三角猫の巣窟

三角猫の巣窟

PR

キーワードサーチ

▼キーワード検索

サイド自由欄

コメント新着

三角猫@ Re[1]:修正について考える(11/12) 本好きさんへ 本の感想文が減ったのはい…
本好き@ Re:修正について考える(11/12) 最近は、本の感想文が減って、寂しいです…
三角猫 @ Re[1]:進学と就職について考える(09/27) 四角いハムスターさんへ おっしゃる通り…
四角いハムスター@ Re:進学と就職について考える(09/27) ご無沙汰しております。  最近はコメント…
三角猫 @ Re[3]:葬儀について考える(04/29) 四角いハムスターさんへ 伝染病や地震で…
2016.05.03
XML
カテゴリ: 小説
ニートが浴室で過ごしたり旅行したりする話。

●あらすじ
パリ:27歳のぼくは午後を浴室で過ごすようになってのんびりしていると、同居する恋人のエドモンドソンが部屋の壁にペンキを塗るために二人のポーランド人を雇ってタコを料理して一緒に食事する。

直角三角形の斜辺:ぼくは突然誰にも言わずにイタリアに出かけてホテルに泊まると、エドモンドソンがホテルにやってきてパリに帰りたがって険悪になり、ぼくはエドモンドソンの額にダーツを全力で投げつけるもののエドモンドソンは病院に運ばれて助かる。

パリ:エドモンドソンは一人でパリに帰る。ぼくは副鼻腔炎になって病院にいき、ドクターとテニスをしてからパリに帰って浴室に入る。

●感想
「ぼく」の一人称で、パリ、直角三角形の斜辺、パリ、という3部構成。文章は箇条書きのようにひとつの話題ごとに番号を振る形式。ヌーヴォー・ロマンらしく構成は実験的で心理描写もプロットもなく、ポーランド人との食事だのドクターとのテニスだのという普通の小説なら削られるどうでもいいような場面をわざわざ書いている。一人称なのになぜ語るのかという動機がつきつめられていないし、働いている様子もないのに生活費や旅費をどうやって捻出しているかも不明で、「ぼく」の正体が不明であるがゆえに物語全体にリアリティがない。
内容は「ぼく」が理由もなく意味不明な奇行をするどうでもいい日常をポップに書いた感じで、「ぼく」が何をしたいのかさっぱりわからない。この「ぼく」が自分の奇行を一人称で語る行為は、現代人の感覚としてはDQNニートが「風呂場で生活してみた」「ポーランド人とタコを食ってみた」「彼女の額に全力でダーツ投げてみた」「ドクターとテニスしてみた」というくだらない動画をYouTubeやニコニコ動画にアップして悦に浸っているような感じで、見ているほうがいたたまれなくなる。DQNニートの自己表現という点では時代を先取りしていたのかもしれないものの、そんなものを先取りしてもしょうがないだろう。
1985年に著者が28歳のときに出版された処女作で、17カ国で翻訳されて大ヒットしたらしい。ヌーヴォー・ロマンやらポストモダニズムやらが流行っていた頃はこういう気取った悪ふざけがうけたのだろう。私にとっては特に面白い点はなく、わざわざ読むほどの価値はなかった。

★★☆☆☆





お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう

最終更新日  2016.05.03 10:39:49
コメント(0) | コメントを書く
[小説] カテゴリの最新記事


【毎日開催】
15記事にいいね!で1ポイント
10秒滞在
いいね! -- / --
おめでとうございます!
ミッションを達成しました。
※「ポイントを獲得する」ボタンを押すと広告が表示されます。
x
X

© Rakuten Group, Inc.
X
Create a Mobile Website
スマートフォン版を閲覧 | PC版を閲覧
Share by: