2024年08月19日
XML
カテゴリ: フォーク
高石ともやさんが亡くなった。
そのニュースを知った瞬間に頭の中にこの曲が流れた。
この曲はいろんなアレンジでコンサートで歌われてきた。
しっとりとアカペラから始まる静かなバージョン、ロックンロールにアレンジして歌われた事もあった、







「ヘイ・ヘイ・ヘイ」
作詞・作曲 Woody Guthrie 日本語訳 高石ともやさん・中山容さん

この曲を高石さんが訳して歌い始めたきっかけが、1967年に亡くなったWoody Guthrieの事を
みんなに忘れてもらいたくなく、そして自分も忘れないためにコンサートではアンコールの最後に
歌われてた事が多かった。
客席も一緒になって歌ったので自分も何度も円山音楽堂、サンケイホール、神戸文化ホールなどで
何度も一緒に歌った。
この1番と4番の歌詞が特に好きでした。
3番の歌詞は悲しすぎると言うか、コンサートでもあまり歌われてなかったような気がする。


♪ 夜明けに 夜明けに乗ろう
 一番 一番列車にさ
 出かけるのさ 歌いながら
 歌うよ ヘイ・ヘイ・ヘイ・ヘイ

♪ 人は悲しい時もある
 人は苦しい時もある 辛くても歌ったよ
 歌ったよ ヘイ・ヘイ・ヘイ・ヘイ
 ヘイ・ヘイ・ヘイ・ヘイ 
 ホー ホー ホー ホー
 ホー ホー ホー ホー
歌うよ ヘイ・ヘイ・ヘイ・ヘイ

「宵々山コンサート」の最後にともやさんが歌い始めると自然に客席も歌い始め、
大きな合唱になっていく。
これは春と秋の「昼下がりコンサート」でも最後に歌われた事もあった。
ホールコンサートの時は80年代では最後に歌うことは少なくなったように思う。

歌詞は一番最初の訳詞と変わって行った部分もあった。
きっと何か意味があって変えたのだとは思うけど





「♪光の中のかたつむり せめて夢を背負いながら
 歩いていくよこの道を 君に会えるまで
 道づれは南風 South Wind South Wind South Wind」
このサビ部分もコンサートで何度も繰り返し客席も一緒になって歌った歌詞。
すごいニコニコしてこの曲を歌ってるともやさんの顔が浮かぶ。


「♪心はいつでも 軽く 軽く軽く ほら 聞こえるよ 爽やかな風の歌」
この曲の時、メンバー全員がキラキラ笑いながら演奏してたのを思い出す。


「♪少女の笑顔に 君は笑う 微笑みの輪が広がるように
  人々の声も沸き起こり 錆びた扉も 崩れ始めた 
  疲れた靴を脱いで 休んで行かないか 笑い話をしてあげようか
  君の瞳は輝いている 黄昏と夜明けを求めながら」
この2番の歌詞をともやさんが歌い始めると、暗い雲の隙間から陽が射してくるような
感覚になれるのが好きだった。





「♪思い出を色で塗れば 明るい緑
  思い出を絵に描けば 丘の上の校舎
  いつまでも忘れないあの日の空
  いつまでも忘れないあの日の歌」
40歳過ぎた頃からこの曲が好きになった。10代後半〜20代の頃にはこの当たり前の良さが
わかってなかった。



「♪許されるのなら やり直してみたい
  できる事なら あの日に帰りたい」
ともやさんが実は好きじゃないと言ってた、この4番の歌詞。それも含めて心が震える。
「♪私に人生と言えるものがあるなら
  あなたと過ごしたあの夏の日々」
でも、最後はやはりこの曲を歌ってるともやさんを思い出す。






お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう

最終更新日  2024年08月19日 05時16分37秒


【毎日開催】
15記事にいいね!で1ポイント
10秒滞在
いいね! -- / --
おめでとうございます!
ミッションを達成しました。
※「ポイントを獲得する」ボタンを押すと広告が表示されます。
x
X

PR


© Rakuten Group, Inc.
Create a Mobile Website
スマートフォン版を閲覧 | PC版を閲覧
Share by: