合わせた。 血液検査の結果、猫が完治していたと姑から電話があったのは、それから四日後のことだった。 全快祝いに、また浅蜊を持って行こうかと思っている。了 読んでくださった方、どうもありがとうございました m(_ _”m)ペコリ読みにくい上に分かりづらかったらごめんなさい。(それはいつも? 汗)少しでも楽しんでいただければ幸甚です。あやきちさんのご実家のひよちゃんと、rashionさんちのムズくんが良くなるよう願いを込めて・・・・・・。<追記>これは私が別名で参加させていただいている同盟の、今月のテーマ短編(もどき)です。テーマは『金』。金で調べている時、かつての万能薬『紫雪』のことを知り、内容的にどうしてもここに載せたかったので、掟破りでここに載せました。別に話を考える余裕はなかったので。あちらから来られて、混乱された方には申し訳ありませんm(_ _"m)ペコリ
2006.05.21
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気をつけなさい。あの子はあまりモテないけど、変なものに好かれる性質だから。 わたしが旦那との結婚を決めた時、姑(はは)が云(い)った。 その時はわたしを牽制しているのかと思ったが、どうもそうではないらしい。彼女は、実の息子である旦那よりも、嫁のわたしを可愛がる。 その姑から、猫が変なものを吐いたと電話があった。旦那が持って行ったものを服(の)ませてみたところ、けろけろと吐き出したのだという。嘔吐の前後で特に変わった様子はないというので、翌日に動物病院へ連れて行く約束をして、電話を切った。 姑は一ヶ月ほど前から、野良猫の世話に必死になっている。時折、彼女の庭に顔を見せに来ていた雌猫が、悪性の腫瘍に侵されているのだ。シリンジで強制給餌をしたり漢方薬を服ませてみたり。医師に匙を投げられたにも拘らず、自分が治してやるからと、寝る間も惜しんで看病に当たっている。姑の愛情溢れる看護の賜物か、一時は衰弱しきっていた猫も、今は食欲を取り戻している。 あの猫は、一人暮らしの姑にとって第二の家族のような存在なのだろう。結婚を期に、一人息子を家から連れ出してしまった身としては、いささか申し訳ない。 それにしても、旦那は何を持って行ったのだろう。 子供の日で休みだった今日、潮干狩りに行っていた旦那が帰ってくるのを待って、訊いてみた。酒蒸しにした浅蜊で一杯やりながら、彼は上機嫌で答えた。「ほら、おれが金沢に出張に行った時に、土産に購った根付と交換して帰った薬だよ」「あれでは薬にならないと思うけど」 わたしは呆れて返した。「薬にならなくても、毒になることもないだろ」「・・・・・・それはそうね」 潮水に浸けた浅蜊に新聞紙を被せながら、わたしは安堵のため息を吐いた。 姑からの電話で、てっきり旦那が持参した物の所為(せい)で猫が吐き気をもよおしてしまったのかと思ったのだ。だが、考えてみれば、猫とは自ら繕った毛玉を吐き出す生き物である。吐いた物がどうあれ、彼が渡した物が例の物であるなら、まず関係はないだろう。 新聞紙の下で、浅蜊がプツプツと音を立て始めた。 以前、旦那は仕事で金沢へ一泊三日の出張へ行った。何故三日なのに一泊なのか。帰りは寝台急行に一泊したからである。まだ、わたし達が夫婦ではなかった頃のことだ。わたしへの土産に、招福の根付を購(か)ったと金沢から電話を呉(く)れたことを覚えている。 真冬の京都駅で、青一色の車体がそうっとホームに入ってきた時、彼は貨物列車が通り過ぎる時のような威圧感を感じ、寒さも相まって身震いしたという。しかし、車内は外観から想像したよりは明るく、上下二段の寝台は古臭く狭いなりにこざっぱりとしていた。 やっと車内の暖かさが体に馴染んで来た頃、彼は手水(ちょうず)に立った。用を足している最中に明朝まで車内アナウンスが流れない旨を告げる放送が流れ、個室から出ると通路の明かりが絞られていた。薄暗くなったせいか、車内は一段と古臭く感じる。人の話し声も全く聞えず、彼は気にならなかったはずの走行音の高さを感じた。 仕事の疲れも出たのか、列車の振動に、覚束無い足取りで寝台に戻ろうとしていると、向かいから来た人物とぶつかった。「すみません」 よろけて倒れそうになった相手の腕を、咄嗟に掴んで詫びる。相手はまだ若い青年だった。今どき珍しいインパネスに身を包んでいる。「いえ、こちらこそ」 そう云って恥ずかしげに顔を上げた青年は、乏しい光源の中でもはっきりと見て取れるほど、思い詰めた容貌(かお)をしていた。「大丈夫ですか?」 電車に酔ったのかと、相手の顔を覗き込む。「僕は大丈夫です。すみません」 青年は彼の目から逃れるように顔を逸らすと、横をすり抜けて行こうとした。しかし、すぐにその場で蹲る。やはり具合が悪いのではないかと、インパネスの背中に問いかけようとした時、青年が振り向いた。これと言って、金色の根付を摘まんだ手を彼の方へかざす。 彼は、あっと声を上げて、上着のポケットを確認した。みやげ物屋の舗名が印字された袋が、口を開けた状態ではみ出している。先刻(さっき)ぶつかった時に中身が飛び出したらしい。「ありがとう。彼女へのお土産なんだ。ポケットに入れてたの忘れてた」「これは本物の金ですか?」「金沢のお土産だから、一応、金箔を使ってあるらしいけど」 青年はしばらく根付をためつすがめつしていたが、やがて思い切ったように立ち上がった。「あの、これを譲っていただけませんか? 実は、一緒に旅をしている妹の具合が良くないのです。これがあれば、薬ができるかもしれない」 青年は、縋るような眼で懇願してくる。妹のことを本気で案じていると知れた。「妹さん、そんなに悪いの?」 青年が重々しく頷く。「だったら次の駅ででも降りて、病院に行った方がいいよ。夜間でも診てくれるところがあるでしょう」 彼の提案に、しかし相手は表情を曇らせてかぶりを振った。「それはできません。とても急いでいるんです。それに・・・・・・」 唇を噛んで言い淀む。血が滲んでいるかのように赤い唇と、思い詰めた表情に、彼はそれ以上すぐに病院へ行けとは云えなくなった。 根付が薬の材料になるなど青年の思い違いにしか思えない。だが、何か病院に行けない事情があるようだ。青年の気が済むならと思い、彼はそれを譲ることにした。 青年は何度も頭を下げると、自分のいる寝台に彼を案内した。彼が妹さんの様子を見たいと云ったのだ。もし一刻を争うような状態なら、青年が何と云おうと車掌にでも頼んで、車内に医療の心得のある者がいないか、訊いて貰う心算(つもり)だった。 くすんだ色のカーテンを開けると、儚げな日本人形のような娘が、寝台に仰向けに横たわっていた。「すぐに調合してきます」 青年が、大きな黒鞄と先ほど渡した根付を持って出て行く。彼は青年の使っているという向かいの寝台に腰掛けて、微動だにせず眠る娘を見つめた。 娘は長い黒髪を上の方だけ束髪にし、残りを垂らしている。寝台の下に編み上げのブーツが置いてあり、毛布の中から矢矧の小袖が見えているから、下は袴だろうか。まるで祖父母の時代の女学生のようだ。インパネスの兄に袴姿の妹とは、古風な形(なり)をした兄妹である。 娘の肌は、暗がりでも雪のようだと思えるほど白かった。白皙(はくせき)というよりは蒼白に近い。陽を浴びてきらきらと輝く雪ではなく、月のない夜にぼうっと浮かび上がっているような雪だ。 ひたひたと、寒さがしのび寄ってくるような夜だった。暖房が効いているとは思えないくらいの寒さである。雪が降っているのかもしれない。 娘はしんしんと眠り続けている。重病人ということだが、既に死んでいるかのようだ。 彼はふと不安を覚え、娘の胸に耳を充てようとして躊躇った。なんとなく失礼かと思い、心音を確かめるのは諦めて、手首を取って脈を診る。拍動は感じられない。頸にも触れてみたが、血の流れは感じられなかった。つづく
2006.05.20
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「お、男?」 カオルが一人で落ち込んだり立ち直ったりしていると、ようやく相手が声を漏らした。わずかに震えているようだ。カオルは強気に返した。「そうだよ。決まってんだろ」「えっと、木賀先輩ですよね? ついこの前、城南中を卒業した」「だから、そうだってば」「あのバレー部の木賀香先輩でしょう?」「はぁ? バレー部?」「え? 違うんですか?」「俺はたしかに木賀香だけど、バレー部じゃない。バスケ部だ」「え・・・・・・じゃあ本当に・・・・・・でも・・・・・・」 しどろもどろになっている萩沢に、カオルはしばらく考えてから言った。「バレーの木賀って、木賀勢津子じゃないの?」 萩沢もしばらく考えるような沈黙を置いてから、問いを返してきた。「この前卒業した木賀って苗字の先輩って、一人だけじゃないんですか?」「うちの学年に、木賀は二人いるんだよ」 カオルは、まだベッドの下に転がしていた卒業アルバムを拾って答えた。クラス写真の頁を開き、名前を追っていく。「俺が一組、木賀勢津子は・・・・・・三組みたいだよ」「え? あ、すみませんでした! 間違いでありました!」 カオルの予想通りだったらしく、萩沢は敬礼でもしているかのような言い方で謝ると、弾かれたように電話を切った。 どうやら萩沢は、意中の人物の苗字しか知らなかったらしい。写真のない卒業生名簿か何かを見て、最初に出てきた『木賀』の番号に、電話をかけてきたのだろう。カオルの名前がどう見ても男のものなら彼もそこで他の木賀を探しただろうが、不運なことに、カオルの名前は女の子を望む両親によって、女でも使える漢字にされていたのだった。 ちょっと怖かった。 まだ少し跳ね上がっているような心臓を抑えながら、ミノルの部屋へ子機を渡してやりに行く。 ミノルはニヤニヤしながらカオルを待っていた。壁の向こうから盗み聞きしていたのだろう。「カオリちゃんはモテますねぇ」 カオリとは、カオルが女の子だった場合にあてられるはずだった呼び名だ。「盗聴は犯罪だぞ。それに人違いだよ」「誰も盗聴なんかしてねーよ。あんなソワソワした話し方する奴の電話の内容なんて、だいたい見当がつくってもんだろ。それに、学校を卒業してからの数日の間に家にかかってくる電話っつったら、だいたいは告白って相場が決まってんだよ」 ミノルはしたり顔で続けた。「ひょっとして、おまえに女の子から電話があるかなーなんて思って家電見張ってたけど、まさか男からかかってくるとはねー。いやぁ、愉快愉快」「・・・・・・このヒマ人・・・・・・」 ひゃっひゃっひゃと気味の悪い笑い方をする兄を見て、カオルはものすごい脱力感に襲われたのだった。 告白電話は、名前をきちんと確認してからいたしましょう。おわり実際には告白の電話だったのかどうか分かりませんが、私が高校を卒業した時、うちに「XX先輩(私が男だった場合に付けられるはずだった呼び名)いらっしゃいますか?」と女の子から電話があったそうです。電話に出たのは母で「うちの子は女の子なんで、○○(私の本名の呼び名)なんですよ」と言ったら、「すいません、間違えました」と慌てて切られたということでした。同学年に私と同じ苗字の人は、私を含めて二人だけ。もう一人は男子だったので、女の子はたぶん、その人にかけたかったのだと思います。でもきっと、下の名前を知らなくて、先に私の名前を見て、漢字が男っぽいからこれだって思っちゃったんでしょう。あの女の子はちゃんと、目的の人物に電話をかけられたんでしょうか。もし本当に告白の電話だったとしたら、番号押すだけでも勇気がいるだろうに、かなりの労力を使って間違っただなんて、気の毒な話です。だけど、私のせいじゃないもんねー。
2006.03.20
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応援合戦のような怒鳴り声の告白に、カオルは硬直した。誰が誰を好きだったって?「先輩は俺のことなんて全然知らなかったでしょうけど、俺、ずっと見てたんです。小さな体でボールを追う姿から目が離せなくて」 チビで悪かったなと思ったが、そんなことを言っている場合ではなさそうだ。「あ、自己紹介が遅れましたけど、俺、二年だった萩沢信弘っていいます! やっぱり知りませんよね!?」 ああ、知らねーよ。そう言いたいが、相手の声のデカさと話の内容に圧倒されて、声にならない。「応援団で旗持ってたんですけど!」 やっぱり応援団かよ。そう思ったが、口がぱくぱくするだけだ。「三年生が引退してからは、副団長を務めております」 ああ、そーかよ。ぱくぱくぱく。「知らないのに、いきなり付き合ってくださいっていうのは無理でしょうから、一度会っていただきけませんか!?」 嫌だ。勘弁してくれ。ぱくぱくぱく。「あの、ちゃんと聞いてくれてます?」 萩沢の声が、ちょっと不安そうに小さくなった。 相手の声の圧力が減って、カオルの喉にやっと少し酸素が通ってくるようになった。カオルは先ほどまでの酸欠状態を取り戻すかのように大きく息を吸い込むと、沈黙してしまった子機に向かって捲くし立てた。「ちょ、ちょ、ちょ、ちょっと待て! 萩沢だっけ? 聞いてるよ。ちゃんと聞いてるけどな、悪いが俺にはそーいう趣味はない!!」 牡馬のディープインパクトを心の恋人にしている人間が、そーいう趣味はないと言い切れるのかと突っ込みたくなるところだが、馬と人間では話が違うらしい。「え、あ、あの・・・・・・」 今度は相手がうろたえる番だった。カオルの怒鳴り声に臆したのか、痙攣したような声を発している。 カオルは敵がひるんだのを感じて、一気に引導を渡すことにした。「たしかに俺は小さいよ。ついでに名前も女みたいだし、声変わりもまだ完全じゃないよ。でもな、心はちゃんと男なの! 何回会っても、男と付き合う気はない!!」 相手はそのまま電話を切ってしまうかと思ったが、子機からは静寂が伝わってくるだけだ。 カオルは肩で息をしながら相手の出方を待った。少し頭が冷えてきて、初めて受けた告白が同性からだと思うと、情けなさが込み上げてくる。 萩沢からの告白を受けるつもりはないが、性別を女に鞍替えした方がいいのだろうか。上の二人が男だったため、三人目には女の子をと望んでいた両親は、カオルが男と結婚して女になろうものならタンゴどころかコサックでも踊って喜ぶだろう。 いや、やっぱり嫌だ。女のジョッキーなんて聞いたことがない! 奴らの思い通りになってたまるか! 何故かコサックではなくマイムマイムを踊る両親を思い浮かべて、カオルは首を横に振った。 それにしても、ジョッキーになれるなら女になってもいいのだろうか。カオルが無知なだけで、ちゃんと存在するのだが・・・・・・。つづく
2006.03.19
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木賀家の三男カオルは、先日無事に中学を卒業した。無難な高校に進学も決まった彼は、自室でベッドに寝転がり、『武豊日記』を読みふけっていた。天才ジョッキーと謳われている有名な競馬騎手のネット上の日記を、本にまとめたものだ。「あーあ、高校じゃなくてJRAの競馬学校に進学すれば良かったぁ。騎手になれば、未成年でも競馬場に遊びに行き放題なのに。愛しの三冠馬ディープにも逢えるのに」 のん気な両親は、カオルが漫画でない本を読んでいるのを見て、ペアでタンゴでも踊りだしかねないような喜びようだが、カオルの頭の中なんてそんなもんだ。馬券を買えないだけで未成年でも競馬場に行けるという事実も、ジョッキーは競馬場に遊びに行っているわけではなく仕事をしに行っているのだという当たり前の観念も、すぽんと抜け落ちている。騎手の日記のどこをどう読んで『遊びに』なんて単語が出てくるのか。こんな頭で、よく入れてくれる高校があったものだ。「おまえなぁ、騎手の学校だって入試くらいあるだろう。おまえの頭で入れるわけないだろうが」 カオルの独り言を聞いていたらしい次男のミノルが、カオルの部屋の戸を開けて言った。「ミノル兄、独り言の盗み聞きなんて感じ悪いぞ」「聞かれたくなきゃ、口に出すな」 至極当然なことを言われて、カオルはむくれた。「頭はわかんないけど、とりあえず年齢と体重制限にはひっかかんないもん」 JRA競馬学校の受験資格は、入学時点での年齢が十五歳から十七歳までの者のみ。しかも体重制限にひっかかれば、入試さえ受けられない。しかし、怠け者で運動嫌いのカオルの場合、万一頭が大丈夫だったとしても、身体能力でひっかかるだろう。 その時、ミノルの手からおもちゃの兵隊のマーチが聞えてきた。この家の電話の着信音である。ミノルが家電の子機を持っていたのだ。「もしもし、木賀ですが」 次兄は電話を待つために子機を取りに行き、カオルの部屋の隣の自室に戻る途中で独り言を聞いて乱入してきたらしい。 最近よく子機持って歩いてるけど、なんかあんのかな。 カオルは奇妙に思いながら、神妙に受け答えしている兄を見た。 カオルもそうだが、携帯電話を所持しているミノルは、普段は滅多に家の電話に出ない。それなのに、ここ数日間、ミノルは家の電話にかじりつきなのだ。携帯が故障でもしているのだろうか。 カオルはミノルが戸口へ向かうのを見て、本に視線を戻した。 しかしミノルは、カオルの部屋を出て行きかけたところで振り返り、保留にした子機を投げてきた。電話の子供とはいえ、携帯電話よりは大きく重量のある物体が、カオルの頭に直撃した。「だっ! なんだよ? 電話投げんなよ。これ以上バカになったらどうしてくれんだよ?」「そのバカに電話。先日城南中を卒業した木賀先輩お願いしますってさ」「誰?」 カオルは顔をしかめた。知り合いなら携帯の方にかけてくるはずだ。「部活の後輩か誰かじゃねぇの? 萩沢って男」 ミノルは何故か含み笑いを滲ませて、部屋を出て行った。 そんな名前の奴なんて後輩にいたっけ? カオルはバスケ部の後輩の顔を必死で思い出そうとしたが、幽霊部員だった彼に、学年の違う後輩の顔など思い出せるはずもなかった。 追い出し会でもあるのだろうか。もう引退してから何ヶ月も経っているというのに。 そんなことを考えながら保留を解除すると、いきなり野太い声が耳に飛び込んできた。「あ、あの、全然話とかできなかったけど、ずっと好きでした!」つづく正月に書いたものですが、載せるのは卒業シーズンが来るまで待ってました。ところがどっこい。ちょうどその時期にかぶるかのようにPCが入院。シーズンに載せるのは半ば諦めてましたが、どうにか退院してくれて助かりました。式数日後の話なので、公立中学の卒業式の日からちょっとだけズラしてみてます(笑)
2006.03.18
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「これ女子じゃないって。本当に俺なの。それにほら、制服よく見てよ」 激昂する彼女に学生証の制服が学ランであることを指摘し、どうにか納得してもらおうと試みる。携帯登録の『木賀香』がカオル自身だと思われなくても、男だと分かってもらえさえすればいいのだ。「たしかに制服からすると男子みたいだけど・・・・・・」「ね? 女でも浮気でもないって分かったでしょ?」 彼女の怒気が小さくなったところで、野田がすかさず猫なで声を出す。「でも、これくらいブサイクな女子ならいっぱいいるし・・・・・・」 ブサイクな女顔で悪かったな。 心ではそう思いつつも、カオルはまだ少し不満気な彼女に笑顔を向けた。「ほら、こんなブサイクと野田が浮気するわけないだろ?」 今はそんなことで怒っている場合ではないのだ。二人が来てから、もう軽く十分は経っている。「とにかくあのメールは俺が送ったものだし、俺の恋人は今、千葉の中山にいるから」 彼女の表情が緩和されてきたところで、カオルはそう言って、二人を半ば無理矢理追い返した。 正確には、人ではなく馬である。牡なのに、勝手に男の恋人にされた馬はたまらないだろうが、それを本馬が知ることはないだろう。 玄関の扉を閉めると、カオルは心の恋人の末脚並みのスピードでテレビの部屋へ戻った。 しかし、上がり三十秒台と思われる速さで部屋に辿り着いたカオルの目に映ったのは、ブラウン管に表示されている『競馬中継 終』の文字。中継は当然のように終わっていた。「ああ・・・・・・ディープが・・・・・・歴史的瞬間が・・・・・・」 レース前の高揚感はどこへやら、カオルはヘナヘナとその場にへたり込んだ。「もう勉強する気にならない」 鼻水を啜って問題集に突っ伏す。兄がいたら、いつも勉強する気なんてないくせにという突っ込みが入るところだが、今はいない。 涙をちょちょ切らせながら、このまま寝てしまおうかと目を閉じていると、ガッチャンとビデオデッキから音がした。予約録画が終わったのだ。 そうだ! リアルタイムじゃ観れなかったけど、今すぐにでも、さっきのレースは観れるんだ! ラジオなどで速報をやっているかもしれないが、自分はまだ結果を知らない。今ならまだレースが済んでからさほど経っていないのだから、リアルタイムで観た人と、そう変わらない感動を味わえるだろう。 カオルはカッと目を見開いて飛び起きると、嬉々としてビデオテープを巻き戻し始めた。 しかし、今年の有馬記念を制したのは、期待の新星ディープインパクトではなく古馬ハーツクライ。 数分後には、カオルは再び「ディープぅぅぅぅ」と問題集に突っ伏すことになるのだった。おわり※上がり・・・競馬でレースや調教の終盤のこと。ゴールから逆算して3ハロン(600メートル)を指すことが多いようですが、カオルの家はそんなに広くありません。<引用歌詞>渋谷三冶 作詞『とってもウマナミ』(許可はいただいてません。これって著作権にひっかかるんでしょうか/汗)アホ話に付き合ってくださったみなさん、どうもありがとうございました。これも元ネタは実話で、昔、私の名前の漢字せいで、一組のカップルがちょっぴり険悪に、また別のカップルが大喧嘩になったことがあったんです。どちらの彼氏も私のことは知っていたのですが、漢字を見て別人だと思ったそうで (-_-;)私は話を聞いただけで何もしませんでしたが、二組とも無事仲直りし、その後ゴールイン。いやぁ~、良かった良かった♪私の恋人は今、滋賀の栗東にいるはずだからd( ̄  ̄) ヾ(^o^;オイオイ・・・ディープインパクト、今年の有馬は残念だったけど、来年また元気に頑張ってほしいなぁ。あの飛ぶような走りをまた見たいです。それでは今年も、くだらない作り話やふーちゃんの話にお付き合いいただいて、どうもありがとうございました。よろしければ、来年(もう今年?)も仲良くしてやってください。良いお年を♪
2005.12.31
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テレビ画面には、パドックで騎手を乗せて軽く走っている馬達の様子が映し出されている。この辺りは、後でビデオで見てもいいだろう。とりあえず、リアルタイムで見たいのはレースだ。 カオルは早々に切り上げようと、野田を急かした。しかし野田は、彼女には代わらずこう言った。「じゃあ、今からおまえんち寄るよ。すぐそこまで来てるから、学生証とメールの送信記録出して待っといて」「え? ちょっ、なんで?」「学生証なら名前も写真も入ってるから確かだし、メールの送信記録がないと、おまえが出した証拠にならないって、彼女が」 警察か探偵かよ・・・・・・。 カオルが声にならない呟きを発した時、携帯が切れてチャイムが鳴った。家には例によってカオルしかいない。慌てて玄関に出ると、野田と膨れ面の少女が立っていた。例の彼女だろう。「学生証とメールは用意できてるよな?」 野田は開口一番そう言った。「できてるわけないだろ!」「用意して待っててくれって言ったじゃないか」「そんな暇、どこにあったよ!?」 カオルはとりあえず携帯を持ってきて送信画面を少女に確認させ、その間に学生証を取りに自室へ戻った。通学に使っている鞄をひっくり返して小さな手帳を探す。 しかし、それに写っていた顔は中学入学当時のもので、三年経った今とはちょっと違っていた。ほんわかしていたというか今よりは可愛らしかったというか、まぁ、まだ女の子だと言っても通る顔立ちをしていたのだ。 結果、彼女の怒りは治まるどころか増進した。「これ、あなたじゃないじゃない! あのメールはやっぱりこの女の子だったんでしょ!」「なんでもっとまともなやつ出してこないんだよ?」 彼女に責められた野田は、カオルを責めた。「名前と写真が入ってるから学生証出してこいっつったの、野田じゃんか」「他にないのかよ? 免許証とか保険証とか」「何の免許だよ? 俺はまだ十五だぞ。それに、保険証に顔写真があるか!」「載せろ」「社会保険庁に頼め」「国保じゃないのか」「うちは社保だ。あ、でも、発行してんのは組合かもな」 だんだんとのん気になっていく二人のやり取りに、彼女の怒りが爆発した。「やっぱり『香』は女なんでしょう! 二人で仕組んでるのね!」 どこに仕組む暇があったというのか。カオルは泣きたくなってきた。つづく手直ししてたら、一回分がおそろしく長くなってしまったので、ちょっと付け足して二回に分けることに・・・・・・。というわけで、明日に続きます。今年は最後までこれかぁ~(^_^;)
2005.12.30
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「はぁ? 何で俺のせいよ?」 会ってもいない彼女に誤解される謂れはない。カオルは憤慨したが、野田はカオル以上に怒っている。「おまえの名前とメールのせいだ!」「意味分からん」「だーかーらー・・・・・・」 彼の話によると、先ほどカオルが送ったメールを見た彼女が、女からのメールだと思って怒っているのだという。「彼女、登録の名前見て、おまえのこと女子だと思い込んじゃってさぁ」 野田は心底困ったというように、大きなため息を吐いた。「漢字で登録してたのか」「そうだけど」 野田の返答に、カオルは呆れた。「俺の名前を漢字で登録すんなよ」 男ばかり三人兄弟の末っ子のカオルに当てられた漢字は『香』という女の子らしい文字だった。両親が、カオルが女の子だったらいいのにと思っていた証である。困ったことに、現在進行形でカオルが女の子だったらいいのにと思っている節があり、二人は隙を見ては、金なら援助してやるから女の子にならないかと持ちかけてくるのだった。「だって、おまえって特にあだ名もないじゃんよ」「だったらせめて平仮名にしとけよ。この前、川本の彼女にも誤解されたばっかなの、野田だって知ってんじゃん」 つい先日、これまたクラスメイトの川本が、カオルからの着信履歴を彼女に見られて、どこの女だと問い詰められたという話を聞かされたばかりなのだが、その話は野田も一緒に聞いていて、大笑いをしていたはずだ。「カオルって女でもいるじゃんよ。あんな話、まさか自分の身に降りかかると思うわけないだろーが。それに、俺の登録のせいだけじゃねぇ。おまえがハートの絵文字なんか使うからだ! 気持ち悪い!」「そんなん知るか! あ、そろそろ始まりそうだから、もう切るぞ」 額に白い印のある鹿毛の馬が、調教師か誰かに連れられてパドックに入っていく。観客に様子を見せるのだ。 カオルは一方的に電話を切ったが、すぐにまた、ウマナミなのね~と歌が始まった。拒否しようかとも思ったが、それも気の毒に思えてしぶしぶ通話ボタンを押す。「何が始まるんだよ?」 野田の声は思い切り不機嫌だ。何も解決していないのだから、当然といえば当然だが。「レースだよ。有馬記念の」「は? アリマキネン?」「競馬だよ、競馬。今日はディープインパクトの四冠がかかってんだよ」「ディープインパクト? イライジャ・ウッドの出てた昔の映画だっけ?」「馬に決まってんだろ。競馬なんだから」「おまえ、友達と馬と、どっちが大事なんだよ?」 そんなの今は馬に決まっている。しかし、カオルが口を挟む前に、野田は続けて捲くし立てた。「俺の言ってることは確かで、あのメールは男である自分が送ったものだって証明してやろうって気はないわけ? おまえは女だと思われたままでもいいのか? それでも男か?」 それでも男なのだが、ここは彼女に弁解してやるしかなさそうだ。電話を切ったところですぐにまたかかってくるだろう。拒否をしても、後々面倒臭いことになりそうだ。トラブルの芽は早めに摘むに限る。「分かったよ。彼女そこにいんの? だったら代わって。話つけるから」つづく
2005.12.29
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十二月二十五日。世間はクリスマス一色である。しかし、木賀家の三男にして中学三年生のカオルにとって、クリスマスなどどうでもいい行事だった。どうせもうプレゼントをもらえるような年齢でもないのだ。灰色の受験生である彼にとってこの日は、受験戦争に勝ち抜くためのただの一日・・・・・・ではなく、有馬記念の日なのである。 有馬記念といえば、日本競馬一年間の集大成ともいえる重賞レースだ。特に今年は、史上初の無敗の四冠馬が誕生するかもしれないという期待もかかっている。受験勉強からの逃避で見ていたにわか競馬ファンのカオルが、歴史的瞬間を見られるかもしれないのだ。 そうでなくても、カオルにとって、無敗の三冠馬ディープインパクトの活躍は見逃せないものになっていた。レース終盤のストライドを見ていると、小さな体が他馬を圧倒するほど大きく見える。騎手もコメントしていたが、まさに飛んでいるかのようなのだ。「うーっ、千葉に行きたい! 中山で生のディープを見たい!!」 伸びやかに翔ける小柄な馬を思い出し、カオルは地団駄を踏んだ。サンタクロースにでも会おうものなら、今すぐ中山競馬場へ飛ばしてくれと迫りそうな勢いだ。 でも、テレビ越しとはいえ、今日はもうすぐあの雄姿にお目にかかれる。馬はカオルのことなど知る由もないが、カオルからすれば実に二ヶ月ぶりの再会だ。ディープインパクトが三冠を制した菊花賞の日からずっと、次の出走を心待ちにしていたのだ。胸が高鳴らないわけがない。「今年度の最重要イベントは、三冠馬達成なるかと騒いでいた菊花賞だと思ってたけど、三冠どころか四冠をかけたイベントが残っていたとは・・・・・・。しかも史上初だなんて、競馬って奥が深い」 三の次は四なのだから、別に奥が深いわけではないだろう。しかし、今のカオルにはそんな突っ込みは通用しない。 カオルはこたつ机に問題集を広げ、競馬中継の始まる一時間も前からテレビにかじりついていた。念の為、ビデオのセットもしてある。 やっと番組が始まるという頃に、ファンファーレが響いた。テレビからではなく、携帯からである。クラスメイトの野田からメールが届いたのだ。『彼女が待ち合わせに遅れるってんで暇! 何やってんだよ?』 彼は、同じ塾に通う他校の女の子とデートの予定だったらしい。普段なら、『受験生の分際でデートなんかしてていいのかよ』などと悪態の一つも入れたくなるところだが、今日は別だ。カオルだってもうすぐ、愛しの馬に会えるのだ。性別は牡だけれど。『テレビ見てる』 文末に、普段は使わない絵文字なんかも入れて送ってしまう。しかもハートマーク。 そうこうしているうちに番組は始まったが、目的のレースはまだまだ始まらない。今年のG1レースのダイジェストや、他のレースの結果が映し出されているうちに、今度は『とってもウマナミ』が流れ始めた。カオルの携帯の着うただ。 まだパドックにも入っていないから、レースが始まるのはもう少し先だろう。 そう検討をつけて携帯を取った。相手は、先ほどメールしてきた野田だった。彼はなぜか半泣き状態だ。「カオルー! 助けてくれよー!」「あれ? 彼女まだ来ないのか? ひょっとしてフラれた?」 それならちょっと面白いとも思ったが、今は人の失恋に付き合っている場合ではない。これから歴史的瞬間を見なければならないのだ。 カオルは明るく励ますように言った。「まぁ、元気出せよ。高校行けば、また新しい出会いもあるって」「違う! フラれてない! 誤解されてんだ。おまえのせいなんだから、なんとかしろよ!」つづく今頃クリスマスですみません。有馬記念に合わせて書きたかったけど、話が思いつかなくて・・・・・・。かなり時期ハズレになっちゃいましたが、三日間これでいかせていただきますm(_ _"m)ペコリ私にとっても、25日はクリスマスより有馬記念でした(苦笑)とはいえ、競馬についての知識は皆無に等しいので、おかしな記述があったらすみません。
2005.12.28
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母の育子は、こんな恐怖をずっと一人で味わっていたのだ。誰に相談しても、まともに請合ってもらえないまま何ヶ月も。偶然カオルがコールの犯行現場を押さえなければ、今もずっと電話に怯える日々を送っていたかもしれない。 今後は、三回に一回は無理でも、せめて十回に一回くらいは、母の話を真剣に聞いてやろう。 カオルが心にそう誓った時、自室の方から妙な歌が流れてきた。 何やら、あなたは馬並みだと歌っている。カオルの携帯の着うた『とってもウマナミ』であった。 カオルは急いで自室に戻ったが、歌はワンフレーズ流れただけで、すぐに途切れてしまった。静かになった携帯を手に取り着信履歴を調べてみると、電話は祖母の携帯からだった。一人暮らしの祖母に、何かあった時の為にと渡している、操作が簡単にできる携帯だ。 祖母の家には現在、母の育子が行っている。母の帰りが遅くなるという連絡だったのかもしれない。 カオルが折り返そうかと考えていると、玄関が開く音がして「ただいまー」と当の育子が帰ってきた。「おかえり。遅くなるんじゃなかったの?」 カオルがバタバタと階段を駆け下りながら尋ねると、育子は不思議そうに首を傾げた。「さっき俺の携帯に電話してきたでしょ。あれ、遅くなるっていう連絡かと思った」 カオルがそう言うと、育子はやっと納得したように手を叩いた。「ああ。電話、ちゃんと掛かったんだ。ちょっと携帯の調子が悪かったから、試しに掛けてみたのよ」「はぁ? 掛かってるかどうか分かってなかったのに切ったのか。試すんなら普通、相手が出るまで鳴らすもんだろ」「それもそうか。あんた、頭良いわねー!」 感心したように手を叩く母に、カオルは開いた口が塞がらなかった。これって頭が良いとか悪いとかの問題だろうか。自分が携帯を持っていないせいか、育子の試し方はどこか抜けている。「あ、これ、日曜でいいからちょっと携帯ショップに持ってってみてくれない? 時々液晶画面が真っ白になるのよ」 息子が自分のことで肩を落としているというのに、育子は何処吹く風だ。持ち帰ってきた祖母の携帯を嬉々として渡してくる。 カオルは先ほど母に感じた同情が、急速に萎えていくのを感じていた。 あんたの息子は今受験生なの! それに明後日の日曜は菊花賞があるの! 史上二頭目になる無敗の三冠馬が誕生するかどうかっていう今年度最重要イベントなの! そんなことを言ったところで、この母には通用しないだろう。それよりも、競馬中継の為に出かけたくないなどと言ったら、それこそ受験生なのにと怒られそうだ。 仕方ないのでカオルは大人しく祖母の携帯を預かって、自室へ引っ込もうとした。台所を出ると、目の端に家の電話が映り込む。気味の悪い着信は、誰からだったのだろう。 その時、カオルはふとあることに思い当たって祖母の折りたたみ式携帯を開いてみた。液晶画面がコールのアカンベーをした顔を映し出す。真っ白になっていないあたり、今は機嫌がいいらしい。カオルは台所の戸に左手を掛けたまま、右手でリダイヤル画面を呼び出すと、すぐに台所の中へ取って返した。「母さん! ひょっとして、うちの電話にも試し掛けしなかった? 三回くらい鳴らしてすぐ切っただろ!?」「ああ、したわよ。うち、ナンバーディスプレイじゃないのによく分かったわね」 素直に驚く育子に、カオルはまたしても膝から力が抜けていくのを感じていた。「・・・・・・犯人は母さんかよ・・・・・・」 リダイヤル画面には、トップのカオルの携帯番号に続いて、五分も空けないで木賀家の電話番号が表示されていた。おわり初めての方もまたしてもの方も、アホな駄文に付き合ってくださり、ありがとうございましたm(_ _”m)ペコリタイトルからホラーを期待された方、どうもすみません。ふーちゃんが行方不明になったのは、この出来事の少し後でした。ひょっとして、あの時私が疑ったから家出したのかい?ごめんよー( ┰_┰)ディープインパクト、見事三冠達成ですね♪おめでとう~! ( ̄ー ̄)//△パンッ:・☆▲∴*:゜★.:。*:・’゜★菊花賞当日になんとか最後まで載せられて良かった(笑)いや、私は競馬しませんよ? ほんとですよ?この話書いてたから見たんですよ? 普段は見てませんよ?でも今日は、見ててちょっと興奮してしまいました。ディープが出るならジャパンカップや有馬記念も・・・・・・(やばっ)
2005.10.23
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「お前、何か心当たりでもあるのか?」 カオルがあまりに落ち着いているからか、伸男は訝しげに息子を見た。「母さんに聞いてないの? あれ、解決したんだよ」「え? そうなのか」「どうせ、いい加減にしか母さんの話聞いてないんだろ。だから母さんが未だに、俺にカオリになれって言うんだ」 カオリとは、カオルが女の子だった場合に付けられるはずだった呼び名である。 男ばかり三人兄弟の末っ子であるカオルは、女の子として生まれることを望まれていた。母の育子は未だにその望みを捨て切れていないらしく、折に触れては女の子にならないかと持ちかけてくるのだ。 カオルを始め、父や兄達も育子とじっくり話すことはほとんどない。一番よく話をしていた長兄も今は遠方の大学に進学したため、家から出ている。カオルは最近、母が女の子供を諦めきれないでいるのは、誰もきちんと母の話に耳を傾けてやらないからではないかと睨んでいる。育子はきっと、女の子なら仲良く一緒に出かけたり、いろいろ相談に乗りあったりもできると思っているのだろう。今のような父の態度を見ると、母の気持ちも分からないでもないと思うカオルであった。 しかし、カオルが性転換したところで、性格まで転換するわけではない。育子の望むような親子関係が実現するかどうかは、怪しいところである。「おお! カオルが女の子になるなら、わしもバージンロードを歩く練習しなきゃな」 伸男は、都合の悪いことは耳を素通りさせて後半部分だけを聞き取り、その先は自分のいいように解釈したようだ。彼の夢は、娘のウエディングドレス姿を拝むことらしい。 カオルは憤慨した。勝手にウエディングドレスの花嫁にされたのではたまらない。「勝手に教会式に決めるな! 神前式かもしれないじゃないか!」 白無垢ならいいのか。「でも、解決したならどうしてまたこんなことが起きてるんだ?」 先に現実に戻った伸男が言った。「ああ、それなら、あの時の犯人はコールだったからだよ」「猫が?」 コールは、この家で飼われている、ちょっと栄養の行き届きすぎたトラ縞模様の猫だ。まだ幼かった頃のカオルが溺愛しすぎて窒息させそうになった為、カオルのことを悪魔か何かだと思って怖れている。 以前、電話が鳴って育子が出ようとすると、すんでのところで切れるという事が相次いだのだが、その真相はコールが電話の音量ボタンを押していたというものだったのだ。「そう。今回もきっとコールの仕業だよ。で、そのコールは?」「下にはいないぞ。二階じゃないのか」「二階? まさか」 カオルは二階から下りてきたのだ。その間、コールとすれ違ったなんてことは、現在のカオルの神様である武豊に誓って無い。 しかし、一階のどこを探してもコールは見つからなかった。それで念の為にと二階に上がると、なんと、戸が閉まったままの両親の寝室から「なぁ~」という猫の鳴き声が聞えてきたのだ。「コール? ずっとここにいたのか?」 カオルが細く戸を開けると、太った猫はその図体からは考えられないような素早さでベッドの下へと潜り込んだ。 どうやらコールがずっとここにいたのは間違いないようだ。コールは戸を開けることはできても閉めることはできない。 じゃあ、あの電話は誰が・・・・・・。 ベッドの下からチョロリとのぞくトラ縞模様の尻尾を見ながら、カオルはにわかにゾッとした。つづく
2005.10.22
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木賀家の三男にして灰色の受験生であるカオルは、自宅二階にある自室でマンガを読んでいた。受験生にも息抜きは必要なんである。しかし、その息抜きが二時間以上に及んでいることは、家族の誰にも知られてはいけない。 馬場に行きたいという欲求を紛らわせるために手に取った『みどりのマキバオー』がまずかった。ほんのちょっとのつもりが、どっぷりのめり込んでしまい、野良馬同然だったうんこたれ蔵は、いつの間にかダービー場マキバオーへと成長していた。ちなみに、カオルの携帯着信音は『とってもウマナミ』の着うた。このマンガがアニメ化されていた際のエンディングテーマである。しかし、アニメが古すぎて、中学三年生である彼の同級生は、誰もこの曲を知らない。「ああ、京都に行きたい。明後日はディープインパクトが三冠馬になるかどうかの今年度最重要イベントがあるっていうのに、家で受験勉強してなきゃならないとは・・・・・・」 カオルは大きなため息を吐いて、マンガから顔を上げた。どうもマンガだけでは欲求が治まらないらしい。それにしても、受験生にとっての今年度最重要イベントは受験ではないのだろうか。 その時、家の電話が鳴り始めた。おもちゃの兵隊のマーチ。某有名長寿料理番組のテーマ曲である。賑やかでいいからとこのメロディにしているのだが、一番家の電話に出る率の高い母の育子は、鳴り続けていると急かされているような気がするとこぼしていた。 だが今回は、陽気なメロディは鳴り続けることなく、父親のものと思しき足音とともにすぐに途切れた。今、この家には父の伸男とカオルしかいないのだ。 父の素早い対応に感心したのも束の間、またもやおもちゃの兵隊が行進し始めた。どうやら先ほどのは、父が受話器を取ったのではなく、取る前に切れていたらしい。 バタバタと慌てた様子の父の足音がして、またメロディが途切れる。今度はその後に、父の舌打ちまで聞えてきた。どうやらまた受話器を取る前に切れたらしい。 カオルはふと、以前あったある出来事を思い出し、階下へ急いだ。電話器の前で苦虫を噛み潰したような顔をしていた伸男は、カオルを見止めると吐き捨てるように「切れた」と言った。「みたいだね」 カオルはざっと周囲を見回して、伸男に尋ねる。「切れたのは受話器を取る前?」「そうだ。全くどこのどいつが・・・・・・」「前、母さんがよく言ってたじゃない。電話が鳴って、受話器を取ろうとしたら切れるって」 伸男はハッとしたような表情になって、カオルに向き直った。「まさか、あの時の犯人が・・・・・・」「たぶんね」つづく菊花賞に乗じて載せ始めてしまいましたが、まだ書き終えてません(汗)またもや元は実話ですが、私の着信音は『とってもウマナミ』ではありません。競馬新聞を購読していたり、こっそりディープインパクトの馬券を買ったりもしていません。ハルウララのハズレ馬券なら持ってますが・・・・・・(交通安全のお守りに)<追記>タイトルに『その2』と付いていますが、前のを読んでいなくても特に支障はありません。それでも読んでやろうというありがたいお方は、この下からどうぞ。その他のカオルくんちのお話です。(半分ノンフィクション)電話。電話。~恐怖の着信音~ 前編 後編 とてつもなくくだらない話ですが、よろしければこちらもお願いします。(完全フィクション)電話。~オレオレ詐欺~パート1 前編 後編パート2 前編 中編 後編
2005.10.21
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「ただいまー」 カオルの声が聞えると、コールは育子の膝から飛び降りて、戸の隙間からスルリと廊下へ出て行ってしまった。コールはカオルが苦手なのだ。 カオルがまだ小さい頃に家にやってきたコールは、彼に無茶苦茶な扱いを受けた。カオルにしてみたら、自分より小さい生き物が可愛くて仕方なかったのだろうが、尻尾を思い切りつかまれたり、両前脚を持ち上げられて二足歩行させられたりしていたのだから、猫が虐待されたと思っても仕方がない。 育子は一度、カオルがコールを抱いて眠っているのを見たことがある。その時、カオルは自分の腕を猫の首に巻きつけていいて、コールは腕の中で目を白黒させていた。窒息しそうになっているのかと思い、慌ててカオルの腕を解いてやろうとすると、その腕はがっちりときつく締められていて、なかなか猫を助け出すことはできなかった。それくらいカオルはコールを気に入っていたのだが、コールにとってカオルは悪魔よりも恐ろしい存在なのだろう。 この息子、上二人が男の子だったから、三人目くらい女の子が欲しいということで『香』という字に決めたのだが、そんな親の期待を見事に裏切って、立派な男の子として産まれてきた。 まぁ、元気に育ってくれればそれでいいんだけど。 そう思いつつも、顔を見るとこんな言葉が口をついて出てしまう。「ねぇ、カオル。あんた、今からでもカオリにならない?」「はぁ? 女になれっての?」 カオルは台所にやって来て顔をしかめた。カオリとは、カオルが女の子だった場合に充てられるはずだった読み方である。もちろん漢字は『香』のままで。「十万円くらいなら、費用は援助してあげるからさ。ほら、今ならまだ男性ホルモンもそんなに強くなさそうだし」 育子は、まだ髭を剃る必要のないカオルの頬っぺたを、ペチペチと叩いた。カオルはその手を払って育子を睨む。「何無茶苦茶なこと言ってんだよ」 育子は息子の反抗的な態度など気にも留めない様子で、にっこり微笑んだ。「母さん、ニューハーフの人権も認めてあげるわよ」「そういう問題じゃない!」「じゃあ、どういう問題?」「十万で足りるか!」 そういう問題だろうか。 カオルをからかいながら夕飯の用意に取り掛かっていると、また電話が鳴り始めた。 育子はカオルにも分かるほどビクッと体を震わせた。息子が傍にいるから先程よりは怖くないが、やはり不気味だ。また急に切れるのだろうか。出ようとしたら切れるのは、どこかで見張られているからではないだろうか。「しょうがないな。出てきてやるよ」 育子が電話の所へ行くのを躊躇っていると、エビフライをつまみ食いしていたカオルが恩着せがましく言い、指を舐めながら台所から出て行った。 するとすぐに、「あー!」という叫び声がして、おもちゃの兵隊のマーチが鳴り止んだ。 育子は恐怖を覚えながらも、一人ではないのだからと自分に言い聞かせて息子の後を追った。「どうしたの?」「や、犯人が分かった。ほら、あれ」 カオルは電話へ顎をしゃくってみせた。 そこには、着信音量ボタンの上に前脚をちょこんと乗せたコールが、カオルの声に怯えて固まっていた。おわり結局ギャグかよ・・・・・・と思ったそこのアナタ!こんなオチですみませんーっ!これも実体験なんですー!!ふーちゃんが昔、コールと同じことをやってたんです。犯人がふーちゃんであることに私が気付くまで、母はものすごく怖がってました。普通に日記調(?)にして載せても良かったんですが、電話絡みだったので、ついでに木賀家(カオルくん宅)を使ってみました。(そして回数をかせぎました/苦笑)
2004.12.30
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育子は怯えていた。 木賀家に電話の着信を告げるメロディーが響き渡る。おもちゃの兵隊のマーチ。某有名長寿料理番組のテーマ曲である。 きた! 育子はその陽気なメロディーに身震いをした。 どうしよう。出なきゃ。でもまた・・・・・・。 家には今、自分一人しかいない。電話が切れる気配はない。やたらと明るい電子音が、育子を追い詰める。心なしか音がだんだん大きくなっていくような気がする。まるで彼女を急かせる為に、おもちゃの兵隊が行進してくるようだ。 育子は意を決して椅子から立ち上がった。そして、廊下にある電話に出る為、自分のいる台所の戸に手をかけた。 その時、おもちゃの兵隊のマーチが、ふつりと途切れた。 まただわ・・・・・・。 気味の悪さを覚えながら取っ手を放すと、柔らかいものが足に触れ、育子は恐怖に凍りついた。柔らかいものは、ほのかな温もりを育子に押し付けるようにして移動していく。かすかに聞えるゴロゴロというくぐもった音。「ん? なんだ、コールか」 おそるおそる下を見た育子は、ホッとして緊張を解いた。足元にいたのは、鈴のような目をしたトラ縞模様の愛猫だった。「心配して来てくれたの? あんたが一番頼りになるわね」 猫のコールは返事をするように「なぁ~」と鳴く。育子は大きな赤ちゃんくらい重さのある猫を抱き上げ、喉を撫でてやった。猫の温もりと喉を鳴らす音が、気持ちを落ち着けてくれる。 育子の恐怖の理由は、この奇妙な電話の着信だった。最近、電話が鳴ったと思ったら、必ず出る前に切れるのだ。最初は間違いか何かかと思っていたのだが、ひどい時には日に何度もかかってくる。そして、計ったように育子が出る前にぷっつりと音が途切れてしまうのだった。 近所の人たちは、育子には三人も息子がいるからイタズラ電話も怖くないでしょうと言うけれど、育子にしてみれば、こんな時、男の子なんてまるでアテにならないと思う。嫌なことを言ってくるようなイタズラ電話なら、彼らも何か言い返してくれるかもしれないが、受話器を取る前に必ず切れるのだと訴えても、「母さんがどんくさいだけだろ」と一笑に付されてしまうのだ。 まだ女の子なら、一緒に怖がってくれるのに・・・・・・。 一緒に怖がっていたのでは意味がないのだが、仲間がいると思うと少しは心強いのではないかと思う。 夫の伸男に言っても、現場に居合わせたことがないので偶然だろうと言って真剣に取り合ってくれないし、次男と三男は、居合わせても電話に出ようとしてくれない。携帯電話を持っている自分達に家の電話に掛けてくる相手はいないから出ないというのである。長男は心配だというようなことを言ってくれたが、遠方の大学に行っているため、滅多に家に帰ってくることはなかった。 そして残念ながら、この家には育子しか性別が女である人間はいないのだった。「こんなことなら携帯なんて買ってやるんじゃなかった。ねぇ、コール」「んな~」 丁度いい具合にコールが鳴いてくれたので、育子は少し元気になった。 そろそろ夕飯の用意をしなくっちゃね、と思いつつ猫と遊んでいると、がちゃりと玄関の扉が開いて、三男のカオルが帰ってきた。つづくコレ、ネタ切れの時のたに書いてたストックだったんですが、年賀状作成で遅くなった上、明日まで仕事なので使っちゃいました。明日で終わりです。
2004.12.29
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「は? あの、依頼人は五百万で示談にしてもいいと・・・・・・」「ジダンだかサタンだか知らないけどぉ、それじゃなくてチョーエキでいいって言ってるのぉ」「あの、それはどういう・・・・・・?」「あたしぃ、草子ちゃんのお母さんの後妻じゃない? だから、あたしがお嫁に来た時にはもう草子ちゃんがいたわけなのよ。だからぁ、パパと二人だけの新婚生活とかぁ、二人だけの旅行とかってしたことないんだよねぇ」「はぁ、まぁそうでしょうね」「あたしとパパって年の差カップルだけどぉ、あたしはちゃんとパパのこと好きでぇ、財産目当てとかでケッコンしたわけじゃないのね。だからそういうこともしてみたいのぉ。パパも、草子ちゃんがいるせいであたしと二人きりになれないって嘆いてるしぃ」「それはラブラブですね」「そ・れ・でぇ、ちょうどいいから草子ちゃんにはチョーエキになってもらいたいのぉ!」「はぁ??」「お・ね・が・い! いっちばん厳しい刑にしちゃってぇ!」「ちょーっと待て、おんどりゃあ!!」 携帯に耳を寄せていた真壁が、それを抜田の手からひったくって怒鳴った。「実の子じゃないとはいえ、自分の子供が刑務所送りになるかもしれないってのに、そうしてくれだとぉ!? しかもその理由がジジイの旦那と二人きりになりたいからだぁ!? ふざけるのもたいがいにしろ!」「えー? 何ぃ? この人こわーい」「怖いのはお前じゃ! 旦那と二人になりたいからって継子を刑務所に入れようなんざ鬼じゃ!」「いやーん! やくざ~ぁ! 菅原文太ぁ~!」「じゃかぁしいっ!! お前みたいのが家庭を持つ資格はないんじゃ! 旦那にも言っとけ! 邪険にするくらいなら子供なんか作んな、阿呆!!」「子供って言ってもぉ、草子ちゃんはあたしより年上でぇ、ハタチも過ぎててぇ、あたしの子供じゃないしぃ」「だったら一人暮らしでも何でもさせりゃいいだろうが! だいたい自分よりデカイ子供が嫌なら、そんなジジイと結婚なんかすんな! 一生愛人しとれ!!」「あんたなんかに何でそこまで言われなきゃなんないのぉ~? 玉の輿に乗って、幸せなお嫁さんになるのがあたしの夢だったのよぉ~」 電話の相手は、すでに半泣きである。「河井はな、お前ら二人に邪魔にされても健気に生きて真面目に大学に通っとるんじゃ! パーみたいな家素本にも、親切に『おいしいエスカルゴ料理の作り方』を教えてやる優しい子なんじゃ! お前みたいにおおどくさい奴の子供にゃ勿体無いわ! お前らみたいな人間の金なんか、ビタ一文いらんわ!!」 真壁は思い切りまくしたてると、携帯の電源を切ってしまった。「真壁、キレると地元弁出る癖治せよ。お前んとこの方言って、ほんとにヤクザみたいだから。それにしてもお前、河井草子の人柄まで調べてたのか?」 抜田が不審そうに訊く。「いいや、知らん」 それから真壁は、まだ河井草子と話している家素本の携帯電話を取り上げた。河合草子と家素本の会話は、『おいしいエスカルゴ料理の作り方』から『たわしコロッケと財布ステーキは、どちらがまずぞうか』に変っていた。「河井か? 人生辛いこともあるけど、しっかり生きていくんだぞ! 俺らもきっと真面目に働いて、借金返済するから!」 そして、これまた勝手に電話を切ってしまった。「あれ? 詐欺やめたの?」 家素本の問い掛けに、抜田は首をすくめた。 一方、急に電話を切られてしまった河井草子は、呆然と自分の携帯を見つめていた。「家素本くん、結局何の用事だったんだろ? 最後に電話に出た人って誰??」 彼女はしばらく考えていたが、気を取り直したように微笑んだ。「ま、いっか。それよりも早く帰って、パパとあの継母の邪魔をしなくっちゃ。今日の作戦はたわしコロッケと財布ステーキのどっちにしようかな。家素本くんも不味そうって言ってたから、たわしコロッケにしよっと」草子は、スキップをするような軽い足取りでホームセンターへ向かった。おわりお粗末さまでしたm(_ _"m)ペコリ菅原文太さんすみません。オレオレ詐欺、名称変更になるそうで。
2004.12.10
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「はぁい。河井ですけどぉ」 電話に出たのは、舌ったらずな喋り方をする若い女だった。「もしもし。こちら、都或西病院の者ですけど、河井草子さんのお宅ですよね? 草子さんの妹さんですか?」「あはは! 違いますよぉ。これでもハハなんですぅ。オカアサン。あ、でもぉ、義理のですよぉ。あたしぃ、彼女の父親の後妻なんですぅ。実はぁ、あの子より若いのぉ。えへへ」「あ、そうですか。・・・・・・なんか調子狂うな」「何か言いましたぁ?」「いえ、別に。あのですね、冷静にお聞きになってくださいね。実は草子さんが人身事故を起こされまして、当院に運ばれて来られているんです。草子さんも相手の方も意識不明で、私が電話を差し上げた次第なんですが」「ええー!? どうやってうちの番号調べたのぉ?」「それは、草子さんの持ち物から。で、ですね、ちょっと相手方の弁護士の方がお話をしたいと仰ってるんで、代わりますね」「げっ! もう? あ、もしもし? 私、先方の代理を任されました真壁というものですが」「なに俺の苗字名乗ってんだよ!」「勝手に俺に大役を押し付けるからだ!」「何言ってるのぉ?」「いえ、何でもありません。それがですね、正面衝突だったのですが、目撃証言によると、どうやらお宅のお嬢さんが信号無視をしてらっしゃったようなんです」「ふぅーん。で?」「だからですね、この場合、お嬢さんが全面的に悪いということになるんです。それで、人身事故ということになりますと、お嬢さんは特定商取引法第二十一条第一項、及び特定商取引法第十六条に違反したということになってしまいます。お嬢さんの場合、信号無視をしていたということで、特定商取引法第二十二条第三号、同施行規則第二十三条第一号にも触れていることになります」「? ふーん?」「これらを併せますと、このままでも最高十年、相手方が亡くなった場合には最高で十五年の懲役になってしまいます」「?? へぇ」「おい、特定ナントカ法って何だよ?」 真壁が小声で口を挟んだ。「特定商取引法。二十一条第一項は不実告知、十六条は販売目的等不明示、二十二条第三号と同施行規則第二十三条第一号は迷惑勧誘だ」「なんだ、そりゃ?」「こちらのことや商品については曖昧に濁して、長電話で相手を不快にさせ、嘘をついて商品を買わせてしまった場合などに違反となるものだ」「なんて悪どいんだ」 真壁は顔をしかめた。自分達のしていることは、雲より高いところまで棚上げしている。「なんかぁ、あたしのこと忘れてるって感じぃ?」 電話の向こうから不満そうなコギャル言葉が抗議を訴えてきた。「あ、すみません。忘れてました」「ぷーっ」「ぷーって・・・・・・。あの、とにかくですねぇ、このままだとお嬢さんは懲役刑になる可能性が非常に高いわけなんです。しかし、お嬢さんと正面衝突した、私の依頼人の家族ももうお年でしてね、こう言ってはなんですが、いつお亡くなりになってもおかしくはなかった。そこで、私の依頼人は、一千万お支払いいただければ示談にしても良いと、こう言ってるんですよ」「えー? それって一千万円ってことぉ?」「はぁ、あの、五百万でもいいんですが」「わぁお! 一気に半額ぅ!? おっ得ー!」「はい。お得でしょう? ということで次の口座番号にですねぇ・・・・・・」「あ、その前にぃ、一つ訊きたいんだけどぉ」「何でしょう?」「さっきのチョーエキってぇ、あのローヤに入るやつのことぉ?」「そうですね。牢屋というか刑務所ですが」「じゃあぁ、最高に長いやつでお願いしまっす!」つづく
2004.12.09
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真壁、抜田、家素本の三人は、引き続き金に困っていた。「やっぱり実家に戻るなんて無理だ! 就職もないし、オレオレ詐欺にリベンジだ!」「まーた真壁は無謀なことを・・・・・・」「無謀じゃないぞ、抜田。いいか? この前の失敗で学んだことがある。警察は家に電話を掛けたりしない。そして、病院からは掛かってくることがある」「だから?」「病院の人間を装って掛ければいいんだよ。それと、今度は金持ちの家を狙う。示談金を払うより保険を使った方がいいなんて言われたらおしまいだからな」「なるほど」「そういうわけで、今回のターゲットはまた家素本のゼミにいる、河井草子だ。自宅の電話は俺が調べておいた。携帯番号分かるよな、家素本?」「うん」「じゃあ、また河井に嫌がらせの電話を掛けて、電源を切るように仕向けるんだ。今度はちゃんと非通知設定にしろよ」「分かった。・・・・・・あ、もしもし、ん? 家素本だよ。ああ、非通知だったから誰だか分からなかった? ごめんごめん」「カモに名乗る馬鹿がどこにいるー!!」「痛いっ! 殴ることないじゃんかー、真壁」「もういい! そのまま一時間くらい話し続けろ。河井の親が彼女に掛けても話中であれば電話に出ることはないだろう。キャッチが入っても、絶対に取らせるなよ」「分かったよ、もー、人使い荒いんだから。あ、ごめんね、河井さん。何でもないよ。で、卒論のことなんだけどね、そうそう、『おいしいエスカルゴ料理の作り方』について」「抜田、家素本のゼミって何だったっけ?」「人間工学」「何でそれで卒論がエスカルゴなんだ?」「俺も訊きたい」「まぁ、いい。とりあえず、俺が病院の事務長の振りをして河井の家に電話を掛ける。お前は相手方の弁護士の振りをしろ」「はぁ? べんごしぃ??」「相手は金持ちだ。大事故を起こしたという方が、世間体の為に金を払うかもしれないだろう」「なるほどね。真壁も本格的に腐ってきたな。でも、俺に弁護士なんて無理だぞ」「大丈夫。お前、法律関係の講義取ってたじゃん」「法律は法律でも商法だ!」「商法でもワイマール憲法でもなんでもいい! とにかくやれ!」「どっちも関係ないじゃん」 抜田の呟きを無視して、真壁はさっさと自分の携帯で河井草子の実家へ電話を掛けてしまった。つづくSSを選んでおきながら、またつづく・・・・・・。三回で終わるはずです(-_-;)
2004.12.08
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